2005年10月05日
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カテゴリ: 連載小説
「ここでいいの?」


 私が助手席から降りてドアを閉めると、彼は助手席側の窓を開けた。
 最初に送ってくれた時は、運転席から降りて見送ってくれたっけ、ということを私は思い出していた。

「これで、もう会うこともないかな……。」

 開いた窓から彼にそう声をかけると、こちらを見ていた彼は少し微笑んで言った。

「……そうだね」
「じゃあ……」
「それじゃあ、さよなら。」


 私は、思っていたよりもずっと上手く感情を隠すことができていると、その笑顔を見て感じた。

「さよなら」

 私が別れの言葉を発した時には、すでに彼は正面を向いていた。そして、もう何の言葉も聞くつもりは無いという拒絶の意思を感じさせるスピードで、彼の車は走り出した。

 彼の車が交差点を曲がって見えなくなるまで、私は夜のスーパーの前で立ち尽くしていた。

 車の窓に映った自分の笑顔を思い出しながら、私は心の中で呟いた。
 大丈夫。私は、ちっとも傷ついてなんかいない。
 そして私は、スーパーに入っていった。

 ――――

 部屋に帰ると、共用スペースであるリビングで、弘志がテレビを見ていた。

「おかえりー」
「ただいま」



「早かったねー。帰ってくるの」
「ええ……。弘志はまたコンビニ弁当ですませたの?」
「うん、だって加代子がいないと料理作る人がいないじゃん」
「自分で作りなさいよ」
「んー、それがなかなか出来ないのだよねえ」


 私がそう言うと、弘志は、うーん……、と少し考えてから答えた。

「こないだのシチューにしてもそうだけど、加代子の料理を食べてると、自分で作る料理には納得できなくなるんだよね。だから、コンビニ弁当でも一緒かなあって気になる」

 弘志はそんな言い訳を口にした。

「本当は作るのが面倒なだけでしょ。そんなお世辞いらないって。……私今からご飯作るけど、食べる?」
「マジで?じゃ、少しだけいただきます」

 しょうがないなあと呟きながら、私は料理を始めた。

 ――――

「何かあった?」

 私が作った料理を食卓に持っていくと、そう弘志が言った。

「……どうして?私、何かおかしい?」
「いや、いつもよりたくさん買い物してきたからさ。何かあったんじゃないかと思って」

 私の癖だった。何かいやなことがあった時は、美味しいものを食べて忘れようと思う。そのため何かあった後は必ず普段よりも多くの買い物をするのだ。

「……別に、セールだったからたくさん買ってきただけよ」
「それに、雑炊だし」
「……ただ時間遅かったから、簡単にできるものにしようと思って」

 確かに、前に彼氏からふられて初めて弘志の部屋で食事を作った時には、キムチ雑炊を作ったのだった。我ながらワンパターンだと思う。

「ふーん、ならいいけど。……あんまり無理しなくてもいいよ」
「無理って何よ」
「せっかくの同居人なんだから、何かあったら愚痴でもこぼせばいいじゃない」

 弘志は真顔でそう言った。……弘志の言葉に、私は不覚にも泣きそうになってしまう。
 普段は飄々としてるけど、彼は私のことをちゃんと見てくれているんだなあ――なんて思ってしまった。

「……別に、愚痴ってほどじゃないけど」
「ないけど?」
「今日、最近付き合いはじめた彼と別れたんだよねー」

 私は、きわめて軽い感じで言った。そんなことたいしたことじゃないんだけど、と、弘志に、そして自分に言い聞かせるように。
 けれど、気がつくと涙が溢れてしまっていた。
 どうして涙なんて溢れるの?私はちっとも傷ついてなんかいないのに……。

 ――――

 弘志は、泣き出した私に声をかけたりはせず、ただ傍に居てくれた。言葉を発さずにただ静かに雑炊をすすっていた。
 そんな弘志を見て、私も泣きながら雑炊をすすった。塩味が少し濃くなったけど、美味しかった。

 一通り泣いて落ち着いてから私は言った。

「弘志みたいに単純な男だったら良かったんだけどね」
「……俺?単純かなあ。」
「単純よ。餌をあげればなついてくる」

 私の言葉に、弘志は軽く笑って返してくる。

「その男に餌付けは試みたの?」

 餌付けって……。私から先に餌と言ったのだが、弘志の返しに私も思わず笑ってしまう。

「いや、料理は作らなかったなあ。外食が多かったから。手料理作ろうかって聞いたら、大変だから外食で良いよって」
「たいていの男は単純だよ。ちょっと強引にでも料理作ってあげればよかったのに」
「そうかなあ」
「そうだよ。加代子の料理食べたら、たいていの男はやられるって」
「……そう?」
「うん、もしも別れることになったとしても、きっと後悔するんだよ。ああ、あんなに美味い料理を作れるのはあいつしかいないなあ――って。運が良ければ、よりを戻そうって言ってくる」
「そんなに上手くいくかなあ……」
「いくよ。俺が保証する」
「……ありがとう」

 もしも私とあなたのこのいびつな生活が終わったとしたら、弘志は私の手料理を食べられなくなって後悔するのかな。
 ああ、あいつとずっと一緒にいられたら良かったのにって……。

 なんてことを聞きそうになって、私は自分にストップをかけた。それじゃあまるで告白してるみたいじゃないか。こんなこと考えるなんて、私はよっぽど弱ってるらしい。
 まあ、もし聞いたとしても、きっと冗談で返されるだけだろうけど。

 ……けれど、どうやらかなり弱ってるらしい私は、弘志がいてくれて良かったと心から思っていた。

 いつまでも今みたいに、ずっと弘志と一緒に居られたらなぁって……。
 今みたいに平行線のままでもいいから、ずっと……。


第5話「今日のは海鮮雑炊」 おわり





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最終更新日  2005年10月05日 13時00分13秒
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