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いつも書くのが遅くなって季節感がなくなるのですが(笑)今年は、母の初盆でした今は、ご先祖さまの位牌も含めて私の家でお祀り。。。ぅん?家に連れてきただけですねぇ特に何もしてないしですが、こちらで初盆をするよりも母の住み慣れた土地でかつて母がそうしてきたように見送ってあげたくて田舎に帰っての初盆になりました土地によってそれぞれ違いがあるって聞きますけどうちのほうも説明するとへぇ~、こんなことするのぉって驚かれることが多いんですよもっとも、最近は簡略化される方が増えてきたとも仏具屋さんから聞きましたが。。。初盆をこんなふうにしたんだったなぁそんな自分自身への思い出のためにそしてこんな風習が残っている土地もあるっていうことをみなさんにも知って欲しいなぁという気持ちから初盆のことを書きたいと思います通常うちのほうのお盆は8月13に迎え火をたいて仏さまをお迎えし15日に送り火でお送りしますですが初盆の家は8月に入ると軒下に白い提灯をつるし始め親戚の方々は吊り提灯をお供えします今回うちの場合は、仏壇は私が持っていってるのでテーブルにご先祖様の位牌を置きこういう形になりました画像-0015 posted by (C)TOKKOそして新仏さんは御棚の上におサヤというものを置いてそこにお寺からもらってきた紙に書いた戒名を貼りお祀りします画像-0011 posted by (C)TOKKO本当は、玄関先や庭に置くのですが風が強くて御棚にかけてるハシゴが飛ばされる!!というハプニングがあったので急きょ、玄関内に引越しました画像-0014 posted by (C)TOKKOなんでも。。。亡くなって1年経たない新仏さんはまだ抜けきらない煩悩があるらしく成仏しきれなくて彷徨っている他の仏さまと一緒に帰ってくることがあるらしいのですそれで、そういう霊が仏壇に住み着かれると困るから別に御棚にお祀りするそう。。。そういうと、冷たいようですがおサヤでは施餓鬼供養も一緒にしているので、彷徨っている仏さまも天国にいくことになるでしょうですからお盆の三日間はご先祖さま用とおサヤ用と二つのお膳を作りお供えも二箇所にすることになりますそれともうひとつ新仏さんは、丁寧に送ることになります画像-0017 posted by (C)TOKKO精霊舟ですこの舟におサヤの部分を乗せて海に出るのです昔はおサヤとお膳や果物などのお供え物もいっしょに乗せていましたが海が汚れるのでおサヤだけになりあとは、すべて燃やします母は、家族でという希望を残していたのでお供え類は辞退しましたが戴いた提灯や灯篭も全て燃やして天国に持って行ってもらいます自分の家には代々続く一対の灯篭と提灯だけを残すのです古くなったなぁ。。。という時は新しいのを残して古いものを燃やしますもったいない気がしますが、そういう風習ですそして三日の間夕方から夜にかけて百八体というものがあります画像-0005 posted by (C)TOKKOこれは6段の棚で横に6本のろうそくを並べたものですつまり、1日で36本のロウソクを燃やし3日で108煩悩を燃やしてあげるお手伝いなんです早く立派な仏さまになって天国に行かれるように。。。という気持ちですおもしろいでしょう土地によって、ほんまにいろいろですねぇそしてクライマックスです送り火は家で燃やし新仏さんは、舟を流しに海に行きます浜に着いたうちの舟も先頭で順番待ちですDSC_0313 posted by (C)TOKKOその地域の町内会の方が漁船に精霊舟を4~6隻ずつ積み込んでくれますDSC_0314 posted by (C)TOKKOそして3キロほど沖に出て浄土があるといわれる西方に向けて流してくれます家族が一人乗れるということでうちはダンナさんが乗って精霊舟を海に静かに降ろしてもらいましたDSC_0319 posted by (C)TOKKO帰ってきましたこの様子は夜8時まで続きます暗くなると、提灯の灯りが海に浮いて浜から見てても情緒あるんですよ~こんな初盆行事を続けてる地域があるということ知ってもらえて嬉しいです
2012.08.30
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おはようございます皆さん、お盆のお休みはどうすごされましたかぁ私は母の初盆で帰省していましたがその時友達に「GWに竹田城に行った」という話をしたら「そのお城の映画があった気がするけど。。。」と言うので調べてみましたそしたら、あったー!角川春樹事務所製作 映画「天と地と」兵庫県朝来郡和田山町の竹田城跡に春日山城を再現した巨大オープンセットをつくったそうです膨大な量の発泡スチレン製の部材と家紋入り瓦6万枚など420トンの資材をヘリコプターで運び上げ本当の大工さんはじめたくさんの作業員と地元の人々の協力で1ヶ月で完成させたそうですそしてそのロケはたったの3日!エキストラで出演した和田山の人たちはいい思い出になったでしょうね一般公開も3日だけで解体したそうですが夜間のライトアップもしていたという2週間の間、あの山を見上げて町の人たちは自分の御先祖さまを思ったのでしょうかかつての繁栄を城跡としているように幻を見せてくれたような気分だったでしょうねその時の様子がユーチューブにありました
2012.08.20
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さぁ、旅行の話に戻りますね竹田城の全景を見たい!その思いで、足をのばした立雲峡でヒルに噛まれるという人生初めての経験をしたというのに時間はまだお昼前!それなら竹田城のある播磨の国の本拠地、姫路城に寄って帰ろうってことにしました途中の道の駅で銀杏の木のまな板を買ったのですがすごく使い心地がよくていい買物をしたと喜んでます軽くて使いやすいんですよ車を停めて姫路城に歩くと姫路城 (2) posted by (C)TOKKOうっそー、改装中?思いつきで行動する私達にはよくあることなんですが(笑)白鷺城は、残念ながら見ることができません姫路城 (28) posted by (C)TOKKO1346年、赤松貞範によって築城されたという説が有力だということですが戦国時代後期には秀吉が居城したのをはじめ約270年間、6氏31代の城主によって治められました姫路城 (7) posted by (C)TOKKO明治時代には陸軍の兵営地となって多くの建物が取り壊されましたが大小の天守や櫓は、当時の陸軍省の働きかけで名古屋城とともに国費によって保存されることになります姫路城 (13) posted by (C)TOKKO1934年に昭和の大修理が開始されますが太平洋戦争での日本の戦局悪化により中断されることになります姫路城 (15) posted by (C)TOKKOそしてその戦争中姫路空襲では、天守最上階も空襲されますが落ちた焼夷弾が不発弾で奇跡的に焼失を免れることになるのです姫路城 (12) posted by (C)TOKKO1950年に大修理は再開されて天守大修理は1956年から着手して1964年に、やっと完了したのだそうですそして今度は2009年6月から2015年3月の予定で平成の大修理が行われているのです姫路城 (19) posted by (C)TOKKOエレベーターで上りその修理している内側を見ることができましたこれって貴重な体験!大天守の最上部に固定される予定の新しいしゃちほこが待っています姫路城 (20) posted by (C)TOKKO時代劇などのロケが行われることも多くなんと江戸城など他のお城の代わりとして撮影されるらしい姫路城 (23) posted by (C)TOKKO帰りは、予想どおり大渋滞もう覚悟してましたけどね~
2012.08.07
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