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あした9月1日から三泊四日でシトー会の那須トラピスト修道院です。そろそろ対戦モードのような緊張感が湧き出てきました。小さなプログラム。いちおう録音機持参。楽譜のチェックなどなど。昨年の8月に訪問した時は、日本タンポポが群生していて驚きました。寒さのせいか西洋タンポポはまだ北上していないのだと言うことでしょうか。「ミサ願い」をお願いしようと準備中。7月9日に帰天した草津のハンセン病療養所のパウロ米塚尚司さん。それに心配ばかりかけて亡くなった我が両親もお願いしようと思ってます。米塚さん、我が両親も遠いところに居ますが、天国と那須トラピストとの距離は近いですもの。僕の作った曲がトラピストの祭壇から音となって神様を讃美できる。そう想像するだけでも鳥肌が立ちますし、怖さを感じます。名誉なことです。
2017年08月31日
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自分の指が180度に曲がって動かないのに、同病者の手をさする姿は言葉にならない。三人は80前後の婦人である。目が見えなかったり、口が曲がって言葉に不自由だったり、ありとあらゆる障害を持ちながら生き抜いてきた婦人たちである。復活を信じる婦人たちである。一人の婦人は、若いころ病気軽症で園外に出て社会の中でひっそりじっと意識して溶け込んでいた。園を出あられない人達の園を出た退所者に対する羨望妬み嫉妬。希望に燃えて退所したものの家には帰れず、病気の再発におびえ、病気の後遺症をひた隠しに隠し続け、友人恋人ができても病気のことを話せずの苦しみは、園を出なければと心が向かう。病気のことは誰にも知らせず、同病のご主人と二人して目立たずひっそりと生活する。人の何倍も働き続け、幸いに二人の子を授かり孫もいる。ご主人の死に際し、娘婿は何も言わずに離婚を求めた。原因はこれしか考えられない。そして子を連れて戻ってきた。娘は何も言わぬが病気を憎み恨んでいるだろうと。家を娘に残し身一つで、全ての痕跡人生跡を焼却して療養所に再入所した。これからは祈りの生活をしたいと。聞くにつけ本当につらくなる。日本って、なんという国なんだろうか。
2017年08月31日
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東村山市の全生園から草津の療養所まで4時間の予定が5時間かかった。僕は朝7時に迎えに行ったので七時間の強行軍だった。着いて楽泉園内を車の中からひと通り案内する。昭和21年の父親が亡くなった時の状況、焼き場跡、納骨堂などを見る。そして聖体訪問をし教会内を説明する。これで戦中戦後の療養所が想像できるというもの。説明はいらない。父の亡くなった楽泉園を初めて訪問出来て安堵でしょう。草津湯畑から直接ひいてる温泉につかり、夜は二人の元病者婦人と三人で語り合う。物はとらえよう、どうにでも解釈できるので、ここでは書かないことにする。それにしても、何の罪もない人間がこうまでして苦しまなければならないのか、どうしてなのだろうか。子に孫にとひた隠しの辛さは僕には理解できない。療養所に住んでいる婦人らを訪問。東京の全生園と草津の楽泉園とはあまりにも遠いことを実感。急な訪問に驚きと感謝あるのみ。これが最後と。今朝、ある婦人を訪問。ライに罹り信仰を同じくする三人を見ていると、壮健さんとの会話と全く違うのには驚く。すべての垣根を取っ払って短い時間を惜しんで本心で話し合っていた。その場の空気を感じて、肺の吸入薬を吸いにと外に出て時計を見た。三十分ほど三人だけにさせた。僕が合流すると空気が変わり、話題もトーンもがぜん変わった。そうだ、僕は壮健様でした。一泊の旅はあっという間。帰路の前に今一度、納骨堂、教会の沈黙、重監房跡地、焼き場跡地などを回る。温泉饅頭や野菜を買って帰路につく。帰りは七時間かかった。療養所に着くなり急に豪雨。ご苦労様と神様が言っているかのようなタイミングでした。僕はこれから二時間かかってやっと帰宅。9月1日のトラピスト訪問の準備がこれからだから三時間ほど仮寝して、ブログを書き終えて、これから準備にかかります。実り多い草津訪問でした神に感謝
2017年08月30日
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8月29日「洗礼者聖ヨハネの殉教」(記念日)「全てを導かれる神よ、洗礼者聖ヨハネは、その誕生においても死においても、御子キリストの先駆けとなって走る道を備えました。真理と正義の為に命を献げた聖人に倣い、私達も、力を尽くして福音の証となることが出来ますように。」 明日は、聖グレゴリオ一世教皇教会博士の記念日です。 イエズスのほんの少し前に生まれ、道を整備された聖ヨハネのことは毎日の祈りの中で誰もが思い起こすお方ですね。きょう準備もそこそこに一泊旅行に出かけます。七時には出ないと約束の9時に全生園に着かないので。通勤ラッシュになるのかなぁ?父親の亡くなった場所を一度でいいから見たかったという願いが今日これから実現するのかもしれません。たった一つの運転手のアクションだけでその願いが叶うのですから。約四時間のドライブは高齢者にとって十字架の道のり。十字架を背負ってのことでしょう。途中、渋川インターを降りて渋川教会があるので御聖体訪問、シスターたちがお迎えしてくれるでしょう。それから一時間半で草津に到着するが、この距離がイロハ坂になるので酔うかもしれない。草津に行ったら、自然が豊かで温泉があり、朝から夕方まで鳴りやまない盲導鈴が園中響いている。それに教会と納骨堂が待っている。それくらいかな、心を癒してくれるのは。あとは悲惨な話ばかりでお気の毒だけど。戦中戦後、昭和21年を知る入所者さんはもういないが、当時のことを少しは話せるので園内をガイドしながら説明できると思う。楽しみは、三人してのエマオかな。お二人とも入所年代は違うけど神山におられたので、話題に事欠かない。一泊だから最低限の身のまわりだけ。実りある旅行となりますように。(人に褒められたき望より、主よ我を救い給え)
2017年08月29日
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8月28日は「聖アウグスチヌス司教教会博士」の記念日全能永遠の神よ、聖アウグスチヌスの精神を現代の教会に蘇らせて下さい。英知の泉、愛の源を求める私達が、あなたのうちに憩いを見出すことが来ますように。 あと数日で8月も終わります。8月も、です。このまま急いで12月の除夜の鐘を聞くことになるのでしょうか。人の一生とは、気が付いた時には生まれていて、両親を紹介されて、気が付いた時には死の床にあって、何もせず風の如く消え去ってゆく。人の一生とは、神様のご計画なのだから、なすべく事があるのだが探し求める旅路なのでしょうか。“我等逐謫の身なるエワの子なれば御身に向かいて呼ばわり、この涙の谷に泣き叫びてひたすら仰ぎ望み奉る”と毎夜サレヴェレジナが唱えられる。人生の数だけ。 9月1日の那須トラピスト演奏訪問に向けての準備の前に、明日からの一泊二日の草津療養所の訪問の準備が結構大変。昭和二十一年と言えば敗戦直後の国民が平等に貧苦をなめていた時代。ハンセン病療養所はそれに輪をかけて苦しめられていたと言う。生きる価値のない癩病者と言われていたのだから、生きたければ自分らで何とでもしろ、と言わんばかりの時代だった。療養所によっては火葬に使う燃やす木も棺桶を作る板も不足していたという。時には、遺骨も放り投げられたとも聞く。そんな21年に父を草津で亡くした。亡くなった療養所を一目見たいとのこと。我もまた父と同じ病に罹った。“これはみな神様の計らいです”と彼女は言う。どこからそんな言葉が出るのだろうか。草津の療養所には十数年間月に一度の訪問をしているので、少しは案内できると思う。80に近いお二人だから、片道4時間のドライブは十字架の道行きの苦難でしょう。草津巡礼でしょう。「ロザリオの祈り」と「十字架の道行き」を唱えながらのドライブとなりそうです。
2017年08月28日
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8月27日年間第21主日今日の御ミサは午後から与ります。午前中は残務とトラピストの準備。 那須の障碍者施設に訪問演奏に行きます。みんなで歌う曲を聞きますと、どこもリクエストは同じですね。つまりは何と言おうと「名曲」なんですね、きっと。障碍者と老人ホームでも同じですから。少ない経験から言うと偏りになりますが、養護施設は少し違うように感じます。なぜだと思いますか?トラピストでの演奏は、僕が書いた「Omaggio a Nasu Trappist Abbey」から二曲をシスターに初お披露目です。難しすぎて時間をかけないと音にはできないそうです。僕的には何ら問題ないのですが、難しいと言われます。そんなことないのですがネェー。その理由は分かりますが、長くなるのでカット。 トラピストのポジティブオルガンを使います。宗教音楽はやはり小さくてもオルガンでないと。いくら生のピアノであってもピアノの打鍵音は宗教音楽にふさわしくない、おまけに電子ピアノとなるともっと良くない。このことを皆さんが良く理解しないと音楽をよく理解したとは言えないと思いますね。いつでもどこでも同じことを説明しても理解されないのが残念です。特に音大ではたちが悪い。教会で神を賛美するには、人のもっともへりくだった態度というものがあるように思いますね。音楽の在り方に無神経であってはならないと個人的に思います。カトリックの音楽はそれがなくなった。万人向けであって神様に向いていない。ただただ優しい歌詞と旋律で老若男女に親しめればと。良くない傾向と僕は思っています。
2017年08月27日
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今日は、パウロ米塚尚司さんが召されて仏式で言う49日目。この夏の恒例はあと二回で終わり。今まで一番長い夏でした。29日から全生園の入所者さんを草津の療養所にお連れします。父親が草津療養所で昭和21年に亡くなったとのこと。自分がまだ元気なうちに親が亡くなった療養所を訪れたいと。そして自分も同じ病気に罹ったんですね。お気の毒です。彼女は同病者と社会に出て結婚し子供も孫もいる。子供には、夫婦してハンセン病であることを打ち上げたという。うすうすは感じていたらしいが真実を知ると、配偶者その子供には知らせないという。自分らの死は後で知らせるとのこと。気の毒な話ですね。世間に知られると居られなくなるか。これが実態ですね。いまは多くの人にハンセン病が理解?されるようになり、もうすでに解決済みの病気のように思えるが、真相はなんら変わっちゃいないと言うことです。彼女らの話を聞くにつれ、療養所に収容された生活が本当に残酷な話で、つい最近まで続いていたと言うこと。今では多くの人が療養所を訪れ親しく会話すると耳にする。訪問者用の宿泊施設にときたま訪問者が来る。その多くは、ここに何の目的で来たのだろうかと疑問を感じる人が大半である。ある近隣県庁の職員らがお大名旅行をするのには強い不快感を怒り心頭である。入所者も悪い。お偉いさんが来たのだからと、感謝?の接待のつもりか?瓶ビールやお寿司がふるまわれるのを見ることがある。そして、それが当然のごとく態度の県職員を見る。なんなんだろうね?みんな寄ってたかって食い物にしている。僕の偏った目と心にはそう映る。
2017年08月26日
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8月25日(金)聖ヨセフ・カラサンサ司祭(任意)結びの祈願「慈しみ深い神よ、真理を知り、あなたを愛する霊を私達に注いでください。あなたの霊に導かれて生きた聖ヨセフ・カラサンサ司祭を模範と仰ぐ私達が、絶えずあなたに仕えて生きることが出来ますように。」聖カラサンサ司祭はガリレオガリレイの友人。1500年代の聖人です。日本にも修道会がありますね。 昨日ご一緒お初の皆様に少しでも理解できる説明だったら良いのですが。今後の参考になれば幸せです。音楽を趣味でやっているロートル年代の男性が今朝入院。サークル的な音楽を通しての集まりは、お互いに優しいですね。これが合唱団なんて大勢の集まりとは違うところです。こんな音楽サークルが増えるといいですね。せいぜい67人が手頃かも。きょうも一人「病者の回復を求むる祈」が増えることは辛いものがあります。ガリレオの時代の音楽は、僕の若いころに真剣にやっただけに、この聖人がなんだか身近に感じます。すこし調べて知りたいと思っています。
2017年08月25日
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8月24日は「聖バルトロマイ使徒」の祝日。結びの祈願救いの源である神よ、使徒バルトロマイは全てを捨てて御子キリストに従いました。この殉教者の信仰を私達の中にも強めてください。あなたの教会が使徒の助けを受けて、全ての人の救いの秘跡となることが出来ますように。私たちの主イエズス・キリストによって。アーメン。 久しぶりに雨戸を開けてみました。空気の入れ替えをしないとパイプの匂い(臭い)とヤニが蔓延してるので。部屋にあるもの全てがパイプのヤニだらけです。仕事柄、真っ暗に明かりをつけて何やら特殊な雰囲気は僕だけの世界でかれこれ30数年になるでしょうか。僕にはこの方法が音を生み出しやすと言うことでしょうか。 昨夜、ワイフのレッスン生の男性がガンで闘病中と聞いた。きょうから「病人の快復を求むる祈」の祈りにお一人が増えました。僕の年代になるとどこかは故障する。機会だと油をさしパーツを交換すればよいが生身の体だとそうはいかない。何もしてあげられないから、せめて一瞬でも心を向けることだけですが。そうそう、こういうのを「人に褒められたき望みより、主よ我を救い給え」という祈りがあるんですよね。僕のような人間の為に。
2017年08月24日
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8月23日聖ローザ(マリ)乙女(任意)結びの祈願全ての聖性の源である父よ、人はあなたを離れて生きることはできません。聖ローザ(マリ)おとめの取り次ぎを願う私達に、あなたの子として生きる恵みをお与えください。 昨夜はあれもこれも雑事に追われ、目と頭の疲れで早く寝ました。おかげさまで4時に起床。本来ならば寝る時間です。真っ暗な中で日の出前の「夜課」と「読書」を続けました。ちょうどトラピスト修道院でのおつとめと相俟って喜びを感じる瞬間でもあります。全世界の観想会で同じように空間を共有していると考えると、神様のおわすことを実体験できますね。 米塚尚司さんが召されて46日目。これから本格的に戦後のハンセン病療養所と療養所内の信仰生活を聞こうという矢先の帰天でしたので、これをどう解釈すべきか悩むところであります。ほんの一部ですが、聞くに堪えない、鳥肌の立つ療養所内の現実を聞いていますと、信仰生活の在り方が、我々の生き方を示しているように思えます。それだけに残念の言葉ではすみません。ハンセン病元患者さんは黙して語らず。これからも沈黙のまま煙となることでしょう。語れる人がいるはずですが、残念ながら僕の知るところではないのです。
2017年08月23日
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目が覚めると、さぁ、今日は何の日?と「教会歴と聖書朗読」を見る。今日8月22日は「天の元后聖マリア」(記)祈願「天地を治められる神よ、あなたは聖母マリアを、天の元后、私たちの母としてくださいました。聖母の取り次ぎに支えられて、天の国の栄光に共に与る事が出来ますように。」そして米塚尚司さんが召されて45日目になります。ノヴェナを初めて5回目、あと1回9日間を続けましょう。 グズグズ天気の蒸し暑さ。地球は悲鳴を上げているのでしょう。昨日の残り仕事をこの暑さの中でどう料理しようかと思案中。考えるより優先順位を一つ一つやるしかないと言う当たり前のことをするだけです。この当たり前のことが僕にはできない。なぜなら、やっている最中に曲が浮かぶと全てが中断、また後手後手になるわけです。社会人失格です。
2017年08月22日
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記念日「聖ピオ十世教皇」信じる者の力である神よ、真の信仰を擁護し、全てをキリストの中に一つに集める為に、あなたは聖ピオ十世に、信仰の英知と、使徒としての勇気を豊かにお与えになりました。私達が聖人の教えと模範に従い、永遠の報いを受ける事が出来ますように。 うれしい話しのおすそ分け昨日、午後の教会への準備中にピンポーン。日曜日なのに現金書留がとどく。トラピストのシスターからでした。草津カトリック教会に献金をと大きなお金をいただいた。感謝です。来月1~4日は那須トラピスト修道院を訪問します。歌、フルート、ピアノ、チェロの四本です。トラピストの聖務日課の時課を黙想しての曲を書いたので、その中から二三曲を聞いていただこうと企画しています。観想会での演奏は、本当にありがたいことです。
2017年08月21日
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良いと自分で思えば、今流に右へ倣えをする必要はないと思う。古い時代の祈りでも自分にあった祈りが見つかり、それを唱えることにしている。なにも人様に見せるための祈りではないのだから。ただ皆と唱和できないのが残念ですが。なんと病者の多いことか。こうして病者の友人知人の「病人の快復を求むる祈」を毎朝続けていると、フッと感じることがある。あ!誰かどなたかが僕の為に祈ってくれていると。(考えすぎかもしれませんが)
2017年08月20日
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7月9日に亡くなったパウロ米塚尚司さんは、療養所内の納骨堂に沢山の信者さんと共に眠っている。お線香なんぞ異教行為とは言わずに、僕は何らこだわりもなくお線香とローソクとタバコを手向ける。献香だってお線香と同じだし。頭を抱える時がある。それは、僕が音頭を取る羽目になった時である。僕が唱える「墓前の祈り」と、いま風とは違うこと(今も墓前の祈りがあるのかな?)。今の人は形式にこだわらないからか、僕の知る墓前の祈りを知らない。彼等を無視して独演会でお経でも唱える坊さんのように淡々と唱える時もあるし、雰囲気ではどうぞお任せしますと言うこともある。墓前で、墓前の祈り、デプロフンディス、全ての死者の為の祈り、煉獄の霊魂の為の祈りなどが続きます。 それにしても、家を追い立てられ、生涯塀の中で生活し、骨となっても家に帰れない人の哀しみは聞いて理解するだけで想像も痛みも分からない。ある元患者さんの連れ添いが亡くなり、その兄弟一人にだけ亡くなった旨を知らせたいと、ハガキを書いてくれるように頼まれたことが何度もある。この時、本当に辛いものがあります。死してなお戻れぬ身を。ハンセン病は治る病気であることを知っていながら。日本の国も日本人も罪ですよね。知らぬこととは言え。
2017年08月19日
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何年も前に書いた曲を偶然にも弾いてもらうチャンスが訪れた。楽譜を見て驚いた。完成していない。そうなんだ、ほぼ書いただけで終わりにしている。どうせ演奏されないのだから90%程度を書いて終りにしている。他を見ると同じようだった。演奏されるのを前提に書いているわけではないのだから細かな表示が抜けている。どうせ僕がいなくなれば焼却されるのだから、このままにしておきます。僕の作曲のスタンスは、神様を賛美する行為。人様に聞いて頂くを目的にはしていないから。人に言わせると、いわば道楽趣味で書いていると言われてもそれで良いのだから。頭で構成し、頭で出来上がり、これで完成。その後に書いて残すのは僕個人のコダワリで僕がこの世からオサラバすると燃えてなくなるだけですから。
2017年08月18日
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きのう草津から帰りました。帰省ラッシュは終わったと早合点。草津温泉からのノロノロ運転が渋川インターまで続き、さらに関越道の上り車線もノロノロ。これで高速料金を取られては大損。六時間かかりました。草津の療養所は何となくせせこましい感じ。8月は幾つかの恒例団体の宿泊があるので。ハンセン病を知る為なのかどうなのか?考え物です。
2017年08月18日
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きょうは朝から雨。空がギンギン体温より暑いと思ったら今度はジメジメ。これでは体がもちません。住みにくい地球になりましたね。 午前中に仕事を終えて二時ごろ草津に行きます。先週の金曜日に帰って来たばかりなのですが、これも神様がそうしなさいと言っているのでしょう。きょう14日は、アウシュビッツで殉教されたコルベ神父様の日。あさって15日は、聖母マリアの被昇天。16日は、草津教会の聖母の被昇天。その他やることが沢山あってゴテゴテ的な毎日ですが、なんとかこなしてます。楽譜は草津から郵送しますのでもう少し待ってください。忘れずに書いていますから。 きのうは老人ホームでボランティアでした。お盆で演奏参加者が少なかったのでピアノに駆り出され、弾かないといけない雰囲気にのまれてシブシブ電子ピアノの伴奏をつとめました。音大を出て音楽の才能に恵まれた超多くの人たちに演奏の場があると、必要としていると強く感じました。ああして大きな声を出して歌う姿には年輪があるのですね。人生の先輩らにほんの少しの時間を共有する瞬間を皆さんにも味わってもらいたいです。音大を出たみなさん!お近くに老人ホームなどがありますよ。音楽訪問をしてみてください。
2017年08月14日
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草津を訪問すると、持ち込む仕事は限られている。ほとんどが教会音楽の練習と作曲、それにシャバでは非現実的とついつい怠けてしまう聖務日課があります。日が昇るころ、教会に行こうと出てみたが物陰を見つけてやめた。イノシシだとやばいから。いそぎ宿泊所にもどり「読書」と「朝課」のお務めをした。しかし考えるまでもなく、イエズスのおられた時からこうして祈られていたのだと実感する。僕のように信仰とは無縁のステイタス信者の祈りは、その意味も知ろうとはせずにただただお経を唱える如くで、これが少しでも経文の内容を知ろうとすると人間変わるのでしょうね。そう、この歳になってやっと目覚めた心持です。ただ残念なことは言葉の改定。これが非常に問題となる。主祷文、栄光唱、マリアの歌などほとんどが、古いのと新しいのとでは違うから、僕の場合はどうしても集団での祈りには向かない。現行の「教会の祈り」(聖務日課)の本に古い祈りを織り交ぜて、となります。それでいいんです。
2017年08月13日
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貧乏人の知恵で、高速料金の深夜割引を利用する。そのかわり体に負担を感ずるようになってきた。八ッ場ダムと2642メートルのトンネルの周辺は、今もなお放射能は変わらない。僕の簡易放射能測定器が壊れていれば良いのだが、通常の10倍15倍を示す。集落を見ながら、ここに住んでいて大丈夫なのかな?放射能数値が高いのを知っているのだろうか?と。
2017年08月13日
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草津教会の掃除をしに行くと、写真を撮っている人に会う。よかったらどうぞと御聖堂に案内する。高校の先生とかでハンセン病重監房資料館を見に来たとのことだった。この草津カトリック教会の間取りを説明すると、本で読んだハンセン病社会とは別の話しに驚いていた。生徒さんに話して聞かせたいと言っていた。うわべだけの綺麗ごとだけではなく、本質を考えてもらえるチャンスになればと願っている。
2017年08月12日
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夜中に帰宅しました。下りはノロノロ渋滞、登りはいつもより車の量は多いけどスイスイでした。草津では暑い日もあったが日陰は涼しく快適でした。草津の温泉街は若者が多いように感じますが、思ったより観光客は少ないようです。不景気なのかな。駐車料金をけちるのでしょうかスーパーに平気で駐車する輩が多いようで、買い物に難儀しました。スーパーの話しでは観光客の買い物はコンビニですませるようで売り上げは期待できず、駐車するだけには困るとのことでした。それに無料駐車場に駐車しての観光客の多いこと。トイレはあるし、食料はコンビニで、草津温泉は無料の温泉周りと、普通車で寝泊まりするんですね。生活の知恵と言うか。 ハンセン病療養所の8月は、一年で一番来訪者が多く不快感を毎年つのらせる時期でもあります。大学生らの団体が幾つか、それに東北大震災から毎年20人?位の子供たちが訪れます。どのグループも温泉旅行気分なのでしょうかマナーが悪い。本当に不愉快になります。今回、僕らが訪問した前日まで東北から子供たちが来てた。子供だけが来るのではなく大人も学校の先生も沢山同伴する。東北大震災から毎年来ているが、今になってもその必要があるのだろうか、沢山の疑問が浮かびます。今日から埼玉の国立大学の学生が来るようで、まぁどんちゃん騒ぎでしょう。温泉のマナーは悪いし滅茶苦茶。入手者さんの感想「国立大学の頭のいい学生さんでもあんなものですかね」と。療養所に来る目的は何なのか。宿泊費が何日泊まっても350円、草津の温泉に入れて、極楽極楽ということでしょうか。入所者さんとの交流や病気のことを考える訳でもないし。 来週の月曜日から木曜日まで、また草津に行きます。16日は一日遅れの聖母被昇天を祝います。それと7月9日に亡くなった米塚尚司さんを偲んでの茶話会があります。
2017年08月11日
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パウロ米塚尚司さんが召されて一ヶ月になります。この歳になると一ヶ月はあっという間なのですが、この一ヶ月は長かった。午前中に仕事を終わらせてお昼頃には草津に向かいます。三泊四日。あしたは台風が来ると言うので家を空けるのは心配ですが。 今回はワイフと一緒なので買い物はワイフに任せます。僕との買物だと、ただの荷物運びと運転手だけ。男とは本当に役に立たないですね。女同士だと買い物は楽しみですもの。草津の町のスーパーは二件だけ。生活品の店は温泉街らしく値段が高く品物薄。どうしても車で30分の所まで買い出し。大きなものは車で一時間。 買物の間、僕は教会で一人して祈りと作曲が楽しめます。
2017年08月07日
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今日8月6日は「広島原爆投下」の日で「主の変容」、あすは米塚尚司さんが亡くなって30日と、特別な日であることから聖務日課の時課を続けています。夜明け前の「前晩の祈り」に始まり「読書」「朝の祈り」「昼の祈り」「晩の祈り」が終わりました。このあと「終課」の「寝る前の祈り」と長い一日の「主の変容」があとニ十分で終わります。明日はパウロ米塚尚司さんの帰天30日。あした三泊四日で訪問しますので、奥さんの雉杜子さんと「死者の祈り」をご一緒できるのを楽しみにしています。それにしても米塚夫妻が、この「聖務日課」を長く唱えておられたことをどう言えばよいでしょうか。この本は、新旧約聖書と同じ分厚い祈り本。そのつど唱えるページがあっちにこっちにと複雑に毎回変わります。目も悪く、指先も不自由な夫妻が、朝、昼、夕方、就寝と毎日祈り続けたのですから。「一時課」の六時に裁判所の人となり鞭打たれ、「三時課」朝九時に十字架につけられ、「六時課」正午に暗闇と地震となり、「九時課」三時に十字架上に死した。「晩課」は最後の晩餐、「終課」の寝る前の祈りと、毎日まいにち祈られた夫妻でした。あの複雑な祈り本は、誰もが興味本位で購入してこれは無理現実的ではないと、棚に飾られているでしょう。修道者でもあるまいに、三時間おきに祈ることは不可能と。このご夫妻は、この聖務日課が一般信徒にも唱えることが出来るようになって唱え始めました。その祈りは、生涯隔離された塀の中から世間の平安を祈ってのことです。ご主人を亡くされ、奥さんは虫眼鏡が必要なほど目が悪く、これからの聖務日課をどう続けるのでしょうか。せめて僕が訪問する日だけでもご一緒にお務めを果たそうかと考えています。とにかく複雑な祈りで本来はトラピストなど特別な所だけの聖務日課です。あす訪問したら、この件を相談しようと思います。そして、他に訪問される方も、どうぞ雉杜子さんと一緒に聖務日課を唱えてください。お願いします。
2017年08月06日
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8月6日は広島に原爆が落とされた日。この原爆の落とされた日の前日のことを恩師夫妻から聞いてました。ある関係者から広島が危ないと、すぐに離れなさいと忠告され、それを信じて広島を離れた。翌日に原爆が投下されたこと。このピカドンを東京で知った関係者は、先生がピカドンで亡くなったと誤った情報が流れ大騒ぎだったと。そんな話を聞いました。
2017年08月06日
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「戦争は仁義なき戦い」と、戦国時代のように、日本の国内で戦ううちはそれで良いだろうが、異国との戦いとなるとそうは言えないだろう。その結果、軍人勅諭と鉄拳制裁、捕虜にならず自決と、この精神は敵兵にも向けられた。分が悪くなり、いよいよ原爆が投下されてジエンドである。次の日からは、手のひらを返したように民主主義が、同じ教師の口から熱弁された。不思議な国民です。その原爆投下から72年。全国民が恒例の一分間の黙祷となる。多くの犠牲者と加害者を生んだ我々は、次世代に「平和と平安」を残したい。その為には、政治に目を向けなければ。一票の重さを知らなければ、これからも国会は為政者の巣窟のままだ。自衛隊の活躍は世に知られ称賛されている。大手を振って「スコップから銃」にかえようとしている。一票の重さを確認したいものです。子供孫たちのためにも。
2017年08月06日
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何度も何十回も言ったことで、家元が気がつかないからどうにもならないことがある。演者は手本をみて、その何たるかを理解し、手本の再現をするのが基本中の基本。それに演者の解釈を加えるが、手本のエスプリを害ってはならない。それが演者の姿勢で伝統でしょう。指が人より早く動くから、人より指を早く動かす練習を懸命にし、その結果が手本を度外視した薄っぺらな曲芸師が現在だと感じます。この原因は家元である音楽大学なのです。女子体操を見ても、いつの間にか、曲芸的な人間業をはるかに超えた演技の結果、小柄で年齢が低くなり、女子体操の妙技が少女曲芸体操に代わったのと同じく、音楽もそうでしょう。演奏者は手書き楽譜に書かれた作曲者の精神を楽譜から読み取り、それを表現する作曲家の代弁者にすぎない。ところが、代弁者であるべき演奏者が作曲家そのものに成りあがってしまった。おまけに作曲家が要求したテンポでもなく表現でもなく、自分の技術に溺れ、客を驚かせる曲芸をするようになったと言うことでしょうか。もう、こうなっては音楽ではないですね。時代は、ロボットが演奏者に代わることでしょう。作曲家は作曲家でこれまたご同様で、手書きでの作曲は時代遅れと安易なコピペするわけです。だから音楽を見る目と耳を失った。その結果、少し前に世間を騒がせた「日本のベートーヴェン騒動」を忘れはしないでしょう。あのとき音楽の専門家たちが絶賛したのを忘れてはならない。専門家にして真贋を見ぬけない腑抜けになったのだから。こうして俗にいうクラシック音楽の低迷は、自然消滅への道を歩んで知ると言うことでしょうか。
2017年08月05日
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演奏したいので楽譜をお借りしたいと。市販楽譜ではないので手書き楽譜になる。いまは素人さんでも音楽ソフトで楽譜が印刷できるが、それは限られた作品だけ。多くは手書きで書かれたままである。この手書き楽譜を音楽ソフトに入力して印刷するとなると、大変な時間を要する。演奏は総譜で書かれている。演奏者が見る楽譜はパート譜、つまり自分だけのパートが書かれているパー譜を使う。総譜を見るのは指揮者だけで、総譜の読み方なんぞは音楽大学では指揮科でないかぎりは教わらない。それに、いまの演奏者は印刷された楽譜しか見ていないので手書き楽譜が読めない。面倒くさがる。僕らの時代は、バッハやベートーヴェンやらの手書き楽譜を読み、模写して作曲家の息吹とエスプリと書法を学んだものである。それをしていないから、器用に指は動くが息吹とエスプリと書法の表現をしない、と言うか演奏とは何かを知らない。ただ器用に指を動かすだけである。そんなことから、善意で音楽ソフトで楽譜を入力している最中に催促された。催促されたから手書き楽譜を今日明日にでも送ることにした。手書き楽譜は、人の手で一気に書いていくので、線の上か?、線と線の間か?が判断できない箇所が沢山出て来る。線の上のソルか、線と線の間のラなのかと。まあ、楽譜とはどんなものなのか苦労してみることでしょう。
2017年08月05日
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今日も長い一日を過ごしました。やっと帰宅して、疲れているときのパソコンには充分気を付けないと思いながら大変なミスをやってしまいました。調子よくスムーズに原曲からの編曲を済ませた後に、当たり前のように保存クリック。元の管弦楽曲をパーにしてしまいました。オーケストラの曲から四本の楽器に編曲したのですがオーケストラ楽譜が消滅。大変な初歩的ミス。五年くらい前の曲なので完全に復元できないでしょう。この暑さと疲れの結果で気力を失せました。原曲をバックアップしていないし、インク代惜しさにプリントはしていないし、踏んだり蹴ったりです。愚痴もでません。しばらく音楽のパソコン入力は止めにします。どれだけ記憶しているか分からないが五線紙に書くしかありません。オケ譜だから28段の五線紙。未公開だから新曲のつもりで書くしかありません。目が良かった時の作品、片目だから書ける自信はありません。それに五年前と今では書法に大きな差があるので。だいたいは分かるのですが微妙な細部に自信がありません。この部分が一番特徴的なのに。大変なことをしてしまいました。
2017年08月04日
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「初めの祈り」のあとに続けて「朝の祈り」があり、「死者と病者の祈り」がある。死者リストの8月は多いですね。病者リストも増えている。 夏期講習会が始まっています。今年こそは気を付けないと思いつつ、ついつい夢中になると我が出ます。 謙遜なる人をよみし給う神にて在す聖霊よ、我を心より謙遜ならしめ給え。「人に己が意見を聴かれたき望みより、主よ我を救い給え」「人に褒められたき望みより、主よ我を救い給え」「人に優りて優遇せられたき望みより、主よ我を救い給え」
2017年08月04日
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ハンセン病「朗読と音楽」をいま新しく作ろうと考えています。草津のハンセン病国立療養所の米塚尚司さんが召されて一ヶ月になろうとしてます。米塚尚司さんが1984年に書かれた「変貌の讃歌」からの抜き出しで、朗読と音楽「類似」が完成(未発表)しているので、二作目に執りかかろうかと考えています。タイトルは「幸田マリ子」。 ハンセン病をテーマにすると、いつも心の葛藤があります。“ハンセン病”イコール“こうなんだ”と。こんなに大変だったのだ、全員がこうなんだ、全員がこうなるんだ、と・・・ハンセン病元患者さんがテレビ放映されたとき、視聴者に「衝撃」と「こうなるんだ」が刷り込まれた。家族との関係が回復しつつあった家族から、これを機に帰郷を断られたという。世間は冷たいから。難しいところです。「沈黙者は共犯者」ではないかと思うのですが。同じ悩みの繰り返しです。音楽は思いきってシンプルに挑戦しようかと。このシンプルが一番難しいし、ただのシンプルでは誰もがやり尽くしているので新風をと。思いつきのイメージではいける感じがしますが、結果は書き終えてから。
2017年08月03日
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9月の那須トラピスト修道院での演奏会の選曲がやっと完成。総譜とパー譜を揃えるのも大変、一日がかり。
2017年08月02日
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僕の曲を演奏してくださるとのことで嬉しいことではあるが、楽器に合わせて編曲仕直さなければならない。以前は、この程度の編曲なら数時間だったのに、目を悪くしてから一日作業になった。書く時間よりイライラ時間が大半となる。この状況は精神的に良くない。今の人は、手楽楽譜に慣れていないのでパソコン入力をしないといけない。これが書くよりも大変な作業となる。五線がダブって見えたり、目線の角度で音符が消えたりでイライラがつのる。音楽パソコンソフト入力が大変な作業になります。 追い風が吹いているのか?デッサンと編曲とで気がつくと朝の6時半。これれから仮眠をとります。楽譜は今日送ります。
2017年08月02日
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車中で突如「創作の風」吹く。こうなるとしめたもの、旋律の可能性を何十通りも探る。いつものように道端に停めたが夜なのでコンビニで。良い兆しなのか悪魔の戯れか、いつもあるはずの五線紙が今日に限って無い。講習会帰りの資料の余白に五線紙を書いて主要旋律だけをメモった。いつものことながら8割方は駄作で終わるが、今回は書けそうな気がする。天使の追い風か、悪魔の向かい風に終わるか。今夜は明け方まだ頑張るつもりです。 那須のトラピスト修道院とベタニア女子修道院には、歌、フルート、ピアノ、チェロの四本に決まりました。あすから選曲編曲と新作を考えないと。「創作の風」がうまく出来上がれば初演したいものです。演奏形式にもひと工夫を考えています。たぶん可能でしょうから、習作を書くつもりです。
2017年08月01日
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三年前の曲が演奏されることになった。原曲と編成が違うので、書き直しをしないといけない。移調楽器もあるので歳のせいかおっくうになる。たった三年前の作品なのに、手直しがいくつか出たのには驚き。さすが三流程度ではこんなものと、割り切るしかない。それでも「イズム」を意識し、暗中模索ではあるが創意工夫を試みたいものである。この暑さのせいか、体力気力の限界か、眼も悪くなってくると斬新意欲がうすれる。こんな時は、今までがそうであったように、グレゴリオ聖歌とソルフェージュとコントラポアンをじっくり見る時かも。肝心な目が悪いのでどうしたものか・・・
2017年08月01日
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義姉の命日の墓参。同じ霊園に義父母のお墓があるのでお参り。義父の墓参には、いつもタバコを用意する。義父が愛煙していた「ピース」を買った。僕のタバコはタール3ミリ、ピースは21ミリとキツイ!体に良くない。ピース一本を手向け、残りの19本は僕の肺に入るのだが、これは体に良くない。が、もったいないから、貧乏性なので僕の肺におさまった。 人の死を思いめぐらす時間は大切な時間。30数年前のドイツ遊学は幼稚園児二人を連れてだった。義父の死はしばらく経ってから知らされた。あの時に感じたことは、母親が言った「芸は親の死に目に会えない」という言葉だった。そんなことを思い出し、音楽への初心を改める今日この頃です。
2017年08月01日
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