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どないやねん!あの番組わっ!て、言いたくなるほど、制作者の人間性を疑いたくなるような番組でした。(2月24日、日本TV「マイケル・ジャクソンの真実」)マイケルのファンでなくても、心有る人達は皆、不快に思ったはず。何回整形したとか、子どもの母親は誰だとか、自宅に遊園地を作っているとか、高価な骨董品を買って金を浪費しているとか、そんな個人のプライバシーを暴きたてる事の何が真実なのだろうか?2時間もの長い時間を使いながら、彼の音楽性に触れた話題が何一つなかった事が、制作者の頭のレベルを暴露していると言えよう。音楽なんか何一つ理解できなくて、他人のゴシップばかりに関心があるくだらない人間が作った番組だ。マイケルが異常な人間だと言うなら、それを言ってるあんたはもっと異常な人間ではないのか?>制作者あの番組を見て、彼(マイケル)ほど人間的で純粋で心の美しい人はいない、と思った。その研ぎ澄まされた純粋な感性が、数々の名曲を生み出したのだと思う。天才の感性は、時として常人の理解を超えた行動を起こす事もある。それは古今東西の天才達の伝記を読めば分かる。常識では考えられない感性を持つからこそ、天才なのだ。その天才達の生み出した作品は、時を越えて多くの人の心を感動させ、癒してくれる。それは自己犠牲の産物だ。先に書いた坂本龍一の言葉を再度引用したい。「自分の理解できない相手だからこそ、尊敬の姿勢で接する事が大切だ」天才は常人の理解をはるかに超えているからこそ、凡人は彼らを尊敬すべきである、と思う。私は、マイケルの姿に人間の根源的な孤独を見た。その孤独は彼だけでなく、すべての人間に共通するものだ。しかし、ほとんどの人は自分を上手くごまかして、普通を装って生きている。自分を本当に生きてないから、そのストレスで時として他人を羨んだり、誹謗中傷したりと醜い姿を晒さずにいられない。マイケルは自分に正直に生きているから、他人の事を何一つ非難してはいない。誰にも迷惑かけていない。そしてすべての人に愛を届けようとしている。美しいと思う・・・・その心を。
2003.02.26
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アメリカはなぜあんなに戦争が好きなのか・・・、私には理解できない。世界の王者は俺様だ!と、世界中に自分の威信を示したいだけなのか?それとも本当に世界の平和を考えているのだろうか?世界の平和を守るために戦争をするの・・・?戦争する事そのものが平和を破る事なんじゃないの?禅問答みたいに難しくて、これまた私にはまったく理解できない。先日、街に出かけたら某JR駅前でイラクへの攻撃に反対する署名運動をしている団体がありました。そこには先の湾岸戦争の影響で、障害を負って生まれた赤ちゃんの何とも酷い姿の写真が展示してありました。大人達は何だかんだと、さまざまな理由をつけて戦争をするが、結局、一番犠牲になるのは子供達なんだ。人間はなぜ憎しみ合う歴史から卒業できないのか・・・?人類は戦争の酷さをイヤと言うほど体験してきたのではなかったのか?9.11以降のアメリカははっきり言って嫌いだ。アメリカ全土を覆い尽くしたナショナリズムに辟易した。まるでアメリカだけが正義だ!、とでも言わんばかりだ。正義のためなら多少の犠牲は仕方ない・・・、ものすごい論理だ。こんな事が人間社会でまかり通ったら、いったいどうなるのだろう?例えば、警官が強盗と戦って、間違って近くを通った人を流れ弾で射殺してしまったら・・・?当然、警官は非難されるだろう。暴力団が敵の組長を狙って撃って一般市民を射殺した、という事件が最近あったが、それも同じ事だ。やったほうはほんのちょっとした間違いだろうが、殺された人にとっては「あ、間違っちゃった~、ごめんね」ですむ問題ではないだろう。敵の組長を殺す事は、その犯人にとってはきっと正義なんだろう。誰かの正義は、他の人にとって必ずしも正義ではない・・・。いや、むしろ悪かもしれない。アメリカの正義が世界の正義とは限らない。自分だけが正義だと思うのは傲慢だ、と思う。その傲慢な考え方が戦争を起こすのだろう。今日の朝日新聞に載っていた坂本龍一さんのコメントに共感した。要約すると、「かつてのアメリカは異文化を受容していた。そこから自分も大きな影響を受けていた。しかし、9.11以降のアメリカは変わってしまった。アメリカは外からいろんな能力を受け入れて大きな国になってきたのに、そういう国の根本を否定する方向に向かっている。イスラムを理解できないからこそ、尊敬の態度で接するのが正しいと思うんだけど、すごく時間がかかると思う。それでも、もし9.11が日本で起きた場合の事を想像すると、アメリカの民主主義は括弧つきではあるが、まだ捨てたものではない」・・・という内容だ。詳しくは23日付け朝日新聞を参照。理解できない相手を否定したり疑ったりするのではなく、尊敬の態度で付き合う・・・、これはとても大切な事だと感じた。未知の物に対して常に畏敬の心を持って接しているからこそ、坂本龍一は「世界のサカモト」と言われるような音楽家になり得たのだろう、と思った。硬直した心を持つ人達にはぜひこの精神を理解して欲しいと思う。(眠い・・・ので明日に続く)←果たして本当に続くのか?(笑)
2003.02.23
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最近のヒット曲の中で、妙にジ~ンと感じてしまった曲がある。それは平井堅の「大きな古時計」だ。老若男女誰でも知っている歌。それを今最もトレンディーな平井堅が歌う・・・売れないわけがない。最初は別に気にも留めていなかったが、少し前に中古を100円で買った(笑)>100円だから買った・・・家に帰ってCDプレイヤーで聴くと、TVやラジオで聴いていたよりもずっと心に響いてくる。ちょっと切ない平井堅の声が良いのか?それとも原曲の良さなのだろうか?それは分からないが、聴いているうちに何だか涙がこぼれてしまった。♪~天国へのぼるおじいさん~♪のところが特に切ない。それは良いのだが、昔の古い歌が売れるとわかると、さっそくミーハー系のアイドル達が古い歌を歌い始めた。日本ってなぜ、2匹目のどじょう狙いが次々と現れるのだろう?何だかカッコ悪い・・・。宇多田ヒカルがブレイクした時も、すぐに似たような女の子が出てきたりした。それはそれで実力があれば良いのだろうけど、よくもそんなにタイミング良く同じようなカラーでデビューできるものだなぁ、と感心したり飽きれたり・・・。先日はリバイバルブームについて書いたが、リバイバルと同時に昔の曲のカバーも最近のブームだ。カバーブームに火をつけたのは1昨年あたりから流行り始めたハモネプかもしれない。ユーミン、山下達郎、はっぴいえんどなどがいろいろなアーティスト達にカバーされた。カバーブームは悪いとは思わない。良い音楽はたくさんの人に歌われることで後世に残っていくのだから。しかし、「カバーは喧嘩と同じ」と山下達郎は言う。どうしても原曲と比べられるカバー。どっちが上か勝負する気になってこそのカバーなのかもしれない。歌う人のポリシーや個性が感じられないカバーなんて、聴いててもつまらない。原曲をその人がどんなふうに料理しているのか、カバーの楽しみ方はそのへんにあるのではないだろうか?まったくソックリなのを聴くくらいなら、原曲のほうが良いに決まっているのだから。その点では、昨年末のジョン・レノン・ライブはなかなか面白いと思えた。日本のアーティストも結構やるじゃん。
2003.02.21
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最近よく耳にする懐かしめの音楽・・・。昔の曲がリバイバルヒットしている。「亜麻色の髪の乙女」「花の首飾り」それに去年はフォーククルセイダーズの再結成。私が、中学の頃聴いてた音楽だ。CD屋に行くと、懐かしの70’s、80’sが目立つ場所に並んでいるが、こういう音楽のターゲットは一体誰・・・?若い人向けの音楽が頭打ちになったので、今度は中高年をターゲットに、昔の音楽を掘り起こしているのだろうか?今までの音楽市場は、10代20代に偏りすぎていた。CD不況の大きな原因はそこにあると思う。音楽業界の人達もやっとそこに気付いたのか?がしかし、中高年をターゲットにするとなぜ、ナツメロになるの・・・? たしかに昔懐かしい曲を聴くのもいいけれど、私達の世代がナツメロしか聴かないなんて思われているのなら心外だ・・・。私が一番聴きたいのはナツメロなんかじゃなく、今のこの時代に、私達の心を代弁してくれる音楽なのだ。そういう音楽が一体どれだけあるというのだろうか?そういう音楽を真剣に創ろうとしている人はいるのだろうか?ナツメロなんか聴いて郷愁に浸っているほどまだ歳はとっていない(笑)私達中高年は戦っているのだ。今のこの、生き難い時代を必死で生きている。頑張っているのは若い人だけではない。悩んだり苦しんだりしているのは若い人だけではない。私達の世代のための音楽を必要としているのだ。生きる元気を伝えてくれる音楽を!!
2003.02.17
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ここ数日のお気に入りの1枚は、saigenjiのアルバム「SAIGENJI」です。知らない人は全然知らないと思いますが(私もつい最近知った)、日本人でブラジル音楽をやっている人です。昨年末、友人からCD-Rにコピーしたのをもらいました。その時は年末で忙しく、1~2回だけ聴いてそのままになっていたのですが、つい先日、たまたま聞いていたカーラジオから流れてきたsaigenjiさんの生演奏がすごく良かったので、友人からもらったCD-Rをもう一度じっくり聴き直してみました。思いのほか良くて、ここ数日聴き続けています。彼独特のノリとグルーブ感が、私的にはかなりキてます・・・。ブラジル音楽にはそれほど詳しくなくて、日本では小野リサって言う人がボサノバやってるな・・・、程度の知識です(笑)でも、アントニオ・カルロス・ジョビンは好きだったので、ブラジル音楽的なノリはすんなり入って来るのだと思います。中途半端な文章になってしまいましたが、今日はこれから出かけるのでこれまで。どうもこのところ更新がにぶってて・・・。私的に忙しくて、ついついパソコン開くのが2日に1回、3日に1回とかね・・・。何気にカウントが増えていますが、読んで下さっている皆様、ありがとうございます!
2003.02.11
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約1週間ぶりの更新です。ちょうど息子の受験が2月2~5日と続いたため、ネットどころではない日々でした。で、書きたいことがたまっています(笑) 今日は、以前から書きたいと思っていたテーマに挑戦!・・・ものすごいタイトルをつけてしまいましたが(笑)、私は音楽評論家ではないので70年代ロックについて論じるほどの知識はありません。ただ、70年代に青春を過ごし、肌で感じていた事を書いてみたいと思っただけです。 70年代ロックの最先端を走っていたミュージシャンのほとんどといってもいいと思うが、彼らは皆ジャンキーだった。彼らの音楽活動にはマリファナやLSDなどのドラッグが欠かせないものだった、と思う。ビートルズもローリング・ストーンズもクラプトンもジミヘンも皆、ドラッグ片手に音楽を創ってきた。70年代プログレの人気バンド、ピンク・フロイドの音楽などはそのままドラッグトリップした時の世界を表現しているように感じられる。 マリファナ文化はアメリカのヒッピー達が世界に広めた・・・(と、私は思っている)、70年代に日本でも各地でロックコンサートが開かれたが、そのライブ会場では見知らぬ人達からマリファナが回ってきたりした。まだ10代だった何も知らない私も、勧められるままに何の抵抗もなく吸っていた。世間では犯罪行為かもしれないが、そこ(ライブ会場)はまったく別世界のように思われ、何の罪の意識もなかった。むしろ未知の世界への扉としてワクワクした気分で受け入れた。 ロックとマリファナは私の中では同じものだった。それは日常の鬱々とした世界から心を解放してくれる。めくるめく快感がそこにはある。すべての可能性が自分の前に開かれているような気がする。しかし、家に帰れば何の希望もない世界が待っている。学校も家も、私を全然理解してくれない。あれはダメ、これはダメ・・・規制だらけの世界だ。大人は信じられない・・・そう思った。 当時のロックは、大人を信じない世代が創った新しい価値観や新しい生き方を示す音楽だった。歌詞にメッセージがあるとかそういうことではなく、ロックという音楽そのものが、これまでのすべての既成概念を叩き潰すパワーを持っていたのだ。いわば破壊と創造の世界だ。そういう音楽と共にあったのがドラッグだった。 ドラッグも破壊と創造の世界へと人をいざなう媒体だ。マリファナを吸うと、普段の自分ではなかなか感じる事ができないほど鋭く深い精神世界に突入していく。LSDを飲むとさらに強烈な4次元の世界に連れて行かれる。70年代のアートや音楽はドラッグなしには成り立たなかったと思う。通常の感覚を超えた世界へドラッグは連れて行ってくれる。創作活動をする人間にはたまらなく魅力的な世界だ。 しかし、やがてドラッグ文化は終わった・・・。ドラッグは人を超感覚の世界に連れて行く。そして人によってはそこから戻って来られない事もあった・・・つまり気が狂ってしまうのだ。私の友人にもそういう人がいた。まるで廃人同様だ。彼は某有名進学校から某一流大学に進んだ秀才のエリートだった。将来が約束されていたはずだが、彼はそこからドロップアウトしたのだ。 ドラッグが教えてくれた私の真実の姿・・・それは荒涼とした砂漠のような場所でなすすべもなくただ立ちすくんでいる自分だった・・・。そこからどのように歩いていけばいいのだろう?・・・その世界を体験してしまった後遺症は長い間私を苦しめる事になった。ドラッグの後遺症・・・それは身体的なものではなく精神的なものだった。生きる気力を無くしていった人も多い。新しい世界、美しい世界を目指したはずが、砂漠のような世界に来てしまったのだった。その挫折感が大きかった。おそらく私と同世代のドラッグジェネレーションの多くがそういう喪失感を体験したのではないだろうか? 今リバイバルブームなのか、70年代の音楽が若い人たちに聴かれているようだ。今聴いてもその当時の音楽はすごいと思う。何かすごいパワーがある。それは新しい時代を創っていったパワーだ。最近の音楽に欠けているものが70年代の音楽にはあると思う。だから若い人たちにも魅力を感じさせるのだろうか。70年代ロックに触れて感動した若い人たちにはぜひその当時の文化的、政治的背景について知っておいてほしいな、と思う。 音楽は政治や宗教、思想などとは無関係・・・だとする意見もある。が、私は政治・宗教・思想もすべては人間の精神活動が生み出したものなのだから、そういうものと音楽は無関係だとは思わない。むしろ密接に結び付いていると思う。音楽は人の心から生みだされるのだから、時代と音楽は切っても切れないほど深く結び付いていると思う。政治的主張を強く出しすぎたら音楽的な質が落ちる・・・とも思わない。ジョン・レノンの音楽は強い政治的主張、思想的主張が込められている作品が多いが、音楽としての質が高いため、時代が変わっても全然色褪せる事がない。音楽を純粋に音楽として価値あるものに高めた作品は時代を超えて人々に愛されるものになり得る。
2003.02.06
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