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感情移入(感覚同調)は他人の心理などに自分自身の感情や精神を投射して直接に理解すること。人の痛みなどを自分の痛みとすることです。 情(人情)とは感情とは違い、自己の心情の動きでありながら自分自身の支配を離れて相手本位の動きを示すことです。 共感は他人の体験する感情や心的状態、人の主張などを理解したりすること。同感は同じように感ずることです。 理解力は人の気持ちや立場がよく分かること、気持理解力です。 協調性(協同調和)は性格や意見の異なった者同士が互いに譲り合って調和をはかることです。 自己性とは自己が他者との交わりを通じて絶えず自分自身のこととして自覚し続けてきた個別性のことです。 自我は、認識・感情・意志・行為する自分を他人と区別する言葉で、時間の経過や自身の変化を通じても自分は同一であるという意識です。 自我は我々が住んでいるこの世界と他人に対して自分が存在しているという感覚で、意識や行動の主体を指します。 自他未分離とは自己・自我と他者の間がないことを表す状態です。 以上に述べました感情移入、人情、共感性、人の気持ちが分かること、協調性という人として欠くべからざる資質が自己確立にとって大きな壁となって立ちはだかっています。 仏教の世界観に長く慣れ親しんできた日本の社会では衆縁和合(しゅうえんわごう)の精神が横溢(おういつ)しています。 衆縁和合とは「世の中は種々の要素が集合、融合、馴れって繋がり、互いに依存、相関し、寄り合い、助け合う場である」ということです。但し衆縁和合が成立するのは思いやりのわかる人との間だけです。 相互扶助はお互いに助け合うことですが、自己中心的な人に相互扶助の考えはわかりません。自己中の彼、彼女らは他人への思いなど無くて「自分だけ扶助してほしい」からです。 未成熟な社会では衆縁和合は自分のことが自分のことでありながら同時に相手のことであり相手のことがそのまま自分のことであるような領域『自他未分離の場』になっています。 この『自他未分離の場』に於いては、自分と相手とは言葉や表情でものごとを伝える前にすでに繋がっていて、自分の心に生じていることはそのまま相手の心にも生じているはずだし、また相手の心の動きはこちらの心にも反映されるものだとの『誤った』考えを生じさせます。 「人の発した言葉は実現してしまう、言葉には不思議な霊力があってその力が働いてことば通りの事象がもたらされる」という言霊(ことだま)の考えは自他未分離の場においてのみ成り立ちます。 自他未分離の場は、自分だけを構ってほしい、気にしてほしい自己中心的で人を押しのけてでも前に出るような人にとっては誠に都合の良い『場』となっています。 この『場』では、自分のことが自分のことでありながら同時に相手のことであり相手のことがそのまま自分のことであるという思いを持った、礼儀正しく思いやりを優先するような自己と他人の間のない善良な人が犠牲となります。 アイデンティティがあり自己が確立されている人でも『自他未分離の場』の影響力が強く、意思の面でも思考の面でも、他人(自己中な人間)からの影響感化を受けやすくなっています。 日本では家庭、学校、職場、趣味等の集合場所では多くが『自他未分離の場』となっています。そこでの『気』を受けて育ったわたしたちは「和をもって貴しとなす」の精神を金科玉条のごとくたたき込まれます。 人を仮に『思いやりの有無』で二種類に分けて双方の立場から「和をもって貴しとなす」を見てみます。 『思いやりのある人』の解釈は、「皆さんが支障のないように、相手の立場も考えて譲れるところは譲って、和やかな雰囲気になるように努めよう」となります。 一方『思いやりに欠ける自己中の人』の解釈は誠に勝手であり、「自分が和やかになれるように自分に従ってほしい」となります。 『和』という言葉に対してでも勝手な解釈をする自己中心的な人の他人にたいする考え方は、自立や自律、独立性といった自他分離の立場は全く無く、自分と他人とはそれぞれ絶対的な独立した個人でありながらも、そこには自即自、他即自という自分勝手な自他同一性が成立しています。自己中の人は自他未分離の場を作る張本人です。 自我、私、自分、と成長するにつれ自己を意識しますが、自己確立がなかなか出来ないのは『自他未分離の場』の気を受けて育っているからです。 自分が自分になりきるためにはこの自他同一性『場』からの脱出を試みなければなりません。 自他同一性の最たるのものが『感情移入』です。 自他同一性の場から自分自身を奪い返す作業は、人間として生まれ、長い成長過程の間に徐々に進めて行かなくてはならないとても困難な事業ともいえます。 怒らないのが理性的な人ではありません。感情移入する人は理性的ではなく、感情的な人です。 理性的とは感情移入しない状態です。自分と他者を含めた『場』を客観的に眺めるには感情を抜いた冷静な自分が必要です。また思いやりのある冷静な人は『冷たい人』ではありません。 感情移入しなくなれば『虚害』は憑きません!虚人の影響も排除出来ます。肩こりもなくなります。 現内閣の閣僚名簿で○印が感情移入する人です。 総理 鳩山由紀夫【○】 副総理・国家戦略 菅 直人【○】 総務 原口一博【×】 法務 千葉景子【×】 外務 岡田克也【×】 財務 藤井裕久【×】 文部科学 川端達夫【×】 厚生労働 長妻 昭【○】 農水 赤松広隆【×】 経済産業 直嶋正行【×】 国土交通 前原誠司【×】 環境 小沢鋭仁【×】 防衛 北沢俊美【×】 官房 平野博文【○】 国家公安委員長 中井 洽【×】 金融・郵政問題 亀井静香【×】 消費者・少子化 福島瑞穂【×】 行政刷新 仙谷由人【×】 幹事長 小沢一郎【×】 鳩山由紀夫総理は11月はじめにアイデンティティを無くしています。自己スキーマも有りません。従って記憶力も低下していて、所信表明演説などで見せた原稿を諳(そら)んじることはできなくなっています。 総理、副総理、官房長官 内閣のトップがそろって感情移入する人とは恐れ入ります。 政治家が感情移入すれば、あちらこちらと双方の顔を立てることに腐心するので、鳩山内閣ただいま迷走状態です。 事業仕分け人という大役を仰せつかった連坊参議院議員は知性高くアイデンティティのある人でした。本来は感情移入する人です。 感情移入せず見事に仕分けの大役を勤めましたが、なにしろ相手は『名うての官僚・虚人』たちです。彼らからの怨み、憎しみを一身に受けた連坊さん 虚害を受け放心状態です。 副交感神経働いていず、しかも交感神経も弱ってしまったので、元気が全く出ない状態です。副交感神経が働かないと体内の圧力が増えてリンパの流れも悪くなります。
2009年12月05日
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