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その後、姉夫婦と会う機会があった。「葬儀場で誕生日会」は、「昼間、居酒屋で誕生日会」になったそうだ。もう、往復はがきの印刷はせんでもいいらしい。(私が入ると事が進まなくて面倒臭いとなったんだろう。)夫婦でしゃべって、コピーすればいい、位置合わせが大変、会社でする、できるの、(部下に)させんねんやん。あ~、姉の夫の、部下の方、お気の毒です。私は、私用で部下を使うのって、軽蔑する方なんですよ…。「はがきはうちでやるわ~」でいいやん。断るならそんな話、目の前でせーへんでも…。その上「挨拶文おかしいよ」とそっと指摘したら、「いいねん。用件がわかったら。親戚やし。」姉は好きやってんけど…、幻滅させへんでほしいよ、おねえちゃん。
2006年04月29日
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愚痴です。子どもに向かって愚痴を言うより、ずっとよいことだと思って、愚痴を書きます。まぁ、子どもいませんが。子どもの時に、愚痴専用のゴミ箱扱いされたことはあります。あ~、夫の友達とのつきあいは、面倒くさい、です。子連れ夫婦が、子なし夫婦を遊びに誘うって、ほとんど無料の子守ボランティア要請とちがうの?「子どもたちが、みかんちゃんとみかん夫ちゃんに会いたいって~」夫のお友達のお子様だからといって、良い顔しすぎました。夫は楽しそうです。男って、子どもと一緒に子どもになればいいんだもんね。S氏も夫と同類。ちと大変そうなのがS夫人。私は社交辞令的な距離をとっているので、S夫人にも子どもグループにも属さず、絶妙な位置におります。子どもグループに属せば、S夫人の負担増で申し訳ない。といって、S夫人は私とはタイプが違うし、S夫人は子育てモード中なので、子どものいない私は困惑。でも、少なくとも子どもグループではないということで「大変なのよ~」というお言葉を聞く係りかなぁ。はっきりいって、S家族と過ごすのは楽しくない。つまり、そういうことだ。「行くのやだ。一人でいってきたら。」と夫に言うと、「なんで」とすごく不機嫌になる。夫の友人家族と付き合うのを強要し、さらに楽しむことも強要するんだ、この夫は。というか、俺が楽しいことは、みかんも楽しい、という思考回路のようだ。まぁ、私の友人たちをこころよく迎えてくれる社交的な面は感謝しております。その副作用は我慢せねばならぬというところでしょう。でもね、私の子連れの友人は、ひかえめよ。子どもに電話させたり、「子守り」めあてのお誘いなどはしないわ。
2006年04月24日
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友人に、期待しては望むとおりにならず落ち込む人がいる。思い通りに行かないことを、素直に落ち込んだり、怒ったりしている。それは私にはないものなので素直でいいなぁと思う。でも、それが繰り返されると、あれっと疑問に思うようになってきた。彼女が主張しているのは、至極当然のことなのだ。年一回ある会議で、名札の名前が間違われていた。訂正を申し入れて、今年で4回目もまた間違われていた。親の思いの込められた名前が踏みにじられているようだと…。今回も訂正を申し入れたと。来年を期待すると。「たかが名前」と言う気はない。「名前」は大切のものだ。ただ、誰に、何に「期待している」のだろう。名札作成担当者が、毎年同じ人なら4回も間違うことはないのではないか。毎年、間違うということは、毎年担当者が違うのだろう。多分、名札作成担当者は出席者一覧のような紙を渡されて、その通りに作成しているだけなのだと思う。大元の情報を修正しなければ、友人の願いはかなえられない。友人 --A--> 名札作成者 --B--> リスト作成者 --C--> 個人情報管理者Aの段階をクリアしても、B、Cを突破できてこなかったのに、来年は突破できると期待する根拠が私にはわからない。期待して、期待通りにならず、ショックを受ける。強いなぁと思う。ショックで落ち込む可能性があるものには、私は期待しないからなぁ。名前を間違われても、ああ、その人にって私の名前はその程度の認識なのね、ってなぐらいで、特に感情のゆれはない。最初にハンドルネームで知り合った人は私の本名は遠いものだろうし、手紙等のやりとりをしていなかったらたまに漢字を間違えることもあるだろう。例えば、表札を依頼して漢字が違っていたらもちろん問答無用で修正してもらいますが、一時の会議参加者の区別用の名札では怒らないなぁ。それが毎年でも。でも、友人は両親が思いを込めて名付けてくれた名前を踏みにじられた、と感じる。その会議の来年の名札作成担当者は、知らないうちに期待され、期待通りではなかったら、立腹されてしまう。もし私が期待したとして、期待通りに行かなかったら、勝手に期待した私の読みの甘さを苦笑いするくらい。う~ん、この温度差は、この先、影を落とすかもしれない。
2006年04月11日
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AC関連の方のブログを読むと、今まさに自分の過去と対峙して、当時の哀しみと今の怒りが文字からあふれている。私にもあったその時期がよみがえってきて、自分の過去を大掃除しなければ、という衝動にめまいがした。その頃、子どもの時の自分に何があったのかを、大人の自分が把握する。その時、閉じ込めて表現できなかった気持ちや感情をよみがえらせる。しんどいことだけれど、やらなければ前へは進めない。何かに気づく度に、過去に戻り、自分と話し合い、落としどころをみつけ、あるいは保留にしつつ、なぐさめ、共に怒った。今は、一通りすんで、落ち着いている。他の人の体験を読むと、その渦にまきこまれそうになるのは、まだ未熟なせいかしら。そう言えば、以前は、その手の本をむさぼるように読んだのに、最近はさっぱり。「永遠の仔」も当時図書館で借りて読んで、持っていたいと思い、文庫で手にいれたけれど、読めない。あとがきだけで涙があふれる。あがいていた時期は、まだどこか感覚が鈍かったように思う。体全体を透明な膜で覆われた感じ。今、「永遠の仔」を読むと、自分にとってかなりリアルな再体験をしそうで、怖い。今の状態では、健康的なハッピーエンドな物語を読んだ方がいいのかもしれない。『西の魔女が死んだ』を再読してみようか。西の魔女が、私のおばあちゃんになってくれるかもしれない、心の中で。
2006年04月11日
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続きです。母から電話が来ました。「お姉ちゃんから聞いたんやけど…」"私って可哀想モード"で来ました。ぐだぐたと意味のないと思われることを言うので、黙っていました。言っていることの内容を、相手の立場を想像して、フォローをいれつつ聞く、というのは少し前までの私の得意技でした。でも、それは相手によるということを私は学びました。身を入れて聞くと、聞いた方がボロボロになる話し手というのはいるのです。「聞いているの?」と言うので、返事をしようかどうか迷いましたが、仕方なく返事をしました。言いたいことが終わったのでしょう。沈黙したので、いいました。「それで、私に何をして欲しいの?」明確な用事はなかったようです。それではと、電話を切るタイミングがあったのですが、おっといけない思いだしました。「何で玉●院に反対しているか、わかっているの?」「わからへん」葬儀場は誕生日会に使うところではないというと「私(母)は気にしない。法事とかもするし。」という返事でした。招かれる人、その施設を本来の目的で使う人に迷惑であることを言いましたが、多分理解していないと思う。母が理解できるのは、みかんが反対する、ということだけです。そして、彼女にとってはそれで十分なんだと思います。「私って可哀想」ポイントがまた一つ追加できますから。しかし、相手もその道にかけては強者です。必殺の言葉を繰り出してきました。「死にたい」即座に私は「じゃぁ、死ねば」と明確に心の中で言っていました。心の動揺などありません。でも、今はまだ言うときではない。言えば、相手の思うつぼなのです。「病院に行ったら?」「行った。鬱っていわれた。」「じゃあ、薬のんどき」そうそう本題。とりあえず、会場が姉の言ったようにレストラン等に変更になったら考える、とは言っておきました。以上です。要約すると、鬱なんで気晴らしになることがしたくて誕生会をしたいみたいです。親戚等が集まって、よいしょしてもらいたい、ということです。そういう集まりには行きたくなくても参加し年長者をよいしょするのを良しとする人が多い親族なのです。でも私が知る限り、父も母もよいしょされるばかりで、よいしょする側になったことがほとんどありません。「死にたい」と口にする母親に「死ねば」と即答しようと思えばできる私。普通ならば、罪悪感とかあるんだと思います。何年か前の私なら、結果として同じことを考えたとしても、愛憎半ばの中でうろたえたかもしれません。もっと前なら、母の望むことを言い、心配し、家にかけつける娘をしていたかもしれません。でも、本当にな~んにも感情がありません。強いていえば、面倒くさい、という感じでしょうか。例え今回のことがきっかけで、母が狂言自殺をしても、平然としている私がいるでしょう。それほど私は遠くに来てしまいました。来ることができました。いえ、来させられた、のかも知れません。娘として、少なくとも他人に対して湧くのと同等の情を保持してあの人に接することが可能だったなら、私ももう少し今とは違った意味で幸せだったかなと思います。でも、可能ではなかった。それだけです。
2006年04月09日
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姉から連絡があった。母が自分の誕生日会を催したいらしい。いろんな人を呼びたいらしい。それで、一部の方は往復はがきで連絡と出欠の確認をしたい。その往復はがきの印刷を、私にしてくれないか、という連絡だった。誕生日会に関しては、以前の日記にも書いた。何をいまさらという気持ちがちょっとと誕生日会って自分で催すもの?という疑問が湧いた。だが、その疑問を姉にぶつけてもしかたないと思ったので、黙っていた。母はやりたいと思ったことはやり通すし、姉は仕方ないなぁと思いつつ受けるのだろう。私はそんな茶番に参加するつもりは端から無い。が、姉への協力はしてもよいと思ったので、往復はがきに書く文面等を用意してくれたら印刷だけやったらするよと返事をした。後日、往復はがきに印刷する文面がメールで届いた。母の誕生日会を催すにあたり、父名義での出欠報告をかねた案内状という内容だ。この文面を姉が考えたのだろうか、母だろうか、父だろうか…。私は冠婚葬祭やマナーには疎い方だと自覚しているが、この文面は「あかんやろ」と思った。以下、私があかんやろと思った事。1) 頭語が「前略」。(やはりここは「拝啓」でしょう。)2) 時候の挨拶、あるいは相手方の安否を尋ねる言葉がない。(頭語が前略だからそうかもしれないが、案内状としてはまずいと思う。)3) 結語がない。(「前略」ならば「草々」、「拝啓」ならば「敬具」等)4) 招待ではなく、会費を取る。(お祝いに気をつかうといけないから会費にするとか言っていた。)5) 開催場所が、葬儀場である。5)について、少々解説を。母はこの葬儀場の関連施設の結婚式場の方で働いていたことがある。多分のその関係で、思いついたのだと思う。しかし、そんなことは、招かれる人には関係ない。「葬儀場」で「誕生日会」…。ありえないでしょう!!!!姉は「レストラン」でしたらと言ったが、聞かなかったらしい。私は姉に返事のメールを書いた。こんな案内状では相手に失礼やし、葬儀場を本来の目的で使用している人に対しても失礼。親から直接相談されたわけではなく、姉には協力したいが、こんなことにはよう荷担できへん。翌日、母から電話が来た。つづく。
2006年04月08日
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「エンピツ」に書いていた分を、過去ログとしてアップしました。過去ログ
2006年04月07日
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