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今までで最も不思議な体験、それは2001年8月の出来事です。簡単に言ってしまえば、無くなった物が出て来たというだけのことなのですが、その消え方と出方が何とも不思議なのです。 ブツのことについてはあまり詳しく話せませんが、私が趣味で書きあげたばかりの童話の原稿だと思ってください。その原稿(コピー1部)は14日、しかるべき所に預けてまいりました。押しかけ女房のようにです。そしてその翌日、プリントアウトした原本とコピーの計2部を入れた茶封筒の行方がわからなくなりました。仕事場にしているホーム炬燵と電話機台の間(雑誌ぐらいしか置けない狭い隙間です)に無造作に置いていたのですが、ちゃんと仕舞っておこうと寝る前に見たら無くなっていたのです。 しばらくあちこち探してみましたが出て来ないので諦めて、その夜は寝ました。物忘れがひどくなったなあと、翌日も真剣に探しましたが一向に出て来ません。絶対に置くはずのない所まで探しましたがだめです。当時家人は私の他には二人だけです。尋ねましたが知りません。嘘をついてまでいたずらするような連中ではありません。別居中の家族にも問い合わせましたが家に近づくことさえもなかったと言います。 前回の日記にも書きましたが、この家にはどうも別次元の同居人もいるように思われ、その人物が犯人なのではとだんだん本気で思うようになっていきました。二日たち三日が過ぎ、とついに一週間目。別の仕事部屋の座卓の上を何気なく見ると、今まであれだけ時間を浪費して探していた封筒が、さも「どうも長い間お借りしていて申し訳ございませんでした。本当にありがとうございました」と言わんばかりの几帳面さで載っているではありませんか! その部屋も座卓の上ももちろん何十回も見たのですよ。ほとんど何も載っていなかったその上を雑巾がけまでしていたのですよ。その後家人や家族にも本当に心当たりが無いか聞きましたけれど、誰も関わってはいない様子でした。 ちょうど一週間というのも気味悪いです(作品は短いので読むのにそれほど時間はかかりません)。世間ではあの世に行った人が里帰りする時季とか。亡父の仕業だったのかなあ。 今日の土鈴は飛騨のさるぼぼ(猿の赤ん坊)をかたどったもの
2006年04月29日
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今回は夢の話ではなく、幻視?のこと。寝不足のために色々な幻覚が見えたという経験も持っていますが、そういう話ではなくて、オカルト愛好家なら間違いなく霊の存在の証拠と断定するに違いないような奇妙な体験です。 どれも私一人しか見ていないので、信じてもらうしかありません。一番はっきりしているのは、家のトイレでたまたまドアを半分開けて用を足していた時のこと。ドアの外には3メートル程の短い廊下があり、その突き当たりはT字路になっています。便器に腰掛けたまま何気なく前を見ると、丁度誰かが右から左へ歩み去るところでした。背中とズボンの片足がはっきり見てとれました。声を掛けても、すぐあと探し回ってももちろん誰もいません。その時刻、子供たちは皆出掛けておりましたし、妻と老母も階下で用事していました。家族の誰もが知らない人物が家の中を勝手に闊歩している! こんなこともありました。応接室の半透明のガラスが入った引き戸にくっきりと人の影が映ったので、庭に植木屋さんでもいるのかと思い外に出てみると、誰もいなかった。鳥影を見間違えたなどということは決してありません。私の家だけに怪異現象が起こるのかというと、そうでもありません。 以前勤めていた学校でも、不思議なことはありました。これもごくごく確かなものだけ。司書室で仕事をしていたら図書室の端の方からこちらに近づいて来る人影。柱や本棚に見え隠れしながら磨りガラスに映って近づいて来ます。着ている服から判断して背の高い男性教師と思えます。司書室のドアのすぐ手前まで来たところで、壁に隠れました。当然1秒後には、ドアのガラスにその人物は姿を見せるはずでしたが、何秒待っても姿を現しません。ふざけているのかなと思いドアの所まで行って開けてみると、傍らにも、廊下の右にも左にも人っ子一人いません。 よく似た経験はまだまだありますが、これら以外はおそらく気のせいだと自分を納得させることに成功しております。次回は、私の今までの人生の中で一番不思議だった出来事についてお話しする予定です。今日の鈴は登呂遺跡のもの。小振りです
2006年04月19日
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夢を語ると言っても将来の夢ではありません。今朝方の夢。夢をほとんど見ない、また、見たようだけれど覚えていないという人はけっこう多いですが、われわれ夫婦は暇なのか変わっているのか、毎度おたがいに見た夢を教え合います。 それはさておき、高校時代わたしは夢日記をつけていました。経験ある方もおられるのでは? 経験の無い方にお教えしますが、その行為は不思議な未知への扉を開く危険な遊びです。もちろん初めのうちは私もそんなことは知りませんでした。普通の日記のつもりでメモ程度に書いていただけです。 書き始めて一週間もしないうちに夢にある変化が現れました。すべての輪郭がくっきり、色も鮮明に見えるようになってきたのです。 そして一ヶ月もしないうちに、奇妙なことが起こり始めました。何かというと、夢の中で今見ているものを夢だと認識できるようになったのです。夢の中で、「これは夢なんだから怖くない」とか、「もうそろそろ覚めてもいいんじゃない」と意識している自分がどこかにいるのです。また、友だちが数人集まっているような夢では「田中と山本と佐藤と、そっちは誰、ちょっとこっち向いてよ、メモしとくから」なんて記者よろしく手帳につけたりなんかしているのです。 これぐらいなら「面白い体験」で済んでしまいそうですが、数ヶ月たつともっと大変なことが起こって来ました。いわゆる夢遊病。酔っ払いが自分の言動を後で思い出せないように、覚えの無い行為の名残が目の前に現れるのです。例えば、夜食など食べた記憶は全く無いのに、朝起きてみるとその残骸が机の上にあったり…。そうしてもっと厄介なことに、夢と現実の境界がぼけ出したのです。ある日電車を待っている時、これは夢だから飛び込んでも大丈夫と頭の中で誰かが囁くのです。もうすぐ目が覚めるから、と誘惑するんです。もちろん誘いに乗って飛び込んでいたら、今これを書いている私は存在していないわけです。 高校の倫理・社会(心理学のようなことも習いました)の先生に相談したら、即刻夢日記をやめるように言われました。自分の意識の底にある潜在意識を乱すと精神に変調を来たすのだそうです。 他愛も無い夢の話を家族と喋るぐらいにしておかないと、神経科のお世話になっちゃいますよという教訓的なお話でした。 今日の画像は最上いなりの土鈴
2006年04月17日
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妻は股関節痛(もっと色々難病抱えてるんですけど)、私は腰痛ってんで、長らく畳の上で(もちろん布団敷いて)寝ていたのをこのたびベッドに替えました。 ベッド専門店で実際に寝っ転がって寝心地を比べてみたところ(本当は一眠りさせてもらわないとわかんないですけどね)、最近主流になりつつあるポケットコイルのマットレスが断然気持ち良かったので、少々お高い(といっても我々のことですからタカが知れてますけど)ですが、シ○ンズのに決定。 家でベッド使うの何年ぶりだろ。恐らく35年ぐらい使ってませんね。それに昔のはベッドと言ったって、安物のマットレスに布団敷いていたのですから、実際には畳に布団敷きと寝心地はそれほど変わりませんでした。それが、先月の9日の日記に書いたように、あの夜のベッド体験で開眼してしまったのですね、いいベッドで寝ると快眠できるということに。 新しいベッド生活。深い睡眠。途中で目覚めても心地よくまたすぐ眠りに就ける。朝の目覚めも快適。適度な反発力があっていかにも体に良さそうです。夢見もいいです。 ということで、次回の不思議話は夢について。めちゃ強引。 今日の土鈴は大原女の描かれた京の鈴
2006年04月15日
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これも枚岡神社での話。ただし時代はもっとさかのぼり、私が小学6年生になる年の3月のこと。近所の友人と二人して自転車で枚岡神社まで行き、境内の奥、本殿の石段下に駐輪して、生駒山の中腹の展望台辺りで遊んでいた…とまあここまでは別段変わったこともなく、奇跡はその帰りに起こったのです。 この神社は春日さんの系列で、神社の規模としては中くらい。鳥居から本殿までの参道は坂になっており、この坂が緩やかか急かは人によって意見の分かれるところ。私は物理学者でも建築技師でもないから、傾斜角度をもって示すことは敢えてしませんが、要するにそれぐらいの勾配の坂なんです。太い参道を斜めによぎっていた排水溝は現在埋められてしまってありません。 さて、腕白ざかりの少年ふたりはそれぞれの自転車にまたがるや、鳥居まで競争しようやということになり、あらん限りの力でもってペダルを踏み始めました。ちょっとスピードが出過ぎていると感じた私は、片方のブレーキを掛けましたが掛かりません。そうだった! 来る道で、ブレーキが切れたのでした。続いてもう一方のブレーキを掛けると、これはまさにその時音を立てて切れたのです。斜めに走る細い溝を越える時、これで少しは減速するかと思いきや、何のことはない、ガッタンと跳ね上がりむしろ加速したようなあんばい。「ブレーキ利けへん!」と私が叫ぶと、友人は「飛び降りぃ!」とすぐ後ろで叫び返して来ました。目の前には鳥居の石段があるはず(現在は段差の小さな緩やかなものになっています)。そしてその先には車の走る道路を挟んで枚岡駅への石段が(後日数えてみたら17段降りた所に踊り場がありその下にまだ12段ありました)。 猛烈なスピードで走る自転車から飛び降りる勇気も出ないまま、ブレーキがバカになったハンドルを握り締めて目を固くつぶりました。その時一瞬、死ぬんだなと思いました。前輪ががくんと落ちたのがわかりました。空中を舞ったような気がしました。そして数秒後(実際には2秒位でしょう)、私は静かに自転車ごと着地しました。恐る恐る目をあけてみると、道路の真ん中に進行方向と90度ずれて自転車は止まっていました。鳥居の下で休憩していた土方風の二人が言いました。「危なかったなあ、今おまえ空中一回転したんやぞ」 友人の証言。石段を頭から突っ込んだと思ったらいきなり空中に飛ばされて複雑に回転して落ちて行った。 家に帰り着くまで私はすべてが上の空でした。これは夢ではないかとか、死後の世界ではないかと考え続けました。もしあの時、車が来ていたら…。もし90度のひねりがなくて30段の石段に突進していたら…。想像しただけでゾッとします。着地した時の衝撃はほとんどありませんでした。目に見えない誰かの大きな手がそっと地面に降ろしてくれたような感触は今でもはっきりと覚えています。40年近くも昔の、奇しくも誕生日の出来事です。 そのことがあって、私は子供心に二つのことを刷り込まれました。目に見えない偉大な者の存在と、その者が私にこの世で何かをさせようとしているらしいということです。もう既にやってのけたのか(例えば将来地球を救う偉人に私が何らかの影響を与えたとか)、まだこれから実行するのかはわかりませんが。
2006年04月14日
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ネタ詰まりになったら書いてみようと思っていた話を数話連載してみます。題して「不思議な話」。 私は「JAPAN SKEPTICS」(いわゆるとんでも科学を批判する会)に入会しようかと思ったくらいの人間ですから、マスコミで取り上げる類の超常現象には基本的に懐疑的です。でも、自ら体験した不思議なことや奇跡的なことに対してまで「単なる錯覚だ」とか「ただの偶然だ」とかでは済ませたくない気持ちがあります。 まず最初は軽いものから。これは「運が良かっただけ」で片付けていただいても結構な代物です。 10年ほど前、ボーイスカウトの恒例行事で初日の出登山に参加した時のことです。私の息子ふたりがボーイスカウトに入っていたので、娘も誘って家族5人で参加していました。登山と言っても600mそこそこの山ですから皆小さなリュック一つの軽装です。山の麓の枚岡(ひらおか)神社を抜けてすぐの斜面で事故は起こりました。 まだ人家も切れていないぐらいの上り口だったものですから、数メートルおきに街灯が灯っていました。だから手にした懐中電灯は消したまま。私は道の左端を、妻は私のすぐ右後方を歩いていました。すぐ行く手の路傍に高さ10センチ位のコンクリートのガードレールのようなものが見えてきましたが、その外側は影になって真っ暗。斜面の続きだろうと思ってそのまま歩いていたら、急に足の下の地面が無くなったのです。妻を含め後ろを歩いていた人達は、瞬時にして私が消えたので、心臓が止まりそうだったと口々に言ってました。 コンクリートのガードレール様のものは、小さな橋の欄干に相当するものだったのです。私は大人ひとりが辛うじて立てる空間に落ち込んでいました。深さは1mぐらい。胸を少し擦りましたが、他にどこも痛む所はありませんでした。その時は暗いので辺りの様子はよくわかりませんでしたが、帰る時に朝の光の中で確認してゾッとしました。どうやったらこんな狭い空間に怪我ひとつなく一気に飛び降りられるだろうか。そんな思いを抱かせるような小さな穴でした。どこをどう打っていてもおかしくなかったのです。前のめりに、顔面でも打っていたらただごとでは済まなかったに違いありません。 これ一回だけのことであれば、たまたま運が良かっただけで済むのですが、実はこの神社では過去にもう一回、奇跡としか言いようのない命拾いをした経験が私にはあるのです。 つづく この写真だけでは分かりにくいでしょうが、ここが私の落ちた穴です。右が橋の端。
2006年04月10日
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きのうは誰もが安心して観られる映画でしたが、今日紹介するのは打って変わってこわ~い映画。と言っても、ホラーやオカルトではありません。2001年にドイツで作られた「es[エス]」という映画。 肩書や役割が人間の行動にどう反映するかを調べる心理実験と称して、公募で集めた被験者を看守役と囚人役とに分けて監視用カメラで観察する教授とスタッフ。どうせゲームなんだからとふざけ半分の囚人側の主人公、実は新聞記者で、超小型ビデオカメラをしのばせ何か事件が起こるのをスクープしようという魂胆。 規則を守らせ例外を作りたくない看守グループと、人権蹂躙に怒りをおぼえ、しかし抵抗することを封じ込まれた囚人グループとの確執、いや反目。アメリカ映画にありがちなように、すぐにバイオレンスに走るのではなく、エピソードの積み重ねが実にていねいで暴力に至るプロセスに無理がない。 どこにでも自分の役割に必要以上に忠実たろうとする人間がいるものだ。そういう人間が権力を握ると恐ろしい。 実験は予想を超えて、看守達を歯止めもなく管理的、暴力的にしていく。遂に教授はこの実験が非常に危険なものであったことを知るのだが、もはや後の祭りで、二人の死者と、数人の怪我人と逮捕者を出すに至ったのである。本当に怖いのは、こんな危険な実験が1971年にアメリカで実際に行なわれていたということである。画像は愛媛県の面河渓の土鈴
2006年04月06日
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今日は「ナルニア国物語」を観てきました。原作本(翻訳)は残念ながら背表紙しか見たことがありません。「指輪物語」も然り、「ハリー・ポッター」も然り。決してファンタジーが嫌いなわけではありません。現に映画ではどれも興味を持って観に行きました(ハリポタ・ファンには申し訳ないけれど、ハリー・ポッターだけは1作目だけで劇場に行くのはご勘弁願いました)。 じゃあなぜ原作を読まないのか。おそらく原作の方が面白いのかもしれません。でも、何と言ったらいいのか、読む時機を逸してしまったように思うのですね、勝手にそう思い込んでいるだけかもしれないのですが。 面白そうなのに実際読んでみたら面白くなかったということが高い確率で起こりそうなんです。つまり、今の私にはもう子供のような素直な想像力が失われてしまっているのをはっきりと自覚させられるのが怖いのだと思います。だから、自分の想像力を駆使しなくても楽しめる映画で間に合わせてしまいたいのでしょう。 「ロード・オブ・ザ・リング」はけっこう愉しめた作品でしたが、主要な登場人物が多い上に似通った顔立ちの人物が何組かいて、かなり頭の中が混乱した状態で観ていました。いまだに消化不良のため、もう数回観なければおそらくきれいに整理されないでしょう。 それに対して今日観た「ナルニア国物語」は、最近のファンタジーの中では格段にわかりよい作品と言えそうです。ネタバレになるのであらすじは書きませんが、小さいお子様にも楽しめるのではないかと思います。このシリーズはこれからも期待できそうです。 ところで、私は文字を追うのが遅いので出来るだけ吹き替え版を観るようにしているのですが、今日は春休みのこととて子供がいっぱい、場内かなり騒然とするのではと予想し、あえて字幕版を観ました。睡眠不足も手伝ってかなり疲労気味です。今日の画像は鳥取で入手した提灯型土鈴
2006年04月05日
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今日はショッキングな事がありました。私より少し年配の知人が、いきなりリストラの憂き目に遭ったのです。ずっと大阪勤務だったのが、三年前いきなり東京勤務を命じられ単身赴任。今年は新任を多く採用したのでおかしいとは薄々感じていたというのですが… 30年も会社のために一生懸命働いて来た者をいきなりリストラかよ!と本人は怒りと悔しさで震えが止まらなかったと言います。新入社員をたくさん採ったからといって片方でリストラしてるんじゃ、何にもならないじゃん。政府や経済界は、確かに景気は回復しつつあるなんて言ってますが、リストラされた人達には何の説得力もありません。彼にはまだ未成年の学生もいることだし、明日からが大変です。 民間だから仕方ないとか、世の中いつだってそういうものだなんて、涼しい顔で悟ったようなことを言う人にたくさん出会ってきましたが、そういう理不尽で非人間的な社会のシステムを当然視しないで意義申し立てしなければいけないんじゃないかと思います。人間は決して会社の犠牲になったり、ライバル会社を敵視して利己主義に陥ったりするべきではありません。 あんたは社会の一線から離脱して傍観者然としていられるから、そんなのん気なことが言えるのだ、との声も聞こえてきそうですが、毎日へとへとになるまで働いている多くの勤勉な労働者の生き方が、私にはどうも人間として不自然で狂気の沙汰としか思えないのですよ。夏のライチョウの土鈴、立山ですね
2006年04月02日
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