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若い頃から読書はいつも数冊を並行して読み進めるのが習慣になっています。気が多いのはもって生まれた性分で。出来るだけ毛色の異なるものを同時に読むことにしています。すると、時たま思わぬ巡り合わせで、普段気づかないような発想が生まれることがあります。 随分前に買った「建築探偵」シリーズ。文字が小さいので外出先では読みづらく、今やっとトイレで少しずつ読み進めています。 最近書店で見かけたので買ってきた『ホームレス大図鑑』。洋館もホームレスもどちらも私には興味あるテーマなんです。「建築探偵 東奔西走」の終わりの方に岩崎小弥太の別荘が紹介されているのですが、岩崎氏といえば日本一の大富豪。別荘を建てるために山一つ買って、その敷地内に新幹線と東海道線が走っているという、まあなんとも豪気なお話! 方や段ボールの家兼部屋兼布団のシンプルライフ。 岩崎男爵には逆立ちしたってなれないけれど、ホームレスへの道は誰にでも開かれています。大金持ちともなれば靴下のシミ一つでも気になるのでしょうが、ホームレスの人はちょっとやそっとのことでは気にしないタフな神経を持っています。どちらが生きやすいのか。極端なものを並べていろいろ比較してみると、自分の位置や森羅万象の意味や価値などが新しい視点で見えてくるので面白いですね。阿波踊りの愉快な土鈴
2006年03月31日
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今日はまた冬の舞い戻りかという寒い一日でしたね。そんな寒い中、駅向こうの整骨院まで歩いて行ってきました。スタッフの皆さんから「久しぶりですね」と声を掛けられ、考えてみると実に二年ぶり。再婚後はじめて。もちろん彼らには離婚も再婚も知られてはいませんが。でも、健康保険証をじっくり点検すればバレますね。 前回行こうと思った時は腰痛がかなりひどく、様子を見るためにひと眠りしたら再起不能となり救急車で病院に運ばれたあの11月の事件に発展したのです。 ともあれ、あのギックリ腰以来しょっちゅう湿布を貼っていないと肩や背中や腰の筋肉痛が引かないので、今日思い切って行くことにしました。思い切ってというのは、マッサージというのは癖になってたびたび通いたくなるもので、行かなければ行かないですむところを、出費もかさむし時間も取られるという意味です。 家には通販で買ったマッサージチェアが1台あって毎日活躍しておりますが、やはりプロにはかないません。その整骨院は強力なマッサージが売り物?で、痛がり屋さんにはお勧めできません。1時間、マッサージや電気を通してもらって、丁度1000円(以前は700円)。安いでしょ。やはり癖になりそう。今日は壺坂寺の土鈴
2006年03月30日
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先日やっと『モーダルな事象』(去年の12月27日の記事参照)読み終わりました。読み始めるまで知らなかったのですが、何と私の住む町が発端の舞台になっているではありませんか。これには驚きました。 作者がこの地に何の縁もないとすれば、ひょっとしてだいぶ以前に私が出したファンレターの住所から、作品の舞台に使おうと決めていらしたのではあるまいかなどと勝手な勘繰りをしております。 深い感動や人生の指針を求めるのではなく、ひたすら読む喜びに浸りたいということで私はこの作家の作品を愛読しています。この作品もそういう点で、満足のいく傑作でした。 奥泉光氏は虚構ということにこだわる作家(氏の随筆に『虚構まみれ』というのがあります)なので、例えば瀬戸内海上にありもしない島を二つこしらえて、そこを舞台に過去と現在を絡ませながら話を進行させているのですが、地図で確かめなければ本当にそんな島があるのではと錯覚してしまいます。しかも厭らしいことに本の扉には、その架空の島が入ったまことしやかな周辺地図が掲載されているのです。フィクションやミステリー好きには堪らないお膳立てではないですか。 それにしても書店でこの作家の本に出会うのはかなり難しいようです。文庫化されたものも何種類かありますが、単行本が何種類も並んでいる書店はめったにありません。流行作家なのか?と人に問われれば、そうではないみたいと答えたくなります。この作家に多作は似合いません。時間をかけて良質の作品を着実に生み出していってほしいと願っております。
2006年03月26日
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エンターテイナーの多くはテレビ受像機の外で活動している、ということを我々は得てして忘れがちだ。また、知名度と芸の質は必ずしも比例しない。 売れっ子であろうとなかろうと、彼らが自分の芸を磨くのには人知れぬ苦労があるはずだ。家族が居れば、精進と稼ぎ口の板ばさみで、完成していない未熟な芸を人様に披露して野次や怒号に身を晒すこともあるかもしれない。 拙い芸に遭遇した時の観客の反応も様々だ。人様はともかく、私は腹が立ったり椅子を蹴って出て行くというタイプではない。ひたすら同情し、当人の辛さとシンクロしてしまう。そういうのは恐らく当人にとっては一番厭な客なのかもしれない。同情なんかされたくない!と彼らは思うだろう。 それでも私の想像は広がる。彼(彼女)の幼少時代。デヴューの頃、そして最も華やかだった時代。伴侶や子供たちのこと…。受けない芸、面白くない話術、こちらが気恥ずかしくなるような懸命さであればあるほど、その人間の心に寄り添いたくなる悪い癖が私にはある。 そんな私の嗜好を満足させてくれる映画があった。公式サイト「カーテンコール」 監督は「半落ち」「四日間の奇蹟」の佐々部清。主人公のピン芸人には藤井隆。狂言回しに伊藤歩。周りを鶴田真由、藤村志保、夏八木勲などベテランが固めている。最近観た映画の何本かは「父と息子」の確執と和解がテーマだったが、この作品は「父と娘」のそれ。とは言っても、父親との意見の対立というのではなく、父(母は夭折)に捨てられたというのだから事はもっと深刻だ。それでもラストの再会シーンは嘘っぽくなく、感動的だった。石垣島で入手したシーサー土鈴
2006年03月24日
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最近こんな本を読みました。4年前に出た本です。 私は、いわゆる霊感が強い方では決してありません(どちらかというと、そういうのに懐疑的な人間です)が、なぜか夜の京都を歩いていると、「身の毛もよだつ」一歩手前の感覚に襲われることが多いです。 私は過去の職業柄(古典の授業で平安朝の作品などをよく取り扱っていました)、ふつうの人よりは京都の街に歴史的なイメージを重ねやすいのかもしれません。また、京の都をおどろおどろしく描いた映画の影響もあるのかもしれません。そのテの映画では、近年の「陰陽師」2作は華やかな都の闇の部分をよく活写していたと思います。 それはともかく、この本は、50近い名所旧跡にスポットを当て、そこにまつわる伝承からその意味するものを引き出すという方法で、過去の現実の京都の上(下)にもう一つ別の京都マップを重ねようと試みたものです。 小松和彦氏の文章には小難しいところがなく、かと言って読者に迎合して軽薄になることもなく、適度に抑制の効いた好感の持てる読み物でした。写真が豊富なのも嬉しいかぎり。今日は京都にちなんで大文字の描かれた土鈴
2006年03月21日
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寒戻りたるたそがれの道春はどこへ隠れてしまったのでしょう。明日は当地の最低気温零度とか。冬物、クリーニングに出してなくて良かった。先日、四国に行くごとに花粉を吸ったみたいで、目が痒く鼻もムズムズしたのですが、トマトジュースで応急対処したら何とかそれ以上はひどくならずに済みました。やっぱり効果あるような。画像は奈良の土鈴
2006年03月19日
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今日は53回目の誕生日。つつがなく平穏に過ぎた雨の一日。当地では今年も今日が府立高校の受験日かしら。私の時はそうだったし、30年近く教師をやっていた間、数回の例外(土日の関係で)を除いていつもそうでした。試験監督が終わるとその日のうちに採点。帰宅が10時前だったこともあります。子供たちが小さかった頃は(元)妻がケーキを作って待ってくれていましたが、こちらはそれどころではなく、一刻も早くお風呂に入って布団にもぐり込みたかったのが本音。(近年は採点ミスが出ぬよう、試験当日の採点はなくなりました) 子供たちは皆成人してそれぞれの場所で生活しておりますが、父親の誕生日を覚えてくれているのはどうやら娘だけのようです。昨日の娘からのメール。何か欲しいものある? 私の返事。去年の父の日の分と合わせて肩揉みしてほしいな。娘の返信。うっちゃん(孫の愛称)と一緒にしたげるわ。 孫はまだ二歳半。今一番わけのわからない時期で、彼に背中を見せたら何をされるかわかったもんじゃない。ひぇ~、それだけはご勘弁! 今日の画像は興福寺のミニ土鈴
2006年03月16日
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気持ちよく寝込んでいたところ、突然、ドドドドッ、グゥオー、ドッドッド、ドドドド… 道路工事か?! 携帯で時間を確かめると04:32早起きの方ならそろそろ起き出す時間かもしれませんが、こちとら生粋の宵っ張りでぇい。何すんねんなぁとぼやきながらもひたすら夢の続きを見る努力をする私。轟音の中から作業員の罵声や命令までが飛び交って、次第にその努力も空しくなりかけた時、ふと隣のベッドで寝ていた妻の存在を思い出しました。凄いね、明日も続くようだったら宿替えようかと大阪弁で言うと、我が妻は、私はあんまり気にならないから、ですと。それにこの辺りの宿屋(ホテル)で明日空室のあるのはここだけだったと言うのです。確かにそうでした。 私は騒音の出どころを確かめるべく窓を開けてみました。おおっ、そうだったのか、そうだった!強烈な照明のもと、巨大な機械類を持ち込んで行なわれている工事は、保線工事でありました。駅のプラットホームのすぐ横。そうなんです、私たちは駅前の宿舎だったもので。夜が更ければは通らないとタカをくくっておりましたが、こんなイベントがあったとは。 幸い工事は30分ほどで終わりました。でも、そこからが眠れず、私はあの騒音が気にならないという妻についていろいろ考えを巡らしていったのです。妻は常時耳鳴りがあるらしく、自分でも少し耳が遠いと言ってます。そのため私の鼾も気にならないらしいのです。はっきり断っておきますが、私は人と比べて決して高鼾の方ではありません。 ところが元妻にはうるさかったらしいのです。神経質という程でもなかったのですが何せ不眠症だったもので、子供たちがそれぞれ自分の部屋を持つようになってからは、寝る時はずっと別室でした。だから二人で旅行する時は悲惨でした。夜中に鼻をつままれて起こされたり、押入れの中やロビーのソファーで寝かされたり。こんなんDVやん。 もちろんそれが離婚の原因では断じてありませんが、この種の不可抗力な理由でもっていさかいが絶えんなんてご夫婦もけっこうおられるのでは? そういうことから考えても、夜の騒音が気にならぬという今の妻、私にとっては何か前世からの深い縁で結ばれているように思えて来て(なんか強引やなあ)、ありがたいなと思いつつ再寝のまどろみに突入していったわけであります。今回求めた海亀?の土鈴。日和佐とはどこにも書いていないのが怪しい。追記:日和佐の地名は町村合併のため今月限りで消滅します。何とも惜しいことではあります。
2006年03月11日
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やっと車での旅?から戻ってまいりました。四国の東岸を何度行ったり来たりしたことでしょう。 さて、今回も日和佐駅前のビジネスホテルを利用しました。ホテルらしくないホテルにしたかったという御主人の意向どおりの一味違った趣のホテルです。室内はビジネスとは思えないゆったりとした広さを持ち、照明は明るく、おまけに(化粧用控え室にあるような)据付けの長い台がとても便利。荷物を置いたり、食事をしたり、本を読んだりが、いちいち片付けなくても一どきにできてしまうのです。 特筆すべきは、そこのベッド。かつて経験したことの無い寝心地の良さ! 深く眠れるし、目が覚めてももっと寝ていたいと思う気持ちの良さはいったい何なんでしょう。帰り際、ご主人にそのベッドのことを聞こうとしたらお出掛けで聞けず。我々もそろそろベッドにせねばと思っている昨今ですので、近いうちに電話で伺ってみる事にしましょう。 とういわけで、ぐっすり眠っていた真夜中、とんでもない騒音に叩き起こされるハメに。そして私は夫婦の縁というものについて深く考えさせられることにもなったのですが、それは次回のお楽しみ。画像は薬王寺の瑜祇塔。30年前は夕方薬王寺に着いたので途中の観音様しか拝めなかったのですが、今回は塔まで行き戒壇巡りもしてきました。拝観料百円とは今時安い。
2006年03月09日
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2年前に封切られた映画『村の写真集』を観てきました。いわゆる文化ホールを使っての映画会です。 偶然にも先日の『単騎、千里を走る』と同じく、父と息子の和解がテーマの映画でした。息子役の海東健くん、今時の若者をうまく表現していましたが、前半の父親に反発するふてくされた様子や表情がうちの長男そっくりで、その親子関係もどうしても我が身とダブってしまい、やはり心が通い出すシーンでは胸が熱くなるのを抑えられませんでした。 父親と息子の確執。古今東西を通じての永遠のテーマなのかもしれませんね。うちも恥ずかしながら、彼の反抗期にはしょっちゅう取っ組み合いの喧嘩をしたものです。でも私の方から、30歳まではもう何やかや口出ししないから好きにやってみろと突き放しました。 現在24歳、高卒ですが今は怪しげなビデオ・ショップの店長もどきの仕事をしております。仕事が相当きついようです。でも、目の届く所で寝起きしておりますので、あまり心配はしておりません。 映画に戻りますと、何と言っても自然の風景の美しさと村人の素朴な暮らしに心が癒されます。そして少しずつ父親の職人(写真家ではなく写真屋)としての信念と腕を理解してゆく息子。父親役の藤竜也の演技も光ります。これもお薦めの映画!!西国巡礼と書かれた清水寺の土鈴
2006年03月03日
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