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Sの小学校の運動会が昨日・平日に行われたため、今日は休みではなく普通の授業だった。 普通の…っていわれても、そういつも通りになるわけではない。 先生たちは疲れ切っていた。 そこにもってきて、気持ちの切り替えがうまくいかない子どもたち…本日、Sのクラス(特学12名くらい)はひっちゃかめっちゃかだったらしい。 私の勤務校の4時間目の授業を空けてもらっている曜日は、給食指導(というかおもり)に行くのだが、今日は教室に入る前に聞き慣れた息子の泣き声(笑)が聞こえた。 お疲れモードのSは、お勉強のプリントはちぎったり食べたり、そのうちゴロゴロ、そのうち大泣き…だったらしい。 私はわざわざ抱っこしに来たようなものだ(笑)。 そのうち、急に食べる気になり、魚を食べたりしてご機嫌…と思いきや、また元通りに大泣き。最初に泣いていたイスに戻して、私は勤務校に帰っていった。 先生が、『今日いつも通りにまともだったのは○○君ひとりだけだ』とげっそりして教えてくれた。 逃走するもの、悪態をつくもの、泣きまくるもの…それぞれに大変だったらしい。 やっぱり行事の次の日は急にお休みにしたいものだ(たぶん大人も子どももそう思っているけど、公立は教育委員会とその規則が絶対許さないな)。
2006/05/31
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やっと終わった…。 午前の部はSの出番は踊りがひとつ。一応参加し、途中寝転んだりして一度はずれたが、また復活して中に入ったとのこと(私は見ていない)。 そして、祖父と車で家に帰り昼食。 その頃、私が家にもどってきて、もう一度学校に連れて行こうとすると…大泣き。 せっかく家でくつろいでいるのになぜだ…とばかりに怒っていた。 じいちゃん・ばあちゃん、もう一回行くと何度も念押しして話をしておいてくれると本人も覚悟できたのだろうが、思いっきり着替えまでしてちゃあダメですよ…。 小学校に着いてからも車の中で大泣き&大怒り。数年前なら立ち直る可能性もなかったが、さすがに少しは成長?しているので、少し落ち着いたところで、紅白帽をかぶせ、靴下をはかすと、その気になった。 そして児童席に座れた。もうすぐ50m走が始まる…というタイミングで、急にズボンを脱いだ! 「えっ、今家でやってきたのにもうおしっこ?!」 しょうがないので、トイレに向かって親子で手をつないで走る走る…児童席の後ろ、保護者席の目の前を疾走した! Sのスピードもすごい! おしっこパワー全開だ。途中、知っている保護者などから、「あっ、Sちゃんだ!」と声もかかるが立ち止まることは許されず、100mくらい走ってトイレに。 空いていると思った場所が空いてなくて、しょうがないのでその裏の人気がない所の木に、「ジャー」とやった。ギリギリだった。 そうしてもどった本番。そこから先は担任の先生にお任せしたが、ぐずってスタートラインに立つことも危ぶまれたが、なんとか入場。 そしてなんとかスタート。 といっても、もちろんみんなと一緒にはスタートせずにぐずぐずしている。先生に手を引かれるとようやくスタート。スピードが出てきた…と思ったら、なぜか直角ターン! ゴールではなく、本部席に向かって疾走して、みんなにうけていた。 その後コースにもどり、完走。 よかったよかった。 惜しむらくは、おしっこをもよおすのがもう少し遅かったらよかった…びっくりするほどの走りが本番で出て1位だったかもしれなかったなあ…。(その代わり、ゴール後にそのままトイレまで直行または、ゴール後にお漏らし)
2006/05/30
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ずばり、認知症について調べている。 社会科選択授業のテーマは「社会福祉」…本当は幅広くやらないといけないのに、昨年度は結局「障がい」のことばかりでほとんど押し切ってしまった。 ちょっとやりすぎでこれでは「詐欺」の面もあるので、今年度からはちょっと広げて「老人介護」のこともこちらからビデオを見せたり、話をしたりすることにした。 認知症(数年前まで痴呆症と言っていた。いわゆるボケたという症状)で、家族が介護が大変という話はよく聞くが、当事者の方の意見を聞く機会というのはなかなかないので、偶然録っていた「某公共放送局」(ひとつだよ)の番組はとても授業で使いやすかった。 本人が一番苦しんでいて、プライドを傷つけられたりすることも多く、サポートする人が重要であることがよくわかった。 ところが、認知症そのものへの「配慮」とかを自分があまり知らないことに気づいた。 そこで、今日は午後に市役所に行き、いろいろな説明パンフレットがないか、関係しそうな部署の前をウロウロした。 高齢者なんとか課の前で、「何かお探しですか?」と40代くらいの切れ者?ぽい女性が声をかけてくれた。 これを待っていた! つまり、向こうから声をかける…ということは、職業意識の高い人。市役所のプロ職員?だ。 さらに、「親切な人」であることはまちがいない。 作戦は成功し、こちらが使い方(選択授業のこと)や欲しいもの(認知症への配慮などが載ったパンフ)などを説明すると、「今はここに置いてないのですが、少々お待ちください」と言って、席を外した。 もどってくると、手に10ページ分くらいの冊子のコピーがあった。 「以前は窓口に置いてあったのですが、都道府県から届かなくなったので、『いい資料なのに残念』と思って、いつか出せるようにコピーをして自分で保管していたんです。1部だけ今コピーしましたのでよかったらお使いください。もともと自由にお取りくださいと置いてあった物なので、生徒さんの分をコピーしたりしても著作権上の問題もないと思います」と言って、その資料をいただけた。 プロの中のプロだ! 感動すると共に、これは聞かなければ損とばかりに、疑問に思っていたことを次々と聞いて、お得な気分で引きあげた。 公務員…って(自分もそうだったが)、あきれさせてくれることが多いのだが、いるんだなぁこんな人も。でも意外に非常勤職員の方だったりして…。 しかし、切れる年配の女性もかっこいいなあと思った。(違う意味で切れる若者ならよく見たが…)
2006/05/29
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そして今日もやはり雨。運動会は予想通り火曜日に流れた。 火曜日、私は中学校に出勤するしかない…ということで、火曜日のSのつきそいをどうするかを担任の先生と相談した。 実は、本人の出る種目については大人の手の数に問題はなく大丈夫とのこと。 ただ、本人が見学の時間に、2種目ほど大人が手薄になる状態があるのでそこはちょっと心配、というか無理…ということだった。 ウルトラCとして、いつも特学の教室に来る5年生のお姉さんたちにその時間のSを頼む…ということも担任は考えてくれたのだが、ちょうどその手薄になる種目というのが、5年生の時だったりするので、これじゃあだめだ…。 同じ特学の他の子どもたちの当日の様子によっては「大丈夫になる」ということだが、今の所の予定では 1 朝、私がSを送っていき学校にあずける。 2 その後、しばらくは先生たちがつく。 3 しばらくして、祖父が車で行き、手薄種目その1の時にめんどう見る。 その後、Sが出場種目その1に出た後、祖父が家に連れて帰る。 4 Sは午前の残り種目の見学をさぼって家で昼食。この間に手薄種目その2は終了。 5 私が午前の授業(この曜日はSの療育センター通いのためもともと午前のみ)を終えて、 急いで帰宅。 私はお昼も食べずに、そのまま車でSを小学校に連れて行く。 6 Sが出場種目その2に出る。 7 あとは見学して終了後、私が連れて帰る。 というハードスケジュール(私が)である。 可能といえば可能だけど、ここまでするくらいなら、「だいじょうぶ、こちらでなんとかしますからおまかせください」と学校に言って欲しかったのだが…。 まあ、就学前の本当の約束は、「学校行事はすべて親か代わりの人がつく」という条件なので、無理を言っているのはこっちであり、向こうはやってくれているのだからありがたいと思わなければ…なのかな。 まだ残っている二つの超ウルトラC! 1つ目は、「Sが学校を休む」 これはじいちゃんがつきそいイヤと言ったら本当にこうなる…という道だが、教育上はあまりよくない(笑)。 2つ目は、中学校の管理職にめんどうを見てもらう! 近隣校なので、おそらく、校長か副校長かのどちらかが行くはずだ。 「めんどう見てくれないと授業休むぞ」とおどして?、本部テントの来賓席でSのめんどうを見てもらう…というすごいことを思いついたが、さすがに難度が高すぎだ。 これで「すごく子どものめんどう見るのが好きそうな二人」だったりすると、話題作りにもなるしおもしろそうなのだが、どう考えても二人とも強面(こわもて)であまり得意そうにないし(笑)、Sがけったり髪を引っ張ったりすると、逆にめんどうなことになりそうだ。 ただ、二人のどちらかがSをあやしたりおんぶさせられている光景を想像すると、おかしくてしょうがないので、来年度以降も同じ状況があれば『前もって、選択肢として準備しておこう』と考えるのだった。 (それよりもSが「付き添いなんてなくても平気」となってくれると一番いいのだが…。今は、ほっておくと競技中のコースに飛び出す危険があるから…)
2006/05/28
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今日の運動会が流れた。 うちの場合、保護者は「見学者」ではなくてSの「付き添いの人」なので大変だ。 これは認定就学の際に、「学校行事の時は保護者が付き添う」と約束してしまったので致し方ない。 そして毎年見事なほど妻の勤務校(小学校)の運動会とぶつかっているので、その「付き添いの人」も私が今年で2回目の予定だ。 Sの学校は、今朝の雨で、早々と延期の連絡網がまわった。 妻の学校は「実施」のため「出勤」の連絡網がまわった。 よし! これで、うまくいけば日付がずれて、「付き添いの人」の人手が増える…と思ったのもつかの間、出勤後すぐに「延期」決定をしたらしい。 明日も天気は悪そうだが、なんとかやってもらいたい! 月曜日はどっちにしろ休みだそうで、明日ダメだと火曜日以降となるそうだ。 さすがに、となりの中学校の授業に補教(いわゆる自習)を出して、そのとなりの小学校の息子の運動会の付き添いに入るのは、中学校側の親から見ると『とんでもない』と思われるので、『避けたい』のだが…。 Sも特に大活躍する予定はないので(笑)、お昼ご飯さえ一緒に食べられればいいやとこっちは思うのだが、どうなることやら…。
2006/05/27
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とてもややこしい話だが、A校では社会科の講師をやっていて、特学の授業には出ていない。介助員をやっているのは他の学校(C校)で、A校の特学では昼休み等にちょこちょこ行っているだけである。 そしてそのA校の特学が、「プーさん先生」にされてしまっているクラスである。 今日、そのクラスの3年生男子(プーさんの言い出しっぺ)が急にびっくりしたような口調で言ってきた。 男子「先生、先生って授業もやるんだね!」 私 「なんでまた急にそんなことを?????」 男子「今日、パソコン教室に入る前に、向かいの教室で先生が普通に授業やっているのをドアのすき間から見てびっくりしたよ。」 私 「びっくりって、普通にいつもやってるんだよ」 男子「へー。そうかあー。最近、授業に目覚めたんだね!」 私 「最近目覚めたんじゃねえよ(爆) もう19年目だよ!」 彼の中での私は、日頃ただ校内をウロウロしていて、お昼になると自分の教室に遊びに来て…だったようだ。そして最近授業に目覚めてやり始めた(笑)人。
2006/05/26
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もう3年前から我が家の2階のリビングに飾ってある人形がある。 それは「食玩」といわれるもの…お菓子についていた小さな人形だ。 それは、確か300円以上するような、人形に、言い訳程度の粒チョコが付いていた「銅像シリーズ」で、私は「坂本龍馬」が欲しくて、出るまで何度も買ってやっと当ててうれしかった…というものだ。 龍馬がなかなか当たらずに、かなり買わされたので、まさにメーカー側の思うつぼだった。 西郷隆盛にいたっては5体くらい、クラーク博士は3体、伊達政宗は珍しいのか1体…その他もろもろ。そうやって普通の種類のみならず、「シークレット」あつかいの小便小僧まで2体も手に入れてしまった。 そんな苦労の末、やっと手に入れた坂本龍馬だった。 ちなみに当時はクラス担任だったので教室に飾ってあったが、「放課後には元に戻す」という約束のもと、それぞれの部品が付け替えられる創造的なオブジェ?として生徒の息抜き?にもなっていた。(西郷さんの犬の代わりに龍馬の首…とか、小便小僧の股間を指さすクラーク博士…とか) 2体以上あったものは友人の子どもにあげたり、全種そろった1体目もその時の最後の中学担任の時にあげてしまい(飾る教室がなくなるし)、唯一、坂本龍馬だけを家に飾った。 そしてこの正月、シリーズが違うとはいえ似たようなヤツを一度だけ買ってしまった。 いきなり、シークレット扱いの「おりょうさん(坂本龍馬の妻)」を出してしまった。このシリーズは、はまる前に商品が消えたのではまらずにすんだ。 種類が違うのも気にせずに、夫婦一緒の2体を飾った。緑色っぽい龍馬の銅像の台座のところに手をかける巨大なカラー着色の「おりょうさん」という謎の飾り方ではあったが、この半年近く無事であった。 ところが先月くらいからSが目をつけた。 戸棚にイタズラをしたり、ベッドで跳びはねたりするたびに振動で人形が倒れたりすると、きちんと元通りに立て直す。もともとバランスが悪いのでかなり大変なはずなのだが、いつも上手に立て直すのでよくほめていた。 で、変に気にかけさせすぎた…。 3日前くらいからは…棚から取り出してきて、いじり回したり、口に入れたり、ぽいっと投げたり…ちょっと気に入られすぎたようだ(笑)。 もとの場所に戻すと、毎回同じ運命をたどり、夫婦離ればなれで部屋のあちこちから発見されるので、今日はパソコンの横に、『寝せて』置いてみた。 今の所、無事である。 ちなみに、気に入られすぎて傷んだ例としては、阪神タイガースのマスコット人形トラッキー君は、ひげを抜かれ、まゆ毛をはがされ、関西ヤクザのような顔つきになった。 あの「しまじろう」の腕人形(マペット?)は、今も現役ではあるが、目玉が回転して、なぜか両目ともつり目になっている。今やオリジナルキャラだ。
2006/05/25
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関東地方の大雨、まだこれからなのかもしれないが、今日はとにかく恐かった。 となりの市の図書館に夕方行っていたのだが、車にもどる前に室内で一雨やりすごした。 降りが小さくなったところで車に乗り、「もう安心」と思って車を出して帰り始めた。 午後6時前くらいだろうか、そこから雨脚はどんどん強まり、ワイパー最速状態でも前が一瞬しか見えない。 でも変なところで止まっていると危険なので、ゆっくり進む。 最大の危機は大きな川を渡る橋でやってきた。 (まさか川が決壊なんてことはないから、橋は大丈夫だろう)と思いきや、吹き付ける雨の量が多すぎて橋の上が『川』みたいになっている。 しかももともと傾きのある橋なので、私の進行方向からは登り状態。タイヤ半分は使った状態で水しぶきを車高より高く両側に上げて進む! しかもこちらの車線の車も連なっているし、反対車線の車も連なっているし、お互いに『水の壁』みたいなのをぶつけ合いながら進む…というすごい状態だった。ガソリンスタンドの洗車機より激しい状態で、前方に見える赤い光(前の車のテールランプ)を必死で追う…という感じだった。 その後も30分以上、雨そのものはひどい状態が続いたので、驚くほどの水量の中を進んで、車の裏?まで泥水できれいに洗い、恐怖の時間を過ごしたのだが、(本当なら、あそこで止まっておけばよかった)という場所が一カ所だけあった。 大橋を渡った後の峠の坂道で、駐車路側帯が広いので、この雨でも止められる通りだった。5台くらいの車がそこに止まっていた。今動くのは危険だ…という見事な判断で、しかも安全な場所で待機した…という賢明な人たちだ。 しかし、通り過ぎる他の車と同じく、私には止まれなかった。 別に急ぎの用はなかった。 でも、早く通らないと通行止めになる場所があるのではないか? とか、止まっていたばっかりに帰れなくなるのでは? とか ここに止めてもトイレないしな とかたいしたことのない理由で先を急いだ。 そして、どうせそのうちすぐに止むだろう とか、ちょうど雨が降っている場所はこのあたりだけでもうすぐ抜けるであろう とか、やたらと自分に都合のいい展開を考えながら突っ走ったのである。その結果、その後も恐怖の時間は長く続いたのであった…。 これを書く前にその時の判断を考えながら、「人生の判断とおんなじだな」とおかしくなった。 私は、同じ場所で我慢して待つ…より、『どうなるかわからないけど、行ってしまえ!』という感じだ。まあ、今日ははっきり言って判断ミスで失敗したが…。 人生の節目ごとの判断(最近では養護学校勤務の頃が豪雨か)の方は、おかげさまで、その後は、たまに豪雨にあいながらも晴れの日もまあまあ多い人生である。 最後に、私の大学時代の友人O君のこと。 彼は、運ぶべきイスがそこに10脚(一度に持てないとして)あったら、5脚ずつ2回とか、6脚・4脚とかで行かずに、いきなり8脚持つ男だ。その時、持てる分だけ持つのだ! 数学は得意なはずなので、結局2回行くのは同じだとわかっているし、8脚持つその1回が大変なのはわかっているようだが、なぜか『いけるときにいけるだけ勝負する』という美学がある?ようだ。 たぶん人生のすべてにおいて未だにそうしているにちがいない。 彼の後ろを行くと得します。(運ぶイスは2脚になっている)
2006/05/24
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前回の「あいさつ」の時にコメントをいただいて、いくつか書きたいことを思い出した。 まず、地域でSにあいさつをしてくれる方々のありがたさ。 特別にお願いしているわけではないのだが、子連れでいるといろいろな人があいさつをしてくれる。特に待っていてくれる八百屋のおじさん(握手つき)は特筆もの。 それなのに、日によってはSは横を向いたままの握手…でも少し歩いてから「ニヤー」と笑う。 おじさんには申し訳ないので、最近はまず頭を下げてから近づいて握手…という練習中(まだ2日目)だ。 その他は時々会う方々…近所のお姉さん(Sと私のもっともお気に入り)、近所のもと介助の先生(道路の反対側からごあいさつ)、Sの母(バス停で道路の反対側からごあいさつ)、成人したダウン症のお兄さんのお母さん(道路の反対側からごあいさつ)、特学のクラスメイトの両親&おばあさん、その同じ子のお姉さん(あいさつ率5割…だいたいあいさつなしに私に小学校でのうっぷんを一方的に話しかけてくるので…)、通りがかりの中学生たち(これは私に声をかけて終わりという人が多い)、そして小学校付近のちょっと不審な保護者(子どもたちは避けているが…うちは活用)、そしてとどめは小学校の門のところで会う昨年教えた現中学3年生。こいつらは、私にだけ…から始まって、だんだんとSに興味を持ってくれて、今や目の前にかがんであいさつしてくれるようにだんだんとなってきたのだが、「ほら、きれいなお姉さんだよ」とか自分で言うので、『Sの美的感覚の形成』への影響が多少心配である(笑)。まあ、美しいとまではいかないけど、きたなくはないからいいか。 道路の反対側にいたりもあって、なかなか面と向かってSとあいさつしてくれる場面は少ないのだが、ひとまず親(私)にまかせきりのあいさつ…『自分もやるものだ』と気づいていけるといいのだが…。 一緒に朝歩いて思うこと…それこそ健常児も、小学生はかえってできない子が多い! 向こうから言ってくる子は少ないし、こちらから声をかけても知らん顔…というような人には以前は「てめえ、あいさつなしかよ」と思っていたが、今や慣れてしまった…。このご時世だから知らない人は無視が基本なのか…。 でも知り合いの子どもとかには、教育上の意味も込めて、しつこくこちらから2回目のこわい「おはようございます」を言うと、さすがにあわてた感じで返事がかえってくるが…。 でも大人に関しては、まったく知らなかった人とあいさつし合うようになったり、Sと一緒に行くことで街の人が私をあたたかく迎えてくれているのはまちがいないかも。 で、学校の中でのあいさつの様子はどうかというと…。 まず、Sの行っている小学校。 おそろしくできない(笑)。 およそ向こうから言ってくれる子はいない(Sと遊んでくれるような子だけ)。そんなにみんながみんなひねているとは思えないので、これは学校の取り組みの問題だと思う。 中学校の方も複数の学校に行っていると取り組みの違いがはっきりとわかる。 まず、Sの小学校の卒業生のほとんどが通うA校(週3回講師で勤務)。ここは相当あいさつができる。それが当たり前になっているので、知らない人ほどちゃんとあいさつしてもらえる。昨年も、担当していない3年生からよくあいさつされてびっくりした。1年生が一番できなくて、だんだんできていく…というのが、先のSの小学校とのつながりからわかりやすいかも。 C校(週1回特学の指導補助で勤務)は、まあまあ。あいさつする半分くらいの子については、そのやり方がなんだかとても上品である。A校の方がよく知っているせいか、より『がさつ』なので(笑)そう思うのかもしれないが…。でも半分の人は反応なしなので、まあまあ…ということで。 B校(週1回講師で勤務)は、ほとんど向こうからのあいさつは『0』に等しい。こちらからあいさつするのが気が向かない先日、黙っていたら、校舎入り口から職員室まで無言のままにたどり着くことができた(笑)。 たぶん、この状況に関係あると思うが、B校では、大人(先生たち)も、こちらからしないとしない(おいおい)。忙しかったり、まだこちらの顔をちゃんと覚えていないのもあるかもしれないが、やっぱりこれは、学校のムードを反映しているし、荒れている学校ほどこういう傾向があると複数校に行く今はわかるようになった。 まあ、荒れるからそうなるのか、そんなだから荒れるのかは、鶏と卵どっちが先か…だとは思うが…。 A校もそうなのだが、誰か教員ひとりからでも、気合いを入れて部活単位で(特に女子の運動部)やってくれていると、だんだん校内が明るくなって、それをほめられてまたみんなに広まって、生徒がやると教員も自然とやり…といい循環があるように思う。 以前私が勤務していた荒れ目の中学校も、テニス部女子(全国レベル)がかなりいい味を出してくれていたのが救いだった。野球部(私が指導の市レベル)も一部の人たちはすばらしくあいさつをしていたが、大声で下品でもあり、あまり喜ばれてはいなかったようだ(笑)。 実は公立の中学校には、年間を通じて私立高校の先生がよく来ている。先生たちにごあいさつ…と言いながらも、かなり校内の様子も見ている(ように思える)。 あまりこういうことを生徒に言うのは『せこい』ような気がするが、「印象のいい学校の方が、たとえば最後にひとつ残った合格枠をめぐって有利なこともあるかも…」などとやはり進路担当の先生はわざとポロリ…と言ったりする。(私も進路指導主任だった昔言ったような気がする) でも、本当にそんなことがあるのかなあ、ないのかなあ? (少なくとも中学校全体の学力偏差値による判断が昔あったことはわかっているのですが…あいさつとかさわやかさは…?)
2006/05/23
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「あいつは、あいさつもロクにできない!」と誰かの悪口を言ったことがみなさんあるのでは…と思うのだが、 うちのSは「あいさつがロクにできない!」 それがコミュニケーションの第一歩であることも、就労のための第一歩であることも、すべてわかっているつもりだし、ことあるごとに親はやっているし、まわりの人も正面からやってくれたりもしているのだが… けっこう無反応のことが多い。 気が向くと「笑顔になったり」 「手を伸ばしてタッチ」 をするので、反応はしているのだが、『おじぎ』がなかなかできない。 学校での練習により、特定の先生が、「よろしくお願いします」と言うと、頭を下げることがこの春できるようになって驚いたのだが、その後、今ひとつ習慣化はしていないようだ。 ところが今日、学校に迎えに行った時、帰りに介助の先生にさようならのごあいさつをしようと、「S、○○先生にさようなら!」と言いながら私がちょっと頭を押すと、「えー!」というくらい、頭を深々と下げた! かと思ったら、前に頭を下げたまま両手が伸びてきて、両足のくつしたを引っ張り上げた。 自分のくつしたが下がったのが気になっただけであった。 先生も「びっくりしたー」とホッとしていたが、ホッとしてなくて、指導していいですよ。
2006/05/22
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自閉症児Sの偏食、少しずつ食べる種類が増えてきた。学校給食は一切拒否…の昨年を思えば、「今日は魚の皮を食べました」とか「おこわご飯を突然3杯食べてみんなを驚かせました」など、うれしいことも増えている。 牛乳は相変わらず拒否だが、家からスポーツドリンクを水筒に入れて持っていくと、「どうしてものどが渇いたとき」だけ飲んでいる。ようは好きではないが、飲めないこともない…ということらしい。 もともと好きだったのは、○ツ矢サイダー。ところが、日中に家でこれを飲み過ぎて、ゲップが増えたり、苦しそうにしてたり…。私たちは糖分の多い炭酸ジュースを前からやめさせたかったのだが、義父母たちは「食欲が増すようだし、欲しがるし…」といっこうにやめてくれなかったのだが、先月くらいによりゲップが増えてやっとやめる気になった。 で、代わりによく飲むのが、ドールのフルーツジュース。夜、2階で私と過ごすときによく飲んでいたのだが、果汁100%だし、ビタミンをとるのにもいいだろう…ということで(本当は海外の果物は農薬とかいろいろ信用できない点もあるし、過酷なプランテーション農業の産物か?など、この会社の発展に協力するのも少し抵抗あり…)昼食時に1階でも義父母が積極的に出すようになった。 そうなると本数が必要になってきた。どの果汁でも飲んでくれればいいのだが、以前はグレープフルーツしか飲まなかったくせに、一度私がピーチフルーツミックスを買っていたのを飲んで以来、それしか飲まなくなった…。お得意の変なこだわりだ。 ところが、これが近所のスーパーでは売られなくなってしまった。売れ筋ではないため淘汰されてしまった。そこで、一応市内だけど車で40分くらいかかるところまで週末買いに行く日々がこの6週間続いている。 棚にある分全部買うので、毎回14本くらい一気に売れる。当然、しばらくは在庫切れになり、入ったら翌週にはうちが全部買う。 もしや、スーパー○ルプスでは、「ピーチ野郎」とか「桃の家族」とか店員の間で噂の人になっていて、レジの人は、「今日、私のところに来たよ、例の桃の人たち!」と話題になっているのでは…と、勝手に想像している我が家であった。 当然、いつも売り切れ状態だから、品薄で、人気の売れ筋商品と勘違いされてしまったのか、最近は他にも買う人が出てきたようだ…。今日行くとたったの6本しかない。ひとまず全部購入。 そこで、その店から25分(家から直接行けばこっちも45分くらいなのだが)かけて、もう1軒の、ピーチフルーツミックスをとりあつかっているスーパー○イエーに行った。 ここは、まだまだたくさん置いてあったので、14本ほど買ってきた。 今日は暑かったせいか、Sは帰りの車内で2本も飲みやがった。夕食の時にも1本半。このペースで行くとやはり1週間しか持たない。 正直、割高なので、家計を圧迫しているし、大きいサイズの他社のピーチジュースなども買ってみたのだが、まったく見向きもしない。ちゃんと味の違いを見分けているようだ。 このままでは毎週ずっと、車で遠くのスーパーに出かけることになりそうなので、念のためにネットで買えないか調べてみた。スーパーでは68円から78円だったりするのでこっちは割高(90円)だが、たまにはこれもいいかも…。 下に紹介しますので、「そんなにおいしいのか?!」と興味がある方はお試しください…でもおいしいと思っても、買い占めないでください! ちなみに、私の感覚では「普通」の100%のミックスジュースです。(ピーチと言っているけど、一番多いのは他の果物の果汁だし)
2006/05/21
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最近、A校(社会科講師の仕事をしている地元の学校)の特学の生徒とのやりとりで困っていることがある。 仕事(介助員)で特学に行っているC校と違い、こちらの特学では「ただ遊びに来る人」として接しているので、もともとなめられまくりというかただの遊び仲間として扱われている。 息子の学級(小学校の特学)の卒業生とか、今同じクラスの子の兄弟とか、ややこしい人がいっぱいいて関係が複雑になりそうなので(特に保護者会で一緒になるお母さんにこっちで『先生』と言われるのはややこしい)、『先生』として振る舞わないように?心がけていた。 通常級の子たちは授業で、怒りモードの私も少しは知っているので、そこそこの抑制を持って?私と冗談を言い合ったりするのだが、特学の子たちは「まじめに接する場面」がないので、慣れてきた今年度は「完全に友だちモード、あるいはそれ以下のあつかい」で接してくるのだ。 先日、ある少年が私のお腹をさわりながら「くまのプーさん」と言ってきた。その時はあまりにもおかしくて笑いあったのだが、そのうち、味をしめてか、私がそこに来るたびに他の子にまで「この人、プーさんだよ」とか言い出した。 こういうことは広まるのが早いのでこの教室内では初対面の1年生まで、言ったり、さわったり…。 自然に終息するだろうと思ったが数週間終わらないので、「プーさん」と1回言うには、10回「○○先生」と本当の名前で呼ぶこと…と指導したが、気にする人は気にしても、全然知らんぷりで「プーちゃん、プーちゃん」と甘えてくるヤツも…。 言い出しっぺの少年に、「他のあだ名はないのか」と考えさせても、「ぺー」とか「ぱー」とか「林家ペーパー」とかお話にならず。 「パ行がかっこわるいんだ、カ行とかにしろ」と言うと、じゃあ…えーっと、 「カーさん」 「それじゃ、お前の母ちゃんだろ!(笑)」 と紆余曲折を経て、今や特学の教室中では取り返しがつかないほど「プーさん」が浸透。 そして昨日はおそれていたことが…。 帰りの生徒昇降口で集団下校?かのようにたまっていたそのクラスの子たち。私が来るのを見て、みんなが冷やかしてうれしそうに 「プーさんー」と手を振る。 その中間点にちょうど立っていて、他のことで私にからもうとしていた3年の男子は、自分が話しかけようとした瞬間のこの出来事に対応しきれず、「困惑」の顔…。まだまだ特学の子たちと他のクラスの子たちの交流が深くないから(どっかで避けているから)、「なになに?」みたいにならずに不思議な空気となった。 どこかでビシッとまじめに話してやめさせようかと思っていたのだが、もう手遅れそうなので、こうなったら自分で「プーサンデース」と名乗るか(引いて飽きさせる)、せめて先生とつけさせて「プーさん先生」となるか…うーん、どっちもふっきれないなあ…。
2006/05/20
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飲み会に出かけるために電車に乗った。 途中の駅で、A校(社会科講師の仕事をしている地元の学校)の特学の卒業生が乗ってきた。 高校の友人1名と一緒だ。 「こんにちは。お元気ですか?」 「こんにちは。○組のみんなはどうですか?」 とテンションの低い会話が続いた。どうも感じが違ってしっくりこない。 実はこの少年、昨年度数回ほどこの電車で一緒になったのだが、その時はもうひとり(今2年生)と組んで、両側から私をくすぐったり、げんこつをグリグリしたり…、寝ようとする耳元で変な音を立てたり…と、とてもおこちゃまなヤツだったのだ。 おこちゃまといってもサイズは175cm近い。それだけに電車の中で当時とても恥ずかしかった…。 この春から養護学校の高等部に進学。たった1ヶ月の間に、背も180cmとなり、いつのまにか行動まで落ち着いてしまったようだ。 別れ際に、「○○君(今中学2年生の相棒だった子)に伝えてください。」と言う。 「ぼくも今がんばっているから、○○もしっかりがんばれ!」 あまりにまじめに言うので、頼もしいようなおかしいような…吹き出しそうな感覚を必死で押さえた。 伝える気ではいるけど、たぶん、言われた方も、この話を伝える予定の他の先生も、絶対に信じないだろうなあ…。 大人っぽくなられて、うれしいようなさびしいような…。 まあ、あんな大きな少年に、少なくともくすぐられなくなってよかった(笑)。
2006/05/19
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とりあえずこんな予定だった本日、バタバタすると渡し損ねそうなので、朝、教室に訪ねていった。 本人はまだ来ていなかった。 えらいのはまわりの生徒…特に伝言も何もしていないのに、その後、本人が登校すると向こうから訪ねてきてくるようにしてくれていた。 「○○先生からプレゼントをあずかってきたぞ」とうれしそうに私が言うと、 「本でしょう。」 勘のいいヤツだ。 中身を確認して、すんなりと受け取った。 心配していた『私が図書館に返させられる』ような事態にはならなかった(笑)。 「まあ、『たまにはこっちの街にも遊びに来いよ』っていう○○先生からのメッセージだな!」なんてまとめたので、我ながらうまいことを言うと感心した。 そういえばこの本、昨年の今頃からその教室にあったのを見たような気がする…。まさか今度は違う学校の教室にずっと眠るのでは…と思いながらも、何も言わずに、本と人とを見送った。 たぶん、もう図書館からも誰からも探されてなさそうだぞ、『ハリーポッターの秘密 まるごと大辞典』ともう1冊のカバーのない本。 なぜかDVDがアフィリにあったので紹介。
2006/05/18
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勤務する某中学校の3年生が某所に修学旅行に行ったときになかなか珍しいことをやった。 定員を超えて、7人で狭いエレベーターに乗ったが、「ブー」とブザーが鳴らない。 動き出してから、「みんなで飛んだら重みで鳴るかも」とわけのわからないことを言ったヤツがいて、数人が飛んだらしい。 重さは変わらない(笑)のだが、大きな揺れに何らかの装置が働いてしまったらしい。 エレベーター、ストップ! 生徒男女7名が缶詰めになった。 幸い、エレベーター内からの非常電話も通じて、20分後には早々と管理会社の人が来て解放されたらしいが、修学旅行で起きる事件としては前代未聞の珍事だ。もっと大変なこと(乱闘とか迷子とか)はいくらでもあるだろうが、このパターンはさすがに聞いたことがない。 3年の先生がこっちにもどって来てから、この話を聞いていたのだが、今日、首謀者の男と廊下で冗談を言い合っているときに、ふと思い出して、「そういや、お前、エレベーターで何かやらかしたんだって?」と水を向けると、思わず表情がこわばった。 「もしかして、すげえこわかったんじゃねえの?」と私がうれしそうに聞くと、 「ほんと、すげえこわかったですよ。はんぱじゃないっすよ。」 と日頃はろくに使えない敬語に、急になっていた。 よほど恐かったらしい。とてもいい薬だったようだ。(笑)
2006/05/17
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今年度の仕事で3校行っているうちのA校からC校に転校した生徒のことを、今日、A校の先生たちに話した。 「そうか、わらGさん、C校だったか。そりゃびっくりするねえ」なんて話していたときにふと、「ええ、だから今後必要なときは『伝書鳩』もできますので言ってください」と言った。 すると、元担任の先生が、「あっ、そうだ!」と何か思い出したようだった。 「本当に持っていってもらえますか?」 「あさって、ちょうど行きますけど…」 棚から本を取り出していた…文集かなにかかな…? 「あいつ、教室に市の図書館で借りた本を置いて行ってたんですよ。俺が代わりに返すのか…と思ってたんです。これを見せて、『お前、自分で返せ!』ってたたき渡してください。」 しかもぶ厚い本2冊だ。 もちろん、伝書鳩的にはOKなのだが、手紙とか写真とか、もうちょっと、本人が喜んだり懐かしんだりできるものの方が良かったのですが…。 そう言いながらも、教室にたずねていって、『イヤな顔』されるのがとても楽しみな私である。
2006/05/16
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先日、一昨年度勤務した小学校から大きな荷物が届いた。何かな…と思って中を見ると、学校全体で作っている文集と研究紀要だった。 外部向け…の面もあって、赤裸々な学校生活の様子…というわけではないが、担任した児童たちの様子など(あるいはご一緒した先生たちの様子も)かいま見られてとてもよかった。 ちょっとしたことだが、「忘れないでいてくれること」というのはうれしいものだと思った。一度名前が残ると事務処理上ずっと残る…だけかもしれないが、少なくとも担当学年が卒業するまでは、こうしたものや行事への案内とかいただけるとありがたい。その時はバタバタしていても『あとからしみじみ思うもの』だからだ(「青春時代」by森田光一とトップギャランかい!) うれしい気持ちを書くはずが、つい思い出してしまったのは、3年前に勤務していた養護学校の方の対応。将軍様と呼ばれた校長のもとをケンカして去ったせいもあってか(私は脱北者と呼ばれ同僚にうらやましがられた)、翌年からいっさいなんの行事のお誘いもなかった。最初の離任式の誘いを仕事の都合で断ったせいか? 管理職に嫌われていたから私だけ呼ばれなかったのか? 人数が多いから誰にも出していないのか? そういうシステムそのものが養護学校にないのか? 結局、謎のままわからなかった。 ちなみに今年3月に、そこで担任した子たちが中学部を卒業。卒業文集への原稿依頼&催促だけは、きっちり来ました(笑)。
2006/05/15
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電気による漁で捕った魚…すぐに食べていた時期もあったが、弱っているわけではないので、そのうち「水槽で飼おう!」ということになった。 水槽で飼う「ハヤ」 川で見ると背中の模様のラインがかっこいい。 しかし、家では横から見ることになるので普通だ。水もすぐ汚れる。 でも小学生の私は、餌をやったり、掃除をしたり、一生懸命世話をしていたのだ。 数週間くらい飼っただろうか…そのうち病気の魚が出た。 20匹くらいをじっと見つめて、病気のを選んで取り出し、泣く泣く庭に埋めたりした。それでもじわじわと死ぬ魚が出てきた。やはり水槽の中に野生の魚を飼うには無理があったのだろう。 そんな時期だった。父が休みだったある日、私が小学校から家に帰ると水槽そのものがない! 驚いて、母に「どうしたん?」と聞くと 「夜になればわかる…」という答だった。 案の定、夜になると… 夕食のメニューは「ハヤの焼き物・七味唐辛子風味」であった…。しかもひとり5本くらいある(笑)。 「悲しかった…」と言いたいところなのだが、残念ながら、自分でお世話をした魚は…とてもおいしかった…。
2006/05/14
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校内探検…なぜ小学1年生と2年生の組み合わせなんだろう…。 小学校で、2年生3人が1年生2人をリードして、校内の各教室に書いてある「字」をプリントに書いていくという形で校内探検をおこなった。うちのSも交流学級の一環としてあるグループに参加した。例によって先生たちの人手不足もあり、我が家は夫婦(休日参観日)でSと一緒についてまわることになった。 ところが…交流どころではない。2年生男子1名は勝手にどんどん進む。1年生男子はどこか横道にそれてしまう…。まず「1年生と手をつなぎなよ」とやさしく声をかけると、2年生女子と1年生女子はそうなった。男子の方も言われた時だけつながっている。 最初の目的地(教室)について、ドアに貼ってある字をプリントに書く。その教室の説明を2年生が1年生にする…はずなのだが、自分のことばではなくて、プリントに書いてあるのを読んでいる。しかもつっかかって読めない(笑)。読ませるつもりなら、2年生の先生、前もって時間とって練習させといてよ…。しかも誰に聞かせるのか企画の意図を2年生はわかっていないのか、1年生男子は聞いちゃあいない(笑)のに、ぼそぼそとひとりごとの本読みみたいにやっている。 何カ所かこの状態に耐えた…。でも次に行くところもはっきりしない中での移動、2年生男子が走っていったこと(当然ダメだと言われていた)、それにみんなついていってうちのSが置いて行かれたこと…でついに我慢も限界。行き先は大体見当がついていたのでその教室で見つけてからグループに説教だ! 「走っちゃいけないのに走ったから、見失って、今S君は泣いていたよ!(本当はそれと関係なくもうイヤになって泣いたのだが…) ちゃんとみんなで行きなさい!」 「えー、走ってないよ!」(2年男子) 「うそです。今、先生は見ていました! ○○君が走りました。」(怒り顔) 怒られて、急に素直になった2年男子は、「今日は本当はサッカーの試合に行くはずだった」?とかいろいろとわけのわからない話をしてきた…しょうがないからやさしく応対して仲良くしてあげた。それにしても、もう付き添いの保護者として見ていられなくなって、Sのクラスの先生のフリをするなんて私もずるいが…。まあ、そんな説明はこっちからはひとこともしていないし、ただ自分のことを「先生」(日頃はまず言わない)と言っただけなので、まんざらうそじゃないし、まあいいか…。 そこからはもう指導入りまくり…。2年生が読む時に聞かない1年生を静かにさせたり、次に行く場所をちゃんと考えさせたり…。それでも、となりに行くべき教室があっても一度反対側の目的地に行ってまたもどってきたり(こうしたら近いとかはあえて口出ししなかった)、他のグループと一緒に混ざって1年生が消えたり…いろいろあってやっと終わった。時間内に終わらなくて少し休み時間に食い込んだ。 最後は部屋の説明どころか、遠くからその「字」を見て書いただけだ。それもよりによって、ちゃんと説明したかったSのクラス(特学)の教室。 とんだ交流であった。 それにしても…なかなか強力な男子がいたとはいえ、そういう1年と2年の組み合わせ(しっかりした子と組ますとか)を考えたり、事前に指導したり、せめて教室をまわる順番を決めておくとか…それは2年生の学年全体でやっておくべきだろう…と段取りの悪さにちょっと憤慨。自分がついて回った班のみならず、他にも、走っている子を止めたり、迷子の世話をしたり、先生たちがいないところでいっぱいアシストしてしまっているのだ。 ちなみにこの日は全校の授業参観。廊下は保護者であふれかえっている。通りにくいし、はぐれやすいし、1・2年の保護者はその間自分のクラスの授業見学ができないし…。毎年この日(休日参観日)にやっているらしいのだが、その理由がまったくわからない! 2年生と1年生という組み合わせはたぶん学習指導要領かなんかに1・2年生で組まれちゃっているのかな…どこの小学校でもそのパターンが多いようだし。2年生に先輩としての自覚を促すための取り組みなんだろうけど、正直、現状「無理」です。4年生くらいが適役なのではと勝手に思った。 そういえば、自分が小学校の担任をした時(2年前)にその勤務校でもこの取り組みがあった。こちらはさすが、その学年の先生たちがちゃんと計画していたし、前もっての取り組みもよかったのか2年生が1年生の面倒をよく見ていた。もちろん、平日の「校内で他に何もない普通の日」にやっているし、同時ではなくて何クラスかずつコースを変えて動いているのでまわりも対応しやすく、2年生の説明の後に先生とか高学年の児童が補足説明をしてあげたりしていた。何気なく見ていたけど、ちゃんと練った計画だったんだなあと改めて感心。 その時、専科の先生の授業による空き時間、私は自分のクラスで「書写」の作品を後ろに貼っていた。「ここが4年○組です」などと何度も1・2年生がやってくる。授業をやっていると入りにくいのか、やっていないうちのクラスにやたらとみんな入ってくる。その当時は教室に熱帯魚やハムスターがいたのでそれが大人気…。ねばるグループは10分くらい帰らない…。 「全部終わらせたら、また来ようね!」とか言いながら去っていき、後から本当にまた来るグループもあった…。 どんなに指導しておいても、目の前の誘惑に負ける…それが正しい小学1・2年生…これでいいのだ!
2006/05/13
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ちょっと前のニュースで、皇居のお堀の外来種の魚を撃退するシーンを見た。電気ショックを与えて、ぷかぷか浮かぶ魚たち! 浮かんだ中からブルーギルとかブラックバスとかそういうのを網ですくって捕らえる。在来種はそのままにしておくと…しばらくして動き出した…。見事な作戦だ。 在来種を守れとか、外来種は殺していいのか…とかそういう議論は私にはちょっとわからないのだが、私はその映像を見て、子どもの頃の田舎の川での光景を思い出した。 思い出か…トラウマか…微妙である。 子どもの頃、よく父と魚釣りに行った。海にも川にも行った。ただ普通の親子の魚釣りと違うのは、「楽しみ」としていくのではなく、「狩猟」の一貫として行っていた感覚なのだ。『漁』なのだが、趣味ではないので、そこにマナーも夢も存在しない。大きいのが釣れても、「それは食えん」というひとことで一蹴される。 一方で、釣れるとなると、とことん釣る。うちには「キャッチ&リリース」なんてことばは存在しなかった。「食えるものはたくさん釣る」 比較的貧乏(さらにケチ)な家庭だったので、とにかく出かけたら「獲る・採る・捕る」で貪欲なのだ。(一応「盗る」は我慢) 海では比較的正しい「釣り」が行われていたのだが、川ではうちの父は暴走していた。多分これは今でも当時でも犯罪だ。でも30年くらい経つから時効…ということで…。 父は『ゴム長靴をはいて、背中に大型トラックのバッテリーを入れたリュックを背負い、左手に釣り竿、右手に魚網』といういでたちだった。背中のバッテリー(直流で1000ボルト以上ある)からは配線が出ていて、釣り竿と網(これはカモフラージュ)にそれぞれプラス・マイナスの線が通じている。そしてそれを水の中につけると…電気が流れて魚が浮いてくる…というしかけなのだ。 で、幼少の私は何をしに行っているか…見張りである。 川で遊んでいていいのだが、車や人が通ると、「お父さん、釣れたー?」とか何でもいいから声をかけるという役だ。その声を聞くと父は釣り竿を立てて、『釣り人』になるのだ(笑)。まったくしょうがない、息子の道徳観…今ひとつ育たなかった理由がよくわかる。 日頃はこうして、「ハヤ」(対しておいしくないのだが一番とれるのでその日の主食に)とか「ウナギ」(めったにとれない)などを捕って、家計の助けとしていた。 ところがある日、朝から出かけてやっているのになかなか魚が捕れない。全然上がってこない。父は、装置の故障などを疑っていたらしい。カエルに「ビビッ」とやってあまりきかなかったので余計に心配になったらしい。 でも、その日、魚は捕れないのに、亀を捕獲していた。私が河原で見つけたのだが結構大きい(人の顔くらい)し、力も強い。移動する時に車に入れておいたら、おなら?をしてえらくくさい。それで、次の川に行った時に私が川で洗おうとした。持って帰ってペットにしたかったのだ。力が強くて逃げられてはいけないので、魚網を使って、それに入れて洗っていた。 その時だ。亀を洗っていたはずに私の両手が、突然、頭の上に挙がった! 「ガクーン」という衝撃と共に、突然手が上に挙がったのだ。 背後から、「おー、効いとるわー」の声。 この男(下関の父)、電気の調子が悪いかどうか、自分の息子(私)に人体実験しやがった…。にらむ私を尻目に、「いやあ、直流やけえ、死にゃあせん」とあっさり。 その日は魚があまりとれなかったが、さすがに少しは申し訳なく思ったのか、家に帰ってから、水場と陸上を行き来できるように亀の甲羅に穴を空けて鎖をつけたり、亀のペット化に協力的であった。 息子(私)が思ったことは、「亀、食われなくてよかった…」であった。
2006/05/12
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今日は驚いた。昨年度から介助員として行っているC校の廊下にて。 向こうから歩いてきた3年女子のひとりに、「どこかで見たことのあるような顔」。 「先生、何でここにいんの?」 「お前こそ、何でここにいんの?」 昨年3月まで、A校で、社会科とか選択授業で受け持っていた子であった。何とこの春から、転居による転校をしていたらしい。 それにしても、A校からC校まで、車でも1時間以上かかる距離。それぞれの市の公立中学校を合わせれば40校近い数だ。 その中からよりによって、私の行っている3校のうちの2校にこの人は在籍したのだから、恐ろしい偶然だ。確率としては、1÷40×39= か? びっくりして、動揺していたので、その場を通りがかった特学の主任の先生に、急に「この人、去年の教え子なんです。よろしくお願いします」と紹介してしまった。このクラスに入るわけではないのだが…。 そしてその時に気がついたこと。 昨年度、週に4時間も授業で会っていたのに、急に会ってびっくりしたら、『名前の記憶』が飛んでしまった! こんなにインパクトのあった人を忘れている…。 「自己紹介しろよ」とか言ってごまかしていたが、またそいつが「よろしくお願いしまーす」とかしか言わないので、その場ではとうとう思い出せなかった。 「じゃあ、また」と別れた10秒後には思い出したが、「世間は狭い」し、「記憶できる量も少ない」ものだなあ…。
2006/05/11
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昨日の朝刊で『メタボリックシンドローム』なることばを初めて聞いた。 というか横文字でなければいやというほどよく知っている『内臓脂肪症候群』だ。 いや、知っているというのは関わりを浅くしすぎているようだ。 『お腹にたくさん持っている』というのが正解だ。 いろいろな危険がありますからね…ということと、40代過ぎると男性の5割近くに急増…とか、まったく目新しくない記事だったのだが、「ちょっとメタボリックで…」とかいうとなんだか深いというか、憂いがあるので覚えようと思って書いただけ(笑)だ。 一応昨年度からは、禁煙もしているし、毎日そこそこ歩いているし、週に1回はしっかり運動もするし…痩せるはずだったのだが、現状維持が続く。 でも密かに体内の様子が激変していて、血なんかサラサラか…と思いきや、少なくとも昨年度の健康診断では、例年通り、血どろどろ(脂肪とかいろいろ)だ。 タバコやめたらやめたで、すぐに甘食の間食を完食するから、まあこんなものか。 初めて検査でαーGTPだかγーGTPだかが引っかかって、『病院で再検査』と言われたのは、ちょっと荒れた中学校でバリバリ元気にやっていた頃だった。今から8年前だったと思う。 「肝臓が悪いらしい」と職場で周りの人たちに大宣伝をして、『要休業』って診断になったらよろしくお願いしますね…などと言い捨て、嬉しそうに(笑)検査に出かけた。 で、MRIとかをとった(あれCTスキャンだったかも…もう忘れた。造影剤かなんかを飲んだり、お腹にゼリーを塗られたけどどっちだったか…)。 診察の先生がはっきりと言った。 「典型的な見事な脂肪肝です。ほらここにべっとりと余計な脂肪が付いていますね。いろいろな病気の原因になるのでやばいですね。」 「通院とか入院の必要があるんですか?」 「いえ、自分で自宅でできますよ。」 「え、何をすればいいんですか?」 「痩せてください!」 「…。」 「食べ物に気をつけたり、体を動かしてください。職場でも無駄にどんどん歩いてください…」 「…。」 翌日、職場で「どうだった?」と聞かれ、残念そうに(恥ずかしそうに)「脂肪肝でした」という度に、「いやー、もっと働けってか(笑)」と何の同情もされないのであった。悲しいので、次の人からは「ストレスによる脂肪肝でした」と勝手に診断名を変えて伝えた。 あれから8年、一進一退ながら、見た目も実際もウエストそのものは成長を続けているのであった。今や、通りすがりの生徒に、さわられたり、なでられたり、たたかれたり、押されたり…いろいろな気分の切り替えやいやし(ストレスのはけ口?)にも使われるようになった。 ニヤニヤ嬉しそうに近づいてくるヤツとか、後ろからそっと触るヤツとか(いずれも男子)、絶対セクハラだと思うのだが(私に対する)、誰も取り合ってくれないので、『メタボリック療法』として、いつか医学界や教育界で研究発表してひともうけしよう! なぜかヤンキーほどさわるという謎の傾向もあり…そうでもないか。
2006/05/10
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駐車禁止等除外指定車標章交付申請に地域の警察署に行った。 とても難しい日本語で、今も「福祉ガイド」を見ながらここに書いたくらい覚えられないことばだ。ようは、療育手帳の度数に応じて受けられるサービスのひとつなのだが、介護のため、緊急に車を駐車したりした時に、『駐車違反にならない』という魔法のステッカーをもらおうと思ったのである! まあ、これまでSのために出かける所で駐車違反になった経験はないのだが、今後駐車違反の取り締まりがきびしくなるという話だから、せっかくとれるのならとっておこうと思って、免許証・療育手帳・自動車登録証(車検証)などを持ってでかけた。 案の定、受付のおじさんは、「やったことがなさそう」であった。ひとまずは上記の書類を2部コピーしてきて、「今回は初めての申請なのでこちらでとりますが、次回からはこうやって免許証と車検証を重ねてコピーしてきてくださいよ」と何度も恩に着せられた。(そんなこと言ったって、役所がくれたガイドに書いてないんだからしょうがない。こっちはいろいろなサービス受けるために、市役所・自動車税事務所・福祉事務所・警察署…とその都度窓口が違うために何日もかかってすでに頭に来ているのだ。) そのコピーを前におじさんはなにやら分厚い書類をめくり始めた。そのうち完全に後ろ向きになり、書類とにらめっこだ。10分くらいして、複写式の書類を取り出すとそれを記入するように私に言って、席をはずした。 その書類、どう見ても今回の書類と違いそうなのだ。書けない項目が多すぎる。理由欄の項目に介護とかもないし、駐車禁止除外の場所を書かなければいけないようだし…。大体、場所を指定するようなタイプの駐車禁止除外ではないはずなのだ。おじさんはその書類を私に渡す時に「地図も必要だけど持ってきましたか?」なんて言いながら席を外したのだった…。 一応書き終わって待っていると、遠くの席でおじさんが電話しているのが見えた。(フムフム、わからなくて本庁とかに問い合わせているな。いいぞいいぞ)と待っていたが、なかなか帰ってこない。あまりの長さに、待っていた私は腕組みしたままその場で眠り込んでしまった! 「お待たせしました」と言っておじさんは別の書類を取り出した。また書き直しだ(笑)。しかしこちらは書きやすいし、書類の題名も「駐車禁止除外指定車標章交付申請書」となっているし、まちがいなさそうだ。 「今日、いただけるんですか?」と聞くと、 「これを本庁?に送って、許可が出ると送り返されてきますから電話します。それから取りに来てください。」とのこと。 面倒だなと思いながら、「ステッカーを受け取るのは、まさか5時までとかじゃないですよね?」と聞くと、 「8時15分から5時15分までです。でも最後はいろいろと仕事が立て込むので4時半くらいまでにお願いします」 と、なんのこっちゃ、勝手に短くしようとまでしている。 今日は休暇を取ってきているとか、連絡をもらって取りにこられるまで日数がかかるとか、いろいろ言って「郵送」を勝ち取ろうとしたのだが、まったくそのニュアンスさえ気づいてもらえなかった。まあ、本当は近いし、仕事も3時半であがれる日もあるし、まったく問題ないのだが…。 最後に、「あっ、大体、1週間くらい見とけばいいですか?」と聞くと、 おじさんは何も言わずに、ニッコリ笑って、 『二本の指』でピースサインをしていた。とてもかわいらしくて笑ってしまった。 が、ここまで事務処理が遅くて大丈夫だろうか、うちの地区の警察署。 ちなみにタイトルの『48分』はこの書類を提出するまでにかかった時間である…。
2006/05/09
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自閉性発達遅滞歴7年半、機嫌にムラがあるのは相変わらず(少しはよくなったか)、さらに最近急にこだわり行動に目覚めたS。今まで気にしなかった「まっすぐ」こだわりや「閉める」こだわりのために、せっせと働いている。 学校でもみんなが立ったあとのイスを入れて歩く。 ドアが開いていたら閉めに行く。 下駄箱の前で人の靴をまっすぐにしている…(自分が履き替えるのが先だろう!) これらはまあOKかなとも思えるし、うまく使うと整理整頓とか何か作業的な仕事に結びつくかもしれない…と言えなくもない。(言えなくなくない?ってヤツか) しかし… 今日は暑くて私は半袖のポロシャツ(首がファスナー)を着ていった。あとから寒かったが…。 うちに帰ってSと遊んでいて、ベッドに横になっている時に、いきなり首のファスナーを閉められた。ジャージと違ってポロシャツのファスナーは、首に密着していて『きつきつ』だ。 「アッ」という間もなく、首の皮がファスナーにはさまれた。すごく痛い。 少し出血していた! こればっかりは、今後、我慢してもらう練習をしていこうと(先生の首をはさむ前に…)思った。 その前に、ひとまず、今後は首がファスナーのポロシャツを買わないようにしよう…。
2006/05/08
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ゴールデンウィークとか黄金週間とかGWとかいろいろな言い方で呼ばれていたが、昨日、『大型連休もさだまさし』という番組があって、NHKは『大型連休』とニュースで呼んでいることを初めて知った。 たぶん、ずっとそうなのだろうが今まで気がつかなかった。 その番組の中で紹介していたが、仕事が休めない人からクレームが付きやすい、もともと映画会社が宣伝のためにつけた呼び方である、字数が多くなる、何でも英語・カタカナ表記にせずに日本語で表した方がよい、10日間に渡ることもあり週という言い方が合わない…など、いろいろな理由からだそうだ。 なるほどといえばなるほどで、今後はわざと日常から使ってみようと思った(といっても1年後には忘れているな)。 5月・6月とここから先は絶望的なほど祝祭日がない…。 前の前の前の前の職場では開講記念日が5月10日であった。今思うとかなりすばらしいタイミング、たった一日なのにそれ以上の価値のある休日であった。みんなが働いている時にお休み、しかもどこに行ってもガラガラにすいていた。 しかし、今や時代は、多くの学校で開校記念日は休日でなくなり、授業参観日と姿を変えてしまったのである…。
2006/05/07
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昨日は親戚も来て、ほとんど家で過ごした。明日は少しゆっくりしたいので今日がゴールデンウィークのお出かけ最後のチャンス…。 山登りは後日交流学級で行くので、下見も兼ねて行っておきたかったのだが、ここ数日のぐずり方から「抱っこされて登る」ようなことを学習されては困ると判断して、今日は、遊園地に行った。 プールもあるので夏は大混雑…の所なのだが、意外にも今日はすいていた。温水プールはややこんでいたが、遊園地部分については、『ガラガラ』と形容していいほどであった。 観覧車で高い所を恐がらずに窓から下をのぞき込んだり、スピードの出る乗り物で奇声を発しながら笑顔だったり…はいつも通りだ。 今回、特に気に入ったのは、幼児も乗れるような、上に上がったり、プシューっと言いながら下に降りたりする乗り物。妻が一緒に乗って、私はビデオ係だったのだが、3m位上がってから何度も落ちてくるので、結構気持ち悪そうというかつらそうだ。 名前や形態は違うが、パラシュートみたいな動きのヤツだった。 Sは横になって(危ないなー)頭を抱えている。これは苦しんでいるのではなくて、笑い転げているのだ。 終わって、出口で待っていると 「あれ、来ない…」 もどってみると、また乗っている(笑)。 あとで聞いた所によると、気に入ってまだ終わりたくなくて、イスにしがみついて離れなくなったとのこと。フリーパス券だし、すいているし、「もう一度いいですよ」と係の人に声をかけられたようだ。 妻は泣く泣くつきあったが、2回目が終わった瞬間に「サッ」と抱きかかえて今度は必死の形相で出口にやってきた(笑)。 どっちがつきあって乗るかはその都度決めていたのだが、これについては「本当に乗らなくてよかった…」と思った。 数時間の間に、泳いだり、お風呂に入ったり、遊園地の乗り物に乗ったり…かなり楽しんでいたのでよかった。 もどる時に、行きに乗った乗り物にまた乗ったりしながら来た道をもどってきたのだが、行きに2回乗ったパラシュートみたいな乗り物の所を通る時だけ、妻がそっち側に立って壁となり、Sから見えなくして、足早に通り過ぎていった…のが印象的であった。
2006/05/06
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Sは知的な遅れを伴う自閉症なので、わかってるけどやらない時もあれば、わかってなくてやれない時もあり、そのあたりの見極めは難しい。 初めてのことや環境の変化が苦手な自閉症児…というが、うちのSは意外と新しいこと(旅行など)を喜ぶ面もあり、自閉症のこだわり面は比較的弱い方なのかな…と思っている。 だからなのか、『すぐに並べる』とか『まっすぐにする』とか『きちんとしたがる』という自閉症児の特徴的なこだわりもあまり示していなかった。 ところが、この4月から、『自閉に目覚めた(笑)』のか、いろいろ気にしている。歩きながら急に両足をそろえてみたり(謎の急停車)、机の上のリモコンをまっすぐにしたり、ドアを閉めに行ったり、人のジャージのファスナーを全部閉めたり(これは迷惑)、スリッパをそろえたり…。 そんなことより、紙をちぎって散らばらせたのをキレイに片づけて欲しいのだが、そっちは気にならないようだ。 ただ、やはり自閉症児としては詰めが甘いのか、並んだスリッパも不完全だ(写真参照)。 玄関に対して斜めだし、最後のひとつは逆向きだし…(笑)。 ちゃんときれいに並べさせるのか、並べるのをやめさせるのか…どっちが普通の指示だかこちらもわからなく?なっている…。
2006/05/05
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「雑草という名の草はない」と誰か(故・昭和天皇かも)が語ったのを聞いたことがあるが、この写真はまさに「どれを刈りますか?」という感じの光景だ。 実は、昨年度の最後にお別れ会をしてもらったC校の特学で、花束の代わりに『パンジーの鉢植え』をもらった。予算と時間の都合であわてて男性教諭が前日遅くにでも買った…と思われるその白いパンジー、鉢も緑色のビニールのまま、わら半紙でくるんでリボンをかけて美しくしてもらっていた。 家に持って帰って2・3日は花も元気だったが、そのうち枯れた。でも妙に葉っぱが元気なので、うちの駐車場そばの土をちょっと掘って、そのままスポッとビニールの鉢から出したパンジーを入れておいた。 そして、そのまま忘れていた。 それから約1ヶ月半…お別れ会をしたはずのC校に今はまた行っている。(詳しい事情を知りたい上に暇な方は過去日記を探してください) そしてその時のパンジーが、再び咲いているのであった! 「ああいう花って1年に何回も咲くんだー」と感心。 ちょっと美しい話…だけど、経緯を知らないうちの義父は、「変わった雑草に白い花が咲いてたよ…」と言っていたようだ。 刈らないでくださいよ…。
2006/05/05
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夕食を食べ、お風呂であったまり、人におなかをさすらせ、そこまでやってもらいながらも時々不機嫌になっている男、S… ついに本日夜11時過ぎに4日ぶりに『BIG BEN』がでました! 阪神タイガースのサヨナラ勝ちと共に、おめでとう!
2006/05/04
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今日もすばらしい天気。朝、ご機嫌だったSとともに親子三人でちょっとした山にハイキング。 車に乗り込み、昼食をコンビニで買って、小学校付近に車を停めて、さあ… という所までは気持ちよく行ったのだが、その頃には「車を停めるな(推定)」とぐずりだし、「俺はおりないぞ(推定)」とシートベルトを自分でしようとして離さない。 無理に連れて行っても『大きな荷物』になるだけなので、もう一度その周辺をドライブしてから、もう一度…と思ったが、機嫌は悪いまま。 やはり便秘4日目…出るまではダメだな。山登って気持ちよくもよおして、山頂でブリブリっと…計画は失敗であった。 いつもの公園でもおりたがらず、家についても抱っこ姿勢からおりたがらず、家に着いたら1階のコタツ(まだあるんか)にもぐり、また運動をしそこねるのであった。 昨日との違いは、私がその後いろいろと精力的に働いたことだ! 扇風機を出してストーブ類をしまう、冬物をしまって夏物を出す、電気毛布を干して敷き布団を入れ替える、HDDにたまっていた映像をDVDにダビングする…最初からその予定だったかのようによく仕事が進んだ。 今晩こそ、うんちをしてもらって、明日こそは出かけさせてもらうよ、S君。
2006/05/04
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本日は二日酔いにもならなかったし、天気もいいし、予定通り近場の山登り(ハイキング程度)に家族で出かけるぞ…と思って起きたが、前日に続き、気分が(体調が?)安定しないS。 朝から、怒ったり泣いたり、時々機嫌よくなり…の繰り返しで、山どころか家のまわりの散歩さえできなかった…。 予定通り行かないのがうちの常だが、初日からこれとは…。 多分、便秘3日目なのでそれが原因だろうとは思うが、なにせ『自分から言えない』ことはこういう時に面倒だ。 せっかくできた時間、これに合わせて、衣替えのための服の入れ替えとか、ストーブ類と扇風機類の入れ替えとか、早めのテスト作りとか…いろいろやることはあって、今なら思いつくのだが、今日一日はまったく思い出さず(わざと?)に、気持ちよくお昼寝をしていた…。
2006/05/03
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ビールを飲むとトイレの近い私だが、今日近かったのは飲み会の会場。 地元で働く…というのは恐ろしいことで、今日の歓送迎会の会場は自宅から200mの、今まで近すぎて行ったことのないお店であった。 最も遠い勤務地(片道2時間25分)の頃は、飲み会会場から自宅まで2時間かかるから、帰る頃にはすっかりしらふだったりした。 最寄り駅に早く着きすぎて、もう一度一人で飲み直したりしていた(笑)。 ところが、今日は、近すぎて、2次会に行くと自宅から3駅も遠ざかることになるのでおとなしく家に帰った。 「はってでも帰れるんだから、飲んで飲んで!」 と言われていたが、近すぎて冷める間もない。 それどころか、つい今まで飲んで気持ちよかったのに、「あれ、もう家?」という感じで、現実に引き戻されるのであった。 帰ってきて、ブログが更新できるなんて、酔いが足らん!
2006/05/02
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今日は、今年から行き始めたB校での選択授業の日。テーマは相変わらずの『社会福祉』だ。 1校時が空いていたので、地区の市役所分室に行き、その地域の福祉に関する資料を集めたり、なかなか私もやる気ではないか! 3年生は今日で2回目。前回の強力な10名をどう引き込んでいこうか…。 自分の席につくなりメモが目に入った。 「わらG先生へ スキンヘッド君(仮名)は、他のコースに移動しました」 「あいたー」と思いながらも、ホッとしたような…期待していた方申し訳ありません(笑)。 まちがえて選んでいたとはいえ、まだ変われるとは! 本人がよほど逃げ出したくて学年の先生に必死で訴えたか、あるいは興味がない生徒に来られた私を先生が気づかってくれたか…のどちらかだろう。 少し残念だったが、『10人目の男は他のコースに移った』ことを他の9人に伝えると、なんとなく『安堵』の色がうかがえた…。 その後、養護学校の紹介ビデオなどを見せると、かなりの真剣さで見ていて、第1回との格差にこちらが驚いた。どういう所か知らないだけに、彼らが、元気に明るく、楽しく過ごしていて、一生懸命だったり、でもうめき声がうるさかったり(笑)、いろいろなことが上手だったり…そういうのにかなり心動かされているようだった。よしよし。 おかしかったのは、休み時間に、スキンヘッド君に会った時。ちょうどつるんでいる連中と数人でいたトイレの前で、私とバッタリ。 「あっ、変われたんだって。ちくしょう、逃げられたか。」 と言うと、照れたような、嬉しそうな笑みを浮かべていた。なんだかかわいいヤツだったのになぁ。 さて、もう一つ、2年生の同じコースが本日からスタート。名簿を見ると…… なんと3名…。 まあ、説明会もいなくて(曜日の関係で)、どこの誰が先生かもわからない状況で、「社会福祉コース」を選べって言ったって、普通は選ばないよな…。 ところが2名しか来ない…。1名は少し休みがちな子らしい。 そしてその2名は… さすがは、そんな状況でもこのコースをとる人たちだけあって、なかなかやる気があった。なんだかやたらと福祉のことに興味があったり、臨床検査技師になりたい…などずいぶん細かいことまで知っている人たちなのであった(びっくり)。 余談…ビデオを見た3年生のある生徒が帰りに、「うちのお母さんの弟が、なんかの障がいがあって、そういう学校に行ってたんだって。」と言ってきた。 私 「へー、そうなんだ。じゃあ、いろいろとおうちの人からも聞けるかもね。その方は今どうしてるの?」 生徒 「二十歳くらいでもう死んだんだって」 私 「あー、そうだったんだ。それは残念だったね。楽しいおじさんがいたかもしれないのにねえー。」 生徒 「いや、おじさんじゃなくて、お母さんの弟だって。」 私 「お母さんの弟…おじさん…」 生徒 「いや、二十歳くらいで死んじゃってるから、お母さんの弟」 今日のところはそういうことにしておいたが、若くして亡くなったとしても、おじさんはおじさんなんだよ…。 もしかしたら、「そのおじさんの子供の頃のかわいい写真が飾ってある」とかそういうちょっとワケありの話かも。
2006/05/01
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