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2026年5月12日に一挙に撮影した「枚方パーク・ローズガーデン」のバラ第4弾、今回は「オールドローズ」特集です。<「オールド・ローズ」と「モダン・ローズ」>バラの世界では、歴史的な、大まかな分類として、「オールド・ローズ(古いバラ)」と、「モダン・ローズ(新しいバラ)」の2種類に分類されます。「モダン・ローズ」の第1号のバラは、1867年にフランスの「ジャン=バプティスト・アンドレ・ギヨー・フィス」が作出した四季咲き品種の「ラ・フランス」です。(ラ・フランス)「オールド・ローズ」と「モダン・ローズ」、花の外形からは殆ど区別出来ませんが、「オールド・ローズ」の殆どは「一季咲き」、「モダン・ローズ」の多くは「四季咲き」のようです。今回のブログで紹介するバラは、新しいものは20世紀初頭に育出されたバラです。つまり、今回紹介するバラは、厳密な「オールド・ローズ」ではなく、育出されてから100年以上経過した「古いバラ」という意味になります。それでは順に紹介致します。(83)「バロン・ジロー・ドゥ・ラン」(フランス、1897年)(84)「オスカー・コーデル」(ドイツ、1897年)(85)「ミセス・ジョン・レイン」(イギリス、1887年)(86)「ポール・ネイロン」(フランス、1869年)以下の(87)~(88)のバラは、「ポートランド・ローズ」という種類に分類されるバラです。ポートランド・ローズは、オールドローズの中でも返り咲き性と濃厚な香りで知られる品種群です。花は中輪が多く、花弁を重ねたロゼット咲きやボタン・アイを見せるものが多いため、古典的で整った花容に大きな魅力があります。花色はピンクの濃淡を中心に、白花も見られます。ひと季きりで終わる系統が多かった時代に、繰り返し花を上げる性質によって高く評価され、現在も根強い人気があります。(87)「ジョアシン・アネ」(フランス、1847年、ポートランド・ローズ)(88)「パナシェ・ドゥ・リヨン」(フランス、1895年、ポートランド・ローズ)―――(89)「ブランシュ・ラフィート」(フランス、1851年)(90)「ミュルティフローラ・ドゥ・ヴォウマルキュ」(1875年)(91)「ヨーク・アンド・ランカスター」(1629年以前)「ヨーク・アンド・ランカスター」と聞いて思い起こすのは、1455年~1487年頃にイギリスで起こった「バラ戦争」という内乱です。この戦争では、赤いバラを紋章とする「ランカスター家」と、白いバラを紋章とする「ヨーク家」が王権を争いました。(両家の紋章)最終的に、ランカスター家の系統の「ヘンリー7世」がヨーク家の「エリザベス・オブ・ヨーク」と結婚して王位を固め、初代チューダー朝の王として1485年に即位したのです。上掲のリュウちゃんが撮った「ヨーク・アンド・ランカスター」は「ピンクのバラ」ですが、稀に一つの花で半分が白、半分がピンクの花を付けるバラのようです。半分がヨーク家の白、もう半分がランカスター家の赤(ピンク)このバラが「ヨーク・アンド・ランカスター」と呼ばれる所以のようだ。(ネットからお借りした「ヨーク・アンド・ランカスター」)(92)「ソンブロイユ」(フランス、1850年)(93)「フェリシテ・パルマンティエ」(ベルギー、1836年以前)(94)「ロサ・カニナ」(95)「マルシアナ」(オランダ、1732年以前)(96)「江戸の庚申」(作出国。作出者不明、江戸時代から続く旧家の庭で発見されたチャイナローズ)(97)「ルイ・フィリップ」(フランス、1834年)「ルイ・フィリップ」は、19世紀前半のフランス国王です。1830年の「7月革命」の時に即位し、1848年の「二月革命」で失脚し、イギリスに亡命しました。(98)「葡萄紅(プタオホン)」(中国、不肖)(99)「ペルル・ドゥ・ジャルダン」(1874年)(100)「赤胆紅心(ツダンホンシン)」(中国)(101)「アッサンブラージェ」(102)「マダム・メラニー・スーベル」(フランス、1905年)(103)「デュシス・ダングレーム」(フランス、1821年)このバラ、リュウちゃんの写真では白・ピンクの「源平咲き」のように見えますが、白いバラは別種のバラなのかな?(104)「カトリーヌ・ドゥ・ブラバン」(105)「ロサ・ガリカ・オフィキナリス」(中近東)(106)「紫玉(しぎょく)」(日本、19世紀後半)(107)「キング・ジョージIV」(1817年頃)「ジョージ4世」は19世紀前半のイギリス・ハノヴァー朝の国王です。(108)「マダム・ピエール・オジェ」(フランス、1878年)(109)「ルイーズ・オディール」(フランス、1851年)(110)「ゼフィリン・ドルーアン」(フランス、1868年)(111)「ケンティフォリア・ムスコーサ」(不詳、1696年以前)(112)「ムソー・デュ・ジャポン」(フランス、1900年以前)(113)「ヤマイバラ」日本固有のバラの原種です。(114)「アルフレッド・ドゥ・ダルマ」(フランス、1855年)(115)「ロサ・フェティタ・ペルシャ」(中近東、1837年)(116)「ラテンドロス」(詳細不明)(117)「サンショウバラ」日本固有のバラの原種です。フ~、やっと117種のバラを紹介すすることが出来ました、残るはあと63種、まだまだ前途遼遠ですが、あと2回くらいですべてのバラを紹介したいと思っているのです。以下<「枚方パーク・ローズガーデン」のバラ図鑑(5)>に続きます。
2026年09月21日
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2026年5月12日に一挙に撮影した「枚方パーク・ローズガーデン」のバラ第3弾、「枚方パーク・ローズガーデン」のバラ図鑑>の3回目のブログです。今回は、イギリスの著名なバラ育出家・デビッド・オースティンが育出したバラを中心に紹介致します。<デビッド・オースティン(1926年~2018年)>(65)「スイート・ドリーム」(イギリス、1988年)(66)「ヘリテージ」(イギリス、デビッド・オースティン、1984年)(67)「トラディスカント」(イギリス、デビッド・オースティン、1993年)(68)「セプタード・アイル」(イギリス、デビッド・オースティン、1996年)(69)「ザ・プリンス」(イギリス、デビッド・オースティン、1986年)英仏間で争われた百年戦争で勇名をはせた黒太子(Black Prince)エドワード(1330−76)にちなむ「黑バラ」です。(70)「グラハム・トーマス」(イギリス、デビッド・オースティン、1983年)(※)殿堂入りのバラです。(71)「パット・オースティン」(イギリス、デビッド・オースティン、1995年)(※)ブログ友の「バラ好きけい子」様から、以下のようなコメントを頂きました。<もしかしたら、(71)はピエール・ドゥ・ロンサールではないでしょうか。パット・オースチンは濃いオレンジ色なので。> 改めて「パット・オースティン」をネットで調べました所、以下のようなバラであることがわかりました。 謹んで訂正させて頂きます。(ネットからお借りした「パット・オースティン」)(72)「コテージ・ローズ」(イギリス、デビッド・オースティン、1991年)(73)「ラジオ・タイムス」(イギリス、デビッド・オースティン、1994年)(74)「バター・スコッチ」(アメリカ、1986年)もう「終わりかけ」でした(残念!)(75)「レッド・コート」(イギリス、デビッド・オースティン、1973年)(76)「スノー・ジュリエット」(イギリス、デビッド・オースティン、1989年)(77)「ゴールド・バニー」(フランス、メイアン、1977年)(78)「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」(イギリス、ハークネス、1984年)(79)「ヨハン・シュトラウス」(フランス、メイアン、1994年)ご存じ、ウィーンの「ワルツ王」です。(80)「つるゴールド・バニー」(フランス、メイアン、1986年)(81)「ベッラ・ディ・トーディ」(イタリア、1998年)(82)「アンドレ・グランディエ」(フランス、メイアン、2011年、「ベルサイユのばら」シリーズの一つ)(※)このバラ、ネット調べでは「黄色いバラ」でした。以下にネットからお借りした「アンドレ・グランディエ」の写真を1枚貼り付けます。やっぱり、リュウちゃんの「アンドレ・グランディエ」は、別のバラなのかな?(アンドレ・グランディエ)フ~、やっと82種のバラを紹介することが出来ました。残るはあと98種、前途遼遠ですね、(以下、<「枚方パーク・ローズガーデン」のバラ図鑑(4)>に続きます)
2026年09月12日
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