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今年の夏にユネスコの世界文化遺産に登録される筈の藤原宮跡と明日香村の「石舞台古墳」、桜満開.!世界遺産登録の前祝いだ。(藤原宮跡の桜と菜の花)(石舞台古墳と桜)群馬県から帰って来た翌日の4月2日、女房殿の運転する車の助手席に乗って、飛鳥路の桜見物に出掛けました。前日の4月1日には東京の上野公園の桜見物をしたばっかりだったnのですが、「今年の桜は、もう終わりかけ」ということを上野公園で実感しましたので、慌ただしくお出掛けしたという次第です。4月2日の天候は晴時々曇り、雨に祟られる心配はゼロ、先ずは絶好のお花見日和だ。午前10時過ぎ、家を出発、午前11時、「藤原宮跡」近くの行きつけの中華料理店「餃子の王将橿原店」で、少し早い昼食、プファ~、ビールが旨い!レバニラ炒めも餃子も旨い!飛鳥路の桜を観る前に、心は早くも桜色なのだ。昼食を終えて、本日の最初の桜の見所、「藤原宮跡」に向かいました。「餃子の王将」から「藤原宮跡」までは車で3分、至近距離なのだ。<「藤原宮跡」の桜と菜の花のコラボ>正午ジャスト、「藤原宮跡」に到着、おお!期待通りの光景が眼前に広がっていた!土手の上からの光景です。「菜の花畑」に降りて「菜の花と桜のコラボ」を撮影しました。古代の息吹きを実感出来る「藤原宮跡」の桜と菜の花のコラボ、格別の光景なのだ。「藤原宮跡」は、西暦694年に持統天皇(女帝)が遷都した「藤原京」の跡地です。日本で初めて中国(唐)の条坊制が採用された本格的な都です。「藤原京」は、西暦710年に「平城京」に遷都されるまで、16年間、「日本の都」だったのです。「藤原宮跡」は、「畝傍山」、「耳成(みみなし)山」、「天の香久山」の、「大和三山」の中心部に造営されたのですが、今回の桜は、当時の「大極殿」の裏手にあった「耳成山」の近くに咲いています。以下、「耳成山」と桜のコラボ写真を何枚かアップします。秋のコスモスでは、「耳成山」は「脇役」だったが、春の桜では、「耳成山」は断然、主役なのだ!小1時間ほど「藤原宮跡」の桜を楽しみ、次の目的地である明日香村の「石舞台古墳」に向かいました。「藤原宮跡」から「石舞台古墳」までは、車で約10分の距離、歩いても1時間足らずで行ける至近距離なのだ。午後1時30分、「石舞台古墳」の下にある駐車場に車を留め、散策開始、駐車場にも、大きな桜の木があった。駐車場から、なだらかな坂を上り、「石舞台古墳」に向かいます。「石舞台古墳」の周りの桜の光景、古代の息吹きを感じる絶景だ!「石舞台古墳」に入場します。初めて観た「石舞台古墳」と桜のコラボ、聞きしに勝る絶景だ!「石舞台古墳」を出て、対面にある丘に登り、古墳を見下ろします。丘の上に、菜の花が咲いていた。丘の上から、古墳を見下ろします。見下ろす「石舞台古墳」も大迫力だ!丘を降りて、道路の脇の草原から古墳を撮影します。様々なアングルから撮った石舞台と桜のコラボどのアングルから撮っても、絵になる光景だ!最後の写真は、駐車場の横手の売店の前に咲く「枝垂れ桜」です。今回の桜紀行で観た希少な枝垂れ桜、可憐だ。――――おまけーーーー<「藤原宮跡」、「石舞台古墳」、今年夏の世界遺産登録成るか?>本ブログ冒頭のキャッチフレーズで触れましたように、「藤原宮跡」、「石舞台古墳」を含む「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」は、今年の夏にも、ユネスコの「世界文化遺産」に登録される予定です。現在、奈良県には、以下の3か所の世界遺産があります。(1) <法隆寺地域の仏教建造物>:(構成資産):「法隆寺」、「法起寺」、(2) <古都奈良の文化財>:(構成資産):「東大寺」、「興福寺」、「春日大社および春日山原始林」、「元興寺」、「薬師寺」、「唐招提寺」、「平城宮跡」、(3) <紀伊山地の霊場と参詣道>:(構成資産):「吉野山」、「吉野水分(みくまり)神社」、「金峯(こんぷ)神社」、「金峯山寺」、「吉水神社」、「大峰山寺」、「大峰奥駈道」(奈良県を中心として、一部、三重県、和歌山県に及ぶ広域世界遺産です)そして、今回、奈良県で4番目の世界遺産として暫定登録されたのが、今回、桜見物をした「藤原宮跡」、「石舞台古墳」を含む「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」です。(4)<飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群>:(構成資産);「藤原宮跡」、「本薬師寺跡地」、「菖蒲池古墳」(以上、橿原市)、「石舞台古墳」、「飛鳥京跡地」、「飛鳥水落遺跡」、「酒船石遺跡」、「飛鳥寺跡」、「橘寺境内」、「川原寺跡」、「天武・持統陵」、「高松塚古墳:、「キトラ古墳」(他全15件、以上明日香村)、「山田寺跡」(桜井市)以下に、「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」のウィキペディアを貼り付けますので、興味のある方は下記サイトをクリックしてご覧下さいね。<飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群>「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」、今年の夏、正式に「世界文化遺産」に、登録されます事やら???
2026年04月26日
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8年ぶりに見た上野恩賜公園の桜、寛永寺・清水観音堂の「月の松」と桜のコラボ、久々に観られて大感激! 3月30日から4月1日にかけて、リュウちゃん夫妻、7年ぶりに孫姫ちゃん達が住んでいる群馬県沼田市に、2泊3日の小旅行に行って来ました。 この旅行計画は3月上旬に女房殿が立案し、リュウちゃんが新幹線の切符などを、その時に予約購入したのですが、出発直前の32月29日に調べた関東の「天気予報」は、 3月30日~4月1日の天気は、雨・雨・雨、アチャ~、最悪の天候だ!でも、行くしかないのだ。 3月30日、午前8時に奈良の家を出発、残念ながら、新幹線の車窓から富士山を観ることは出来なかったのです(残念!) 高崎駅で、下の孫姫2人と、孫姫のママ(リュウちゃん夫妻の娘)が車でお出迎え、高崎市にあるリュウちゃんの妹夫妻の家に立ち寄り、そこから約1時間掛けて沼田の家に夕方に到着したのです。 翌日の3月30日も雨、天気が良ければ、近くの「沼田城跡」や「吹割の滝」、「川場村の道の駅」などに遊びに行こうと思っていたのですが、雨で全てパ~(残念!) なので、近隣の「イチゴ園」で、「イチゴ狩り」に行ってきました。 ちょっと狭い「貸し切りテント」だったが、充分楽しめたようだ。 「イチゴ狩り」の後、以前、沼田にじ来た時には必ず寄っていたそばグルメ「花咲」に7年ぶりに立ち寄りました。店の前には、店名のように、様々な花が咲いていました。 店に入り、「天ぷらざる蕎麦」と瓶ビール(2本)を注文し、昼食、 プファ~、ビールが旨い!この店で覚えた「舞茸の天婦羅」も美味!7年ぶりの「舞茸の天婦羅」、その美味は今も健在なのだ! 翌日の4月1日は、早くも帰郷の日。連日の天候不良で、全く近所の散策が出来なかったのですが、この日の朝だけ、少し晴れましたので、散歩に出掛けてみました。 以下の写真はこの時撮ったものです。 まだ梅の花が咲いていた!「薄根川」沿いのソメイヨシノは、まだ「蕾」(残念!) 近所の名峰「戸神山」(三角山)です。同じく近所の名峰「三峰山」です。下の2人の孫姫が通う小学校は、この山の麓にあるのです。「ぐんま百名山」に選ばれている「子持山」です。 2泊3日の旅で唯一の晴れ間、貴重な瞬間だったのだ。午前8時、沼田を出発、午前10時ジャスト、「上野駅」に到着、 天候は「曇天」だが、傘をささずに「上野公園」の満開の桜が見られそうだ。 「上野駅」の3Fにある「パンダ橋」から公園に入りました。 以下の図は「上野恩賜公園の散策マップ」です。リュウちゃんは下図中央下の「パンダ橋」から公園に入り、先ずは左側にある「清水観音堂」から動物園の手前にある「上野東照宮五重塔」まで歩き、そこから引っ返して左側の「上野駅」をゴールとするコースを辿ったのです。(散策マップ) <清水(きよみず)観音堂>清水観音堂の前の桜、満開だ! <月の松> 清水観音堂の舞台に登ります。 舞台の目の前にある「月の松」と桜のコラボ、8年ぶりに見ることが出来た。感激! <「月の松」について> 「清水観音堂」は、京都の「清水寺」になぞらえて、寛永8年(1631年)に創建されました。「月の松」は、何時頃植えられたのかは不明ですが、江戸時代の浮世絵師・歌川広重が幕末の安政3年(1856年)~安政5年(1858年)にかけて制作した119枚の図絵から成る「名所江戸百景」の中で「月の松」を描いた浮世絵を2点制作しています。(上野清水堂不忍ノ池)(上野山内月のまつ) 広重が描いた「月の松」は、明治20年の台風によって失われてしまい、現在見られる「月の松」は、平成24年(2012年)に復元された「2代目」なのだそうです。 「初代月の松」は、不忍の池の畔にあった。「2代目月の松」は不忍の池から離れた所にあるこの不思議、清水観音堂が移築された為なのかな? 「清水観音堂」を後にして、雨模様の公園を散策します。 雨模様の天候なのに、さすが「上野恩賜公園」、凄い人出だ! <上野東照宮>石造りの鳥居を潜って「上野東照宮」に入ります。「上野東照宮」に入った目的は、隣接する「五重塔」(正式名称:旧寛永寺五重塔)と桜のコラボを見ることです。 「五重塔」の前の鉄柵の下は、既に桜の花びらが散っていました。「五重塔」のエリアに入ります。 桜は「終りかけ」だったが、まずまずのコラボを見ることが出来た。かなり満足。 <閑話:上野の五重塔の謎>歴史音痴のリュウちゃん、これまで、上野の五重塔は、てっきり「上野東照宮の五重塔」だと思っていたのですが、改めてネット調べをしました所、現在は、「上野東照宮」の施設ではなく、東京都が管理している重要文化財であることが判りました。 「上野の五重塔」の現在の正式名称は「旧寛永寺五重塔」です。以下に、この五重塔について詳述しているサイトを貼り付けます(興味のある方はクリックしてご覧下さいね)<上野東照宮・五重塔(旧寛永寺五重塔)>上掲のサイトの「五重塔の歴史」の部分を以下に要約してみます。★寛永8年(1631年)「上野東照宮の搭」として建立、寛永16年、火災で焼失するも、同年に再建、現在の五重塔は、この時に再建されたものです(「五重塔」は、本来は「仏塔」であり、仏教寺院にしか建立されない筈ですが、江戸時代は、いわゆる「神仏習合」の時代でしたので、神社にも五重塔が建立されたのです)★明治時代初期、政府は「神仏分離令」を発布し、神社の仏教施設を禁止しました。それにより上野東照宮の五重塔は、「寛永寺」が管理することになりました。★昭和33年、「寛永寺」が管轄していた五重塔は、「寛永寺」の財政難から、東京都に寄贈され、以後、正式名称が「旧寛永寺五重塔」となったのです。 上野の五重塔、正式名称が「旧寛永寺五重塔」だが、「旧々上野東照宮五重塔」と呼ぶべきではないのだろうか???――閑話休題――― 「五重塔」を出て、上野駅に戻ります。 下から見上げた「月の松」、どうやら、松の枝は完全な円形に作られている!最後に、西郷さんの銅像に挨拶、 御徒町の「スシロー」に入り、昼食。 プファ~、ビールが旨い!今回の旅はずっと雨に祟られたが、最後に上野公園の桜を見ることが出来た。まあ、「いい旅」だったのかな?
2026年04月16日
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桜、チューリップ、花桃、ミモザ、、、、、「馬見丘陵公園」の春の花が、一斉に開花し始めた。3月27日、女房殿の運転する車の助手席に乗って、近所の「馬見丘陵公園」へお花見に出掛けました。今年の奈良県のソメイヨシノは、3月24日に開花したばかりだ。まだ「見頃」にはちょっと早いのかな?でも、本日は天候絶佳の「お花見日和」、絶好のチャンスなのだ!午前11時、家を出発、「馬見丘陵公園」に入る前に、近くの寿司屋に入り、昼食。プファ~、ビールが旨い! 寿司も旨い!天候絶佳の桜見物、期待が高まる。午後1時少し前、「馬見丘陵公園」の「北エリア駐車場」に車を停め、散策開始、北エリアの「集いの丘」、パンジー(?)がお出迎え。「集いの丘」の周辺の桜、まだ「5分咲き」くらいだ。もうチューリップが咲き始めていた。チューリップと桜のコラボ、今年も撮ることが出来た!(※)2026年の「馬見丘陵公園」のチューリップ祭りは、4月4日(土)~4月12日(日)の8日間に渡り、開催される予定です。本日は結局、「北エリア」しか開花したチューリップを見ることが出来なかったのです(ちょっと残念!)チューリップの咲いている「北エリア」から、短いトンネルを潜り、「中央エリア」に入ります。<ミモザ>トンネルを出た中央エリアの一角に、「ミモザ」が開花していました。♪~春はミモザの花も匂う~♪この歌詞、美人歌手として有名だった奈良光枝の昭和25年の大ヒット曲「赤い靴のタンゴ」の2番の最後の部分に出てくるフレーズです。懐メロ大好き人間のリュウちゃん、「ミモザの花」を見ますと、必ずこの歌を思い出すのです。奈良光枝は、その芸名から、てっきり奈良出身の歌手だと思っていたのですが、残念なだら、青森県弘前市出身で、正真正銘の「津軽美人」なのですね。(奈良光枝)<赤い靴のタンゴ>→(ここをクリックして聴いて下さいね)<ハナモモ(花桃)の丘>中央エリアの「乙女山古墳」と「下池」に囲まれた一角に、50本程の「花桃」が植えられている「ハナモモの丘」があります。ここの花桃、ほぼ見頃だ!花桃、ソメイヨシノより少し早く咲くようだ。「ハナモモの丘」、正に「桃源郷」なのだ!一角に咲いていた紅白源平咲きの花桃、梅の「思いのまま」よりも、遥かに華麗なのだ!「ハナモモの丘」から「一本松古墳」エリアに向かいます。小径の畔には、雪柳が「見頃」を迎えていた。「一本松古墳」エリアの「白木蓮」、既に「落花盛ん」だ。「白木蓮」の咲いている所から、「カリヨンの丘」まで、約200m位続いている「一本松古墳」エリアの小径には、点々と桜が植えられています。ここのミニ桜並木、爽やかな桜のオアシスだ。ここの桜、ソメイヨシノではないようだ。何という種類の桜なのだろう?<乙女椿>下の写真は、カリヨンの丘の裏手に咲いていた「乙女椿」です。♪~バスの窓辺の声もなく 乙女椿の花が散る~♪この歌詞、美空ひばりが、唱和32年3月にリリースした「伊豆の乗り合いバス」という隠れた名曲の3番のラスト部分の歌詞です。この歌は、有名な「港町十三番地」のB面曲としてリリースされましたので、一般的には殆ど知られていない歌なのですが、大好きな歌なのです。ひばりファンのリュウちゃん、「乙女椿」を見ると、必ずこの歌を思い出すのです(下記サイトをクリックして聴いて下さいね)<美空ひばり「伊豆の乗り合いバス」><陽光桜>「カリヨンの丘」から、「ナガレ山古墳」へ向かう「木の道」に咲いていた桜です。この桜は「天城吉野」と「寒緋桜」を交配して作出された桜のようです。<上池の畔の桜スポット>「ナガレ山古墳」と「上池」に挟まれた所にある、「馬見丘陵公園」屈指の桜スポットです。全体に、まだ「5分咲き」くらいだ。ちょっと早過ぎた?<子福桜(コブクサクラ)>春と秋に2度咲く、珍しい品種のようです。<「水連の池」の桜>いよいよ本日の「桜行脚」の最終スポットである「水連の池」の畔に到着しました。「水連の池」の周りの桜、やはり、まだ「5分咲き」だ。ちょっと残念!<山茱萸(サンシュユ)>この時期、「水連の池」の畔では、桜よりも黄色い小さな花を付ける山茱萸の花が印象に残ります。<日向水木(ヒュウガミズキ)>この花も「蝋梅」に似た黄色い花です。<木瓜(ボケ)>「水連の池」の畔の「山茱萸」の木の下に、100本近くの紅い「木瓜」の花が咲いています。淡い色の花が多い春、真紅の木瓜の花は一際目立つ。<辛夷(コブシ)>いよいよ本日の花遍路のラストフラワー、「辛夷」です。「馬見丘陵公園の辛夷の花は、「中央エリア」のシンボル「公園館」の横手に咲いています。♪~コブシ咲くあの丘北国の ああ北国の春~♪上記の歌詞、ご存じ、千 昌夫の演歌の名曲「北国の春」の一節です。リュウちゃん、ここの辛夷の花を見ますと、必ず「北国の春」のメロディが頭の中を駆け巡るのです。
2026年04月05日
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