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ロスに戻ってます@かっぱ母 書きたい出来事はたくさんあるのに、PCが壊れてしまって 今、日本語で書けない! さっきも、日本語で出したのに、文字化け! ネットがない分、時間は出来たんだけどね(笑 さて、これも文字化けするかな???
September 29, 2004
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久々のネットアクセス@まとめて書くぞ~! 台風が来ようが、ハリケーンがキューバを襲おうが、 イラクで人が死に続けようが、北朝鮮で爆発が起ころ うが、地球上のどこかで人々はスポーツに興じている。 地球って星、すごくない? 人間の文化って、戦う本能からスポーツを生み出して 来たわけで、原始的な殺し合いも、進化した形のスポー ツ、その両方ともまだ健在なんだよね。 早く、ワールドカップの結果で、4年毎に国境が変わる なんていう時代が来ないかなあ(笑、半分マジだよ!) 私が、岩国で、台風で飛ばされた屋根の下で、その片 付けをしている間にも、スポーツは常に現在進行形で、 PCに向かう時間もエネルギーもない私のことなども 当たり前だが、おかまいなく、9・11から3年目の NYでは、USオープンが開かれた。 その残り少ないエネルギーを、真夜中、もしくは早朝の 試合中継に取っておいて、何とか数試合、見ることが 出来た。ウレシイ♪ どうして、戦う人を見るのが好きなんだろう? 自分はどんな戦う人を見たいんだろう? (あー、でもヒューイットの決勝でのアップダウンは、 見てて力抜けたなあ。学ぶとこはいろいろあった) USオープンは終わってしまったけど、今、注目の戦う 人が何人かいる。 私のファイターズランキングNO1は、やっぱり古田! ニュースでは、現在の野球界の存続をかけて、戦う古田 の顔が映し出されない日がない。 同じ戦いでも、人によって戦う相手も、ゲームも違う。 でも、スポーツのために、スポーツを通してではなく、 古田のように、選手という領分以外の戦いの中に身を 置く人は少ないのではないか? いろんな意見があるかもしれないけど、純粋に、彼の 戦う姿は、記録を目指すイチローより、ヤンキースの 松井より、USオープンのどんな選手より、歴史的に 特に日本のスポーツ界にとって重要だと思う。 今朝のニュース番組で、古田を育てた野村監督が、古 田について語っていた。(イヨッ!ノムさん、久しぶり!) 絶対的な実績、分析力を持つ当時の野村監督の指示に、 誰も意見することはなかった。 その中で、古田だけが、納得がいかなければ質問し、 意見してきたという。 YES MANではない。 考える選手であったことは、立命館大学時代の監督も証 明する。 USオープンを制覇したフェデラーには、今、コーチが いないらしい。観客席にいた彼女がマネージメントなど 全般的にサポートしているとアナウンサーが伝えた。 (とっても大人の雰囲気のカップルだと思いません?) 彼もまた、ひとりで戦うこと、自分で考えることを、自分 自身に課した人だ。 イチローは、先週の2試合、珍しくノーヒットで、その時 のコメントで、「周りがうるさいので」と不機嫌な顔をし た。 日本にいると、それほど活躍していないヤンキースの松井 の、日本でのマスコミでの露出度に、なんかコマーシャル リズムのいやらしさを感じる。 最初から愛想のなかったメジャーリーガー野茂や、未だに 扱いにくそうなイチローと比べて、対マスコミ優等生の松 井は、気遣いの人らしいが、そんなことよりもう少し野球 に集中して欲しいもんだ。 日本にいないと見ることの出来なかったものがもうひとつ。 今期、日本人として、NBAプレイヤー第一号を狙う田臥 の出てるコマーシャル。 アメスポにも、彼のレポートやフォトギャラリーなどが掲 載されている。 (http://www.amespo.com) ギラギラしてない、何だか気が抜けそうなくらい、優しそ うな表情の青年だ。 「へー、どんなプレイするんだろう?」 と、先入観とその外見のギャップに逆に興味を持った。 戦う人達。 海の向こうでは、娘達がコートに立っていた。 残念ながら、2週目には残れなかったようだけど、シード 選手に対して、どんなプレイをしたのか、そのスコアから 想像してみる。 どんな結果であろうと、戦う意志を持つ限り、勝とうとい う気持ちでコートに向かう限り、子供達に対する敬意は 失わないでいたいと思う。 私の戦いはスポーツではないけど、スポーツを通して 戦う人達は、いつも勇気を与えてくれる。 そういうエネルギーを求めて、スポーツを見るんだよね。 子供のテニスも同じ。 早くロサンゼルスに帰って、子供達のプレイを見たいなあ。 あと2日!
September 14, 2004
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実家が半壊したらしい@台風18号 「やばいなあ・・どうしよう、行くの、やめようかな」 と思いながら、おととい、実家を後にした。 名古屋での万博の打ち合わせと、兄弟との家族会議の ために、今日まで名古屋にいる。 皮肉なことに、その兄弟との話し合いの最中に、実家の 屋根が飛び、雨で、2階の部分から下の台所まで、水浸 しになってしまったらしい。 離れに住んでいる従兄弟が電話で報告してくれた。 誰も住んでいない実家の行く末を、手放すことも含めて 話しながら、故郷について、いろんな思いを巡らせた。 オリンピックでは、いつも選手の出身地で応援する地元 の人の姿を放送する。 あれって、かなり日本特有のものかもしれない。 浪花節、入ってるよなー。 最初から故郷というのを持たない人もいる。 故郷を自ら後にした人もいる。 テニスだけではないけど、多くのアスリートは、故郷 を若いうちに離れる経験をしている。トップになれば なるほど、その確率は高い。 遠征とかそのレベルではなくて、自分の意志で、故郷 を後にするアスリートが多いことは、この間のオリン ピックでもよくわかった。 その分、故郷に対する思いも強かったりする。 あ、今、広島の友達からメール。 半壊した家に泊れそうもないので、宿の確保。 故郷に家がなくなっても、故郷には友達がいる。 さて、帰り支度。 ロサンゼルスに家族がいなかったら、あそこを 第2の故郷だと思えるだろうか? あの青い空と、軽い空気は、日本から帰ると確かに ホッとするんだけどね。 帰る場所には、いつも人がいる。自然がある。 迎えてくれる人や自然のない場所は、故郷じゃないな、 やっぱり。 さて、家の中の整理、一週間くらいかかりそうだ。 またロスへ帰る日が延びてしまった。 昨日のショックで開き直り、ホームシックが吹っ飛んで、 何だか、気分を切り替えていけそうな今日。 うちなんかより、ずっと被害の多かった人達もいるし、 お年寄りしかいない家もあることを思うと、まだまだ 恵まれている。 あの戦争の中で、サッカーを続けることを考えていた イラクチームというのも、すごいよね。 別の見方をすると、戦争を生き抜くためにも、サッカー という自分の一番好きなものを、心の中で大事にしてい たのかも知れないね。 逆境は、いろんなことを考えさえてくれる。 久々の眠れない夜を過ごして、今朝は快晴。 実家がなくなることになっても、きっと新しい展開が 待ってるに違いない。 と思っていると、今度、12月にロスに遠征に来る ことになった某クラブのコーチから電話。 立ち止まってる場合じゃないね(^^) さ、今日も、心を軽くして、電車の旅だぞぉ!
September 8, 2004
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書き始めた途端、グラグラ!@名古屋 再び、青春18切符で名古屋に戻ってきた。 台風の迫る実家を離れるのは、ちょっと気が引けたが 仕方ない。 いろんなことが世界中で起こっている。 その中で、どうやらプライオリティの高いのは、台風 らしく、ニュースでは延々と西日本の様子を伝えてる。 マリア・シャラポワがUSオープンで負けた時、 「世界では、私の負けよりずっと大事なことが起こって いるわ」とコメントしたらしいが、逆に、考えてみる と、たかがテニスの試合が、こんなに全世界的に報道さ れるというスポーツ文化を持つ地球人って、すごいかも しれない。 そして、日本では、プロ野球界が大揺れで、選手会の 決断は、ストライキを決行か!?というところまで来て いる。 で、思うんだけど、これって、アメリカのメジャーリー グでは見ることの出来ない状況だよね? 現役の選手が、オーナーと直接交渉するなんてこと、そ れもシーズン中に?ってのは、もしかして、アメリカの ベースボールの構造上、ないんじゃないの? 古田とか、高橋のスーツ姿を見ながら、何か違和感を禁 じえない。 日本の選手には、まだエージェントとかはついてないの? それはあんたらがやる仕事なの?って感じ。 なんてことが起こっている中、USオープン、女子シン グル、浅越ベスト8進出! 彼女も関西だったよね? 地震が心配なところだけど、その心配を吹き飛ばす位 の勢いでがんばってほしいな。 阪神大震災の時、確か、あの当時、現役だった沢松選手 は、海外のどこかの試合に出てたと記憶する。 テニス一家として名門の彼女の実家(西宮だったかな?) は、あの地震で崩壊したらしい。 地球上の災害とか、事件とか、そんなものが起こる中で 戦い続けている人達がいて、それを支えるスポーツ文化 がある。 こういう時、「スポーツって何だろう?」って考えて みる。 おー、外はすごい風になってきたぞ! あ、そろそろアポの時間だ。行かなくちゃ! 今日は豊田スタジアムへ。 ではでは、また。
September 7, 2004
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自分の子供は何人(ナニジン)なんだろう?@かっぱ母 別に何人でもいいし、ロサンゼルスなんてとこに住んで いると、両親の国籍が違う子供なんてザラにいるので そんなことを考えることすら無意味に思える。 ただ、文化の違いは、育った環境で出てくる。 うちの娘達も、その人生のほとんどをアメリカで過ご しているのだけど、毎日の生活の中でそれを特に意識 することもない。 それでも、時々、「やっぱり、アメリカ人、入ってる」 と思うことがある。 昨日もそうだった。 誰も住まなくなった日本の実家は、この夏の台風で、か なりダメージを受けてしまい、私は滞在期間を延ばして、 その修理の手配をすることになった。 まあ、たまたま帰っている時に台風が来て、こういう状 況になったというのは、ある意味、とてもラッキーとも いう。 しかぁーし! ロサンゼルスに帰れなくなって、かなりホームシック気味。 当初の予定は2日だったのに!帰りたいよ~! そんなところへ、昨日の地震。 真夜中、ゆらゆら揺れる実家にひとり。 「ゆれとる、ゆれとる・・・」 頭の上の屋根は、前回の台風で、修復途中。 いつ落ちてくるかわからない(ちょっと大袈裟!) 思わず、ロサンゼルスに電話する。 いやー、心細くなるもんだよー。 ここにひとりで住んでた母が、亡くなる数年前に起こ った地震で、しばらく精神的に不安定になったという のも、何だかわかる。 今回は、近畿地方で強く揺れたらしいので、ニュース を見ながら、 「阪神大震災を経験した人達は、かなり恐い思いをして るんじゃないかなあ」 と他人事だとは思えない気持ちになる。 そういうトラウマって、結構、心に残ってるもんだからね。 布団の中から、国際電話の番号を押す。 寝ぼけたあさちゃんの声。 日曜日なのに、お父さんはもう仕事に行ってるらしい。 「はーちん(KIKI)が話したいって」 KIKIのふにょふにょした声。(以下、英文意訳) 「台風ってフロリダみたいなの?」 そうか、フロリダも今、すごい被害なんだ。 「うーん、あんなにはひどくないけど、おばあちゃんの 家、古いから修理しなくちゃいけないんだ。」 「いつ、帰ってくるの?」 「遅くても15日までには帰るから、カービーにそう言 って。」 「OK。」 「じゃあね。」 と言って、電話を切ろうとした。 その時、 「Mammy,」 「ん?」 「I love you」 忘れていた一言。耳に新鮮に響く。 「I love you,too」 愛してるよ、という言葉が、アメリカでは日常的に 家族の間で使われる。 うちのダンナは、日系アメリカ人だけど、アメリカ人 でよかったなあと思うことがいくつかある。 子育てに関して言うと、こういう言葉とか、ハグしたり することによる、家族間の愛情表現がわかりやすいこと。 カービーの家族も、みんな日系人で、他のアメリカ人と 比べると、とてもシャイな家族だ。もしかしたら、シャ イさにおいては、日本の家族よりも上かもしれない。 そんな家族ではあるが、カービーのお母さんという人は とても愛情深い人で、私がアメリカに来た時も、 「WELCOME TO MY FAMILY!」 と、しっかりハグしてくれた。 「日本人の顔してるのに、これ、ありなんだ」 嬉しいカルチャーショックであった。 昨日と一昨日、NHKの教育特集「子供が見えない」 という番組。 解決なんて、すぐに出きるわけじゃない。 でも、ホントに子供達に必要なのは、もしかしたら、 こういうシンプルな愛情表現なのかも知れないと思う。 と言うか、もしかして、私って、それしかやってないん じゃないの?・・・って今、気づいたかも(笑) 私達夫婦も、まるで友達のような関係で、実は未だに 「主人」とか「ダンナ」と呼ぶことに抵抗がある。 そこへやってきた、あさちゃんとKIKIという子供達 も、友達みたいな感覚で、すでに親歴16年であるが、 親としての自覚がまだない。 生まれた時から、あさちゃんはしっかりしていて、 おっぱいを飲みながら、 「ちゃんとご飯は作ってね、とりあえず」 なんて、目で訴えていたような気がする。 アメリカの多くの家族を見ていると、親が子供達と 友達同士のように付き合っている。 カービーがテニスを子供達に教えているのも、半分は 自分のテニス友達を増やすという目的のためであった と私は思ってる。 自分の好きな音楽を聴かせたり、映画を片っ端から 一緒に見たり、共有文化を作る努力(というのかどう かは疑問)は怠らない。 だんだん大きくなって、二人ともいっぱしの口をきく ようになり、そういう変化を見るのも、また楽しみの ひとつ。 (映画を見ている時の文句のつけ方とかが、カービー そっくりなのは気になるが) そして、家族であるってことは、そういう楽しいこと だけじゃなくて、辛いこと、悲しいことがあった時に その時を一緒に乗り越えることでもあるんだと思う。 そういう時が二人に来た時、自然にハグしてあげられ て、「I LOVE YOU」って言葉がかけられる のって、やっぱり、アメリカ文化なんだよね。 根っこが日本人の私には、子供がもっと日本人だった ら、恥ずかしくてきっと出来ないなあ。(^^; アメリカで育っている子供達は、それを自然に受けと める素地があるから、アメリカ人でない親の私でも 照れずに出来るわけ。 大きくなっても、子供をハグ出来るのって、いいな、 って思う。 うちの親は、一回もしなかった。出来なかったんだよね、 したくても。日本文化が邪魔して(--; だから、子供の文化に、アメリカ人が入っててよかった なあ、って。 いつも日本に来て、離れている時間が長くなる度に、 ロスに帰って、子供達をハグする時の幸せを想像しな がら、ホームシックをやり過ごす母でした。あと1週間・・・トホホ@台風再び接近中
September 6, 2004
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もちろん、見てましたよ>亀さん@教育番組 水谷先生のことを知ったのは、かなり前だったと思う。 その時には、単純に 「こういう先生もいるんだ、よかった、よかった」 と、夜の町に生きる子供達のために喜んだ。 それから、たまに彼のサイトを覗いていたりしたの だが、日本のテニスの子供達に関わるようになって から、しばらく遠のいていて、昨日は久々にアクセ ス。 相変わらず、盛況なサイト。 そして、昨日の番組を見ていて、一番印象深かったの が水谷先生の講演。 「キャラ、立ててきましたねー、水谷先生。」 そこには、というか、私の目には、全国各地を講演で 回り、マスコミの露出度も高くなった水谷先生の戦術 が見えた。 すなわち、「夜回り先生・水谷修」としてのキャラク ターを、マスコミや子供達にわかりやすく作り上げて いる彼の苦労が感じ取られたのである。 彼の講演は、まるで、何度も上演されているロングラ ンのお芝居のようだ。 熟練した演技、声のトーン、間のあけ方、計算された 視線、観客とのコンタクト。 「いや、お見事!」 別に批判しているわけでも、茶化しているわけでもない。 これは、彼の体力のコントロール方法であり、マスコミ 対応の戦術であり、同時に、彼が関わる子供達に対する 最大の誠意の表し方である(と信じたい)。 インタビューを聞いていると、かなりマジメな人だ。 同じリストカッターでも(私は中学2年から20歳まで 手の甲を切っていた)自虐行為をする理由が全然違う。 「出来ない自分を罰するために、罰を与えるために切っ てましたね。」 という水谷先生。 私は、2年前、自分の管理するMLでの投稿で 「血を見ると、アドレナリン?が分泌されて、気分が 落ち着く」 という生理的な作用があるということを知ったのだが、 やってた頃は、 「んー、何で、気持ちが落ち着くのかなあ?」 と、疑問を持ちながら、プレッシャー緩和をしていた。 あ、もちろん、その頃は、一人前に思春期してたんで、 そんなこと計算しながら、切ってたわけじゃないですけ どね(^^; 水谷先生の出会う子供達のリストカットは、かなり重症 なものが多い。 それは、逃げられない子供達の「生きたい!」という叫び 声だ。 リストカットではないが、高校の美術室で油絵を描いてい る時、誤って、ペインティングナイフで、指を切ったこと がある。 じわっと、暗くて濃い赤い血が、指の上に丸い丘を作った。 「・・・・・生きてる。」 その色にインスピレーションを感じると同時に、自分の 赤くもない肌の下にこんな色の液体が巡らされているこ とに、ほとんど感動していた。 水谷先生の話は、あんまりにも、フツウの生活をしてい る子供達にとっては、現実感がないこともあるだろう。 「何であんなにリキ入れてんだぁ?」 なんて思う子だっているに違いない。 でも、そういうフツウの生活の出来ない子供達、毎日、 学校に行くのが地獄のような子供達が沢山いるのは、 悲しいかな、現実だ。 そして、水谷先生の作り上げた彼自身のキャラの発す る言葉は、そういう子供達にとっては、彼らをその現 状から救い出してくれるかもしれない救急車のサイレ ンのような音がする。 そして、彼の関わった子供達に対する彼の罪悪感の表 明、「全部、僕が殺したんです。」という言葉は、そ っくりそのまま、無責任達な大人達へ投げつけられる。 無責任といえば、こうして、ロサンゼルスに子供達を 置いて、台風で飛んだ実家の屋根の修理のために、ま た帰る日を延ばすことになってしまった私などは、無 責任の代名詞のような親だ。(自覚症状はある、一応) いろんな事情で、一緒にいる時間がない代わりに、自 分が親として、心がけていることは、水谷先生がやっ てることと同じ、キャラを立てること。 自分の生き方を通して、伝えたいことを明確にすること。 今回、また長く家を空けなければならないことがわか っていたので、ロスを発つ前、子供達に尋ねた。 「ねー、やっぱり、フツウのお母さんみたいに、家に ずっといられるようにしようかなあ?」 すると、二人はケラケラと笑った。 「ママ、フツウのお母さんにならなくてもいいよ。 無理しなくても。変だよ(笑)」 よく理解してる娘達である。
September 5, 2004
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田舎の子はまだ健在!@岩国の山奥 今日、岩国の友達に連れられて、山の上のパン屋さんに ある架け替えの時に出た錦帯橋の古材で作られたお風呂 に入りに行きました。 あ、パンも食べましたよ(笑)。 そこの子供と一緒に、ソーラーパネルの並んだ櫓の上に ビーチサンダルで登り(地上10数メートル!)、怖い 思いをしたのだけど、何かちょっと子供の気分になれて 楽しかったな。 そう、こんな感じで遊んでた子供時代。 外で遊ぶ子供が少なくなった今、こんな感覚がわかる子供 もいないんだろうなあ。 なんて思っていたら、今、NHKの現代の子供を取材した 番組で、私が思っていたようなことを言ってる。 「なるほどなあ~!」 って、納得するんだけど、どうするべ? 「現代の子供は、ひとりになることを怖がっている」 「期待に過剰に応えようとしている」 「気を使う」 日本の子供達のストレスは、いろんなところで感じる。 子供同士の関係が、妙に表面的で、言葉で牽制しあって いるような、一種の気持ち悪さ(私からみればね)を感 じる。 ひとりになりたくない、仲間はずれになりたくないという 気持ち。 仲良くしていなきゃならないという強迫観念。 いじめられたくない、という気持ち。 そりゃ、怖いよね。 私も経験ある。 いじめも、登校拒否も。 でも、だからって、心にもない言葉を使ったり、友達に 媚を売ったりするなんてことは出来なかったなあ。 それは、うちの娘達にもDNAで伝わっているらしく、 日本の子供達と比べると、ホントに愛想がない(笑)。 ただ、彼女らが日本の学校に行ってたらどうだったろう かと、今日のこの番組を見て思う。 長崎の殺人事件とか起こると、マスコミは「考えられな い事件が起こりました」と騒ぎ立てる。 いやいや、こんなのは、表面化していかないと、無責任 な大人達は気づかないんだよ。今の子供の世界が、どん なに殺伐としているかなんて。 世の中の親の中には、未だにアイデンティティが確立し ていなくて、子供に自分を重ねて見る親も多いようで、 そのおかげで、子供は親の期待を一身に受ける。 そして、学校に行っても、本当の友達がいない。 親を裏切らないように、その期待に応えようと気を使う 子供達。 その「育てられる」苦労は計り知れない。 日本の子供達の目って、すごく冷静というか、大人に対 して、かなりシビアだ。 それはうちの娘達にも言えるのだけど、我が家の場合は、 親を親にするために「育てる苦労」をしているのは、娘 達の方かもしれない(^^; 育ててくれてる娘達に感謝してます。 あ、あさちゃん、サンタモニカのトーナメントでU18、 再び優勝。夏のローカル大会で、こうしてポイント上げて おくのも、まあ、戦術かもね。 (レベルそんなに高くないんですけどね)
September 4, 2004
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