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先の介護法が施行された2000年制作の映画「ホーム・スイートホーム」を観ました。 元オペラ歌手の主人公(神山繁)が惚けて来出して、家族に迷惑が及んでいます。一階で息子(小林稔侍)のやっているお寿司屋さんの店内にも突如現れ、昔取った杵柄とばかりにカセットから流れてくる伴奏でオペラを歌い出す。止めに入って2階に追いやった息子とつかみ合いの喧嘩、あげく一家の大黒柱である息子は階下まで突き落とされ大腿骨を折ってしまいます。 この騒動が物語の発端です。どこの家庭でも起こりうる老人性痴呆症を抱えた家族の大変さが、痛いほどに伝わって来ます。深刻なテーマながら、松山善三さん原作・脚本と聞けば、笑って泣いてのしっかりしたホームドラマだと想像してもらえるでしょう。 脇を固める嫁役の風吹ジュンさん、グループホーム経営者役の横山通乃さん(往年の横山道代さん、ちろりん村とくるみの木のトンペイの声でしたねって、こんなの知ってるのはよほど長く人間務めた人だけ)がとっても魅力的でした。 一人一人がよく描けているからなのか、観ている私がそれなりの年齢になったからなのか、とにかく登場人物(画面の隅々にまで心配りが行き届いています)の言動すべてが、説得力を持っていました。 最後は夢のような良い良い尽しで幕を閉じますが、でも息子や孫(酒井美紀)たちが、自分の生き方を見つめ直し、針路を大きく変えて踏み出して行く姿に感動を覚えました。後味の好いお薦め映画です。
2006年10月31日
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京都国立近代美術館で「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」を観てまいりました。伊藤若冲は若い頃から好きな画家でしたのでとても楽しみでした。展示内容はここをぽちっと。 若冲と言えば鶏、鶏と言えば焼き鳥若冲というぐらい、冷徹な目で観察し極限の筆致で表現した鶏たち。今回の展覧会のポスターにも採られた「旭日雄鶏図」は、他を圧倒していましたね。もうこの構図で描いちまったら、誰が何と言おうともうこれしかないというぐらいにキマッテしまってる。太宰が富士山を見て、お風呂屋さんの富士山を思い出し、恥ずかしくてたまらなかったように、この絵もじっと見ているとこちらが照れくさくなってくるような、えも言われぬ存在感がありました。 そうそう、今回の展覧会で奥さんの弱点が発見できました。それは、奥さんは鶏の絵が苦手だということです。リアルに描かれた鶏の脚の表面を見ていると気分が悪くなったと言うのです。爬虫類の皮膚もダメだそうです。ウロコが駄目みたい。神戸異人館のウロコの館もダメかしらん(笑) ★さて、ペットボトルの「まろ茶・ひとひら」のラベルになったこともある、「鳥獣花木図屏風」も初めて目にしました。モザイクタイルを思わせる43000個のマス目に分解された動植物のオンパレード。点描派のスーラや、現代のダリも、絵を細分して描いてみせましたが、若冲のそれはちょっと発想が違うような気がします。とにかく不思議な印象を与える屏風絵です。 我々夫婦がそろって一番気に入ったのは(実はこういうことはめったにないのです)、「猛虎図」。虎をモチーフにした絵は何点かありましたが、どれも嘘っぽく変な姿態の虎ばかりでしたが(恐らく当時の画家は本物の虎を目にしたことがなかったのでしょう)、その中でさすがは若冲さん、いかにも猫族とわかる姿態で描いてくれています。思うにこんなポーズの虎を描いたのも、東洋に画家多しと言えども若冲さんだけではないでしょうか。何とも茶目っ気たっぷりの可愛い虎です。 他にももちろん素晴らしい絵は山のようにたくさんありましたが、人も多いし、こちらは「ごめんやしておくれやして」の車椅子ですから、気が済むまで堪能とはまいりません。時間がたくさんあればいいのかというとそうでもありません。そこそこ観れば疲れますしね。本当は何回か通うのがいいのでしょうがねえ。 3階の主要な展示を観終わった後、スタッフさんの言いつけ通り、少々疲れた体を引きずって4階にも行きましたが、横尾忠則さんの強烈なイラスト群のせいで折角の江戸情緒もすっ飛んでしまいましたがな 京都は11月5日まで、そのあと九州、愛知(来年の4~6月)でも開催されます。 ★ラベルのものは同工異曲の別の作品でした。同じテーマで何種類か創っていたのですね。(11.2)
2006年10月27日
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今日は生駒山の麓を一人で歩き回って来ました。それというのも、紺桔梗さんのブログでは山の写真で挑発するわ、ネネさんには「衰えは足から来ます。歩きましょう」と発破をかけられるわで、家にじっとしておれない状況を作られてしまいましたから。確かに最近は散歩と言っても駅前のスーパーに買物に行く程度ですから、家の階段の昇り降りさえ、膝がきしむ始末で。これはもう歩くしかありません 自転車も電車も利用せず全行程自前の足のみ、ってそんなに大層なものでもないのですが、山の麓から家がなくなる坂の上までがかなりきついです。そんな高い所に今月できたばかりというオシャレな喫茶店が。そこでアイスコーヒー飲んで小休止。再び坂を一気に登ると山道に。 しばらく来ていないので馴染みの道に出ることができず、イノシシ注意の看板を過ぎた辺りで藪の中へ。迷ってしまいました。仕方なく看板の手前まで戻って、別の道を取って降りて来ました。今日は足慣らしです 生駒山(642m)なんて、健脚な人からみれば山とは言えないシロモノでしょうが、家から歩いて行けるので、私には重宝な山なんです。大阪のごみごみした街も一望に見渡せるし。紅葉にはまだ早いようです。美しく紅葉るまで、何度も出掛けたいと思います。
2006年10月25日
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テレビで放映されたのをビデオに録って初めて観たのが14年前。何故か録り損ねたらしく最後の部分が欠落しており、その部分を観るためにだけレンタルするのももったいないし、かと言って結末がわからないままというのも気持ちが悪いと思いながらも、これだけの年月が過ぎてしまいました。今回は図書館に貸し出しDVDがあったので、それを借りて来ました。どこからが見ていない場面かは何となくわかりました。 この14年の間には、何度も干刈(ひかり)あがたさんの小編「プラネタリウム」を授業で取り上げたり、予想だにしていなかった離婚なども実際に経験してしまったりと、いろんなことが挟まったわけですが、きっと映画の印象も随分変化したはずです。前のことは覚えていないので、今回の感想を。 一言でまとめると、出演者みんなが自然で巧い演技してるなあ、というところでしょうか。主役の十朱幸代さんは好きな女優さんの一人ですが、この映画では特に光っていると思います。感情を押し殺して黙っていても、何気ない仕草や表情で言いたいことが手に取るようにわかる演技力、凄いです。二人の息子たちも自然で、伸び伸び演じていて好感がもてます。 離婚という深刻なテーマをユーモアを交えながら前向きに描いていく干刈あがたさんの原作もきっと素晴らしいものなのでしょうね。実は原作をまだ読んでいません。 同書に収録されている「プラネタリウム」も同じ題材を扱った作品で、普通なら授業でやるのはためらわれる内容なのですが、持って行きようで生徒はものすごく食いついてきます。伏線や象徴が巧みで、表面だけなぞっていたのでは単なるユーモア小説にみえますが、じっくり吟味していくと、なかなか味のある深い作品であることがわかります。他の先生は嫌がっていましたが、私はこの作品が好きで、多くの生徒も好きになってくれました。 1986年の映画ですから過去にご覧になった方も多いかもしれませんが、まだご覧になっていない方にはお薦めです。
2006年10月24日
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京都のことならまかせておくれやすの夢子さんに教えられて行ってまいりました、アジア・スーパー・クラシックス@知恩院。文化庁舞台芸術国際フェスティバル2006の一こまなんです。「只なら食てみたろ」的いやしさで、3部のうちの第1部と第2部を予約(第3部は映画音楽や「誰も寝てはならぬ」など老若男女向きだからか既に予約締切)。 日中韓の古楽器による伝統音楽を中心にした第1部、日中韓の現代作曲家によるいわゆるクラシック音楽の現代音楽(どっちやねん、ややこしいわい!)の第2部。どちらも楽しめました。 知恩院さんの三門(空 無相 無願 三解脱の境地を表わす門なり。山門にあらず ←奥さんの受け売り)は日本最大でしかも国宝。その下に舞台をこしらえての演奏。客席は舞台を見下ろす高い石段(上の写真では三門の奥になりますね)。お年寄りや足の不自由な人用に舞台のすぐ前にも簡易長椅子が設置されていて、我々はもちろんそこに座らせてもらいました。二つの公演で3時間近くも座っていたためお尻が痛くなってしまいました。 良い季節に野外で聞く音楽。お琴や尺八の音色は自然に溶け合っていました。風が揺する樹木の葉ずれの音や時折聞こえるカラスの声も交じり合いなんとも風情があって・・・ 第2部は4時からだったのでその最中に、頭上をカラスの大群がねぐらに帰って行くものすごい啼き声が襲いました。これは偶然の思わぬ拾い物。 帰り三門脇の石段をゆっくり降りていると、追い越して行きしなに大きな声で奥さんに話しかけているご主人の感想が。「あんな現代音楽聴いて癒される奴、おるんやろか」。まことに正直でよろしい ただ、音楽で癒されたいというなら、モーツァルトだけ聴いていたらそれで充分です。 映画を観て楽しみたいなら娯楽映画を観ます。でも、時には真面目な映画を観て社会や人生について真剣に考えてみたくなる時だってありますからね。そういう時は、観た後で胃が痛くなったり、ショックでしばらく笑えなくなったりするかもしれないけれど、それでも観たいという欲求は抑えることができません。音楽もそれと同じと考えればいいんです。 私はモーツァルトもベートーヴェンも好きですが、それと同等にシェーンベルク以降の現代の音楽も好きな人間です。それはともかく、こんな素晴らしい音楽を無料で聴かせてくださった主催者さん、ならびに夢子さん ありがとうございました!
2006年10月22日
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前回話題にした「ホテル・ルワンダ」では、二つの部族による争いの中で、ツチ族をかばうフツ族の裏切り者を軍が探す場面が出てきます。買収、スパイ行為、裏切りなどがまかり通る世情では、同僚や隣人、果ては家族親類までもが猜疑の対象となり救い難い人間不信が生まれます。 国民の生活の細部に監視の目が張り巡らされ、お互いがお互いを見張るようなシステム、戦前は隣組制度がそうでしたが、今また、例えば共謀罪という名の罪をかぶせて、一般の平和運動や草の根の民主的な運動まで規制できる法律を成立させようとしています。24日に強行採決を目論んでいる様子。 この法律にせよ、破防法にしろスパイ防止法にしろ、使う側は国家権力。建前で成立させておいて本音で国民に牙をむく。政府の横暴に歯止めをかける憲法まで骨抜きにしようという、昨今の危険で不気味な動きから目が離せません。久しぶりに政治 語っちゃった。 さて覚えておいででしょうか、9月28日のクイズの答です。 君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ( )書きで ( )に入る言葉は鉛筆でした。皆さん、お忙しい時期での問題でしたので、パスされたようです。 君とのデートの予定を本当は入れたいんですよね。でもまだお誘いがないのです。そんなとき別の用事が入って来てしまったのです。でもデートのお誘いがあれば即そちらを優先させるために、すぐに消せる鉛筆書きで記入したのですね。 「チョコレート革命」の影響で、万智さんの歌を見るとどうしても不倫のストーリーが出来上がってしまう私です(笑)※ 画像は趣ある色にもみぢった(古語もみつを現代に復活させる会代表の嫌好です/うそ)我が家のはなみずきの葉
2006年10月20日
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某会館で今日から始まった「特選洋画劇場 ノンフィクションシリーズ」。この会館で映画を観るのは初めてです。戦争や地域紛争、革命や内乱の悲惨を描いたこのテの(反戦)映画は嫌いではありません、と言うか無理しても観なければいけないと思っています。 今日の作品は「ホテル・ルワンダ」(2004年)。1994年に中央アフリカのルワンダで実際に起こったあの大虐殺(3ヶ月で100万人もの民衆が殺されました)を描いたヒューマニスティックな映画です。奥さんは一度、あまりにリアルな戦闘シーンを観て気分が悪くなったことがあるので心配だったのですが、ナタで頭蓋を割って行くという残虐な行為は極力控えめに表現されていたので大丈夫だったようです。(ここまでで気分が悪くなった方、ごめんなさい。もう出てきませんから) そもそも同じ民族とも言われるフツ族とツチ族が仲たがいして行ったのは、そのようにしておいた方が統治しやすいという支配国家(ベルギー)の思惑で、まったく人為的なものです。詳しく知りたい方は、公式サイトのヒストリーのページをご覧になって下さい。なお、この部族名は現在用いられておりません、念のため。 ここまでひどくはなくても、世界の至る所で今日も昨日も明日も、武力紛争による惨劇が繰り広げられているのかと思うとやはり胸が痛みます。毎日お気楽に生きている私ですが、時々はこうして世界の今を実感し、そして祈りたいと思っています。 話は日常的なレベルに戻りますが、映画が始まる前、「最近は映画が途中でトラブって中断したりする事なくなったねえ」などと雑談しておりましたら、開始後まもなく画面の縦幅が徐々に縮み出し、字幕も見えなくなって来たと思ったら、映写室から人が飛び出して行く気配。場内が明るくなり、会場脇にスタッフが現れて陳謝、10分近く中断しました。思ったよりたくさん来られていた観客、慌てず騒がず。さすがこういう映画に来られる方は紳士淑女ばかりですなあと感心。画面がおかしくなり始めた所まで戻して再開してくれたので、それもありがたかったです。 終了後、出口の所でスタッフの皆さんが何度も何度もお詫びの言葉を掛けておられましたが、その真摯な気持ちが伝わってきて、とても気持ちの良い映画会となりました。来月は「戦場のアリア」、今から楽しみです。
2006年10月18日
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奥さんの月一回の検診のため寝屋川市の病院に行った足(車)で、京都の祇園会館までその足を延ばしました。 ここは連日2本立てで映画をやっているのですね。近年2本立て映画なんて観たことがありません。 たとえば、「パッチギ」と「明日の記憶」、「THE有頂天ホテル」と「バルトの楽園」、「ダ・ヴィンチ・コード」と「夢駆ける馬ドリーマー」がセットで観られるというのです。基本料金は1600円(各種サービス価格あり)。京都の方には有名な映画館なのでしょうが、私は初めて行きました。 今日観たのは、「デイジー」と「連理の枝」。どちらも韓国映画ですね。実は韓国映画を映画館で観るというのも初めての体験でした。韓国映画は何作か観ているものの、実は韓流ドラマにはついて行けておらず、期待感いっぱいで観たような次第です。 「デイジー」は映像のとても美しい映画でした。その分、暗殺や撃ち合いのシーンは緊張感が漲っており、たいそうリアルでした。韓国映画は、謎を謎のまま残さないという点で概して分かりやすいですよね。ていねいに謎の部分の種明かしをしてくれます。それは「連理の枝」でも同じです。 ある程度先が読めるのですが、必ずと言っていいほど意表をつくエピソードが挿入されるのも特徴かもしれません(韓国映画に限ったことではありませんね)。 シリアスな「デイジー」のすぐ後だと、「連理の枝」の冒頭部分は実に軽薄で、すぐに席を立とうかと思ったぐらいです。でも我慢して観ているうちにだんだんその世界に引き込まれて行きました。コミカルで切ないラブストーリー。たまにはこんなのもいいかな、と思った韓流映画でした。
2006年10月17日
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先月の下旬、某会館での映画会でこのを観に行く予定だったのが、母の用事に付き合わされたため流れてしまいました。嘆いていたら夢子さんが、京都でやりますよと情報を提供して下さいましたので、行って参りました。すごい人気! 映画会でこんなに人が入っていたのは「男たちの大和」以来。 いつものことですが、圧倒的に多いのは女性。50代以降の女性が大半で、中年夫婦もちらほら。無理やり連れて来られたというような旦那さんも見受けられました。映画馴れしていない男性?が私のすぐ後ろの席に少し離れて二人いて、彼らがそれぞれの連れ合いに、ことあるごとに話しかけるのが耳障りでした。そうそう、携帯の着メロが鳴って応対し出したおっさんが通路の向こうにいましたね。やめてほしいな。 アルツハイマーの怖さと夫婦愛をテーマにした映画なのですが、映画の世界だけで言えばよく出来た感動的な作品であるにもかかわらず、私の意識はどうしても映画で描いていない部分に行ってしまうのです。家族も自分自身も分からなくなってしまった患者が運良くいい施設に入れるとしても、それはやはりそれ相応の経済力のある人に限られるのではないのか。お金がなければ相当悲惨な運命が待ってるような気がします。 アルツハイマーに限らず、前回話題にした発達障害の人や知的障害の人、難病を抱える人。皆そうです。政府やお役所の発想は、福祉とは名ばかりで、受益者負担、家族が面倒見ろです。家族や本人の負担を軽減するのが福祉の思想の根幹になくてはなりません。福祉ひとつを取ってみても、税金の使い方がむちゃくちゃです。と、映画から離れて愚痴り出しそうなので、もうやめておきます。 映画の冒頭を2010年から始める意外さに脱帽です。2010年、奥さんは愛する夫にちゃんと寄り添っておりますよ、悲しみを乗り越えて。
2006年10月14日
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先日散歩の折に見た夕空 テレビの連続ドラマはあまり観ないほうなのですが、この「僕の歩く道」はわけあって見逃せないものなのです。草なぎ剛くん扮する主人公輝明くんは、31歳の自閉症の男性。知能は10歳で止まっています。知的障害の人を理解するのはそれほど難しくはないと思いますが、自閉症は、言葉は行き渡っているものの、その実体はまだまだ一般の人には知られていないようです。 かく言う私も、ついこの間まで、自閉症≒引き籠りと思っていたぐらいです。 奥さんには二人の子ども(兄妹)がいて、その兄ちゃん(21歳)のほうが、どうも自閉症っぽいのです。ただし知的障害はないので、そういうのを専門的には軽度発達障害というのだそうです。この軽度発達障害というのも、大きく3つに分かれ、そのそれぞれにもまた程度の差があったり性格(個性)がからんできたりで、かなり複雑なもののようです。 それはともかく、草なぎくんの熱演のお陰で、自閉症がどういうものか、そういう人とつき合うにはどのようなことに気をつければいいかがよくわかります。 私は元妻(躁鬱病)と義息を知っているので、少々困った振る舞いをする人を見ても、性格のせいにはせず、まずは病気ではないか、脳に何か障害があるのではないか、大きなストレスや心に傷を負っているのではないか、と考えるようにしています。そういう人達が性格や人格のせいにされてしまって、非難されたり嫌われたりするのは気の毒です。またそう考えることで、腹が立ったり人を嫌いになったりすることが少しでも減るなら、それは自分にとっても精神衛生上いいことです。 自閉症の人(神経症や精神性疾患の人もしかり)が他人に対して傷つけたり失礼なことをしたりしても、そこには何ら悪意も悪気もないというのは紛れもない事実です。またそれは親のせいでも環境のせいでもなく、あくまで脳の機能障害であることを知るべきです。こういうことが、この番組を通して一人でも多くの人に理解されることを願ってやみません。
2006年10月12日
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今日も夕焼けがきれいでした。一人で見るのがもったいなくて、足の不自由な奥さんを5メートルも無理やり歩かせてしまいました。なぜか私ほどには感動しない奥さん。ま、いいか。 奥さんとは反対に、私の脳みそには女性が半分以上混ざっているようで、美しいもの(特に色彩の鮮やかなものや光り物、景色、天象)にはすぐに反応してしまいます。そして、恐らく男性では珍しいと思いますが、離れた所にいるパートナーに電話を掛けたりして「今、東南の方角にきれいな虹が出てるよ」なんて知らせたがるのです。今の奥さんにはどうやら迷惑なだけなようなので、これからは一人寂しく楽しむことにします。 世の中、男女逆で同じようなこと、多いのではないですか。
2006年10月11日
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先日ネネさんが東北を旅行され、その写真をアップされました。なかなか凝ったアルバムに仕上がっていますので、ぜひ一度ご覧になってみて下さい。 さて、私も独身時代同じような場所(松島、平泉、立石寺など)を一人旅したことがあります。旅の主要な目的は、「奥の細道」の授業で使えるスライドの写真と8ミリ映像を撮りに行くこと。 「松島は扶桑第一の好風にして、およそ洞庭・西湖を恥じず」と始まる松島の章は「奥の細道」の白眉と言えるでしょう。私は男子ばかりの工業高校でこの部分を教える時は、訳や注釈はほどほどにして、何よりもまず音読に力を注ぎました。大きな声ですらすら詰まらずに読めた時、彼らは理屈ぬきに、良いものに出会ったことへの喜びを素直に感じることが出来たようです。 湾内遊覧で感じた松島の印象は、300年の歳月を経てもそれほど損なわれてはいないということでした。それはさておき、恥ずかしい別の思い出話をしなければなりません。 平泉は中尊寺に行ったときのこと、目当てはもちろん金色堂。広大な境内の表示に従って、金色堂の鞘堂に向かう私の胸は高鳴っておりました。人の思いこみというものは堅固なもので、「鞘堂」と言いながらも、私の理性は依然として未だ何の疑念も生じず、写真集で見た金色堂の伽藍の内部が頭の中で再現されていました。 拝観料を払って鞘堂の中へ。胸の高鳴りは期待のそれではなく、ようやくにして、予想外の真相が明かされる時のパニックを伴うそれに変わりつつあったのです。ガラスケースの中にそれはありました。私はめまいがして倒れそうになりました。黄金の輝きに目がくらんだのではありません。頭の中で何かが、いや、何かがではなく私が勝手に創り上げていた間違った金色堂のイメージが、音を立てて崩れていくのがはっきりと実感できたのです。 もうおわかりでしょうが、私は写真集(正確には小学館の「原色日本の美術」)の見開きページに載った伽藍の内陣の壮麗さに圧倒され、詳しい説明も読まずにそのまま京都や奈良にある大伽藍のイメージとだぶらせていたのです。それだけなら被害は少なかったでしょうが、私は授業で私の錯覚のまま生徒に得々と喋ってしまっていたのです。 京に都があった平安時代、東北の藤原氏は都にも負けないぐらいの栄華を誇っていた、とまあここまではいいでしょう。この黒檀の柱、それに施された螺鈿の華麗な装飾、天蓋の黄金。都でもこんなに贅沢なお寺はなかったでしょう! などと、写真を示しながら見てきたような嘘を言う教師。 実際の金色堂は、確かに精巧かつ緻密に創られているとは言え、文化祭の出し物としてクラス皆で作ったお寺の模型が教室の真ん中に置いてあるといった風情。 でもこの旅行のお陰で、それからの授業では正しい金色堂の説明がなされるとともに、私の恥ずかしい失敗談も披露されることになったのです。授業で習ったことも一度は疑ってみるべし(笑)
2006年10月08日
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わざと看板に偽りありのタイトルを付けてみました。最近の串カツはどうなったのかと興味を持って来られた方、残念でした。進化したのは串カツじゃなくて、それを食べる私の方なのでした。 去年初めて専門店で串カツを食した我々夫婦、その店がどちらかと言うとやや高級な店であったことに気付き、それ以来何度かネットで安くて美味しそうな店(我々の場合、それプラス駐車場有り、もしくはすぐ近くにあるということも必要条件)を探しては足を運んだのでありました。検索・調査は奥さんの十八番なので任せてあります。 先日、遠方から知人が来阪され、本場の串カツが食べたいと仰るので、本場と言われればここしかないと、我々には禁猟区にも等しかった新世界に引き連れていくことになりました。(下線部についての理由など知りたい方は去年の10月19日の日記参照。上記の「去年初めて・・・食した」をポッチすれば見れます) 入った店は通天閣の目と鼻の先、知り合いの飲食店の主人お薦めの店だったので(これもネット情報)、味は心配ないはず。金曜日の夜だったからか混み混み。いきなり入って来た若い女性客が意識不明になって倒れ救急車を呼ぶ騒ぎがあったり、指の何本か欠けた酔っ払いのおっちゃんに絡まれそうになったり、いやはや本場は違いまんなあ。 勘定の時に貰った1割引の券に釣られて、よせばいいのに昨夜は奥さんと二人だけで再挑戦。平日だったせいか、ごった返してはいませんでした。ゆうべは特に面白いアクシデントもなく少々拍子抜け(どんなんや~)。ただ両サイドから攻め立てて来る煙草の煙が、我々にはちょっときつかったかな。 主人も従業員も好感もてる方たちで、店の雰囲気も大阪の良い意味での猥雑な感じ満載。帰りにまた割引券、うまい商売しやはりまんな。
2006年10月05日
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教師時代の必需品の一つにのど飴がありました。何せ喉を痛めると商売に差し支えるので常用しておりました。 スーパーやコンビニ、お菓子屋さんの店頭、駅の売店などで目新しいのを見つけたら即座に買うというぐらい、のど飴には執着がありました、というか今でも買ってしまうのです。 教師を辞めた今、のど飴はもう必要でも何でもないはずなんですが、私はどうも元来のどが弱いらしく咳や痰に悩まされがちです。これはヘビースモーカーだった亡父の置き土産かもしれません。 家にいる時はなぜか飴が食べたいとは思わないのですが、出掛ける時は決まってポケットに5、6個入れて行きます。特に車に乗ると食べたくなるのはなぜでしょうね。
2006年10月02日
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