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8月末日の森林公園 サクラの落葉始まって9月となる 私の朝の散歩道の木々や花々はすでに秋の装いを始めている (早朝の空にサクラの裸木が浮かび上がる。さくらの大木すでに葉の半分ほどは落葉して、天空を仰ぐことできる。)森林公園のサクラの木々はすでに、その葉っぱを紅葉させ始めどんどん散っているはらはらと舞い散っている 綺麗に刈り込まれ手入れされた芝生の広場それを取り巻くサクラ並木葉っぱは無残にむしりとられてまばら。半ば裸木となり、いつもなら、サクラの葉っぱ生い茂る小暗い散歩道であるのに、今朝は天空を仰ぎ見ることできる明るい道。地面をみれば、ご覧のとおり、落ち葉が散り敷かれ、秋かとまがうほど。 このまま行けば、あの日本の秋に鮮やかな紅葉をみせるサクラはなく、冬の枯木へと移り行くのでは。 (朝の散歩道。大きなサクラの木々は8割がた落葉している。写真中央の葉っぱまばらな大木はサクラの木。芝生にはカラスもいるよ) 池辺彩るはずのニシキギももう、すでに紅葉は始まっている 春には、新芽が鮮やかな赤色のアカメガシワ 雌株には、もう果実がこんなにも熟れてはちきれんばかり。道端や、崩壊地にいち早く生えるパイオニア樹木アカメガシワ一方の土手では、いち早く芽をだして、若木になって伸びようとしている。秋に向かう今、果実の成熟と若木の芽吹きを同時に行なう姿。以前の日本ならありえないこと。 10~11月、秋たけなわの空に鮮やかな紫色に熟す実ムラサキシキブ すでに、色ずき始め、かなり濃い紫になっている。 クリの実ももうこんなに熟しはじめている 8月はずっと夜も気温さがらず、29度前後を連日続けているうだるような夜の8月。8月の終わりになり、やっと朝晩少しだけ冷気が感じられるようになったら、アサガオの花が次々と鮮やかな色合いで咲き始めた。 その色の鮮やかさそよと吹くわずかな風にもなびく繊細な花びら夏の早朝にだけ見せるアサガオの姿 そして百日紅も夏の終わりになってやっと華やかに咲き始めた ノウゼンカズラもフヨウもムクゲも朝夕の冷気に一気に生気をとりもどし、あざやかな、深いピンクや白の花々を咲かせている8月末日の朝 初秋を告げるオミナエシも盛夏に咲く花々に混じって優しげに団地のヘンスからこぼれて咲いていた。 日中はまだ35度前後の猛烈な暑さ。じりじり照りつける夏草生い茂る水辺その水辺には、あちらこちらと、白い夏ユリが咲き競う。 (高砂ユリ:土手に林の縁に林床に、至る所に繁茂する夏ユリ。旺盛な繁殖力で生い茂る夏草のあいまからニョキニョキと顔だして咲く。みどりにしろのコントラストは涼しげ。私の散歩道では、この夏とりわけ人目をひいた夏ユリ。それほどに異常繁殖している。) 音のない、物憂げな、気だるい夏の昼下がり、その静かな水面にシオカラトンボが飛交う2010年8月末日 気象庁は1日、この夏の日本の平均気温を発表した。統計を取り始めた1898年以降で最も気温が高かった。113年間で一番暑い夏となった。 私の散歩道の植物たちもこの気象異変と懸命に闘い適応しようとしているかに見える。秋も夏も春も境目曖昧、あるいは皆無となり、生きるリズムを狂わせてしまっているかのように見える。 植物たちは、焼けるように暑いからといって、避暑地へと移動できないから、適応できないなら、滅びるしかない。そして、その恵みを受けて生きている生き物たちはどうなるか。その果てにいる人間たちはどうなるか。
2010.08.31
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アルゼンチンの富みの源泉豊かな農牧・農耕の平原・パンパ アルゼンチンの首都・ブェノスアイレスを中心に広がる平原は、19世紀までは、背の高いイネ科植物が一面に広がる草原であった。その木のない平原のことをパンパ(pampas)という。 (パンパスグラス:学名Cortaderia argentea イネ科の多年草。パンパに生える草なのでこの名がある。高さ1~3m、叢生し、雄大な株となる。花期9~10月。和名・白銀葦) そのパンパに 16世紀始め、スペイン人やって来て、原住民と抗争したが敗れた。その時、スペイン人たちが持ち込んだ牛馬が野生化し、急速にその数を増やした。なんと、1541年に放たれた12頭の馬がパンパの草をたべて自然に繁殖した。19世紀始めには、牛はラ・プラタ地域全体で2000万頭にも達したという。それを狩猟する職業が成立した。それがガウチョである。彼らは、野生の牛を捕獲し、皮を売ることで生計を立てていた。19世紀末、その原住民が討伐されてから、パンパは、ヨーロッパ人たちによる開発が進み広大な農耕地、牧場地帯に変化した。 現代では、もう、あまり見かけなくなったガウチョの暮らし、 そんなガウチョの暮らしぶりを今に見せてくれる観光牧場 (観光客を馬に乗せ、牧場内を歩く) ブエノスアイレスからバスで1時間半ぐらいにある観光牧場。ブエノスアイレスから1日のバスツアーで、色々な国(10カ国以上)からやって来た人々とガイチョの暮らしを楽しみました。 牧場でのアトラクション 、ガウチョが馬術を披露してくれました。 これは、全力疾走の馬上から、小さな輪を突き刺すという技です。 その馬術を漫画として描いたものが下の絵です。 草原を疾走して、狩をして暮らしていたガウチョたちのこれは、きっと馬術自慢を披露する娯楽だったのでしょう。人馬一体、その躍動感が、画面にあふれています。 この牧場で出された昼食・アサドアルゼンチンの焼肉料理です。 いかにも素朴な焼肉肉の旨みをそのままに食べることができる狩猟民族の料理そのままです。 肉といっしょにジャガイモも丸ごと焼いています。 この料理をワイン(アルゼンチンはワインの名産地でもある)といっしょに食しながら、フォルクローレ・ダンスショーを楽しみました。 観光牧場の周囲にはこんなやさしげな草花が秋の風にゆれて咲いていましたよ。 水辺に咲く花イヌタデ(Polygonaceae)類の仲間かな?日本の秋にも、湿地には草紅葉となるイヌタデが繁茂しているがアルゼンチンではこのような姿では? こんな可憐な花も水辺に咲いていた。日本のミゾソバにも似て。 朝、閉じていた花 午後、日が差すとこんなにも一面が、黄色の花園となりました。 これは、馬肥やしの花では?牧場の牧草として、はびこっている野の草ではないかしら。 そして、その湿地には甲高い声をあげて、水鳥が戯れていました。 19世紀まで、パンパスグラスが一面に生い茂る草原は、今は、湿潤な豊かな農耕地や牧場。アルゼンチンの富みの多くをを生み出すパンパ地帯。ヨーロッパ諸国や日本にも、小麦やトウモロコシ、牛肉などを輸出している。そんなパンパに生える草花たちは、以外にも、日本の湿潤な田や畑のあぜや沼地に生きる草花に似た野の花たちであるのを知って、ちょつと感動。 アルゼンチンは私にとっては、文字通り遠い国。地理の教科書レベルの知識しかない馴染みの無い国。しかし、Mr.Danjoseの写真のおかげで、かなり深い関心を持ち始めている。 ブエノスアイレス近郊のパンパに咲く野の花たちには親しみを覚えた。パンパが、世界の穀倉のひとつともいえる肥沃な土地であるとは。認識を新たにしたことである。 今、日本は猛暑、今までありえないような高温多雨。この気象異常は世界各地に起きており、南米のブラジルやアルゼンチも異常気象に見舞われている。今、寒波が猛威をふるっているという。南米各地で、寒波のため200名以上の死者が出ている。ボリビアでは降雪記録のない地域で雪が降り、チリでは、各地で吹雪により停電で交通が止まった。アルゼンチンでも、寒さで少なくとも14人が死亡し、ホームレスの人を屋内に収容するなどの対策に追われているという。ブラジルでは、寒さで家畜が2万7千頭が死に損害額は400万ドルに上るという。 インディアから奪い取り、開発されたパンパは、討伐軍の将校たちに分け与えられために、大農園エスタンシアが発生し、大地主と牧童として雇われたガウチョや小作人として入植した移民との間に、著しい貧富の格差が生まれ、このことがさまざまな社会問題を引き起こしてきた。今日においてもこの問題は引き継いでいる。中間層が形成されにくく、都市(ブノスアイレス)への人口の流入が極度であり、貧困による都市問題が極めて深刻な国でもある。 気象異変による寒波なども、このような貧困層を直撃していることであろう。
2010.08.18
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「ナラ枯れ」が猛威ふるう森林公園 梅雨が明けてからの私の朝の散歩道森林公園は雨も降らない、炎天の日が続き、毎日35℃前後の猛暑である。(大道平池:この池はボート池にもなっておる。森林公園にはそのほか岩本池、維摩池がある。山はこのようなため池と一体になって生きている。) 朝靄にかすむ池私の住む近辺の丘陵地にもいくつかあったため池この20数年で3つも潰され、山をまるごと削り宅地となった。この森林公園内の池は宅地化で破壊され尽くされる山のなかで、生き延び保護されているため池のひとつ。森林公園の森は、しばらく前から秋かとまがうほど木々が紅葉したようにみえる。大木のナラやクヌギやシイやカシの樹が次々に枯れ、最初は1本、2本と点々と散在していたのが梅雨明け、炎天の日照りが続くとあっという間に面のひろがりとなった。これは、カシノナガキクイムシ(成虫は5mm程度)による「ナラ枯れ」だという。ナラ枯れは、カシナガムシが、ナラ、シイ、カシなどの幹に穴を開け、幼虫のエサとして持ち込んだカビの一種「ナラ菌」が繁殖し、木が水を吸い上げられなくなるからだという。 (枯れた木の断面) 森林公園の私の散歩道を歩くと 枯れた大木の根元は、白っぽい粉のような木のクズでいっぱい。 この「ナラ枯れ」は、京都三山の森でも猛威をふるっているという。病害対策で現在行なわれているのは虫が開けた穴をつまようじで一つ一つ塞ぐという気が遠くなるような人力による作業である。 (幹の切り口。このように爪楊枝ぐらいの径の穴が無数にある) この病気の原因は、炭や薪の採取など人間が管理してきた里山が放置され、虫に適した太い木が増えたためという説と地球温暖化によるという説。 (幹はこのように木屑の粉が吹き出している)カシナガは南方系の虫である。大量発生し続ける原因は何か、まだ定かでないとのことであるが、自然の生態系が壊れていることが確かな今、このような森の異変は起きるのでは。これからどうなるのでしょう?心配なことです。 アブラギリ(油桐)の実みのる私の散歩道の途上に今、たわわに実りつつある実アブラギリ 初夏に白い花を咲かせていた時には何の花かよくわからなかったが、大きな目立つ実に誘われて、調べると、油の木「アブラギリ」。日本では、昔、この木から油を生産していた。種から絞った油は、照明用や油紙製造に使われ、戦後間もない時期まで、船の防水剤、ニス、薬剤などに幅広く利用されていたという。 アブラギリ(油桐) 学名:Vernicia cordata トウダイグサ科の落葉高木。西日本と中国に自生し、栽培もされる。葉の形は桐に似る。葉の基部に柄のついた密腺が1対ある。花は6月咲き、5弁で白く径3cmの円錐花序。果実は円いさく果。秋に熟す。(写真の実は8月初旬のもの) 若い実を2つに割って見るとねっとりとした液がしたたる。汁はぬるぬるとしている 現在では、油の原料としては、中国原産のシナアブラギリを使っている。中国から多く輸入され、家具の塗料などに使われいる。更に、最近では、バイオディーゼルの供給源として、ナンヨウアブラギリが注目され、インドなどでは生産が始まっているアブラギリの仲間は、エコの観点からも、再び脚光を浴びている。 暦の上では立秋もすぎ、本来なら、吹く風に秋を感じるのが、今までの日本の気候であったはずだが、このところ、雨の日多く、降れば土砂降り、集中豪雨。、気温は30℃前後で湿度高く、不快指数が高い日が続いている。少し動けば、汗がタラタラ状態である。 早朝の空に舞っている鳥、早朝で森とはいえムシムシと暑いその森の運動場で毎朝、凧を揚げている老年の男性がいる。 空に舞う凧本当の鳥とまがうほどに気持ちよくゆうゆと舞うゆったりと舞う優雅に舞う トビかタカか鳥の種類は時々変わるでも、ほぼ毎日、凧揚げにやってくる。 その運動場の土手には大きな白い百合の花が一斉に咲き始めた。朝露にぬれて、大輪の白い花びらがキラキラと輝く 空の雄大地の優雅 8月の早朝の森林公園 8/15 今日はお盆。終戦記念日。今朝も湿度高く少し歩くと汗がどっと噴き出てくる。朝から気温も29℃ある。始めてツクツクボウシが鳴くのを聞いた。毎年お盆が過ぎる頃、鳴き始めるツクツクボウシ。このセミが鳴き始めると、例年、風にもかすかに秋を感じる。しかし、今朝は、梅雨の蒸し暑さ。初秋はまだ遠い。
2010.08.14
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今こそ「オシムの言葉」が生きる 木村元彦著 『オシムの言葉』 集英社インターナショナル イビツァ・オシムは、、もし途中で病に倒れなかったら、日本代表のチームを率いて、7月に南アフリカで開催されたサッカーのワールドカップ大会に乗り込むはずであった。オシムの人柄、オシムのサッカー指導者としての卓越した能力、指揮官としての実績は、日本代表チームをどう成長させ、どうまとめ、世界にオシムの名を更に高めるかとても興味深いものであったが、実現する事はなかった。夢に終った。 オシムのすごさは、プロとして通用するプレイヤーを育てるということで、一点の妥協も許さないことである。彼の指導者としての、選手を育てる目の確かさ、透徹した分析力もさることながら、教育者として若者をプロにしていくそのプロセスは凄まじい。教育のお手本といっていい。人を育てるとはこうあるべきというお手本といっていい。 ジェフ市原の監督に就任したその日から、トレーニングペースをトップギアにして、選手達に「走る」ことをメインに据えた過酷なメニューの練習を課した。根をあげて不平不満の選手達に 『君たちはプロだ。休むのは引退してからで十分だ』オシムが監督に就任した年、ジェフ市原はリーグ開幕 2連勝。上々の立ち上がりにメディアは讃えたが、第3節、ホームで3-0と完敗。その時のオシムの言葉。『2連勝して選手は自惚れてしまい、傲慢なプレーをしてしまった。今日、唯一よかったことは全員が最悪のプレーをしたという点だ』失敗を恐れないで、果敢に攻め続ける美しいサッカー。それを貫くための厳しい日々のトレーニング。失敗を体験することでしか学べないものを選手に体験させ、大きな長期的な展望のもとに選手をチームを育てようとするオシムの哲学、その生きざまは、すざまじいものがある。 さらに、すごいのは、その組織論である。ひとりひとりのプレイヤーは、チームの歯車のようであること要求されながらも、その組織は、柔らかに自由自在に機能し、個々の能力は、更なる高み、更なる創意を自らに課して伸びようとする。(日本社会の硬直した組織にとってもこれは貴重な組織のあり方)オシムはそのような素質を内に秘めた若者を好んで選手として起用し、無限に伸ばそうとする。また育てる援助を惜しまない。その深い愛情には敬服する。 オシムは「サッカーは美しいスポーツだ」という自負があり、華麗な攻撃的なサッカーこそ追及すべきサッカーである」と機会あるごとに公言し実践している。華麗な美しいサッカーこそ、サッカーがプロとして存在できる唯一のものだ。観衆を魅了し、プレイヤー自身も競技することで、充実した快感を味わうことができる。選手がサッカーへの前向きな意欲を掻き立てられるサッカー。無限にプロとしての力量を伸ばそうという気持ちに選手が駆り立てられるサッカー。このようなサッカーこそサッカーの王道である。プロとして厳しく極めるべき道である。 本書の中で著者は、オシムに、『・・・指導者のなかには「自分だって攻撃的に行きたいんだ。でもこのメンバーでは無理だから守るのだ」という人が、多く見られます。そういう人に、監督として伝えたいことがありますか?』という質問をしている。それに対して、オシムは次のように答えている。 「何もありません。それが彼らの考えであるからです。それに、いい話ではないですか。そういう選手がいないから守るというのは。攻められる選手がいたら攻めればいいのです。だからと言って、『ロナウジーニョのような選手がチームにいないので攻めない』というわけではないのですが。守るのは簡単ですよ。作り上げることより崩すことは簡単なのです。家を建てるのは難しいが、崩すのは一瞬。サッカーもそうでしょう。攻撃的ないいサッカーをしようとする。それは、いい家を建てようとする意味。ただ、それを壊すのは簡単です。戦術的なファウルをしたり、引いて守ったりして、相手のいいプレーをぶち壊せばいい。作り上げる、つまり攻めることは難しい。でも作り上げることのほうが人生でしょう。そう思いませんか?」 この言葉のなかには、ユーゴスラビア分裂のなかをでサッカーの監督として指揮し、生き抜いてきたユーゴ最後の監督オシムの人生が、彼の生きざまと深く結びつき折り重なっている。 オシムが生まれた1941年は、第2次世界大戦の戦火が彼の生まれた地サラエボに燃え広がり、ドイツ軍がユーゴスラビアに侵攻した年であった。ベオグラードは爆撃され陥落。ボスニアは枢軸国の占領するところとなった。彼の幼い日々は、このドイツ占領軍に抵抗して、抗うチトー率いるパルチザン軍との闘いが延々と展開された日々であった。長い抵抗運動の末、オシムが4歳の時、サラエボは解放され、第2次世界大戦が終結した。独立したユーゴスラビアの建国とともに、オシム少年は成長していく。彼が暮らすボスニアは、他民族が同居して暮らすも、ユーゴ(東スラブの意味)の名を国家の名に冠して、民族名を冠しない唯一の共和国であった。とりわけその首都サラエボは、セルビア、クロアチア、ムスリムの3民族が融和して暮らす多元主義精神の極めて発達したコスモポリタンな都市であった。 オシムは、このサラエボのコスモポリタン的な精神を自己の血肉としながら成長した。しかし、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字を内包するこの国は、チトー大統領亡きあと、崖をころげるように、崩壊へと突き進む。偏狭な民族主義が扇動する内戦へと突き進む。凄惨な民族間の戦いが繰り返され、憎しみを断ち切るこできない、民族間のはてしない内紛・抗争の時代へと突き進む。オシムがサッカーの監督として、この大きな歴史の流れに翻弄されながらも、確たる強い意志で、若い選手たちを守り、育て、ユーゴのチームを最後の最後まで率いて闘った。その強靭ともいえる知性に敬服する。オシムの生きる根源での問いかけは、サッカー人生と深いところで統一され、困難を打開して、新局面を切り拓き前に前へと進み続ける。彼が命を賭けてしか、局面を打開できなかった厳しい現実から導き出されたものでそれはある、とはいえ、守りの生活に明け暮れる今の私たちが、おういに学ぶべきものである。 バルカン半島の複雑な歴史、その民族間の抗争の歴史は、世界史で学ぶところであるが、今ひとつよくわからないところがある。コソボ問題など、2010年の今なお解決しておらず、ニュースの記事になっている。真の人としての自立、独立とは何か。国とは何か、などなどに始まって、この本は、オシムの生きざまを通して、私たちに今世界で起きている戦争、内紛にまで考えさせてくれる。若い人たちに、この夏休みにぜひ読んで欲しいこれは1冊である。これをきっかけに更に広い世界に目をむけてほしい。 2010年南アフリカで行なわれたサッカーW杯の決勝戦は、スペイン対オランダで行なわれ、延長戦の末1-0でスペインが優勝した。オシムは、この決勝戦について、オランダはゲームを壊すことで乱戦に持ち込む手法をとったが、スペインは、自分たちのリズムを寸断され壊されながらも我慢強くプレーし、集中力を切らさなかったことで、スペインが勝機をつかんだことを、高く評価している。 美しいサッカーが辛うじて勝利したことを喜ばしいといっている。 スペインチームは、スペインからの独立を強く希求しているカタルーニャ地方にあるクラブFCバルセロナの選手が中心となり、スペインを優勝に導いた。以前、このブログでも、ガウディのカタルーニャ魂というものが、いかに独立自尊に満ち、それが彼の建築に大きな影響を与えているか書いたことがある。まさに、オシムの祖国版民族の対立が、スペインチームにもあったが、それが、サッカーを通して、融和し、一つの力に実った事は、オシムの祖国の民族悲劇とは対照的である。スポーツの持つすぐれた特質を発揮できた。 日本チームはどうか。泥縄式に2勝して、ベスト16にはいった。大会が始まる前のテストマッチでは、ことごとく負けていた日本。国民は「岡田監督辞めろ」の大合唱をしていたが、1勝するや、「感激した、勇気をもらった。岡ちゃんは偉い」などと、ころりと態度を変えて、またまた大合唱。 このような日本の世論はあきれるばかり。恐ろしい。一夜にしてこのように態度を変える日本国民の皮相な功利主義。勝てば官軍。これが全ての分野で日本を今覆っている気分なのだ。バルセロナの カタルーニャ民族主義に関連した記事: ガウディが現代に語りかけるもの(2008/05/27)
2010.08.10
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滅びゆくものへの哀歌 アニメーション映画『借りぐらしのアリエッティ』を孫のことねと映画館で観賞した。この映画は「風の谷のナウシカ」など数々の名作アニメーション映画を世に出してきた宮崎駿が主宰するスタジオジブリの制作によるものである。 今回のアニメーション映画「借りぐらしのアリエッティ」はメアリー・ノートン作「床下の小人たち」を原作にしている。 物語のストリーはいたってシンプル。和洋折衷の古びた荒れたお屋敷が舞台。 欝蒼と草木茂る荒れた庭その草木の陰で、小さいが、より確かな人としての営みが静かにくりひろげられている。 昔のままの家族手仕事で家を守る母親生活に必要なものを、厳しい命がけの狩で工面する父親両親の深い静かな愛に育まれて育つ少女アリエッティ 私の祖母たちが日々くらしていた暮らしぶりさながらの床下の小人の家族貧しいけれど確かな手ごたえの日常 今、失われようとしているもの既に、失ってしまったもの 病弱で家族とのかかわりも希薄な少年・翔孤独な子ども・翔 モノがあふれかえる日常寂しいうつろな日常 この二人の出会いと別れ、たゆたう恋ごころ 滅びゆこううとしている小さな世界小人たちそれでも、自身の体を張って、健気に、力強く生き抜こうとする日常。そのたくましさ。勇気。 映画「借りぐらしのアリエッティ」の世界は、このような内容を実に淡々と静かに深く描いている。 滅びゆくものとは、人間の利己的な都合からみて「弱きもの、小さきもの」それは、今、この世界に満ちている滅びのものたち。人間の傲慢さが絶滅へと追いやっている。この不条理 この世のもの皆、大きな自然の営みの一部であるはずなのに、壮大な自然の営為から私たち人間もさまざまなものを借りて生きているはずなのに。そのことを忘れてしまっている現代人 自然の壮大な生き物の連鎖のなかで生かされている私たち。 そのことを、認識することすら不能になっている私たち。 このような大きな世界まで想像力を羽ばたかせてくれるのが映画「借りぐらしのアリエッティ」である。 アニメの絵も素晴らしい。描かれている植物のデッサン力のすごさ柔らかな色調その深いところに壮大なメッセージをはらみつつも美しく穏やかに展開されてゆくストーリー流れる音楽も絵に溶け込んでやわらかである。 滅びゆく者たちに奏でられるメロディーはあくまで美しく、地底から湧き出る力強さえある。 滅びゆくものの、懸命な生命への執着は現代人の脆弱な命に警鐘をならしている。 生きるとはいのちとは深く考えさせられる 6歳の孫のことねもとても集中して映画を楽しみました。それぞれの年代が、色々な思いで見ることの出来る映画でした。 予告編で「ハリーポッター」をやっていました。3D映画とかいう鳴り物いりの宣伝をしていましたが、余りにも凄惨グロテスクな映画なのに、私は気分が悪くなりました。ことちゃんなど、目を覆って見ないようにしていました。何というおどろおどろしさ。柔らかな心の子どもにこのような映画を製作して見せる大人たちがいることに驚いている。子どもたちが好んでいるハリーポッターが、このような映画であるとは。 想像力を自由に羽ばたかせ色々な世界を思い描けるゆとりというものこそ幼い子供たちには必要ではないのでしょうか。生きる力を幼い子供たちにつけていくとは、あのようなグロテスクな凄惨な戦う場面をこれ見よがしに見せつけることではけしてないこと、すでに証明済みではないでしょうか。 原作メアリー・ノートン作「床下の小人たち」(岩波少年文庫)も併せて読むといいのでは。夏休みの子供たちにぜひ読んで欲しい本です。
2010.08.02
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