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参院選の結果がほぼ出揃いましたね。自民大敗・・・・当然です。これだけ、国民をないがしろにした政治が、国民に支持されると、自民党は本当に思っていたのでしょうか?説明が足りなかった・・・という言葉を聞きましたが、私は説明は十分に聞きましたよ。そのうえで、NO!と言ってるんですよ。そんなことも分からないのかな?ここまで、国民の声が聞えない政権も珍しいでしょ。改革、改革・・・と耳にタコができるくらい聞かされているけど、私には改悪としか、感じないんですけどぉ~~~~安倍さん、日本語間違えてないですか????あなたのやってることは、改悪でしょううううう!参院選で野党が優勢になったことで、今後は横暴な強行採決が、簡単にはできなくなりましたね。とっても良いことだと思います。数の論理で、理不尽なことをやってきたことを、国民が見てなかったとでも思っていたんでしょうね。。。。。見くびられたものですね。改革って言えば、良いことのように錯覚しちゃうけど、今の自民党が企んでいる改革って、ほとんどが悪いことばかりですよね。その際たるものが憲法改悪構想。。。。。9条を破棄して戦争をしよう!by安倍やれるものならやってみろ!絶対に阻止してやる!!!
2007.07.29
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私を今、一番駆り立てているもの・・・それは旅。それもアジアの国々を歩く旅。 なぜ、アジアなのか? 19歳の時、インドを旅した時の記憶が、私の心をアジアへと向かわせているのかもしれない。 人に話すと、「なぜ、インド?」と、必ず言われた。 「なぜ、インド?」の言葉の中には、「どうしてヨーロッパとかアメリカとかハワイじゃないの?」という意味が込められている。 1970年代、普通、日本人が憧れる海外旅行と言えば欧米とかハワイに決まっていた。 今のようなアジアンブームはなかったし、ましてやインドなんかに行くのはヒッピーとか、一風変わった人々くらいのものだった。 言ってみれば、私もその一風変わった人々の仲間であり、その仲間が企画したインド旅行に乗ったのだ。 当時は珍しかった自主企画ツアー。旅行会社の企画するツアーと違い、自分で企画して旅行会社に飛行機と最初の一泊だけホテルの予約を手配してもらうというツアーだ。 旅行を企画した知人というのは、自分の会社を切り盛りする傍ら、前衛的なアート活動を行っているアーティストだった。30代後半で、19歳の私から見れば十分におじさんだ。(笑) しかし、私にとってはちょっとしたカリスマ的存在だった。 そのカリスマが企画する旅行なんだから、きっと面白いに違いない・・・。私が参加した動機はそんなものであり、インドについてはほとんど何も知らなかった。 強いて言えば、60年代終わり頃、ビートルズがインドに行ってシタールやヨガを学んだということで、一躍インドが世界中に知れ渡ったということくらいだろう。 そのツアーには、アーティストK氏の人脈により、学生や大学教授、サラリーマンにヒッピー、K氏のアーティスト仲間など、約50人の参加者が集まり、大掛かりな団体旅行になった。 団体旅行といっても、一緒に行くのは飛行機だけで現地に着いたら解散。各自、自由行動という旅。 言ってみれば、団体割引料金を利用する一人旅だ。実際、ツアー料金は格安で、インド往復と現地を飛行機で数ヶ所移動して、費用は14万円。当時としては格安な料金だった。 飛行機で移動をしながら、広大なインド大陸を約1ヶ月かけて旅するツアーだった。50人の参加者達は空港で解散し、また次のフライトには空港で集合する。 滞在先は、ボンベイ、デリー、マドラス、スリランカ(当時はセイロン)だった。最初はネパールにも行く予定だったが、航空会社のストのため中止になってしまった。 さて、飛行機は最初の滞在地ボンベイに、夜の11時頃到着した。 空港で私達を出迎えたのはたくさんのストリートチルドレンだった。夜遅い時間にもかかわらず、小さな子どもが大勢空港にたむろしていた。 そして、まるで蟻の群れのようにざざ~っと集まってきて、いっせいに手を差し出した。「バクシーシ(おめぐみを!)」 のちに、このツアーは「インド・バクシーシ。ツアー」と名付けられたが、私達は行く先々で、この「バクシーシ」の声に追い回されることになるのだった。 初めて見るインドは強烈に貧しかった。 ホテルに向かう送迎バスの中から見た街の風景・・・。路上にはおびただしい数のテントや掘っ立て小屋が立ち並び、動物の糞のような鼻をつく悪臭が漂っている。臭い・・・これが私のインドの第1印象だった。 バスが行き着いた先には、臭くて汚い街には不釣合いなほど立派な高層ビルが建っていた。ここが旅行会社が手配してくれた最初の一泊目のホテルだった。 外見も中身も東京のホテルとほとんど変わらない立派なホテルだ。それだけに、激烈な貧富の格差を見る思いがした。 翌朝、目を覚ますと物売りの声が聞こえてきた。窓の外をのぞいて見た。 私のいる部屋は高層ビルの10数階あたりらしい。インドの街が見渡せる。 ホテルの下には、貧しい人々の小屋が立ち並び、路上で煮炊きする煙や、雑踏の中で何かを売り歩く人達など、インドの現実がうごめいていた。 そしてこの日から、混沌としたインドの現実の中に飛び込む旅が始まった。 街を歩くと、物売りや物乞いの人々が一緒に付いて来る。 インド人は好奇心が旺盛なのだろうか?外国人と見ると、面白がっていろいろ話しかけてきて付きまとう。 一緒にツアーに参加した友人と私の2人は、たちまち大名行列のように、大勢のインド人達を引き連れて歩くことになってしまった。 これはこの日だけでなく、インドのどこに行っても、同じような大名行列状態で歩く羽目になることが多かった。何だか安心したような、また不安なような複雑な気持ちだった。 大勢の人が見ているから、私達に危害を加えるような人は現れず、困ったことがあって誰かに聞くと、必ず力になってくれる人がいた。 良く言えば親切、悪く言えばお節介・・・。日本では失われつつある人間関係かもしれない。 タクシーの運賃のことで運転手と派手に大喧嘩をした時などは、あっという間に大勢の見物人に取り囲まれたが、その中の1人が仲裁に入ってくれて、返してもらえなかったお釣りを取り戻すことができた。 最初は、真っ黒な顔をしたインド人が怖かったが、次第に彼らの性格というか民族性というか、習性が分かってくるにつれ、付き合い方が身に付いて来て、特別大きなトラブルもなく、1ヶ月の放浪の旅を無事楽しむことができた。 しかし、私は大きなトラブルはなかったが、ツアー参加者の中には、荷物をすべて盗られてしまった人、パスポートとお金を盗まれて大使館に駆け込んだ人などもいた。 毎日毎日のホテル探しもなかなか面白いものだった。 適当に歩き回り、道行くインド人に、ホテルはないかと訪ねると、気軽に案内してくれる。 安い宿は、日本円で500円くらいからある。しかし、そういう宿はシャワーのお湯が途中で水に変わった・・・。 シャンプー中に、突然、冷たい水になってしまい、困ってしまったこともあった。 また、女性だけだとわかると、部屋に勝手に入ってきてナンパしようとするホテルボーイもいた。もちろん、即刻追い出、鍵をかけた。 一応女性なので、自然と1000円クラスの宿に泊まることが多くなっていった。このくらいなら、おおむね快適な環境が保障される。 ホテルは、ほかの参加者達とも情報交換し合い、安くて良いホテルと聞くと、皆がそこに集まった。 ほかのツアー参加者達とも、気の合った者同士で一緒に歩いたり、同じホテルに泊まったりと、思いのままに旅の道連れができるのも楽しかった。 同世代の若い人達もたくさん参加しており、インドの旅で道連れになった人達とは、帰国後も付き合いが続くことになった。 大都市では英語が通じるので、あまり不自由はしなかったが、南インドマドラスの田舎町に泊まった時は、まったく英語が通じなくて困ったことがあった。 道連れの友人達といつの間にかはぐれてしまい、気付いたら雑踏の中を1人で歩いていた。一体ここがどこなのか、どこへ行ったらいいのか、まったく分からなくなった。 仕方なく適当に歩いていたら、例によってだんだん周りに人が集まってきて、いろいろ質問をされた。 しかし、彼らの言葉が全然分からない。どうやらタミル語のようだが、何を言ってるのかまったく理解できないので、「ノット アンダースタンド!」「プリーズ スピーク イングリッシュ!」などと、知る限りの英語を叫びながら歩いていた。 私が片言ながら英語を喋ったので、彼らは英語を分かる人を連れてきてくれた。 私の前に連れてこられた人は、イギリス人の青年だった。 彼はイギリスから留学してきた学生で、この小さな田舎町に住んでいると言う。近所に日本人が住んでいるので、良かったら紹介しよう、と言ってくれたので付いて行った。(会話はもちろん英語) 彼の住んでいる家はそこから程近い小さな集落にあった。 本当にインドの人々のなまの生活を感じられる小さな村で、犬や鶏や牛などがあたりを歩き回っていた。 青年の住む家は、他の家と同じような石造りの小さなインド式住宅だった。 部屋に招き入れられ、椅子に腰掛けると、お手伝いの女性がお茶を運んできてくれた。そして、お茶をご馳走になりながら青年と話をした。 英語などほとんど話せなかった私だったが、どういうわけか、こういう時は言葉が分かるから不思議。 まったくわけの分からないタミル語に比べたら、英語はなんて分かりやすいんだろう・・・、と涙が出るほど感動したのを思い出す。 イギリス人青年も、日本語は片言、私は英語が片言。お互いに片言同士だと笑いながら、いろいろな話が弾んだ。インドの宗教人口の分布や、生活習慣の話など、なかなか面白い話ができた。 あいにく近所に住む日本人は、どこかに出かけていて留守だったので会えずじまいだった。 文化人類学か何かを研究している学者だそうで、会えれば面白い話が聞けたかもしれないと残念に思った。でも、学者さんが、19歳の小娘を相手にしてくれるかどうかは分からない・・・。 小一時間ほどお邪魔して、「そろそろ帰らなくては」と言うと、親切にも「良ければホテルまで送ります」と青年が申し出てくれた。 実を言うと、私はホテルの名前だけは知っていたが、ここからどうやって帰ればよいのかまったく分からなかった。 いざとなればリキシャに飛び乗れば何とかなるとは思っていたがとても有難かった。 青年と一緒にリキシャでホテル近くまで行き、レストランで食事までご馳走になって、お礼を言って別れた。 「とても楽しかった、ありがとう」と言うと、彼も「楽しかった」と笑った。 「旅は道連れ、世は情け」というが、旅先でこのように人の親切に触れると、本当に心が温かくなってくる。 海外旅行で騙されて、ひどい目にあったという話も聞くし、私も1ヶ月の旅の中では、タクシーやリキシャの運賃を、最初に交渉した額より何倍も多く要求されたりすることが何度もあった。 そのたびに腹が立って、派手に喧嘩をしたが、幸か不幸か、親切にされた記憶のほうが多く残る。 海外の旅で騙されないコツなんてあるだろうか? あるかどうかは分からないが、私が一つ思うのは、相手の眼を見ることではないかと思う。 良からぬ企みを抱いて近付いてくる人は、眼の表情が汚い。 相手の眼をちゃんと見て、悪そうな人は避ける。 同じ人間だから、世界中どこに行っても、眼の清濁だけは隠せない。 それを見抜けなかったら、例え日本に居ても人に騙されるだろう。 文化の違いによる価値観や考え方の違いは仕方ない。相手が悪意でない場合は、大きな心で許すしかないだろう。 そして、自分の身は自分で守る・・・。これは日本に居ても同じことだと思う。 日本の常識が通用しない海外では、より自分の身を守る技術が鍛えられることだろう。 そういう意味でも、若いうちに海外に出て、いろいろな体験を積むことは大切ではないかと思う。 帰国した後、これを機会にいろいろな国に行ってみたいと思ったが、その後は外国旅行の機会もお金もなく、次の海外の旅は、それから26年後のモンゴルだった。 そして3年前に中国、今年はバリ島。私の眼は常にアジアに向けられている。 「どうして欧米じゃなくて、アジアなの?」と、友人に聞かれた。 答えは、・・・たぶん、欧米よりアジアのほうが、自分の身の丈サイズに合っていて違和感がないからだろうと思う。 混沌とした(言ってみれば汚い・・・)アジアの街並みも好きだ。 観光客向けにキレイに整備された所より、むしろ現地の人々が普段集うわい雑な雰囲気の場所が好きだ。 それはきっと、19歳の時のインドの旅が原点にあるのだと思う。
2007.07.28
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私の家の近くには川があり、その川沿いの道がいつもの犬の散歩道になっています。私の住む街は、首都圏郊外でまだ自然なままの緑ある風景が多く残っています。 こんな風景に日々癒されています。こういう自然がいつまでも残って欲しい・・・しかし、私がここに引っ越してきた13年前と比べると、驚くほどのスピードで緑が失われてきました。子ども達の遊び場だった子ども広場が閉鎖され、そこには今住宅が建ち並んでいます。なぜ、子ども広場が閉鎖されたか・・・?それは、土地の持ち主である地主さんが亡くなり、遺産を受け継いだ家族が相続税を払うために、土地を売り払ったためです。このようにして首都圏の緑はどんどん失われています。ここに住み始めてから、次々と新しいマンションや住宅の建てられ、毎日ダンプカーが走り回っていました。子どもの遊び場だった野原が次々に消えてきました。土地を手放す理由のほとんどが税金のためと思われます。子ども広場のように、公共の福祉のために土地を提供している場合は、相続税を免除するなどの措置を国が講じれば、子どもの遊び場や貴重な緑が失われることもないのではないかと思います。このような点からも、国の無策が歯がゆく思えます。阿部さんは「美しい日本」を創りたいらしいですが、美しい国は、自然が豊かな美しい風景のある環境で育つ子ども達が創っていく物ではないでしょうか?子どもの遊び場を守ることもできない無策な政府が、「美しい日本」を語る資格はないと思いますが・・・?どう思いますか? 参院選も近いことです。選挙の論点が、どうも年金問題だけに矮小化されてしまっていますが(誰の陰謀だろう?)、本当に大切なのは、日本がこれから進むべき道を、私達一人ひとりが真剣に考えて答えを出すことだと思います。憲法問題、税金問題、環境問題・・・国民の答えは・・・・・・・?
2007.07.25
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愛犬のチャッピーが無邪気にボールと戯れております。かわいいなぁ・・・♪散歩の途中で立ち寄るいつもの公園で、誰も人がいない時はリードを外して自由に駆け回れるようにしてあげます。 ボールを投げると、一生懸命追いかけて遊んでいます。 その間に私はベンチに腰掛けてひと休み・・・。 でも、この頃はやぶ蚊が増えてきて、たちまち蚊に刺されてしまうので、早々に退散。 まだまだ遊びたそうなチャッピーをおやつでおびき寄せて(笑)帰路に・・・。 約1時間のお散歩でした。(*^_^*)
2007.07.25
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当サイトに、執拗なまでのストーカー的な書き込みをし、「もう書き込まないように」とお願いしたにもかかわらず、大量の書き込みをしつこく続ける人物が現れました。その者は私のブログを訪れ、自説を強硬に主張し、私に考え方の変更を迫り、それが聞き入れられないと分かると、私の人格を否定するような言葉を書き連ね始めました。このブログにはネット上だけでなく、私のリアルタイムの友人達や親族達も訪れます。つまり私は素顔をさらした状態で人格否定の言葉を浴びせられていることになるのです。これは、私としては名誉毀損を受けていると解釈しています。しかし、書き込みを続ける本人はその事を自覚しておらず、間違っているのは私(つまりseetrendez-vouz)だと主張しております。私の考え方に何らかの欠陥があると、その者は主張しています。そうかどうかは読んだ皆さんの解釈にお任せしますが、自分の意見が否定されたからと言って「あなたの人格を疑います」とか「そういう考え方は新興宗教の信者のようだ」とか「まるで共産主義者だ」とか、このような過激な誹謗中傷の言葉を浴びせる発言に、この人物は人間として一体どういう人なのだろうか?と疑問を持ちました。この人物がどういう思想を持とうが自由ですし、私がどういう思想を持とうが自由なはずです。しかし、自分と意見の相違する相手の人格否定をするような書き方をする人に対しては、さすがに堪忍袋の緒が切れました。こういう人には何を言っても、自説の正当性を主張するのみでらちが明きません。この者の来訪が止まない限り、当分の間、素性の知れない人、つまり楽天外の方のコメント欄を閉じさせていただくことにしました。
2007.07.24
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「飛んでイスタンブール」で一世を風靡した庄野真代さんを迎えたコンサートが、7月20日に広尾の地球広場内のカフェ・フロンティアで行われました。 子どもの頃、庄野さんのファンだったという友人Rさんと一緒に行きました。 このコンサートを主催したのは、私がバリ島のローカルワルン(大衆食堂)でご飯を食べている時に知り合った、音楽プロデューサーのしおみさんという方です。 コンサートに一緒に行ったのも、バリつながりの友人です。 何だかバリに導かれておりますナ・・・(笑) 庄野さんと言えば、もう何十年(?)も前にTVで見たきりなのでしたが、この日現れた庄野さんは良い感じで歳を重ねた素敵な女性でした。 コンサートは、庄野さんの伴奏にクラシック畑の演奏家達がついて、格調高い大人のライブといった雰囲気でした。 バイオリン、トロンボーン、クラリネット、キーボードの演奏で聴くPOPSもなかなか良いものですよ。 ヒット曲「飛んでイスタンブール」は、バラード調のアレンジで、ゆったりと歌っていました。 庄野真代さんは、80年代に思いついて世界一周の旅に出て、地球のさまざまな顔に出会い、現在はNPO法人「国境なき楽団」を主宰し、音楽を通して発展途上国を支援する活動を行っているそうです。 旅が人生を変えた・・・、そんな匂いが漂う人でした。 そんな素敵な人を見ていると、私の心もますます旅へとかき立てられます。 3月にバリに行って以来、私の眠っていた何かが目覚めちゃった感じで、早くまた次の旅に出たいという思いが、まるで噴火のようにあふれ出てしまっています。 もう止められない、止まらない・・・・(笑) 9月に再びバリ島に渡ります。。。。10日間の旅ですが。 そして来年春頃にはタイへ・・・・。 ガイドブックを見ながら、旅の計画を練るだけでも十分、ワクワクできますね!(^-^V
2007.07.23
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今日はどうせ台風だからと、朝からベッドでだらだらと寝そべって、昼頃まで本を読んでいました。 すると突然、友人から電話。 「急で悪いんだけど、今日、ブルーノート東京でダイアン・シューアのライブがあるんだけど行きませんか?」 「え?誰それ?」 グラミー賞も受賞した有名なジャズシンガーで、ピアニストでもあるそうです。(知らなんだ・・・・汗) プロフィールを見たら、私と同年齢。 (しかし実物は私より年上に見えました・・・・) 3連休というのに何の予定も無かったので、お誘いに乗って、急遽ライブに行くことにしました。 夕方、家を出る頃には小雨が降っていました。 電車を乗り継いで、青山のブルーノート東京にたどり着いたのは18時近く。 友達はすでに先に席に陣取ってビールを飲んでいました(笑) さて、例によって、無理やりバリネタを振って、久々に会う彼女としばしお喋り・・・・ 「9月にまたバリ行くんだ~」 「へえ~。バリに行ったらアタのバッグ買ってきて~」 「OKOK~」(^-^V そんなこんなしているうちにライブの始まり始まり~♪ 最初にバンドのメンバーが登場して演奏が始まり、会場が盛り上がってきた頃に、ダイアン・シューア登場。 盲目の彼女はマネージャーと思われる男性にエスコートされながら歩いてきました。 階段の部分は、両手を引いてもらいながら、ゆっくりと降りてきました。 ブルーノート東京では、アーティストはお客の座る席の通路から歩いて登場します。 ですから、通路側の運の良い人は、握手したりハグしたりするチャンスもあるんです! ダイアンおばちゃん(失礼!・・・でも、おばちゃんと呼びたくなるような親しみやすい雰囲気)は、機嫌良く愛想良く、観客に笑顔を振りまきながらステージに上がり、そこで両手を広げて挨拶、そしてお辞儀をし、また揉み手でニコニコ。。。。なんて可愛らしい人なんだ!(^-^)>こういう愛嬌は大事だよね・・・ そしてピアノに向かって座り、歌い始めました。 いやいやすごい美しい声です。 キーが高くて綺麗な声。。。。でも、耳に優しい声。 ハイトーンの女性ボーカルには時々、神経に障るような声の人がいます。 しかし、ダイアンおばちゃんの声はすごく心地良い声でした。 ライブの後にサイン会があり、友人がCDを買ったので、私もおこぼれに預かり握手してもらっちゃいました(笑) 「べりべりナイス~!」って言ったら握手した手に「チュッ」ってキスしてくれました。(^-^) 帰る頃には雨はすっかり上がっていました。 電車も無事動いてて良かった~♪
2007.07.15
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さっき、TVで「情熱大陸」という番組を見ました。 「ある外国人の嘆き ニッポンは美しいか?」というタイトルが付いてました。 アレックス・カーという外国人が登場。 彼は、子供時代に住んだことのある日本の自然や文化の美しさに惹かれ、大学で日本文化を専攻し、現在は京都に住んで、日本の伝統美を生かし、活用するための仕事をしているそうです。 例えば、打ち捨てられた京都の町屋住宅をリフォームして、リゾートホテルとして再生させるという計画。 スタッフとの打ち合わせの会話には、古い物の生かし方に鋭い審美眼を感じさせる言葉が次々出てきます。 日本人は今、日本の美しさを見失っています。 外国人のほうが、日本の美をよく理解している、と感じることがよくあります。 川や山をコンクリートで固める工事の現場を見て、アレックスは怒りを込めてこう言います。 「山を削ってぺちゃんこにして、川をコンクリートで固めて、それが最先端技術だと、日本人はカン違いしている」 ・・・心の中で密かに拍手! 「日本は今、世界の中でも醜い国になりつつあります」とまで言う。。。。 そ、そこまで? 彼の怒りは、京都の町に、古都に不似合いな高層ビルが建ち、きらびやかなシャンデリアや大理石で飾られている事態に向けられてました。 古都の美しさに不調和なコンクリートのビル。どこの国か分からないようなインテリア・・・・ 「悪趣味」・・・の一言で断じる。 そう言えば、私の知人の画家は日本人のセンスの悪さを、いつも嘆いています。 風景をぶち壊す看板が平気で立てられているとか、古い物を壊して新しい物を作ることが進歩だと思っているとか、日本人は伝統文化を大切にしないとか、いろいろ言ってます。 彼は米軍基地周辺でアメリカ人と一緒に暮らしているため、外国人の目線で日本を見ることができているんだな、と思います。 日本人に生まれ、日本にどっぷり浸かって生き、日本ってやだなと思いながら暮らしてきた私は、そういう視点に新鮮な驚きを感じました。 TVで見たアレックス・カーさんの言葉もそうです。 日本人は、日本の美しさに気付かず、平気でそれを壊している・・・・ 世界中の国を見てきた彼はこう話しました。 「日本の自然は繊細でとても美しい。こんなに美しい国はない」 「アジアの文化の終着点が日本。例えば、タイに宝石の原石があるとしたら、日本はその原石を磨き上げて美しく仕上げているのです」 日本を手厳しく批判していましたが、本当は誰よりも日本の美を理解し、それを守っていきたいと思っている人なんだな、と思いました。 日本人でありながら、自国の自然や文化の素晴らしさを分かからず、むやみに外国に憧れて、へんてこな家や街を作っているのが今の日本人なのかもしれない・・・・。何だかちょっと恥ずかしい(^_^;
2007.07.15
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BS-2で、五つの赤い風船の40周年記念ライブを見た。あの懐かしい「遠い世界に」で番組が始まった。私もダンナも同世代、70年代に高校生だった。TVの歌声に合わせてつい口ずさむ。彼らの音楽は、私達が青春を生きた時代をそのままあらわしているように思える。美しいメロディーに乗った反戦歌「まぼろしの翼に乗って」を聴くと、思わず涙がこぼれそうになった。戦争を体験していない私たちの世代は、こうした歌によって戦争をイメージし、平和への思いを強くしていったのだと思う。反戦歌を作る人たちにしても、同じく戦争を知らない世代であるが・・・。戦争を知らないとは言え、当時はベトナムで戦争があり、アメリカでは反戦運動が巻き起こっていたという時代背景があった。高度経済成長に湧いていた当時の日本・・・・。私たちの世代も、反戦歌を歌うことで平和が実現し、世の中が良くなっていくといいうことを、誰もが楽観的に信じていたように思う。あれから40年近い年月が流れた・・・・今、あの頃より世界は深刻な問題が山積みしている。戦争うんぬん以前に、もうこの地球が人類の行ってきた環境破壊に耐えられなくなってきている。温暖化が加速し、世界中で自然界の異変が起こっている。北極の氷が解け始め、シロクマ絶滅の危機が叫ばれている。今や、東京が亜熱帯気候になりつつあり、北海道で年々気温が上がっているという。日本にはなかった熱帯特有の病気も、そのうち上陸するかもしれないだろう・・・地震、台風、ハリケーン、干ばつと豪雨・・・世界のあちこちで、これまでは考えられなかった規模での自然災害が頻発している。地球の危機、あるいは人類存続の危機を迎え始めているこの時代に、人間たちは私利私欲で争っていて良いのだろうか?環境破壊で滅びるか、あるいは第3次世界大戦規模の戦争で自爆していくか・・・?人類の未来は、いったいどういう道を歩むのだろう?人生をある程度堪能した私は、いつ死んでもそんなに悔いは残らない・・・しかし、これから人生が始まる息子や娘の世代はどうなるのだろう・・・?そして孫、ひ孫の時代は、いったいどうなっているのだろう?私は、人類の未来に明るい夢を描けなくなっている。
2007.07.14
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今年の秋、再びバリ島へ行くことになりました。発端は、先日のバリショーで豪華ホテルの宿泊券が当たったこと・・・・せっかく招待券をもらったので、ちょっくら行ってみるか~~ってことで、バリ好きの友人を誘って、妙齢の女2人のバリ旅行プロジェクトが発足~~~~(^0^)日程は9月27日にバリに渡り、10月5日に帰国という、8泊10日の旅です。クタ2泊、ウブド2泊、サヌール2泊、ジンバラン2泊。最後の2泊が豪華リゾートホテルです(笑)ジンバランの海岸沿いに建つリゾートで、バリ島最後の日々を過ごします。う~ん、セレブな気分?旅費は、宿泊代、サーチャージと空港使用料を入れて約6万円です。何と飛行機代程度の値段で済んじゃいます。や、安い~~~~!!!あとは現地での食費や交通費、スパ、お土産代くらいですね。なぜこんなに安くいけるか・・・?実は、HISの激安ツアーを利用しているからです。3泊5日で3万4千円のツアーを基本に、ウブドのロスメン(1泊一人当たり約1400円)、サヌールのヴィラ(友達の知人所有なので無料)、それに無料宿泊券と、ツアーの宿泊を組み合わせて、宿泊費用はわずか数千円で済みました。こんなに安く行けるなんて、これじゃ国内旅行より安いですよね。日本で、例えば京都や奈良を1週間も旅したら、かるく10万円くらいはかかってしまいますね。さて、日程と予算は決まったので、あとは旅の中身・・・・どんな旅にしていくか、何をするか、どこに行くか・・・・2ヶ月間、じっくり練っていきたいと思います。。。。ワクワク(^・^)♪
2007.07.12
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今日は七夕でしたが星は見えませんでした(;_;) でも、7が3つ並びました。縁起良さそう(^-^)v
2007.07.07
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