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「エリシャの働き(5)」 甲斐慎一郎 列王記第二、8章 サマリヤの包囲の出来事(6章24節~7章20節)に続く二つの出来事(シュネムの女の話とハザエルがアラムの王となること)は、付録であると言うことができます。 一、ききんを避けて旅に立つようにとのエリシャの勧めでペリシテ人の地に行き、七年後に戻って来た時、失われていた家と畑を王に訴えて取り返したシュネムの女(1~6節) シュネムの女は、ききんを避けて旅に立つようにとのエリシャの勧めに従ってペリシテ人の地に行きました(1節)。かつては子どもを生き返らせてもらい、今はまた折りにかなった助言を受けたので、エリシャの厚意に深く感謝したことでしょう。 ところが七年後にペリシテ人の地から戻って来た時、彼女の家と畑は他人のものになっていました(3節)。預言者エリシャのことばを文字どおり信じて出かけたのに、帰って来たら家も畑も失っていたのですから、これは彼女にとって大きな信仰の試練でした。 しかし彼女は、エリシャを逆恨みするようなことは決してしませんでした。王に直接訴えて同情を求めたのではなく、法律上の権利を求めました(3節)。しかもゲハジが王にエリシャが生き返らせた子どものことを話していた時、ちょうどそこに彼女が王に訴えに来たのです(4、5節)。彼女は、家と畑だけでなく、七年間の畑の収穫まで返してもらいました(6節)。主が摂理の御手をもって導いてくださったからです。 この出来事は、私たちにとっても、またいつの時代の人にとっても非常に興味があります。というのは神を心から信じて、主に従ったことが裏目に出て、思いもよらない患難や不幸を生じることがあったとしても、遅かれ早かれ、約束してくださった神の誠実な助けを必ず受けることができるということを示しているからです。 二、ハザエルにベン・ハダデの病は直るが、王は必ず死ぬことと、彼がアラムの王になることを告げたエリシャ(7~13節) エリシャは、アラムの王ベン・ハダデの使いとして自分を迎えに来たハザエルに主が示された二つのことを告げました。一つは王は必ず直るが、彼が必ず死ぬこと、もう一つはハザエルがアラムの王になることです(10、13節)。ハザエルはエリシャの告げたことばを聞いた時、一笑に付して取り上げようともしませんでした(13節)。しかしそれはエリシャを欺くことばであり、決して彼の本心から出たことばではありませんでした。 「エリシャがダマスコに行った時、ベン・ハダデはすでに病床にあり、その後、逆臣の企てによって再起することができなかったのは偶然ではありません。なぜならハザエルが一挙にアラムの王位につくことができる準備をすべて整えた後、初めてエリシャがここに来たからです。確かにハザエルの即位は、結果的にはイスラエルに予告されていた刑罰と関係があることは言うまでもありませんが、反逆を教唆した責任は、少しでも神の使者であるエリシャの行為に帰すべきではないからです。もしハザエルに主君を殺す意志がなく、また病気のために死んだと偽る心がなかったならば、エリシャのことばは無意味となり、また彼自身に反逆を決意させる力もなかったことでしょう」(A・イーダーシャイム)。 三、ベン・ハダデを殺し、彼に代わってアラムの王となったハザエル(14、15節) ハザエルは、エリシャのもとを去り、自分の主君のところに帰りました。しかし、翌日、主君を殺すと、何食わぬ顔で彼に代わってアラムの王となりました(14、15節)。 「ハザエルの即位は、かつてエリヤに伝えられたイスラエルの受ける刑罰の一部分に過ぎませんでした。他の一部分はエフーがイスラエルの王位を奪い取ることでした(第一列王19章17節)。この二人の即位によって北の王国すなわちイスラエルの衰退は始まったのです。......そもそも神の刑罰は、これを延期させることはできても、これをのがれることはできないのです」(A・イーダーシャイム)。拙著「ソロモンと王たちの生涯」30「エリシャの働きき(5)」より転載
2010.04.29
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「エリシャの働き(4)」 甲斐慎一郎 列王記第二、7章 イスラエルの「王の心は非常に複雑な気持ちでした。彼はエリシャを殺すように命令した後、恐怖心を抱いたのか、それとも良い動機によるのかわかりませんが、決心を変えるようになりました。すなわち王は、宣告を下したことを取り消す目的で、自分のもとから遣わした使者の後を追い、急いで出かけたのです」(A・イーダーシャイム)。 一、主のことばを信じない王の侍従に対して刑罰を預言したエリシャ(1、2節) エリシャは、サマリヤが食料難と物価の高騰にあえいでいる時、あすの今ごろ、サマリヤの門で、食料が非常に安く売られるようになると仰せられた主のことばを告げました。しかし王が信頼していた侍従は、エリシャの言ったことを信じませんでした(1、2節)。 「そもそも神の約束はみな次のような二つのことを判断する試金石となります。すなわち--私たちが信じる場合においてのみですが--神の真実さの試金石であるとともに、私たちの信仰の試金石です。まことにこの宣言は、これまで信じがたいことを預言し、しかも信用を得ていた者が厳粛に主の名によって行ったにもかかわらず、この集まりの中に疑惑を表明した人がいました。実に信仰の試験はここにあります。過去において信じたという信仰では不十分であり、信仰は常に現在の行為なのです」(A・イーダーシャイム)。 エリシャは、神の約束を信じない侍従に対して刑罰を預言しました(2節)。神は、約束されたこと、そしてその約束を信じる者に対して真実ですが、それとともに約束を信じない者に刑罰を加えることにおいても真実です。ですからエリシャの宣言を信じない侍従は、預言の成就を見ることができても、その恩恵に浴することができないのです。 二 逃走したアラムの天幕から物を持ち出して隠した四人の皮膚病の人たち(3~8節) 町の門の入口にいた四人の皮膚病の人たちは、前後をサマリヤのききんと敵国アラムに囲まれ、進退窮まっていました(4節)。しかし死を覚悟してアラムの陣営に行った時、有り余るほどの食料と銀や金や衣服を手に入れました(8節)。「窮すれば通ず」という諺のとおりになりました。しかしこれは偶然に起こったことではなく、主がご自身の御名と栄光のために干渉の御手を伸ばし、アラムを退散させてくださったからです(6、7節)。 三、悔い改めて、アラムの逃走を王の家に知らせた四人の皮膚病の人たち(9~11節) この四人の皮膚病の人たちは、同胞が餓死寸前であることを知りながら、銀や金や衣服を隠していたので(8節)、「良い知らせ」を王の家に伝えなければ、「私たちは罰を受けるだろう」と言いました(9節)。これは「もし福音を宣べ伝えなかったら、私はわざわいに会います」(第一コリント9章16節)と告白したパウロのことばと好一対の取り合わせです。 四、アラムの逃走を確かめて、その陣営をかすめ奪ったイスラエルの民(12~17節) イスラエルの王は、この良い知らせを聞いた時、全く信じなかっただけでなく、アラムの策略にちがいないと愚かな判断を下しました(12節)。しかし王がひとりの家来の進言をいれて、アラムの陣営を偵察させたので、それが事実であることがわかり、民はアラムの陣営をかすめ奪いました。その結果、主のことばのとおりにサマリヤの門で、食料が非常に安く売られただけでなく、例の侍従は民に踏みつけられて死にました(13~17節)。 五、エリシャの預言したことばのとおりに刑罰を受けて死んだ王の侍従(18~20節) この出来事の終わりの部分には、故意にこの事件に関する事情が再び記されています。神は、約束された祝福を与えることに真実であるとともに、神の約束を信じない不信仰を罰することにおいても真実であることを示そうとしています。この二つのことは、イスラエルに対する教訓であるとともに、古今を通じてすべての人に対する教訓なのです。拙著「ソロモンと王たちの生涯」29「エリシャの働きき(4)」より転載
2010.04.26
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「エリシャの働き(3)」 甲斐慎一郎 列王記第二、6章 「これ以後の事件をゲハジの事件の直後に記したのは、主の臨在と主の助けを認めない悪いしもべが当然の刑罰を受けたように、信仰と忠実さによって預言者に従う者は、小さなことにおいても、また必要な場合には普通と異なった奇蹟によって神の救いを受けられることを対照的に示して教えようとするためです」(A・イーダーシャイム)。 一、一本の枝を投げ込み、水の中に沈んでいた斧の頭を浮かばせたエリシャ(1~7節) その当時、イスラエルの宗教の腐敗は目にあまるものがありました。しかしエリシャの働きによって預言者のともがらが増え、住んでいた場所が手狭になりました(1節)。 彼らは貧しかったので、自分たちで新しく住む所を作るために木を倒していました。ところが一人が借りていた斧の頭を水の中に落とすという不祥事を起こしました。エリシャは、彼の悲痛な叫び声を聞き、水の中に沈んでいた斧の頭を浮かばせました(2~6節)。 エリシャは、非常に貧しい神のしもべたちのために召された預言者です。ですから彼らの要求を拒絶してはならず、どれほど小さな要求でも、それに応じなければなりません。いやその小さなことがかえって神の助けを必要とする理由なのです。預言者を代表する神は、「常にすべてのことに満ち足りて、すべての良いわざにあふれる者とするためにあらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方」なのです(第二コリント9章8節)。 二、ドタンを包囲したアラム人をとりこにしてサマリヤへ連れて行き、彼らを盛大にもてなして帰したエリシャ(8~23節) アラムの王は、エリシャがイスラエルの王にアラム人の動静を知らせていたことを知ると、怒りに燃え、大軍を送ってエリシャのいたドタンの町を包囲しました(8~14節)。 しかし主がエリシャの祈りに答えて、恐怖に震えている若い者の目を開かれたので、彼が見ると、「火の馬と戦車がエリシャを取り巻いて山に満ちてい」ました(17節)。 「馬と車という形はユダヤ人には珍しくない叙事法ですが(詩篇104篇3節、イザヤ66章15節、ハバクク3章8節)、私たちは、これを事実であると思っています。私たちは、これを目で見ることはできませんが、天の軍団は事実として常に臨在していることを疑うことができません。聖書は等しく彼らが神の命令を受けた使者であり、神の聖徒に仕える者であることを私たちに信じさせようとしています。こうして私たちは、すべてのことを行うに当たって厳粛さと慰めとを得ることができるのです」(A・イーダーシャイム)。 その後、エリシャは主の働きによってアラム人をサマリヤへ連れて行きました。イスラエルの王は彼らを打とうとしましたが、エリシャは、それを止め、彼らを盛大にもてなして帰したので、彼らは二度とイスラエルの地に侵入して来なかったのです(18~23節)。 三、サマリヤの悲惨な飢饉を知ってエリシャを逆恨みしたイスラエルの王(24~33節) この後、サマリヤにひどい飢饉があったうえ、アラムの全軍がサマリヤを包囲していたので、物価はうなぎ登りに上がり、食料不足が深刻な問題となっていました(24、25節)。イスラエルの王(ヨラム)は、ひとりの女が--互いに自分の子どもを食べる--約束を破った相手の女を訴えるという言語に絶する悲惨な話を聞いた時、この飢饉の真の原因を探ろうともせず、エリシャに対する殺害の心を激しく燃やしました(26~33節)。 「ヨラム王は、サマリヤの窮迫を預言者エリシャのせいにしたようです。ただしそれを直接の行為とするか、またはイスラエルのためにとりなしをしないことによるとするかは明白ではありません。このように神のお取扱いを認めながら、なおその霊的な側面を無視し、謙虚な心がなく、また神に帰ることを喜ばず、自分の上に下る災難を真の原因とは反対の原因に帰するのは、聖書に記されている死をもたらす世の悲しみであり、世の常なのです」(A・イーダーシャイム)。拙著「ソロモンと王たちの生涯」28「エリシャの働きき(3)」より転載
2010.04.22
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「エリシャの働き(2)」 甲斐慎一郎 列王記第二、5章 「さてイスラエルは、再び大敵であるアラムと相接触することになりましたが、この度の手段は戦争ではなく平和であることは非常に注目すべきことです。そしてこの平和的な勝利が王と民とに教えていることは、主はどれほど容易に彼らの敵の心を変えてくださるか、またその徳を現すことによって彼らをイスラエルの信者の仲間とし、イスラエルの礼拝の仲間としてくださるかということです。この点においてこの物語は、この部分のほかの事件と同様に特に新約時代を予表しています」(A・イーダーシャイム)。 一、皮膚病を直してもらうために預言者エリシャのところに来たナアマン(1~9節) かつてアラムが略奪に出た時、イスラエルの地から一人の若い娘を捕らえて来ていました(2節)。このイスラエル人の一家には大きな悲しみがありました。しかし彼女がエリシャのことを彼らに伝えたことによってアラムの将軍が霊肉ともに癒されただけでなく(3~19節)、イスラエルに生ける神がおられ、その「神はユダヤ人だけの神」でなく、「異邦人にとっても神」である(ローマ3章29節)ことを彼らに教えるきっかけとなりました。 アラムの王の将軍ナアマンは、この若い娘からサマリヤに皮膚病を直せる預言者がいるということを聞くと、矢も楯もたまらなくなってアラムの王に願い出ました(3、4節)。 アラムの王がイスラエルの王(恐らくヨラム)に手紙を書いてくれたので、ナアマンは高価な贈り物を持って出かけました(5節)。ところがヨラムは手紙を読むと、難癖をつられたと誤解しました(7節)。アラムの王は、その方法がまちがっていたとしても神の助けを求めましたが、ヨラムは求めようとはしませんでした。ヨラムは宗教を持っていましたが、これを活用せず、最も必要な時にかえってこれを無視したのです。 二、エリシャの命に従って皮膚病が癒され、喜んで帰途についたナアマン(10~19節) ナアマンはエリシャの家に行きました。ところがエリシャは家から出て来ないだけでなく、使いをやって、ヨルダン川へ行って七たび身を洗うように言いました(10節)。 ナアマンは、勢力と財力だけでなく、名誉と地位のある誇り高い人であり(1、5節)、特に病が癒される方法に関しては固定観念にとらわれていたので(11節)、エリシャの無礼な態度に自尊心をいたく傷つけられ、憤慨して帰途につきました(12節)。 エリシャがこのような態度をとったのは、ナアマンに大切なことを教えるためです。すなわちエリシャは、ナアマンがいやされるのは、勢力や財力また名誉や地位があるからではなく、また神の助けは、預言者から固有の力が出るからではないことを教える必要がありました。後者に関しては異邦人に教えなければならない最も重要なことです。 ナアマンは、しもべたちの進言をいれて、へりくだり、単純な信仰によってエリシャの言ったとおりにした時、皮膚病が治るという肉体的な救いだけでなく、イスラエルの真の神を知り、偶像の神々への礼拝を退けるという霊的な救いをも受けたのです(13~18節)。 三、ナアマンの跡を追って贈り物をだまし取り、皮膚病にかかったゲハジ(20~27節) 高潔なエリシャは、ナアマンの高価な贈り物を受け取らず、彼を帰しました(16、19節)。しかし貪欲なゲハジは、ナアマンの跡を追い、彼から贈り物をだまし取ると、家の中にしまい込み、エリシャに問い詰められても知らぬ顔をしていました(20~26節)。その結果、ナアマンの皮膚病は、ゲハジとその子孫とにまといつくようになりました(27節)。 「アラム人のナアマンは、その心と霊においてイスラエル人となり、イスラエルの水で皮膚病がいやされました。これに反してイスラエル人のゲハジは、その心と霊において異邦人となり、自分も家族もアラム人の皮膚病をわずらうようになりました。......こうしてナアマンもゲハジも自分の蒔いたものを刈り取ったのです」(A・イーダーシャイム)。拙著「ソロモンと王たちの生涯」27「エリシャの働きき(2)」より転載
2010.04.19
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「エリシャの働き(1)」 甲斐慎一郎 列王記第二、4章 この列王記第二の4章から8章には、エリシャの預言者としての活動が記されています。「その預言者的な歴史は、荘厳で、他に類を見ないものです。これを一方から見れば、すべてのことを神の観点から見なければならないことを示しており、また他方から見れば、エリシャの働きにおける奇蹟的な要素の真意と目的は、主がともにおられることとその大能の力をイスラエルに悟らせ、そしてこの宗教的な復興によって、切迫している国民的な刑罰を免れさせようとしていることを示しているのです」(A・イーダーシャイム)。 一、少しの油を多くのからの器に満たして貧しいやもめを助けたエリシャ(1~7節) エリシャは、預言者のともがらのひとりで、主を恐れていた夫に先立たれた貧しいやもめの訴えを聞いた時(1節)、主の御名と栄光のために、どうしてもこのやもめを助けなければならないと思ったことでしょう。それでやもめにできるだけ多くのからの器を借りて来させ、それに油を満たして、負債の返済と生活費にあてさせました(3~7節)。 この少しの油が多くのからの器に満たされた奇蹟は、神が「おりにかなった助け」(ヘブル四章16節)を与えてくださることを表すものです。ただしエリシャの「歴史において、このすべてのことが目に見える形をもったものとして現れたのは、当時の事情とエリシャの天職の目的がそのようにさせたからであり、その教訓に関しては、いつの時代も、またどのような人にとっても変わりはないのです」(A・イーダーシャイム)。 二、シュネムの裕福な女に男の子が生まれることを告げたエリシャ(8~17節) エリシャは、シュネムの裕福な女に、初めのうちは「旅人」としてのもてなしを受けていましたが(8節)、そのうちに「神の聖なる方」として「屋上に壁のある小さな部屋」を用意してもらうという手厚いもてなしを受けるようになりました(9、10、13節)。 エリシャは、シュネムの女に対して感謝を表し、返礼として彼女に男の子が与えられることを告げました。この女は、彼のことばのとおりに男の子を産みました(13~17節)。 三、その子が成長し、病気で死んだ時、その子をよみがえらせたエリシャ(18~37節) ところが、その子が大きくなった時、病気(おそらく日射病)になり、息を引き取りました(19、20節)。これはシュネムの女はもちろんのこと、エリシャにとっても大きな信仰の試練でした(27、28節)。しかし主はエリシャの篤い信仰の祈りと子どもに対する濃やかな配慮が行き届いた愛に応えて、その子をよみがえらせてくださいました(33~35節)。 「旧約時代は、神も神の助けも、また多くの霊的な事実もすべて目に見える形をもったものとして現された時です。私たちは、これを読む時、死に打ち勝ってくださった方(キリスト)を思い出さざるを得ません。キリストは、エリヤやエリシャのように祈りと身の接触によってではなく、大能のことばによって死人をよみがえらせました(マルコ5章39~42節、ルカ7章13~15節、ヨハネ11章43、44節)。それだけでなく私たちは『死人が神の子の声を聞く時が来ます。今がその時です。そして、聞く者は生きるのです』(ヨハネ5章25節)と言われたキリストのことばを思い起こすのです」(A・イーダーシャイム)。 四、誤って煮物のかまの中にはいってしまった毒を取り除いたエリシャ(38~41節) この奇蹟は、神は、栄養があり、健康的な物を加えることによって、その民の食料から有害な物を容易に取り除いてくださることを示しています。 五、二十個のパンと一袋の新穀で百人以上の人たちに食べさせたエリシャ(42~44節) この奇蹟は、四千人と五千人の給食と同じように、神は、そのしもべたちの乏しさを補うために予想外の食糧を容易に与えてくださることを教えています。この出来事が示していることは、エリシャは、真に主の預言者であり、主のしもべであるということです。拙著「ソロモンと王たちの生涯」26「エリシャの働きき(1)」より転載
2010.04.16
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「神のあかしと人のあかし」 甲斐慎一郎 ヨハネの手紙、第一、5章1~12節 キリスト者は、「あかし」という言葉を用いますが、この言葉は、「証」という語を含む次のような四つのことを意味しています。1.証明--事実の真偽を明らかにすること。2.証拠--事実を証明する根拠のことで、これは「物のあかし」 です。3.証言--事実を証明する言葉のことで、これは「言葉のあかし」 です。4.心証--裁判官が得た確信のことで、これは「心のあかし」で す。 ですから、ある物事の真偽は、「証拠」と「証言」と「心証」によって「証明」されるということができます。そこで「あかし」ということについて聖書から学んでみましょう。 一、神のあかしについて 聖書の中には、しばしば「あかし」という言葉が記されています。神は、様々な方法によってご自身を人間にあかししておられますが、これには五つの段階があります。 1.第一段階--自然界によるあかし 「ご自身のことをあかししないでおられたのではありません。すなわち、恵みをもって、天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物と喜びとで、あなたがたの心を満たしてくださったのです」(使徒14章17節)。 2.第二段階--預言者の声によるあかし 「この人はあかしのために来た。光についてあかしするためであり、すべての人が彼によって信じるためである」(ヨハネ1章7節)。 3.第三段階--聖書の言葉によるあかし 「あなたがたは......聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言(あかし)しているのです」(ヨハネ5章39節)。 4.第四段階--キリストによるあかし 「わたしが行っているわざそのものが、わたしについて、父がわたしを遣わしたことを証言(あかし)しているのです」(ヨハネ5章36節)。 5.第五段階--御霊によるあかし 「私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます」(ローマ8章16節)。 神は、このような五つの段階を通してご自身をあかししておられるのです。 二、人のあかしについて 先に述べたように「あかし」というのは、「証明」の「証」であり、「証拠」の「証」であり、「証言」の「証」であり、「心証」の「証」です。 ですから「あかし」をするということは、「証人として事実を証明する根拠を述べること」、また「証人として事実を証明する言葉を述べること」、そして「証人として心に得た確信を述べること」です。 キリスト者が「救いのあかし」という時に用いる「あかし」というのは、一般的に「救いの体験談」と言われます。このように言うことは間違いではありません。しかし言葉の厳密な意味から正確に述べるならば、次のように言うことができます。 「イエス・キリストが真の救い主であることは、私がその方を信じて罪から救われたという確かな証拠によって証明することができるので、そのことを証言(あかし)します」。 「イエス・キリストが真の救い主であることは、自分で信じて、『この方がほんとうに世の救い主だと知っている』私が(ヨハネ4章42節)、そのことを証言(あかし)します」。 「私が救い主イエス・キリストを信じてキリスト者になり、神の子どもであることは、御霊ご自身が、私の霊とともに、あかししてくださっているので、そのことを証言(あかし)します」。 三、人のあかしにまさる神のあかし この神のあかしと人のあかしについてヨハネは、「もし、私たちが人間のあかしを受け入れるなら、神のあかしはそれにまさるものです」と述べています(9節)。 神のあかしは、人間のあかしよりもまさっていることは言うまでもありません。しかしどちらにしてもキリスト教は、「あかしの宗教」なのです。
2010.04.12
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「証しの宗教」 甲斐慎一郎 使徒の働き、1章1~26節 「証し」とは証拠とか証明という意味です。キリスト教は、確かな証拠があり、証明することができる「証しの宗教」です。このことをキリストの復活から学んでみましょう。 一、キリストの復活は確かな証拠のある事実です ルカは、キリストの復活を述べる時、「数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された」と記しています(3節)。 ある事柄を事実であり真理であると主張する時、当然のことながら、その証拠を求められ、証明することが要求されます。キリスト教は、数多くの事実と真理を主張していますが、それは確かな証拠があり、証明することができるからです。 私たちが何かを信じるか信じないかという時、信じたいけれども信じられないという心と、信じたくないという心があります。前者は、真理を探求する「疑惑」で、知性の問題ですが、後者は、真理を拒否する「不信仰」で、意志の問題です。 主は、「だれでも神のみこころを行おうと願うなら、その人には、この教えが神から出たものか......がわかります」と言われました(ヨハネ7章17節)。真理を探求する意志があるなら、疑惑は晴れて、信じることができるようになります。しかし「神を知ろうとしたがらない」なら(ローマ1章28節)、すなわち真理を探求する意志がないなら、疑惑を解くことができる証拠を示されても、決して信じないでしょう。これが不信仰です。 主イエスは、「知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ」(マタイ22章37節)と言われましたが、キリスト教は、知性と理性を持った人間が十分に納得することができる確かな証拠のある宗教です。 二、キリストの復活は確かな証言のある事実です それでは証明の方法は何でしょうか。キリストの復活は歴史的な出来事ですから、他の歴史的な出来事と同じように科学の実験室において再現して証明することはできません。しかし裁判と同じように人的証拠(当事者本人と証人と鑑定人の証言)と物的証拠(検証物と文書)と心証(裁判官が心中に得た確信)による「歴史的証明方法」があります。 主の復活に関する人的証拠は、当事者のキリストの証言、証人である弟子たちの証言、鑑定人に相当するキリストに敵対するユダヤ人の証言があります。物的証拠は、検証物として空虚な墓、文書として聖書をはじめ多くの文献があります。礼拝の日の変更という傍証もあります。これらの本証に対して決定的な反証は一つもなく、当時の人々が復活は真実であるという心証を得たのも当然です。キリスト教は、確かな証言のある宗教です。 三、キリストの復活は確かな証人のいる事実です 証人とは、見聞きしたことを証しする人です。使徒たちは実際に主の復活を見聞きした「イエスの復活の証人」でした(22節)。パウロは、キリストが三日目によみがえられたことに関して、ペテロに現れ、それから十二弟子に現れ、その後、五百人以上の兄弟たちに同時に現れ、ヤコブに現れ、使徒たち全部に現れ、そして最後に月足らずで生まれた者と同様な私にも現れてくださいましたと述べています(第一コリント15章5~8節)。 しかしキリスト者も聖霊が臨まれる時、主の証人となります(8節)。なぜなら私たちが信仰を持つ時、「御霊ご自身が......あかししてくださいます」(ローマ8章16節)とあるように聖霊の証しが与えられるからです。 二千年前のイスラエルにおいて復活されたキリストが現在の日本にいる私たちのうちに住むようにさせてくださる方は聖霊であり、その聖霊を受ける条件は信仰です。言い換えれば、二千年前に復活されたキリストが聖霊によって信じる者の心の中に生きて証しをされるので、私たちは主の証人となるのです。 主の復活という客観的、歴史的な事実があるからこそ、このような主観的、神秘的な体験が可能であり、真実なのです。キリスト教は、確かな証人のいる宗教です。
2010.04.09
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「ともに歩んでくださる復活の主」 甲斐慎一郎 ルカの福音書、24章13~35節 復活された主は、エマオへ行く途中のふたりの弟子にご自分を現されました(15節)。 一、ふたりの弟子が死人の中からよみがえられた主をイエスだとわかるまでの経緯 ルカは、エマオへ行く途中のふたりの弟子の姿について三つのことを記しています。 1.ふたりはイエスの弟子であり、師であるイエスについて語り合っていましたが、その顔つきは、暗く、悲しげで、前途に失望していました(17、21節)。死人の中からよみがえられたイエスは、このようなふたりの弟子に現れただけでなく、話しかけ、彼らの悩みに耳を傾けてくださいました。「しかしふたりの目はさえぎられていて、イエスだとはわからなかった」のです(15~19節)。 2.ふたりの弟子が悲しげな顔つきをして前途に失望していたのは、イエスの復活を信じなかったからですが、それは聖書を信ぜず、心が鈍くなっていたからです。それでイエスは、聖書を説き明かし、彼らの鈍い心を悟らせ、閉じている心を開かせ、冷えている心を燃やしてくださいました(25~27、32節)。「しかしふたりの目はさえぎられていて、イエスだとはわからなかった」のです(16節)。 3.弟子たちは、その見知らぬ人の話を聞いているうちに心が燃えていることに気づきました(32節)。もしその人と別れたなら、それで終わってしまい、心も冷めてしまったことでしょう。彼らは、その見知らぬ人に「いっしょにお泊まりください」と言って無理に願い、ともに食卓に着きました。「イエスがパンを取って祝福し、裂いて彼らに渡され」ました。それを見た「彼らの目が開かれ、イエスだとわかった」のです(29~31節)。 二、私たちが死人の中からよみがえられた主をイエスだとわかるまでの経緯 詩篇19篇は三つのことを教えています。1.自然界を通して語りかける神(1~6節)2.聖書を通して語りかける神(7~11節)3.聖霊を通して語りかける神(12~14節) 人が神を知り、救いにあずかるためには、この三つの段階を踏まなければなりません。 1.聖書は、「神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです」と教え(ローマ1章20節)、神は、人類の歴史を通してご自身を現され(使徒17章26節)、イエスは「数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示され」ました(同1章3節)。これは神を知り、救いにあずかる第一段階ですが、これだけでは、不十分です。 2.「イエスは、モーセおよびすべての預言者から始めて、聖書全体の中で、ご自分について書いてある事がらを説き明かされ」ました(27節)。「聖書が、わたしについて証言しているのです」(ヨハネ5章39節)と主が言われたように、神は聖書によってメシヤを啓示されました。これは神を知り、救いにあずかる第二段階ですが、まだ不十分です。 3.パウロは、「聖霊によるのでなければ、だれも、『イエスは主です』と言うことはできません」と述べています(第一コリント12章3節)。私たちは、エマオへ行く途中のふたりの弟子のように、「いっしょにお泊まりください」とイエスを招く時(29節)、「わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする」(黙示録3章20節)という主との交わりの中に入れられます。この時、聖霊によって目が開かれ、イエスだとわかって、「イエスは主です」と言うことができます。 このことを聖霊の働きということから述べるなら、神は、聖霊によって私たちに神のことばを「思い起こさせてくださ」り、救い主イエス「についてあかしし」、「罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせ」、「すべての真理に導き入れ」てくださいます(ヨハネ14章26節、15章26節、16章8、13節)。これこそ神を知り、救いにあずかることなのです。
2010.04.05
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「ほふられた小羊」 甲斐慎一郎 イザヤ書、53章1~12節 聖書には、羊に関する記事が多く記されています。なぜなら聖書の舞台となっているイスラエル人は、遊牧民族として、羊は牛とともに彼らの生活を支える「いのちの糧」であり、また彼らは宗教民族として、それは神にささげる大切な「いけにえ」だからです。 このように羊は、イスラエル民族にとっては宗教と生活の両面から欠かせないものでした。しかし私たちにとって羊は、どのような意味を持つのでしょうか。それは、霊的または信仰的な意味があります。すなわち聖書は、羊を通して私たちに人間の姿と神の救いに関する大切な真理を教えているからです。 一、迷える羊--罪人の姿 「私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの自分かってな道に向かって行った」とイザヤは罪人の姿を記しています(6節)。「迷う」という言葉には、次のような三つの意味があります。 1.知性の面から見るなら、真理を見失い、分からなくなっていることです。人生の目的と、人がほんとうに歩むべき道を見失い、いったい何のために生きているのかが分からなくなっている人は、「迷える羊」です。 2.感情の面から見るなら、「血迷う」という言葉に表されているように、正常な感覚を失い、狂っていることです。罪を罪と感じない人は、「迷える羊」です。 3.意志の面から見るなら、心が定まらず、意志がどっちつかずによろめいていることです(第一列王18章21節)。神に従うか、それとも世に従うか、善を選ぶか、それとも悪を選ぶかなど、意志が定まっていない人は、「迷える羊」です。 私たちの姿は、どうでしょうか。 二、飼われる羊--キリスト者の姿 このような「迷える羊」に対して、聖書が教えているもう一つの羊の姿は、牧者なるキリストに「飼われる羊」です。飼われる羊は、どのような姿でしょうか(ヨハネ10章1~18節)。 1.牧者であるキリストの声を聞き分ける羊です 飼われる羊は、牧者であるキリストの声と、そうではない者の声とを正しく聞き分ける力を持っています。 2.牧者であるキリストについて行く羊です 飼われる羊は、「ほかの人に決してついて行」かず(同10章5節)、ただ牧者であるキリストに従っていくのです。 3.牧者であるキリストに養われている羊です キリストが「わたしが来たのは羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです」と言われた通りです(同10章10節)。 私たちは、ほんとうに主の羊でしょうか。 三、ほふられた小羊--救い主の姿 「迷える羊」は、また「失われた羊」であり、その行き着く所は滅びです。これに対して「飼われる羊」は、「見いだされた羊」であり、その行き着く所は、天の御国です。私たち人間は、「迷える羊」か「飼われる羊」かのどちらかです。 聖書には、キリストについて「ほふられたと見える小羊」、「ほふられた小羊」という言葉が記されています(黙示録5章6、12節)。キリストは、不幸な迷える羊を幸いな飼われる羊とするために、ご自身が「ほふられた小羊」となって「私たちのすべての咎を」負ってくださったのです(6、7節)。 私たちは、自らが迷える羊であることを素直に認め、そこから救われることを切に求めて神に立ち返り、私たちの罪のために「ほふられた羊」となってくださったキリストを信じて、幸いな飼われる羊となっているでしょうか。それとも、ほふられた羊となってくださったキリストを拒み、迷える羊のままで、ついには滅んで行く者でしょうか。 私たちの前には、いつもこの二つの道があり、神は、ほふられた羊を信じるように私たちを招いておられるのです。
2010.04.01
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