ユーカリの木陰で里の行
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今年5月21日の今日は、サカダワSAKADAWA。お釈迦様が誕生し、悟りを開き、涅槃入りしたとされる縁起のトリプル良い日である。そうして5月7日の新月から満月になるサカダワまで奇跡の15日間ともいわれ、仏教徒にとっては最もホーリー度が高い期間とされる。私もせいぜいスピな日々を送りたい、と思っていた。地元のチベット仏教センターでもシャンティディーヴァの『入菩薩行論』の詠唱会とかサカダワプージャとかイベントもいろいろと予定されていたし。なによりも13日から始まる週末のニュンネNyung Nyeリトリートを楽しみにしていたのだった。この3泊4日のチベット密教・浄化の行のことは何度かブログにも書いた(よろしければ2013年10月と2014年3月の日記もあわせてお読みください)。慈悲の化身、千手観音様を観想し、瞑想や五体投地、真言詠唱などの行を積むのだけれど、絶食、絶飲、無言の行とか戒律がいろいろとあるので、なかなかしんどいのだ。けれどそのぶんものすご~くパワフルで、無事やり遂げた後の浄化感やパワーアップ感といったら、言葉では言い表せないほどで。けれどここでは年に2回しか開催されないので(ちなみに参加者もあまりいないのだけれど)、1度逃すと次は半年後か、悪くすると1年後かって状況になってしまう。私が前回参加したのはちょうど1年前、ダライラマ法王の密教リトリート入りする直前だった(詳しくは2015年6月の日記に)。その次のニュンネはダディンが行ってしまったので、ほぼ1年ぶりということで、この日を待ち兼ねていたのだった。サカダワ・スピ週間にニュンネできるなんて、なんてラッキーなの!功徳もミリオン倍増ね、と。ところが、あろうことか、ニュンネ入りを控えた5月9日、また膿瘍で緊急手術入院になってしまったのだった!ひぇ~~~!!!実は、去年ハロウィーンの日に膿瘍で緊急手術入院をしていたので(詳しくは2015年11月の日記に)、今回その兆候を認めたとき早めに対応しようと4日に早々と病院に行っていたのだった。ニュンネを控えていたので、なんとしても手術は避けて抗生物質で治したいと思っていたもので。なのに…。とはいえ、今回は対応が早かったぶん手術も緊急とはいってもセミ・イマージェンシーくらいで済んだ。前回はとにかく急を要していたので有無をいわさずパブリック部門に回されてしまったけれど、今回はプライベート保険にも入っていたということでそちらに回してもらえた。手術のクオリティ自体はどちらでも同じだそうだけど、そのサービスの違いに驚いてしまった。まず看護師さんたちから構ってもらえた。パブリックの方は急を要する駆け込みの患者たちがベッドの空き待ちって状況だったけど、プライベートの方は予約入院の方が多いそうでベッドにも余裕があるせいか(ちなみに2泊目の夜など私のいた4人部屋のベッドの半分は空いていた)、看護師一人頭の患者担当数が明らかに少ないように見受けられた。かつ、駆け込み救急という切羽詰まった患者さんが少ないぶん、あまり手も取られないようで。前回パブリックに入院したときには看護師さんたちはとにかく滅茶苦茶忙しそうだった。とりわけ夜など手一杯も目いっぱい、その限界を超えていたのか、ナースコールを押してもなかなか来てくれないし、頼みごとによっては無視されてしまうとか、ムッとされてしまうとか。それでも手術待ちの切羽詰まった状況では呼び止めずにはおれなかったのだけれど、術後自分にちょっと余裕ができてからは最大限看護師さんたちのお手を煩わせないよう心を配っていたのだった。それがこっちの看護師さんたちはどこかのんびりと穏やかに(そう見えただけかもしれないけど) 動いてらした。様子も小まめに見に来てくれたし、誤って気づかぬ間にナースコールボタンを押してしまっていても(というのも、ボタンがTVリモコンについているため耳に当てているとついオンになってしまうことが多かったもので…)いつもにこやかに対応してくれたし(ついでに世間話とかしていったりして)。食事も、そこら辺のカフェに負けないくらい美味しかった。病院なのに、ディナーともなればパナコッタやチーズケーキ、チョコレートムースなんてデザートまでついてきたし、赤ワインまで頼めた(飲んでいいのかっ!?)。三食にくわえ、モーニングティーやアフタヌーンティーまで振舞われていたし(これはパブリックも同じなんだけどね)。病院の食事は朝が8時過ぎと遅いうえに、6時前には夕食がきてしまうので、その間隔はかなり短くなってくる。さっきランチ食べたのに、もうケーキが出てきたって感じね。でもって、ベッドに転がっている以外一日何もしてないので少し残そうとか思っても、美味しいのでついつい全部平らげてしまった。あの病院食を完食していたら、成人男性の一日当たりのカロリー摂取量(しかも肉体労働者の方ね)を大幅に超えていたハズだ。このまま長居してしまったら間違いなく大太りしそうだったけど、ゆっくり本も読めるし、なかなか快適なので、このまま暫くいてもいいかなぁ~などと思ってしまったほどで。今回ニュンネできなかったのは残念だったけど、病気も浄化の一形態だっていうし、サカダワ・スピ週間にとりあえず浄化はできたのだから、まっ、いっか、みたいな。とにかく今回は軽く済んで良かった、と呑気に考えていたのだった。ところが。執刀した専門医との手術十日後の経過見で思いもよらぬ事態に。退院後、訪問看護師さんが毎日包帯を換えにきてくれていたのだけれど、その処置が適切でなかったため、また化膿してしまった!?というのだ。とにかく抗生物質を服用してみて、それで治らなかったら再手術が必要になる、と!?ウソでしょ……なぜっ???一瞬ボーゼンとしてしまった。実際ここ数日は痛みが酷くなっていたのだけれど、看護師さんに毎日見てもらっていたので安心していた。痛みはそのうち消えるし、順調に回復していると言われていたから。けれどやはり痛みは身体のバロメーターなんだ。痛みがあるということは絶対に何かがおかしいという危険信号なのだった。だけど、なぜっ?悪化してしまった理由は医師の説明でわかったけれど(ちなみに、手術自体が失敗だったという可能性はないんだろーか?とも後で思ったが…)、いずれにせよ、カルマ的にはどんな意味があるのだろうか?と。ダライラマ法王のタントラリトリートに参加したときに見た夢を思い出していた(詳しくは2015年6月の日記に)。イニシエーションの前夜、法王から夢に注意を払うように言われて見た、浄化の夢を。その密教の秘儀を受けるには、私にはまだ準備が整っていないけれど、浄化をすれば大丈夫だという門出の夢だった。あれからそろそろ1年が経つけれど、今も未だあの電車に乗る夢は見ていない。浄化がまだまだ足りないってことだろーか?あの手術くらいでは生温すぎた、とか??思い返せば、わたしはこの半年間で3回も急患に駆け込んでいる。急患のお世話になったことなど、ジンセイ長らく生きてきたけれど、大学のころに誤って耳かきで鼓膜を破ってしまったときと(トホホホ…)、出産で破水したときくらいである。それがこの半年間だけで、膿瘍の手術にアレルギー反応による顔腫れ、また膿瘍と、3回も。もちろん単なる偶然かもしれないし、年のせいかもしれないし…。だけど直感では法王のリトリートとも関係しているような気がしていた。そうだ、浄化に関しては前回の手術のとき病気と浄化に関する霊的な夢も見たのだった(2015年11月の日記に)。あのとき思ったことがあった。10月にニュンネ行をしていたら、手術にはならなかったのだろうか?と。顔がヘリウムで膨らましたみたいにパンパンッに腫れあがってしまったときも自分の負のカルマと浄化について考えないわけにはいかなかった。だからこのニュンネ・リトリートを心待ちにしていたのだった。もちろん、そこで起こる神秘体験もスピ友たちと一緒にできることも楽しみな要因ではあったのだけれども。そうこうする間も痛みはどんどん酷くなってゆき、そのうち歩くのも座っているのも辛くなってきた。抗生物質の副作用か、胃や体調まで悪くなってきて、心配して連絡をくれたスピ友、リリセさん(仮名)がプージャで回復の祈祷をするように手配してくれた。大勢で祈ればそのパワーも倍増するから、と。このぶんじゃ自分は明日のプージャは行けないかもしれないと思った。みんなで祈ってくれるって言うし、その場に本人居合わせるっていうのもなんだか気恥ずかしいし、今回は行けなくても仕方ないかなぁ、とも。だけど、奇跡の15日間―初日の『入菩薩行論』の詠唱にしか参加できなかっただなんて…。改めて思い返せば愕然としてしまった。その夜、また夢を見た。大きな寺院のような会場でプージャの儀が始まろうとしていた。臙脂色のチベット仏教の袈裟を纏った僧侶たちも大勢いらした。ちょっと外れた場所だったけど、誰かが私の席を取ってくれていた。私は自分の体を思い参加できるかな、と案じている。でも思い切って参加しようと思ったときにハッと目が覚めた。ものすごく鮮やかでリアルな夢だった。時計を見れば12時。私がスピリチュアルな夢を見る時間である。プージャが始まる前に目が覚めてしまったことが残念だった。夢に戻って参加できないものかとも思ったけれど、それが叶わないなら、何があっても参加しようと腹をくくった。それで悪化してしまっても構わない。なんとかなるだろうから、と。久しぶりに感じた強烈なdetermination、確固たる決意だった。「え、行くのっ?止めといた方がいいんじゃないの」とダディンからは言われた。けれど参加してよかった。プージャは素晴らしかったし、心配してくれるスピ友達の存在もありがたかった。行く前はぼろぼろだったのに、かなり元気になって帰ってきたのだった。そうして帰ったら、チベ仏の高僧ラマ・ゾパ・リンポシェの言葉を記したメールが届いていた。Normally people think happiness and suffering comes from outside.That’s not true!Happiness and suffering depends on the way you think.私たちは幸福や苦悩は外から生じるものだと思っているけれど、そうじゃない。幸福も苦悩もあなたの考え方次第なのです。読みながら今回の病気のことを考えていた。私は自動的に「苦悩」のレッテルを貼ってしまったけれども、これを「幸福」と考えることはできるだろうか?膿瘍の兆候に気づき、手術を避けたかったので早めに病院に行ったにもかかわらず、2回も手術が要るかもしれない、という状況に陥ってしまった。この事態を災難ではなく、幸福だと考えることはできるだろうか?と。まず恵まれている、と思った。世界には適切な医療を受けることができず苦しんでいる人たちが大勢いるというのに、すぐさま緊急手術入院という対応をしてもらえたのだから(しかも入院生活リッチだったしな…)。そのうえ退院後は訪問看護サービスまで受けられて。会いに来てくれる家族もいる。心配してくれる友達もいる。ニュンネを逃してしまったことは残念だったけど、思えばこのパワフルなサカダワの2週間で手術を(もしかしたら2回も)受けなきゃならないほど病んだことで、大量の負のカルマを浄化できたんじゃなかろうか?なにぶん「奇跡の15日間」、浄化の量も倍々増だったかも。これでもしかすると、法王のリトリートで見た夢の続き、次は電車に乗る夢もめでたく見られるかもしれない。次のニュンネには参加して素晴らしい体験を積むことができるかもしれない。なによりも、何があっても参加するゾ!と強い決意を固めることができたのだった。何かを成し遂げるにあたって極めて重要な心的姿勢も経験できたし。そんなふうに考えているうち、もしかしてこれってばそれほど悪くない、もしかすると幸運な状況なのかもしれないナ…とも思えてきた。26日にまた執刀医と会う。幸福も苦悩も私の考え方次第なのかもしれないけれど、やっぱ再手術、したくないだろ、とは思う。皆様がたくさんの、たくさんの幸福とその因に恵まれますように。苦悩とその因から速やかに解放されますように。OM MANI PADME HUM
2016.05.21
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