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本日は、講師で行っているA校でのテスト監督。 自分の教科のテストが無事終わった後、保健体育のペーパーテストの試験監督をしていた。 テスト時間も中盤を迎えた頃、ある男子生徒が手をあげた。1年生はよく消しゴムとかを落としたり、答案用紙まで風で飛ばしたりするので、なかなか手がかかるのだが、その用事でもないらしい。 内容について質問をしたかったようなのだが、普通はまわってきた教科担当の先生に聞くはずなのに、どうしても気になるらしい。問題のまちがいとかそういう可能性のある時は、テスト監督の他教科の先生に聞いてもよいとはなっているのだが、近寄っていった私への、彼の第一声は… 「テンドンって、あの食べるテンドンですか?」 まったく意味不明である。技術家庭の調理の問題ならともかく、今は保健体育だし、男子はバレーボールの問題だったぞ。 彼が指で示す所の問題を読んでみた。 すると、「この場合はどちらの得点になりますか」という問題があり、 「Aチームがアタックしたボールを、Bチームの人がレシーブしたが天井に当たった。それをまたBチームの人が打って、Aチームに返すとAチームの人がさわってから線の外に出た」といった風な場面であった。 もうお気づきかと思うが、彼が「テンドン」と読んでいるものは、明らかに「テンジョウ」のこと(笑)である。 天丼と天井…点がひとつあるかどうかだけでずいぶん問題のイメージが違った。 ちなみに、漢字の読み方は教えてあげられないので、「さっきのテンドンは食べる天丼ではないけどそれ以上のことは教えられない(笑)」と言ったまま立ち去った。 「試合中にボールが当たる天丼」ということで、バレー部の公式戦とかでステージ上の役員の先生方の昼ご飯が天丼で、それに当たってはね返ってきたボールをスパイク…と勝手に想像してしまい、一人で笑いをかみ殺していた。 教科担当の先生が来た時には質問しなかったので、彼は気づいたのかと思いきや、テストが終わった後に話すと、「へー、テンジョウって読むのかぁー」と驚いたようであった。 職員室にもどって、ひとしきり話題にした所、教科担当の先生から、 「大丈夫、テンジョウでもテンドンでも、一度当たったらもうアウトですから、答は同じです!」 とコメントをいただいたのだった。
2006/06/30
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C校の特学では通常級の定期テストの日程に合わせて、試験前に何度も宿題で取り組んできた問題でテストをおこなっている。 問題がわかっている…という状態だが、国語と数学はそれぞれのレベルに合わせて作ってあり、1日目にやったものが2日目には返され、3日目に満点をめざす…という取り組みをしている。 担任の先生たちの必死の取り組みで、「勉強にメリハリがついて」きていると思う。 さて、2日目の今日、社会科のテストがあった。前もって渡してあるプリントである。ちょうど6大陸と3大洋など、中学1年生の中間テストで出すのと同じような問題だったので、担任の作業量を減らそうと、私もあがってくる答案を一緒に採点した。 太平洋と大西洋の「点」のあるなし、オーストラリア大陸とオセアニア州の使い分けなど、まちがえやすいところはやっぱりひっかかっている生徒がいる。これはやはりもともとややこしい。 ちょっと、この問題だと彼にはきびしいかな…というK君は、試験が始まる少し前まで私と一緒に勉強していたのだが、残念ながらほぼ白紙だ…。 しかし、記憶をたどって書いてくれたのか、3カ所くらいに同じ答が書いてある。 『太 ラシ カ』… たぶん、それぞれ一部だけ暗記に成功した『太平洋』と『ユーラシア大陸』と『北アメリカ大陸』がまざっているのではないか!(都合のいい予想) 一応、よくやってくれたぞ!(でもそれならどれかひとつだけちゃんと覚えた方が点に結びついていいのだけど)
2006/06/29
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社会科の定期考査の時に、10点以内で簡単な時事問題を入れている。 それ自体が目的というよりも、それに備えて、日頃からニュースを見る習慣をつけさせようというねらいだ。一面トップだけでも新聞を見てくれれば…とか、芸能や殺人事件以外のテレビニュースにも耳を傾けて…という願いだ。 私自身は小学生の時は新聞をよく読む少年だったのに、中学・高校とすっかり世の中のニュースから離れてしまい、その反省もふくめてこんな機会をいつも作っている。 一度でもそのニュースを知っていれば答えられるような、3択または4択(しかもそのうちのひとつは明らかなギャグやダジャレ)なので、これに向けて特別な勉強などしなくていいのだが、普通の問題ができるのにここをまちがえる生徒や、逆にいつもここだけは満点(他はぼろぼろ)という生徒もいて、なかなかおもしろいものだ。 しかし、驚いたのはそうした問題に対する姿勢が「教育産業」にはもうできているのだ! 塾が、学校の先生のテストの傾向と対策を分析したり、過去の問題を集めたり…そういうのは知っていたが、今回は「通信教育業界」。 「中央なんとか」という会社さんだが、テストの範囲を書いて送ると、それにあった問題や資料が送られてくるらしい。 そして、社会科の範囲を書いて送った生徒が、「先生、時事問題ってこういうののこと?」と聞きながら手にしていたのがなんと「1学期の時事問題」という冊子プリント。 すっごく、詳しい! でも、わかりやすくまとめてある! 私が欲しい! こんなことまで対応していることにびっくり。 それにしても、どの新聞社も1面で扱っていて、中学生が聞いてもわかりそうなニュースで、社会科に関係しそうで、世界的あるいは全国的なニュース…探すのに意外といつも苦労するのだ。 ちなみに今回は少なめの3問だが、ワールドカップのこと、村上ファンドで少額(本人談・でも1000万円以上)もうけた某総裁のこと、イラクからの陸自撤退のことである。これがどう簡単な問題になるかは、今はまだ書けないので、テスト実施後にもしかしたら紹介。 テスト前になると私にニュースの話題を持ちかけて探りを入れる者がいるのだが、だいたいの場合、何についても「○○についてが出ますよね!」と言われると「ギクッ」と言っているのだった。 「エレベーター、出ますよね」 「ギクッ」 とこんな感じである。
2006/06/28
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お通夜とお葬式には、うちからは私だけが行った。電車で片道4時間、宿泊も伴うので、Sと妻はお留守番で通常の生活だ。 さて久しぶりに親族が集まると、なにかと大盛り上がり…。 私がまだ青い正義感を振り回した10代の頃の、ひいばあちゃんの葬儀の時は、飲んで大騒ぎしたり笑顔の親族たちに対して「不謹慎な…」なんて思ったりもしていたのだが、酸いも甘いも噛み分けた?今は、悲しみにくれる時と、久しぶりの出会いを楽しむ時のメリハリがわかるようになり、自分が大騒ぎや笑いをとる中心になってしまっている…。 前回会った時にはよちよち歩きだったいとこが女子高生になっていたり、兄がさらに肥大化して90kgの大男(上背はないので大デブ)になっていたり…なにかと驚かされた。 ふと気がつくと、Sと同じように、うわくちびるがとんがっている人の多いこと多いこと…遺伝って恐ろしいなあ。
2006/06/27
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24日、祖母が亡くなり、26日がお通夜となった。 叔母宅で、食後ゆっくり眠ったかと思いきや、永遠の眠りだったという、ある意味、自然で苦しまない大往生だったらしい。 そういえば、Sは24日の8時くらいに、原因不明の小パニックで泣いていたけど、まさか…。 Sから見るとひいばあちゃんにあたるのだが、遠くに住んでいて、向こうは弱ってきていたし、Sは元気すぎるし、引き合わすことのないままだったのが残念だった。
2006/06/26
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今でこそ国民的関心事のサッカー・ワールドカップ、私は、現ドイツ大会委員長のベッケンバウアーが、『皇帝』と呼ばれ、選手として活躍した年もテレビで見ていたのが結構自慢である。たぶん、マラドーナの神の手ゴール(本当はハンドで反則だけど、そこまでの5人抜きがすごすぎて、審判までついOKにしちゃった?ってやつ)よりも前だったと思う。 兄が高校でサッカー部に入部したせいで、急に「ワールドカップ」を見て当然とばかりに語り出し、その影響でやむなく見たような気がする。その頃は、生放送どころか、すべての総集編をたった1日、2時間の特番でやった(たぶんNHK)だけだったと思う。地方だからかもしれないし、記憶も定かではないが…。 少なくとも私の身のまわりで行われていた、ボールを持ったらとにかくドリブル、敵も味方もその人についていく…というサッカーではなかった(笑)。 どうしようもなくとりかこまれたら、人にパスしていた…。 その時に見た、あのかっこよかったベッケンバウアーが、またまたやってくれた。 朝日新聞の見出しは『皇帝 ハットトリック』 60歳のベッケンバウアー氏が39歳の女性と結婚、すでに子どもが二人いるらしい。 彼にとって3度目の結婚とのこと(それでハットトリック)。 しかし、大会の委員長が、大会の合間を縫って結婚…サッカー以外のことでもやっぱり『目立ちたがり屋』の血が騒ぐのだろうなあ。 ついでだが、マラドーナとマドレーヌ(スポンジケーキ)、どうしても時々言い間違える…。
2006/06/25
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6年前の夏のことだ。 その日は夏休みの部活動で、野球部にスライディング講座をした。 ちゃんと教えとかないとケガにつながるので、一年に一回だけ私自身が練習用ユニフォームにスライディングパンツまではいて、一緒に泥だらけになるという日である。他の日は、練習にまざっても決してスライディングはしない。ジャージが破れるし。 そうやってその日だけは、砂場で、固いグラウンドで、何度も足からのスライディングに、ヘッドスライディングに、グラブをつけてダイビングヘッド…と一年分がんばったのだ。 練習後、汗や砂を流そうとシャワーを浴びようとした。 シャワーと言ってもちゃんとした設備など普通の中学校にはない。プールの脇にある、水泳の授業の時にみんなが使う、あの冷水シャワーだ。 その年、Y中に転勤してきたばかりなので、プールの構造はわかっていなかったが、だいたいどこも同じだから何とかなるだろう…と、更衣室で砂まみれのユニフォームを脱いで、グレーのブリーフ一丁になってプールに飛び出した。 そして、さあシャワーを出そう…とすると、 目の前にテニス部の女子が数人立っていた。 なんと、目の前がテニスコートというつくりだったのだ。後から考えてみればそうなっているのだが、入り口の方向が違うので気づかなかった。 夏休みだから、久しぶりということもあり、「あー先生だー」とか言って集まってくる。 日頃はそんなこともないのに、こんな時、こんな場面に限って、急に人気があるぞ…。 重要なことは、「パンツ一丁で女子生徒の前に立っている人間である」ことを悟られないことだ! いかに、『水着でプールに泳ぎに来たフリをする』かである。 「何してるの?」と聞かれて、 「いや、部活の後にちょっと泳ごうかな?と思ってプールに来たんだけど、やっぱりシャワーだけにしようかな」などと妙に説明調。 すごくまじめな子達数人だったし、もし気づいても 「それ海パンじゃなくてパンツでしょ!」 とか突っ込むタイプの人がいなくて幸いであった。 また、柄パンとかでなかったのも不幸中の幸い…でもグレーの前開きの海パンなんて世の中にあるかどうかも怪しいがそんなことは知らないだろう??? 自然体のまま、自然に(本人はそのつもりだが実際はどうだか)会話をして、「じゃあ、部活がんばって!」などと別れてから、何事もなかったようにシャワーを浴びた。 何事もなく乗りきった私はすごい!と自分でも思った。 まあ、もしかしたら、気がついたけど黙っておいてくれた子もいるのかもしれないが…。 不幸中の幸いは、最後の一枚を念のために履いていたことであり、そのたった一枚のおかげでそこから数年、まだ教育関係の仕事に関わっていられるのであった。
2006/06/24
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本日は、朝4時からのサッカーワールドカップ・日本対ブラジル戦を見るために早起きした人が多かった日。 かくいう私も4時に起き、前半を見た。 そろそろやばいなあ…という展開の後半は、ウトウトして少し眠って、ハッとする度に、ブラジルの得点が増えている…という状態だったので、とても短時間(15分くらい)の後半で、悪い夢を見ているかのようであった。(本当に見ていたが) その後、普通にもう一度起きてから、Sを小学校に送って、A校に出勤。 今日は、眠そうにしている中学生がいつも以上に多かった。 授業中に「ワールドカップだからって夜更かしして、今眠るとはバカ者!」と怒られる人は以前からいたにしても、 「ワールドカップだからって、『早起き』して!」と怒られた人たち…今日は全国にたくさんいたことだろう。 早起きして怒られることって今まであまり経験ないよな…。 私は怒りこそしないものの、寝そうになった人は徹底的に当てていじって阻止した。私が眠いのにがんばっているのにけしからん(笑)。先に幸せにしてなるものか。 ちなみに私は、授業が空きの6校時には準備室にこもって30分寝ました。(お先にごめんよ、寝させなかった生徒たち)
2006/06/23
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昨日の記事の「日本自閉症協会作成のDVD」のことで追加。 昨日は肝心の内容のことを書き忘れていた…。 映像には、RKB毎日放送の神戸(かんべ)さん親子(かねやん)、あいち小児センターの杉山登志郎先生、筑波大学附属久里浜養護学校の斉藤宇開先生、都立梅ヶ丘病院の市川宏伸先生など、この世界(自閉症界?)の有名人たちが「エース投入」とばかりに出ていた。 それだけに内容もさすが、とてもわかりやすかった。 今年度、私の選択授業、自閉症関係の回の授業は「これで決まりだ」と思えた。 今後、DVDを発売する予定だと聞いたので、みなさんもいつかご購入ください! すみません、私は違法に…すでにコピーを…いえ、出たらその時は買います!
2006/06/22
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日本自閉症協会が自閉症への理解を深めるために作ったDVD「自閉症の子どもたち -バリアフリーをめざして-」を、 見たいと思っていたのだが、病院?などを中心にサンプル版のみ出回っていると聞いたのであきらめていた。 ところが、思わぬところで借りることができた。 もともと地域の教師たちが立ち上げた公的なビデオライブラリーが市内にあって、そこに選択授業で使う福祉関係のビデオを探しに行ったら、そこの施設長(小学校退職校長)さんが、「これなんかどう? 感動したよ」と言って渡してくれた。 「ああ、これはあの!」 …なんて、私のリアクションが大きかったので向こうも大喜び。 「全然知らなかったよ。こういうこと知っておいてあげてたら、もっといろいろ助けてあげられたのにねえ。校長だったのに知らなかったこと恥ずかしいよ。こういうこと、ちゃんと広めていかないとねえ。」とかなりのショックだったらしい。 そんなのんきなことを言っている所で、こうなったら…と、私が自閉症児の父であることを話した。 すっかり驚いて、(ここでは社会科の教師としていろいろビデオの選定とかにも協力してあげていて以前から面識がある)「いやあ、知らなかったぁ」の連発。 でもこの施設長さんみたいに素直に「知らなかったこと」を認めて、「知ろう」 「広めよう」としてくれる教育関係者が管理職だとうれしいのだが…。 最近、私の身の回りでは、発達障害への配慮よりも、「教員はちゃんとネクタイを締めよう!」とか、そんなくだらないことに熱心な管理職が出てきている…。 言っとくけど、ずっと前の中学校では、「いざというとき、首を絞められるから、ネクタイはやめた方がいいよ」と生活指導部の先輩教師に言われてたぞ!(笑)
2006/06/21
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急に暑かった本日は、月二回の、SがOTを受けに病院に行く日であった。 そのため、今日の私は5校時が終わったら急いで家に帰る。朝、Sがちゃんと歩いたので、職場に車はなく、暑い中を急いで歩いて帰るしかない。 「暑いなあ」と思いながら通勤・通学の際にいつもそばを通る某公立高校の横を歩いていると、大きな歓声が聞こえてきた。 ちょうど6校時の時間帯だ。声の方向を見上げると、はるか高台にプールがある(と思われる壁がある)。こんなところにプールがあるとは。 歓声というよりは、「きゃー」とか「いやーん」という黄色い声である。女子高生の黄色い声、ただし、大音量…だ。 時折、男性の「怒りを含んだ声」が、メガホンから?「○○××△△しろー!」と響くのだが、はっきり聞こえないし、まったく無視のようである。(たぶん、体育の先生の怒りの声) 「きゃー」とか「いやーん」とか「うっふーん」(それは言ってないか)は、総合的には「ぎゃあー」というような騒音となって、地域に響き渡っていた。 通りからは見えないし(まあ、見に行ったらやばいのだが)、音はうるさいし、でも何が起こっているかはわからないのだが、いったいどんなプール指導をやっているのか、知りたいぞ、○○○高校! まさか「女だらけの水上運動会?」みたいなことが…。 ちなみに男女共学の普通の学校である。ちょっとヤンキー姉ちゃん多めかな…。
2006/06/20
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今年度から行き始めたB中学校…ここでは、週1回の社会科の選択授業(2・3年生)しか受け持っていない。 なのであまり校内の様子も見えないし、知り合いも少ない。 ちょうど今日は、1年生の階にいる時にはじまりのチャイムが鳴って、それでも当たり前のように廊下で遊んでいる人たちの多さにびっくり…なんだかまた荒れそうなのか、すでに荒れているのか…。 その階に行ったのは、図書室の様子を見ておこうと思ったからだった。社会福祉をテーマに、ビデオ学習や調べ学習などをやっているので、自分のテーマを決めた後、あるいは決めるために、どれくらい校内の図書室の本で対応できるか見ておこうと思ったのだ。 図書の分類はキチンとされていたが、何とも狭かったり、新刊が入ってなさそうな感じの図書室だった。 社会福祉関係は、300番台の社会科学のうち、360番台の社会か370番台の教育のところにある。何校かの図書室を見たが、最近はセットものの「~の子どもたち」という障害を学ぶシリーズの本がちゃんと入っている所が多い。 あとは手話の本か点字の本か盲導犬の本…という感じだ。 ところが、ここには一冊もないのだ。障害関係はもちろん高齢者のこととかバリアフリーのこととか何かありそうなものなのに。 もちろん、市の図書館とかにはちゃんとあるので、調べ学習としては困らないのだが、そういう所でちゃんと借りてこない生徒のための保険に…というアテは崩れた。 というよりも、今まで図書担当になった人にそういう方向性が見られなかった…ということなのだろうか。 考えてみれば、今まで行った所は、特学なり通級なり通常級以外のクラスがあったので、自然とそういう本も入れとこうという担当の意志が働いていたのかもしれない。 それにしても…これはないよというくらいない。他のコーナーにもない。 ということで、ここでは発言力もほとんどない私は、そっと週案簿にこのことを訴えておいた。 教頭、本当に読んでるなら何か反応してくるかなあ?
2006/06/19
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先日の日記に書いた明石洋子さんの本を読んだ。 第1巻と2巻はすでに読んでいてとても感動したし、この一部でも自分もがんばってみようという気になった。 第3巻が、就労に向けての取り組みや、地域の定時制高校に進む時の話だとは聞いていたのだが、うちはやっと小学校に行きはじめた(2年生)ばかりだし、もっとその時期が来てから考えたいからまだいいや…などと思って先送りにしていた。 細かいことは書けないが、ある方がとても親切に、とてもすばらしいきっかけを与えてくれたので、ここにこうして第3巻が手に入った。 そして、「早く読むように」というプレッシャーまでついていたので(笑)こうして読み終わることもできた。 結果からいうと、今、この時期に読んでみてよかった。 まだ、自分がどういうふうにSと一緒に地域の中で生きていくのか、ちゃんとした青写真もなければ、考えまいとしていたようなのだが、「いろいろな道を模索していこう!」と思った。 内容についてはどうこうここに書くよりも、ぜひお手にとってお読みいただきたいが、一応少し書くと、今以上に大変な壁がある中、先駆者として道を切り開いていった勇気とがんばりがすごいし、いつも徹之さんの意志を大切にしていることがすごいし、たくさんの人々とともに協力していったことがすごいと思う。 自分の子のためだけに活動するのではなく、みんなのために動くことがいずれは自分の子のためにもなる…そんな思いが感じられた。 明石洋子さんがご自分の仕事を別になさっていたこともびっくりした。いったいいつ寝ていたのだろうか…と思うと気が遠くなるような気がした。 先日の日記で、巻頭の徹之さんのサインを紹介したが、読み終えてから気づいた。 なんと巻末にはお母さんの洋子さんのサインが! 勇気百倍とはこのことである。
2006/06/18
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いつからやっていたのだろうか、Sがかなり小さい2歳の頃からだったか、休日の夕方に2階のベランダの窓のさんに私が座り、シャボン玉を吹いていた。 その頃の多動バリバリぶりは、部屋の中でさえいつどこでケガするかわからないくらい危険だったので、片時も目が離せない感じだった。 今は、「やる方も見る方も慣れた」だけでたぶんたいして変わってはないのだが、出窓やテレビやキーボードやファンヒーターやベッドがそれぞれアスレチックコースの一部となって、安定している。 その当時は、シャボン玉をやる時だけ、その窓に近づいてきて、シャボン玉をじっと見つめたり、割ったりしていたので、本当に希少な「親子でゆったりする時間」だった気がする。 それにしても、その頃からやたらとシャボン玉を割っていた。 「シャボン玉が消えちゃった…」と見つめるのが本来のあり方だと思うのだが、Sは次々に指で割り続けたものだ。 元気のある時は、さながら『北斗神拳』のケンシロウのように「あたたたたたたた」と連打していた。 そして、その指をおもむろにぺろり…大した量ではないが洗剤の仲間だと思うが…。 その後、父が思い出した時に、本当にたまに(3ヶ月に1度?)やるくらいではあったが、なんだかんだでもう数年続けていると少しはSの成長も感じられる。 いつからだったか、ストロー?を差し出すと、「フー」と自分でも吹くようになった。 いつからだったか、全部割ろうとはせずに、少し割ったら後はじっと見つめるようになった。 そして、今日気づいたことは、ゆっくりではあるが、『大きいシャボン玉から順番に』割っていた。 全体をサッと見て、大きな獲物?から倒す…成長のような気もするけど、他の子がシャボン玉をやっている時にSがいると、とてもイヤなヤツだなあ…。
2006/06/17
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過日、近隣10数校の中学校の特学が集まって、バスケ大会が行われた。 各校ともそれぞれの体力や気力?にあわせて、A・B・Cそれぞれのリーグに登録して別々のルールで試合が行われる。 Aは、選手も審判も規定通りだが、Bからは多少の(両手でついているとか、止まってはまたつくなど相当のものも)ダブルドリブルもありとなり、Cは多少の(持って少し走ってから注意されてドリブルに入るなど相当のものも)トラベリングもありである。 また、コーチが中に入って、ボールを渡してから併走したりもできるので、Cはかなりほんわかムードの中で進む。チームメイトの応援もある意味盛り上がっていた。 みんなそれぞれに一生懸命でとてもいい大会だった。 さて閉会式。 表彰が粛々と進んでいく。たぶん200名近い生徒たちがいるのだが、みなさんすごいもので、奇声も時々上がるが全体的にはとてもマナーよく静かである。 でもある学校のおしゃべり好きのアスペ君、がんばって我慢しているのだが、突然語る。 突然のひとこと(大声)が、「おすぎとピーコ!」 だったので、生徒たちに笑いが思わず起こった。 各校の先生たちの「シー」の声と恐い顔?に、生徒たちが笑いをこらえ、その後の2度目の3度目の「おすぎ…」攻撃には誰も笑わずに閉会式は進行していた。大したものである。今は、彼の声に反応して笑ってはいけない…と学習したので、みんな「スルー」ができていたのだ。 しかし、会が終わる頃、突然響いた声は、大声ではなく、大きめにつぶやいた独り言であった。 「この中に、ハゲの先生はどれくらいいるのかなあ?」 生徒たちは笑わなかった。 だが、前方にいる先生たちの後ろ姿はみな、笑いをかみ殺して背中が震えているようだった。当事者も…。
2006/06/16
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この日は疲れて爆睡したため、書いてないことさえ気づいてなかった模様。
2006/06/15
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先日、介助の仕事で行っているC中学校の特学のOB会があり、お手伝いに行った。 卒業して、それぞれの高校や養護学校に行っている人、その後、企業就職やアルバイトや作業所…とそれぞれの進路でがんばっている人…といろいろな代の人たちがいて、とてもいい会だった。 卒業した子にとって、「久しぶりにホッとできる時間」だった人もいたようだ。 仕事の話などをインタビューすると、「仕事をしていてつらいことは…」と聞くといろいろ答えるのに、「仕事をしていて楽しいことは…」と聞くと「ないです」と言っている人がほとんど(笑)だった。 ファミリーレストランで調理をしている人は、「仕事をしていてつらいことは、お昼時や夕方の混む時間の大変さ」と答え、「仕事をしていて楽しいことは、お客さんがほとんどいない時です」と答えていた(笑)。そんなこと願っていると、店長に怒られるぞ! ゲームをしたり、歌を歌ったりするとだんだんみんな本領発揮。ノリノリになって楽しんでいたようだ。 障がいの重い子も軽い子もいたが、Sたちも、こんな風に大人になっても笑顔でいられるといいな…とあたたかい気持ちになった。
2006/06/14
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昨日の夜の、日本対オーストラリア戦、日頃から夜ふかし男の、自閉症&睡眠障害ぎみのSは、最後まで見ていた。 見ていたというか、正確には、「起きていていろいろと邪魔をしていた」というところだ。 本を読んだり、ウロウロしたりしているのだが、テレビから歓声が上がると画面の前に近づいていくので、とても邪魔だ! 妻は、前半を見て、ハーフタイムの間に完全に寝入った。 時々、Sによる、上に乗ったり引っぱったりのファウルの波状攻撃が行われていたが、よく寝ていて起きないからすごい。 「ドーハの悲劇」の時に「歴史的瞬間を見ろ!」とたたき起こしたら、出場決定の歴史的瞬間から暗転、ロスタイムに追いつかれ出場ができない歴史的瞬間に立ち会わせてしまい縁起が悪かったので、「この人は寝ていた方がよい」とそのまま寝せておいた。 が、その甲斐なく、逆転負け…。 はーあ…とガックリ来ている中、12時だというのにまだ元気なSが、部屋にあった大きめのゴムボールを「キック」、さらに「オー」と雄叫びをあげた。 一応、2時間かけて、「サッカー」が少しわかったのかも。 今の日本に必要なのは君のような思い切りの良さだ!
2006/06/13
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朝のテレビニュースで見て「???」となっていたのだが、元の記事を見つけた。 産経の記事 修学旅行の他学年からの手伝いが認められず、休暇を取って私費で参加…という先生がいたらしい。とりあえず怒られることではないと思うのだが、厳重注意となったそうだ。どんな先生なのか興味津々である。生活指導部でみんなをピシッとさせる人なのか、ワイワイやりたかったのか、謎は深まるばかりだ。 なぜなら、普通は、教員の立場では「行きたくない」ものだからだ。 以前勤めていた中学校は大規模校だったためか、他学年からの応援1名が認められていた。「認められていた」というのは、該当学年(3年)からの立場であり、「行かされる」(2年の教員)方は、まさに「大人の遠慮…いやなすりつけあい」であった。 これがスキー教室だったりすると、スキーに行きたい人とかが率先して行きたがるので解決するのだが、京都・奈良…ましてや夜の見回りでロクに寝られないような学校…では、みな行きたがらない。 私はたいてい自分の学年の修学旅行担当だったし、その下見にもなる…という理由や、3年のヤンキー男子の顔を部活動などでよく知っているとかの理由で、その大役(大損な役)をやらされていた。 その学校にいる間に2回も行った(学年の先生12名もいるのに!)。7年間在籍して、自分の学年の時に2回、他学年の応援で2回、計4回の大変な思い出である。 しかし、修学旅行担当者は教員2名だけで下見にも行ける。これは楽しかった(一緒に行く人にもよるが…)。 2回担当したから下見も2回。7年間で計6回も仕事で京都・奈良への旅をしていた。 ところがこの9年、京都・奈良に行っていない! 講師になったこの3年間はもちろんだが、その前の1年間は養護学校、その前の3年間は違う方面に行く学校(学年)、いつも行かされた学校も最後の2年間は行かず(1・2年の担任で、翌年転勤する予定だったから修学旅行担当ではなくスキー担当に。おかげで応援も逃れられた)ということで、前回行ったのは、1997年だ。 行かなくなると行きたくなるものなのだが、我が家の家族旅行でS君付きで行くには、あまりおすすめな場所ではない。 無理して行って、歴史的建造物を壊したり、お寺の障子とかふすまをやぶるのも恐ろしい…。 銀閣の白砂の中でパニック…とか、東大寺で地面に寝転がって鹿の糞まみれ…とか、三十三間堂の仏像の列に侵入…とか、恐ろしい光景が目に浮かぶ…。 たぶん、このままずーっと行かないのかなあ。
2006/06/12
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今年度、改訂された中学校の地理の教科書の中に、都道府県の位置と県庁所在地の都市名の項目がしっかりと入っていた。 都道府県の位置については、知らないとなにかとのちの学習で不便なので、載ってない今までも勝手に取り組んではいたが、こうして中学の教科書にしっかり載るということは、小学校の方での位置づけが「やってもやらなくてもよい」くらいになったということなのだろうか?(学習指導要領をよく読んでないので???) よくはわからないが、「県名を覚える歌があった」などと小学校時代の思い出として、数年前の中学生が語るのを聞いたことがあったので、おそらく、小学校の先生で工夫して考えたりした人もいるのだろう。 それとは少し違うけど、その気で歌って踊ればこれも役に立ちそう…ということで、C校の特学で社会科の先生が使っていた曲をゲットした。 「ロックンロール県庁所在地」 歌詞のプリントまで用意してあったのでこれは楽々便乗だ! この曲、作詞・作曲に森高千里の名があるし、当然歌も…と思いきや、なにかが違う。 なんと、「ミニモニ。」が歌っていた。 なんとなく、森高への郷愁が(森高の足への郷愁か?)がある世代としては、「そっちがいいのに…」と思ったのだが、時の流れと共に、「埼玉県の県庁所在地が、浦和市からさいたま市になった」という事実により、新しい曲の方を使うしかない…ということなのだそうだ。 なるほど、そういえば「埼玉県さいたま市」だったなあ。
2006/06/11
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九州に住む先輩を通じて、明石徹之さんと母・洋子さんの講演会の様子やテレビ局・スタジオ訪問の様子のビデオを見ることができた。 明石徹之さんは33歳自閉症、川崎市で公務員として10年以上働いているという『自閉症界の希望の光?!』のような存在である。 年齢から考えても、当時の方がより自閉症への世間の認知度も低く、周囲の白い目もより白くとんがっていた?にちがいない。 そんな中で、トラブルがある度に、それを『周囲の障がい理解へのチャンス』に変えていった母・洋子さんのお話はやはり「すごいなあ」のひとことにつきる。 もちろん、徹之さん自身のがんばりと笑顔が状況をどんどん好転させたのだろうなあ…と思う。 ビデオによると、ここの所、サインなどに必ず「鹿児島読売テレビ 明石徹之」と書くので、何があるか確かめたい?…というお母さんのお手紙から、出水市での親子講演会で鹿児島にいらした時に、このスタジオ訪問・テレビ出演が実現したらしい。 テレビ局の方に理解がなければ、一笑に付されていたかもしれないことが、自閉症のことがわかるディレクター?さんなどの判断で、一本の線につながっていったことが、とてもすてきに思う。 明石親子の本の紹介はこちら↓(第3巻はこれから読む所だ) さらに、一本の線はさらにつながって私のところまで来た! この第3巻に、徹之さんのなんと直筆サインをしてもらった!!! ミッキーマウスも最高っす! となりの水着はいったい…。
2006/06/10
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飲んで、駅から歩いて帰る途中で、教え子の中3に会った。 私 「こんな時間に何やってんだよ」 生徒「塾の帰りです」 私 「えー、いつものゲームじゃないの?」(いつも彼はうちの近所の友だちのうちでゲームに興じている) 生徒「ほんとに塾」 生徒「先生こそこんな時間に何やってんの」 私 「はー?、飲んだ帰り!」(とてもいばって) よく考えたらいばって言うことじゃなかった(笑)。
2006/06/09
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今回は、とある中学校特学の学級だよりを入手したので、それを無断引用。 その学級の担任の思いも伝わってくるし、まわりの通常級の先生や生徒たちの協力が感じられて◎だ。 以下が引用部分↓(学校や地域がが特定されそうな部分は伏せ字にしたり、勝手にことばを置き換えています) 体育祭は文字通り体育のお祭りです。日頃の運動の成果や協力して得たことを発表する場です。体育が好きな子にとってはこんなに楽しい行事はありません。 逆にそうでない子にはつらい行事です。大人は「つらいことに立ち向かって欲しい」 「壁を乗り切って欲しい」などと思いアドバイスをしますが、子どもにとっては私たちが考えている以上の思いがあるようです。 そんな気持ちに打ち勝つ手段は仲間の力。自分を必要と思ってくれる人の存在が大切です。 A組(仮名)の生徒は今回全員参加することができました。一人一人の力と集団の力が、うまくかみ合った結果だと思うとうれしい。 子どもたちに感謝したい気持ちでいっぱいです。 ~中略~ そして、1年生と争った、○○川下り(並んだ背中の上を船頭が渡る競技)、全員リレーに、ボランティアとして参加してくれた交流クラスの2・3年生にも感謝したい。競技をしているときは一体感を感じ、見ている人にも何かを感じさせることができたでしょう。 またA組の介助の先生たちが全員来てくれたこと。子どもたちも喜んでいました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。 さて、今年度の体育祭は昨年と少し違う所があります。 それはA組の生徒が入場行進で交流クラスに入り背の順で行進したこと。 A組の得点を、実際の生徒たちの順位でちゃんと計算して表示してもらったこと。 長距離走に、各学年から数名出場したこと。 ○○川下りに他のクラスと同じ距離・条件でレースに参加したこと。 体育祭実行委員会に3年生から2名の生徒を出したこと(当然、放課後の委員会に参加して話し合いや準備を行う)。 今、学校全体が交流に関して意識してくれていて、いろいろな場面でA組の参加を考え、実践していこうとしています。 これからの社会でみんながもっと暮らしやすくなっていくことを心から願いながら。 ○○中学校の実践は世の中の一部にすぎませんが、それを信じていきたいと思います。
2006/06/08
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朝、Sと登校中に、現在Sの小学校の先生で、私のずっと前の中学校での部活・教え子に呼び止められた。 「運動会の写真、とってあったのでどうぞ!」 封筒を見ると、「わらG(ここは本当は本名)大先生」と書いてある。 恥ずかしくて、見えないように持つのが大変だった。 Sを送り届けてから見てみると、運動会の写真が4枚入っていた。 平日開催のため、午前中は私たち夫婦は見られなかった(祖父は見たが、写真やビデオは撮れなかった)のだが、その午前中にあった演技種目の写真だった。 Sが難しい顔をして、先生と手をつないで入場していたり、後ろから踊らされていたり(笑)がわかる写真であった。 「S君、がんばりました」という証拠写真となり、とてもよかった。 他の仕事もしながら、これを撮っておいたなんて、M先生は「できる男」だ! すばらしいぞ! ちなみに彼は、高校生の時「卒業生の話を聞く会」というのに来てくれた際に、あまりにいい話をしたので、担当の進路指導主任の先生が彼の話をテープから起こしてもう一度「進路便り」に載せたりした。 そして、その原稿を、他の学校で進路指導主任となった私が、「M君からのメッセージ」として『再使用』させてもらった。 えー、どうせ会うことはないだろうと思って、その時は本人には無許可のままの掲載だったのですが…これを機に告白(完全事後報告)します…。
2006/06/07
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よく学校の先生は、「今日は6月6日だから、出席番号6番」とか言って当てる。 続いて、16番、26番、36番…と、中学・高校みたいに教科によって先生が代わると、ひどいときには一日中、当たり続けた経験がある。 それがとてもイヤだったので、時々「お約束」として使いながらも、私はよく、座席表を回して指の止まった所とか、いい加減なことをやることも多い。 が、最近は習熟度別やら少人数指導の教科が増えて(英語・数学・時々国語)きて出席番号では当たらないようだし(クラスバラバラだったり、半分だったりするので)、実技教科はもともとそんなに当てられないだろうしで、どうも社会科くらいしか出席番号で当たることがなくなっているよう?なので、意識して使うようになった。 で、今日は6月6日。 オーメンの日。 昔、映画を見てしまった(テレビでだが)。 あのダミアンのニヤッと笑う顔が恐かった…。 「はい、6番」とか当てた後に、思わず「あー、6月6日の6番…不吉だ。オーメンだ」とつぶやくと、「あー、オーメンだー、666!」と反応した生徒が男子3名もいた。 ここでリメイクされた?『オーメン』が上映され、宣伝をしているおかげで世代を超えて恐がる…という謎の体験ができた。 ちなみに6番の生徒は、ニコニコ顔の坊主頭…ダミアンというあだ名が付くようなタイプでなくてよかった。 頭に浮かび上がる666の文字…場合によっては999とも読めるかも…。銀河鉄道か!
2006/06/06
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Sは先週の運動会疲れもあり、ここのところやや疲れ気味だった。 行動もやや不安定。 今朝はなかなか起きずに、ほとんど寝起きのまま家を出て、父(私)と一緒に歩いていった。 15分くらい歩いて、小学校まであと半分という地点で、静かに寝転がった。 これは少しして手を引っぱるとまた歩き出す…はずだったのだが、5歩でまた寝転がる。 数回繰り返すうちに、またしっかり歩くことも日頃はよくあるのだが、今日は感じが違う。 しばらく様子見でゆっくり休ませてみたが、やはりダメ。 そのうち、ランドセルを投げたり、大泣き状態に。 アスファルトに足をバタバタさせ、パニックに。 すでにその場所で30分経過。 あきらめて、祖父の車を呼び、学校にも欠席or遅刻の連絡をした。 家を出てすぐにこうなってしまい、抱っこで連れて帰って車で登校した…ということは過去にあったが、祖父の車で緊急輸送…は初めてだ。 欠席or遅刻と連絡したものの、家に帰ってしまうと、過保護気味の祖父母のこと、もう一度出すはずがない…そのまま欠席となった。 家に帰ってご飯を食べ、まあまあご機嫌に過ごしたそうだ(それなら車でいいから連れて行ってくれよ!)。 ちなみに大泣きした場所は、地元の警察署の裏。小学生が30分も大泣きしていて、そのすぐそばに不審な男(私)。 一度くらい誰か様子を見に来なくて大丈夫なのか、地元警察!
2006/06/05
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この数日のSはトイレにやたらと行きたがらなかった。 もともとある程度の時間で声かけをしないとひとりでは行かないのだが、外に出かけたときや学校では、うながされるとちゃんと行く。 外や学校では、トイレに行けないタイミングがあるから、行けるときに行っておいてくれるとこれは助かる。 家ではある意味いつでも行けるのだから、わざと声かけをせずに…という試みをしたこともあるが、すると平気で漏らしてしまう…。 私が家にいなかった時間帯、連れていこうとしても強く断るから「自分で行きたいときに行かせよう」とあきらめると…漏らす…ということが昨日・一昨日も何度かあったそうだ。 昨晩、私がトイレに入る前に、Sを誘った。 「お父さん、ちょっと長くなるから、先にやりなよ」 答は「ウー(拒否)」 あきらめて、私は洋式トイレに座って、新聞を広げて、ゆったりと、大きい方をやり始めた。 そして、5分後、急にトイレのドアが「バーン」と開いた。 目の前にフリチン(フルチン)のSが立って、鬼気迫る顔でこっちに近づいてくる。 「わー」と言いながら私は何もできずに、やっとの思いで新聞を置いた。 座っている私もどきたいのだが、あいにくまだ「ビッグベン」が出きっていなくて、今動くと外に落ちる危険あり! そして、何もできないでいる私の前方から、Sが、ためにためたおしっこの一斉放射開始! そこからはもうなすがまま…。 少し後ろに体をずらしたとはいえ、ねらえる場所は少なく(さらにS自身はそこをねらっている様子はなく、私が必死に目の前のホースをコントロール)、その前方の私にかかり、手前に落ちた水分は私の足元のズボンやパンツにかかりびしょびしょ。 すっかり、すっきりしたSは、手を洗って機嫌良く消えていった。本人もトイレの床下もぬれることなく無事だ(笑)。 そして無事でないこちらは、怒る気力も奪われ、もうただ笑うばかり…。 トイレから出たときには、親子おそろいで、フリチンルック(新クールビズ)…。 こんな経験のある人は全国にもそういないはずだ…。
2006/06/04
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今日は職場の中学校(C校・特学の介助)の体育祭。 朝、自宅では思いっきり大雨が降っていたので、そのまま寝てようかと思うほどだったが、さすがは車通勤1時間以上の他市…念のため行ってみるとほとんど雨は降っていなかったし、その後も一日中、涼しくて、ある意味体育祭日和となった。 現介助員、ボランティアさん、元介助員…と曜日を越えてみんな勢揃いしたこともあり、いつも以上に人手があったし、のんびりと楽しめた。 一日過ごす中で、5年前にいた職場のPTA会長さん夫妻に会ったり、7年前まで行っていた職場の元同僚に13年ぶりに会ったり、4年前の中学軟式野球の公式戦で熱戦を演じて敗れた相手校(向こうはそのまま県ベスト4に)の監督さんに会ったり、例の昨年度A校で担当していた生徒もいたり…いったいこの学校はどうなっているんだという感じで、私にとって時を越えた『人間交差点・ヒューマンスクランブル』と化してしまった。 それはさておき、楽しい場面や感動的な場面がたくさんたくさんあったのだが、一番驚いたのは、自閉症のD君の徒競走だった。 スタートとゴールまで何が起こるかわからないなかなかの強者メンバー同士が一緒のレースで走ったのだが、みんなクラウチングスタートで美しくスタート! 「オー」と思わず感動した。 いつもはスタートしない人までスタートしているし、途中でやめてしまったりおふざけをしたりする(はずの)人がぐんぐん追いあげていき、ついにトップを走るD君を捕らえた! D君は最後の直線でゴールテープをめざしていたのだが… それが視界から急になくなってしまった。 D君、ゴールを目前にして、急停止。 先生がうながすが前に進まない…。 先生にうながされしょうがなしに走ってきた他の自閉症児E君とF君に後ろから抜き去られる頃には、すでに地面に倒れて泣いてしまった…。 ゴールしたと思いこんで「D君がんばったー」と思って目を離し他の子を見て、その後のことを見ていない先生も多かったので、狐につままれたかのように「なぜなぜ?」となった。 状況から考えて、たぶん…ということで、先の「ゴールテープがなかったから」ではないかということになったのだが、本人は『一番になること』には日頃からまったくこだわっていなかったと思われる。だから負けたから泣いたのではないと思う。 練習の時はいつも一番だったから(みんながちゃんと走れないので)、『徒競走=ゴールテープ』となっていたはずで、自分はいつも通りにやったのにいつも通りのゴールテープがないから、パニックになった(と思われる)。 担任の先生が、「そうかー、そういう理由なら、来年は、勝つパターンと負けるパターンと両方シミュレーションしとかないとなぁー」と言っていたのがとても印象的だった。 ちなみにうちの息子Sは、昨年の地域の特学が集まる総合運動会で、ないはずのゴールテープ(いつもは一番にはならないし)が、2位以下の人が通過するたびにセットされたために、ゴール直前でやはり急停止。 さらになんとUターンしてスタート地点までもどってきた…。そして、またスタートする…という1往復半の力走を見せた(笑)。 その2回目のゴールの時は、ゴールテープについた花飾りをいつまでもいじったりしていたのだが、ゴールテープにさわったらゴールってことでいいのかな…。
2006/06/03
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「にわかせんべい」と読む。 福岡のお菓子だが、下関に帰っても店頭ではまったく見ない。 でも、子どもの頃見た懐かしいCM 「たまには、ケンカにまーけてこーいー。『ごめーん』」というフレーズ(このお菓子を持って謝りに行っている。煎餅の箱で顔をかくして照れる)を思い出して、つい生協の注文で買ってしまった。 前からこんな漢字(二○加)だったのかとか、前からお面がついてたかとかいろいろな謎は深まる一方だが、とにかくそのお面をつけてパチリ! Sがお面をつけていた時間は10秒なので、報道カメラマン並みに見事なシャッターチャンスをものにした! 楽天ショップではこの煎餅のアフィリが見つからなかった…。
2006/06/02
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C校の中学校特学の生徒たちは、コンピューターの授業の中で、ワープロのタイピング練習をしている。 ただ入力するときはのってこなかった子も、「コナン」(探偵の方)のタイピングソフトを導入して以来、大喜びで個別学習している。 そんな中、ダウン症のA君もノリノリ。一番簡単な「A」から順に「Z」まで入れていくコースをやっている。 ただし、指が太いのと、いくら言っても強く押しすぎるので、正しいキー以外にもまわりのものを押してしまう。 まちがえながらも最後まで行ってくれるといいのだが、なぜか途中でいつもタイピング画面が消えている。いったい何が起こっているのか…。 ずっと見ていてそのうちわかった。 「Q」のキーが来ると、左手でそれを押そうとして、グジャっと、「Ctrl」キーや「Shift」キーなどがあるあたりを同時に押しているようなのだ。 どれとどれを上手に?押しているのかはわからないのだが、そのたびに画面が消えて、パソコンの起動時の状態にもどるのだ…。 授業も終わる頃、「Q」が来る頃に、サッと私の手を入れて妨害。 「いやだー」とか文句を言っていたのだが、ひとまず無事通過! そして最後の「Z」を押したとき、彼は、ガッツポーズで立ちあがり、「ロッキー」になったのであった(笑)。
2006/06/01
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