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「イルカみたいに生きてみよう」を読み返しつつ、今ならもっと上手に書けたなと思う一方で、あのころの純粋にイルカのメッセージに耳を傾けようとする姿勢は無理だなとも感じている。氣というエネルギーを知って、中川雅仁という開拓者のような馬力のある気功師が発する氣によって、難病の人が良くなっていく現場をたくさん見てきた。ハイゲンキという氣を発する(今は中継すると言っている)機械があって、最初は、「機械から氣が出るはずがない」と否定していたが、知り合いのぎっくり腰が30秒で良くなったのを見て興味をもち、さらには、ハイゲンキで元気になった人を取材して、「これは大変な機械かもしれない」と前のめりになり始め、自分でも購入していろいろ試したところ、全身の関節が痛くて動けない人が、わずか2回の治療で走れるほどになったのを体験し、ハイゲンキのすごさを確信した。その流れで、中川氏にくっついて歩くようになり、イルカにも出あったのだ。イルカと泳ぐとうつ病の患者さんが元気になり、自閉症の子どもたちが話し始めるという話を聞いて、「これは氣と関係しているに違いない」と、中川氏が言い出した。行動の早い先生で、数ヶ月後にはオーストラリアへイルカに会いに行った。それも、2人の霊的に敏感な女性を連れて行き、イルカとのコミュニケーションに挑んだのだ。「イルカと話せるはずがない」愛からず、ぼくは疑心暗鬼だった。しかし、船の上では不思議なことが次々と起こり、本に書いたようなメッセージが届いたのだ。そんな経験があって、イルカだけでなく、犬もネコも、動物たちにも話が通じるのではないかという思いになって、アニマルコミュニケーションの本も書いた。ホピ族の話、木村秋則さんの自然栽培やUFOのこと、がんの代替療法など、いろいろ本を書いたが、氣という観点から文章にした。中川氏を通して氣という不思議なエネルギーが、30代~60代のぼくの骨格を作ってくれた。70代になって、ぼくは氣をもっと身近なものとして伝えていきたいと思っている。家族の関係、動物たち、植物、地球の環境、すべての根底にあるのは氣だ。氣を語らないと、世の中はいい方向に変わっていかない。ぼくはそう思っている。
2026年01月15日
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「イルカみたいに生きてみよう」第十六回[どうすれば自分が好きになれるの?] イルカに初めて会いにいったとき、 船の上に1週間くらいいて、いつも夜になると、みんなで空を見上げていました。 昼間は、イルカを見るために海をじっとながめていて、夜は空に吸いこまれていきそうな思い出デッキにに横になったりしていたのです。 無数に星がまたたいていました。 ときどき、流れ星がさーっと流れていったりして、なんともロマンチックな気分になってしまいます。 「イルカたちも、この星空を見ているんだろうか」 なんて考えると、船の横でイルカたちが顔を出して空を見上げているような気がして、今度は海に目をこらしたりしていました。 こんな大きな宇宙の中に、地球という小さな星があって、そこにもっともっと小さい人間という生き物が生活している。 星のまたたく夜空は、僕たち人間の小ささを実感させてくれました。 そしてそんな夜は、がらにもなく恋とか愛といったことを考えて、心ときめかせたりしてしまいます。 片思いの時代がありました。 手紙を書くのもわざとらしくて、 電話をする勇気もなくて、 ただ、ひたすらもんもんと過ごしていました。 ときどき顔を合わせることがあっても、何も話せなくて。「なんておれはだらしないんだ」 と、いつも自分を責めていました。 彼女が、ほかの男性と仲良く話をしていたりすると、やきもちを焼いたりして、そんな自分のまた、腹が立って・・・。 そんなことの繰り返しでした。 けっきょく、片思いだけで終わってしまったわけですが、あのとき僕は、自分の消極的な性格が大嫌いだったし、そんな性格に生んだ親をうらんでいました。 嫌いに女の子と話ができる人がうらやましくて仕方ありませんでした。 船に乗って、昼間はイルカと会い、夜になって満点の星をながめる。 そんな解放された中で、自分の欠点ばかりを見ていたころの自分を思い浮かべると、「ああ、かわいそうだったな」「でも、かわいかったじゃん」 と、ほほえましくなってしまいました。 時間がたって、客観的に自分を見ることができると、あれほど嫌いだった自分に同情できたり、いとおしく思えたりするようになるのです。 自分のことが好きになれないというのは、頭に描く理想の自分像があって、 その理想どおりの自分でないことに嫌悪感を感じるからです。 理想をもつことは大切なことです。 でも、理想どおりになることが大事だと思うのは間違っています。 人というのは毎日毎日成長していて、 そこで起こってくるさまざまな出来事は、成長のためにどうしても必要なものなのです。 その結果、理想どおりの自分になるか、ならないかはわかりませんが、それはどちらでもいいのです。 あなたにとって、今あるあなたの姿がいちばん大切だということです。 どんなにドジなことをしようと、一生懸命に成長しようとしている自分をほめてあげてください。 落ちこんでいる自分も、ツッパっている自分も、あとから振り返ると、「ああ、かわいかったな」と思えるはずです。 そう思えば、どんな失敗をしようが、 くよくよと悩み続けることもないし、 自分を責めつづける必要もなくなってしまいます。 そんな生き方をしていると、 いつの間にか、何が起ころうと、 どんなことで批難されようと、「これが私なんだから」 と、いつも元気でニコニコしていられるようになりますよ。
2026年01月09日
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2026年、明けましておめでとうございます。しばらく投稿をさぼっていましたが、久々の「イルカみたいに生きてみよう」再録の続きです。第十五回[人と人が知り合うのは、どういう意味があるんだろう?] 結婚したころ、「どうですか、新婚生活は?」 と、冷やかしまりじりの質問をよく受けました。 僕は、「いい修行をさせてもらっていますよ」 と答えていました。 修行というと、何かいやいや一緒に暮らしているといった感じがしますが、決してそんなことはありません。 僕が言った「いい修行」というのは、「いい体験」と言いかえてもいいでしょう。 生い立ちも、考え方も違うふたりが、ひとつ屋根の下で暮らすのです。 思ってもみなかったことで波風が立ったりすることもありました。 しかし、その波風によって、いままで何げなく見すごしてきたことが、ある日突然、新発見にはることもあるのです。 波風があって、そこから発見が生まれるという意味で、単に「体験」というよりも「修行」と表現したほうが適切かと思います。 人と人との出会いの中でも、結婚は、いちばん効率的な修行でしょう。 くっつくにもエネルギーが必要ですし、維持するのも決して簡単なことではありません。 まして、別れようとすれば、その何十倍ものエネルギーがいります。 恋愛でも同じことが言えます。 結婚や恋愛に限らず、人と人が出会うというのは、確率を計算すれば、奇跡のような数字になるでしょう。 数字を出して恐縮ですが、1日に100人と会うとしましょう。 日本の人口が1億人として、すべての日本人と会うには、100万日、つまり2700年以上かかります。 そんな中のひとりと、私たちは食事をしたり、仕事をしたり、愛を語り合ったりしているわけです。 それほどの貴重な出会いです。 ぼんやりとやりすごしてしまうのは、もったいないような気がします。 好きとか嫌いですませてしまうのも、またもったいないと思います。 イルカと接することによって、私たちはさまざまな「気づき」を得ることができます。 もっと楽しく生きようという思いになったり、 両親を大切にしようと感じたり、 その人が今、もっとも必要としている気づきをイルカたちは与えてくれます。 私たちは、何気なく出会いと別れを繰り返していますが、 人と出会うということは、本当はイルカと出会うこと以上にもっとすごいメッセージなのではないでしょうか。 嫌いな人と無理につき合う必要はありませんが、嫌いな人からも学ぶことはたくさんあるはずです。 恋人の中に、とても嫌な面を見てしまったとします。 嫉妬深くて、自分を束縛しようとばかりするとしましょう。 それが原因で100年の恋もさめてしまいました。 それはそれでいいんだけれども、 なぜ、この時期にそんな人があなたの前に現れ、恋人になったのだろうと考えると、「嫌いになったから別れちゃった」ではすませなくなります。 彼は、あなたに重大なメッセージを運んでくれた恩人だとは考えられないでしょうか。 どんなメッセージなのかは本人でないとわからないことですが、 たいていの場合、相手の中に見つけた嫌な面というのは、実は自分自身を見ていたということが多いようです。 自分自身の欠点を、彼を通して見せてくれているのです。 逆に、いい面も見せてくれます。 すばらしく尊敬できる人と縁ができたなら、それは自分自身がすばらしく成長したからです。 自分の顔を、直接自分の目で見ることはできません。 それと同じように、自分の心も自分では観られないので、他人を通して見せてくれているのです。 とんでもない人と結婚しちゃったとなげいている人は、 実は、自分がとんでもない人間だということを告白しているようなものなのです。 結婚相手でも恋人でも友だちでも、 相手は自分を映す鏡です。 せっかくの鏡ですから、ときどき、じっくりとながめてみるのもいいんじゃないでしょうか。
2026年01月06日
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