近代日本文学史メジャーのマイナー

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2014.09.14
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『沖で待つ』絲山秋子(文春文庫)

 さて、少々過去を振り返ることをお許しいただければ、本ブログで取り上げる作品につきまして、最初はタイトルからもわかるように、一応日本文学史の教科書に載っている小説作品、つまり一定の歴史的評価が定まった(かなり定まりつつある)作家や作品の中から、比較マイナーな作家なり作品を取り上げようと思ったわけであります。

 しかしまー、わたくしそもそもあまり節操のない人格でありまして、いつの間にか、これも入れよう、あれもなんとかパスだろうと、基準がだいぶずぶずぶになってきまして、例えば日本文学史の教科書ではほぼ触れられない歴史小説を入れたり、そして、結構新しい作家の作品なんかが入っていくに至りました。
 で、本作もまた最近のお方の、芥川賞受賞作品であります。

 言わずもがなのことではありますが、「芥川賞」というのも、出版社の宣伝活動の一環で、そもそもこの賞を考えた菊池寛という方は、かなりジャーナリスティックな方であると同時にコマーシャリズム的視点にたけた方であったということでありますね。

 なるほどそう考えれば、1年間に2回もの受賞回数、複数受賞者も考えると2名プラスアルファの新人を毎年送り出すこと(該当作なしの年も確かにありますが)に対し、ひょっとすると多すぎはしないかという疑問が氷解されるんですね。

 昔、石川淳が、あれは野坂昭如の『四畳半襖の下張』裁判の証人としての発言でしたが、こんなことを言っています。(尋ねているのは丸谷才一特別弁護人です。)

丸谷 これまで、文学賞を受賞なさったことはおありですか。
石川 昔、芥川賞というものをね、あれはだれでももらうものですから。
丸谷 私ももらいました。
石川 ……。


 ちょっとついでの話になるんですが、上記の文章(会話のやり取り)は『作家の証言』丸谷才一編・朝日選書から引用してきたんですが、最後の行の「石川 ……。」の「……。」部ってのは、いったい誰が書き足したんでしょうね。石川淳が「てんてんてんてん」と言っていない(たぶん)以上、誰かが書き足したんですよね。
 丸谷才一かしら。とにかくかなりユーモラスであります。

 ……えっと、本線の話に戻りますと、「芥川賞」は、文壇という小さな集団の中にいる人にとっては、まぁほとんど当然のように一度はいただく(もちろん二度はないですが)ものであるようですが、しかし例えば、同時発表される「直木賞」とどう違うのかというあたりになってくると、その場その場で結構いい加減な言われ方をしているような気がします。

 一般的に芥川賞と直木賞の違いは、端的な言い方で言いますと「純文学」と「大衆文学」の違いと総括されるようですが、両者の区分はすでに多くの文学者が言っているように、もはや無意味であるとされています。
 いまどきそんな違いをうんぬんするものは畢竟時代遅れだ、と。(「畢竟時代遅れだ」というのは、今思い出しました漱石『こころ』の中のフレーズであります。)

 んじゃあ、なぜ相も変わらず二つ受賞させるんでしょうかね。
 審査をしている人は、みんな畢竟時代遅れの人なんでしょうかね。
 それともこのダブルスタンダードについては、大人の都合でみんな見て見ぬふりでいいんでしょうかね。

 ……うーん、今回わたくしとしては珍しく明確な主張をしてしまいました。たいがいぼやっとしたことしか書けない、いえ、頭の中にまとまらない人間でありますのに。
 ちょっと、視点を変えますね。

 いつかも書いたかもしれませんが、確か評論家の斉藤美奈子が「純文学」とは「起承転結」の「起承転」で終わる小説であるということを述べていたのですが、私にとってはとても説得力のある説明でした。

 わたくし思うのですが、やはり「純文学」と「大衆文学」は違うでしょう、と。
 そして、「純文学」用の「芥川賞」とは、新しい「起承転」小説を見せてくれるものではないのか、と。

 さて、冒頭の小説集の総タイトルにもなっている『沖で待つ』という芥川賞受賞作でありますが、うーん、これがまた、私にはあまりよくわかりませんでした。
 いえ、難しいところなどほぼない作品であるのですが、安定した手練れた作品という感じもするのですが、そうであるほどに、私の(勝手な)定義(本当は斉藤美奈子の定義)であります「新しい『起承転』小説」の部分が、どうもわからずじまいでありました。

 もちろんそれは「私の(勝手な)定義」であります。
 しかしすべての読者が、それを持っているのであります。


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Last updated  2014.09.14 13:01:12
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Comments

シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…
analog純文 @ Re[1]:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  シマクマ君さんへ。  おや、思わぬお方…
シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  いつも読ませていただいてます。あのせ…
analog純文 @ Re[3]:無理筋仮定を考えてみる(12/28)  七詩さんへ、重ねてのコメントありがと…
七詩 @ Re[2]:無理筋仮定を考えてみる(12/28) analog純文さんへ 私もときどき読書日記を…

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