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外へ出たとき、なるべくエスカレーターやエレベーターは使わないようにしている。せっかくの運動不足解消のチャンスだから、できるだけ歩くのだ。あちこち行くと、ずいぶんと運動になる。毎日出かけていれば、改めて運動などすることない。本当に、それでいいのだろうか。きっと、運動量という面から見ればそれでいいのだと思う。でも、どこか違う。散歩という意識で、散歩にふさわしい場所を歩くのと、仕事で移動するのとでは、質が違う。戻ってきたときの、爽快さが違う。仕事で帰ってくると、ぐたっとしてしまって、ビールを飲んで、寝るというモードになる。散歩だと、時間が早いこともあるが、よし、これからがんばるぞ! となる。仕事であちこち動くときの運動は、エネルギーの消耗になる。しかし、川べりを散歩するのは、エネルギーが充電される。そんな気がする。明日から、また散歩を始めることにする。
2011年10月31日
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ぼくの悪い癖。いいなと思った本をついつい買ってしまうのだが、なかなか最後まで読めない。最初の方を読んでいると、ついつい別の本が気になって、そちらを読む。そうすると、また、元の本に戻ってきて、次は、新しい本のページをめくる。だから、まだ前半の前半しか読んでない本がいっぱいある。もちろん、買っただけでまったくページを開いてない本も多数。今の家は、大きな本棚が取り付けられているので、とても喜んでいたのだが、そろそろそこもいっぱいになる。整理して、必要ないものは、ブックオフにでも売ってくるか。一時が万事かもしれない。ぼくの仕事のやり方も、ひとつをじっくりやることができなくて、ある仕事をやっていると、違う仕事が気になってそちらをやり始め、しばらくすると、また、別の仕事に手をつける。それで何とかやってきているのだから、いいのかもしれないけど、一度、ひとつのことに集中してじっくりと取り組んでみたいなと思ったり、そういうことができる人をうらやましいと思ったりしている。でも、ぼくの場合、そういう仕事の仕方をすると、ストレスもいっぱいたまってしまうのかもしれないけど。
2011年10月30日
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インディアンは、「母なる大地の代弁者」。それを聞いて思ったは、イルカは、「母なる海の代弁者」かな。つまり、インディアンとイルカを通して、母なる地球は、メッセージを発しているのではないか。だれに対するメッセージ。決まっているよ。わからんちんの人間たちさ。人間というのは、地球にとって、最高の孝行息子・娘であると同時に、最低の親不孝息子・娘だ。でも、地球にしてみれば、どっちもかわいい。孝行息子や娘には、そんなにいい子じゃなくてもいいよ、もう少し力を抜いて生きればと言いたいのかもしれないし、親不孝息子・娘には、自分のことばかり考えるんじゃないよ、もっとまわりとの調和を考えて生きなさいと言いたいだろう。それを、どちらかと言うと、親孝行息子・娘には、イルカを通して、親不孝息子・娘には、インディアンを通して、メッセージを発しているような気がするなあ。だから、イルカにもインディアンにも、すごくひかれるものがあるんじゃないかな。今度のお話会では、そんなことも含めて、どちらかというと、地球孝行な人の方が多いだろうから、イルカを中心にお話したいと思っている。小原田泰久お話会「イルカみたいに生きてみよう」 11月6日(日)13時より 場所:ドルフィン・ヒーリング・タイム (西武池袋線 石神井公園駅下車 南口を出る。交番のあたりからまわりを見回すと「サンメリー」というパン屋さんがある。サンメリーとドコモの間の商店街を歩いていく。信号を過ぎて100メートルくらいの右手に黄色い看板のインド料理のお店がある。その2階。インド料理店の手前の路地を入った左手に入り口がある) 会費 2000円 お問合せ・お申込みは、 officeoharada@yahoo.co.jp
2011年10月29日
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インディアンの人たちは、かつては、自分たちを迫害する白人に対して、武器をもって戦った。しかし、それでは何も解決しないことがわかった人たちは、銃をパイプの持ち替えて、祈りを捧げることで、世の中を良くしようとした。人は、どんなことも自由に思うことができる。思うことで罰せらることはない。しかし、思いというのは、行動の源である。どこかへ出かけるにも、何かを食べるにも、まずは、思いが発生し、その後から行動がついてくる。平和だろうが、幸福だろうが、同じこと。平和な世の中を作りたいという思いがあって、平和への行動が生まれ、それが平和を作る。思いと行動。祈りには、この二つの要素がある。大事なのは、その祈りが、神の御心、仏心、あるいはグレートスピリッツの意志といったものと合っているかどうか。そこが重要な点になってくる。思うことは自由だけど、思いは行動になることを知って、できるだけいいことを思うようにする。平和を愛する人たちは、そんな戒めをもって生きているようだ。祈りで大切なことは、祈り続けること。今日祈って、明日それが実現するわけではない。100年かかるかもしれない。1000年かかるかもしれない。でも、一人の真摯な祈りは、次の世代、また次の世代に・・・といった具合に引き継がれ、いつかは成就するものだ。震災が起こったとき、自分は祈ることしかできないという発言が多くあった。決して、祈りは無力ではない。無力どころか、そのエネルギーは、神に通ずることさえあるのだ。真剣な思いと小さくていいから自分にできる行動。祈って祈って、祈り続ける。そんな中に光が生まれ、それが次第に育って行ってくれるのだ。
2011年10月28日
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この夏、小笠原へ行った仲間と新橋で飲んだ。御蔵島、小笠原と、今回が7年目のツアーだったが、こうやって終わった後も飲み会をやるというのは、今までなかったことだ。今回のメンバーは、面白い縁でつながっている気がしてならない。実際に、KFさんは、25年近く前、一緒にラグビーをやっていた仲間だ。ずっと交流はなかったのだが、彼の息子(当時小3)が、ぼくの「イルカみたいに生きてみよう」という本を読んでくれて、その感想文を書いたら、川崎市の賞をとり、そのことを、ぼくのホームページに、息子さんが報告してくれたのが再会のきっかけだった。以来、KFさんは、息子を連れて、2年に1度の割合でドルフィンスイムに参加してくれている。MFさんとのつながりも面白い。もともとは家内の縁から始まったが、彼女がかかわる団体で、ぼくがお話をしたことで、ドルフィンスイムに参加を申し込んでこられた。彼女の申込書を見てびっくりした。緊急連絡先を見たら、何と、ぼくの妹の家の近くだったのだ。元夫のお母さんが、そこには住んでいると言う。11月6日にサロンオープン記念のお話会をするが、そのときにも、小笠原のメンバーが何人か駆けつけてくれる。ありがたいことだ。日本だけでも1億人以上いるのに、その中で、こうやって親しくできるというのは、とんでもなく深い縁があってのことだろう。ぼくたちは、当たり前のように、だれかと出会い、だれかと別れているが、それは、当たり前のことではなく、すごい奇跡の繰り返しなのだと、つくづく思う。自分は自分の力で成長し生きてきたつもりになってしまいがちだが、本当に、人に育てられているなと思うな。もっと、縁を大事し、縁に感謝する生き方をしていかないと。
2011年10月27日
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今日の運動は、自宅から駅までを2往復。それと、石神井公園駅からサロンまでを1往復。石神井公園駅の階段も、けっこう長いのでいい運動になっている。これでは足りないな。これから出かけるけど、ひとつ隣の駅まで歩くことにするか。30分くらいかかる。散歩を意識してやり始めてから、まだ4日目だけど、少し体が軽くなったように感じる。今日は、家内のサロンに第一号のお客さんが来られるので、さっきまで行っていて、石神井公園でも散歩してこようと思ったけど、片付けなければならない原稿があって、そのまま帰ってきた。明日は、朝から出かけるので、早朝散歩をしないと。運動不足で、体が重いから、仕事が進まないだな、きっと。
2011年10月26日
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家内は、これからプロのヒーラーとして活動していく。彼女は、とても恵まれてきたと思う。若い頃には、真氣光の中川先生に師事し、スタッフとして、さまざまな場面を体験している。中川先生がやっていた1週間の講座には、毎月200人を超える参加者があった。あらゆると言っていいほどの病人が参加していたし、霊的な現象は日常茶飯事だった。気を受けると、突然暴れ出したり、違う人格が表に出てきたり、まわりの人を脅してみたり、自分は神様だと言ってみたり・・・。ぼくも、毎回取材に行っていたが、最初は、鳥肌が立つほど驚いた。しかし、次第に慣れてくるもので、いつの間にか、そこではそういう現象が起こるものだと思えるようになった。おかげで、霊的な現象のことを見たり聞いたりしても、あまり驚かなくなった。家内は、そこでさまざまな霊的な現象にどう対処すればいいか、学ぶことができた。そのあと、高江洲薫先生のもとで、ヒーリングやアニマルコミュニケーションについて、非常に高度な知識、技術、センスを学ばせてもらった。こういったことは、彼女の大きな財産になっている。あとは、本人に能力とやる気があって、これが自分の使命に合った流れなら、間違いなくうまく行く。いろいろと雑音は入ってくるけれども、怖がらずに突き進むしかない。
2011年10月25日
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石神井公園にサロンを開いて、いろいろと準備をして、お客さんを受け入れる体勢が出来上がった。ブログでPRして、さて、どれくらい人が反応してくれるだろうか。だいたい、ぼくや家内のレベルの知名度では、ブログでPRしたくらいで、わーっと人が集まるはずはない。ホームページも作る準備をしているけど、あまり過大な期待はしない方がいい。あくまでも、主体はクチコミで、ブログもホームページも、クチコミが発生するきっかけでしかない。ぼくは、長年フリーのライターをやってきて、とりあえず、どうにかやってこれたのは、だれかしら、声をかけてくれた人がいたからだ。ある人が別の人を紹介してくれて、仕事が広がって行ったこともある。これも一種のクチコミだろう。案の定、サロンの方は、問い合わせ先のメールアドレスも作ったが、まったく反応がない。こういうときには、未来永劫、問い合わせがないと思い込んでしまうものだ。こういうときはのんびりしているに限る。家賃はかかるし、収入がなかったらどうするの?と目くじらを立てても仕方ないのだ。だって、がんばって営業すれば、人が来てくれるのかい。そうじゃない。今の時代、みんながんばっているけど、うまくいかない人の方が多いのだから。いくら砂漠の真ん中にいたとしても、方向さえ間違いなければ、必ず、オアシスに出ることができる。方向は間違ってないという自信はあるのだから、あわてず、歩き続けるしかないじゃないか。その根気が必要だ。一人で歩くわけじゃないから、やがて見えてくるはずのオアシスを楽しみにしながら、馬鹿話でもして歩いていこうよ。そんなことを思っていたら、昨夜、家内が嬉しそうに、「予約が入った」と、報告してくれた。記念すべき、第一号のお客さんだ。家内のブログをときどき見てくれていた方のようだ。「一人でも来てくれて、喜んでくだされば、それで大成功だ」ぼくは、そう思う。ありがたい第一号のお客さんが、最初で最後のお客さんだと思って、生涯最高のヒーリングをしておくれ。ぼくはそう願っている。11月6日(日) 小原田泰久お話会「イルカみたいに生きてみよう!」1時から3時西武池袋線「石神井公園」駅下車徒歩4分カウンセリング&ヒーリング ドルフィン・ドリーム・タイムお問合せ・お申込み officeoharada@yahoo.co.jp
2011年10月24日
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次女の通う中学校で、高い線量が測定されたというので、さっきソフトボールの試合を見に行ったら、市の職員が除せん作業をしていた。先生に話を聞くと、以前から、体育館の側溝など、学校側が測定して高いところはあったらしい。でも、市はなかなか動かなかったというのが実態のようだ。今は、一般の人が線量計をもっているから、あちこちで、高線量の場所が見つかるはずだ。http://www.youtube.com/watch?v=CdvfsBsXNS4&feature=player_embeddedで、バズビー博士(欧州放射線リスク委員会科学議長)が、日本の放射線汚染について語っている。放射線がどこまで危険かは、専門家によって意見が違うが、日本全国が汚染されているか、汚染される方向に向かっているのは間違いない。でも、今はこうやって極端な状況になったけれども、実際は、ぼくたちが知らなかっただけで、日本全国に54もある原発や、もっと恐い核廃棄物処理施設などから、常に放射能はもれていて、ぼくたちは汚染の中で暮らしてきたに違いない。あのまま大事故が起こらなかったら、きっと、茹で蛙のごとく、もっとひどい放射能漬けになっていた。世界中の人が。あんな大きな事故が起こった今、自分たちはヒバクシャであることを、自覚して、その上で対策を考える必要がある。まだぼくは間に合うと信じているし、間に合うように、事故は起こったのだと、サムシンググレートの意志に感謝したい。ぼくたちは、ここから何を学ぶべきなのか。何年かたったら、それも明らかになるだろうが、今は、わからないまま、現実と向き合うしかないのだ。そして、こういう世の中であっても、自分は生きていくんだという強い意志を育てていかないといけない。
2011年10月23日
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昨日、今日と、三女の小学校の学芸会。本当なら、今日が父兄が参観できる日なのだが、仕事の関係で、昨日、見学させてもらった。給食のあと、三女たち6年生がトリをつとめる。出し物は、エルコス。100年後の日本。学校は極度に管理され、生徒たちは番号で呼ばれている。そこに、エルコスというロボット教師が派遣される。エルコスは、子どもたちを解放してあげようとするのだが、それを邪魔する勢力もいて・・・。そして、感動のラストシーンへと物語は進んでいく。三女は、オーディションでは主人公に立候補したが、残念ながら落ちてしまった。かわいそうなくらい落ち込んでいたが、それでも、気持ちを取り直して、その他大勢の生徒役でがんばっていた。彼女の出番は、最後の最後。乱闘になったときに、必死でエルコスを守るという役どころ。親の欲目ではあるが、驚いたり悲しんだり、必死で守ろうとするといった表情が、とても豊かで、本当に一生懸命にやっているのが伝わってきた。中学生になったら、演劇部に入るのだと言う。きっと、いい味を出した演技をするのではないかと期待している。やりたい役じゃないのにとか、もっとこういう役がやりたいのにとか、役をもらえなかったとか、うまくできなかったとか、いろいろなことがあるだろうけど、ぼくは、彼女がどんな役であろうと、黒子であろうと、裏方であろうと、応援に行くつもりだ。
2011年10月22日
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お金の使い方には2種類あると教えてもらったことがある。ひとつが「投資」であり、もうひとつが「消費」である。投資というのは、それがお金を産むような使い方であり、消費は、ただ使って楽しむだけのものということになるだろうか。我が家は、今、ささやかながら、投資体験を味わっている。ぼくの場合、取材に行くとか、本を買うといったことも投資になるのだが、それよりは、決断の必要なものだ。独立してサロンを開くというのは、我が家のレベルでは、かけられるお金は限られてくるけれども、それでも、決して少なくはない金額が必要となってくる。この投資を、上手に育てていくことが、これから大事になってくる。ひとつには、経済的な面はとても大切だ。趣味や道楽で、サロンがやれるほど、ぼくは稼ぎがいいわけではなくて、生計を立てるひとつの手段として、このサロンも動かせていかないといけない。もうひとつ、本当は、こちらが優先されるべきだろうと思うが、このサロンを通して、ぼくも家内も、今生での人生の後半に入っているわけだから、自己実現に向けて進んでいかなければいけない。家内にとっては、このサロンは、活動の主戦場となる。ぼくは、本を書くという柱があるので、サロンでの活動は、サブ的なものとなるが、自宅以外に拠点ができるというのは、執筆という面でも、大きな影響力をもってくることになるだろうと思う。サロンでの活動の第一弾として、オープン記念お話会をやることになった。ぼくが、イルカのお話をする。テレビも買ったので、イルカの映像も見てもらいながらお話をしたり、参加者の体験をお聞きしたりしようと思っている。どんなサロンなのか、一人でも二人でも、見ていただきたいと思う。11月6日(日)13時より15時まで場所 ドルフィン・ヒーリング・タイム(西武池袋線 石神井公園駅から徒歩4分)会費 2000円お申込みは、officeoharada@yahoo.co.jpお申込みいただいた方には、詳しい場所等、メールでお知らせします。家内のブログhttp://plaza.rakuten.co.jp/onmi924
2011年10月21日
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ネットでイルカのことを検索していたら、面白い本に行き当った。「クジラとイルカの文化政治学」という難しいタイトルの本だった。著者は、新潟大学人文学部の三浦淳教授という方。普通なら、こんなのもあるんだと流してしまうのだが、目次が出ていたので、そこに目が向いて、あららららとびっくり仰天。何とその第8章、人生の蹉跌がイルカ主義を呼ぶ~小原田泰久、野崎友璃香、姫川裕里とあるではないか。http://www.yosensha.co.jp/book/b51435.htmlぼくの名前が目次にあるなんて、ど・ど・ど・どういうこと・・・。気になるよね。でも、こういう類の本で、ぼくの著書がほめられるはずがない。きっと、けなされているんだろなと思うと、ちょっと胸が痛むね。でも、気になる。だから、図書館へ行って借りてきた。ペラペラとめくってみて、またまたびっくり。ぼくのことを9Pにもわたって書いてくれている。どんなことが書いてあるんだろうと、こわごわと読んでみると、決して、目をつむりたくなるような悪口ではない。いいところを見てくれているなという批評だったなあ。ここが特に良かった。「このように、小原田の本にあってはイルカが超越論的な、あるいは宇宙論的な大風呂敷を広げることはあまりない。現実的な人生論で商売をしているエッセイストの発言に近い。小原田の本に魅力があるとすれば、大法螺を吹かない常識性にあるのではないだろうか」これは、ぼくの長所であり短所だな。本当は、もっと大風呂敷を広げていいほどの出来事を体験しているにもかかわらず、きっとぼくの性格からくるのだろうけれども、常識的な枠におさめてしまっているのはもったいないね。多少は、大風呂敷を広げるくらいの気持ちじゃないと、ぼくの体験してきたことは、伝えられないかもしれないな。「犬と話ができる!」とか「犬たちのネバーエンディングストーリー」とか「木村さんのりんご 奇跡のひみつ」とか、そのすごさは、ぼくが書き上げたわかりやすくて淡々とした文章では、伝わっていかないかもしれない。でも、三浦さんが書いてくれたように、これが魅力でもあるんだから、大事にしないといけないなと思った。いずれにせよ、ぼくのことを、こうやって取り上げてくれる人がいるかと思うと、ありがたいことだと思う。特に、イルカとなると、研究者でもない人間が、癒しと絡めて書いたということでは、パイオニア的な存在だからね。もっと、そのことを自覚しないといけないな。この三浦先生、プロフィールを見ると、いわき市で生まれ育ったそうだ。震災と原発事故は大丈夫だったのだろうか。ぼくの大学の先輩はいわき市出身で、お母さんと弟さんが、実家にはお住まいだったが、強制避難ということで、今はどうされているのだろうか。とにかく、久々のドッキリ体験だったな。
2011年10月20日
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9月に福島へ行ったとき、ひと組みの結婚式に立ち会う機会があった。ライブ福島の中での企画だった。そのとき、新郎がこんなことを言った。「震災以降、ずっと悩んでいました。自分たちだけが幸せになっていいのかって。式は挙げない方がいいのではと話し合っていました」彼らは、原発の近くに生まれて育った。家族を亡くしたり、家が壊れたり流されたり、原発事故で避難を強いられたり。自分たちも被災者だったが、自分たち以上に苦しんでいる人が身近にたくさんいて、自分たちだけが浮かれていられないじゃないか。ほとんど、2人は「結婚式をやめる」と決めていた。そんなときに、ある人から言われた言葉。「お前たちは、こんなに大変なことがあっても、幸せになれるんだということを、みんなに見せなければならないんだ」すごいね。こんなときに、こんなアドバイスができるなんて。その言葉で、彼らは結婚式を挙げることにしたのだと言う。いろいろと言う人もいるだろうけれども、ぼくは、彼らの決断を支持したいと思うね。彼らの、自分だけが幸せになっていいのかという気持ちは、よくわかる気がする。ぼくも、被災者のことを聞けば聞くほど、こうやって、のんきに生きている自分に、罪悪感を感じることもある。みんなが沈む必要はないし、大変な人が多い分、被災していないぼくたちが、元気を出さないといけないということは頭ではわかるが、浮かれていてはいけないという気持ちはぬぐい去れず、内にこもってしまうのである。この葛藤、どう折り合いをつければいいのだろうか。立場を代わることはできない。とにかく自分にできることを精いっぱいやるしかない。そう自分に言い聞かせている。
2011年10月19日
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FaceBookを見ていると、みなさん、本当にがんばっておられることが、ひしひしと伝わってくる。だいたい、ぼくの知り合いというのは、スピリチュアルとかヒーリング、代替療法といったジャンルの人たち。こういう言い方は失礼かもしれないけれども、けっこうマニアックな世界であって、そんな世界にはまってしまうと、それが医師であれ、経営者であれ、サラリーマンであれ、主流からは外れたり、外されたり、けっこう悔しい思いもしてきた人たちだろうと思う。トンデモ本というのがあるけど、そういうのに取り上げられたりするようなことを、日頃から言っていたり、やっていたりするわけだから。(ぼくの「イルカが人を癒す」も、光栄なことに、最初のトンデモ本に取り上げられている)でも、彼ら(ぼくも含めて)は、確信している。自分たちのやっていることは、これからの世界に必要なものだということを。だからこそ、やり続けてこられた。こういう人たちが活躍しているというのは、世の中はいい方向に動いている証拠だと、ぼくは思っている。ただ、こういう世界は、変な人も多いのは確かで、とにかく、スピリチュアルなものを扱うには、非常に高度なセンスが必要になってくる。いまは、本当にセンスのある人たちが、活躍し始めていると思う。何十年もこういう世界にかかわっている人は、センスのある人だろうと思う。生噛りの人では通用していかないよね。うちの家内も、サロンを出して、センスが試されることになる。「才能ある人」なのか「変な人」なのか。ぼくも家内も、スピリチュアルな世界に20年も身を置いていて、変な人はいっぱい見てきたし、すごい人も見てきたし、大丈夫だとは信じているけれども、どこで魔が入るかわからないのが、この世界の怖さであって、常に身を引き締めていかないといけないだろうな。みなさんのがんばりに触発されながら、ぼくたちも、これから新たなスタートラインに立ったわけで、いい仕事をさせていただきたいと思っている。明日は、ソファをセットし、電化製品が届き、それで、サロンの準備は終了。あとは、家内がどう動くのか、ぼくは、横で見ていることにしよう。
2011年10月18日
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タイの洪水も大変らしい。反格差デモも世界に広がっていて、これから年末にかけて、大騒動になりそうな気配だ。日本では、放射能の不安が広がるだろうし。まさに、ホピが言う浄化の日の真っただ中に、ぼくたちはいるのかもしれない。根っこはひとつだと思う。人間が、人間を含めた自然を支配しようとしたことにある。自然の一部としての人間という立場を忘れて、自然よりも上に立とうしたことの弊害だ。ローマ帝国も元も、世界を支配しようとして破滅へとたどり着いた。支配という意識の行き着く先は、破滅なのだ。もっと謙虚になって、自然を敬い、畏れ、自分たちが生かされていることに感謝の気持ちをもつ。そんな生き方を取り戻さないと、このまま、ぼくたちも破滅へと向かうことになる。そんな気がする。自然災害と原発事故と人間の反発行動によって、この物質至上主義の社会は、破滅しないといけない。そして、もっと心や魂といった目に見えない世界を大切にする社会が生まれる。個人個人の意識の持ちようだろうな。そのきっかけとして、宗教があったり、精神世界があったりするんじゃないだろうか。できるだけ、大きな代償なくして、新しい世界へ移行したいものだ。そのためにも、ぼくたちは、一刻も早く、生き方を見直し、自然の法則に則った日々を送らないといけない。難しいことだけど、やらざるを得ないことだから、覚悟を決めて、行動しないといけない。
2011年10月17日
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去年の暮れに、5年連用日記を買った。1月1日から、数日まとめて書くこともあるが、とにかくずっと書き続けている。新しい年というのは、いつもすごい意気込みで始まる。今年こそは! という感じだね。2011年も同じように始まった。今年は、小説という分野にも挑戦する! と決意が書かれている。ソフトボールの小説を、次女の入っている部活の子たちをモデルにして、少しだけ書いていたからね。しかし、3月11日で、心境はがらりと変わってしまった。ただひたすら前へ進むのがよしとするのではなく、立ち止まって、ゆっくりとまわりを見回し、あせらず、あわてず、一歩一歩しっかりと踏みしめながら歩いていくという気持ちになったのがうかがえる。ぼくにはぼくのペースがある。そのペースを守って走ること。まわりのペースにまどわされると、必ずつぶれてしまう。自分のペースで走るというのは、まわりとのバランスを考えると、けっこう難しいこともあるし、迷惑がかかることもあって、葛藤も少なくないが、それも、きっと一過性のものとして、しばらくすれば、スムーズに展開していくだろうと思う。今年も、あと2ヶ月少々となった。目標が達成できたかと言われると、ダメだったという結論になるが、そんなことはどうでもいいほどの、さまざまな気づきを得ることができたような気がする。1年の目標にこだわって生きるより、それが、本来の自分の生き方に修正されていく過程を、じっくりと観察する方が、はるかに意義あることかもしれない。そういう意味で、大変なことが起こった2011年だったが、ぼくにとっては、とても貴重で重要な年だったと言える。これから2ヶ月、もっと、自分のペースを見つめてみたい。
2011年10月16日
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次女の知り合いの女の子が夢に出てきた。大して言葉も交わしてないけど、不思議な雰囲気をもっていて、印象的な子だ。ときは、20年後くらい。30代半ばになった彼女は、眼鏡をかけ、その眼鏡がときおりずれ落ちては、あわててもとに戻すという動作は、今と同じだ。彼女は、何か注目されることをやったらしく、取材記者に囲まれている。恥ずかしそうに小さな子で、記者の質問に答えている。そういう映像があって、そこから、ぼくのイメージはどんどんと広がっていった。彼女は、国際ボランティをやっている。恵まれない国へ行き、恵まれない人々を献身的にお世話してきた。その行為が認められ、何か由緒ある賞をもらったようだ。確かに、そんなタイプの子かもしれない。その子が、中学時代の思い出話を語り、あの中学時代があったから、今がんばれているんだという話をしているのだ。決して、優等生だったわけではない。体も小さくて、おとなしくて、ちょっと変わり者で、どちらかと言うと、いじめられるかもしれないタイプだ。その子が、何がきっかけか、自分のやるべきことを見つけ、それに邁進し、ひとつの結果を出した。最初はおどおどしていた彼女も、中学時代のことを話すうち、徐々に、自信をみなぎらせてくる。取材が終わるころ、彼女は、目をキラキラさせ、胸を張っていた。中学生は、とても多感な年代だけに、どんな生活をするかで、将来にも大きな影響が及んでくるのだろう。次女は、部活でがんばっている。これからの彼女の人生の中で、常にベースとして、その体験が生かされてくるのだろうと思う。今日は、我が家にとって、特別な日である。家内のサロンがオープンする。我が家は、みんながんばっているぞ。
2011年10月15日
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家内の独立を機に、会社を設立することになった。会計事務所に書類を届け、手続きをお願いし、21日にスタートとなる。長年、一人で気楽にやってきた。ぼくとしては、そのスタイルを今さら変える気持ちはないけど、一応、対外的には、原稿を書いても、会社対会社の付き合いになる。家内のヒーリングサロンは、明日がオープン。西武池袋線の石神井公園駅から歩いて4分ほど。池袋から石神井公園まで、急行なら10分くらいなので、とても便利なところだ。すぐ近くが石神井公園だし、環境もいいところ。オープンと言っても、明日は、荷物を入れて、掃除をして、家族で、お祝いをする程度。狭いながらもお城ができたわけだから、記念すべき日として、記憶にとどめておかないと。これからしばらく、お披露目ということで、そこでお話し会をやったり、DVDを見たり、ときには宴会もやろうと思っている。お陰様で、10月には独立だと決めて、トントン拍子で話がすすんできた。ひとつには、家内の思い切りのいい性格とやると決めたらすぐに動く行動力があるが、その性格と行動力で、うまく流れに乗ったということだろう。これまでの経験から、「乗れた」という感覚はある。流されて生きれば、思わぬところへたどり着くというけど、ジョン万次郎のように、漂流したことで、あの時代にアメリカまで行ってしまうようなこともあるわけで、この流れに乗っていけば、思わぬ世界が広がっていくというワクワク感がある。たくさんの人と、お会いして、いろいろなお話をしてみたいという気持ちでいっぱいだ。機会があれば、ぜひ、石神井公園までお越しいただければと思う。
2011年10月14日
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横浜でストロンチウムが検出され、世田谷で高い放射線が測定されたといニュースがあった。まだ原発からは放射能が漏れ続けているのか、どこかにたまったものが、流れてきてのものか、よくわからないけれども、たぶん、こういうことは一過性のことではなく、これから、あちこちで起こってくるだろうと思う。原発事故による放射能汚染は、福島県にとどまるものではない。地球規模の、巨大な汚染ということだ。ある自然食の店は、東北産の野菜や米を扱わないと宣言したらしい。それですむ問題ではなさそうだ。ぼくたちは、放射能に汚染された食品とは縁が切れない状況に、じわじわと追い込まれている。でも、ある医師が言っていたけど、ぼくたちは、これまで、農薬や化学肥料、食品添加物、酸性雨、大気汚染、水質汚染など、汚れに汚れた食生活をしてきた。とんでもなくたくさんの体に悪い物質を入れてきている。それを見過ごしてきて、どんどんとその傾向が増長して、結局、放射能ということになったのであって、決して、突然、不幸が舞い降りてきたわけではない。ここを踏まえて、自分たちの行動の結果だと、謙虚な気持ちで、これも受け入れないといけないだろうと思う。それは、決してあきらめではない。ピンチをチャンスにするスタートラインなのだ。支払う代価は大きいかもしれないが、一人ひとりが、これをバネにして、新しい世の中、安全に安心して住める世の中を作っていく必要がある。物質的な豊かさ、便利さ、快適さを、求めるばかりでは、ぼくたちは、破滅に向かうしかない。今起こっていることは、それを教えてくれている出来事だと思う。このまま、方向性を変えることができなければ、本当の破滅がくる。それは、神様の罰とかそういうものではなく、人類自らが自らの首を締めていることだ。今、ぼくたちに必要とされているのは、謙虚さであり、人や自然を敬い、畏れる気持ちだと思う。恐れず、あなどらず。自分をしっかりともって、対処していきたい。
2011年10月13日
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12月3日に、安保先生と真弓先生の講演会がある。2人とも、FM西東京で番組をもっていて、ぼくも、その実行委員としてお手伝いしている。関係者は、一生懸命に動いてくださっているのに、手応えがもうひとつ。反応が悪いんだよね。どうしてだろう。川越で、安保先生の講演会をやったときは、すぐに埋まってしまったけど。この間会った人は、今は、ぎりぎりにならないと申し込まないですよと言っていた。当日に来る人が多いのだそうだ。世の中の流れが変わっているのかもね。でも、当日まで参加者が読めないというのは、主催者側としてはつらいよね。こういうときは、とにかくヘルプを出しまくる。安保先生も真弓先生も、ぼくはよく知っているけど、この2人の話を聞くのは、この不安な時代にどう生きていくか、すごく参考になる。一人でも多くの人に聞かせたいよ。それを伝えられる人に、助けてもらわないと。ぼくは、まだこの地域に、大した人脈がないから、前に住んでいた埼玉方面に情報を流した。そしたら、うれしいことに、何人かの人が動いてくださると返事をくれた。うれしいね、本当に。どれくらいの人が来てくださるかわからないけれども、こういう動きが、流れを作っていくことはよくある。どんなことでもそうだけど、アリの一穴というのは、間違いなくあって、あるポイントに針が刺さると、物事が一気に動いていくことがある。ぼくは、本を書いているけど、まったく進まないときに、ある切り口で書き始めると、一気に大きな展開が起こることもある。きっと、そのポイントを探すセンスがあると、生きるのが楽だよね。さて、埼玉のパワフル主婦の方々、アリの一穴になってくださるかな。よろしくお願いします。
2011年10月12日
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次女に頼まれて漫画本を買ってきた。「ドカベン」と「プレイボール」。昔にはやった野球漫画。ソフトボールの参考にするのだそうだ。でも、男の子の漫画だから、あまり面白くないかもしれない。テーブルの上にあったので、プレイボールを読み出したら、面白かった。単純な話だけど、主人公が魅力的に描かれているので、ひきつけられる。いつごろ読んだんだっけ。漫画喫茶へ入り浸っているときに読んだのかもしれない。懐かしさもあって、夢中になって読んでいるところだ。
2011年10月11日
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今日もまた約束をすっぽかしてしまった。意図的にすっぽかしたわけではなく、忘れていたという話。あ~あ。手帳にも書いてあったのに。手帳に書いたとき、もうひとつの約束を忘れていた。今日の約束をしたとき、もうひとつ予定があって、そのときは、その約束を忘れていて、今日になって、忘れていた約束を思い出して、そちらを優先してしまったという形かな。ややこしい話だ。いや、最初の約束を、きちんと手帳に書いておけば良かっただけの話だ。だめだね、こんなことじゃね。どこか、社会に適応しなくなっている自分がいるよ。自分の世界でぽわーんと生きている。それはそれで、快適なのだが、まだまだ、その世界に入るには、未熟なものだから、現実生活との間に、ギャップが生じてしまっている。今日は、しっかり者の女房が、インドから帰って来る。「しっかりしなさい!」と、激を飛ばされそうだ。ごめんなさい、迷惑をおかけした皆様。あすから、もう少ししっかりします。
2011年10月10日
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今発売中の月刊PHPにヒューマンドキュメントを書いている。年に2~3回書かせてもらっている。最初に書いたのが木村秋則さん。あのときも、ぼくが弘前に木村さんの取材に行っているときに、編集部から電話がかかってきて、木村さんにお願いできないだろうかと言われた、何とも不思議ないきさつがある。まだ、木村さんが、こんなにブレークする前の話だ。今回は、チャールズ・マクジルトンさん。フードバンクという、日本ではまだ聞き慣れない活動をしている。食べられるのに捨てられる食べ物がたくさんある。賞味期限も消費期限も切れてないのに、たとえば、ラベルが曲がって貼られたり、印刷が薄かったりするだけで、全部、廃棄されているのが現状。梱包したダンボールに穴があいていたりしたら、中身は、全部捨てられてしまう。そういう食品を、メーカーやスーパーなどから引き取り、食品を必要としている施設や個人に配るというのが、フードバンクの仕事。チャールズさんは、アル中、薬中になった経験もあり、日本へ来てからも、体験として、隅田川沿いで、ダンボールハウスの生活をしたりもした。波乱万丈の生活の中から、フードバンクの必要性を痛感し、今の仕事を始めた。けっこう力作(読んだ方が言ってくださる)なので、ぜひ、お読みいただきたい。
2011年10月09日
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我が家の近くに自由学園という学校があって、そこの古い寮が改装されて、地域の人たちの開放された。1階に喫茶室がある。そこでは、自然栽培のコーヒーとか、すぐ横にパン工房があるので、そこで作ったばかりのパンがあったり、安上がりなぜいたくができる。窓際に、古い椅子とテーブルが置いてある。歴史のある自由学園だから、そんな古いものが残っていて、それを修理して、使っているようだ。すごいのは椅子で、もともと応接室にあったらしいのだが、その椅子に座った人の一覧というのをちらりと見せてもらった。それを見るとすごい。歴史の教科書に載っているような有名な、政治家や作家や文化人の名前が、ずらりと並んでいるのだ。2階には、会議室。寮の部屋や自習室を改装したものなので、押入れが残っていたり、本棚があったりと、ちょっと、通常の会議室とはイメージが違う。3階は宿泊のできる部屋がある。この寮の重要な役割は、地域の人が集まれる場所となっていることだ。お茶を飲むのもいいし、パンを買うこともできる。自治会の事務所があって、自治会の会議もできる。会議室は、3時間2000円くらいで借りられるから、たとえば、紙芝居とか、お話会とか、いろいろなことができそうな気がする。何か、イメージがわきつつある。
2011年10月08日
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子どもには無限の可能性がある。学校からの手紙にそう書いてあった。本当かね、それって。無限の可能性があるなんて勘違いしてしまっているから、子どもに、あれもやれせろ、これもやらせろということになるんじゃないんだろうか。そんなふうに、ぼくは、ひねくれてとってしまった。運動神経のない子は、オリンピック選手にはなれないし、勉強も、どれだけがんばっても、限界がある。しかし、よくよく考えると、こういう解釈もできるのではと思い直した。子どもがもつ夢とか発想とかイメージの世界の中には、無限の可能性があるじゃないか。夢を見て、それを語る能力こそ、子どもの才能だ。夢を見て語ることから、子どもは成長していき、視野を広め、やがては、自分のやるべきことを、見出すことができるのではないだろうか。だから、彼らのその才能を、現実と混同させてしまってはいけない。無限の可能性があることと、いい学校へ入ることとは、関係ないんだから。大人たちも、もっと子どもを見習って、夢を見た方がいい。ぼくは55歳で、80歳まで生きるとして、25年あるわけだ。たとえば、10歳の子どもが、25年後には、35歳になる。もし、その子がサッカー選手になりたいという夢をもっていて、一生懸命にがんばっているとして、もし、その夢が実現したと考えれば、35歳というと、もう引退を考える年だ。ぼくにも、夢をかなえて、がんばってそれを実現して、十分に活躍した後、そろそろ引退するほどの、時間が残されている。夢を見て語る資格は十分にある。80歳の人だって、あきらめる必要なんかないと思う。日野原先生みたいに、100歳になっても、元気に飛び回っている人はいるんだから。まだ、20年もあるじゃないか。100歳になったらこんなことをしていたい。ヨボヨボになって、寝たきりの自分ではなく、元気に歌を歌っている自分を想像すればいいんだ。大人こそ、無限の力を信じ、夢をもって生きるべきだと思う。子どもに「将来の夢は?」と聞くのと同じように、大人にも、「将来、どうなりたいの?」と、問いかけるべきだろう。夢を見るときには、現実なんか考えなくてもいい。才能なんか関係ないし、どんな大きなことを言っても、だれにも迷惑をかけないよ。できなくっても、責任をとることもない。夢のまま終わっていいんだから。「君の将来の夢は?」「ぼく、アンパンマンになるんだ」そんな感覚でいいじゃないか。大人になると、想像力が欠如してくる。それが、無限を有限、それもちょっと背伸びしたら頭をぶつけてしまうような壁の中で、生きるという窮屈な選択につながっていく。夢の中では、まさしく無限の力を発揮できる。思いっきり大ぶろしきを広げて、大きな夢を語ればいいんじゃないだろうか。親が夢をもっていれば、子どもも夢をもって生きられる。ぼくは、そう思うな。現実は大事だし、重いけど、現実に埋没するのではなく、せっかく、夢を見る能力も自由も与えられているのだから、たまには、夢の世界で遊泳してみるのもいいのではないかな。
2011年10月07日
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酸化と還元の勉強を少しした。酸化と還元というのは、電子のやり取りで起こってくる。ある物質が電子を失えば酸化であり、逆に、電子を得れば還元となる。ということは、酸化と還元というのは、同時に存在していないといけなということだ。酸化という物が錆びていくという現象があれば、その裏には、からなず、還元という、物が若返っていく現象が存在する。エネルギー保存の法則と同じかな。ぼくたち人間は、年々老化していく。それは、いわゆる酸化現象でもある。となると、ぼくたちが老化していることで、還元、つまり若返っているものがあるということ。ぼくたちは、自分自身を酸化させながら、周囲を還元しているということになる。環境が悪くなると、病気になる人が増える。これは、ぼくたちの立場から言えば、酸化現象だ。しかし、環境から言えば、人間によって還元されているということになる。放射線というのは、高いエネルギーをもっていて、それが原子に当たると、電子をはねとばしてしまう。つまり、電子を失うという酸化現象が起こり、それが細胞を劣化させたり、遺伝子に傷をつけたりすることで、人体はダメージを受ける。だけど、同時に、どこかで還元現象が起きているわけだ。放射線によって飛ばされた電子は、どこへ行ってしまっているのだろう。電子を失ってる原子とくっつくことになるだろう。何かを還元させている。つまり、放射線というのは、地球上で上位の地位にいた生き物から、エネルギーを奪い、それを別の何物かに与えているのかもしれない。地球の秩序を大きく変えるための、出来事が、今、地球上では起こっている。地球のエネルギーの再構築だ、ということも考えられる。その過程で、人類の数が大幅に減るかもしれない。ほかの生物が、地球の中心になるかもしれない。いずれにせよ、大変革が、着々と進んでいるということだろう。
2011年10月06日
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シンボリルドルフという強かった競走馬が亡くなったそうだ。ディープインパクトまでは、無敗で3冠を獲得したのは、この馬だけだった。昭和59年(1984年)に3冠馬になったのだが、前年の58年には、ミスターシービーという3冠馬が誕生しており、この2頭がライバルとして競馬を盛り上げていた。ぼくは、昭和59年5月(ゴールデンウイーク明け)に、東京へ出てきた。名古屋で、特殊鋼の営業をしていて、そこからフリーライターへの華麗なる(無謀な?)転身を遂げたのだ。調布に住んだので、ちょっと足を伸ばせば府中競馬場。よく通ったものだ。ルドルフが亡くなったと聞いて、なつかしくなって、you tubeで、その現役時代の映像を見直してみた。ルドルフの強さには脱帽だ。ぼくは、完璧な勝ち方をするルドルフよりも、はらはらさせるミスターシービーが好きだった。後方から一気にまくって、先頭でゴールインする姿はかっこう良かった。人生、出遅れたかなと思う人は、追い込み馬を応援するそうだ。ぼくも、冴えない20代を送っていて、「これからだ!」と、思っていたから、この稀代の追い込み馬を応援したのかもしれない。とにかく、荒々しさと繊細さの同居す魅力ある馬だった。このシービーがルドルフに勝てない。史上2頭目の3冠馬の名誉が、史上初の無敗3冠馬のかけ上げる泥にまみれていく。シービーファンとしては悔しかったけど、これも、今となれば、記憶に残るドラマだ。今は、大きなレースをテレビで見るくらいの軽いファンになってしまった。たぶん、これからも、あのころのように、競馬に夢中になることはないと思う。競馬が変わったのか、ぼくが変わったのか。両方とも変わったんだろうな。今、ぼくは人生という競馬の中で、どのあたりを走っているのだろうか。3コーナーから4コーナーに向かっているところだろうか。直線コースに入っているのだろうか。ひょっとしたら、これまでは調教で、これから本当のレースが始まるのかもしれない。一度、秋晴れの気持ちいい日にでも、久しぶりに競馬場に足を運んでみるかな。
2011年10月05日
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ノーベル賞の医学生理学賞が決まった。3人の受賞者のうち、ラルフ・スタインマン教授は、何と、9月30日に亡くなっていたそうだ。実は、スタインマン教授という名前は、非常になじみがあった。もちろん、面識があったわけではないが。というのは、ぼくは、ずっとがんワクチンの取材を続けているけど、そのキーとなっている、樹状細胞という免疫細胞を発見した人だ。樹状細胞というのは、非常に数も少ないし、何をやっているかもわからない細胞だった。だから、スタインマン教授が発見したと言っても、まったく話題にもならなかった。それでも、教授は、樹状細胞にこだわった。その結果、この細胞が、免疫機能の司令塔であることがわかったのだ。ぼくは、将来のがん治療では、がんワクチンはとても重要な存在になると思っているが、樹状細胞なくしては、効果の出るワクチンは作れない。がんワクチンは、現時点では、とても高額で、だれもが受けられるというものではない。多くのクリニックでやるようになっているけれども、取り組み方によって、効果にも差がある。話題性やお金儲けでやっているようなクリニックだと、お金ばかりかかって、大した効果が出ないということにもなりかねない。でも、スタインマン教授のノーベル賞受賞を機に、いざというときのために、がんワクチンとか樹状細胞という言葉は頭に入れておいていいのではないだろうか。スタインマン教授は膵臓がんを患っていて、がんワクチンの治療を受けていたようだ。がんが消えたとなれば一番良かったのだろうが、そうはうまくいかないのが世の常だ。だけど、自分の体で体験できたというのは、教授にとっては、幸せなことだったと思う。亡くなって数日後にノーベル賞というのも、教授を執念を感じる。ぜひ、教授の研究を、もっともっと生かして、がん治療を、さらに発展させていただきたいものだ。
2011年10月04日
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8月に小笠原へ行ったメンバーで集まって昼食会をやった。写真も持ち寄り、懐かしい話で盛り上がった。行きの船では、乗客の一人が急病になって、八丈島まで来ていた船が、結局、大島まで引き返すことになり、小笠原まで約43時間半(6日の朝10時に出て、8日の朝5時半に着いた)もかかった。それも、今となってはいい思い出だ。小笠原では、初日にシーカヤックをやったが、そのとき、ぼくたちのグループに、一人だけ、単独で旅をしている人が加わった。小学校の先生だということだったが、若くてさわやかで、ぼくたちのグループの小学生(女の子)も、彼にすっかりなついてしまった。そんなご縁から、彼も、今回の集まりに参加した。この先生も含めて、今回のツアーは、何とも言えないあたたかなつながりができた気がする。おーちゃんは、子どもたちの人気もの。本当の顔は立派な経営者。でも、大病をして、それから人生を変えようと、がんばっている。小笠原も楽しんでくれたみたいで、帰ったら、奥さんからも親戚からも、人間が変わったと驚かれたそうだ。病気も、検査に行ったら、悪くなっていなかったそうだ。見た目も元気だし、何だか、うれしくなってしまう。イルカの話、小笠原の話、それに経営の話、生き方の話、彼は、いろいろとできちゃうよ。「これからは、語り部だよ」と、背中を押しておいた。昔、インディアンのメディスンマンから聞いたのは、「癒やしとは、体験の分かち合いだ」という言葉。自分の体験を語ることは、自分も癒され、人を癒すこともできる。だから、気の合う仲間との集まりは楽しいんだろうな。ぼくも、ぼくの友だちも、子どもが不登校で、あれこれ悩まされたけど、この体験も、必要としてくれる人はいっぱいいる。離婚したとか、社会にうまく適応できないとか、何していいかわからないとか、ネガティブだと思われている体験て、実は、大きな財産なんだな、きっと。ぼくは、ミクシーで、「癒しの架け橋」という言葉をいただいた。体験の分かち合いこそ、まさしく架け橋だなと思う。そんな集まりを少しずつやっていけたらなと思っているところだ。
2011年10月03日
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昨日は飲みすぎた。楽しいお酒だった。外であまり飲むことはないし、特に、飲み歩きたいとも思わない。家で一人で飲んでいるのに、ぼくは満足しているつもりだった。でも、内心は、大勢でワイワイとやって楽しみたいというのがあるのかな。人はだれもが悲しくて寂しい存在なんだ。悲しみや寂しさという土台の上に、自分という家を建てている。でも、悲しみや寂しさというのは、あまり好ましいものとして考えられていない。だから、悲しみや寂しさは、どこか見えないところへ押し込んでおこうとしてしまう。ぼくは、慈悲という言葉が好きだ。悲しみを慈しむ。なんてすごい深みのある言葉だと思う。人の中に、自分の中にある「悲しみ」という土台。これを、愛し、信じ、敬い、畏れ、大切にする。昨日は、大勢の人とお酒を飲んで、はしゃいで、しゃべって、たのしい時間を過ごしたことで、自分の中の悲しみ、寂しさを見ることができたような気がする。ちょっとだけ日常と違うことをやると、雲の隙間から、青空が見えるみたいに、自分のより深い部分がちらっと姿を現すことがある。それが青空ではなく、毒々しい空であっても、慈しむ気持ちをもてるようにするということだろうな。
2011年10月02日
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何を書こうと思ったのか、忘れてしまった。昨日あったことか、今日の朝の出来事か。とりあえず、今日のことを振り返ると、午前中、家内がサロンを開く部屋へ行き、そのあと、カーテンを買いに行って、FM西東京のミーティング。12月の講演会のことと、番組のこと、さらには飲み会。コミュニティラジオは、どこも経営は大変だけど、使命感をもってがんばっている。経済のことはあまり考えずに、地域を盛り上げる企画をやれるように、このラジオ局もなれればいいなと思う。さっき、家内に迎えに来てもらって帰ったところだ。今日も、いい気分で寝ることにしよう。いい夢が見られそうだ。
2011年10月01日
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