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ハワイの風景が見える音楽〜 ホノルル・シティ・ライツ HONOLULU CITY LIGHTS ナイト・フライトでホノルル空港をテイク・オフ。 飛行機の窓から下界を見下ろすとオレンジ色の街灯は、まばゆく輝く宝石箱のジュエリーのように見え、その美しさに思わず見とれてしまった瞬間、「ハワイを離れたくない….」と想う涙腺にスイッチがはいり、涙を流してしまったという経験はありませんか? ハワイアン音楽界の大御所のひとり、ケオラ・ビーマーの作品、 ホノルル・シティ・ライツは、「ホノルル、去りがたし。再び、帰ってきたい」と楽園への慕情を歌った曲です。 日本でもお馴染み、70年代に一世風靡した兄妹デュオ、カーペンターズは、 1977年にハワイを訪れた際、この曲を聞いて、一目惚れならぬ、ひと聞き惚れをしたと いわれています。そして、この曲に感動した二人は、翌年、「ホノルル・シティ・ライツ」をレコーディングしました。おそらく、アメリカエンタメ界で大ブレイクしたカーペンターズのリチャードとカレンは、一時の癒しをハワイで楽しみ、その帰国の途に着く際、ハワイで聞いたこの曲に自分達の気持ちをだぶらせたのでしょう。 しかし、カレンが切々と歌う、この「ホノルル・シティ・ライツ」は、カレンの生前中には、リリースされることはありませんでした。そして、カレンの死後から3年経った1986年に、この曲が、世に発表された後、カレンのレジェンダリーで数奇な音楽人生への悼みと重なり、ヒットしたことは言うまでもありません。 この曲の同タイトルのイベントが、ホノルル市の公式行事として、ダウンタウンのクリスマスイルミネーションが、スタートしたのは、1985年。 ホノルル市庁舎前の巨大クリスマスツリーの点灯式でスタートします。 ※私がこの曲を知ったのはカーペンター兄妹のLPレコードでした。私もひと聞き惚れをしたのです。以降機会ある毎にrequestしてきました(未だに)、ハワイ大好き人間の原点となった曲です。 ホノルル・ハレ(ホノルル市庁舎前)のクリスマスツリー 参考文献 Hawaii-TV (allhawaii) ペレ・レイコ さんの記事 ※スタジオ・リム・ハワイ代表。ラジオDJ、ディレクター、MCとしてハワイにある自身のスタジオから日本に向けて様々な情報を発信。ライターやイベント・プロデューサーとしても活動する。ハワイ・エンタメ界の豊富なネット・ワークを持っており、ミュージシャンの友人も多い。ハワイ在住15年。 ※ 私のHAWAII での最高で大事な大事なお友達なのです。
2017.11.25
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「ちょっと言いたくなる京都通」として奥深い京都の良さや 京都の人も知らない情報などをおりまぜながら、 わかりやすく紐解いていきたいと思います。 ぜひ身近に京都を感じてください。 さて秋も終り、冬の気配が近くまで感じられるようになってきました。 日本では、寒さ深まる冬至に栄養たっぷりの南瓜を食べると 風邪をひかないと言われています。 今回ご紹介する『不思議不動院』では、その冬至の日に お供えしていた南瓜を、参拝者に振舞う行事があります。 『不思議不動院』というユニークな名前の由来とともにご紹介していきましょう。 ■ 初代院主がおんな一人で開山した寺院どす。 京の大北山のふもとに佇む金閣寺の西一帯を衣笠氷室と言いますが、この衣笠氷室から原谷、蓮華谷へと続く広大な山肌を聖域とするのが「大北山大宝寺 不思議不動院」。 初代院主の酒井圓心師がたった一人でこの地に登ってきた時は、ススキが茂り放題の山の原っぱで建物など何もないところでした。 寂しく悲しい気持ちで立ちすくんでいるとお不動様が現れ、言われたところに座ると、回りを平家物語の絵巻物で囲まれました。 それを原点に、初代が難渋苦労している人々を救うために、今から50数年ほど前に開山しました。 最初の本堂は、現在「かぼちゃ太師堂」がある場所に小屋のようなものが建ちましたが、向えに現本堂の建物が建ち、年月を重ね、次第に霊験あらたかな八百万の神仏が祀れていきました。 現在の境内をご紹介しましょう。 本尊不思議不動明王をはじめ、前述のかぼちゃ太師が祀られる「かぼちゃ太子堂」、学問・商売の神「天龍大神」では、お百度参りもできます。 (こちらの池では以前にサンショウウオが顔の覗かせていて、大きな蒲鉾をパクリとたいらげていたそうですが、現在は行方不明とのこと。 その生命力をもって、旅に出たのかもしれませんね) まだまだあります。 「初王丸(はつおうまる)宝山稲荷大明神」は芸事の出世成功に、「大聖日輪観世音菩薩」は立身出世に、「必救地蔵菩薩」は子授けの地蔵様。また大北山の一角の山腹では360余体もの水子地蔵様が並び、供養されています。 多くの方を救済するうちに、方々で祀り手がいなくなったご不動さんをお預かりすることになり、また信心する人の要望もあって、不思議不動院は急速に大規模に広がっていったようです。 ■ 冬至の「かぼちゃ供養」が有名どす。 「かぼちゃ大師」の縁起は、さる総本山より身の丈一尺ほどの木造座像、弘法大師仏を賜ったことからです。 恐らくこの地で開山してしばらくの後とは思われますが定かではありません。 初代の娘の2代目院主、高野圓光様のお話によると「私の母でもある初代酒井圓心がこの弘法大師像に、『世の全て、生きとし生けるもの、迷い苦しんでいる人たちをその境遇から救われ賜れ』と念じ、不眠、断食、お滝にうたれるなどの行をし、祈願しました。 その満願のお礼にかぼちゃをお供えし、毎年12月冬至の日に参拝者にいただいてもらうことにしたのです」 その日は終日祈祷護摩が焚かれ、境内にて、1個約2キログラムはある北海道産のくりかぼちゃを200個ほど(数量は時々で変わります)用意され、奉仕の人たちが前日より泊まり込み、砂糖、出し汁で甘く煮込まれます。 一口大のかぼちゃ2~3切れがお椀でいただけます。 この供養がいつ頃始まったのかも明確にはわからないそうですが、ご近所の信者さん2~3人に接待していたのが始まりで、だんだん大掛かりになっていったそうです。 冬至は一年で一番昼の短い日、12月22日、23日ごろで、その日にかぼちゃを食べ、柚子風呂に入ると中風除け、魔よけ、あるいはボケ封じになると古くから民間信仰で言い伝えられています。 この日に「ん」の文字が2つ以上つく食べ物、例えば、きんかん、にんじん、れんこん等を食べるにも良いと言われています。他にも探せばいろいろありそうですね。 圓光院主様も、その日はお盆を手に走り回られるとのこと。 その間をぬって、悩める人の話し相手をし、力強い言葉で勇気付けているお姿がしばしば見られるようです。 かぼちゃのお味もさることながら、優しい院主様のお話の方が"美味しい"と評判です。 ※かぼちゃの接待は数年前より有料となり、午前10時~15時までですが、なくなり次第終了します。 ■ 不思議なことがいっぱいあったんえ。 不思議不動院という名前がやはり気になります。 圓光院主様に尋ねてみると「初代の時代の在家信者で一心に業をしておられた方々の間で、お不動様に名前が欲しいという声が上がりました。 悩みに悩んで考え…ここにお参りにきたら、不思議な御利益がある、一生懸命お参りしたら、不思議ないい思いができると信心されていたため、わかりやすく『不思議不動院』となりました。 そのうちに誰言うともなく『不思議の谷の不思議さん』と親しまれるようになりました」 初代院主は男性のような逞しい女性だったそうですが、人望厚く本当に不思議な力を持っていたそうです。 他界された現在でも、初代の不思議なご加護に助けられた人がたくさんご健在で実に多くのエピソードがその人たちが語り部になり、伝えられています。 神がかり的な力を持ち、予言者でもあったそうですが、正直なところ圓光院主様は同じ力を持ち合わせていないと言われます。 「母と同じことができませんが、不思議の谷には母の力が確かに宿っていますし、ここぞというときには私の口にのってもくれることでしょう。 ただ、私は苦しんだり、悩んだりしている人の話を一生懸命聞くことはできます。 こちらにお参りになり、重たい心の荷物を置いて、少しでも軽くなってお帰りいただけたらと思います。 人はちょっとのことで心弱くなってしまいます。 でも本来人間は強い強いもの、ちょっとやそっとじゃへこたれません」と心に届く力強さでお話くださいました。 「神仏と医学は、父親と母親のようなもの。どちらが欠けてもだめで、両方で成り立つものです。 体の不調は我慢せず速やかにお医者様にかかってください」と圓光院主様。これは初代からの教えの一つです。 一人の女性が開山した寺院は、まさに庶民の味方。ひと昔前の駆け込み寺のようですね。 悩みごとで心がいっぱいになったとき、訪ねてみませんか?※宗派を問わず、どなた様も参拝できます。※こちらの代表的な行事としては、毎月1、6、16、26の月4回も護摩祈祷があり、あらゆる願い事に、多くの参拝者が訪れるそうです。各行事の詳細、お願い事については直接お問合わせください。 今日もちょっと京都通。 美しい古都に思いを馳せつつ、おいしいお茶を飲みながら、はんなりとした時間をお過ごしください。 では、次回もよろしくお願いします。 取材協力:大北山大宝寺 不思議之谷 不思議不動院 京都市北区衣笠赤坂町1番地1 電話(075)462-6628 美しい古都に思いを馳せつつ、おいしいお茶を飲みながら はんなりとした時間を過ごしてみませんか。
2017.11.22
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Aloha!!! 今日は嬉しいNEWSを一つ。 沖縄にハワイの老舗ホテル「ハレクラニ」が進出、 恩納村に全室海が見える360室で、2019年開業へ 「一度はハレクラニに泊まりたい」でお馴染み、 ハワイを代表するラグジュアリーホテルが2019年沖縄に開業 三井不動産は2019年夏、沖縄県恩納村にハワイ・ワイキキ発祥の老舗ラグジュアリーホテルブランド「ハレクラニ沖縄」を開業する。 「ハレクラニ沖縄」は、同社にとって国内初の直営ラグジュアリーホテル。ハワイに「ハレクラニ」が開業して100周年となる節目の年に、ハワイに次いで2軒目となるハレクラニブランドホテルの日本進出が決定した。 三井不動産は1981年にハレクラニを取得。その後世界的なラグジュアリーホテルとして再開発を実施。沖縄での開業も子会社であるハレクラニ・コーポレーションと展開する。 今回の取り組みは同社が推進中の「(仮称)沖縄伊武部ビーチホテルプロジェクト」として進めるもの。開業場所は、恩納村で全長約1.7キロメートルにわたる海岸線に面する位置。ラグジュアリーホテルでの経験豊富な吉江潤氏が初代総支配人となる予定。客室は360室で全室がオーシャンビューとなる。 同社では、アジアをはじめとする外国人富裕層の増加を見込んだ事業展開を積極化。海外主要市場と比べて供給が遅れているラグジュアリーホテルにフォーカスし、その成長余力に期待する考えを示している。 「ハレクラニ沖縄」の完成図は以下のとおり。
2017.11.18
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★初冬の記事 ザトウ鯨に逢いに、海へ。 Let’s Go and Meet The Whales !!! 毎年11月下旬から12月にかけて、夏の間北洋の海でグルメ三昧の時を過ごして、たっぷりと皮下脂肪を蓄えたザトウ鯨たちが約5000Kmの旅路を暖かいハワイの海を目指して南下してくる。翌年の4月ごろまで、鯨たちはオアフ島のノース・ショアやマカプウ沖、マウイ島のラハイナ沖で豪快な潮を吹きあげるシンや、ブローチングと呼ばれているハイ・ジャンプ、親子が戯れる姿などが見られます。運が良ければ、陸地からその姿が見られるチャンスもありますが、至近距離での出会いを体験したいと願う方には、是非ホエールウオッチング・クルーズを体験してみてください。ひょっとしたら、鯨たちの不思議に満ちた歌声を聴くことも出来るかも知れませんよ!!! かつてハワイは、捕鯨船が集まる世界の港でした。冬になると、マウイ島のラハイナには、アメリカ、イギリス、フランス、ロシアの捕鯨船が集結し、命がけでクジラを追いかけていました。彼らがやっていたのは油を取るためだけの捕鯨です。そして、石油が採れ始めると捕鯨船の姿は消えていきました。 クジラがこの季節にやってくるのは、生物の豊かな北の海、アリューシャン列島周辺が冷えるからだそうです。5000キロの旅をして南の海までやってきて、パートナーを見つけ、子供を育てます。すごくスケールの大きなお話です。 ハワイにやってきたクジラたちは、こちらの島の周りで戯れます。なので、どの島の沖でもクジラの姿を見ることができます!!!
2017.11.11
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柊(ひいらぎ) 木犀科モクセイ属の常緑小高木 本州(福島県以南)から四国・九州・沖縄の山地に分布しているほか台湾でも見られる 開花時期は、11~ 12月頃。 高さは約2mで、葉は対生し卵型で光沢があり、縁には先が鋭い棘となった鋭鋸歯(きょし)がある。棘に触るとヒリヒリ痛む「疼(ひいら)ぐ」ことから、「ひいらぎき(疼木)」となり、「ひいらぎ」になった。老本になるとこの棘は少なくなり葉も丸くなる。 花は白く、同じ木犀科の金木犀に似た香りで花弁は強く反り返り、果実は翌年5~6月に熟し、長さ1.5cmほどで暗紫色に実る。 古くからその鋭い棘によって邪気を払う木とされ、庭に植えられている。また、鬼が目を突かれて退散したという伝説から、2月の節分には、豆がらをたくさん巻き付けてガラガラ音を鳴らして鬼を退散させたり、煮干イワシの頭を柊の枝葉に刺して戸口に立て魔除けにするという厄除けの習慣が現在も残っている 冬の季語、12月24日の誕生花クリスマスの飾りによく使われているのは、似ているが柊もちである。 花言葉は「歓迎」「先見」「先見の明」「用心」「剛直」
2017.11.08
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陰暦10月の節で、陽暦の11月7日頃。 この日から立春までが暦の上で冬。 季語には冬立つ、冬に入る、冬来る、今朝の冬とある。 このころは陽の光も一段と弱く、日脚も目立って短くなり、 冬の気配がうかがえるようになる。 今年は早くから寒さがやってきて気候不順、早い冬の到来となりそうです。 皆様方、どうぞご自愛を・・・。
2017.11.07
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Aloha!!! ロイヤル ハワイアンには、見逃せないスイーツがたくさんありますが、マイタイ・バーの新メニュー「マイタイ・フローズン・パフェ」($11)もそのひとつです。 アーモンド・ジェロに、パイナップル・オレンジ・ジェラート、マカデミア・ナッツ・コーンフレーク・クランチ、パイナップル・モチ、キャラメル・ラム・シロップが重なった味わいをオーシャンフロントでお楽しみいただけます。 私も渡ハすると必ずと言ってもよいほど利用するバーです。Goodですよ!!! マイタイ・バーについて詳しくは: http://jp.royal-hawaiian.com/dining/maitai.htm
2017.11.04
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今日はちょっと難しく、頭の固いお話をさせて下さい。 薬というのは、奇妙な商品です。例えばあなたが車を買う場合、どんな車を買うか決めるのも、お金を支払うのも、買った車を使うのもあなた自身です。だけど薬の場合、あなたがどんな薬を飲むかを決めるのは、あなたではなく医師です。そして、薬代の大半を支払うのは国家です。貧富の差に関係なく国民の健康を維持し、国力を高めるため、米国をのぞく大半の先進国は公的医療制度を整備し、公費で薬代を賄っています。患者の自己負担はごく一部ですみます。 現代の大きな問題は、薬の技術革新による価格高騰に、国の支払い能力が追いつけないということです。公的医療の財政基盤を維持するために、どんな国家も薬剤費の抑制に取り組まざるを得ません。英国は費用対効果の考え方を徹底することで薬代を抑えていますが、背景には個々の患者の健康よりも国家全体の利益を優先する「集団主義」があると思います。個々の患者を重視するフランスや日本では、そのまま受け入れられるとは思えません。 日本の薬価が高い理由は、製薬が国の有力産業であり、高い薬代を払ってもそれに見合う投資効果があったからでしょう。革新的な新薬には企業の利益を割り増しする仕組みがあるのも、その表れです。国の財政規律がゆるく、薬剤費の支出増を国債などで賄えたことも大きい。 しかし、こうした状況は変わりました。今や売れる薬の大半は米国発のバイオ薬品で、国が払う薬代は海外に流れるばかり。国の借金も永遠に続けることはできない。 日本も自らに合った形で薬剤費の抑制に取り組む必要があると思います。すでに薬価の見直しを2年ごとから1年ごとに短縮する方針が決まりました、費用対効果の手法も一部取り入れようとしています。お金が乏しくなれば、効率的に使わざるを得ないということの表れでしょう。その方法を学ぶのに、そう時間はかからないと思いますが。
2017.11.01
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