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草津はまだ寒かったです。とはいえ、とても天気には恵まれましたが、遠くに浅間山が見えるのですが、曇りガラスがかかったような、始めて見る浅間山に嫌な予感がしました。29日、草津のハンセン病療養所内のカトリック草津教会に、皆さまのご協力で展示ケースが届きました。早速ブログに写真を載せますが、これが大変な作業です。指示通りにやれば何の問題も無いのでしょうが、それが機械オンチには大変なんです。那須では若い命を失いました。その那須の山深い所にシトー会の那須トラピスト修道院があります。この観想会シスターが草津教会の展示ケースの為にご協力くださいました。そして病床の中から、そして既に召された方、沢山の方々の善意には感謝です。
2017年03月30日
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群馬県は草津にある国立ハンセン病療養所の中にある宗教施設のひとつにカトリック草津教会がある。広大な敷地の本当に隅っこ、太陽の陽が当らないような湿気のひどい立地条件の悪いところだが、天国に一番近い教会と言えます。あした29日に展示用ケースが入ります。口コミや演奏会とCD販売その他でカンパを募り、皆さまのご理解で購入が出来るようになりました。神に感謝。この展示用ケースには、この教会で亡くられた方の遺品資料を展示するものです。手の不自由な方が五線譜を一本一本ひいて音符を書き、歌詞のラテン語にルビを書き、それも特大の紙にです。信仰生活の遺品を展示するものです。そうして、この教会に聖体訪問をしてくだある方々に、ハンセン病を知る手助けになればと願っています。何不自由なく宗教の自由を謳歌する現代人に、ひとつの事を投げかけるやもしれませんし、それを期待しています。それは、世間から人間以下の棄民として強制隔離をした我々国民がいたこと。そして、信仰生活をしながらライ者は別と考え積極的に強制隔離をすすめていたこと。その教会が現存していると云うことです。それを皆さまには是非見ていただきたい。そんな思いです。これから草津に向かいます。金曜日には帰宅します。
2017年03月28日
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棺にお花を入れる時の事。最期に楽譜が入れられた。見るといま練習しているショパンの楽譜だった。ギリギリまで練習していたとのこと。楽譜に在る運指など僕の筆跡を見て涙があふれた。大切な人が一人逝ってしまった。
2017年03月27日
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お通夜の5分前に到着。もうすでに多くの参列者が席についていた。カトリックの葬儀とは違って明るくあでやかさをが印象的だった。お花で祭壇一面が飾られ、柩がどこにあるのか想像すらできないのは、悲しみの死を和らげる効果があるのだろうか。僕的には、教会の様に柩が全面的に見られる方が、個人的には好き。「あぁ、ここに眠っているんだなぁ」と自分の目で見られるから。ロビーには故人の写真が飾られていた。ピアノ演奏の姿、お弟子さんに囲まれた写真などが。こうして見ると、改めて故人の存在が大きかったのを初めて感じた。折り鶴の用意がされていた。涙ながらにおる姿があちらにもこちらにも。千羽鶴とはいかないまでも、皆さんの心は万羽鶴でしょう。“まさか先生が先に亡くなるとは”と言葉になるぬ言葉を発したのは、80何才かのお弟子さん。さすがに高齢でレッスンを辞めて久しいというお弟子さん。ほんとうにまさか。神様のなさること。告別式は9時から。最後のお別れです。ご苦労様ありがとう。この雨はこの世での別れの雨。送る人と先に逝く人の流す雨です。
2017年03月26日
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証人喚問のTV中継を見る為に、時間調整をして本気で見た。「やっぱり」とは言いたくないが「やっぱり」。政治の伏魔殿を作ったのは、やはり政治に無関心な日本人の責任と痛感。投票するのは国民の義務。じゃぁどこに票を入れるの?分からない。分からなきゃせっかくの日曜日は家族ドライブに。それとも縁故で組織で入れるとこうなる。じゃぁどうすればいいの?政治家や官僚を見ていると、もうウンザリ。どんどんと悪くなる。テレビ解説者は、立派な肩書の方々がもっともらしい言葉の羅列。その解説程度なら、ごく普通の人間でも分かるような話だ。オウム事件で、北朝鮮で、韓国問題で、画面に出る人がいつの間にか△△大学教授だったり政治家になっている。報道とは何なんだろうか。
2017年03月25日
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ここ数カ月お休みしているお弟子さんが亡くなられたと、孫弟子さんから聞いた。お弟子さんは体調が悪くレッスンを辞めたとは聞いていたが、かなり悪かったのでしょう。このお弟子さんは僕の元に30数年月一で通ってきました。実は僕より年齢は6才年上の婦人でした。僕がドイツから帰国して間もなくの最初のお弟子さんお一人でした。老人ホームや障害施設の訪問演奏をお弟子さんを連れて積極的にボランティアをしておられた。いつも僕の後ろを歩く人でした。とても耳のいい感性の鋭いピアニストでした。土日に通夜と葬儀。最後のお別れです。最後のお別れは、大勢のお弟子さんに囲まれることでしょう。ご冥福を祈りつつ(連絡は携帯に)
2017年03月24日
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イチゴ狩りに行ってきました。同じ場所に今年二回目。二千円で高齢者割引百円也。ハウスの中は穏やか。十人で行きました。前回と違うのは、コートとバックなどをロッカーに入れると云うこと。なぜ?聞いてみたがアヤフヤ。どうもイチゴの持ち帰りをする人がいるとか。それとバックからお財布を失敬する輩がいるからだろうか。なんとなく、感じが悪い、そんな予感がした。予感が的中。イチゴ狩りに来て、白いイチゴばかり。赤いイチゴを探すイチゴ狩りだった。お金を返してもらいたかった。それが本音。白いイチゴの中にポツン、ポツンと赤いイチゴは目立つ光景は異様だった。それにしても、よくもまぁー、これでイチゴ狩りと平気で商いする神経が分からない。
2017年03月22日
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【四旬節の祈】 主よ、願わくは我等の心に聖寵を充たし、我等に己が罪を裁き、祈りと善行とを以ってこれを償うを得しめ給え。其は来世において永遠に罰せらるるよりも、この世に於いてこれを償うを優れりとすればなり。我等の主キリストによりて願い奉る。アーメン。―――♰―――【イエズスの御受難を崇むる祈】主イエズス・キリスト、主は世を贖わんがためにこの世に生まれ、ユデア人に棄てられ、裏切者なるユダのために口づけをもって敵に売られ、縄目を受けて罪なき小羊の如く屠所に引かれ、アンナ、カイファ、ピラト、ヘロデの前に侮りあざけられ、偽証人の陥るる所となり、鞭打たれ、辱しめられ、唾きせられ、頬を打たれ、茨の冠をかむらせられ、葦にて叩かれ、衣をはがれ、十字架に釘付けにせられ、酢と苦き物とを舐めさせられ、槍にて貫かるるをも甘んじ受け給えり。 ▴主、願わくは、我等の身に余りてかたじけなきこの尊き御苦難と、聖なる十字架と、御死去とによりて、我等に地獄の苦しみを免れしめ給え。また主と共に磔にせられて、悔い改める、盗賊を導き給いし処へ、我等をも導き給え。聖父と聖霊と共にとこしえに生き、かつ知ろ示めし給う主なるかな。アーメン。―――♰―――【十字架上のイエズスに向う祈】仁慈にしていとも甘美なるイエズス、 ▴われ御前に跪き平伏し奉る。預言者ダヴィドが主につきて『彼等は我が手わが足を貫き、我が骨を尽く数えたり』と言いし御有様を、今目前に見奉りつつ、心の大いなる愛情と苦痛とを以て、主の5つの御傷をひたすら眺め、かつ心にて思いめぐらし奉る。信望愛の烈しき感情と、我が罪の誠の痛悔と、これを改むる最も固き決心とを、我が心にしみ徹らせ給わんことをひとえに願い奉る。
2017年03月20日
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僕が中学一年の頃に学んだ「公教要理と祈祷文の妙略」(昭和29年再版)を懐かしく思い出すように覗いてみた。今のと見比べると、ずいぶん変わったように思える。現行は懇切丁寧で分かり易い。ゆるくなったものだ、とも言える。ゆるくして誰もが入門できる工夫がされているのだろうか。教えそのもの、覚える祈りも少なく、やはり、ゆるくなったようだ。良いことなのかは、僕には分からない。
2017年03月19日
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「基督者宝鑑」のことをブログで書いたのを心に留めて下さり、先日ある司祭から「聖イグナチオの心霊修行」浦川和三郎著全三巻をいただいた。この心霊修行が求めたく検索したことがあるが。あっても高価であきらめていた矢先だった。ありがたいことです。しばらく読む時間がないが、読める時間が与えられるのを願ってます。一巻は昭和23年、二巻は26年、三巻は28年。一巻と二巻はルビなしなので僕には難解。三巻にはルビありです。
2017年03月17日
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信者さん宅を訪ねた時の話。病気が重い。身体に不自由があるので電話はスピーカーフォンにしてある。だから受話器の向こうが良く聞こえる。 心配で電話してきたのは分かる。僕がお邪魔していた一時間半の間に2回も電話が鳴った。そのつど同じことを話している。重い病気となると当然のごとく深刻な問題だ。これが繰り返される。毎日だという。病人にとっては辛い時間。 遠くからお祈りしてくれるだけで充分なのに。僕も同じことをしているような気がした。僕にも、この状況下にある友人知人が何人もいる。親族ならともかく、友人知人なら電話や訪問は遠慮すべきでしょうか。難しい問題です。
2017年03月16日
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我が家の猫のひたいほどのスペースに小鳥の餌場がある。三月三日の節分が終わってのスーパーで、安売りの「福は内鬼は外」の豆を大量に買った。ハトの為である。車窓ならぬ窓からこっそり眺めてみた。幾つ食べるだろうか、と。37粒も食べた。おいおい食べ過ぎじゃないの!寝床に持ち帰るのだろうか。ハトの食事の間は、エサにありつけないスズメがピーチクパーチクわめいている。怨めしそうな目をして?
2017年03月15日
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今月の草津カトリック教会は沢山の人が集まり四旬節ミサに与った。沢山の人とは二十人前後。クリスマスでも復活祭でもないのに?10年前、僕が草津を訪れるようになった頃は、僕とワイフ以外には一人か二人だった。それに雪の降る時期は雪の為を理由に閉鎖だった。草津教会の始まりは、三人の信者さんがいることが分かったのが教会の始まり。その三人の最後のお一人が昨年帰天され、いまはご夫妻の二人だけになってしまった。教会の閉鎖は、もう目の前にせまっている。そんなこともあるのだろうか。多くの信者さんが食卓を共にしている。その理由はどこにあるのだろうか?司祭とシスターを合わせると想像もできなかった大所帯なのに、ともに神を讃美する歌声はまるでお葬式。歌声が聞こえないというか、歌ったことのない讃美歌を歌うかのようである。“どうしてなのかな~~?”とは、入所者のご夫妻がまじめ顔で僕に聞いた。
2017年03月13日
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東日本大震災から六年。僕らの六年はあっという間でしたが、被災者の六年は長くこれからも続くのですから。あっという間に一瞬にして身内を失ったこと、想像すらできません。辛いね~ただただご冥福をお祈りするしかありませんロザリオを献げます
2017年03月11日
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10日の夜明け前に帰宅の予定を変更して早めに帰りました。スノータイヤは燃費が悪いですね。軽の利点は燃費と高速料金。我が家から草津の療養所まで165キロ。何度か買い物に行って帰宅まで満タンの30リットルでぎりぎり。高速を走るのでリッター18キロなのに、スノータイヤだと14キロ走るかどうか。草津はまだまだ寒いです。夜になると-5度。一部の道はスノータイヤでないと危ない。スノータイヤは4シーズンらしいが、僕のように雪の無い道路を通常走っていると3シーズン。今年の12月には新しいタイヤにしないと。療養所は高齢化が目立つ。色々なことが目につく。 8日の御ミサは四旬節第二主日。壮健信者さんが20人はいただろうか。それに司祭の移動で最後のミサ。大勢集まって喜びの教会だが、先の事は神様にお任せして、月に一度の御ミサを喜びの中に迎えたいものです。
2017年03月09日
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明日から10日帰宅で、草津訪問です。8日のミサは、12日の四旬節第二主日を先にします。(もしかすると、1日の灰の水曜日かも)いま「基督信者宝鑑」と僕が中学生の頃の「祈祷集」「公教要理と祈祷文」の入力をしているので、中断して気力を亡くするのが怖いところです。基督信者宝鑑は昭和16年6版で丁寧に扱わないとすぐに破れると言うか紙が崩れる。読めない字も多いし、そうなると時計見ルーペを左目にはさんで見ている。この作業が目には一番よくないが仕方がない。一字一字の入力は般若心経の写経に似ている。読むのとは違って体にしみとおるような気がする。今の僕には大切なことです。
2017年03月05日
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前回の続き。群馬県は草津のハンセン病国立療養所栗生楽泉園の中にある草津カトリック教会でのこと。御ミサが終わり、入所信者夫妻さんが壮健信者さん(壮健・ソウケンさんとは外部の意)に“今日はありがとうございます”と必ず挨拶をする。壮健信者さんは、お互いの社交辞令での挨拶くらいにしか、誰もが感じていない。わざわざ遠くから来たのだから“ありがとう”の一言があっても当たり前と、聞き流す御仁が居ても不思議はないし、みんなそう思っている程度であるのも事実。ある時の話し。“みなさん遠くから、近い人で(車で)一時間半かかる。如安さんは三時間。時には神奈川栃木茨木からも。私らは御ミサのあとに「ありがとうございます」と言うけど、どんな思いで聞いてくれてるのかな?”「我身もまた時としては罪悪に汚れて、癩病者の如く、見るに見られぬ姿に成り果てることが無きにしも限らぬ。」(「基督信者宝鑑」よりp.162)カトリック信者にしてライ者にこう思い、ある時は「無ライ県運動」とかで、皇国から不浄人間を抹殺しようと、県民あげて病者を探し出し強制隔離した歴史が我が国にはあるし、キリスト者も同じだった。だから、イエズス様がライ病人と共に食事をし交わり愛したキリストの教えに立ち帰り償いをもって草津教会に来てくださり“ありがとうございました”なんだと。一人でも、そう感じる信者さんが増えることを願ってます。
2017年03月04日
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初版本が再版されると、誤字脱字の訂正だけなのだろうか、それとも大きな直しがあるのだろうか。そんなことを、ふと思った。それにしても、こんな箇所に目を留めた。 『基督信者の宝鑑』は、明治44年初版で、僕の所蔵するのは昭和16年6版。こんな文章が見られる。「我身もまた時としては罪悪に汚れて、癩病者の如く、見るに見られぬ姿に成り果てることが無きにしも限らぬ」とある。初版の明治44年から人心はそう感じていたのか。それとも昭和16年6版で書き加えられた人心なのだろうか。それもキリスト信者にどちらにしても辛い気持ちが湧き出でます。
2017年03月03日
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