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2015.03.28
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カテゴリ: 明治~・劇作家

『元禄忠臣蔵・上下』真山青果(岩波文庫)

 太宰治は自作『お伽草子』の中で、「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」と書き進めていき、最後「舌切雀」を始める前に、なぜ自分は「桃太郎」を取り上げなかったのかという、いわばいかにも太宰らしい、読みようによっては韜晦しきりの、こんな文章を書いています。

「桃太郎のお話は、あれはもう、ぎりぎりに単純化せられて、日本男児の象徴のやうになつてゐて、物語といふよりは詩や歌の趣きさへ呈している。」

 「(略)いよいよこの、『私の桃太郎』に取りかからうとして、突然、ひどく物憂い気持に襲はれたのである。せめて、桃太郎の物語一つだけは、このままの単純な形で残して置きたい。これは、もう物語ではない。昔から日本人全部に歌ひ継がれて来た日本の詩である。」


 なぜ太宰のこんな話から始めたかと申しますと、この度、冒頭の戯曲を読んで、私は「忠臣蔵」に、太宰の述べるところの「桃太郎」と同様のものを感じたのであります。

 かつて丸谷才一は「忠臣蔵」に触れて(丸谷才一には有名な『忠臣蔵とは何か』という著作がありますが、以下の内容はそれからのものではなく)、もしも「忠臣蔵」がなかったならば、270年間の江戸時代は、目鼻立ちのまるではっきりしないのっぺらぼうの様な時間の束になってしまうのじゃないか、と述べています。

 まさにそんな、日本人が詩のように口ずさみ最も愛した「死の美学」が、「忠臣蔵」には描かれています。

 そもそも、江戸時代について我々は(「私は」でありましょうか)どれだけのことを知っているのか、改めて考えてみると、実に心許ないものがあります。
 えっと、ちょっと以下に、それを「エクスキューズ」してみますね。

 先日、書誌学者の柴田宵曲が江戸時代の武士について書いた文章をちらりとだけ読んでいましたら、武士はいつも往来の真ん中を歩き、曲がり角に来ると直角に曲がったという内容を発見し、それを愚かとかどうとか考える以前に、そんな日常性の中の極めて特異なモラルを人生とする「武士」という人工的生き方(価値観)に、やはりみょうに感心してしまいました。
 しかし、そんなことさえ、我々(私)はよくは知らないでいます。

 と言うわけで、無知による不安を抱きつつ、江戸時代についてであります。でも専門的な時代考証的なことは、どうしようもなく本当に無知でありますので、素人考えの比較的「軽い」テーマを以下愚考してみたいと思います。

 何を考えたいのかというと「娯楽」についてなんですね。江戸時代の人々は一体どんな娯楽をしていたのか、と。
 もちろん「江戸時代の人々」という言い方が、すでに雑駁すぎるだろうというご指摘が早速浮かびますが、まー、雑駁ついでの具体性をつけ加えて考えますと、「元禄時代あたりの江戸庶民がメイン」と、まぁ、このあたりでアバウトにお許しください。

 では考えてみますが、現在の娯楽とどう異なっているかというふうに考えたいのですが、比較も何もあまりに違いすぎているだろうという気も一方でしますので、この際細かい違いは取り上げないと考えます。つまり、「細かい違い」とはなんだ? というような「細かい違い」は無視するというわけであります。するとまず、こういうフレーズが浮かびました。

 「歌舞音曲の娯楽は、とりあえず今も江戸時代もある。」と。

 いくら何でもアバウトすぎるやろー、というご指摘はこの際パス。
 歌舞音曲の娯楽は今も江戸時代も同様である、と。
 この基準で考えると、大概のものは一緒になってしまいます。ははは。簡単でよろしい。

 と言う風に考えていきまして、最後に、さすがにこれは二十一世紀と江戸時代では異なるだろうとわたくし的に考えて残ったのがこれであります。

  「スポーツ競技鑑賞」

 それ以前に、そもそもスポーツは江戸時代にあったのかという事も考えられましょうが、例えばお祭りなんかの時の「御輿争い」みたいなのをまず考えました。しかし、あれは「非日常」でありましょう、うん。
 じゃあ、相撲興行があったはずだ、と。

 ……なるほどねぇ。確かに相撲鑑賞があったといえばありましたわね。
 ……うーん、と、困ったところで、次回に続きます。次回までに解決策を考えておきます。
 (あ。今回も、冒頭の紹介すべき作品について、ほとんど触れられなかった。まぁ、こういうパターンは今までもよくありましたけれども。)


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Last updated  2015.03.28 12:12:34
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Comments

シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…
analog純文 @ Re[1]:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  シマクマ君さんへ。  おや、思わぬお方…
シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  いつも読ませていただいてます。あのせ…
analog純文 @ Re[3]:無理筋仮定を考えてみる(12/28)  七詩さんへ、重ねてのコメントありがと…
七詩 @ Re[2]:無理筋仮定を考えてみる(12/28) analog純文さんへ 私もときどき読書日記を…

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