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妻はテレビが大好きだ。リビングにいるときには必ずテレビがついている。1週間ほど前のこと。「何見ているの?」ウイスキーでも飲もうかとリビングに行くと、彼女はNHKの「ファミリーヒストリー」を見ていた。真剣に画面を見つめている。武井壮さんのご先祖様、家族の物語。ぼくもテレビの前に座って、ちょうど、お母さんが家を出て行く、壮さんが9歳のころから見始めた。東京駅。新幹線の前に兄と壮さんが写っている白黒写真。お母さんが1週間ほど和歌山県に里帰りするのを見送りに行ったときの写真だった。ところがそれっきりお母さんは帰ってこず、53歳の今まで、壮さんは母の消息はまったく知らなかった。涙涙の物語だった。その数日前、「家、ついて行ってイイですか?」を妻が見ていたので、つまみ見して、ついつい最後まで見てしまった。がんで余命宣告をしている元歯医者さん。肝臓がんなのに、毎晩、べろべろになるまで飲んでいる。離婚して一人暮らし。歯医者も閉めた。夢は沖縄で暮らすこと。自ら破滅へと突き進んでいくタイプ。ぼくの友だちにもいた。彼もかなしみを抱えて一所懸命に生きていた。沖縄へ移住する夢も実現し、あちらの世界へ旅立って行った。「ポツンと一軒家」もときどき見るけど、生きざまが響いてくる人がいる。有名な人であろうと、無名であろうと。波乱万丈であろうと、平々凡々であろうと。お金持ちであろうと、貧乏であろうと。健康であろうと、病弱であろうと。長寿であろうと、短命であろうと。友だちがいっぱいいようと、孤独であろうと。だれでも物語をもって生きている。楽しいばかりではない。自分の人生を決める作家や脚本家がいるとして、先ごろ亡くなった東野圭吾さんや倉本聰さんのような名人だったとしたら、「いい加減にしてくれ」と腹が立つほど、主人公を追い込む。これでもか、これでもかと叩きのめす。だからこそ物語に厚みが出て、多くの人を感動させる。武井壮さんの物語に涙するのも、彼の苦難と、それを乗り切った生きる力が人の心を揺さぶるからだ。たぶん、だれもがかなしみの方が多い物語を生きている。そんな中で幸せになるには、少しだけ引いて自分を見ることかなと思う。自分が主人公だったとしたら、この物語は感動的になるだろうか。つらいときほど、客観的になって、他人事のように自分が見られるようになったら、もう生きる達人だろうな。そして、どんなに苦難があっても、ハッピーエンドにしないと。希望がないと盛り上がらない。脚本家に任せるのではなく、最後だけは自分でイメージして演じたいね。苦しみ、挫折、かなしみが生きるラストシーン。深い闇の底からまぶしい光が湧き上がって、かっこよく人生を終わらせる。すべてが大クライマックスのための伏線。植物を育てる土であり水であり肥料だ。これからきれいな花が咲く。大事に大事に育てる最後の大仕事だ。
2026年09月29日
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仕事が残っていたのに、昨日はついついボクシングにチャンネルを合わせて、4つの世界戦を観戦した。役者もそろっている。面白い試合になるはずだ。ぼくは計算する。本来なら今日いっぱいで原稿を送らないといけない。しかし、今晩はお酒を飲みながらボクシング観戦だから、そのあとの仕事は無理だろう。勝負は明日の朝。原稿は半分ほど完成しているから、あと3時間あれば余裕だ。編集者が9時ごろから仕事を始めると考えて、6時にスタート。よし、5時半に起きればいい。仕事のことは忘れてボクシングに集中しよう。今回だけではない。長いライター生活、こんなぎりぎりの仕事をしてきた。それはともかくボクシング。第一試合は松本流星が辛勝。相手選手は判定のあと、「ウソだろ」という顔をしていた。どっちに転んでもいい内容だった。第二試合では坪井智也が楽しみだった。世界選手権で金メダル。プロ転向後も相手をロープに追い詰めて連続してパンチを打ち込むのを見たことがあるが、迫力があって、これは世界チャンピオンになると確信した。ところがだ。南アフリカの長身の選手に苦戦し、結局、判定で負けてしまった。初回にバッティングで額を切ったためか、解説者が「力み過ぎ」と言っていたように、気持ちが空回りしたのかも。第三試合は元チャンピオンの西田凌佑。相手はサム・グッドマン。井上尚哉への挑戦者として2度も名前があがったが、体調不良で2度ともキャンセルしたという選手。「逃げた」と言われても仕方ないわな。日本人にはイメージが悪い。西田が翻弄してくれると期待したが、逆になってしまった。西田は中谷潤人との一戦で燃え尽きてしまったのではと思うような印象だった。そして、いよいよメインイベント。試合前からピリピリした雰囲気だった。井上拓真対那須川天心。10ヶ月前にタイトルをかけて戦ったばかりだ。そのときは拓真の完勝だった記憶がある。今回の方が名勝負だった。拓真はここ数戦、ものすごく強くなった。兄貴の尚哉のように強烈なパンチで相手をキャンバスに沈める派手さはないが、確実なパンチでポイントを稼ぎ、相手のパンチを受けないというボクシングの職人だ。天心も集中していた。この試合にかけていた。ダウンも奪った。結果は拓真の判定勝ちだったが、こういう試合は4ラウンドごとの公開採点はやめてほしいな。試合の内容には文句はないが、採点がわからなければもっとスリリングになったかもしれない。それに、途中経過がわからないまま判定の瞬間を見たかった。結果が出るまでドキドキしたはずだ。ということで夕方からボクシング三昧だったわけだが、世界戦が4試合はもったいない。それだけ日本人ボクサーが優秀だということだが、世界戦はもっと大事に扱かってほしい。観る方もスタミナがいる。拓真・天心戦のために、1~3戦は手を抜いて観戦することになる。会場で観ていた人はどうだったのだろうか。全試合、メインイベントになれるカードだ。「昔みたいに」という言葉はあまり使いたくないが、世界戦を何試合も同じ日に組むのではなく、昔みたいに、世界戦を1試合だけ、地上波で見せてほしいな。だれが勝とうが負けようが、ぼくの場合は、人生に大きな影響があるわけではない。ただ、いい試合を観るとエネルギーは躍動するので、瞬間的に元気がもらえるのは間違いない。ぼくのボクシング熱も冷めてきつつあるが、井上尚哉や中谷潤人の試合にはまだまだひかれるものがある。拓真と天心が3回目のあるなら、2度あることは3度あるか、3度目の正直か、これも観てみたいな。
2026年09月28日
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趣味のない男だなと思う。妻がよく「旅行に行きたいね」と言うのだが、ぼくは「ふーん」と聞き流している。海外旅行も国内の名所巡りもまったく興味ない。「おいしいもの食べに行きたいね」にも反応しない。家でご飯とみそ汁と漬物と何か一品あればそれで十分。「それがぜいたくなの。だれがみそ汁を作るの? だれが漬物を漬けるの?」妻はぷいっと横を向いてしまって、ぼくを置いて娘たちと食事に出かけて行く。ぼくは冷や飯に熱いお茶をかけて、梅干しで晩ご飯をすませる。鍋にみそ汁が残っていれば最高だ。テレビも映画も見なくていい。アウトドアは苦手。犬やネコ、ヤギもかわいいし好きだけど、趣味というよりも生活の一部かな。本は読みたいと思って買っているが、月に1冊か2冊読むのが精いっぱいだ。「仕事が趣味なんじゃないですか?」そんなことを言ってくれる人もいるが、違うと思う。唯一の趣味と言ってもよかったのが、ラグビーや野球を観戦することだった。競馬中継やボクシングもよく見ていた。ところが、これらに対しても熱量がどんどん低下している。野球はほとんど見ない。競馬も視界から外れていった。ボクシングは井上尚哉と中谷潤人の試合が終わって、熱が引いていった感じがする。一番熱かったのがラグビー。2015年のワールドカップでは、南アフリカに勝ったときには熱狂した。なのに今、けっこう覚めた目で見ている自分に驚いているくらいだ。ミスがあると、何年か前は「こんなチャンスで何をやっているんだ」とカッカしたものだが、今は、「選手たちは一所懸命やっているし、しんどいだろうし痛いだろうし。できもしない自分が文句を言っちゃいけないよ」物わかりがよくなったものだ。来年のラグビーワールドカップが終われば、Jスポーツも解約かな。多くのことがそんな調子になってきた。「何が面白くて生きているの?」妻はあきれているけれども、熱くなれるものが少なくなっても、ぼくに大きな不満はない。それに、趣味がないからと言って、無気力なつまらない老人になり果てているわけではない自負はある。たぶん、どこか気がつかないところで、何かにぼくは熱くなっているような気もする。スポーツのように瞬間的にカーッとなるのではなく、温暖化が進んでいる地球のように、そのときは気づかなくても、じわじわと熱が高くなってきているものがあるはず。カッコよく言えば、生きることへの情熱が、若いときよりも膨らんでいる。健康長寿ということではなく、生きる質を高めることに、ぼくは燃えている、と思いたい。おとなしく、つつがなく、ひたすら平穏無事を願って、人生の幕引きの準備をする気にはなれないのだ。ぼくの年齢からすれば、「余命10年」と宣告されているようなもの。実際、10年後の80歳から何か新しいことをしようと言っても難しいわけで、ラストチャンスの10年をもらったと考えて、ひと花咲かせないとという気持ちはある。「孫からじいじと呼ばれてにやにやしているなんて真っ平だ」と粋がっているわけだ。これが熱量につながっているのかな。
2026年09月20日
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おじいちゃん、おばあちゃんのかなしみ。末っ子の昌夫はいつも野山を駆け回っているやんちゃ坊主だった。まだ小学生だった。夏の夕方。隣村で盆踊りが行われていた。楽しそうな音楽が聞こえてくる。昌夫は友だちの正明を連れて北の坂を降りた。田んぼが広がっている。その先に小学校がある。学区が違うので、昌夫たちは遠い学校まで通っている。本当は盆踊りの輪に入りたかったのだろうが、知らない人ばかりなので躊躇した。だけど気になる。「おい、あそこへ登るとよう見えるぞ。ついてこい」昌夫が指さしたのは高圧線だった。「そんなん怖いわ」正明はしり込みした。「あほか。あんなくらい登れんでどうするんや」昌夫はすたすたと鉄の塔に近づいて行った。昌夫が鉄塔に手をかけて登り始めた。正明が嫌々ながらついていく。たぶん、あのころは電気も通ったばかりだったのだろう。感電するなんて知らなかった。バーンという音がするのだろうか。先に登った昌夫は電気に打たれて落下した。正明はぎりぎり助かった。びっくりして急な坂を走る。「えらいこっちゃ! えらいこっちゃ!」坂を上った突き当りが昌夫の家だった。「おじちゃん、おばちゃん、えらいこっちゃ!」息を切らして玄関に飛び込む。昌夫の父と母が何事かと顔を出す。正明が何を言っているかはよくわからなかったが、昌夫が何かやらかしたと父親はぞうりをひっかけて坂を駆け下りた。田んぼに昌夫が倒れている。抱き上げた。意識もうろうとしている。近所の医者へ連れて行ったのだろうと思う。だけど、このあたりの医者は内科医ばかりだ。高度な治療ができるところなどない。救急車なんてなかった。父親は一晩中、小さな息子を抱いて「大丈夫や、大丈夫。オトンがついとるからな。お前は強い男の子や。心配するな」と声をかけたのだろうか。ぼくの父が話してくれたことがある。父は小学校を卒業していたから、あのときのことは痛い記憶として残っていたのだろう。「おとん、俺は死ぬんか。死ぬんか」昌夫は何度も何度も父親の顔を見て尋ねていたそうだ。どんな思いで、末っ子の苦しむ声を聞いていたののか。母親は、その父子の姿を見ていられたのだろうか。翌日、昌夫は息を引き取った。悲しいな。つらいな。ぼくの祖父・小原田泰治。ぼくの祖母・小原田はしゑ。長男、次男、長女、末っ子。8人のうち4人が自分たちを残して、若くして逝ってしまった。ぼくは、彼らにとって最初の内孫。心から歓迎してくれたはずだ。期待もしただろう。期待の孫も、おじいちゃん、おばあちゃんが亡くなった年齢に近くなってきた。おかげさまでエキサイティングな70年を送らせてもらった。楽しく年を重ねて、経緯はいろいろあったけれども、結果的にこうやって今は故郷に帰ってこれた。喜んでくれてるやろか。だれもが、ご先祖様の数限りないかなしみの上に立っているのだと思う。かなしみを乗り越えてくれたからこそ、ぼくは今、ここに生きている。昌夫のかなしみもぼくは背負って生きている。一所懸命に生きんとあかんな。70歳になって、ぼくもやっと、人のかなしみに目が向けられるようになった。少しは成長したかな。
2026年09月19日
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『原画鉄道の父』を読み終えた。終盤は賢治の妹トシが結核で亡くなり、さらには賢治も結核で銀河鉄道の乗客になる。「雨ニモマケズ」は死の床で手帳に書いた詩だそうだ。父親の詩の解釈も良かった。ぼくも、最後の一行「サウイフモノニワタシハナリタイ」があるからこそ、心に響くのだろうと思った。人間は人間らしく俗っぽく生きればいい。しかし、理想は持ち続けないといけない。そして、少しでもそこに近づけるよう努力する。あの一行で、人間・宮澤賢治が語りかけている言葉になるのではないか。相田みつをさんの「だって人間だもの」というフレーズも、人間的な味があって好きだな。話は変わるが、トシさんが、そして賢治さんが旅立つときの描写を読み、ぼくは祖父、祖母のことを頭に浮かべた。2人ともぼくが5歳、6歳のときに亡くなっているが、きちんと記憶には残っている。冬になると火鉢を抱えるように座っていて、いつもキセルをふかしていたおじいちゃん。あんまり笑っている顔は見なかった。あるとき、ぼくが大騒ぎをしていて、棚を落としてしまったことがある。「こっちへ来い!」怖い顔で呼ばれた。ぼくは体を固くしておじちゃんに近づいた。がつーん。キセルの真鍮の部分がぼくの頭に落ちてきた。おばあちゃんはいつも笑っていた。いい笑顔の写真が仏間には飾ってある。実は、あのおばあちゃんの笑顔の足もとにはぼくがいる。本当にかわいがってくれた。おじいちゃんとおばあちゃんには8人の子どもがいた。そのうち半分が親より先にあの世へ行った。長男は戦時中、通信兵としてボルネオで戦っていた。戦争が終わって帰国する船の中でマラリアを発症して亡くなった。台湾の沖あたりだったようだ。あと数日で日本へ帰れたのに。本人もそうだし、親兄弟も再会をどれだけ楽しみにしていたか。次男は幼いときに病死したようだ。そして長女。この人は才女だったらしい。父親も「姉はすごく頭が良かった」とほめていた。でも、当時のことだから、農家の長女が学問で身を立てるという道はなかったのだろう。ぼくは、「銀河鉄道の父」を読んで、きっとトシさんのような人だったに違いないと想像を膨らませた。写真館の息子と結婚した。写真館なんて戦前の田舎にもあったんだな。どんな人だったのか。急に興味がわいてきた。彼女は女の子を産む。その子が幼いころ、まだ乳飲み子だったかもしれない。結核を患ったのだ。死につながら伝染病だから嫁ぎ先にはいられなかったのだろうか。彼女は、もう壊してしまったが、うちの離れの古い家で亡くなった。おじいちゃんは心配だっただろうけれども、あまり顔に出さなかっただろうな。あの時代の家長だから。やせ我慢したはずだ。おばあちゃんはどうだっただろう。滋養になるものを離れに運んで、いろいろな話をしたのだろうな。どんなことを語り合ったのだろうか。生まれて間もない娘がいて、もう先が長くない娘。看病する母親。ぼんやりと想像するだけで涙が出てくる。長男、長女を亡くす。どんな気持ちだったのか。そのあとも悲劇は続く。次女は長生きした。三男は養子に出している。このいきさつもよくわからない。6番目の四男がぼくの父だった。愼一郎という名前だ。どうして四男に「一郎」とつけたのだろうか。昭和6年生まれだから、長男も元気だったはず。跡取りと決めていたのか。さらに7番目の三女は2年前に亡くなった。ぼくのことを大事にしてくれた。8番目の末っ子。昌夫という名前だった。かわいい末っ子だったが、祖父、祖母、兄弟にとってつらい最期を迎えるのだ。おじいちゃん、おばあちゃんの悲しみを、あまり考えたことがなかったが、今、ぼくは彼らの悲しみを頭に浮かべながら、仏壇に手を合わせている。↑父親とぼく後ろの庭は形は変わったがまだ残っている。今日、草を刈ったばかりだ。父のようにきれいに保つことはできない。
2026年09月18日
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8月はほとんど雨が降らず、9月になったら雨ばかり。それも猛雨、激雨。また次の台風も接近中。気持ちが滅入ってくる。体調もすっきりしない。天候は個人の心身にも影響を及ぼす。不安も大きい。町が冠水して、車に閉じ込められて亡くなった人がいたり、家が水に浸かったり、お店が営業できなくなったり、テレビやネットで流されるのは、毛細血管がキュッと収縮するような映像ばかり。絶えず、警戒レベル4とか5とか、馴染みのない怖い言葉が耳にへばりつく。出かけるときには必ず天気予報をチェックする。しかし、線状降水帯は前ぶれもなく発生することも多い。ネットで雨雲の様子を見ると、自分のいるすぐ横が真っ赤になっていることもある。もう運を天に任せるしかない。今日も曇り空。降ったり止んだりの予報だが、安心はできない。地震ばかりではなく、雨も脅威だということを思い知らされる9月だ。
2026年09月16日
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何となく虚無感。毎日やることがあって忙しく過ごしている。昨日も、雨の合間を見て庭の雑草取りをした。もともとヤギのいた場所。一ヶ月ほど前に、ヤギは裏の畑に引っ越した。柵を壊して、使ってない畑に運んで、早く捨てないといけない。ヤギがいると雑草はあまり生えない。ヤギがいなくなった一ヶ月の間に草だらけになった庭を見て、あいつらの働きがよくわかった。そろそろ草を抜かないと、玄関の横に草原が広がる状態だから、訪ねてきた人は、気の毒そうな顔をしてちらっと見ては視線をそらす。「ちょうど雨の後だから地面も柔らかいし、がんばって草を抜こう」妻と次女と三人でがんばった。抜いた草はたい肥にしようと、三女がやっている畑にリヤカーで運ぶ。軽トラで行けば楽なのだが、畑の脇の道路が長雨でドロドロになっている。へたなところに突っ込んだら動けなくなってしまう。それで山梨のときに買ったリヤカーを使うことにしたのだ。リヤカーというのはなかなか役に立つ。山梨では坂道が多かったので活躍の場所がなかったが、鈴鹿に越してからけっこう働いてくれている。畑まで歩いて5分ほど。リヤカーに抜いた雑草を乗せて運び、畑では両手で抱えてワイヤーメッシュで囲ったたい肥場へ。足もとが緩いので足腰がきつい。これを4往復。「これ以上やると腰にくる」右の臀部に痛みが出てきた。腰を痛めたことはないが、坐骨神経痛では何度か苦しんだことがある。無理は禁物だ。そうやって日々、よく働いている。我ながら大したものだとは思う。しかし、虚無の虚。虚しいのは、いわゆる生産性、お金にならないこと。もともとのぼくの仕事は原稿を書くこと。400字あたり数千円とか、一冊でいくらとか、やっぱりお金になるというのは励みになる。まして本だと、売れれば収入は増えるわけで、ぼくの場合は、欲が刺激されることでやる気も出てきたものだ。70歳になったから、そういう欲の世界からは脱したいと思っていた。ヤギや犬、ネコの世話をして、たまに畑に行って、それでどうにか暮らしていけるのだから、傍から見れば、何ともうらやましい生活かもしれない。しかし、お金に毒された世代の一人として、なかなか経済優先の思考からなかなか抜け出せないでいるのだ。虚無の虚というのは空っぽという意味らしい。空っぽというのは、何もないということでもあるが、哲学的に言うと、すべてがそろっている状態でもある。色即是空、空即是色ってやつかな。虚無の無は、無限ということらしい。つまり、すべてがそろっている無限の世界。可能性に満ち満ちているわけだ。ぼくは今、現実のドロドロした世界からちょっと足を踏み出して、ときに「お花畑」と揶揄される虚無の社会を垣間見ている状態かな。ほんのちょっとだからびくびくどきどき中途半端。だから、落ち着かない。そんな結論に達した。もう一歩、覚悟をもって、お花畑に足を踏み入れられれば、頭に上っているエネルギーが下肚に落ちてきて、足もとがしっかりとするはずだ。
2026年09月15日
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9月も半分が過ぎようとしている。数日前のことも思い出せないまま、時間は流れ去っていく。名古屋の豪雨は6日前のことで、ぼくも土砂降りの雨の下にいたのに、遠い過去の出来事のようにぼんやりと残っているだけ。直接の被害があれば忘れたくても忘れられないだろうが、それだけ、平和に甘んじいるということだ。薄っぺらに生きているつもりはないが、分厚くもない日々。平和はいいに決まっている、問題は、平和に暮らせていることに、特別感謝することもなく、漫然と生きていることだ。あれもこれも当たり前。1秒後、自分が生きている保証はない。家族だってどうなっているかわからない。生きていること自体が当たり前のように思えてそうじゃない。何事もなく今日が終わったら、やっぱり、「ありがとうございました」と、ぼくたちを生かしてくれている偉大な力に心から感謝しないと。さらに一歩進んで、今日も生かされた自分は何をすればいいのかを考え、行動しないといけないのではないか。ふと思った。妻がぼくの目の前から消えてしまったら。憎まれ口ばかり叩いている妻だが、いなくなれば寂しいぞ。いつもそばにいるのが当然のように思っている家族。何かをしてもらっても感謝もしない。ひどいときには、してもらっていることも忘れてしまっている。そのくせ、気に入らないことばかりが目につく。ひどい妻だ。何もしない夫だ。冷たい子どもだ。文句を言えば文句が返って来る。感謝の気持ちがどんどん遠ざかっていく。ギズギスした家族関係は不幸の温床だ。気をつけているつもりだが、ついつい泥沼にはまってしまうこともある。常に意識をしていないと、ネガティブな方向に引っ張られてしまう。我が家には立派な仏壇がある。一日の終わりには、どんな一日であっても、「ありがとうございました」と手を合わせることにしようと思う。そんなところから感謝生活をスタートさせよう。
2026年09月14日
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9月も半分が過ぎようとしている。数日前のことも思い出せないまま、時間は流れ去っていく。名古屋の豪雨は6日前のことで、ぼくも土砂降りの雨の下にいたのに、遠い過去の出来事のようにぼんやりと残っているだけ。直接の被害があれば忘れたくても忘れられないだろうが、それだけ、平和に甘んじいるということだ。薄っぺらに生きているつもりはないが、分厚くもない日々。平和はいいに決まっている、問題は、平和に暮らせていることに、特別感謝することもなく、漫然と生きていることだ。あれもこれも当たり前。1秒後、自分が生きている保証はない。家族だってどうなっているかわからない。生きていること自体が当たり前のように思えてそうじゃない。何事もなく今日が終わったら、やっぱり、「ありがとうございました」と、ぼくたちを生かしてくれている偉大な力に心から感謝しないと。さらに一歩進んで、今日も生かされた自分は何をすればいいのかを考え、行動しないといけないのではないか。ふと思った。妻がぼくの目の前から消えてしまったら。憎まれ口ばかり叩いている妻だが、いなくなれば寂しいぞ。いつもそばにいるのが当然のように思っている家族。何かをしてもらっても感謝もしない。ひどいときには、してもらっていることも忘れてしまっている。そのくせ、気に入らないことばかりが目につく。ひどい妻だ。何もしない夫だ。冷たい子どもだ。文句を言えば文句が返って来る。感謝の気持ちがどんどん遠ざかっていく。ギズギスした家族関係は不幸の温床だ。気をつけているつもりだが、ついつい泥沼にはまってしまうこともある。常に意識をしていないと、ネガティブな方向に引っ張られてしまう。我が家には立派な仏壇がある。一日の終わりには、どんな一日であっても、「ありがとうございました」と手を合わせることにしようと思う。そんなところから感謝生活をスタートさせよう。
2026年09月14日
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ギリギリのところで救われることがよくある。名古屋が大雨で大変だった日、ぼくは東京へ行った。名古屋駅で新幹線に乗り込んだときには、猛烈な雨でホームの屋根は悲鳴を上げていた。20分ほど出発が遅れるというアナウンスが流れた。さらに20分遅れてのぞみは名古屋駅を離れた。あとからネットニュースを見ると、ぼくの乗った新幹線の次から運休となったようだ。ギリギリ救われた。翌々日、東京での仕事を終えて新幹線で名古屋へ向かった。雨は大して降っていない。来るときのような張り詰めた気持ちはなく、座席で文庫本を開き、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。ところが、あとからニュースを見たら、ぼくの乗ったのぞみのあとから、東京・岐阜羽島間が点検のために急に運休になったらしい。ここでもギリギリ救われた。今回の東京行き、行きも帰りも運休手前で移動できたというのはどういうこと?ついてる。運が良かった。それで済ましてもいいけれども、行きも帰りもというのはただ事ではない。もうちょっと深く考えてもいいのではないか。たぶん、ぼくは今、何がかはわからないが、ギリギリのところにいる。そのことを知らせてくれたのかもしれない。だからと言って、何かをしろということではない。必ず救いの手が差し伸べられる。安心しなさいということか、新幹線の件では、ぼくがしたのは、「この列車に乗ろう」と決めて切符を買っただけのことだから、こうしようと思ったことに素直に従えばいいということなのか。よくわからないけれども、まあ、少なくとも悪い知らせではない。あとから見返してみると、「ああ、ギリギリだったな」と思うことがあるのだろう。名古屋の雨は大変だったが、鈴鹿でも冠水したところはあった。いろいろあるけれども、見えない力が守ってくれているということもあるのだ
2026年09月11日
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「銀河鉄道の父」を読んでいて、ふっと思ったのは、父親はぼくをどう見ていたのだろうかということ。宮澤賢治ほどの人でも、父親である政次郎は頼りなく思っていた。世間知らずで、経済力もないし、先行きも定まらずふらふらしている。ものすごく心配してたわけだ。歴史に残る大作家になるなんて、思ってもいなかった。賢治自身も、世間に知られたのは死後のことだから、きっと自己評価は低かっただろうと思う。うちの父は息子をどう見ていたのだろうか。ぼくはぼんやりした子どもだった。だれかの後ろをとことこついて回っていた。小学校へ入ったときは、3月生まれだから仕方ないと思っていたかもしれないが、学年が上がっても、忘れ物ばかりしているし、絵も歌もへた。運動もできない。父はがっかりだっただろうな。同い年の従妹がいた。女の子だったが、この子が活発で成績もいいし、何でもできる子だった。父はうらやましかったんじゃないかな。まだまだ男尊女卑の時代。女の子があんなにできても仕方ない、うちの息子と入れ替わっていればいいのにと残念がったことだろうと想像する。そんなぼくでも、算国理社という四教科はけっこうできて、いつも上位の成績だった。父は思ったはずだ。「あいつには勉強させよう」ぼくは農家の長男。昔なら跡継ぎだ。しかし、父は農業を見限っていた。これからはネクタイを締めて会社へ通うのが一番。ぼくには農業の才がないこともわかっている。それなら、大学を出て県庁とか市役所へ入るのがあいつの一番の道だ。父は確信した。「お前は公務員になれ」とずっと耳もとでささやいた。「将来の夢」を書く授業があった。ぼくは迷わず「公務員」と書いたのを覚えている。小学校3年とか4年のころだ。ぼくが父親でも、ぼくのような息子だったら、同じように思ったかもしれない。取柄はまじめでおとなしくて勉強ができる。それに、臆病が加わる。「階段を上るとき、『気をつけて上れ』と言うたら、四つん這いになって上ったからな」よく笑われた。そんなぼくが、よくぞこんな面白い人生を歩めたものだと、我ながら感心する。父もうれしかったようだ。ぼくが本を書き、いろいろな雑誌に記事を出すと、近隣の村まで自慢して回ったようだ。故郷へ戻ってからよく聞かされて、こちらは赤面するばかりだが、それなりに父親孝行はできたのだろう。宮澤賢治ほどの子どもをもっても、親は心配するのだから、親に心配をかけない子どもというのはいないと思った方がいい。だけど、どんな子どもにもいつか花が開く潜在的な能力があるものだ。あまりとやかく言わずに、見守るというのも親の大事な役割だろう。うちの娘たちも、新しいことにチャレンジしているところだ。親として、不安はいっぱいもっているが、あいつらの人生だから、手助けできることはするけれども、あまり口出ししなようにしたいと思う。
2026年09月10日
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昨日の話。仕事で東京へ行かないといけない。翌朝の6時半に出れば間に合うのだが、ぼくの住んでいる三重県でも線状降水帯の予報が出ている。近鉄、新幹線が止まるかもしれない。「もう、今日行けば」妻が言う。今日だって怪しいけど、明日の仕事をキャンセルしないためには今動くのが正解だ。昼食後、長女に駅まで送ってもらうことにした。強い雨が降っている。急行の止まる駅まで送ってもらいたかったが、この雨の中を往復1時間近くも運転させるのはかわいそうで、近くの普通列車しか止まらない駅から乗ることにした。ひどい雨だった。名古屋から新幹線だったが、ぼくが乗った次の列車から運休になった。車両を叩く雨音はすごかった。しばらく走ると雨は上がっていた。名古屋近辺だけの集中豪雨だった。50分遅れで東京に着いた。千葉から始まった大雨。全国を行脚している。鈴鹿は水不足寸前になるくらい雨が降らなかった。8月はほとんど降水量はゼロだったのではないか。だけど、災害というのは、例外なく襲ってくるもの。被災された方は気の毒だと、本気で思っている。しかし、その隅にあるのは、「うちでなくて良かった」という安堵の心だ。人の痛みを自分の痛みのように感じられる人になりたいと思っているが、ぼくには無理だ。無理だけど、昨日のぼくのように、猛烈な痛みを感じた人からすれば、ささいなことかもしれないが、経験するようになっている。ある程度の痛みを経験することで、激痛が想像できる。そうやって他人の苦しみを少しずつ理解できるようになっていくのかもしれない。まだ大雨は続きそうだ。痛みを知るための災害か?本当にどうなっていくのだろうか。
2026年09月09日
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宮沢賢治の作品は、何作かは目を通したことがあるが、多くの人が言うような衝撃を受けたことはない。それよりも、「雨にも負けず」だな。これは、毎日とは言わないが、週に数回、仏壇の前で声に出して唱えている。文章を書く仕事をずっとやってきながら、文学とか詩とかよくわからないぼくだが、「雨にも負けず」の深さは感じる。ぼくも。そういう人になりたい。何年も前に買った本。読まずに段ボールの奥で見つけた。「銀河鉄道の父」。直木賞を受賞した作品で、読むのを楽しみにしながら、埋もれてしまっていた。お父さんもそうだが、宮沢賢治も人間的でいい。すごい作品を残した聖人君子ではなく、世間知らずで、あれもしたい、これはどうだろうと、道を迷いさまよっている賢治がいい。親にお金を無心して、「こいつ、大丈夫だろうか」と心配される。20代後半まで、ふらふら生きていた。ぼくのような凡人にも親しめる若者だ。3分の2ほど読んだが、文章を書く宮沢賢治はあまり出てこない。妹のトシに文才があると見込んで、しきりに「小説を書け」とすすめるくらいだった。トシが病に臥せっているときに「風の又三郎」を、妹のために書いたそうだ。トシが亡くなり、そこから文筆業に入る。経済的には父親が援助したのだろう。評価はされていたが、売れないのだから仕方ない。父親が助けないと、宮沢賢治という名前はとうに消えてしまっていただろう。26歳から本格的に童話を書き始めて、37歳で亡くなった。約10年の文筆家生活だ。彼が残した作品のファンはたくさんいる。いい仕事をして旅立っていった。雨にも負けず。からだ、こころ、いのち。たぶん、彼が傾倒した法華経の世界を通して、人間の本質まで深めていく中で、自分の理想を語った詩だと、ぼくは思っている。最後がいい。「そういうものに私はなりたい」この一行がないと、「人間はこうあるべきだ」という説教くさい話になってしまう。至らぬ自分をよく知っている。でも、理想を追求したいという思いも伝わってくる。一途で謙虚で夢があって、目に見えない世界こともよくわかっていて、いい男だなあ。
2026年09月07日
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地球の浄化というのはこういうことなんだと思わされる毎日だ。浄化というと、きれいになるからありがたいことなのだが、その過程がきついと言われている。長く患っている病気だと、良くなっていく途中に、痛みが出たり苦しかったり、悪くなっているのではと不安になるような反応が出ることがあるそうだ。東洋医学では「好転反応」「メンケン反応」と呼ばれているが、治療を始めると、一時的に症状が悪化したような反応が出たりする。好転反応なのか、本当に悪化しているのか、見極めは簡単ではないが、一度悪くなって、それから一気に回復していく例は珍しくないらしい。地球も、もっと快適な惑星になるために、こんなにも災害が起こったり、異常気象になったりしているのかもしれない。今の災害、異常気象がどれくらい重度なものなのか。何万年か前には氷河期があった。ノアの方舟伝説では、150日で地球が水に覆われてしまったと言われている。それに比べれば大したことはないと言う人もいるが、長い地球の歴史に比べて「人生100年時代」と浮かれている現代人の短い物差しからすれば、これまで体験したことのない世界レベルでの大変動ではないだろうか。もうギリギリのところまできている。このまま進めば、ノアの方舟レベルの地球リセットになってしまう。今夜も関東地方、東北地方では豪雨になるとの予報。この間の千葉の豪雨並みとニュースで言っていた。強烈なダメージを受けた千葉で、また同じくらいの雨だったらどうなってしまうのだ。前回、被災された人たちはどんな気持ちでひと晩を過ごすのだろう。被害がないことを祈りたい。ぼくの住んでいる三重県も線状降水帯が発生する予報が出ているが、鈴鹿は普通の雨。いつどんな状況になるかわからないので、油断せずに過ごしたいと思う。まずは対症療法で今を乗り切り、次は根本的な解決はないものか、考えていかないと。人間のライフスタイルや考え方に原因があるように、ぼくは思うなあ。
2026年09月06日
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飲食業のビジネスモデルが変わった?くら寿司にたくさんのお客さんが集まっている。長女に付き合って、お昼ご飯に行ってきた。なぜくら寿司なのか。今、爆発的にはやっている「ちいかわ」というアニメとコラボしているからだ。長女はアニメ好きで、ちいかわのグッズがもらえるというので必死なのだ。寿司がおいしいとかまずいとか関係ない。くら寿司は開いたお皿をテーブル横に細長い穴に放り込んでいき、5枚ごとにゲームができて、当たるとフィギュアやら缶バッチやらが丸いプラスティックのケースに入って出てくる。今日はちいかわグッズの日。アニメマニアにとっては、貴重なチャンスなのだそうだ。さらに、食べた金額によって、特殊なグッズももらえる。今日はちーかわのコップ。どんなものかはわからないが(ぼくは興味がない)、3000円で一個だとか。「5個ほしい」長女が子どものような表情で言う。3000円で5個ということは1万5000円。妻も次女もつき合わされたから4人で1万5000円のランチか。支払いはぼくの役目だし。これから倉庫を改装したり、いろいろ物入りなのにと、ぼくは思ってしまう。コナン君とのコラボのときもつき合ったしな。今年3回目だぞ。だけど、31歳の娘があんなにも無邪気な顔で、「ちいかわ」「ちいかわ」とのたまわっている。行列ができることはわかっている。だから、早めに出かけないといけないので、朝からヤギや犬の世話をがんばっていた。そんな姿を見ていると、ついつい甘い親になってしまうのだ。長女が早めに並んでくれたので、開店してすぐに席に案内してもらったが、どんどんお客さんがやってきて、すぐに駐車場は満車になった。くら寿司ばかりではなく、大手のチェーン店の多くが、アニメとのコラボで人を集めている。飲食店が食べ物ではなく、アニメで勝負しているのが現状だ。その策略に客はまんまと乗せられてしまっている。「こんなことでいいのか」とあきれてしまう。地震や洪水で困っている人がたくさんいるのに、フィギュアが出ただの、コンプリートできただの、たかが回転寿司に1万円も2万円も使うのは、「愚かじゃないのか」そう思ってしまうのだ。ぼくのように子どもにねだられてしぶしぶ来ている親御さん、じいさん、ばあさんもいるんだろうな。ぼくも愚か者だ。物価が高いと嘆く前に、企業に踊らされない賢い消費者にならないとと、今日のランチではつくづく感じた次第だ。「こんなのは年に一度にしような」長女にポツリと言い残して、ぼくは早めに店を出た。
2026年09月04日
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こんなことやろうと娘たちが言い出して1年半ほど。去年の今ごろは、業者に相談したり、補助金の申請に動き回ったりしていた。銀行にも相談した。自分たちがやりたいことをやろうとすると、どうあっても資金は足りない。補助金も簡単に降りるものではない。銀行もうちのような業績のない会社にお金を貸してくれない。さらには行政の壁が立ちはだかる。うちの土地はすべて市街化調整区域。商売をするにはさまざまな規制をクリアしないといけない。次女が何度も市役所へ足を運び、交渉を続け、書類を集めたり、建築設計士や行政書士にも動いてもらって、やっと許可が下りた。動かせる資金の中でどうすればいいか、家族で知恵を絞った。そこでたどり着いたのは、亡父が作った倉庫を改装しようという案だった。2階建てにして、犬たちが遊べればいい。外にドッグランを作ろう。キッチンカーを置いて飲食ができるようにする。小さな村だ。人が来てくれるかどうかわからない。本当に商売が成り立つのだろうか。しかし、ぼくたちの根底にはこの村をにぎやかにしたいという理想がある。利益を出すことも大事。あえて二兎を追ってみようと、娘たちも言ってくれた。この間、村のお寺でイベントをしたら、30人以上の人が集まってくれた。自信になった。こんな田舎でも、やり方次第で人は集まってくる。田舎であることが、逆に武器になることだってある。これは面白いチャレンジだと思う。いよいよ工事が始まる。思わぬことがいっぱい起こってきて、予定通りは進まない。3ヶ月遅れのスタート。何をするにも、想定外のことに上手に対応しながら、牛歩でいいので進めていくしかない。来年の1月にはオープンするつもりだ。ぜひ、のぞきに来ていただきたい。
2026年09月02日
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