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2012.10.21
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『怪奇な話』吉田健一(中公文庫)

 例えば、こんな一文は、どんなものなのでしょうか。

それで例えば船が進む方向に全く予期していなかった船が現れて衝突は免れないと見えた瞬間にその船が消える。

 どんなものなのでしょうかと書いたのは、どうですか、普通この文は一度読んだだけではすぐには分からないと思うんですが、そんなことないですかね。
 ただ、文脈が乱れているわけではないですね。
 一度文末まで読んで、もう一度最初から読み返せば、文の意味するものははっきりとしています。

 もうちょっと「分析的」に考えてみますね。
 この文が一読でわかりにくいのは、「全く予期していなかった」という部分が、冒頭に出てくる「船」に掛からないで、この後2番目に出てくる「船」に掛かるからでしょうね。
 だから、前から順に読んで理解していくと、2番目に「船が」と出てきたところで戸惑ってしまうのではないだろうかと思います。

 こんな場合、普通はどうするかというと、たぶん読点を打つんじゃないんでしょうか。
 ちょっと多いめに打ってみると、こんな感じですかね。

それで例えば船が進む方向に、全く予期していなかった船が現れて、衝突は免れないと見えた瞬間に、その船が消える。

 読点3つは、多すぎますかね。「全く予期していなかった」の前だけでも、だいぶ読みやすくなりますよね。

 さて、本書に書かれている文体とは、簡単に言うとこんなのなんですね。
 たまにこんな文が出てきたりする程度なら、なんとなく「味」があるような気もします。冒頭の文でも、2回目読む時はもうかなり読めるんですよね。頭の中に、その先が入っているから。
 しかし、全編こんな文章で書かれますと、はっきり言って、読むのにかなり苦労します。
 読みながら何度も思っていたのですが、筆者はいったい何のつもりでこんな文を書くのだろうかと。

 筆者吉田健一という方について、私の予備知識はほぼ皆無でありまして、知っていたのは、親父が吉田茂首相であるくらいで、そこから少し派生して、生活に全く困らないところで小説や文学に拘わっていた人ではないかしら、と。

 えー、これだけでもかなりバイアスの掛かった「予備知識」でありますがー、まー、いわゆる「高踏派」でありますかね。
 しかし「高踏派」だからといってこの文体は、どういったものであろうか、と。

 そもそも近代日本文学に「高踏派」というのはどういった方がいるのだろうかと考えてみまするに、私に教養がないせいで、一向に浮かんできません。
 取りあえずこの人を挙げておけば間違いないだろうかと考えたのが、森鴎外なんですが、当たっていますでしょうか。

 でも、鴎外の文章とは違いすぎるだろうと。
 小説に対する好きさ加減(って、こんな言い方正しいのでしょうか)が、この両者では全く違っているように思います。
 『雁』なんかに見られる描写には、いかにも鴎外が小説が好きで書いているという感じの個所がいっぱいありますよね。晩年の『澁江抽齋』なんかにもそんな個所があります。
 読みやすい文を書くと言うことは、例えば画家がデッサンやクロッキーをして我ながら上手に描けたという喜びと同種のものが、きっとある筈なんでしょうけれどもねぇ。

 本来小説なんて「高踏」なだけではどうしようもない存在ですよね。世俗や人間に対する興味好奇心がなければ書けるものではありません。
 ただ、こんな個所を読んだ時、ああ、と私は思いました。

木山が子供の頃は人間というのがいつもどこにでもいるものの積りでいた。それでその中にいて一人でいることが出来てそれが一人でいることなのを疑いもしなかった。その自分を取り巻く人達に誰か自分が惹かれているのがあればそのことを表すのは二の次で要するにその人に惹かれてそれが自分が一人でいることに加えられるのだった。

 一連のこのひどく読みにくい小説は、きわめて孤独な精神がわずかに自らの姿を語ったものではなかったか。それはため息のようなものでもあり、そもそも伝達の意思すらほとんどなかったのかも知れない、と。

 そう思うと、時空を越えてイメージが飛翔する話、あり得ない存在のものと交流する話などが主流のこの短編集がこの文体で書かれているということには、筆者の大きな必然があったのだろうと私は想像するのでありました。


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Last updated  2012.10.21 11:02:10コメント(0) | コメントを書く
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Comments

シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…
analog純文 @ Re[1]:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  シマクマ君さんへ。  おや、思わぬお方…
シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  いつも読ませていただいてます。あのせ…
analog純文 @ Re[3]:無理筋仮定を考えてみる(12/28)  七詩さんへ、重ねてのコメントありがと…
七詩 @ Re[2]:無理筋仮定を考えてみる(12/28) analog純文さんへ 私もときどき読書日記を…

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