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本日は11月30日。そういえば今月の11月3日に、その月日を合わせた数を「113」として、この「113」にまつわる記事を書いた。◎関連記事・・・2012年11月3日・「113」の啓示そして昨夜のことだが、心身の調整を終えて一息つくと、不思議なことに「ノウマクサンマンダ・ボダナンバク」との音声が、どこからともなく脳裏に響いてきた。あまり聞きなれない音声なので、「」内のそのままの発音を検索にかけると、驚くことに何と!自分の過去の記事にヒットしたではないか・・・。(下記の関連記事)そこで、改めて過去記事を読んでみると、そこにも脳裏にこの音声が響いてきたとの記述があり、「釈迦如来」を意味するマントラだったと自分で記述しており、その記事の掲載画像の造形が、ごく最近になって「113」を意識するようになった「菱形14面体」だったので、重ねて驚いてしまった。◎関連記事・・・2010年12月17日・「岩戸開きの次なる世界!?」ここまで偶然が重なるのは必然だろうということで、おのずと今日の月日の数字を眺めると、11月30日で「113」・・・なるほど!・・・ということで、この日記となった次第である。奇しくも本日は旧暦10月17日で、出雲大社では「神在祭」の最中で、特に本日は大社に集われていた神々が行事を終え、その神々を見送る祭事の「神等去出祭」が斎行される月日であった。ところで、出雲大社の御紋は、言わずと知れた「亀甲紋」で、正確には「二重亀甲剣花角紋(にじゅうきっこう・けんはなかくもん)」というそうだ。検索して、改めてこの出雲大社の御神紋たる「亀甲紋」(平面図形)を眺めていると、今日の掲載画像の「113を象徴する菱形12面体」(立体造形)に重なって見えてきたのは、これはやはり・・・お導き・・・だったのだろうと、そのように感じた11月30日の今宵である。
2012年11月30日

今月の11月14日は「新月」にして旧暦10月1日、こちら西日本の出雲方面では「神有月」に入った。その転機に連動した感じもするのだが、今月の11日あたりからパソコンの調子が急速に悪くなったので、14日には買い替えを検討せざるを得なくなり、15日の午後には新しいパソコンが我が家に登場する運びとなった。そして、機械の操作に不慣れな私も、購入機器の会社オペレーターに何度も教えを乞いながら、昨日の17日中に旧パソコンから新パソコンへの基本的なデータの引っ越しを、何とか成し遂げたところだ。今回はパソコンの不具合もあって、神有月の「新月」は意識していなかったのだが、結果的には「新月」の14日を挟んだ1週間が、同時期にシンクロしていたとも感じられる政局の動向も含めて、私のなかでは大きな転機を感じる期間となった。さていよいよ、懸案だった「立体造形」のホームページ制作も、最終段階を迎えている。おそらくこの1週間は、この「新しいホームページ」を世に出す前に、必要とされた調整期間だったのだろうと、そのように感じる今日この頃である。
2012年11月18日

本日は11月11日で、「11」のゾロ目の月日である。単体の数としても、最初のゾロ目となる「11」は、なぜか惹かれる不思議な数である。この「11」についてはブログで何度か取り上げたが、「形」との関連で面白い記事になったのは、手前味噌だが以下の日記であろう。◎関連記事・・・2007年11月20日・「11を観る」◎関連記事・・・2005年11月26日・「み い つ(水・火・土)」その軸回転を象徴する「御柱」を立てた〔星型8面体〕は、「構造の原点」とも言えることから、私のなかで「11」は、かねてより重要な数だという強い認識があった。そして「11」の2倍の「22」にもこだわり、私なりに既存の枠組みと感じてきた「22」の世界をいかに越えていくのか・・・などと模索を続けてきた。※関連記事・・・2012年4月6日・〔「22」を超えてゆく〕※関連記事・・・2005年12月30日・〔「22」という数〕そんな経緯もあってか、この11月11日を迎える直前に・・・その「22」を越えた先には、「33」の世界が待ち受けている・・・との直感が、私の脳裏を走り抜けたのだったその「直感」の影響からであろう・・・今の私には、「22」とは「11」の2乗の「面積」を意味する「平面世界」に、そして「33」とは「11」の3乗の「体積」を意味する「立体世界」に観えている。おそらくこの感覚は、このブログで一貫して唱えてきた、既存の「2次元の平面的思考」の枠組みを越えて「3次元の立体的思考」へ向かうと展望する、〔認識の次元転換〕の方向性と絶妙にオーバラップしているはずだ。かつてブログで取り上げたと思うが、この「11」の3乗根は、11×11×11=「1331」であり、これを立方体の魔方陣とした場合に、その中心にくる数は「666」となる。つまり、この「11」を単位として、その「体積」=「1331」を示す「立体世界」の中心、すなわち立方体の中央にあって究極のバランスを象徴する数が「666」なのである。この古今東西のスピリチュアルな世界において、その解釈によっては明暗をクッキリと分けてしまう「666」なのだが、、それが3つの「6」ということも含めて、それだけ「魅力(みろく)」的な数だとしておきたい(笑)・・・おあとがよろしいようで・・・★関連記事・・・2009年1月23日・「666(ミロク)の考察」 ★関連記事・・・2005年11月8日・「6角形の数理」
2012年11月11日

「菱形」の立体版といえば、まず「菱形12面体」が筆頭に挙げられよう。この「菱形12面体」は、一番外の枠組みの軸線数が全部で24本である。その24本の軸線(綿棒)で「菱形12面体」を構成し、その〔1:ルート2〕という菱形面の規格をそのままに、この立体(菱形12面体)を平面状に落とし込んでいくと、なんと!大きな「菱形面」が形成できることが分かった。それは昨夜の出来事だった。それを映したものが今日の画像で、一見すると12本でできた「菱形」に見えるが、2本が重なって1本に見えるので、全部で24本でできた「菱形面」の構成となる。この画像の菱形は、紋章では「菱紋」でも典型的な「四つ割り菱」に見立てられる。おそらく、この形状が基本となって大内氏の家紋「大内菱」も考案されただろうし、また・・・その原型はおそらく「菱形12面体」であっただろう・・・と感じられ、この「菱形12面体」に繋がる掲載画像の「菱形」が、とても魅力的に観えてきた。ちなみに前回の日記では、「113」と「菱形」という数と形の関連で書いたが、この「菱形」の「数霊」は「112」なので、この画像の「菱形」の中心を「1」として加えて「113」と解釈すれば、数と形の関連に整合性も出てくるわけだ。その全体のイメージは、「菱形(菱形12面体)」の中心に輝く「113」となろう。加えて家紋のなかでも「菱紋」は、最も多くのバリエーションを持つとされているが、その魅力の背景に・・・「菱形12面体」との深い関係・・・を垣間見た思いである。
2012年11月07日

前回の日記で・・・「113」に纏わる構造性・・・と記したが、その形状を平面的に表現すると「菱形」となる。「秘すれば花」ということもあり、「菱形」と「113」の関連性を示すことは控えるが、ここでは私なりの妄想が走馬灯のように律動して見出せた関係と記しておこう。その「菱形」とくれば、かつて《 西日本の「南北軸」に絡む『菱形構造』》でも記したように、西日本の東西南北を結んだ「十字」からも導かれる形状である。その九州行脚の過程で、「北極星」を祀る熊本の「八代神社(妙見宮)」を参拝して、かつて「山口」を本拠地とした大内氏の氏神が、同じ「北極星」を祀る「妙見社」だったことが再認識され、その流れで山口県の最北端となる「見島」に渡航することになった。そして、その「見島」から帰ってきてから、どこで時計を見ても車番を見ても「113」づくしの数字が出てきて、「これでどうじゃ!(笑)」という節目の時が、「113」を暗示する「11月3日」だったというわけである。その後も、大内氏の家紋が「大内菱」という「菱形」から生まれた御紋であることの再確認、さらに「北極星」を「菱形」と図案化する例なども見出されて、ますます西日本の東西南北を結ぶ「菱形」の形状がオーバーラップして観えてくるのだった。以上の動向を俯瞰して観ると、これまでは西日本に描かれた「菱形」を、天体の地上投影という観点から「南十字星」のみに擬えてきたが、これに対極の「北極星」も加えるべきとの感覚が生まれてきたのは、自分でも不思議で興味深いところである。・・・となれば、その西日本の大地に描かれた「菱形」の北部(山口・長州)は、天体の「北極星」が投影された地所として、その南部(鹿児島・薩摩)は「南十字星」の投影された地所とする見立ても有り得る・・・と、そのように感じ始めた今日この頃である。さて今日の画像は先月の中頃、上記の「見島」に行った帰りに、萩湾の沈みゆく夕日を撮影したもの。向かって左に見える小山は、麓に萩城址のある「指月山」であり、水面に映るピンクの光が、とても心地良かったのを覚えている。ちなみに、この夕日が沈んだ後の、つまり太陽が地平線や水平線に没してから数十分の、いわば「たそがれ」の「青緑光」を浴びると、免疫力が増加して健康に良いそうだ。この「たそがれ」の光は、夜が明ける前、つまり朝日が昇るまでの光と同質の「青緑の光」なのだそうである。(関連記事⇒リンク)
2012年11月06日

いよいよ来たか「113」の世界・・・。その準備運動は、それなりにしてきたともいえる。この11月に入って3日を経た本日、月日を合わせて「113」とも解釈できる日取りに、その「113」という数が、その数に纏わる構造性をも含めて、私の心身に浸透してきた。この記事を読んでる人には、何のことやら分からないとは思うが、今年の11月3日という「113」を暗示する日取りに、ほんの僅かにしても「113」について書けたということは、自分自身の「今」を確認するという意味でも、実に喜ばしいことである。その「113」の世界を、どう表現したらよいか思案するところだが、あえて比喩するとすれば、いわゆる精神世界で待望されている「ミロクの世」の、その次の段階に立つことになった・・・あるいは、その次のステージに立脚せざるを得なくなった・・・ということになろうか。すでに私の心中には、「ミロク」というキーワードを凌ぐ《あけぼの》が、燦然と輝いている。
2012年11月03日

・・・やはり離島の海岸は、なんて美しいのだろう・・・ 「上」の画像は、寄港地である見島「宇津港」の、船から降りてすぐ近くの浜辺を映したものだ。・・・あまりに美しくて、溜息が出てしまうほどだ・・・次に「中」の画像は、なかなかにダイナミックな断崖を持つ島の一部を撮影したもので、その主要な二つの岸の先端部では、多くの釣り客が岸壁にしがみついて竿を立てていた。そういえば、先ほどの宇津港では、あの俳優の松方弘樹さんが、見島で300kgオーバーの巨大クロマグロを釣り上げた時の写真が、大きな看板にデカデカと掲載されていた・・・。また、フェリーの船上では、ワケ知りの中年の男性が「ホラ、あれを見てごらん!」と、その指を刺す海原が騒がしく小刻みに波立っていて、そこにはマグロの群れが来ていることが何となく読み取れて、本能的というか無性にワクワクしたのを覚えている。そして、この「下」の画像が、訪れた「見島」の全体像を、フェリーの後部から映したものだ。ちなみに「中」の画像は、この「見島」を映した全体像の、向かって右端を撮影したものとなる。今回の「見島」への渡航は、晴天にも恵まれ、短い時間ではあったが、本当に充実した「ひととき」を過ごせて、有り難き幸せを噛み締めることができた。山口県の北端に鎮座まします「見島」とは、まさしく天空に輝く「北極星」の地上投影された場所であったと、その余韻を今更のように感じる今日この頃である。
2012年11月01日

そういえば、今回の「見島」行きには、先の九州行脚で熊本県か八代市に鎮座する「八代神社(妙見宮)」の参拝したことが背景にあるようだ。というのも、「見島」への渡航を決めた当日の朝、南北朝時代から室町・戦国時代にかけて山口を本拠地として活躍した大内氏の歴代当主が、氏神として祀る「妙見社」の主祭神「北辰(北極星と北斗七星)」を信仰していたからであろうか・・・現在の山口県域で「北極星」が投影された場所があるとすれば・・・と思ったところ、「見島」が浮かんできたというわけである。さて「上」の画像は、前回の日記に記した「ジーコンボ」という遺跡のなかで、心引かれた石積みの「石室」を撮影したものである。この国指定史跡「見島ジーコンボ古墳群」は、見島は本村地区の横浦海岸一帯にある積石塚古墳群で、その数は約200基もあるとされ、7世紀後半~10世紀初めに作られた古墳群である。また、これらの古墳より出土した埋蔵品から、鉄刀や鏃などの利器や当時の貴人や高官たちの装身具(金環、銀環及び玉類)などの副葬品が数多く見られるとのことで、考古学や歴史上からも重要なものとされている。画像では、積石がこんもりと置かれているように見えるが、前方の山に向かって横長に造られた天井石のある立派な石室で、その方位は東北を意識していたようである。ちなみに、私の脳裏に浮かんだ「ジーコンボ」とは、台湾語で「地公墓(ジコウボ)」という共同墓地の意味か、「お爺さん」のことを「ジーコー」という名残があるので、両者のどちらかではないかと言われているそうだ。その「ジーコンボ遺跡」のある海岸を歩いていき、その遺跡の東端を過ぎたあたりに、岸壁に突き出した面白い岩肌を撮影したのが、この「中」の画像である。よく神社の境内に置かれている「さざれ石」のように見えたので、海原を背景に映してみた。今回の「見島」行きは、下調べもせずに日帰りだったので、見島の〔本村港〕での滞在時間は約2時間となり、結果的に「ジーコンボ遺跡」の周辺だけを散策することになった。なるほど・・・ジーコンボ・・・とだけ聴こえてきたわけである。「下」の画像は、見島の「笠石」といわれるもので、別名「ナバ石」とも呼ばれ、男性のシンボルを象徴したものなのだそうだ。遺跡からの帰り道に三体ほど見かけたが、どれもなかなかの貫禄であった。この「笠石」の上に小石を乗せることによって、女性が良縁を得られるという原始的信仰が残っているとのことだ。この「笠石」の「笠」が、前回の掲載画像にある「笠山」の「笠」にも重なり観えてきて、私には実に素朴で微笑ましく感じられた。そして、もう一つの「見島」の港である〔宇津港〕(滞在時間は約30分)を経由して帰ることに・・・。
2012年11月01日
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