全3件 (3件中 1-3件目)
1
詳しい理由は分からないが、北朝鮮にとって日本人を拉致することは、国益に必要だったのかもしれないが、しかし、それは、日本がかつて、同じく国になったという日本の理屈を押し付け強制労働で朝鮮の人を日本につれてきた歴史に重なる。誘拐して殺した場合、日本の法律なら、死刑にあたる重罪だ。まして日本から拉致していったのなら主権国家として、国土を蹂躙されたも同じ。個人なら死刑で、国が犯した罪が、謝罪で済むわけがない。日本が犯した植民地時代の強制連行による虐待された人の数は、拉致された日本人の何万倍だとしても、やはりこれはしっかり追求されなければならない問題だろう。
2002年09月17日
コメント(0)
命に重さの違いがあることを改めて感じる。毎日飢えに苦しむアフガニスタンの難民がこの一年で死んだ人は3000人どころではないんだろう。アメリカのテロで死んだ人は、確かに無差別で理不尽な死だった。しかし、アフガニスタンの人たちにとっても、テロリストのあおりをうけて、土地を失い、死に瀕している。しかし、その人たちの死は、報道番組でとりあげられることもなく、アメリカの圧倒的な経済とネットワークの影響力によって、消し飛んでしまう。テロとは、アメリカ型の戦争論の究極の形ではないか。それをイスラムや第三国の嫉妬のせいだとごまかしてはイケナイはずだ。
2002年09月11日
コメント(2)
都合3日目の朝が来た。そもそも何時に出発かきめもせず、夜中にエフラインが帰ってきた音を確認したぐらいで、朝までぐっすり寝た。(4800mの山小屋なら、こうは行かなかったろう。しかし、後で現地に住む人に聞いたところによると、一人6ドルあまりの安宿は、のみが出るらしい。布団に体が触れないように寝るので眠れないと聞いた。)睡眠3時間説もあながちうそではない。キトで過ごした日本人が標高の低いところへ行ったとき、3時間の睡眠でも充分だったといううわさである。 朝から、シャワーとテレビを大きな音立てている彼らを尻目に、私は、子どものアニメを見ていた。シャワーには入る気がしなかったので、顔だけ洗って、外の景色を眺めていた。外には洗濯物がひるがえる屋上が連なっていた。昨日入った温泉の横の滝が見えた。今日は、川を下ってジャングルに入るといっていたが、どんなところかわくわくしていた。8時過ぎになって、オルランドがドアをノックしてきたので、すぐいくと外にでたら、まだみんな用意をしていた。昨日電気がつかなかったのでよくわからんかったバルコニーに出て、外の様子を眺めてしばらく待っているとオルランドが出てきて、ブエノスディアス(おはよう)と声をかけてきた。ムィビエン(元気だよ)としか答えようがない。彼との会話はいつもほとんど一方通行だ。しかし、昨日いっしょに山を登り、温泉につかり、音楽を聞いて踊ったので、とても親しくなった。車に乗りこむと、昨日の行動食の残りをあさって食べた。さすがにおなかが減っていた。昨日の6時以降口にしたのは、ビール2本だけだったから。 エフラインが来た。「やぁフレンド。朝食を食べにいこう。」彼のことばにほっとした。
2002年09月03日
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1


