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このところ欲しいCDがたくさんあって困る・・・(^_^;しかし、お財布の中身には限りがある(当たり前)誰かに「全部買ってあげる」と言われれば、即座に10枚くらいは買いたい・・・>誰か買ってくれェ~~(>_<)で、まあ、限りある財布の中身を睨みながら、この前買ったCD。EW&F「Promise」、山崎まさよし「アトリエ」・・・この2枚は絶対買うつもりだった。その他には押尾コータローのデビュー盤の逆輸入バージョン(ほんとは最新アルバム買うつもりだったが店頭でバーゲンしてた逆輸入盤を購入)・・・先日ラジオでスタジオ生演奏を聴いてちょっと心惹かれてしまった(*^・^*)そして、「BOSSA BACHARACH」。「私の部屋」のプロデュースでバカラックの名曲をボサノバ風にアレンジして11組のアーティストが歌った企画モノ。これはお店の試聴で聴いて、サイゲンジの歌に胸キュンしてしまい、衝動買いした(^_^;>これ1曲だけのために買ってしまった。外出してばかりで忙しくて、まだ全部は聴いてないので、感想は後ほど・・・。今のところ聴いたのはEW&Fを半分くらいと、山崎まさよし。ちょっと聴いただけだけど、買って損はなかったと思った(^-^)さぁて、仕事が片付いたら、ゆっくり堪能しようっと。
2003.06.30
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歌の表現力は、声の質とかテクニックとかではないと思う。本当に歌の上手い人というのは表現力のある人だ。決してきれいとは言えないガラガラ声でも心にズ~ンと響く声がある。音楽にはそこに込められた作り手の魂と言うか深い思いがあって、それが歌う人の心と一つになった時に、聴く者の心に何かが伝わるのではないかと思う。そういう音楽をいつも聴いていたい。
2003.06.25
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音楽を聴く動機の一つとして、その人の声の魅力というのも大きいかもしれない。
2003.06.21
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最近、気に入ってよく聴いているCDが2枚ある。1枚は、BRIAN McKNIGHTの「U TURN」、もう1枚は BILLIE HOLIDAY で「Holiday for Lovers」だ。ブライアン・マックナイトの最新アルバム「U TURN」には、ヒップホップ、R&B、バラードなどいろいろな感じの曲が入っていて楽しめる。とても声のきれいな人なので聴いていて気持が良いし、バラエティーに富んだ構成で飽きない。最近買ったCDの中でも1番の「当たり」だった。1曲目の「オールナイト・ロング」は、平井堅がカバーしたら似合いそうだな、と思った。ビリー・ホリディーは昔、映画「ビリー・ホリディー物語」を見たことで知った。ダイアナ・ロス演じるビリーは、才能がありながらも不幸な生い立ちから受けたトラウマのためか、ドラッグにおぼれてついに死んでしまうという悲しい運命の女性だ。歌の上手さを声の質や歌唱テクニックと考えるなら、彼女の歌は上手いとは言えないかもしれない。しかし、何か聴く者を惹きつけて離さない魅力がある。切ないその歌声にはなぜか不思議な癒しがある。最近私のCDトレイに入っているのはほとんどが洋楽だ。日本の音楽も好きだが、最近はものすご~く気に入った1枚がない。なぜだろう?あ、でもサイゲンジのCDは気に入ってる。
2003.06.18
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音楽にとって言葉が大切である・・・・・・・・・・ということになると、では音楽は日本語で歌わなければ理解できないか?というとそうでもないことも多い。音を楽しむとかいて音楽と読むだけあって、音楽は言葉がなくても楽しむことができる。中学高校の頃、私は日本の音楽だけでなく、欧米のPOPSもたくさん聴いていた。英語はあまりよく解らなかったが、それなりに楽しめた。ただ、メッセージ的な歌に関しては、やはり言葉がモノを言うので、日本語の歌のほうが共感できた。つまり、ボブ・ディランより吉田拓郎のほうが解りやすかった(笑) 少なくとも高校生の私には・・・。今で言えばさしずめ、ラップかな?言葉の音楽と言えば・・・でも、私は日本のラップにはあまり興味が湧かないがエミネムは面白いと感じる。言葉は全然何を言ってるのかわからないが、何か言葉ではないすごさが伝わるのだ。しかし訳詞を読むと、ものすごく過激な事を言ってる。かえって言葉が解らないほうが楽しめるのかもしれない。あまりに過激すぎる言葉を直接聞くと辟易してしまうかも・・・?よく思うのだが、洋楽を聴く耳と日本の音楽を聴く耳は違うのかもしれない。日本語の歌は、どうしても歌詞が入ってきて意味を考えてしまう。だから私は仕事中に聴く音楽はたいてい洋楽、もしくはインスト曲だ。意味ではなく音として聴けるからだ。歌詞の意味を考えてしまうと脳をそれに支配されてしまうので仕事ができない。でも、歌詞のない曲や意味の解らない外国語の曲は考える脳とは別の脳(右脳?)を刺激するので逆に仕事がはかどる。また、何も考えずにボ~っとしたい時、何かの作業をしている時もやはり歌詞の意味のわからない曲を聴きたい。・・・というわけかどうかわからないが、私は日常的に聴く音楽のほとんどは洋楽だ。今、4つのCDトレイに入ってるのはすべて洋楽だ。そういう意味では、私にとって音楽に言葉はいらない、ということになるのだろうか・・・?・・・いや、そうでもない。時々、音楽の言葉に打ちのめされることがある。ものすごく自分の心にグッと入ってくる言葉に出会う。それは言葉だけの詩だとしたら、こんなにも深く心に突き刺さるだろうか?その言葉が音と一緒になって入ってくるからこそ、より強く心に入るのではないだろうか?70年代では友部正人、80年代では佐野元春、90年代では山崎まさよし、2000年代になって小林建樹・・・、彼らの歌の言葉が私の心を捕えた。言葉と音が一緒になってこそ、より強いメッセージが伝わるのではないだろうか。
2003.06.11
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私が初めて音楽の言葉で胸が熱くなったのは、高校生の頃、NHKの青年向け番組(笑)で、吉田拓郎の歌を聴いた時だった。その頃、吉田拓郎は広島から上京したばかりで、デビュー直前だった。その時歌ったのが「イメージの詩」という曲。♪これこそはと信じられるものがこの世にあるだろうか。信じられるものがあったとしても、信じない素振り♪という歌詞だった。歌詞の内容も高校生の私にとってはズシッとくるものだったが、何よりまるでしゃべるように歌うそのスタイルに驚いたのだ。以後、字余りソングとか言われ、フォークの人がよく使う手法になるが、とにかくこういう歌を聴いたのが生まれて初めてだったので驚いた。その後、こういうスタイルを最初に始めたのはボブ・ディランという人で、吉田拓郎はボブ・ディランに影響を受けて歌い始めたという事を知った。当時、日本ではフォークが若い世代の間で大ブームになっていた。ご多分に漏れず、高校生になった私はさっそくギターを手にしていた(笑)その当時、人気のあったフォークシンガーといえば、森山良子、トワエモア、ベッツィー&クリス、五つの赤い風船などで、きれいなメロディーで恋の歌を歌うというのが主流だった。そんな風潮の中、吉田拓郎はいきなり、人生とは何か?という事を歌にしたのだ。思春期で、さまざまな葛藤を抱えていた私はまるで磁石のように吉田拓郎の歌に惹かれコンサートに通い詰めるようになっていた。デビューアルバムにはサインももらった(笑)しかし、数年後「結婚しようよ」で大ブレイクした頃にはもう彼の音楽には魅力を感じなくなっていた。サイン入りアルバムも人に売ってしまった・・・。もし今、持っていたらヤフオクで高く売れたかも、と思うとちょっと悔しいけど・・・(爆)きれいなメロディーの恋の歌には全然感動しないひねくれた高校生の私は、もっともっと生きる事の苦しさを歌う歌に心を惹かれていた。世の中の矛盾に怒り、自分をうまく表現できないもどかしさに苛立ち、何も分かってくれない大人達に反抗する・・・そういう歌を求めてはライブ会場に足を運んでいた。そんな頃よく聴いていたのが、岡林信康や頭脳警察だった。そして吉祥寺にあったぐわらん堂という小さなライブハウスを根城にしていたフォークシンガー達の歌に自分の心を重ね合わせていた。高田渡、加川良、友部正人、シバ、武蔵野たんぽぽ団・・・彼らはフォークシンガーというカテゴリーに入れられていたが、当時の主流だったいわゆるフォークソングとはまったく違う世界で、フォークというよりはブルースといったほうが似合うと思う。社会の底辺に生きる人達の苦しみや悲しみ、そして小さな歓びなどを等身大の言葉で歌にしていた。この頃から弾き語りという歌い方が日本で定着していったのではないだろうか。ギター1本で語るように歌うというスタイルだ。今では山崎まさよしがそのスタイルを受け継いでいる。歌にとって言葉がとても大きな意味をもっていた時代だった。
2003.06.07
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日本語のふぉーく&ろっくムーヴメントが台頭してきた60年代末~70年前半に、ジャックスという幻のバンドがいた。彼らの「サルビアの花」を女性コーラスグループ(名前は忘れた)がカバーして大ヒットしたが、その頃には解散していた、、、と思う。だから、幻のスーパーバンドとして噂された。ジャックスを率いていた早川義夫はミュージシャンをすっぱり辞めて、何と本屋のオヤジになっていた・・・>かなり変人らしい(^^;ある時ラジオでジャックスの「サルビアの花」を聴いた。こっちがオリジナルだ。・・・・・・・これでは絶対にヒットしないだろう・・・・・、と思った(^_^;早川義夫氏はたぶん、ものすごく才能がある人だと思う。ずっと音楽を続けていれば、今頃はきっと大物アーティストとか言われていたのだろう。でも、そんな事には全然興味がなかった様子。>だから変人(笑)そんな早川氏が本屋を辞めてまた音楽活動を始めたと聞いたのは7~8年前くらいだと思う。機会があれば一度ライブを聞いてみたいな・・・・と思っていたら、その機会がやってきた。6月5日(昨日)の、鍵盤弾きの歌というイベントライブにゲスト出演で登場。小林建樹、リクオ、染谷俊という30代の3人がピアノの弾き語りをする中に1人、50代の早川義夫がおじさんのド迫力でパンチを食らわせた。まるで地獄に引きずり込まれそうなジャックス節だ・・・・・・ああ30数年前と全然変わってない・・・・変わってないのがすごいな。会場を埋めた女性客はきっと身体が固まってしまったことだろう。そうだよね、これが70年代の音楽だったんだよね。心のドロドロを美化しないで汚いままそのままをぶちまけたような歌だった。21世紀の清潔に殺菌されすぎた時代には、こういう歌がまた必要なのかもしれない。本当はとっくに壊れているのに、上手に生きているかのように装っている人の何と多いことか・・・・。私もその1人かもしれない。「今を誤魔化すための癒しを求めるのではなく、壊れている事を認めるのだ!」、、、そう言われているような気がした。この日のライブの先頭バッターは小林建樹。何だかお見合いみたいにはにかんだ様子でちょっと和んだ感じ。演奏は「ヘキサムーン」のアレンジが良い感じだった。所属事務所もレコード会社も辞めて、4月から1人で活動している。独立した後のライブは、以前よりさらにパワーアップしているな、と感じる。しかし、この日は後に続く人達が、皆アクの強い人ばかりで(笑)、今思うと、どうも建樹はおとなしすぎたのでは(?)と感じる。もっと振り切っても良かったような・・・、と言う事で個人的には不完全燃焼。緊張のるつぼに立たされた時の建樹の気迫ある演奏を知っているだけに・・・ね。8月20日にアルバムを出すらしい>期待!これからが楽しみ!!!次はリクオさん。会場の空気を一瞬にして自分のものにしてしまう神業のようなパフォーマンス!誰もがいつのまにか楽しく一緒に手拍子を打っている。文句なく乗れる。ピアノを弾きながら踊る・・・そしてミラーボールが回りだす(笑)もう、リクオさんのライブは最高に楽しい。8月5日に下北沢440でワンマンライブをやるという。最後に染谷俊。♪パワートゥーザピープル!♪(by Jレノン&プラスティックオノバンド)の音楽に合わせて登場。ちょっと俳優になれそうな美形のルックス。しかし歌は激しい。両手がおそろしい速さで鍵盤を叩きまくる。シャウトする声は良くとおる。会場ではファンの掛け声や振りが盛り上がっていた。何かちょっとアイドル系のノリかしら?・・・と感じた・・・。歌もうまいしピアノもうまい。そして顔も良い。あとはもっと印象に残る曲があれば、もう少しファンの幅が広がるのに・・・と思った。たぶん、伝えたい事はたくさんあるんだろうな。でも、伝わりきってない。素質はありそうなだけにちょっと惜しい。この日のライブのキーポイントは「言葉」だと思った。印象に残った言葉は早川義夫の「俺達は何かが足りないんじゃない、多過ぎるんだ」という言葉。グサッと心に突き刺さった。音楽と言葉シリーズはまだまだ続きます!3はまた後日。2003/06/06 20:36:40音楽と言葉と・・・1音楽にとって言葉とはどういう意味を持つんだろうか・・・?洋楽(POPS)が日本に入り込んできた50年代~60年代の頃、英語を日本語に替えて日本人の歌手が歌う事によって、日本にPOPSが浸透していった。私が生まれたのは1950年代なので、子ども心にも坂本九、アイ・ジョージ、弘田三枝子、中尾ミエなどの和製ポップシンガーの歌を聴いた記憶がある。それは当時歌謡曲と呼ばれていたが、今のJ-POPのような感じだったと思う。洋楽を洋楽のまま聴くのではなく、なぜ日本人歌手が日本語で歌い直さなければならないのか?・・・それはおそらく言葉の問題だろうと思う。英語が分かる人が少ない時代のこと、歌詞の意味が分からない曲では、一般大衆に受け入れられないだろう、との考えがあったのかもしれない、と推測する。その後、60年代になるとROCK MUSICが世界中で流行り、日本にもビートルズが来日し、私が中学生の頃は、ビートルズやローリング・ストーンズなどのスタイルを真似たグループ・サウンズ(通称:GS)と呼ばれるアイドル系ロックバンドが登場した。私がいわゆるROCK&POPSを聴き始めたのはGSの影響である事は間違いない。それまでは母の影響もあり、クラシックを愛聴し、毎日名曲のソノシート(当時はレコードが高いので主にソノシートを買って聴いた)をかけては自分で勝手に音楽に合わせて踊っていた(笑)まあ、いわゆるリトミックダンスですな(自己流だけど・・・)GSの音楽に心を揺さぶられ夢中になり、次第に洋楽にも自然に目が向けられ、ビートルズやストーンズ、ビージーズ、サイモン&ガーファンクルなど、ラジオからたくさんの音楽を吸収した。当時はミュージックビデオもなかったので、音楽は本当に耳を通して入ってくるのみだった。(今はPVの映像とともに入ってきますが・・・)この時代(60年後半から70年代にかけて)は次々と素晴らしい音楽が欧米から入ってきた時代だった。インパクトの強いアーティスト達が多くて、その曲をカバーしようとしても、そうそううまく歌えるわけがない。日本の歌謡歌手達がさんざんカバーしてたかもしれないが、ほとんど私の記憶には残っていない。それにROCKは、日本語で歌うとなぜかとてもカッコ悪かった・・・この頃、新しいムーヴメントとして「日本語のふぉーく&ろっく」というコンセプトの音楽が生まれ始めていた。つまり外国から入ってきた音楽をベースに、日本人が日本人の感覚で料理し直して日本語で歌うという事だ。洋楽を日本語に直して歌うだけなら60年代から行われてきたが、70年代に台頭してきたムーヴメントは洋楽の猿マネを超えて、オリジナリティーを重視したものだった。当然、言葉が重視されてきた。これまでは、ただリズムに歌詞がうまく乗れば意味なんて関係ない、という感じだったのが、言葉に自分達の意志を込めることが重要になってきた。ここに来て初めて、日本人が洋楽を肉体化しよう、という運動が始まったと言える。その先頭に立っていたのがはっぴいえんどだった。そして頭脳警察という過激なアジテーションをパーカッションのリズムに乗せて叫ぶバンドがあった。(彼らは今も活動している様子)今で言えばさしずめラップのようなものだったかもしれない。岡林信康というフォーク歌手は、カリスマ的存在だった。(はっぴいえんどは彼のバックバンドだった)全共闘が大学や街頭で華々しい反体制運動を展開し、アメリカではベトナム反戦運動が盛り上がり、音楽もそういう時代に連動して、既成の概念を壊して新しいものを創り上げようという気迫に満ちていた。そんな時代にボブ・ディランが現れ、Jレノンはオノヨーコとくっついてビートルズは解散。「愛と平和」が歌になった。映画では「いちご白書」「イージー・ライダー」「明日に向かって撃て」の、破滅に向かいながらも既成の生き方を拒否する主人公に共感した。時代のメッセージにとって言葉は重要だが、こと音楽に関しては言葉を超えた何かがある、と思う。それは音楽そのものが時代の空気を表現するからだ。言葉ではなく音で・・・。音は言葉と同じくらい、いやそれ以上にメッセージ性を持つと思う。それは頭で考えて理解するのではなく、直接、魂に働きかけてくるのだ。聴いたとたんに何か胸がワクワクしたり、心が躍ったり、また切なくなったり嬉しくなったり、心にさまざまな模様を描いてくれる。心に何かの力を与える音と、力を持つ言葉が合体したら、それこそ無敵のメッセージになるだろう。2003/06/06 19:25:50
2003.06.06
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