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先月から、合唱団に新入団員が入った。何がうれしいかといって、貴重な男性しかも若い団員ということもあるが、私のHPからアクセスしてくれて来てくれたことだ。私が、HPを開いた最初の目的は、団員の募集だった。途中から、自分や家族の記録を残すことや、ネット上で人と知り合う楽しさも出てきたのだが。今、文化祭に向けて練習中だが、このところ男性の集まりがよくて、練習も楽しくなってきた。11月の30日には、演奏会も予定している。合唱団を盛り上げていかなくっちゃ。 これからは、合唱団の内容ももう少し紹介しなくちゃいけないなと考えているが、肝心の歌を聞かせられないことには、意味がない。だれか、歌をHPに貼りつける方法知っている人いないかなぁ。
2002年10月30日
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大月インターから甲州街道R20にでて、左に向かうとすぐのところに、星野家という本陣がある。なにやら明治天皇がおよりになったという名家で、玄関に上がると一辺が60センチはあろうかという大黒柱がたつ玄関の間がある。そこで、19日の土曜日に2回目のコンサートとあいなった。2回の公演で、150人ほどのお客さんが入った。内容は、ハープ、フルート、バイオリン、ソプラノのそれぞれ若手のソリストたちが、それぞれいろいろな組み合わせで演奏する一方で、私たち合唱団とも、「いつも何度でも」をハープと、「川のながれのように」を全員で合わせて演奏した。わたしたちは、ビクトリアの2曲も歌ったが、問題は、「なっとうをおいしく食べるには」という歌である。ここ星野家は、現在、富士納豆という納豆を作っている。(私も前回のコンサートのときまで知らなかった)そこで、この歌がもってこられたのだ。ミュージカルの中で歌われたらしい。作詞なさった永井氏によれば、家族の中で、父が納豆のうんちくを語るという設定の歌である。そこで私がそこのナレーションをする役となった。もともと人を笑わせるのは、好きだし、よくふざけた歌を歌ってはいるが、まじめに人を笑わせるのは、とても難しいことがようく分かった。ひとつには、人の台詞は、やはり人のもの。自分の使うことばでないと浮いてしまう。アドリブをもっといれなければならない。ふたつには、声のトーン。もともとベースの私は、低い声でやってしまったが、こういうときは、少し高めの声がよい。みっつには、表情や振りつけ。これは、普段から、舞台で鍛えておかないとできない。ただ前をみて歌っているようでは、だめなのだ。まあ自分の失敗の反省は、これぐらいにして。今回とても良かったのは、ヴァイオリンだった。バッハ、ヴィニヤフスキーともに、とても15歳とは思えぬ貫禄。それに風格があった。
2002年10月22日
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思わず叫びたくなるような美しさ。思えばJRの奥入瀬の紅葉の写真に魅了されて、飛び出した旅行だったが、奥入瀬はまだ1週間から十日早いとのこと。せっかくの露天風呂のもみじもまだ青々としていた。朝、十和田湖を半周して、八甲田山へ。ロープウェイは、2時間以上待つと言われ、あきらめたが、途中の道から見えた紅葉は、見事だった。八幡平も大渋滞。しかし、八甲田を見た後だったので、もう満足だった。 HPの写真は、3年も前の北海道の天人峡の写真。あの鮮やかな紅葉を思い出した。人はなぜ紅葉にこんなに惹かれるのだろう。そんなことを思いながら、帰ってきた3連休だった。
2002年10月16日
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新宿にカトリックの司祭が開店した店がある。できてもう22年になるその店は、「エポぺ」という。フランス人で日本に宣教にいらしたジョルジュ=ネラン神父が、フランス語で、叙事詩もしくは英雄的な行為を意味するこの言葉を、「美しい冒険」と訳している。私は、この店で15年ほど前まで働いていた。その店から今日突然電話がきた。T氏が亡くなったというのだ。9月15日、くしくも私の誕生日。知らなかった。奥様から、店に電話がきたそうだ。まだ、信じられないと。私が20代の「ひよっこ」のころ、真剣に語り合えて、尊敬できた数少ない大人の一人が、T氏だ。店の客であり、人生の先輩であり、父親のようであり、仕事の上司のようでもあり、それでいて、愛すべきいろいろなくせや趣味があった。いまでも眼前に浮かんでくる。店に入ってくるときの、背中を丸めた足早の歩き方。いつも、ウィスキーを炭酸で割り、レモンスライスを入れて飲んでいた。ほとんど食べないが、サラミとチーズを頼んでそれに塩をかけて食べていた。話しかけると考え事をしているからと断るかと思えば、突然、「おたくさぁー、この店でバイトしてどんないいことがあった?」名前を覚えてもらうまで、おたくといわれたっけ。息子さんを亡くされて、悲しんでいた姿も、部下を連れてきてはしゃいでいた姿も、山の写真を恥ずかしそうにでも自慢げにみせたときも、あらゆる場面が目にうかんでくる。Tさん、あなたにもう一度会いたかった。五年ほどまえ失恋して、どん底の状態だった自分が、なぜか一番会って話したかったのがあなただった。バイトを辞めて、もうずいぶん経っていたのに、喜んで家に迎えてくれて、いろんな話をしてくれた。なぜ、それから遊びに行かなかったのだろう。しょっちゅうあなたの住む町を訪れていたというのに。悔やまれてならない。今こうして元気にやっている姿を見せたかった。ご冥福をお祈りしています。
2002年10月02日
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