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また寂しい週末がやって来た。寂しくていいじゃないか。人間だもの。って誰かが言ったっけ。飲むと歯止めが効かなくて、明るくなるまで飲むことが去年から数回ある。寂しいとはそれほど意識していないが、それが何よりの事実である。つまりそれほど寂しいというところが無意識の本音なのだ。寂しいことをネガティブにはもう捉えない。寂しくても悲しくても時には怒りもいい。妬む・羨むの不満な感情に陥らなければいい。
March 31, 2006
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ネイティブな日本語スピーカーの中でも私は相当テンションが低い方である。大人しい・ノリが悪い・極めて座持ちが悪い・表情が硬い・声に元気がない。こんな私でも英語を音読していると、テンションが上がったような気分になるから、英語ってテンションが高い言語だと思う。競争社会では、目立つことをむしろ快感とする積極的な人間が勝ち抜いて行くのは自然な成り行きだから、英語圏が世界の覇者になったのも自然な話である。科学技術により月や火星までも人類の生活圏にしてしまおうと言う彼らのフロンティアスピリットには感嘆するが、軍事力を事実上経済戦争の後ろ盾に用いる過程で、夥しい犠牲者を生じることに無頓着極まりない。また環境問題にも熱心とは思えない。英語は好きでも、彼らの世界観・精神構造には違和感を感じる。小学校からの英語教育は、その辺りが懸念される。
March 29, 2006
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最近、足に鉛の重りをつけて歩いたのは短い時間でたくさん運動効果があると思ったからだ。重りはズボンのすそに隠れて見えない。俺は誰も知らないだろうと、歩きながら悦に入ったものだ。今、俺は一見普通に歩くことは出来る。が、決して普通に歩いてはいないことを誰も知らない。腰の調子が悪く、駆けることは出来ないし、坂道や階段を上るときは少し痛む。重りが遠因かはもちろん不明であるが、他に思い当たる節がない。そのとき重いものを持ってはいなかったし、窮屈な姿勢ではなかったし、動きはゆっくりだったのになぜいきなり腰がおかしくなったのだろうか。今、腰を「前に曲げる」ことが出来ない。歩くのはさほど苦痛ではないが、かがむ時片手をひざに当てて支えないといけないから、両手で顔を洗うことが出来ない。椅子から立ち上がるとき、アシモ君のような姿勢で痛みにしばらく耐えないと腰が伸びない。etc
March 27, 2006
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今日ラジオの人生相談でパーソナリティーが言った。負け組の人が不幸ならその人は勝ち組になっても不幸である。私は元気付けられた。こう思ったのだ。彼女がいないときに不幸な人は、彼女がいても不幸である。この言葉を一般化すると、幸せか否かは外的条件にはよらないということである。これをさらに一般化するとーこれもラジオで聞いた言葉だがー「人は今しか生きられない。」となる。気持ちの持ち方として「今は不幸でも、条件が満たされたら幸せになれる。」ではなく、確かに人は「今」しか生きられないのであるから「状況によらず楽しむ。」ということである。楽しむためには、今することがあればいい。これと類似する言葉として、これはテレビで聞いた矢沢永吉の言葉だが「方向が決まってない時が、人は最も苦しい。」
March 23, 2006
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ということでNHK、TBS、TV朝日は特集していた。どの局か忘れたが銃を持たないイラク兵を射殺したことに悩んだ果てに(帰還後)自殺したアメリカ兵が取り上げられていた。現在のイラクの泥沼状況は復興計画が遅すぎたのが最大の要因(アメリカが戦争に踏み切ったことを除いて)らしい。遅すぎるのなんのって、イラク制圧後に着手されたそうだ。イラクはどうなるのか。日本にとっても問題のはずだが。少なくとも自衛隊から犠牲者が出ない限り、もうイラクは日本にとって大きな関心事ではないようだ。
March 20, 2006
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WBC準決勝は終盤日本が打力の差を見せ付けて勝利した。私は今回は日本が優位と思っていた。それは2次リーグで日本に勝ったときの韓国は、兵役免除と日本をほぼ葬り去った喜びから、はしゃぎすぎたと見えたのだ。もう日本戦はないと思った韓国と奇跡的に韓国戦の機会をもらった日本。これまで日本を凌駕していた勝利への執念が小さくなり、日本はここまでの試合で勝利への執念即ちモチベーションが最も高かった。私は嫌韓派ではない。韓国はトリノのメダル数が示すようにスポーツ強国である。韓国を倒すことをもっと正面から目指すべきだと思う。
March 19, 2006
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日本対アメリカでの誤審もひどいが、メキシコ対アメリカでの誤審はひどすぎる。この審判に処分がないとしたら、それもひどい話である。http://www.yomiuri.co.jp/sports/wbc06/news/20060318it15.htm?from=top
March 18, 2006
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それは恨みである。韓国が日本に対してうらみの感情を持つのは、歴史上のいきさつからやむをえない。イチローはじめ若い選手たちにはそのことが分かっていないのではないか。韓国が日本に勝った場合の韓国国民の狂喜ぶりは、逆の場合をはるかに上回る。一方、アメリカは日本に原爆を落としたが、そのことはアメリカ戦において日本選手のモチベーションを高めていはいない。なぜなのか。私には明確な答えはないが、それが悪いこととは思えない。
March 17, 2006
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どの競技でも韓国の日本に対するモチベーションは、日本のそれより高いように思える。韓国がそうならば日本もそれに負けないモチベーションが必要だと思う。このままではサッカーのように野球でも大幅に負け越していきそうな気がするのは私だけか。それにしても、アメリカ戦の誤審といい、今日の今江のプレーといい、3塁辺りで日本が呪われていたような。
March 16, 2006
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自分の状況から思うのです。(主観であり誰もが同じように思うべきだとは思わない。)比較から離れるとは、競争から降りると言う意味ではなく、競争(の結果)により、不幸にならないということである。結果を気にするのが、不幸だと言うことである。総中流意識が崩壊して日本人を階層分類するのが流行りだが、自分でしたならまだしも他人がした分類により、一喜一憂するなんてバカではないか。世界の中であるいは歴史の中で見れば、充分に恵まれた状況にあるという人は私を含めて多いはずだ。比較から離れてどうするか。今与えられているものに感謝する。よく見聞きする?フレーズだが、私も実は心底今与えられているものに感謝しているかと問われたら自信がない。が、一つ気付いたことがある。私は他人のマナーの悪い行為ー広い意味で私(の快適な生活)を妨害する行為ーを目撃すると、怒ったり、怒りに近い感情を持つ傾向が強い。気付いたことは、それならば他の人々によって社会が維持されて、その中で快適と言えば快適な生活を維持できていることを私は自覚しなければならない。その自覚は必然的に感謝の念につながる。ということである。
March 15, 2006
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耳たぶが巨ですね。耳たぶに関して好みです。
March 2, 2006
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