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久しぶりに長野に戻ってきました。息子と二人で車で帰ってきたのですが、途中の下仁田辺りから雷雨がものすごかった。軽井沢近辺は霧まで加わって、前の車さえ見えないという心細さでした。どうにか家に着いて荷物を下ろしたとたん、またしてもバケツをひっくり返したような豪雨。でもそのおかげで今は寒いくらいに涼しいです。未だに母がいないという実感がありません。病院に行けば会えるような気がするし、実家に行けばそこにいるような気もします。まだまだ現実感のない日々です。今回のことではメッセージをいただいたり、お花をお贈りいただいたり、いろいろ支えていただいてありがとうございます。毎日が感謝です。まだまだ落ち着くまでには時間がかかりそうだけど、どうにか日々を過ごしていきます。見守っていてください。ありがとう。
July 27, 2008
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サラちゃん、ブラックタイガーさん、ひよちゃん、おとーちゃん、hiryuさん、暖かいコメントをありがとうございました。ひとつひとつにお返事をしなくてごめんなさい。支えられていると感じています。本当にありがとう、感謝です。母が亡くなったのは15日のことだったので、今日でもう5日もたってしまったのですが、まだまだその実感がありません。もともと一緒に住んでいるわけではないので、母の姿が家の中にないのは特別なことではないのです。でもこの季節、春から秋にかけては、母は静養を兼ねて私のところによく滞在していました。時には数日、時には数ヶ月。去年は4月から10月の下旬まで一緒にいました。今年も5月には母を連れてくる予定でしたが、庭で転んで左腕を骨折という思わぬアクシデントがあったり、体調が思わしくなかったりして、なかなか長野に来ることが叶いませんでした。6月始め、主治医の勧めもあって、入院先の都内の病院から長野へと移動しました。今思えば、主治医の先生も賭けだったんだと思います。母が長野に行きたいと望むなら、今が移動する最後のチャンスだろうと。それだけ母の体は限界に近かったんですね。でもやはり東京から長野への移動は母の体には大きな負担だったのでしょう。翌日に呼吸困難に陥り、救急車で搬送され、そのまま入院となりました。入院先は全国的にもその名が知られている佐久総合病院。母がこちらで過ごすときにはいつも外来でお世話になっていました。かかりつけだった都内の病院もとくに悪いとは思っていませんでしたが、入院してみると佐久病院のあり方とは差が歴然でした。患者本位の治療とケアには、さすが佐久病院だと感心することばかりでした。母の最後の入院生活が佐久病院だったこともきっと幸運なことだったと思っています。先生方、看護士さん、その他のスタッフの方々、みなさんがとても暖かく母を励ましてくれました。東京の病院では不安そうだった母の顔もこちらでは笑顔に変わり、食欲も出てきて、お粥がおいしいと一生懸命食べていました。母が意識不明となりICUに入った時は、私たち家族のことも気遣い、支えてくれました。ICUには17日間お世話になったのですが、母のために家族ができることを応援してくれました。看護士さんたちは意識のない母にいつもと変わりなく明るく話しかけ、丁寧に看護を続けてくれました。その間、24時間家族交代で付き添いをしていましたが、不安な毎日をどうにか乗り越えてこられたのも、佐久病院のスタッフのみなさんのおかげだと心から感謝しています。佐久病院で過ごした母との時間については書きたいことが山ほどあります。でも今はまだ時間も心の余裕もありません。あるいは書かないまま私一人で、あるいはその時間を共有した家族とだけ、あらためて思い返す方がいいのかもしれません。特に最後の17日間は、様々な想いと出来事が凝縮した一生忘れられないすばらしい時間でした。その時間があったからこそ、今こうして静かに母の死を受け止めていられるのかもしれません。そんな時を与えてくれた母にも心から感謝しています。長野では家族だけで小さなお葬式をしました。花が大好きだった母はたくさんの花に囲まれて天国へ旅立って行きました。来週は実家であらためて告別式です。まだまだ忙しくしています。母のいないさみしさが襲ってくるのはもう少し先のことになるのでしょうね。母が大好きでした。母と一緒に過ごすのが大好きでした。これからそんな時がなくなるのだと思うと、さみしくてさみしくてたまりません。それもいつかは時間が癒してくれるのでしょう。少しずつ少しずつ。
July 20, 2008
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長いこと日記をお休みしていました。入院していた母の看病をしていました。残念ながら母は去る7月15日の夜、天に旅立ちました。とても穏やかで安らかな最期でした。大好きな母がいなくなってしまったこと、今はまだ実感できないのだけれど、これから少しずつ寂しさが募ってくるのだろうな。でも大好きな母を最期まで看病できた私はとても幸せだったんだと思う。母に感謝。母と一緒に過ごせた時間に感謝。おかあさん、いままで本当にありがとう。病気との闘い、お疲れさまでした。これからは天国でゆっくり休んでね。
July 19, 2008
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