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2011.12.11
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カテゴリ: 教育・子育て

 初学者向けに、易しく丁寧に、しかも面白く書かれています。
 さらに「教育問題」に限らず、世の中の様々な問題について考えるときの、
 基本姿勢が示されており、教育問題に直接関わらない人たちにもお勧めです。

 スラスラ読めるのですが、そこに書かれていることは、
 一つ一つが、とても大切なことで、考えさせられることばかり。
 なので、読み終えると、付箋だらけになってしまいました。
 全ては無理ですが、その一部を紹介します。

まず、第1章 教育問題って何? から。


  社会の多くの人に関わる問題、あるいは、社会が取り組んでいくべき問題、
  という位置づけを与えられた問題なんですね。(p.19)

これが「教育問題」についての、本著における定義。
そして著者は、この「教育問題」は言説を通して作られるので、
記述や解釈をする言説がゆがんだり偏ったりしていると、
そこで描かれる「問題」像もゆがんだり偏ったりしてしまうと指摘します。

続いて、第2章 事実認識を疑ってみよう から。

  確かに、今の日本の教育には、改善したり改革したりすることが必要な部分はあります。
  しかし、思慮を欠いた乱暴な「改革」案が採用されると、
  もっと状況がひどいものになってしまうかも知れないのです。(p.55)

そう、どのような教育行政が行われるかは、

もし、それを誤った場合、個々の子どもたちの学齢期は、二度と取り戻すことはできません。
それ故、教育改革はより慎重に、滑らかさや穏やかさが求められるのではないでしょうか。

  われわれは、十分な根拠を確認しないまま、
  ただ何となく「現状」を理解した気になっていることが多いのです。
  いろいろな情報から、ただ単に漠然としたイメージを作りあげているだけなのですね。(p.59)


そこで、著者は、事実が本当はどうなっているのかを確認するうえで、
どういう情報があてにならないのかについて、三つのポイントを示しています。

  1.報道の量はあてにならない
  2.意識調査、とくに一般的な状況について尋ねた質問の結果もあてにならない
  3.あなたの身の回りの状況を観察することは、それなりに意味があるけれども、
   決して自分の観察だけを信用しすぎてはいけない(p.62)

そして、この3点について「いじめの問題」「青少年の凶悪犯罪がふえているのかどうか」
「家庭の教育力が低下している」を取り上げ、実例を示していきます。
ここは、本著の中でも、読んでいて、特に興味深く感じたところでした。
さらに、第3章 事実を読み解くカギ では、正しい情報とは何かについて考えていきます。

  「事実」に関する情報は、誰かの手によって選択され、組み立てらているのです。
  世間に流れている部分的・断片的な情報の向こう側には、
  もっと複雑でこみいった事情や背景や構造を持った現実があることを
  忘れないでくださいね。(p.97)

さらに、第4章 情報はどうにでもなってしまう では、情報の扱われ方により、
受け手に与える印象にゆがみや偏りが生じてしまう問題について、ポイントを指摘します。

  第一に、「例外的なケースが大きく報じられて、まるでそこらじゅうで起きる
  (起きている)かのような印象を与えてしまう」ということ。
  第二に、「データの集め方に問題がある場合、情報のゆがみが生まれる」ということ。
  第三は、「過去や外国の情報は、よいところばかりが抜き出して提示されやすい」
  ということです。(p.118)

  だから、「○○についての昨年度の件数は××で、前年に比べて△△%増加」
  というふうな報道には注意が必要です。
  取り締まりや調査がより徹底したため、数字が増えたのではないか?
  暗数になっていた部分が、公式統計に出てきただけではないか?
  定義や基準が変更されたせいではないのか? -
  そういったことを確認しなければ、大事なことを見落としてしまうのです。(p.131)

この辺りの記述には、思い当たるところが多々ありました。
そして、第5章 「原因の説明」「評価の仕方」は大丈夫? では、
巷にあやしい原因論があふれていると指摘します。

  つまり、何かを主張したい人たちが、
  好き勝手に、「原因」や「評価」を論じたてて、世間に流布させるのです。
  事件を取材したり報道したりする人たちも、「これが原因ではないか」と
  自分たちが考えるものに焦点を合わせて材料を集め、ニュースにしていきます。(p.146)

  われわれは、他者の行為を理解することはできますが、
  その行為の背後にあるさまざまな要因の社会構造全体を読みとることは、
  極めて困難だということを忘れてはなりません。(p.161)

そう、いくら知ったかぶりをしても、その人が実際に知っているのは、
あくまでも、その人が手に入れることのできた情報によるものであり、
事実の全体からすれば、それは部分にしか過ぎないのです。

  また、多くの人は、わかりやすい「悪玉」を求める部分があります。
  「悪玉」を据えれば、個々の事件やトータルな教育問題の本質が、
  簡単に理解できるような気になれるからです。
  でも、どんな出来事も、多様な要因が複雑に関わったなかで生まれ、
  展開しているのです(後略)(p.168)

「複雑」な現実に「単純」に向き合おうとする姿勢に、ゆがみや偏りが生まれるのです。
結局、随分長くなってきてしまったので、続きは別記事に掲載したいと思います。 





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Last updated  2011.12.11 14:41:44 コメントを書く
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