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この歌誰かが私を見て歌っていた。誰なのかはもう忘れてしまったけれど
風鈴が風にゆれ涼を誘う、縁側に腰掛うちわ片手に自分の足より大きい
古い下駄を履いた足をブラブラさせる。
「初音ちゃんも16になったんじゃね」
「ほんとに早かとよね」
後ろで私の背を見ながら母と近所のおばさんが声そろえて話し込んでいる
「やっぱ、初音ちゃんも高校出たら東京さ行くとかいね」
「うちの父ちゃんが許しませんよって」
東京という言葉に過敏に反応してしまう、大抵この街で育った人間は
東京に行く。
都会への憧れ、何もないこの街を捨てて皆が東京へ行くのだ、
私はけらけらと笑う二人を制すように下駄を鳴らし足を地面に着き
縁側から外へと歩き出す。
「これ、初音。挨拶していかんね」
「よかよか、初音ちゃん。西瓜食べていかんね」
母が注意するようにキンキン声をあげるのをおばさんがすぐさま
遮り私に切り立ての赤い西瓜を差し出す、私は首だけを二人に向け
「・・・こんにちは。西瓜は今はいいです、あたしは東京なんて行かんけんね
ちょっと海に行ってくるけん」
まくし立てるように二人に言うと私は向きを変え庭の勝手口から表へと
逃げるように出る、唖然とする母とおばさんを残して。
「愛想なか子でごめんねぇ」
「よかよけ、けど東京行かん言いよるのはやっぱツバちゃんの事が
あるけんかいね」
おばさんの言葉に初音の母は表情を曇らせため息を漏らす
「ほんといくつになっても・・・栄太帰ってくるんに」
「えーちゃん今日帰ってくるんやろ?東京から」
私が去った後に二人がそんな会話をしていたなんて私は知るはずもなかった。
栄太が東京から帰ってくる、しかもそれが今日なんて。
潮の香りが鼻を擽る、私の住む街は珍しいのかこぞって旅行客がやってくる
沖縄の田舎の田舎。高校は本島にあってそこまでフェリーで毎日通学している
「東京なんて興味なか、あたしはこの街が好き」
砂を下駄で蹴ると砂埃が舞う、瞳を閉じればツバサの声が聞こえる気がした
5つ下の私の弟、何処へ行くにもいつもひょこひょこついて歩く可愛い弟
でも私が10歳の頃に川で溺れてこの世を去った。
父と母はツバサの葬儀の後、ツバサは海に還ったと呟いた、私はその言葉を
信じ毎日この蒼いコバルトの海に来ている。ツバサはこの海で生きているのだから
「ちぃちゃん、そんなとこでなにしてるん」
後ろから声がして振り返ると河南《かなん》がいた、河南は私の友人で
背が高くすらりとして美人さんである。
ちぃは私のあだ名・・・背が低い私を皆が小さい子を濁してちぃと呼び
すでに定着してしまっている。
「河南、何もしとらん。ただツバサと話とった」
「ツバちゃんと?私は部活にいっとった」
河南は自転車から降りると私に駆け寄り堰を切ったように
言葉を放つ
「それより聞いたん?えーちゃん今日帰ってくるんて・・・しかも今日」
私は河南の言葉私は心臓を突かれた気がした。
「栄兄が・・・今日・・・」
栄太は私の2つ上の実の兄で中学出てすぐ東京の寮付きの高校に進学、
以来顔を合わせていない
秋の香り 2009.10.26
更新履歴。 2008.04.26
交差点 ~ Chase The Chance:答えはいつ… 2008.03.21
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