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先日、TSUKEMENのコンサートに行った 隣町に用事があって行ったとき駅の地下道にポスターが貼ってあって、何気なく見たら「TSUKEMEN」のポスターだった。昨年の11月からチケット販売開始で、コンサートは一週間後。もうチケットは売り切れているかもしれない。でも、メジャーなユニットではないから残っているかもしれないとチケット売り場に電話したら2枚だけあるとのこと。「一枚、取っておいてください。今から行きますから~」とお願いして市役所の窓口までいってチケットをゲット3500円。当日、風邪で体調がわるかったけど行った。TSUKEMENのコンサート。もう10数年も前、まだ簡単にブログなど作れなかった時代にクリスチャンのための掲示板があった。テモテさんという方が管理しておられた。そこにハンドルネーム「ねこ背のたぬき」さんという方がいた。彼女はさだまさしの大ファンでハンドルネームもさださんの歌からのものだった。ねこ背のたぬきさんとは気があって掲示板でいろんなお話しをした。高校野球も大好きで出身校が甲子園に出場したときなど大喜びしてた。藤沢周平さんの小説にも詳しかった。時が流れてミクシィなどネットの世界も変化があって、その掲示板に来る人もなくなってついに掲示板は飛んで消えてしまった。だけど「裏」と呼んでいた旧掲示板が残っていてねこ背さんと数人の人たちが集っていた。それから数年たって書き込みをするのはねこ背さんと2・3人だけになった。そのねこ背さんが体も心も不調になって書き込みがなくなっていった。ねこ背さん個人のサイトも一昨年に削除された。ねこ背さんが親しくしていた掲示板がもう一つあって、その掲示板にねこ背さんと親しかった方がねこ背さんのことを書いておられた。ねこ背さんは入院していて食べ物も受け付けない状態なので祈ってくださいと。昨年の11月末のことだった。あれからねこ背さんはどうしているのだろう。ときどき空をみては思い出す。ねこちゃんが言ってたね。さださんの息子が音大の仲間とグループを作って音楽活動してるって。息子がグループの名前を付けてほしいとさださんにお願いしたら「おまえたちはイケメンじゃないから、ツケメンでいいだろう」って。それでTSUKEMENになったんだって。コンサートでは三人の頭文字をとって付けたんだって言ってたよ。ねこちゃん、聴きに行きましたよ。音楽はさっぱり分かんないけど、一生懸命に演奏してた。一生懸命な姿っていいよね。きっとね、10年ぐらいしたら3500円なんかでチケットは売ってないかも、10000円ぐらいするかもしれないね。高校野球も始まったよ。
2016年03月29日
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数日まえに同じ団地のUさんが百合の花を持って来てくださった。Uさんはカトリックの信者さんで、ときどき道であったときにご挨拶するぐらいなので、ちょっと驚いた。足がお悪いのにわざわざ4階まで来て下さった。蕾だったのが開いてきた。カサブランカなので良い香りが玄関にしている。 。 便箋に詩が書いてあってマリアさまのようになりましょうねって部屋にあがってもらってお話したほうが良かったのかな?でも外はもう真っ暗で時間も遅かったし風邪で寝込んでいたし・・・・・。悪かったなぁ。こんどお茶にお誘いしよう。もう10日間も風邪が治らない。パートも休んで寝ていたのに。すっかり良くなったとは言えない。もしかして花粉症になったのかなと思うけど、絶対に花粉症はイヤだ。だからこれは風邪なんだ!!!と自分に言い聞かせている。辛いなぁ。
2016年03月23日
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昨夜のこと、なにか面白いテレビ番組はないかなぁとチャンネルを回していたら、あらま、遠藤周作さんが出ているではないですか放送大学特別講義アーカイブス1987年放送のをやってた遠藤周作さんはおしゃべりが上手かと思っていたんだけど、そんなに上手でもないんだね。下手でもないけど。「あなたはあなたを知っているか」って題でお話しされてた。自分の中には3つの自分がいるんだよって。1 世間に見せている自分2 世間は知らないが自分だけが知っている自分3 自分が気付かない自分障害のある方の手をさすっているあるシスターの行為を見て思ったことなどを。それから対談が好きでいろんな人と対談をしていて分かったことなど。対談をしていて相手の人がなるほどなるほどと聞いているような言葉を言っているがその人は手で耳を触ったり顔を触ったりしている。自分の話しに関心がないということが分かる。つまり「体の言葉」でその人の気持ちが分かるってことなど。おしゃべりな女性と対談をしていた時、その女性は私の話しを聞いているようで全く聞いてはいず、私が話し終わると、私の話しなどに関係なく私の話しをする前にしていた自分の話しの続きをおしゃべりし始める。私もおしゃべりだからその女性が話し終わると私も私の話しを始める。なんてことなど。それからヒマラヤ山脈のヒマラヤって、ヒマって雪のことでラヤって雪の下のことだって。雪の下のこと。人間の意識下のことね。3の自分が気付かない自分ってことかな。最近、遠藤周作さんがらみの記事が目についた。読書感想を毎日書いている「コハクイロノザレゴト」さんの記事に「作家という病」の読書感想文が載せてあって、そこに遠藤さんのことが書いてあった。このコハクいろのザレゴトさんは毎日、書いているんだけど、お仕事は勤務医なんだけど、どうしてこんなに毎日UPできるんだろうと不思議におもっている。ヒマなんだろうか。速読術を身につけているんだろうか?このブログの感想文をきっかけに読んだ本がある。「ふしぎなキリスト教」とか「はじめて読むキリスト教」とか。Mさんのお見舞いに行った。一時間ぐらいでおいとましようと思っていたのに2時間もいた。奥さまがお疲れになったと思う。いつも同じことをしてしまう。気をつけなきゃ。お祈りと「キリストにはかえられません」を賛美した。帰り道、これでいいのだろうかと思う。これでいいんだ。
2016年03月15日
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毎日新聞にのった気になる記事を切り抜いている。たくさん溜まってきたので捨てようと整理していたら2月の映画評論?の記事に目がいった。ポレポレ東中野で上映されている「大地を受け継ぐ」。あれ? この人は昨夜のテレビでやっていた人だ。そうだ昨夜のnewszeroに出ていた人だ。とてもとても心が動いた報道だったんだ。この国はバカだって涙を浮かべながら言ってた。東中野は遠いから見に行くことはできないから記事を残しておこう。2015年5月、16~23歳の若者たちが福島県須賀川市を訪れた。彼らの目的は、福島第一原発から約65キロ離れた地点で農業を営む樽川和也さんの話を聞くことだった。「お前に農業を勧めたのは間違いだったかもしれない」。11年3月の原発事故直後、農作物が出荷停止になった樽川さんの父親はこう言い残し、自ら命を絶っていた。異色の戦争ドラマ「戦争と一人の女」の井上淳一監督が手掛けたドキュメンタリー。東京からやつてきた若者たちを自宅に迎え入れた樽川さんが、自らの体験を話し続ける。映像作品としはて型破りなほど簡素な作りだが、内容はすざまじい。東京電力の賠償などを巡るさまざまな理不尽。とりわけ被ばくした野菜を作り、売らなくてはならない罪の意識や、父親を失った痛みを絞り出す言葉は衝撃的ですらある。カメラの前で口を開くことへの決意、そして先祖代々の農地を受け継ぐ覚悟がみなぎる一人の農民の顔から、目が離せない。1時間26分。もう一言・・・・全編ひたすら重い語りが積まれる。対話をしなければ私たちは何も分かりあえないという事実を、改めて気付かせてくれる。その通りだ。さくじつ報道された樽川さんの話はすざまじいものだった。
2016年03月09日
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タカシマさんが入院されたわたしは知人が入院してもお見舞いにはあんまり行ったことない。短いお手紙を入院している病院におくるぐらい。だからタカシマさんのお見舞いに行こうと思ってなかった。それにこの前お家の前でバッタリお会いした。病院は退屈なので外出許可をもらってお家に帰ってきました。もう今週末には退院できるかもしれませんって仰っていたし、お見舞いに行く気持ちはなかったのだだけど紫式部さんから電話があって「タカシマさんのお見舞いに行こうと思っていますが一人で行くのはナンなので凹凸さんをお誘いして行こうと思っているんですけど一緒に行きませんか」と。なので「いいですよー。いつ行きますか?」と私は言った。紫式部さんは「わたしは明日が都合がいいのですが凹凸さんはどうですか?」って仰るので私は「明日でいいですよー」と言った。ところでお見舞いは何を持って行きますかと聞かれたので、どうしましょうか?と言うことになった。紫式部さんが「お菓子もお花もナンですしね。現金が一番かと」と仰るのでわたしが「では5000円にしましょうか」と言ったら紫式部さんは「わたしはタカシマさんにお世話になっているから・・・・」と。「そっかー、お世話になっているのは私もそうなんだよね。じぁゃーどうしますかね・・・・・」とわたし。そしたら紫式部さんは「わたしはイチにします」と。「イチ?!」一万円のことなのね。ちょっと痛いな。でも、ここでイチは出せないなんて言えないよなだけどちょっと痛いなぁ・・・・。なので「5000円にしましょう!!」って言ったんだ。そしてタカシマさんのお見舞いに行った。おしゃべりして帰り際にお見舞いですって5000円入れたお見舞いの袋を出した。そして紫式部さんも袋を出したんだ。その時にね、紫式部さんがこう言ったんだ。「凹凸さんが少なくていいって言うのでほんとに少ないんですけどお見舞いです」って。言いますか??? そんなことを言いますか??「凹凸さんが少なくていいって言うので」って言葉がリフレインしているんだけどわたしってケチなのかな。世間知らずなのかな。帰宅してネットで友達のお見舞いの相場はどのくらいか調べたよ。5000円でも失礼ではないって分かったけど。紫式部さんへの気持ちがすぅぅぅぅぅぅぅぅぅって引いてしまったよ。
2016年03月08日
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先日、美容院に行った。先月までカットをしてもらう鏡の前にタブレットと雑誌が置いてあったのに今回は雑誌はなくタブレットだけが置いてある。そりゃないよ、タブレットなどはイヤだ雑誌がいいよ。だけど雑誌はないし、カットをしてもらうあいだどうしようかと思っていたらスタッフの人がタブレットのボタンを押して画面を開けてくれて「ここにいろいろ雑誌が入っていますのでどうぞ」って言うものだから、どうすればいいのですか?などと聞くのもイヤだし指で触れてみたら、あら簡単!!つぎつぎに雑誌が出てくる。「山と渓谷」を読んだ。そして「タブレット最高!!」と思ったのだ。文字が大きくなる!!! ラクに楽しく読めるカットするときは眼鏡を外さなければならない。なのでこれまで雑誌を読むとき老眼だから眉間にしわを寄せて目を細めて読んでいたのだ。ずっと雑誌や本は紙でしょ!!。暖かみあるし。タブレットなんて味気ないでしょ!!。と思っていた。うわーーーータブレットっていい!! そんな気持ちがスタッフの人に伝わったのか「眼鏡がないと雑誌を読みずらいという方が多いのですよ。これは字が大きくなって読みやすいでしょう」と。そうだねーーーお年寄りにいいね昨日の礼拝は若い伝道師が説教者として講壇に立った。この伝道師が数年前に講壇に立って説教をしたとき、わたしはビックリしたものだった。なんと講壇に聖書ではなくタブレットを持っていたのだ。いやいや、それはないでしょ。聖書は紙の聖書でしょ。タブレットなんてそれはないでしょと、とても批判的に思ったのだった。そして昨日はタブレットとそして聖書も説教台にあった。説教台に何があるかは問題ではない。ようは聖書から何を語るかなんだよね。いまの私が抱えている問題に神さまが語りかけてくださるような説教だった。昨年の11月3日に植えたアネモネの種。ようやくひとつだけ花をつけた。
2016年03月07日
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「深い河」を読みなおしたくなって本棚をみたらこの本がないしまっていたはずの本棚にない。もうひとつの本棚を見てみたけどない。 それから探し回った。狭いマンションだから本を置く場所なんてそんなにない。クローゼットと押し入れの天袋。ない。部屋中の大掃除みたいになってしまった。あきらめた。図書館か本屋さんに行けば手にはいる。そんなもんじゃないんだ。昔、手にしたあの本じゃないとだめなんだ。初版本で手に入れたあの本じゃないとだめなんだ。どこに行っちゃったのだろうかさっぱり思い出せない。へこむ。へこむ。だけど「深い河」はどんな内容の本だったかなぁ・・・・忘れているんだよね。探しながら思い出してみる。なんかミッションスクールの男ばかりの学校の寮に住んでいる青年の話しだったようだ。早朝、頭のいい同級生が神父の後をおってミサに行く。寝ている青年の耳にギィーと扉が開く音が聞こえるんだ。神父たちも一人一人さまざまな思いを抱えているようで。それから青年はある女性に会うんだけど。なんて名前だったかな。ようこ? 青年は戸田っていったかな。彼はそれからいろいろあって。てっか、そのいろいろが肝心なのだけど、さっぱり覚えてない。ガンジス川のほとりで死体を流す仕事をしていたようだ。彼はこの死体を流す場面で人を助けるためにだったか、死んじゃうんだよね。女性もいろいろあって(そのいろいろが本の核心でしょ!)ヨーロッパの帰りか何かでこの青年に会いにガンジス川まで来るんだ。そしてこの河に入って祈りをささげるんだ。そんな感じの内容だったと思う。何回か読んだのに覚えていない。いつもこんなもんなんだよなぁ。本を読んで感動しても中身は覚えていないんだ。読んだことは覚えているんだけど。今日の午前中は本を探すことで終わってしまった。図書館に行くかなぁ、本屋にいって買うかなぁ。どうしよう。まずはお昼ご飯を食べよう。
2016年03月03日
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2月末の土曜日に娘・息子夫婦と夫と6人で大山に登った寝不足気味で頂上まで行けるか心配だった。なのでケーブルカーで阿夫利神社下社まで行きあとは平坦な道で行ける見晴らし台までにしようと思っていた。けれど登山口まで来るとお天気もいいし俄然元気が出てきて頂上まで行くぞと気合いを入れた。みんなも頂上まで行きたいと思っているのが分かっていたし。けっこう険しい道がつづく。木の根っこが張り出して登りにくい。日陰は雪や霜がとけてぐちゃぐちゃで滑りやすい。転ばないように慎重に登った。 大山ケーブルカー帰りは見晴らし台経由で下山。こちらの道は整備されていて歩きやすく展望もいい。登りから下りまで若い夫婦と小さな男の子のファミリーが抜いたり抜かれたりして一緒だった。下り終わったときに男の子に「よく頑張ったね、何歳なの?」と聞いたら4歳だって!! ずっと歩いてた。抱っことか言わなかった。すごいね。きっといつも山登りをしているんだね。電車とバスで登山口まで行くからと言ったのに息子が迎えに来てくれた。大山とは逆方向になるのに。道中のコンビニでみんなのおにぎりを調達。お嫁さんも娘もいろいろおかずを作ってきてた。いいお嫁さんと娘だ(^-^)
2016年03月02日
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婦人会の役員会議をした。役員10人娘に「会議を効率よくやるにはどうすればいいか」と聞いた。下準備をしっかりすることと議題を視覚化することが大切。たとえば黒板があれば黒板に議題を書いていく。だけどこれって慣れないと難しいんだよね。だから議題を書いた用紙を配ればいい。これがないと話しが堂々巡りになったり何について話しているのかわからなくなってしまう。あとは議題の一つ一つに対してどれぐらいの時間配分をするか大まかに決めておく。でないと会議の時間がダラダラ延びる。最後は「決める」ことが仕事だよ。まぁ、任期が終わる頃に「今日の会議はまぁまぁ上手くいったな」と思うぐらいの気持ちでいればいいよ。まぁ、お母さんには無理だろうなぁと言われた。年間行事を決めることが大きな議題で礼拝受付当番や他の議題は簡単に決められると思っていた。それでも私の思うようには事は進まないだろうと覚悟していた。当日、話し合いの順番を決めたメモ用紙を皆さんに配ったのだけどあんまり見てくれてない。しかも役員をおりたいという方が出てきた。まったく予想もしていない展開になっていき、話はあっちへ行きこっちへ行き、何を話し合っているのか分からなくなり、チョット待って、今はこの議題を話しあっていてこれを決めてしまいましょうと言うのだけど、それでもあっちこっちへ話しは飛んでいき4時間近くも経ってようやく終わった。頭に血が上ってボォォォォとした感じになった。こんなに時間がかかるのをどうにかしなければと言ったら「何を言っているの! 前はもっと時間がかかったのよ」と言われた。イヤだイヤだ。時間をかければいいってもんではないでしょぅ。ナントカしましょうよ。その後みなさんはお茶してた。すごいパワーだ。だけどよい発見があった。書記をしてくださるkさん。あまり書いていない・・・ように見えた。前回、私は書記をした。みんなが話すことをノートに殴り書きみたいに書いていて結論をどこに書いたか探して後で清書してた。なのでkさんが書いてないのが気になって時々「kさん、書いてくださってますか?」と聞いていた。会議が終わってkさんにノートを見せてもらったらナントナント、しっかり決まったことだけが書いてある。それもキチンと分かりやすく!!清書などしなくていいように。私はなんと失礼なことを言ってたんだろう(ーー;)スゴイ!! スゴイ!! 頼りになる人、発見!!kさんは長年、お仕事をされた方である。それも責任ある仕事をされていたと聞いている。歴代の婦人会会長の苦労を知った。そして教会役員や牧師のご苦労も。気になることがある。恒例になっていた野外での伝道集会を止めたこと。毎月やっていた集会を減らしたこと。ほんとにこれで良かったのだろうか。心配になってきた。集会をしない月は若い世代に何かしてもらうことにして問題は解決する。伝道集会をやめたことについてはきっと総役員会で問題になるだろう・・・・・・・・。
2016年03月01日
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