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先日の日記にもあったとおり、寝る時になってなぜか『キック』…が昨日もあった。 昨日のSは妻と寝ていて、だんだんエスカレートして顔をひっかいた…ということで、見捨てられて(笑)しばらく一人でほったらかされた。 ひと泣き終わった頃、私が行って、ちょっと離れた所に横になるとそのうちおとなしく寝入った。連日の『泣き寝入り』(意味が違うけど)だ。 少し機嫌が悪くて、人の気をひきたい時…などもすぐに親や窓ガラスを軽く蹴る。ぐれた中学生かお前は! という感じで素直でない。 今日は、こちらもいちいち起こるのをやめて、足が出てきたら、「ハーイ、マッサージしまーす」ともみ始めた。片足だけ持つともう片足で蹴ろうとするので、両足をとってからモミモミ。落ち着いてから片足ずつマッサージした。 日頃も、言語指導の先生のアドバイスで、手やアゴのマッサージはしているのだが、足をもまれて気持ちよさそう…。今日は不機嫌になりそうになっても足もみマッサージで機嫌良く過ごした。 ただ問題点は、やってもらう時に『やたらといばっている』こと。 足を投げ出して、時々『ウー』と言いながら反対側の足を出すしぐさ、やってもらっている時のいばった顔など、ハーレム社長もびっくりの小学2年生なのであった。 時々いじわるして手を止めると、「ウー」と怒るので、「お願いは?」というと、必死で両手を合わせる時だけは、小学生に戻るのだった。
2006/04/30
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今日載せないと日数が合わなくなるのであわててUP。 他の人のブログを見ていて、「何で生年月日だけでこんなに…」とコメントが続々出ていたサイトで占いをしてみた。 日頃の私は、出勤前にテレビの占いを見るけど、家を出る頃には忘れているようなタイプだ。 なので、好きだけどたいして気にしていないのだが、今回のは占いというより、人物分析というか、心の奥を言い当てられたかのような部分があって驚愕してしまった…。 褒められすぎの面もあるが、かなり「自分が思っている自分の像」に近い。 ということで、私を知らない多くの方にはこんな人だと思っていただき、私の日常を知っている少数の方は笑ってください。<ここからスタート!>1966年 3月 25日生まれのあなた 生まれてこのかた15010日目です今日は 良い事がありますように。 今年の誕生日は来ましたね、それから35日目です 年齢40歳は ドタバタは去り、安定した時期ですが、今までを振り返り反省分析し、来年度の計画をしっかりして下さい。 ・基本性格:鋭い洞察力と臨機応変さ。物事をいろんな角度から見る事ができます。頭の回転も速く、何かあってもその場で臨機応変に対応してみせます。好奇心旺盛で多趣味です。感受性が高すぎて精神的に疲れやすいところもあります。・人間関係:一見社交上手ですがもう一歩踏み込めず、薄い関係になりがちです。身内には熱く、他の人間関係はさわやか。人間関係とは移り変わる景色の様な所が有ります。こどもからお年寄り、相手に会話を合わせる事がうまいです。・生活:十年に一度ほど、精神的にダメダメになる事がある旅行などしてリフレッシュして・金運:お金が入ったとたん思いつきで使っていたのでは貯まりません。技術力で出世するのではなく世渡り上手で出世。<ここまでで終わり> えー、私の人生のキーワードは、『臨機応変』とか『一見社交上手』とか『思いつき』とか『世渡り上手』のようですね(笑)。技術力より世渡り上手で出世…にはこけました。興味ある方はこのサイトですのでどうぞ!ほへと占術研究室 数秘占術
2006/04/29
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下関出身なので、九州の音楽シーンには詳しかった。 テレビにラジオに、映るのはすべて福岡の放送で、山口県のニュースは見られないという特殊な環境だった。 さらに、番組も、中央のものと地方独自のものの区別がつかなかったので、日本中で売れているのか、ここだけでブームなのかわからなかった。 上京してからわかった、福岡でしか有名でなかった人々は…ルースターズ、ロッカーズ(陣内のバンド)、とべない飛行船、ばってん荒川…など。 いわゆる『めんたいロック』にも自然と詳しかった。でもその強烈なビートの中に『キーボードプレイヤー』の必要性もなかったので、自然と、「福岡に行こう」ではなくて「東京に行こう」に乗ったのだと思う。 『めんたいロック』から逃れるように上京したのだが、今聞くと、むちゃくちゃかっこよかった。ARB(石橋凌のバンド)は高校生の頃からコピーバンドをやっていたが、今聞いてもなんだか熱い! 少なくとも、俳優さん(石橋)が昔いたバンド…とかその程度のものでないことは確かだ。 ということで、冒頭の「ライブ帝国シリーズ」超おすすめです。 しかし、石橋凌・陣内孝則・うじきつよし(子供ばんど)…とみんな俳優として成功しているのはなぜ? やっぱりボーカルは『花』があるっていうか、『役者』というか、『自分の世界』を持っているということなのか! うじきつよし(現在は一部漢字で書くのかも)にいたっては、10年以上前には、「えっ、あの深夜のクイズ番組のメガネの司会の人が、ロック? うそー」とか言われていたし、つい昨年では『金八』の麻薬で死んじゃうお父さんが彼だったとは、『子供ばんど』を知っている人にも気づかれていないかも…というくらい、そのたびに別人だ。 完全に忘れてましたが、金八自身も福岡出身のミュージシャンでしたね…。
2006/04/29
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昨晩(というか今朝未明)のSの行動はなんだかすごかった。 学校で『悔しい思い』でもしたのを思い出したのか、帰ってからずっとご機嫌だったのに、寝る頃になってシクシク泣いていた。口でも、意味不明のことば(でも濁点が多いので文句だと思われる)をやたらとしゃべっていた。 その後、寝ようとして、普通に一緒に横になっていたのだが、自分が悔しくて寝付けない?のに横でグーグー寝た父に腹が立ったのか、深夜になって、いきなり寝ている私の背中に『ケリ』を入れてきた。 寝ていた私が起きるのだから結構やったにちがいない。そうそうは起きないし、寝起きが不機嫌な私は、「何すんだよ」としかるのだが、Sは『なにかに取り憑かれたような目』をしていて、またキック。 何回も繰り返すので、頭に来て、「お前、もう下に寝ろ!」とベッドから引きずり降ろした。 下と言っても同じ部屋のじゅうたんの上で布団もあるからそこでも寝られる。 が、……またベッドに復活してくる。 しかも今度は人の顔をつねる。 つねり返す…。そして引きずり降ろす…。 また登ってくる。 一緒に寝ようとやさしくしても、横になったまま、急に後ろからキック! また引きずり降ろされる。 そんな攻防が続いている所に、妻が来て、強制連行してとなりの部屋に引き取っていった(休前日以外は、寝かしつけてからとなりの部屋に運ぶか、最初からとなりの部屋で妻と寝ている)。 となりの部屋から、大泣きの声が聞こえてくる。かといってパニックではなく、本当に泣いているだけだ。 (これは泣き寝入りパターンだな。良かった良かった)と思って私はそのまま朝まで寝たのだった。 しかし、今朝聞いた話によると… 午前1時頃、「ウー」と妻をけって起こす。妻「なに?」と言うがまたすぐ寝る。 午前2時頃、「ウー」と妻をけって起こす。妻「なに?」と言うがまたすぐ寝る。 午前3時頃、「ウー」と妻をけって起こす。妻「なに?」と言うがまたすぐ寝る。 午前5時半頃、妻起きる。Sは熟睡中。 Sのヤツは明け方まで寝ていないのか、それとも、ときおり目が覚めては人を起こしていたのか? 息子Sの行動に関係なく寝まくれる我が家のふたりには知るよしもないのであった。
2006/04/28
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今日はSの小学校の遠足だった。学年の遠足なので、交流学級と一緒に活動する貴重な機会だ。 例によって学校行事は人手が足らないので、我が家から私が付き添い参加の予定だった。(認定就学の際のお約束なので) ところが雨で延期となった。見事なほど週間予報が当たり、悔しい限りだ。 朝、Sを送ったあと、休暇予定だったC校の介助員のお仕事に1時間遅れで出かけた。『雨だったら行きます』という形での休暇だったからだ。 もともとは遠足の予定だったので、珍しく『愛妻弁当』を持っていた。というかSの弁当のついでなので、Sが特定のおかずをいっぱい食べる時は奪われる運命にある2つ目の弁当だ。 昨年、同じように遠足延期になった日は、Sの弁当箱の方におかずばかり入っており、私の方にはおにぎりばかり入っており、それを知らずに二手に別れてそれぞれの場所に持っていったので「おにぎりだけ弁当」に結構参った(しかも具のないお握りだった)。今回はその反省を活かしてこっちにもおかずはあるとのことだった。 ところが…C校での時間割…3・4校時は家庭科…調理実習! メニューはハヤシライスとサラダだ。ライスを少しにすれば何とかしのげそうだ。めったにない『お弁当』を残したりすると、相当に妻の機嫌を損ねそうなのでお弁当は完食するしかない。ひとりひとりのサラダの量が山盛り…という以外は、調理実習は計算通り進んでいた。 ところが、テーブルに置かれた皿がなぜか多い。そうだった、忘れていた。いつも家庭科担当の先生が、空き時間に作ってくれる特別メニューが一緒にでるのだった。 サトイモとフキの煮物…、そしてもやしなどの野菜スープ IN どんぶり…、そしてさらにゼリー大盛り…。 ハヤシライスとそれらのメニューだけでもお腹いっぱいあるのに、私は、おにぎり(小さいの4つ)に、鳥の唐揚げに、卵焼きに……。 「これ食べる?」とまわりの子に聞くのだが、こんな時に限ってまわりは自分の分をきちんと完食するタイプの生徒ばかりだ。偏食の生徒で、特定のものだけ選んで食べるような子も一人いたが、うちのおかずは、どうも魅力がなかったらしい。 そして、嫌いな物まで一生懸命食べる生徒の横で自分の皿のものを残すわけにもいかず、大量な食事メニュー(苦手なセロリの入ったサラダを含む)を、涙目になりながら私は完食した。 片づけのあと、この時間いなかった先生に聞かれた。 「調理どうでした?」 私「お腹いっぱいで死にそうです」 「?」 聞かれたのは、生徒の様子やハヤシライスの出来だったのに、わけのわからん答をして自分のお腹をさする恥ずかしい私であった。
2006/04/27
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4月23日に書いた『買おうかどうしようか悩んでいた持ち運び用のパソコン』のことについて、もう結論が出た。 その後、S○NY(○部分は丸。アルファベットが入る)製の軽くて薄くて…というのに目をつけたが、どうも高い。今や薄給の私の場合、月収を超えてしまう。ぜいたくな機能やソフトが多く入りすぎているのだ。 ところが、以前そのメーカーの製品を買った時に知ったメーカーサイトに直接アクセスすると、自分のオーダーメイドで中身が厳選できることがわかった。これだと、5万円くらい安くなる。さらにその『Tシリーズ』のオーダーメイドでは、限定品としてプラス1万円で、今話題の『ワンセグ』がつけられるのだ! これはすごい! なんだかすごくお得な感じがした。ほぼこれに決定…とわくわくしながらも、インターネット上で、指先1本で10数万円がとんでいくのも恐いのでもう少し寝かせる(笑)ことにした。 翌日、ふと思った。(待てよ。今持っている持ち運び用のパソコンは不要になってしまうなあ…。職場に置きっぱなしにして専用で使おうと思ったが、職場にも新しいパソコンを持ち歩くわけだし、置いておく意味がなくなるなあ) いったいどれくらいの価値のある製品だったのだろう…とT○SHIBA(○部分は丸。アルファベットが入る)製のその製品について検索してみた。 2001年製だった。生産は結構新しい。バッテリーは新品時なら3時間持つらしい。 そして重さは、何と……1190g! 買おうとしていたのは1250gでやや小型。 これはどう考えても面積が少し広くて「質量が軽い」今のものの方が持ち運び安いではないか! まさかの大逆転である。 そうとわかってさっそく始めたことは、前から持っていて機種の付属品のチェック。ACアダプターを職場用に1つ買おう…これが10000円。 新しいバッテリーパックを買おう…これが15000円。 何と25000円ですむではないか! さらに経済の規模縮小は続く…。 (ないだろうな)と思いながら、インターネットオークションでそのアダプターの型番を入れてみると…あった。 ACアダプターはいきなり3200円で落札成功。 新品同様のバッテリーはさすがにないか…と思いつつ型番を入力すると…あった。2つもあった。 こちらはまだ現在入札中だが、現在2600円で最高額入札者。 いずれにしても、月収のすべてをかけての新品モバイルパソコン計画は、いつの間にか露と消え、1万円以内で『長持ちするパソコンを持ち歩く』ことになったのである。 買い物した気になってわくわくして、そしてお金はそう使わずに、でも以前よりはいい状況になり、身の丈にあった結果となったのであった。 最新機種で『ワンセグ』なんぞ、まだ早すぎ! (よく考えたらうちは映らないと思うし…)
2006/04/26
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今年度から新しく行き始めた学校は、地域ではなかなか評判の荒れ気味の所である。 本日はそこの3年生の選択授業のスタートだった。 何人が受講しているのか、どんな生徒が来るのか…その時間が始まるまでわからない。(本当はその学年の先生が前もって教えてくれると親切なのだが…講師も多いしそれどこじゃないのか) 名簿には10人の名前があった。とりあえず昨年度他校で受け持った時みたいに2人とかじゃなくて良かった。その時はすごくいい2人だったのでそれはそれで良かったのだが、普通はきびしい。その10人も、男子・女子両方入っているので良かった。昨年度さらに違う学校でやった女子12人の授業はかなりやりにくかった。 さて、教室に行くと何人かがドアの前で待っていた。なかなか気のよさそうな子が3人くらいいた。カギを開けて中に入れると、「3人だけですか…」と聞いてきた。 どうも、彼らも誰がどこになったのか、人数やメンバーの情報を知らされてないらしい。 中で座って待たせると、少しずつ人が増えてくる。そのたびに微妙な空気が流れる。少なくとも「わー、一緒だねー」とか言い合わないので、そんなに知らない者同士、あるいは知っているけど仲が悪い者同士らしい…。 そして9人になった頃、はじまりのチャイムが鳴った。 もう1名が何者かわからないので、欠席なのか、教室を探してさ迷っていいるのか、さぼっているのか、確認のためにひとまず出席を取り始めた。 その時に、10人目の勇者が現れた。 スキンヘッドだ…。 ヤンキーなのか何なのか謎だが、何か不思議な空気を持った少年だ。 まあ、とにかく初めてここに集まり、それなりに授業も始めたのだが、なんだかすごい10人だ。 『世界が100人の村だったら』みたいに、これがこの学校の凝縮された10人だったら、全体はむちゃくちゃだろう…というくらい濃いキャラの人たちがいっぱいいる。 スキンのお兄ちゃんは、途中で急に「えっ、この社会、俺が思った方と違う」と選びまちがえているのが発覚するし、第1回目の授業で寝ようとするヤツが二人いるし(さすがに初回は起こしたが一応素直に起きた)、ヤンキー系の女子はなぜかすごく積極的に発言するし、太めの女子はいきなり机に修正液とマジックで落書きを始め、注意されると素直に消し始めるし、すごくまじめそうなリーダー系?の男子もいるし、すごく福祉に興味がありそうだけどいじめられ系の女子もいるし、なんにしろ、これからが楽しみでもあり不安でもあるスタートであった。 ちなみに校舎のはずれの教室なので、この時間、この階には誰もいなかった。助けを求めても誰もいない…ことも判明してしまった。 うーん、がんばれ、俺。
2006/04/24
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持ち運び用のコンピューターを買おうと思い立った。 現在、メインで使用しているものは、5年くらい前に買った、ノート型だけど重たくて機能がたくさんついているものだ。テレビこそ映らないが、テンキーとかフロッピーディスクとかCD-RWとかMDドライブが付け替えられるし、重宝している。 Cドライブがもういっぱいになりつつあるが、デフラグなどの最適化を繰り返し、だましだまし使ってきた。写真などのDドライブのデータも大量にあるが、いつ壊れてもいいように(よくはないが)、外付けハードディスクに半年ごとくらいにデータ保存もしている。 このコンピューターは元気だが、昨年持ち運び用に薄いコンピューターを買った。インターネットのオークションで、3万円。気に入ったものが出て入札しても、3万円を超えたら『おりる』ことの繰り返し。そのうち、たまたまライバルが出てこなかったのでこの機種を競り落とせた。 こちらはワープロソフト以外は何も入れずに中身も軽いままだ。データはメモリーフラッシュにしか保存していないので、あくまでサブマシンとして使っている。 とても薄くて軽い…といってもやはり重たい。 本体は軽いのだが、電源コードが重いのだ…。 中古なのでバッテリーが長持ちしない(1時間くらいだけ)から、いつも電源コードを使う。結局それも一緒に持ち歩くとかなりの重さになってしまう。 歩いていく職場で使いたいのだが、持ち運びがイヤで、結局、車で行く雨の日しか使えなくなっている。 同じ機種で、『電源コードをもう一つ買った』という先生がいて、「なるほど」とは思ったが、それを買うと『せっかく安く買ったのに…』と私の場合はなってしまう。バッテリーを買ったり、リフレッシュするのも同じ理由でなんとなくいや…。 職場外で一人で静かに作業したい時も、電源コードをとらせてくれる隣町の図書館までわざわざ行って使っている。片道30分くらい車で行く必要がある。 もっと気軽に持ち歩くために、もっと軽くて、もっとバッテリーが長持ちするものを…と、また中古市場を探していて気づいたことは、 『やはりここは新品でしょう!』 最近のモバイルノートはバッテリーが5時間持って当たり前という感じだ。重さも2kgなくてあたりまえ。いい感じのがいくつかあった。 しかしお値段は…なんと20万円前後。(新品は前からそうだろうが) 今日、中型電気店で展示品限りの安いものなども見てきたが、小さいパソコンはやはりそんなものだ…。 軽い・バッテリーが長持ち・メモリーフラッシュが使える…この3点だけクリアしていて、安いのを(せめて10万円)探しています。 みんな余計なことにお金がかかっていて、マルチドライブとかテレビとか高級機能がいっぱいあるようで…。 シンプルで安いと、メーカー側としてはおいしくないからしょうがないか…。 大型電気店にも行ってみて、しばらくは、店頭処分品ねらいで観察だ。 カタログなども持ち帰って、商品比較などして、ここまでやっておいて寝かせているうちに購買意欲が萎える…というのが最近よくあるパターンだ。 一番近い所では、ファックスと電話とプリンターとコピーとスキャナーの複合機の購入を考え、研究をしたが、数ヶ月待っているうちに『連続紙送り装置』も付いた。あとは『デジタル音声通話』ができれば買う気満々なのだが、さすがにそこまではどこのメーカーもやる気なさそうだ。ただの電話&ファックスでも1社しかこれをつけていない。そうして、今のモデルを買おうかどうしようか悩んではいるが、壊れそうで壊れないプリンターのおかげで、そのままになっている。そのうち、1台5役ということは、壊れて修理に出すとその期間5種類も使えなくなるなあ…などと新たな疑問点も出てきて「買う必要性」そのものが怪しくなってきた。 買ったような気になっていて、お金は使ってないからある意味いい趣味かも…。
2006/04/23
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私はタイガースファンだ。そして昨日は、巨人-阪神をテレビで観戦して好ゲームに酔いしれていた。 「伝統の一戦」も昨年はジャイアンツがしょぼしょぼで盛り上がりに欠けたが、今年のそれはなんだかすごい…。 もつれればいいのではなくて、そういう「いい試合」を最後に勝利するのがいいのだが…。 ここの所やたらとジャイアンツが強い…でもまだタイガースとは当たっていなかった…そこで今シーズン最初の対戦で3試合連続でタイガースがたたいて、これをきっかけに、チームの調子も上がり、今岡も金本のアニキも昨年並みの調子を取り戻す…という計画の3連戦スタート。 テレビ中継が始まったと思ったら、いきなり主審が倒れている…。不吉な予感。ちなみに『渡真利』さんなんて昔タイガースの選手にいたなあ…なんて思ったらまさにその人だと解説が入りまたびっくり! その後、試合は投手戦となり、好ゲーム(といってもピンチの方が多いか)に見入っていたが、例によって、途中でテレビ中継は終わった。 しばらくは忘れて他のことをしていたのだが、ふと、『マイ・○フーの総合掲示板に試合結果を出すコーナーがあって、その試合をクリックすると途中経過が出てくる』ことを思い出した。 急いでパソコンを立ち上げ、やり始めると、すでに試合は延長12回裏1アウト。得点はタイガースが1点リードしているではないか! 「おっしゃー!」と思いながら、どうやって1点とったのかも、もどる操作をして確認。「関本やったね」などとつぶやきながら、(さて、2つアウトを取ってそろそろ試合も終わった頃かな)と思いながら、『更新』ボタンを押した。 その瞬間に、画面に「HOMERUN」の文字が広がるのが見えた。何か自分の指先がやってしまったような感覚だった。 まさか、ランナーはいないよな…いたらサヨナラ負けだぞ…と思いながら上部の得点板に目をやると、12回裏のジャイアンツの所に『2』の文字が…。 熱戦の末のサヨナラホームラン…というジャイアンツにとってはこれ以上はない盛り上がる勝ち方であった。ということはタイガースにとってはこれ以上はないガックリシーン。今日からの残り2試合が心配である。 「すみません、私が指先でホームランを打ってしまったばっかりに」と気持ちになってしばし呆然としたが、打ったのはイ・スンヨプだ…。
2006/04/22
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Sの付き添いもあって2回ほど休ませてもらっていたが、週1回の中学校特学での介助員の仕事に久しぶりに行った。 3年生が卒業して、新1年生が入って、人数はより増えていた。 そして新2・3年生は相変わらずそれぞれがなかなかやってくれている(笑)し、新1年生も超強力。これは今年度も楽しませてくれそうだ。 講師の仕事も充実している。でもそればかりだと自分がおごりすぎたり逆につまらなくなるかもしれない。時給はこちらの方がグッと下がるが、ここに週1回来られることでいいバランスになっているような気がする。 講師時数が予定より少なかったから介助に行けたわけで、そういう意味では、「よかった」と思う。ただ収入的には今年こそ「印税収入」とか「宝くじ収入」でも入れないとおこづかいがきびしいのだが…。 実はこの学校に今日来るにあたって、ひとつだけ大きな問題があった。 講師時数の都合でたぶん今年度は来られない…と思っていたので、三月に、なんと クラスで『お別れ会』をやってもらってしまっていた! それなのにまたいる…これはさすがになんだか恥ずかしい…。 今日一日、教員に生徒に、かたっぱしから、「昨年度は、双子の兄、○二がお世話になりました。はじめまして。弟の○三です。」と名乗る羽目となった…。 「先生、なんだかあやしいなあ」と言った子がいたが、もしかして半分信じているのか? 申し訳ないから次回は本当のことを言います…。
2006/04/20
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以前の日記に記入した近所の手作りブランコの写真をアップ。 ちょっとだけ首つりロープみたいで恐い…。 場所がわかった人はないしょでお願いします。
2006/04/19
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時々コメントをくれる『やわら』くん(元教え子)と同じ学年で、「ゆびとま」からメールをくれた男子が、自分のいた学年を説明する時に、「O君とかI君のいた学年ですよ」と書いていた(その日記)のだが、先日、偶然にもそのOとIに同時に会った。 そういうと、やばそうな場所じゃないかとか、からまれたんじゃないかとか、盗難にあったのかとか、警察署かとか、Hな店かとか…いろいろ疑われるかと思うのだが、そのいずれでもない。 なんと、○ートバックスなるカー用品店に行った時に、レジに商品を持っていくと、まずはOが「先生、何やってんのー」と近づいてきた。店の奥からである。つまり店員だ! 少し話したあと、かなり前の割引券を出して商品を買おうとして、「これまだ使える?(もちろん、使えなくてもお前何とかしろよ…の意味もあり?)」と聞くと「もちろんっす。先生が出せば無期限有効です」とかわいいことを言う。 だが、あとでよく見るともともと「期限なし」の券じゃねえか! まったく相変わらず口の達者なヤツだ。 買い物のあと、Oが無線でなにやら話しているな…と思っていると、外のピットからIが出てきた。車の整備中だったらしく、ツナギは真っ黒だし、いかにも「働いてます!」という感じだった。 しかも話している暇もないという感じで、「すみません、今急ぎの仕事で…」と言って、少し話したらすぐに戻った所なんて、まるで『すごく仕事のできる人』みたいだ(笑)。 どっちも、クラスで担任もしたし、部活でもみたし、生活指導でさんざん話したし、おどしたし(笑)、親ともさんざん会ったし、おそらく教員人生で一番手のかかった大変だった人たちだと思うのだが、この日はなんだかさわやかな風が吹いたようなすがすがしさがあった。 ちなみにその時に買った商品は、車の『消臭剤』だった。すがすがしいはずだ。
2006/04/19
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今週から正式な時間割になり、社会科講師としての授業が始まった。 今年度は主に1年生の担当。 教室に行くとちゃんと座って待っていた。 それなのにクセというのは恐ろしいもので、危うく昨年度のつもりで(現3年生)、「始めるぞ、席につけよ!」と言いそうになった(笑)。 教諭の頃にいた荒れ目の学校では、中1の時に「時間が来たら座るものだ」というのを教えるのに一苦労だった。 でも、ここでは小学校6年の時に崩れていないので、ほっといてもできているようだ。(その代わりに、中学校で年をおうごとにできなくなるのは今のうちの中学校の問題点) 向こうが緊張しているので最初はこちらもなかなか緊張した。でも慣れてくると、何かたずねるとたくさんの反応があってなかなか気持ちよい! この初々しさを忘れさせないように、こちらもがんばろう…という気になった。 さて、今日は初対面ということもあって私は背広を着ていた。 それを見たある3年生(昨年度授業を担当)の反応は、 「どうしたの先生?」 「うーん、最初くらいきちんとした格好しようかなあ…ムニャムニャ」 「私たちの時にはそんなこと気にしてないのに、ずるい!」 「いや、去年も最初はちゃんとしていたんです。」 「えー、絶対知らない。覚えてないし。」 本当に最初はネクタイ姿だったのだ。しかし、日数と共に、まずネクタイがはずれ、そのうちジャケットが薄手のジャンパーになり、エリのあるシャツでなくなり、暑くなってTシャツになり…となったのである。 そして、その後寒くなり、ラフな服装の上にラフな服装を重ねていき…。 そういえば、昨年の夏頃、『エリのあるシャツ』を着ていただけなのに、「今日、出張ですか?」と聞かれた私なのであった。
2006/04/18
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うちは神社のそばだ。 そこは神主さんも日頃はいない小さな所だが、古い歴史もあり、お祭りは一応せまい町内の大イベントとなる。 うちは義父の代からあまり熱心に関わっていないので、私にお仕事は特にまわってこない。子どもも、日頃から練習会に参加する『お囃子グループ』に入ってなければ特に何もすることがなく、神社に出店が2件くらい出ている…というくらいのものである。 でも、お囃子をやる車は大きくて、太鼓・締太鼓で3名、ひょっとこ・おかめの踊り手、そして待機の子ども数名が乗っていて、なかなかのものだ。ゆっくり移動しながら数カ所でやってくれるのでなかなか見ごたえもある。 Sの同級生やお世話してくれる子達も出ているので、昨日、家族三人で見に行った。 でも、うちは神社のそばだ。音が聞こえてきてからあわてて出ると、お囃子がちょうど神社に到着してすぐ休憩となるのであった…。 で、お囃子を見損ねながらも、休憩中の子達に遊んでもらっていた。いつも遊んでくれる子だけでなく、他の子達も一緒についてくる…。休憩時間が長そうだったので、一度家に帰ろうとすると、ぞろぞろと取り巻き女の子軍団がついてきた(笑)。 何度も書くが、うちは神社のそばだ…。そのまま5人の女の子に文字通り取り囲まれて、玄関までみんな来てしまった…。 来てしまったので、庭にまわってもらって、そこにある古いブランコ(妻とその妹が使っていたもの)で、みんなで遊んだ。といっても幼児用(しかも古い)ブランコに小学生が乗っているから壊れないか少し心配であった…。 そのうちそろそろ始まりそうなのでみんなを戻した。一休みしてからSもまた神社に行くと、見たことがあるようなないような顔ぶれが…。 私が行っている中学校の、教えていない学年の女子たちが10名くらいいた。日頃校舎が違うせいもあってこちらはあまり顔がわからないのだが、何となく見たことがある…向こうからも同じらしく、みんなやたらとこちらを見ながら考え込んでいる。 ところが、そこをつないでしまう小学生がいる…S君のお父さんだよ…おうちそこだよ…とか説明する子もいて、そのうちに「あっ、去年の○年生の先生だ」などと気づかれてしまった。 小学生には教師であることを隠していたり、中学生には家がどこにあるか隠していたり、いろいろと秘密があったのだが、いっぺんに暴かれてしまった。 それはさておき、また祭囃子がスタート。日頃はそんな感じに見えない子達が、かっこよく決めての演奏はすばらしかった。 ちなみにSは私に肩車をさせて、『耳ふさぎ』をしながら楽しんでいた。
2006/04/17
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昨日、公園にSと出かけていると、小学生の女の子がインラインスケートをはいてよろよろと公園にたどり着いた。 自分のうちから公園までのゆるやかな坂を友だちの手を借りておりてきたらしい。 公園は土なのであまりすべらないが、つかまり立ちしながら歩く練習をしていた。 その様子を見ていたSは、その子に近づいて、からむ、からむ…。 よろよろしている所に手を握りにいったり、女の子が止まっているとスケートやそのタイヤをいじって回したりしていた。 最初はかわいいお姉ちゃん…と思ってちょっかいをかけているのかと思ったが、明らかにスケート靴への興味津々という感じになってきた。 1年くらい前に、土曜学校みたいな所で経験したことはあるが、それを思い出したのだろうか? その女の子が座って靴を脱いで休んでいると、Sはそのすぐ横に座り込んで、自分の靴を脱いでアピールし始めた。 「うー、うー」しか言っていないのだが、女の子が「いいよ、貸してあげるよ」と言ってくれた。 それからのSは我が物顔で、「手を貸せ」だ、「後ろから押せ」だ、いろいろやっていた。すべれはしないのだが、土の上でバランスをとって立ちあがったり歩いたり…といろいろやっていた。転んだ状態から立ちあがるのはかなり大変だと思うのだが、それもほっておくとできはじめた。 貸してくれた女の子は、私に「何年生?」とか話しかけながら過ごしていたが、Sよりお姉ちゃんかと思っていたら何と1年生だった。 家にクツがあるけど坂道が上りなので帰れない…と他の友だちのお母さんに頼んで取りに行ってもらうこととなり、その間、しばらくSはスケートをはかせてもらっていた。 「これでおしまい」と履き替えさせたあとも少し名残惜しそうに靴を見ていた。 バランスには優れているし、かなりあっているとは思うので、普通なら「よし、インラインスケートを買ってやるか」となるところなのだろうが、うちの場合はそうもいかない。 『手を離すとどこかに行ってしまう男が、インラインスケートなんかはいたら、誰も追いつけなくなる』…のだ。 あとあと、安全な場所を見つけてやらせてみようかな…と思いつつも、とりあえず『今日のところは無理』なのだった。
2006/04/16
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某都道府県教育委員会は恐ろしい所だ。 今朝の新聞のニュースで、都道府県立学校の職員会議で教員の挙手や採決を『禁止』したことを知った。 学校を運営する決定権は校長にあり、職員会議は校長の仕事を補助する機関である…という考え方は確かに法律にはのっとっているのだろうが、そこで働く人々の共通理解というのはやはり大事だ。それを知るために、あるいは参考にするためにも、議決や挙手は必要なはずなのに。 校長の暴走を止められるのは、職員の総意だったりしたはずだが、今や議論することさえもタブーになっていくのだろうか??? その都道府県の場合だけ、トップもあの人だし、かなりおかしな方針が浸透しているのだろうか? それとも教育界への強制(右寄りの)がこれから全国的に行われていくのだろうか? ちなみに先駆的にそんなムードを取り入れていた養護学校…ちょうどそんな感じの職員会議だった。 ちょうどそんな感じの職員会議へジャンプ 今の私は、職員会議にも出ないし、学校行事にも参加しない(今はしようとしてもできないのかも?)立場なので、特にピンとは来ないのだが、これからは、その都道府県中の高校と養護学校などがまずはこうなり、いずれは小学校・中学校とすべてに波及していくのだろうか…。 いい会社は社長と従業員の風通しがいいはず、企業のマネをしろ…とよく言うくせにこういう所はちがうようで笑ってしまう。民主主義を教える所が学校だと思っていたが、その中では民主主義が死んでいるなんてブラックジョークみたいだ。こうなると社会科の授業なんて、地下組織の活動みたいなもの…になってしまうのだろうか?いずれは某社の教科書しか許されなくなって、その内容から逸脱すると逮捕…なんてことも起こりそうだ。 ついでながら、同じく有名な某都道府県の国旗・国歌の強制…私の聞いた話によると、卒業式で教員の座席配置が指定してあり、その位置を書いた紙が都道府県教委だか市教委(区教委)に提出されているそうだ。で、当日の『来賓』の教育委員会の人は、仕事として、『座ったままの人』や『歌っていない人』をチェックしているとのこと。今後は、特に歌わない学年とか特に歌わない学級…があると、その担任が処分を受ける…ということもあるようになる?そうで、明らかに強制だ。 国旗・国歌法ができた時、当時の小渕首相が「絶対に強制があってはならない」としたはずなのにどうなってしまったのだろう? 当時、抗議も込めてロック調で演奏された『君が代』を出した元RCサクセションの忌野清四朗も、「国歌を身近に感じてもらえるのなら、いろいろなアレンジがあってもよいと思う」と大臣に言われかえって褒められたはずだ。 平成の天皇陛下も、「強制は望ましくない」と何かの会(園遊会?)の時にその都道府県の教育長か誰かに言ったはずだ。 ところが、そこでは、演奏も『ピアノ生演奏』で、『前奏をつけること』とか、『卒業証書は必ず壇上で国旗を背に渡す』とか、『会場には紅白幕を飾る』など細かくなっているそうだ。なんだか、きなくさいな…。 ちなみにこの件について私は中立だ。教諭になった頃、この件ばかりで職員会議がもめるのはバカらしかった。でもだからといって、アジアの人々の感情とかを考えるとこの曲この旗がどういうものなのか…社会科の教師としての思いもあった。当時意見を求められた時に、『反対である。歌は現在のものもふくめて公募してちゃんと選ばれたものを決めればいいのに。もし国歌とか国旗に正式になるようなことがあれば公務員ですから従いますが(笑)。』とイヤミたっぷりに言っていたら、まさかのまさか…正式に国会で通ってしまった…。 それ以来はあきらめて、会議で口も出さないし、放送担当の時はテープを流したし、式で起立したし、口も動かしていた。 ただし、歌詞はよく知らないので(本当か?)、マ行でメロディーを口ずさむだけだ。 「みみまもーま みもにまみもみ ままめみみもみまももまみめ もめもむむまーめ」 結構難しいから歌うと難しい真剣な顔になる…。 何度も強調しますが、私は中立なので、右よりの方からの批判的なコメントや嫌がらせは『なし』でお願いします。 職員会議の件と、国旗・国歌の件では、別の問題として考える必要があると思うが、強制している側の『根っこ』は同じなのだと思う。 歴史の授業のはじめや締めくくりによくいう話は、「戦争をしない人になるために歴史の学習がある」 この数年付け加えが必要になってきたのは、「戦争をしたがる一部の人の力に負けずに」…である。
2006/04/15
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Sのクラス(特学)の小学1年生の子の付き添いに、いつもはお母さんが来ているのだが、先日はお父さんが来ていた。 とても大柄なやさしそうな人だ。 Sにとっては、先生だろうがよそのお父さんだろうが関係なく、自分を振り回したりして遊んでくれる人かどうか…だけが判断基準なので、その体に惚れ込んだ(笑)のか、やたらそのお父さんのそばに行って、手と足を差し出すのだ。 困惑するお父さん…。まわりの子に、「手と足を持って振ってって言ってるんだよ。」と教えられて少しぶら下げてゆらしてくれたが、なかなかよその子どもを振り回せるものではない(笑)。 あとで先生がやるのを見て、「すごいですね」と言っていたが、腕がもげそうなくらいに振り回されるのが好きなのだ…。 その後、低学年の子だけで座って紙芝居を見ていた時も、となりのお父さんにやたらと接近。Sがやたらとそのお父さんの背中を触るのは、セーターの模様と手触りを気に入ったのだ。 「授業中だよ」と言いながら何度か手を戻させたが、何度もなでなでさわっていた。 「おじちゃんのこと好きなの」と私が言って取り繕ったが、「おじちゃんのセーターが好き」とばれるとちょっと申し訳ない。後ろからだから気づかれていなかったが、途中で鼻くそをほじったり手をぺろぺろなめたり、とても汚い手だったので申し訳なさもひとしおだが、ないしょだ…。 そのうち、前に回ってお父さんをじっと見つめ(紙芝居中)、顔に向かって手を差し出した。 手のひらでそのお父さんのアゴをなでている。 おじさんはとてもひげの濃い人だった。時刻はまだ午前10時だが、もううっすらとひげが出ているくらいなかなかのものだ。 Sは『ひげじょり』が好きで、夜になると私のひげをじょりじょりさわったり、おでこを押しつけたりして楽しむ…。 「おじさんのひげが好きです」とこちらでは言えないので、「あー、仲良くしたいの。でも今は授業中だからね。」と言ってまたイスに戻した。 1年生のお父さん、これからも時々文字通りいじられに来てください。
2006/04/14
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数日前のメールで、楽天アフィリエイトの3月分として、3880円のお買い上げとの連絡があった。 自分ではアフィリをやっている意識がなかったので、「???」となっていたのだが、日記の中の引用写真として、『花粉症の薬』と『阪神タイガース優勝記念DVDレンズクリーナー』などをのせたので、そのあたりでどなたか?が買ってくださったらしい! しかし、1点の買い物で3880円という値段からすると、そのどちらでもないかもしれず、結局はよくわからないのだが、とにかく『誰かがこのブログを通して買い物をしてくれた』ということは事実である。 特にもうけようという意識がない時にこういう結果を得られるとはなかなかおもしろいものだ…などと思いながらも、今まで知らなかったけど、3880円の買い物で38ポイント(自分が買い物した時に38円分になるんですよね?)が入るということを知った。 確かにこっちも何もしていないけど、『1%』(しかも切り下げ)ってどんなもんなんだろう?…と思う半面、うーんこちらは何もしていないし、ブログの提供から管理まで楽天がやってくれているんだし、いわば『胴元』みたいなもんか…と妙に納得した。 そこで2匹目のドジョウをねらおう!(笑) 買い物ブログではないことは確かなので、でもついまちがえて買ってしまう(笑)人のために高額商品をのせてみよう! 先週、ついに購入したデジタルオーディオプレーヤー。ケンウッドのそれはとてもすばらしくて重宝している。しかも、アンプのヘッドホン端子から録音したものがMP3データにできるので、今までお手上げだった『昔のバンドのデモテープ』とか、『カセットテープでしか残っていない音源』などをプレーヤーを経由してコンピューターに取り込むことができることに気がついた。 他社製品は独自形式になるものが多いのだが、これは普通の?MP3ファイルのまま保存できている。 もちろん、音質は、コンピューターメーカーではなくて音響メーカーが作ったのだから別格だ。512MBのと1KMBのがある。 ちなみに私は、512MBのものを、ムラウチ電気インターネット販売で、約12000円で購入した。(かなりお買い得だったと思う) ということで、自分が本当にいいと思ったものなのでご紹介させていただきました。(アフィリが見つかったらこの下に掲載予定)<a href="http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/02984e0c.29331890/?url=http://www.rakuten.co.jp/remix/632235/689875/689876/#724167" target="_blank"><img src="http://image.rakuten.co.jp/wshop/data/ws-mall-img/remix/img128/img10261950845.jpeg" border=0 alt="【台数限定特価☆】送料込み!!KENWOOD M512B5-S(シルバー)デジタルオーディオ(512MB)"></a>日記の形式が変わってから写真がうまく出なくなったのはなぜでしょう?
2006/04/13
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今日はSのクラスの身体計測だった。 朝は家庭でぎょう虫検査のシール貼りもあって、こちらの方も朝からゲラゲラ大笑いで大変だったが、身体計測も大変な予感がしていた。 昨年度は、内科検診の時に押さえつけてやった(父も一緒に)ことがトラウマになったのか、しばらくの間、保健室の前さえ通れなかった。また保健の先生が「エプロン」をつけているのを見るだけで、とんで逃げていた。 2学期には慣れて(保健の先生にお菓子をもらったのがよかったらしい。うーん、犬と一緒だな)きて、保健室に入れるようになっていたのだが、新年度を迎えてまた警戒心が出てきたらしい。昨日も保健室方向に行こうとしたがダメだった。 そして今日、廊下に並ぼうとした時点で嫌がっていたので、とりあえずつかまえて父が抱っこ。今日は大した検査ではないのでとにかく行かせて「恐くなかった」と思えるように、なだめて連れて行った。 たぶん、白衣の医者がいないからだろう…落ち着いて過ごせた。 身長・体重・座高を測定。体重は20kgをやはり超えていた…どおりで腰が痛いはずだ。 そしてその後、視力検査。低学年用には『C』みたいなヤツの向きではなくて、『魚・鳥・蝶』などがシンボル化された形を見て、その名前を言うというのがあるらしい。名前が言えない子のために、同じ絵を手元に置いて指さしてもいいようだ。 ちなみにSの場合、しゃべらないし、遠くに見ている物と手元の絵で同じものをさす…などという複雑なことはできないので、『測定不能』の人となった。でも、遠くの○ツ矢サイダーを見つけたり、視力がいいのはわかっているので「まあいいや」なのだ。 おもしろかったのは、Sと同学年のおしゃべりなお友だち。彼も自閉トリオの一人だ。 やる気満々である。 その図はシンボル化されているので『その形』がわかっているようなら、別に『魚・鳥・蝶』と正確に言わなくてもよい。 でも彼は見事に「ちょうちょ!」とか「おさかな!」とか順調に読めて、視力とは別の次元でみんなを喜ばせていた。 そして、『鳥』の時に、「カラス!」 みんなちょっとこけたが、「確かに黒いしねえ…本当はそうかも」などと感心しながら、「うん、カラスも鳥だね」などと語っていた。 そしてその次にまた『鳥』のマークが出た。彼は、一瞬迷ってから答えた。 「ちりとり!!」 みんなずっこけたが、本人は「してやったり」の顔だった。
2006/04/12
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ゆるやかな坂道を駆けおりていくと、そこは体育館だ。 Sの小学校の特学は校舎の角にあり、外からも中の廊下からも入れる。体育館に行く児童もそこに教室があることは気づくので、『隔離』された感じではなくてまあまあいい感じの場所にある。 その体育館に向かう通路が、ゆるやかな坂道(くだり)で、なかなか走りやすい。 そのせいか、教室から外のドアを出た脱走兵は必ずその道を駆け下りて体育館の前まで行くようだ。 昨年のSもそうだった。Y君もA君もそうだったので、昨年は1年生が交代でその道を走っていた。 今年の新入生の子も『脱走』が得意技で、やはり外のドアから出て、そこを走る走る…。 そしてしばらく付き添いでついている新入生のお母さんがそれを追いかけてそこを走る走る…。 (なつかしいなあ…)と感慨にひたっていると、「あっ、Sがいない!」 なぜか人が走ると追いかけたくなるS…そのお母さんを追跡、坂道を走る走る…。 そしてそれを追いかけて私が走る走る…。 他の場所だとすぐ追いつけるのだが、その走りやすい坂道、子どもたちがどんどん加速していくので、行き止まり(体育館の入り口)まで30mくらい追いつかない。 かくして、今週は、新入生君が脱走するたびに、計4名がマンガみたいに一定の距離をあけてその坂道を走っていくのであった…。
2006/04/11
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Sのクラスには、通常級から遊びに来る5年生が数人いる。時々だったり、クラスでうまくいってない時だったり(笑)、いろいろなのだが、去年から来ている子は『Sの取り扱い』にも慣れたものである。 教室に着くなり、その子達を見つけると、背中に乗っておんぶさせたり、抱っこさせたり、くるくるまわしてもらったり…とてもご機嫌になる。 だんだんSも重くなってきてるので(すでに20kg)、5年女子にはちょっと大変そうなのだが本当によくやってくれている。 自閉トリオなので、他の子達も同じような遊びを要求してくるのだが、「お姉ちゃん目が回ったよ」と言っているのを聞いて「アッ」と思った。 自閉トリオは3人とも全然目が回らない…。回転好きな子などを養護学校勤務の時も見ていたから知ってはいたが、こうも明らかに目の前で他の子達より回転に強いと、やっぱり『不思議ちゃん』である。 Sのマイブームは、片手と片足を持ってもらって、横向きに振り子時計のように振ってもらうこと! 誰彼かまわず、片手と片足を差し出してアピールしている。かなり腰に来るし大人じゃないと無理なので、できる人は限られている。 ちなみに私は、『できないこともない』が大変そうなので『できない人』ということにしてある。 できる人が限られていることに気づいたせいか、『できる人』に出会った時は、しつこいのなんの…。3回くらいやって終わっても、また追いかけていってアピールしている! 介助の若いお兄さん、これからしばらく大変そうです…。
2006/04/10
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大阪でライブハウスに出るといえば『バナナホールだ!』と勝手に目標にしていた。 というか他にあまり知らなかった(笑)からだ。 1989年、東京の怪しい音楽事務所にいた頃、ほとんどのライブのブッキングは関東(それも3回に2回は渋谷ばかり)で、「ツアーに出させろ!話が違うぞ!」といばっていた。 やっと行けた大阪の初ライブは、『ブーミンホール』…あまり聞かない名前?だ。夜中に器材車(業務用バンに人も全部乗った)で出発し、翌朝到着。ところが朝の渋滞に巻き込まれてまったく右折できない。大阪では直進車両が赤になっても突っ込むし、前が進んでなくても突っ込んでそのまま交差点の中央に居座る車が多くて、いつまでたっても右折できなかったのだ…。 唯一の運転手であるドラマー君はあせる。一晩中一人で運転してきて早く着いて寝たいのだ。やっと譲ってくれた車があったので右折すると、見事に対向車線の車の影から原付があらわれ、ぶつかった! 自動車学校通学中だったギター君は、「あ!これ、ビデオで見たヤツと同じだ。教則本通り!」とか言い出し、まったく不謹慎なヤツだ。相手はひざを少しすりむいたくらいですんだのだが、こちらがレンタカーなので保険の都合上、事故処理をしなくてはならず、警察を呼んだ。 で、○○署に入っていくと、応対の警察官は恐いし、手錠をした刑事が通ってもどっちが犯人かわからないくらい人相悪いし、時間がかかって結局リハーサル直前に到着して大変な思いをした。ライブのあと、街の屋台で食べたたこ焼きがおいしかった以外はなんだか今ひとつの思い出だった。 話は戻って、『バナナホール』。こっちは、2回目の大阪ツアーの時についに出演できた。その時は運転手も二人に増えたし、レンタカーも業務用ではなく家庭用のバンになっていたし、こちらも旅に少し慣れてきていた。 初日が大阪の『バナナホール』、翌日が名古屋の『ハートランド』という、黄金メニュー、我々より一日前で『The Boom』がやっているという『それなりのあつかい』をうけた気持ちいいツアーだった。 実は細かいことはあまり覚えていないのだが、『バナナホール』はすごくやりやすかったし、落ち着くライブハウスだった。『憂歌団』がよくやるというだけあってそれなりのムードがあり、伝統を感じるような重みがあり、「ついにここに立ったぞ!」みたいな気にさせられた。 今や、音楽関係の人間ではないし、たぶん一生そこに行くこともなかっただろうが、その『バナナホール』が閉店した。 移転して再開…ぜひして欲しいとは思うが、少なくとも(もうあの場所はないんだな…)と思うと少しさびしいのであった。 詳しい内容は下記をご覧ください。<a href=http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060408-00000023-san-soci>バナナホール閉店</a>へジャンプ
2006/04/09
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以前読んだことのある『自閉症児』をテーマにしたほのぼのとした小説、『ぼくはうみがみたくなりました』の映画化の話があると聞いて調べてみた。 映画化の話がある…といえば景気はいいが、実際は大手の制作会社は興味を示さずにいて、それでも自主制作になっても何とか世に出したい…という熱い思いでの映画化…ということだった。 自閉症児の親として何ができるのか…という時に、自分の力をうまく生かして何かを社会に呼びかけたい…そんな思いで活躍している記者や医者、いろんな人がいて刺激される。この小説の作者もその一人だ。 ところが、その作者の方のお子さんが先月末にお亡くなりになった…とのことを自閉症協会東京支部の掲示板で知った。 やりきれない思いを、この小説の映画化に向けてのエネルギーに変えていこうとしているその姿がすごいと思う。ぜひこちらのホームページをご覧ください。http://homepage2.nifty.com/bokuumi/
2006/04/08
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今年の入学式は、多くの土地で桜満開だったのではないだろうか? ところが、この桜の『異変』を数年前から私は訴えていたのだが、みんな首をひねってピンと来てくれない。 それは、『色が年々、白っぽくなっている』ということだ。 絵とかでは、桜(特にソメイヨシノ)というとピンクの色で描いてしまうが、実はもともとそれほど濃いピンクではないし、淡いというか薄い色だ。ところが、数年前にはじまり、昨年あたりは『白』かと思うくらいの色に近づきつつあった。 それで、昨年は声を大にして、「なんかやばいよ、桜が全部白っぽいって。」と家族にも言うのだが、美術系の人間であるうちのつれあいは、「確かに白いけど、もともとこんなもんでしょ。」と『地球規模の大変なこと?』かもしれない兆候に興味をまったく示さない! 年々、目が色を薄く見るようになったのではないか…とあらぬ疑いまでかけられていた。 そして、今年。 数年ぶりに、桜の花に『ピンク』がもどった(関東地方一部地域調べ)。 全体的な色もピンクだし、散った花びらのひとつひとつも、それがまとまった時の色も、いずれもピンクだ!(というかこれが桜色だ!) ひとまず私の目の老化のせいではない(両眼とも1.2だし)ことは実証された。 この桜の花の色のことって、他で話題になっていないのだろうか?
2006/04/07
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いよいよ新学期のスタートだ。講師の私は、仕事の中学校ではなく、息子の付き添いの小学校で始業式を迎えた。 久しぶりの、30分歩いての登校。Sは嫌がらずにご機嫌だった。朝から、かまってくれる人がほぼフルメンバーで登場(やおやのおじさんや近所のお姉さんや中学生など)し、気候も暖かくなってきたので、足取りも軽かったようだ。 始業式は外だったが、なかなかいい子に過ごせた。長い時間に及んだが、勝手に座り込んで砂いじりをしていたのも長持ちの秘訣だったようだ。途中、クラスメイトの自閉症仲間Y君から「どすこいどすこい」とか攻撃を受けても知らんぷり(笑)。しょうがないと思ったのか、父にも「どすこいどすこい」とかやってくれたので、「うわあーやられたー」と騒ぐとY君は大喜び。 これ以上の騒ぎになっては大変と、そこからは父も一緒に知らんぷりをした。 着任教諭のあいさつがあり、自分の教え子のあいさつを聞いてしまった。とても不思議な気持ちだった。 そして、下校。日頃はじいちゃんの車で帰るのだが、今日は私と歩いて帰る。 駐車場に行って車がないことに、呆然と立ちつくしていた(笑)が、「朝、一緒に歩いてきたから車ないよね。歩いて帰ります」と話すと、すっと歩き始めた。1年前のこの時期、引きずるようにして、あるいは道路に何度も寝転ばれながら、必死で一緒に下校したことを思うと、信じられないくらい『聞き分け』がよくなっているんだなあ…と実感した。 帰り道で、ごほうびかのように、いつも遊んでくれる3人の上級生(女の子)と遭遇。手をつないでもらったり、抱っこしてもらったりして、またまたご機嫌であった。
2006/04/06
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明日からしばらくSの小学校に密着取材だ。 というのは、本当はちょっと違い、環境の変わりはじめの1週間、新入生やそれぞれがいつも以上に先生たちに手をかけることも考え、講師の授業が始まるまでの数日間、付き添いをすることとなった。 昨年度もやったので慣れているが、つい他の子まで指導しそうになって我慢するのが大変だ。(特に通常級の廊下を走るガキなど) で、今日が最後の休みだったのだが、春の選抜大会ならぬ、選ばれなかった人たちの高校野球・春の大会を見に車で1時間半もかけて出かけた。野球部での最後の教え子の代がこれから高校3年になる。2年にも少数いるのだが、中学の1年間(しかも補欠の時期)しか見てないので、やはり最後の代は彼らだと思う。 第1試合に一人、第2試合に一人、それぞれ出そうだったのでこんな遠くまでがんばって行った。ちゃんとした情報を得ていないので、本当にまだ続けているかとか、ケガして休んでいないかなど未確認なのだが、二人いればどっちかは見られるだろう…と行ってしまった。 着いた所で、第2試合の方の少年のチームのスクールバスと出会った。バスの窓が「スルスル」っと開いて、懐かしい笑顔が出てきた。 「先生ー」 かわいいヤツである。くりくり頭でニコニコしている。実際は175cmくらいはあるだろうし、横にもでかいし、「かわいい」のはこっちの方なのだが…。 まわりに友だちがいると、中学の時の先生と話すのなんて恥ずかしいだろうに(少なくとも私はそうだが)、いろいろと1試合目の少年の情報を教えてくれた。2試合目に出そうかどうかは、言いにくいだろうから聞かなかった。 そして1試合目。球場の中に入るなり、教え子を見つけた。ポジションとかを聞いていたわけではない。明らかに見たことあるような感じ、肩のラインとかしぐさとかそういうので、はるか遠くから見つけた。近づいてみるとやはり正解…うまくなってもやはりクセとかは変わらないようだ。 試合の方は、その彼の3安打の活躍もあり、勝利。バットが首に巻き付く感じも相変わらずで(直せよ)と思ったが、ああいう自分なりのフォームってあるんだろうな。ちなみに私は後ろにそって打つとバランスがとりやすいという人だったし。 あまりにも降り続く雨、ものすごい寒さ…もう見ておれんという感じではあったが、案の定、2試合目は中止となった。 帰りに、選手名簿を買って帰ると、2試合目の方の少年は背番号16であった。 うちではエースだったし、向こうからの熱心な誘いでそのまあまあの名門校(いつもあと一歩で甲子園を逃す)に入ったのだが、今ひとつ伸び悩んでいるようだ。 うーん、試合に出るか出ないか微妙な位置。さらに1年生が入ってくると、夏の大会では番号そのものが危ういではないか! ということで、夏の楽しみが増えたんだか減ったんだか、教え子に甲子園に連れて行ってもらう最後のチャンスは風前の灯火であった。
2006/04/05
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40歳不惑の誕生日の翌日から「悩んで迷っていた」講師2枠の件、実はとっくにすっきりしていた。 この後もっとおいしい話が来るかもしれないけど、ここで4月中に決めとかないと、このままではボーナスがなかったりの損失が出る可能性がある…ということで決断が難しかったのだが、「3月27日にお返事します」と約束してあったので、その時点であっさりとOKを出した。 旅行中に『楽しむこと』に専念するためもあったが、下関の公園で遊んでいる時に確認の電話があると、すんなりと答えが出たのであった。 そのおかげで週一日空いたので、昨年度お世話になった特学にまた行けることになった! 「これも何かの運命だ」と早々とこちらの続投も決めたのであった。ここに行くことは楽しいし、体は疲れても心がリフレッシュできる。 問題点は、昨年度最後にお別れ会をしてもらった…(笑)ことだけなので、これは「私は彼の弟だ」と言い張ることで乗り切ることにしよう!
2006/04/04
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この日は父の田舎に墓参りへ行った。豊北町という所だったのだが、平成の合併で下関市内となってしまいなんともややこしい。ちなみに、尾てい骨を打った妻は家で休むこととなった。 この墓参りコースは山陰の海がよく見える道を通っていく。関門橋もそうだが、この山陰の海を見ると『帰ってきた』ということを実感できる。 さて、父方のお墓は、勝手にお墓を作ってよかった時代?の山の中の墓だ。山の中だけあってそこに行くまでの道は険しい。人が住まなくなり、墓参りをする親戚も減ってからは、年々、道が険しくなっているようだ。 じいちゃんが先頭で、なたを持って竹を切りながら進む。Sは竹で杖を作ってもらうと、それをずっと持って、一丁前のツラで進んでいる。山道をよく歩く。20分くらいしてやっとついた。 土葬なので相変わらず傾いているお墓もある。そして、その一画だけは草が生えていないというのも不思議だ。誰も草刈りはしていないそうなので、やはり土葬でなにかの成分が出ているのか、それとも…。 Sもお参りというか、お墓の間を縫うようにウロウロしてから手を合わせた。 そこから10分、来た道を戻って、昔、父の実家(茅葺きの農家があったが住まなくなるとつぶれた)があった場所へまず戻って休憩。そこから20分くらいかけてもっと古い代のお墓へ行った。ここは荒れ果てていた時期が長かったのだが、たまたま他の誰か(たぶん中山忠光卿かその暗殺グループの農民について)の研究をしていた大学教授が捜索の過程で整備してくれたらしい。恐そうな感じの竹やぶを通る道で、夏でも涼しいような道だ。こんな所に一人でおいて行かれたら、大人になった今でも泣ける。 今回は、しばらく誰も通っていないのか、至る所に倒れた竹があって道が閉ざされている。険しい道を歩くうちにSはイヤになったらしく、竹の棒を杖にしていた一丁前の男は、「抱っこマン」に変身してしまった。大変なのは私だ。20kgの児童を抱っこしたまま倒れた竹のすきまをくぐる。果てしなくて、重たい道のりだったが、やっと視界が開けた。まるで我々のお参りを拒否するかのような道のりだったが、着くと空まで晴れ渡り、歓迎ムード?となった。 Sも少し歩き始めて、時々墓石に乗ってしまったりしながらも、相当昔からのご先祖様を供養した。「この場所は、じいちゃんが死んだらもう来られないなあ」とばあちゃんとも話した。ちなみにばあちゃん(母)は、初めてここに来たらしい。 昔の家(私にとっては田舎のばあちゃんの家)があったさっきの場所に戻り、ブルーシートをひいて昼食をとった。今は『やぶ』とはいえ、またこの場所で『家族団らん』があるとは思わなかったので不思議であった。そうした場所だからか、ひいじいちゃんの霊でも寄ってきていたのか(笑…いや笑えないか)、Sもなかなかご機嫌だった。 帰りに角島(つのしま)へ寄った。昔は船で渡っていた所だが数年前から大橋ができた。島によって波の方向が2方向に分かれて潮目ができ、そこがまっすぐトンボロ地形になっているすばらしい所だ。にもかかわらず、大橋の通行料も入り口の駐車場も無料である。 入り口に車を停めて、橋と波をかたどったオブジェでSは遊びはじめた。海に向かって突き出た橋のデザインがまるで飛び込み台のようになっている。遊んでいるところを3人(私・じじ・ばば)がそれぞれカメラを手に撮影しているので、まるで期待に応えるかのように、最後はその飛び込み台のような所を猛スピードで駆け上がり、ピタリと端で止まった。 私は(やるだろうな)と思って、ついていたので、そのスピード以外には驚かなかったのだが、じいちゃん・ばあちゃんにいたっては、心臓が止まるかというくらいに驚いていた(笑)。その向こうがすぐ海だと思ったらしい。(遊ばせる前にそれくらいチェックしろよ) 家に帰って、入浴・夕食のあと、夜は、「もう寝よう」と言わんばかりに、じいちゃんを誘い、ばあちゃんに布団をひけと手を引っぱり、あっという間にすやすや眠った。とてもじいさん孝行だった。 翌朝は、早くから起きてほぼ一日、新幹線と電車の旅だ。新下関駅まで二人とも見送りに来て、下で時間をつぶしたあと、いつもは行かない『ホームへの見送り』まで来た。たぶん、ホームまで来たのは私が大学に入学する時以来(笑)だ。ばあちゃんの涙に何かを感じてか、Sは何度も手を差し出して『タッチ』の大サービスだった。 帰りの新幹線もなかなかいい子に過ごした。そばにいたどこかの小学生ゲーム小僧(時々ピコピコ電子音がする)よりもよっぽど静かに過ごせた。 帰ってくると、行きにつぼみだった桜が八分咲きくらいになっていてびっくり! まるで浦島太郎のような気がした。 家に着くと「あー、やっぱり我が家が一番」と言わなければいけないお約束?があるが…まったくそうは思えないマスオさん生活がまた始まるのであった…。
2006/04/03
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あいにくの雨となったこの日、予定を入れ替えて水族館(海響館)へ行った。下関の水族館は、以前は違う場所にあり、ものすごく古い展示方法でありながら味がある…という感じで、それはそれでおもしろかったのだが、数年前に現代的な水族館へと生まれ変わった。 雨の中の移動で気が立っていたのか、入場券を買う間に後ろの小さい子から「やめて!」と声が聞こえてきた。Sが髪を引っ張っていた。いきなりの謝りスタートである。 水族館は以前『しながわ水族館』に行ったことがあるのだが、その時はSはあまり魚を見ていないようだった。今回、その時よりも少し興味を見せた。特に自分が水中にいるような形の展示だと、いろいろな方向から来る魚を見上げてご機嫌だった。ただ水槽は明らかに過密状態…。前の水族館の時の方が広大な土地があったから、せまくなって処分に困って、個別展示できないのは全部一緒に放り込んだのか??? イルカショーは時間が合わなくて、終わったあとのスタンドへ見学に行った。かなり大きなすり鉢状の階段スタンドだ。ちょうど『特別料金』か『抽選』で選ばれた人たちがイルカと一緒に記念撮影などをしていたのでイルカが間近で見られた。 と、その時、私とSの後方の階段から「ドーン」と大きな鈍い音がした。ふりかえる前に何が起こったか私には何となくわかってしまった…。 吹き込む雨で濡れてすべりやすくなった階段で、足をすべらせた妻が思いっきりしりもちをついたのだ。しばらくは動けそうにないので、ショーの終わった会場で時間をつぶすこととなった。Sはイルカプールを見るよりも半円形の会場を楽しく駆け回っていた。 それにしても、両手に荷物いっぱい持っての転倒…相変わらず妻の得意技である。うちのばあちゃんは、「ビデオカメラを守って手もつけんかったねえ。かわいそうに」と言っていたが、実はもともと手をつくような運動神経がないことを私は知っている…。ちなみに旅行から帰っての病院の診断は『尾てい骨に小さなひび』であった。 その後、見学を続け、最後に『イルカのプールが下から見られる』場所に出た。先ほどのプールが水中のガラス部分から見られる。水上では見えなかったイルカたちのものすごいスピードに、見ていた人たちはみんな思わずのけぞった。中学生女子は「こわいー」とか言って逃げてはまたおそるおそる近づいてくる…。 そんな中、一番前に平然と座り込んで、さっき買ったのにもう噛み割ってしまったビニール風船をかみかみしている男…それこそSである。イルカをじっと見てニヤニヤしていた。そのうちスピードも落ちてきて人々も落ち着いたが、(まさかお前がコントロールしていたのか?)という疑いを抱かせた。 魚市場で土産物を買ったあと、夜は再び実家へ。今日から2泊はこっちに泊まる。2階の寝る部屋になじむように、私が小学生の時に使っていたおもちゃ(前日私が倉庫から引っぱりだして拭いておいた)なども用意しておいた。親子二代に使われるなんてすばらしい…と思いながら出したのだが、その壊れぶりに衝撃!ソフトビニール製の怪獣も超合金(本当はただの金属だろうが)の○ジンガーZもみんななにかがとれている。大切に遊ぶというよりは、友だちと戦わせたり、3mのがけ下に置いておいて上から直径10cmくらいの石を転がしてどれが生き残るか…などすさまじい激戦を生き抜いたおもちゃなので(笑)、みな負傷兵となってしまっていた。 ミニカーにいたっては、たくさんのレースをくぐり抜け傷んだ塗装を直そうと、すべて金色(笑)で塗られていた! しかもその塗り方の下手なこと! そして出てきた『スーパーカーの下敷き』 これは比較的状態がよかった。Sはこれを気に入り、ずっと眺めていた。(おもちゃを拭いた労力は無駄となった) 夕食で、やはりうまさが違うのか、いつも以上に魚をよく食べた。その後、酔っぱらって布団に早々と入ったじいちゃんの横へもぐっていった。 そしてじいちゃんを寝かしつけた(笑)。 眠れなかったのか、しばらくして起きてきて、また部屋でウロウロ。そして、2階で寝ようと私が誘って、じいちゃんの寝ている部屋を通り抜けようとすると、またじいちゃんの布団にもぐりこんだ。 しばらくして、スヤスヤと眠っていた。ばあちゃんと妻から、『父と同じにおいがするのだろう…』といい加減なまとめがされて、その日は終了。寝たままのSを必死の形相で抱えて、急な階段を登った。いい子で寝てくれてよかった。
2006/04/02
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朝はなぜか早起きしたので、ホテル付近の公園へ。なぜか南国風・またはアラビア風の公園で、他の人は誰も来ない貸しきり状態で1時間以上遊んだ。 そしていよいよ実家へ。家に着くと、不思議なほど臆することなく、まるで何度か来たかのように中にズンズン入っていった。靴を脱いで、靴下まで脱いで、いろいろ探検を始めた。 うちの実家は建売住宅を勝手に増築(じいちゃんが自分で作る)していて、その建て増した部屋から外飼いの犬と遊べるようになっている。リョウという名のなかなか激しい犬だが、Sはなぜか飛びつかれそうになっても大喜び。老犬(11歳)リョウとS(7歳)のご対面がついにできたので嬉しかった。 どっちが強いか(カブトムシとクワガタムシみたいだが)、とても興味があった。前半は、べろべろ頭をなめたりして優勢なリョウだったが、途中から手につばをつけて塗るSの攻撃?が始まってからはSが優勢になった。そのうち、Sはリョウの耳をつかんだり、目玉を触ってみたり! なぜリョウがそんなことをさせているのかは謎なのだが、どうも主従関係の決着がついたらしい…。 実家で少しくつろいだあと、母方のお墓参りへ。どこかの宗教みたいに『先祖のたたりで自閉症』とは思っていないが『御先祖様への供養』もしといた方がなにかといいだろうと、今回の帰省で両家のお墓に行く予定だった。どちらも観光上とてもよい場所にあるのだ。 母方のお墓は、小高い山の上、普通の霊園にあるのだが、そこからは関門橋も海峡ゆめタワーも下関旧市内の街並みも一望できる。お墓を立てた頃はただの山だったのだが、あとから人工物ができて絶景になっている。Sもお墓の仕切りの上を歩いたりしながらウロウロしたが、こちらのお墓にはいつも関東地方の墓参りでいじる『玉砂利』がなかったので不機嫌だった…。 その後、関門橋を眺めにみもすそ川公園に。ドラマの影響で観光客を増やすためか、いつのまにか源義経と平知盛の銅像(しかも義経は何となくタッキー風)ができていたり、長州戦争とか四カ国連合艦隊下関砲台占領の時の大砲?が再現されていたり、すっかり様子が変わっていた。一方で関門トンネル人道前のうどん屋が閉店していたのはショックだった。 関門トンネル人道は今は無料で通れる。エレベーターで下りて途中から入るような形になるので、全長は800mくらいだ。門司側のめかり公園に、私が小学生の頃は『徒歩遠足』としてよく登ったものだ。小学校の日帰り徒歩遠足で、『本州から九州へ』行けるのはたぶん下関市内のこのあたりの学校だけだろうなあ…。 さて、Sにも歩いて九州へ初上陸させようと、人道へ。不思議な空間を楽しんでか、よく歩いた。そのうち、手すりくらいの高さの両端のあるコンクリート部分を手で触りながら進む。誰もさわらないし、そう掃除もしていない場所なので、あっという間に手は真っ黒だ。それでもやり続けて、だいぶ人道の掃除をしてあげていた。さらに今度はそのコンクリート部に登りたがり、その段に登ったまま手をつないで歩いていった。 飽きた頃、ちょうど山口県と福岡県の境目に到達。本当の九州上陸はおあずけにして、海底で九州に達した記念写真を撮って引き返すことにした。戻ってから人道の入り口のイスで遊んでいたが、疲れたのか小パニック…で泣いた。トンネルはよく音が響くので、下関側の入り口から遠くまで泣き声が反響していたようで、びっくりして多くの人がふりかえっていた。でも1分ですぐにおさまった。 そして昨日のホテルへ。今日はホテルの好意で日頃はトリプルとして使用している部屋へツインと同じ料金で泊まる。1つ目の部屋が普通のツインベッドルーム、2つ目の部屋は和室で、でもなぜかベッド。Sはそのベッドをコタツのようにして入っていた。今日は広々としているので、走り回る場所がより広くなりよかった。 そのホテルの食堂で大人4名はフグコースを食べた。一人5500円で、フグ刺し、フグチリ、フグからあげ、ぞうすいなどお腹いっぱいのコースだ。他のお客は、仕事で泊まっているような一人客ばかりなので、数人が飲んでいても店内はとても静かだ。Sが騒いでもうダメとなったら交代で部屋に行くつもりでこの店にしたのだが、時々フグのしっぽをつまんだり(笑)、自分用にとった野菜炒めをつまんだり、持ってきた本を読んでいたり、窓から外を見つめたり…となかなかいい子で過ごしていた。 はしから2番目の席で、はしっこには人が入らなかったので、多少うろうろ歩くこともできた。とはいえ、なんと2時間も店にいられた! びっくりした。 そして、心配した夜…今日は夜中に目覚めることもなく熟睡してくれて、2日目の夜はふけていった。
2006/04/01
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