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もう本当に何年も前のこと。ある人と揉めて、毎日死ぬことを考えていた。その人にも問題があったけれど、私にも問題があった。その時期、何度も坂を転げ落ちながらも、もうここにたどり着いたら下に落ちることはない、という地点にたどり着いた。1ステージクリア。卒業した。今までの人生の中ですごく満たされた時期に起きたトラブル。1ステージクリアの達成感なんて、根こそぎ奪う、死への渇望だった。事態を悪化させた一因の一つは、私の中の根本的な自己評価の低さ。親へのこだわりは卒業できたけれど、自己評価は育っていなかった。波風が穏やかな時はいいけれど、強風になるととたんに揺らぐ程度のものだった。相手の問題は相手にまかせる。私は私自身の問題に取り組む。それしかないと思った。…それで、何年もたったのだけれど、先ほど、その人のブログを見つけてしまった(^^;;;。私はあまり人の不幸を望んだことはないのだけれど、その人が不幸だったらいいと思ってしまう自分がいるのを認識している。でも、その人は子どももできて幸せそうだった。私はできれば子どもが欲しかったけれど、夫がいらない派で、結局子どもはいない。嫉妬?悔しい?よくわからない感情、でもダークな感情が頭から離れない。眠れない。そして、布団の中で、考えた。その人に会って、思いっ切り平手打ちをかます。私もその人から、思いっ切り平手打ちをかまされる。そして、大きな声で笑う。もし、それができたら、なんか区切りがつきそうな気がした。想像の中で、バチン、バチンやってみた。おもしろかった。ちょっとすっきりした。あぁ、実際にやってみたい。なんだろう…。その人に子どもがいるいない、じゃないのかもしれない。私は子どもが欲しかった。とっても欲しかったんだ。それを、夫が反対派だから、あきらめるしかなくて、自分の可能性を閉じている気がして、それが悔しかったんだと思う。そう、私は子どもが欲しかったんだ。子どもの名前を考えた。どうしてだか男の子のイメージが浮かぶ。女の子もいいのになぁ。子どもが欲しいという自分の気持ちを押さえていたから、どこか鬱屈していたのかもしれない。足に合う靴がない、ない、と言いつづけていた。それならばオーダーメイドすればいいんだ。髪型が鬱陶しいなと思いつつ、そのままにしている。それならばカットしに行けばいいんだ。地黒だと思っているなら、美白にチャレンジすればいい。太ってきたとわかっているのだから、真剣に運動すればいい。つまり、そういうことだ。なんだか、風穴を開けた感じ。あの人にたいするダークな感情も、かなり薄らいだ。それより、靴をオーダしに行こう、髪を切りに行こう、と考える方が楽しい!もしかして、長い鬱屈から抜け出る兆しだろうか。どうかそうでありますように。
2006年05月11日
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ここに書くのは、不平不満愚痴ばかりになりつつあるなぁ。無視してきたダークサイドの感情を言葉にしてはっきりさせるのは、私にとって意味がある。だけど、それだけじゃ、次のステップにつながらない。このダークサイドの感情をどう処理するかが今後の課題。
2006年05月10日
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夫に、夫の友人家族の愚痴は言えないよねぇ。S家族の誘いで、子どもの日は子どもの入場料が無料になるところへ行ってきました。周囲ももちろん家族連ればかり。なんで私はここにいるの、という声がずっと聞こえていました。今回は子どもの機嫌はとるまいと思い、隙もみせなかったので、いつもの背後からスルリと腕を取り、べたつくという行為を避けることができました。代わりに、夫が集中攻撃を受けていました。おんぶしたり、腕にぶら下がれたり。それに、夫はS家のカメラを引き受け、S家専属カメラマン状態。「ここで写真を撮ろう!」とS氏。夫がカメラマン。「みかんちゃん、おいでよ」とS氏。何度、S氏家族と一緒にカメラに収まれと言われたことか。夫がカメラを持っていたら、S家族と私だけ。家族写真によそ者一人という構図。後で写真を見た人からは必ず言われるだろう、「この人誰?」もちろん、S氏は一緒に楽しもうと好意で言っているのは100も承知。以前の私は「おいで」と"命令"されたら従っていた。「なんか気がすすまないけど・・・・そう言ってくれているのだから・・・」と。だから「なんで私がここにいるの」という居心地の悪い状態がよくあった。子ども広場みたいなところで、荷物番。もうひとつの大きな子ども広場みたいなところでは、夫が荷物番しつつ居眠り。私も芝生の上で寝た。他に何ができる?S氏はビデオカメラを持って、私の方にもカメラを向けるのが不快。食事中にもカメラを向けるので最悪。それでもS氏の車で行ったので、帰る際に夫にこそっと「高速代」とつぶやいた。「おぉ忘れていたわ」と明るい夫。「また誘うわ!」と明るいS氏。もちろん私は無言です。でも、効かないやろうな。
2006年05月05日
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「友人の期待、私の期待」に書いた友人のこと。「う~ん、この温度差は、この先、影を落とすかもしれない。」と書いたが、そうなりつつある。多分、もうダメだろう。私の温度は下がっている。以前なら、相手の良い点を探さなければいけない。苦手だと思うなんて、私はなんて傲慢なんだろう。こんな私でも友人でいてくれる、ありがたい。こんな風に、自己嫌悪の蟻地獄へまっしぐら~。自己評価が低いから、いい人であろうと必死になる。偽善者だなんて思わない。友人を失うことは、生命線を断たれるような事。そんなお前に存在価値はないと、判決を下される事。それを避けるために必死になる。ああ、私はなんて強くなったんだろう。胸の痛みはあっても、それをごまかすために蟻地獄に行くなんてことはしなくなった。その友人T子は、いい人だと思う。でも、いくらいい人でも、「私」を見ていない人と友人を続けていくほど、私にボランティア精神があるわけじゃない。T子は「相手を見ていない」のではないか、とうすうす思っていたのだが、今日もそう思うことがあった。人とのコミュニケーションは、私も円滑な方じゃないので、私がおかしいのかチェックしてみた。(こういう所は今後も続くと思うけれど、まあ、これは許容範囲内としている)キーワードは「自己完結メール」大手小町に「報告メール?にイライラ 嫉妬でしょうか?」というトピックがあって、イライラするのは私がヘンだからではないと一安心した。つまり、T子そういうことをしてきて私は対応に困っている、という現状。私の次の一手。方向は決まっているが、どこに置くのかは思案中という所だ。
2006年05月01日
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