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BLUE MOON ↑ ↑ ↑今夜(6月30日)は、満月です。しかも、1ヶ月のうちに2回目の満月を迎えます。1ヶ月に2回満月を迎える月を ブルームーン というそうで、そのブルームーンを見ると 願い事が叶ったり、幸せになれると言われているそうです。 月の満ち欠けは、平均約29.5日を周期として繰り返される。 月の長さは2月を除けば30日か31日で、月の初めに満月になると、 その月の終わりに再び満月が巡ってくる。 1980年以降、このようにひと月のうちに満月が2回あるとき、 この2回目の満月を「ブルームーン」と呼ぶようになった。 「ブルームーン」は、断定は出来ないものの、 3年ないし5年に1度の周期で起こる。満月になった瞬間、 さらに見える地域に限定されるので、それぞれの場所、 国によって「ブルームーン」だったり、そうでなかったりする。 また、大気中の塵の影響で月が本当に青く見えることもあり、 これも「ブルームーン」と呼ばれる。 例えば、1883年のインドネシアのクラカタウ火山の噴火後、 約2年間は日没を緑に、月を青に変えたと言われる。 このように、多くは火山の噴火、もしくは隕石の落下時に発生する ガスや塵などの影響によって、かなり稀でいつ起こるか分からないものの、 月が青く見えることがあるとわかった。 しかし、そのように青い月を見ることは大変難しく、そのことから、 「極めて稀なこと」 「決してあり得ないこと」 といった意味を指して使われる言葉となった。 そのことから、19世紀半ばに 「once in a blue moon」 (めったにない) という熟語が生まれた。そういった意味を含めて、 「特別なこと」を指す場合もある。 「ブルームーン」の言葉の由来については、チェコ語からの転化、 フランス語を英語に翻訳したときに生じた等々諸説存在するが、 これといった定説は存在せず、天文学用語にも存在しない。 「ブルームーン」という言葉は天文の正式な用語ではなく、 定義がはっきりしていない。 辞書において「ひと月に2回満月があるときのこと」 などという記述は見つからず、 大抵の場合は「大気のちりの影響で青く見える月」と記載されている。 また、月が青く見えるのはあまり頻繁には起こらないことから、 「ブルームーン」は「めったに起こらないような珍しい出来事」 の意味で、慣用句として使われることが多い。・・・・・・と言う事らしいです。天気が悪くて月が見えない皆さん、画質が悪いですが、この写真に願いを込めてみては・・・ひょっとして、願い事が叶うかもしれません。そう言えば、若かりし頃に、月に向かって「我に七難八苦を与えたまえ!」などと言ってしまい、それから見事にその「願い」を叶えてもらった事を思い出しました。(6月6日「臥薪嘗胆の日」日記参照。)
2007年06月30日
「“夙の”カムイ」と「“風の”フジ丸」↑↑↑白土三平さんの「忍者マンガ」にも相当影響を受けています。 「カムイ伝」徳川時代の物語ですが、「忍者マンガ」と言うよりも、「士農工商」など身分制度や、人権などかなりディープで時代の闇を深く抉っています。この物語の中の 「夙谷(しゅくだに)に住むカムイ」という忍者を主人公にしたのが「カムイ外伝」です。 飯綱落とし ↑手裏剣 変移抜刀霞斬り ↑まきビシネーミングだけでしびれていました。 しのびがあぁ~~ とおぉぉるうぅ~ けものぉみぃぃちいぃ~ かぁぜぇぇが カムイのぉぉぉ かげぅをっ きいぃぃるぅぅ歌は、水原弘さんが、歌ってるんですねえ。 この「カムイ」という名前から HNを「かむ太郎」としています。一方・・・ 「風のフジ丸」ですが、 白土三平原作の「忍者旋風」をテレビ用にアレンジ。 「フジ丸」という名はスポンサーの藤沢薬品からつけられた。 現役の忍者による忍術解説というユニークなコーナーもあり、 ハーモニーカットの実験や数本のカラー版が試され注目を集めた。 「現役忍者の忍術解説」・・・??? これは流石に記憶がありません。 時は戦国時代 群雄割拠の世の中で、鷲にさらわれた赤ん坊が、 フジ丸と名づけられ、忍びの里で育てられた。 優秀な忍者として成長したフジ丸だが、 やがて天下のゆくえを決める力を持つ秘密兵器の製法が記された 「龍炎の書」をめぐる争いに巻き込まれる! 敵は風魔十法斉、伊賀の忍者群、南蛮邪法の怪人たち。 襲いかかる数々の忍術、妖術。 平和を愛する少女ミドリとともにフジ丸の戦いはつづく。 でるか忍法「木の葉隠れ」「火炎の術」というお話です。忍者マンガには、 「忍術習得の為の弛まぬ努力と忍耐」 「“掟”と“組織”と“己”」 「任務遂行の為の犠牲と一族の繁栄」などなど、考えさせられる要素がたくさんあります。横山光輝さんの 「伊賀の影丸」 「仮面の忍者赤影」 山本勘助が主人公とされる「隻眼の竜」などにも影響を受けています。当然ですが、夏休みに、朝顔か何かの種を撒き、芽が出てからは、毎日その芽を飛び越える“修行”をしていました。
2007年06月30日
「ロビン」と「教授」と「ベル」 ↑ ↑ ↑だんだんと、脳細胞を若返らせる為に記憶をどんどんと手繰り寄せています。PCの壁紙に使っている画像のうちのひとつが「レインボー戦隊ロビン」 です。「サイボーグ009」などに通じる設定・・・と思っていたらキャラクターデザイン(ロビン、りリー、教授)担当が石ノ森章太郎(当時は“石森章太郎”)でした。更に、「ペガサス」は 藤子・F・不二雄 「ウルフ」は藤子不二雄A なのです。なんという豪華な顔ぶれでしょうか「えねるぎい~ ふんしゃぁぁ すぅぴいどをぉ~ あぁげろを~」脳細胞が日増しにどんどん若返っていきます。 退化しとるか ↑また変なの押してもた。
2007年06月29日
「Impossible n'est pas français.」本来の訳は、 不可能という言葉はフランス語にはない。 または 不可能という言葉はフランス的ではない。 同じ意味で別の言回しとして 「余の辞書に不可能という文字はない。」 「不可能という文字は愚か者の辞書にのみ存在する」 「不可能は小心者の幻影、卑怯者の避難所」などがある。 ナポレオンが日常よく口にした言葉で、 一般には「余の辞書に不可能の文字はない」として知られる。 「不可能と言う文字は愚か者の辞書にのみ存在する」 という言葉から、変わったという説もある。・・・・・・との解説です。人生1回目の学生の頃、(20数年前)「There is no word of "impossible" in my dictionary.」 (こんなんだったと思う・・・)というのを、常に机の前に掲げていました。 今にして思えば、原文の 「Impossible n'est pas français.」(フランス語) を掲げるべきだったような気がします。ナポレオンが、どういうつもりで、この言葉を吐いたのかはわかりませんが、「己」と「我が軍隊」と「国民」を鼓舞するには、十分魅力的な言葉です。飛ぶ鳥を落とす勢いの人間にこう言われると、「そうかもしれん」と思ってしまいます。逆に言えば、鼓舞せずにはいられない環境だったと思います。・・・ということで、人生2度目の学生となったにも拘らず未だにエンジンが錆びて、調子が出ない自分を鼓舞する意味で今度は、「Impossible n'est pas français.」を掲げて、己を鼓舞して行こう ↑何か変なの押してもうたナポレオンは、 ひとたび戦いを決意したならば、 その決意を持続しなければならない。とも言うておられる。
2007年06月29日
ロシアのむかしばなし「カムイルのぼうけん」より ↑ ↑ ↑先日、長年胸に痞えていた童話のタイトルが判明しました。更に、「べる0515」さんから、この話の原作らしき物語の存在を教えていただきました。 「6人の男が世界をあるきまわる」 では、 (「6人のごうけつ」「六人男、世界をのして歩く」などの訳有り) 「主人公!ちょっと楽(らく)しすぎとちゃうか?」とツッコミを入れましたが、この「カムイルのぼうけん」では、主人公のカムイルが、「さて、おれもいいところを見せるか」と最後にきっちり仕事をし、“軍隊をなんなく追いちらしてしまいました。”・・・との事。グリム兄弟はドイツ人ですが、この物語はロシアです。国民性なのでしょうか?もし、「カムイルのぼうけん」が、原作だとすれば、ドイツ人であるグリム兄弟は、最後の主人公の「見せ場」をカットしたわけですが・・・一方、ロシアは、ロシアで 「ねり粉でつくった子どもだ。カムイルという名にしよう」 と、おじいさんがいいました。 カムイルというのは、タタール語で、ねり粉のことです。という感じ。日本の「こんび太郎」(こんび=垢)に似ています。・・・昔話にツッコミ入れてても仕方ないですが・・・それにしても、この 「366日の昔話」福娘童話集 きょうの世界昔話というHPはなかなか秀逸です。毎日の童話・昔話を366日分用意してある上に、音声配信 まで完備!!!「まちゃりんの読んだり~の」で、じっくりと聞けます。時には、童話を“聞く”のも良いモンです
2007年06月28日
欠かさず購入している LOTO6 が、久しぶりに “当り” と言っても 「1000円」 ですが・・・。このクジには、「波」が有る!と勝手に考えています。1年に1回ぐらい波が来るのです。6つの数字は、常に「固定」してひたすら同じ数字を買っています。この「6つの数字」と「当りの数字」が年に1回まるで、太陽系に彗星が訪れるように「接近」します。今回、この「接近」を確認できたので、この1~2ヶ月のうちに当たるでしょう。しばらく私のブログの更新が止まったら、 「当たりやがったな」と、思って下さい。・・・・・・とニヤニヤしています。
2007年06月28日
>は、3.6cmです。 ↑ ↑ ↑サントリーの天然水を買ったら、「育てて楽しむ 小さな植木鉢」ってのが付いていました。「全6種類」なんですが・・・コンビニの冷蔵庫のドアを何度も開け閉めしながらようやく選んだ2種類が 「ききょう」と 「かわらなでしこ」です。秋には咲くらしいのですが・・・そこそこ大きくなったら、「大きな鉢に植え替えてそれぞれの花に適した栽培方法で育てて下さい。」と書いてありました。 え~っ?そんな事、ド素人にできるのか?・・・頑張って世話をしよう。タイガーマスクの時もそうでしたが、「全○種類」 と言われると全部欲しくなってしまいます。結局タイガーマスクは、他の「悪役たち」をあきらめて、コンビニ3軒回って、ようやく「タイガーマスク」をGETしました。80年代のプロ野球シリーズも「バース」「掛布」「岡田」だけ買いました。JRA名馬シリーズも、「オグリキャップ」と「シンボリルドルフ」・・・・・・大人になったなあ。 と思います。以前なら必ず全種類買ってました。最近のオマケはまだ、「何が付いているか、わかる」から良いですが、以前の「デビルマン」 の時は参りました。1箱300円だったと思います。 (たしか、“知る人ぞ知る”海洋堂の作品でしたので已むを得ませんが)中に何が入っているかわからない。しかも「シークレット」がある。 幼い頃から、クジ運はかなり悪いんです。買っても買っても「不動明」と「ミキちゃん」ばっかりついに我慢できずに 「大人買いじゃああぁぁ~~」何とか全種類揃えましたが、「大人買い」・・・3ケース その前に買った分・・10数個 嫁には叱られるし、 近所の生協では、「あの人あの人・・・」と人気者になるし・・・その時の「デビルマンたち」が、 (シークレットは1体残して、「不動明」「ミキちゃん」と 抱き合わせセットで貰われていきました。)今でも「戒めの棚」 に鎮座ましましています。これからも、戒めのデビルマン様を拝みながら沈着冷静な「本当の大人買い」をしようと思います。・・・だから、いらんモン買うな って!
2007年06月27日
↑ ↑ ↑ 「グリム童話:六人の男が世界をあるきまわる」より先日の 「WANTED!」にお答えをいただきました。 からす2007さん べる0515さんありがとうざいます。「六人の男が世界をあるきまわる」でした。 (他にも「六人男、世界をのして歩く」とか 「六人のごうけつ」とか訳されているようです。)お話は、こうです。 むかしむかし、あるところに、ひとりの男がいました。 その男は強くて勇敢(ゆうかん)で、兵士として大かつやくしたのですが、 戦争が終わると、あっという間にクビになってしまいました。 男に残ったのは、わずかなお金だけです。 男はわずかなお金をにぎりしめると、決心しました。 「今に見ていろ。家来(けらい)をあつめて、王に国中の宝物を出させてみせる」 男が旅に出ると、大きな木を六本もかかえている男に出会いました。 ものすごい力持ちです。(すごい男だ。よし、さいしょの家来はあいつだ) 男はさっそく声をかけました。 「やあ、おれの家来になって旅をしないか。かならず、いい目を見させてやるぜ」 「いいだろう」 力持ちの男が家来になりました。 またしばらく行くと、銃を構えて何かをねらっている狩人(かりうど)に出会いました。 「おい、そこで何をしているんだい?」 「二マイル(約3.2キロメートル)先にある木に止まった、ハエの左の目をねらっているのだ」 男は、この目の良い狩人も家来にしました。 次に出会ったのは、七つの風車(ふうしゃ)を鼻息で回す男でした。 この男も、家来になりました。 その次は、一本足で立っている男に出会いました。 何でも足が速すぎて、足をひとつはずしておかないと、 鳥が飛ぶよりも速く走ってしまうのだそうです。 これで家来は、四人になりました。 最後に会ったのは、小さなボウシをななめにかぶり、片耳をかくしている男でした。 「どうして、片耳をかくしているんだい?」 たずねると、 「おれがボウシをはずしたら、ばかみたいに寒くなって、飛ぶ鳥すらおちてしまうんだよ」 彼は、五人目の家来になりました。 これで一行は六人です。 男は大喜びでいいました。 「この六人がそろえば、世界中をまたにかけられるぜ」 さて、都にたどりつくと、王さまのおふれがありました。《王女と競走(きょうそう)をして勝った者を、王女のむこにする》と、いうものです。 ただし王女に負ければ、命をとられると書いています。 「競争ならまかせてくれ」 そう言ったのは、あの「一本足男」です。 一行は、さっそく王さまのもとへ出かけました。 ルールはかんたんです。 遠くにある泉の水を、王女よりも先にくんで帰ればいいのです。 王女と一本足男はそれぞれ空の入れ物を手に持つと、 王さまのかけ声を合図にスタートしました。 ビューーーーン! 一本足男は一本足のままで、あっというまに泉の水をくんでしまいました。 王女は、まだスタートしたばかりです。 「かるいかるい、この勝負、楽勝だな」 水をくんでの帰り道、一本足男はウマの頭蓋骨(ずがいこつ)を見つけると、 それをまくらに昼寝を始めました。 さて、王女も競争するだけあってかなり足が速く、すぐに水をくみおえると、 昼寝をしている男においつきました。 そして、男のくんだ水の入れ物をひっくり返して、男の水をすててしまったのです。 王女はニッコリ笑っていいました。 「これで、勝負はこっちの勝ちね」 そのようすを見ていたのが、目の良い狩人です。 「これはまずいな。そろそろあいつを起こさないと」 狩人は自慢の鉄砲で、昼寝をしている男のウマの頭蓋骨のまくらをうちこわしました。 「あれ?」 ようやく目をさました男は、ふと、自分の水の入れ物を見ました。 「ああっ、水がカラッポだ! これは本気を出さないと」 一本足男は、はずしていた足を取り付けると、さっきよりも数倍速い足で水をくみなおし、 よゆうで王女を追いぬいて帰ってきました。 この結果に、王さまがはビックリ。 「ぬぬっ、まさか、王女が負けるとは・・・」 そして王さまは、彼らをワナにはめることにしました。 「食事の用意ができているから、ゆっくりするといい」 そういって、かべが鉄でできている部屋に閉じこめたのです。 おまけに、外から火をたいて、全員を焼き殺そうとしたのでした。 そのことに気ついた一行は、大いにあわてました。 「あの王さま、おれたちをだましやがったな!」 「それにしてもあつい、あちちち、助けてくれー!」 しかし、余裕の表情で鼻歌を歌っているう男がひとりいます。 あの、ななめにボウシをかぶった男でした。 「ここはおれにまかせな」 ボウシ男がボウシをまっすぐにかぶりなおすと、今まで熱かった部屋が急に寒くなりました。 さて、こちらは部屋の外にいる王さま。 「さあ、もうそろそろいいだろう。焼け死んだやつらを出してしまえ」 王さまの命令に家来が鉄の部屋を開けると、彼らはふるえながら出てきました。 「ああ、寒かった。中は寒すぎるから、ここで暖まらせてくれ」 これには、王さまもかんねんしました。 「しかたない、王女はやれんが、そのかわり、両手にもてるだけの金を持って帰れ」 その言葉に、力持ち男がニンマリ笑いました。 「それでは王さま。両手にもてるだけの金をもらってかえります」 なんと彼は、両手に国中の金を抱きかかえてしまったのです。 さすがに王さまも、これにはおこりました。 「すぐに兵隊を集めろ! この者たちを殺してしまえ!」 王さまの命令に、何百人ものの兵隊があつまりましたが、ここでかつやくしたのが、 風車を鼻息で回す鼻息男。 鼻息男は、おそってきた何百人もの兵士たちを、たつまきのような鼻息でどこかへ ふき飛ばしてしまったのです。 一人残された王さまに、リーダーの男がいいました。 「王さま。まだ、なにか手はありますかな?」 王さまは首を横にふると、ガックリと肩を落としていいました。 「わしの負けだ。その金を持ってどこかへいってくれ」 こうして大金を手に入れた六人の男たちは、世界中をぼうけんしながら、 面白おかしくくらしたそうです。おしまい・・・・・無名作家の話だと思っていましたので、「グリム童話」というのが意外でした。今、読み返してみると、 「ちょっと、設定に無理が有るなあ・・・」 「主人公は、ちょっと楽(らく)しすぎとちゃうか?」 「結局、ただの力づくの成り上がり?」 「主人公以外のヤツら・・・簡単に家来になるぐらいだから、 分け前も、うまい事はぐらかされてるんとちゃうか?」 「そもそも、王様!あんた何にもメリットないやんけ。 ただ単に人を殺したいだけなら、他に方法あるやろ?」 ・・・などと不純な事ばかり思うのですが、小さい頃は、純粋に興奮しました。何よりも、あの頃の純粋無垢な自分を少し思い出しました。あの頃の純粋な感動・興奮を大切にしようと思います。返す返すも、「からす2007」さん、「べる0515」さんありがとうございました。先日も書きましたが、おそらくこの辺の細かい事(ツッコミをされる部分)を、色々と設定し、練り上げてストーリーの完成度を上げていくと 「サーボーグ009」 ↑こいつは、ブラックゴーストのヤツに到達するのではないでしょうか。サイボーグ009は、時代背景や、人物設定、対象となる「悪役」の設定など完成度が高くなっています。「あか~い マフラー~ぁ なぁびぃかぁせてえぇ~え ゆくぞさいぼお~ぉぐ わぁれらぁ~のせぇんんしぃ~」この歌に触発されて、小学校の頃母親に赤いマフラーを編んでもらいました。春まで、「仲間はずれ」にされたのは言うまでもありません。改名されて「石ノ森章太郎」となりましたが、我々の年代は、やはり 「石森章太郎」です。
2007年06月27日
明け方の4時頃に、何やら調べモノをていたのは覚えているのですが・・・「シナの五にんきょうだい」でしたか。(ほとんど意識朦朧状態でしたので、さきほど自分の書いた内容を確認した次第です。)そうそう、問題は、もうひとつの作品です。少し思い出しましたので、追加情報を・・・ ◎「脚の速い男」 出会いは、「森の中」 ヤツは、「あんまり脚が早いから、一本はずして休憩している」 ・・・とか何とかぬかしていました。 ◎「鼻息の男」 ヤツは、「ヒマだから、鼻息で風車を回している」 ・・・とか何とかぬかしていました。 ◎「鉄砲の男」 何にもない所めがけて鉄砲を撃っていたので 「何を撃ってんねん?」と聞くと、 ヤツは、「1km先のハエの目玉を撃ったのさ」 ・・・とか何とかぬかしました。 ◎「怪力男」 ヤツは、馬車を10台ぐらい引っ張っていた・・・と思う。これ以外に、数名いたハズ・・・こんなヤツらを仲間にしながら、 (どうやって仲間にしたかは、不明 ・・・きびダンゴではなかったハズ。)お決まりの「悪い王様」をやっつけて「可愛いお姫さま」と結ばれました・・・という感じだったと思います。他の8人だか7人だかは、「分け前」有ったんでしょうか?それとも、言いくるめてしまったんでしょうか?どなたか、この物語のピン・・と来たら是非一報を!!!「分け前」もそうですが、映画や、物語・童話 などなど「その後、どうなったんやろ?」と考える事が有ります。例えばダスティン・ホフマンの 「卒業」「えれぇ~ぇぇ~~んんんーーー!!!」のシーンは名場面ですが、その後・・・ 「そりゃあ、仲良く逃げちまったおまえらは、ええよ。 後に残った俺たちは、どないなんのよ?」 「あんたらは、まだマシやんけ。 俺なんか、この教会の請求書も回ってくるぜ」 「そんなん、育てたあんたが悪いんでしょ? 情けなくてうちなんか、近所歩けんで、ホンマに」 「俺は、どないなんのよ。どないすりゃええんよ???」 一方・・・逃げた方は逃げた方で えれぇん「ベン・・この衣装じゃ窮屈だから、私着替えたいわ。」 ※ダスティン・ホフマン演ずる「ベンジャミン」をたぶん 「ベン」とでも略してるハズ・・・欧米だ! べん「え?僕は君の事しか考えてないから・・・ そんな着替えの事なんか・・・」 えれぇん「ええ~?信じらんな~い! まさか、私が用意するとでも思ってたんじゃないでしょうね。 そんな事したら、出来レースじゃないの」 べん「だって、そんな後のことまで考えてないでしょ いてもたってもいられなくて飛んで来たんだぜ、俺は」 えれぇん「こんな、計画性の無い男だとは思わなかったわ 今なら、“あれは余興よ”で済むから 教会へ戻って、ジョン(?名前忘れた)と結婚するわ。」 べん「ちょっと、待てよ コラ!」 えれぇん「やかましい。この役立たず!」・・・・・・想像するとキリが有りません。このとき(逃げていく時)のバスの乗客が老人たちであったことから、それは「今後の二人の将来が必ずしもバラ色の未来ではない」という暗示であるという説がある。・・・らしいです。
2007年06月26日
さきほど、「VIP」達との飲み会から帰還しました。 (・・・「VIP」については、5月30日「やってもうた」参照 彼らとの付き合いから帰って来る時は、 まさに“帰還”という言葉が相応しい。)当然、かなり酔っています。帰還する際に、頭の中に小さい頃見た絵本が浮かんで来ました。何となく覚えている内容をキーワードに検索してやっと、さきほど見つけました。「シナの五にんきょうだい」 です。「シナ」という言葉などがいろいろと物議を醸しましたが、どうやら、今でもそのままのタイトルで発刊されているようです。 ・・・「ちびくろサンボ」 も一時期ヤバかったようですが、 今は、OKなんでしょうかね?・・・・・・むかし、むかし、シナの国にそっくりの顔をした五人の兄弟がいました。実は、この五人兄弟、みんなかわった特技を持っているのです。一番上の兄さんは、海の水を全部のみほすことができ、二番目の兄さんは、鉄の首をもっていましたし、三番目の兄さんはどこまでも伸びる不思議な足を持っていました。そして、四番目の兄さんは、火をつけても燃えないからだで、五番目の末っ子は、なんと、いつまでも息を止めておくことができるというのです。お母さんと、村でのんびり暮らしていた息子たちですが、とある事件からお兄さんが死刑を宣告されてしまいます。さぁ、大変!!ここからが5人兄弟の特技の見せ所。とっても顔が似ている5人ですから、首を切ると言われれば、鉄の首を持つ2番目のお兄さんと入れ替わり、海に投げ込まれると言われれば、足がどこまでも伸びるもつ3番目のお兄さんに入れ替わるなどして、なんとか刑を逃れます。もちろん、兄弟が入れ替わっていること何て、誰も気づきません。・・・・・・っていう感じの本です。一人一人が独自の能力を持っていて、それを何かのために使う。・・・このコンセプトは、石森章太郎さんの 「サイボーグ009」 に通ずるものだと思います。この「シナの五にんきょうだい」ともうひとつ・・・思い出せない絵本があります。その内容は・・・ ◎全部で8人か9人いた・・・と思います。 ◎脚が早い男。1km先のハエの目玉を撃ち抜ける男。 鼻息で馬車を吹き飛ばす男。などなど・・・ ◎その「豪傑」たちを「知力」で束ねる主人公。 ◎最後は悪い王様をやっつける ・・・こんな感じの話で「世界名作絵本全集」みたいなシリーズの中の1冊だったような覚えがあります。どなたか、この本のタイトルなど教えて下さい。酔いが回ってきましたのでこの辺で・・・
2007年06月25日
昨日、競馬の事を書きましたが、「借金返済」の目的で、競馬をやる以前には、“馬券ファン”ではなく、純粋に“競馬ファン”でした。19歳の頃、バイト先の人にそそのかされてなけなしの2000円で生まれて初めて馬券を買いました。新聞の出馬表を見ても何にもわかりません。 「ファーストアモン」 ・・2枠「4」番 「メジロトランザム」 ・・3枠「5」番なんとなく名前が良かったので、 「4」ー「5」土曜日(前日)に2000円を渡して、馬券を買ってきてもらうことにしました。「3点買い」だとか・・・「流して」・・・とか何も知りませんので、買い目は、「1点」です。買い目を増やせば、当然お金もたくさん必要です。イヤイヤのお付き合いですから、少しでも「捨てる金」が少ない方が良いのです。何にも、期待もしていなかったのですが、翌月曜日「やったなあ」の言葉と一緒に、私の手元に 「59,400円」という大金が転がり込んできました。(当時、アルバイトの月給が9万円ほどでした。)・・・勝ったのは、 「5」枠9番 ハシハーミット 「4」枠8番 ハシクランツ が2着。全然意味がわかりませんでしたが、どうやら、私の告げた 馬番「4」と、馬番「5」をそのまま 枠番「4」と、枠番「5」に勘違いして、・・・と言うより、「4-5」と言えば普通は、「枠番」で買ってくるのです。私の「発注」の仕方がおかしかったのです。結果オーライでしたが、「やっぱり、ハシハーミットとハシクランツで、決まったかあ」とぬかしておる自分がいました。それにしても、本当にこの2頭を買い目にしていたら、日曜日にはテレビ中継を見て「よっしゃああああああああ」などと叫び、月曜日は朝一番から、「当たり馬券」様の出社を待っていたんだろう・・・そして、「8-9」のハズレ馬券を渡されて「何じゃあぁあ~ こりゃあぁ~」 ←松田優作風にと乱闘騒ぎになっていたんでしょうか?そんなマグレはこの一度きりでした。それからも、「G1」レースが有ると金曜日からスポーツ新聞とにらめっこして、僅かばかりの予算を、知人に託して、日曜日はテレビ観戦。そこそこ負ける・・・そんな平和な「JRAファン」でした。地元の地方競馬場に変わった色の馬が一頭いました。新馬戦と4戦目で2着に敗れた以外は、常に「1着」何度か見に行きましたが、とにかく強い馬でした。後に異例の中央競馬移籍になりました。「中央でも、そこそこいけるんじゃないか」と私も地元ファンも期待していました。・・・それからの彼の活躍はすごかった。高松宮杯をレコード勝ち秋の天皇賞2着、ジャパンカップ3着と敗退したものの有馬記念で見事「1着」翌年の有馬記念は5着敗退その翌年も、安田記念こそ勝ったものの、宝塚記念2着、秋の天皇賞6着、ジャパンカップ11着「もういいから、帰って来い」・・・多くの岐阜県民はそう思ったはずです。・・・このまま引退?と思いましたがジャパンカップ大敗から約1ヵ月後そうです。武豊を鞍上に、彼は有馬記念で、まさに 有終の美 を飾ったのです。「岐阜県はあまり有名人はいない」と以前に書きましたが、「オグリキャップ」 様を忘れてました。1979年菊花賞 出走表枠 馬番 馬名 性別 斤量 騎手 1 1 ヨシノスキー 3牡 57 柴田政 1 2 ニホンピロポリシー 3牡 57 田島良 2 3 ロングオーカン 3牡 57 村本 2 4 ファーストアモン 3牡 57 吉永正 3 5 メジロトランザム 3牡 57 武 邦 3 6 サチエノホープ 3牡 57 崎山 4 7 ファインドラゴン 3牡 57 南井 4 8 ハシクランツ 3牡 57 柴田光 5 9 ハシハーミット 3牡 57 河内 5 10 ポットハード 3牡 57 武田悟 5 11 テルノエイト 3牡 57 飯田明 6 12 ビンゴガルー 3牡 57 小島太 ←「単枠指定」7 13 ロールスホーラー 3牡 57 押田 7 14 エイシンタロー 3牡 57 楠 7 15 トウショウイレブン 3牡 57 加賀 8 16 ニチドウタロー 3牡 57 清水英 8 17 ハヤテアズマ 3牡 57 伊藤清 8 18 リンドプルバン 3牡 57 嶋田
2007年06月25日
タオル?マフラー?・・・「た・ふ・ら」らしい。浮かれちゃいかん!と言いながらこんなの買っちゃいました。「HANSHIN Tigers 承認」 と記載してある丸いシールは、ていねいに剥がして、携帯電話に貼りました。タオルか、マフラーかよくわかりませんが、「虎」のマークが入っていればいいんです。 同封の紙に「阪神タイガースの歌」の歌詞が、3番まで書いてあります。「勝利の香り」の芳香剤も、押入れから発掘してきました。3年ほど前に購入した物で、開封していません。「優勝祈念」となっています。 ・・・結局この年は優勝したんですが、おそらく 製作者は、長年の阪神ファンで、優勝が決まるまでは、 「記念」とは書けなかったんだと思います。 かと言って、優勝が決まってから売り出したんでは遅いし、 挙句の果てに、優勝を逃したんでは、在庫の山だし・・・ 苦肉の策として、「祈念」となったのではなかろうか。「勝利の香り」を発掘していたら、一昔前の、「競馬ブック」がごっそり出てきました。基本的に、現在はギャンブルから足を洗っています。 人生そのものは、「毎日がギャンブル」ですが借金が、MAXになった頃に、「如何にして返済するか?」を真面目に考えていたのです。普通に働いて返済していたのでは、仮に月々25万円返済できたとしても・・・120、000、000÷250,000=480ヶ月=40年!!!こりゃアカン。かと言って、泳ぎが苦手で腰痛持ちの身としては、マグロ漁船 なんぞは、NGです。あれやこれや、と思案の挙句結局、「確率論」「統計学」「解析学」に救いを求め、10数冊の専門書と、当時のMac「LC630」(だったか・・?)を酷使して、週末ごとに競馬場に通い詰めたのです。「マーチンゲール」を元に、「ダランベール」「モンテカルロ」と独自の理論を組み合わせて、尚且つ、リアルタイムのオッズの推移・・・(これは、株式チャートのいろんな理論を参考にしました。)当時は、抽選でなかなかあたらなかった「PAT」も使いながら・・ 「レインマン」を見て、 「カードカウンティング」も少々齧りました。 本気でラスベガスへ行こうかとも考えました。 ダスティン・ホフマンとトム・クルーズの映画です。この頃は、今でも思い出すだけでシビレます。土曜日・日曜日は、電車で名古屋へ・・・関数電卓と、オリジナルのオッズ予測表、プリントアウトしたオッズ表と、専門誌の「予想オッズ」これらを持って、場外馬券上の階段に陣取り、〆切直前まで計算して・・・窓口で、買う。対象レース分だけ買ったら、すぐに家路に着く。平日は、ほとんど1日中「Mac」と「週間競馬ブック」電卓と、マーカー、色エンピツ・・・基本的には、「分散しながらのコロガシ」です。独自の理論も、かなり精度が高くなり、平日は、「競輪」にも応用していました。平日に、5万円~10万円の元手で競輪場へ。これは、平均して1日5万円ぐらいのプラスでした。(結構、危ない橋の連続でしたが・・・)このお金と、前の週末の分を合わせて、それを分散させ・・・(買う金額も、独自のリスク分散表によって配分していました。)とにかく冷静に、冷静に・・初めて100万円を超える配当の時は、わざわざ平日に払い戻しに行きました。(この頃は、「税務署にばれないように・・」とバカな事考えてました。)3歩進んで2歩下がる・・・そんな調子で、ゆっくりと、しかし着実に資金は増えて行きました。ついに、元金12万円(嫁のヘソクリを発掘した)が、な・な・なんと 560万円にまで膨らみました。そして、その日はやってきました。名古屋の場外馬券売り場です。 冷静にシミュレーションを重ね、 冷静に敗因を分析し、 冷静に買い続け、 冷静に計算結果を点検し、 冷静に税務署員を警戒し、 冷静に冷静に冷静に・・・・・・・・メインレースの前で、負けました。しかし、これは「想定内」なのです。「ハズレ」の場合は、翌日の平場のレースまで勝負なし。・・・ハズでした。魔が差したんでしょうねえ。目の前で、「G1」の馬が紹介されました。このレースは、「いける度88」と判定していました。 (「いける度90」以上しか買わない!と冷静に決めていたのです。)しかし、雨が降ってきて馬場状態が急変したのです。急遽、その場で「いける度」を再計算・・・92ぐらいまで上がったのです。「買いじゃあ!」・・・・・・・・・・・・・・・石橋を叩き、居もしない税務署員にまで気を付け、帰り道は、「ゴルゴ13」のように注意深く、家では、慎重なシミュレーションを行う。・・・・・・・・・・・・・・・そんな過酷な数ヶ月も、わずか一瞬の、「買いじゃあ!」で、すべてが吹っ飛んだのです。メインレースの負けを最終レースで・・・JRAの「有り金回収方程式」に見事にはまったのです。最終レースは、「いける度68」だったのですから・・・その日は、どうやって帰ってのか覚えていません。それ以来、「ギャンブル」からは足を洗いました。少なくとも、冷静に事を進めているうちは自分の中では「ビジネス」だったのですが・・・「シミュレーション」の上では、100万円の札束も無くただの数字ですが、実際に、「札束」ってヤツを手にすると、とかく「貧乏」と「冷静な判断力」は両立しないようで・・・
2007年06月24日
雨の日・・・という事で、愛用しているのが、このサンダルです。ショッピングセンターや、ホームセンターでよく見かけるので、この“サンダル”も 「498円」か高くても「980円」だと思ってました。特に、雨の日に本領発揮するようで、「滑らない」 のです。 ※※※「いつでも受験生」の私にとって、“滑らない” という事ほどありがたい事はない!こりゃええわ。・・・と、もうひとつ同じの(私は同じだと思ってた)を買ってきたら、・・・全然違う。「当たり外れがあるんやなあ・・」と嫁に言うたら、「あんた、パチもん買ってくるからや。」と言われました。「パチもん」も「ほんもん」も・・・???このサンダルは、それなりの「ほんもん」らしいです。くろっくす・・・て言うんですね。498円のと、何が、どう違うの???周りからは、「13日の金曜日?」「ジェイソン?」と言われるんですが・・・
2007年06月22日
雨の日が、好きです。と言っても、今のような生活環境の時に限って・・・ですが。20代で、多額の借金を作って ※5月22日「巨人の星」は、最終回・・・ 6月1日「背水の陣」 この辺を参照下さい。その返済だけに東奔西走していた頃・・・第1期:5~6年トラックでドサ周りしていました。 この頃は、「雨は敵!」でした。第2期:5年ぐらい自宅に篭ってPC相手に稼いでいました。 この頃は・・今と似た環境ですが、 「雨の日は嬉しい」と感じてました。何故、こういう環境で、「雨が嬉しい」かと言うと・・・良い天気の日は、実に気持ちが良くて、活動的な気分になります。ですが、気分とは裏腹に 「自分だけ」何にも進展せずに一日が終わってしまう。・・・そんな強迫観念を常に抱いていました。 何だか自分だけが悪くて、うまく行ってない・・・ような感じ。その点、雨の日は、何だか時間が止められてしまったようで、「自分以外」の人も、み~んな「一日が充実していない」・・・と、勝手に感じてしまうのです。ですから、「雨の日」は「自分」も「自分以外」もおんなじのような気がして・・・それで「雨の日は、嬉しい」と感じてたのです。・・・なんてネガティブなんだ?と思うかもしれませんが、少しでも「オチ目」を実感している時期ってのは案外そんなもんです。・・・例えが適切かどうか、わかりませんが、ヨットの操縦に似ていると思っています。 (と言っても、ヨットの操縦はしたことがありませんが・・・) 「順風」の時は、ひたすら帆を張っていれば、勝手に前に前に進みます。多少セーラーマンの腕が悪くて効率よく風を受けていなくても、とにかく前に進みます。 「逆風」の時は、どうでしょうか?ヨットは、逆風でも、うまくコントロールすれば“前方”へ進むらしいのです。もちろん、順風の時のようにはいきません。ひたすら、帆を操って、風向きを常に意識して・・・セーラーマンの腕次第で、前にも後ろにも進むのです。「順風」の時は、より効率よく風を受けて、目一杯前進する。 言い換えれば、「プラス要素を最大限に求める」「逆風」の時は、後退するのを最大限防ぎながら、少しでも前進する方法を模索する。 言い換えれば、「マイナス要素を最小限に抑える」・・・こんなイメージです。 (実際のセールとは違うんでしょうが・・)で、「雨の日」の心の持ち方として、「逆風」の頃の自分は、“ネガティブ”な中に、「嬉しい」という“前進する要素”を見出していたような気がします。商売も、バクチも、人生も「プラスの波の時は、トコトン前進 マイナスの波の時は、ぐっと我慢して被害を最小限にする。」これが極意だと思います。・・・とは言うものの、得てして「風向き」を読み違えて「逆風満帆」になってしまう時が、しばしば。 (尚かつ、しばらくそれに気が付かない。)変な話になってしまいましたが、とにかく「今日は、雨で気分が良い!」はずの自分です。
2007年06月22日
また勉強サボって書いてます。我が家には、猫様が、数匹います。“数匹”というのは、 家猫 (外に出ない)と、 外猫 がいるからです。外猫は、誰が誰やら、カウントできません。家猫も、去年1匹・・・今年1匹・・・天寿を全うしました。残り、家の中だけで、まだ6匹います。「外猫」に小屋を占拠されて、小屋の外で眠る「犬」 も一匹います。犬にご飯をやると、「外猫」達が一斉に取り巻いて食べ始めます。犬は、遠巻きに見ながら、少しずつ「外猫の輪」に入って一緒に食べています。冬も、犬は「外猫」たちの“暖房器具”として一緒に寝ています。外猫→ ←外猫 ↑ 犬太郎・・・こんな感じです。家猫のうちの一匹は、 「キャラウェイ」 といいます。この名前は、高級お香の「伽羅(きゃら)」 (むか~し、爺様の法事の時に一度だけ本物の匂いを嗅ぎました。 それ以来、「いつか金持ちになって“伽羅”を焚く!」という 野望を抱いています。)と、大島弓子さんの 「綿の国星」に登場する マンション家出猫「キャラウェイ」とを、かけて命名しました。 須和野チビ猫 も良いキャラクターですが、「キャラウェイ」の響きには勝てません。(「ラフィエル」も迷いましたが・・・)「キャラウェイ」は、香辛料としても、好きなアイテムです。(香辛料も、「何これ?」というのまで、数種類完備しています。)大島弓子さんの、マンガも「猫モノ」はほとんど蔵書にあります。
2007年06月21日
この数日、「阪神タイガース」にうかれてました。そうこうするうちにも、着実に日々は過ぎて行くわけです。40代後半の人間が、何か“コト”を起こすには、あまりにも時間が限られていて、貴重だ!と言うのに・・・「阪神タイガース」は、「我が心の糧」として、置いといて・・・改めて、今自分が何をすべきか を整理しました。(だから!整理して反省してるヒマ有るんなら、勉強せ~よ!) まずは、2回も“不合格”になっちまった「医療事務管理士」 こいつを、クリアする。 「Debian GNU/LINUX Sarge」 こいつを、少しマスターせんとアカン 年内の資格試験受験を絞る 「建築物環境衛生管理技術者(ビル管理)」 「福祉住環境コーディネーター」 この2つだけは、絶対に 取る!!! 忘れちゃならんのは、 通信大学 をキチッと4年で卒業するための 「作戦」 を策定する!よ~~し・・・なかなか大変だとは、思うが、頑張らねば・・・仕事はァ?おまえ、単なる学生ちゃうんやから、まず、仕事せんと、アカンやろ!?・・・そうなんです。 「失業者」なんだから・・・今は、嫁さんに食わしてもらってるんだから・・・それも、いつまでも続かんぜ。・・・俺って、何て楽観的で、何て怠け者なんだろうねえ・・・「作戦会議」 ・・・頭の中で、二つの派閥が出来て、 常に、「一人問答派閥争い」状態です。 こんな事ばかりして、貴重な日々が過ぎて行く・・・ わかっちゃいるけど・・・なんでだろう?ええ加減に甘えてちゃアカンねえ。仕事と勉強なんとか、頑張るように、これから、「作戦会議」をします。昨日コンビニで、 「リングにかけろ」買っちゃいました。上京から、チャンピオンカーニバル・・までの話です。梶原一騎までは、 「トリプルクロスカウンター」 ・・明日のジョー 「タイガーバックブリーカー」 ・・タイガーマスク 「ロケットシュート」「サブマリンシュート」 ・・赤き血のイレブン 「ハイジャンプ魔球」 ・・侍ジャイアンツ 「地獄車」「フェニックス」 ・・柔道一直線 「大リーグボール」 ・・巨人の星これぐらいで、済んでたのが アストロ球団に至っては、 「ジャコビニ流星打法」「三段ドロップ」「スカイラブ投法」 「七色の変化球」「ファントム大魔球」・・・宇野球一だけでこんだけ。 他にも各人が超人だから・・・ 以下 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E7%90%83%E5%9B%A3 ここを参照して下さい。・・・・で、「リンかけ」ですが、 「ギャラクティカ・マグナム」 「ウィニング・ザ・レインボー」 「ジェット・アッパー」 「ハリケーン・ボルト」 「スペシャル・ローリング・サンダーーーーーー」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%81%AB%E3%81%8B%E3%81%91%E3%82%8D ここで、とくとご覧あれ。勿論、これだけじゃないのですが、この他にも、「ギリシャ十二神」や「阿修羅一族」まで出てくると、も~~う、大変!!!若い頃は、「マンガ」と言えど、学ぶ事や、気持ちを鼓舞される事が多く、「よっしゃ~~!!!」・・・で、次の行動を起こせたものです。と・こ・ろ・が、今は「よっしゃ~あぁぁ・・・」の時点で体力気力を使ってしまう感じです。とにかくこうなっては、奥の手しかありません。小林まこと「柔道部物語」の五十嵐監督・・・6月15日「マドンナ到着」参照この人の指導に従って、まずは、己に言い聞かす!!! 「俺って、ジーニアスだぜえぇ~~!!!」 ↓↓↓「アストロ球団」宇野球一
2007年06月21日
久しぶりに、お弁当持参で出かけています。愛用の「阪神タイガース水筒」と「おじゃる丸タイマー」です。タイガース水筒は、当然「日本国民の必需品」です。コンビニへお茶を買いに行ったら、「あいだみつをランチグッズ <お箸+箸入れ>」 「うつくしいものを 美しいと思える あなたのこころが うつくしい」がオマケに付いているお茶があったので、買っちゃいました。 あいだみつを さんは、昨年まで勤務していた時の事務所の机の前に、「日めくり」が有ったので自然に毎日目にしていました。毎日毎日見ていると、腹が立つ時も、苦しい時も、な~~んとなく、「人間だもの・・」って感じで落ち着くことができました。お気に入りは、 「土の中の水道管 高いビルの下の下水 大事なものは表に出ない」おじゃる丸タイマーは、カップラーメンなどを作る時に活躍します。・・・「おじゃる丸」は、NHKでテレビアニメ化されて、有名になりました。この人も、「売れて良かった良かった」と思ってた一人です。 ※6月15日「ボイスレコーダーとサングラスとクレヨンしんちゃん」参照ですけど・・・昨年自殺してしまったんですねえ。 「なんでもツルカメ」や 「かんたんに幸せになりたい」 「んまんま」など、愛読してました。 ご冥福をお祈りします。余談ですが、蔵書棚の「犬丸りん」の隣には 「坂田靖子」がずらりと並んでいます。最初に購入したのは、高校生の頃です。(30年ぐらい前?) 「闇夜の本」でした。当時、井上陽水の、「闇夜の国から」という歌を好んで口ずさんでいまして、その影響だと思うのですが、本屋で見つけた時、迷わず買いました。それから、せっせと、あちこち出かけては、坂田靖子の本を買い漁っていました。・・・なんせ、ネット販売もない頃ですから、どんな本を出しているか を調べるだけでも結構大変でした。お気に入りは、 「バジル氏の優雅な生活」 「マーガレットとご主人の底抜け珍道中」 「珍見異聞」シリーズ 「アジア変幻紀」シリーズ
2007年06月20日
↑ ↑ ↑昨日書いた、「中日ドラゴンズマフラータオル」です。こんなのを毎年くれるんだから・・・「中日新聞」って、ドラゴンズファンにはたまらないですねえ。大金持ちになったら、「阪神新聞」 を作るのが、子供の頃の夢でした。「阪神新聞社」を作って、 ノートパソコンも・・・ 携帯電話も・・・ 勿論、タオルも・・・ マイカーも・・・ 鞄も・・・ ライターも・・・ 家も・・・ ・・・ぜ~~んぶ 「虎模様」毎年、「タイガースタオル」を配布・・・夢のような毎日嗚呼、頑張ってお金持ちになるぞ!!!
2007年06月20日

メールマガジンの中に、こんなサイトの紹介が有りました。「福祉・医療」を目指す私にとって興味深いものです。クリックされた企業から慈善団体に1円が寄付がされます。 寄付の対象は恵まれない子供達や、地球の緑です。是非、ご協力を!
2007年06月19日
昨夜帰宅したら、玄関に 「ドラゴンズ応援マフラータオル」ってのが、置いてあった。 「何じゃ~~ こりゃぁ~!」 ←松田優作 風によく見ると、「中日新聞」様からの挑戦状・・・ではなく、お中元でした。・・・そう言えば、「ドラゴンズ・ストラップ」とか「ドラゴンズタオル」とか毎年何か頂いている。「こんなもん受け取るな!付き返せ!塩撒いとけ~!」と、一応 嫁に怒鳴りはするのですが、何かとタオルが必要な時期・・・ついつい使ってしまうのです。「あ~~、こんな事で俺は洗脳されないぞ。」と一人で勝手に苦悩しています。この前も、「読売新聞」様 が勧誘に来て、「今なら、ジャビットのストラップ付けます。」とか「選手の写真集付けます。」とか言ってくるのです。以前も、一度だけ不覚にも「読売新聞」を数ヶ月契約してしまい、よりによって「ドラゴンズ vs ジャイアンツ」戦のチケットをくれたのです。「くっそ~~。タイガースのハッピ来て名古屋ドームに殴りこんだる!」・・・結局、嫁に諭されて、そのチケットは、知人に譲りました。思えば、野球観戦も、何故か地元では、「中日vsヤクルト」とか「中日vs広島」とか「中日vs読売」ばかりです。意を決して、甲子園球場に行ったことが5回あります。5回とも、負けゲームでした。しかも、そのうち4回は、「逆転負け」なのです。テレビを見ていても、(統計は取っていませんが・・)「8-0」から逆転されたり、「ノーヒット・ノーラン」やられたり、どんな形にせよ、「観戦」するとダメなのです。この数年は、スポーツニュースや、新聞、インターネットで結果を見るだけにしています。日曜日にビール飲みながら「テレビ観戦」なんていう恐ろしい事は、絶対にできません。「俺が、我慢すれば、阪神は勝つんだ。」と言い聞かせています。昭和60年の時も、そうでした。バース、掛布、岡田の三連発も、真弓のホームランも、佐野のホームランも、山本和行のリリーフも、池田も、ゲイルも、中田も、中西も、福間も、“動いている”映像は、全て「スポーツニュース」ばかり。優勝の瞬間も知らず、テレビで道頓堀の騒ぎを見て初めて「よっしゃ、よっしゃ」と拳を握ったのを覚えています。ですから、ここ数年、選手の顔とか背番号とかがよくわかりません。阪神の為に、日常生活まで律している自分なのに、たまに阪神ファンと話をしても、「阪神の事、全然知らないんですねぇ」・・・などと言われたりするのです。
2007年06月19日
先日の法要の時に、大阪から叔父一家が来ていました。この叔父は、毎回「阪神タイガース仕様のカメラ」を持ってくる。「ええやろ」と必ず見せびらかすのです。今のうちに宣言しておきますが、私は、小学校5年生以来・・・37年間ず~~~っと「阪神ファン」 です。地元、「中日ファン」全国区「巨人ファン」 (私は、“読売”と読んでいます。阪神タイガース、中日ドラゴンズ、 横浜ベイスターズ、東京ヤクルトスワローズ、広島東洋カープ そして、「読売ジャイアンツ」なのです。 決して「巨人ジャイアンツ」でもなければ、「読売巨人」でもないのです。 勿論、「読売巨人軍」とか、昔の「東京巨人軍」という言い方はありますが、 それを認めるのなら、「猛虎軍」とか「昇竜軍」も有り?)この2大勢力に囲まれながらも、一途に「阪神ファン」を貫いてきました。田舎に住んでいましたので、「洋品店」に行っても、「ドラゴンズ帽子40%、ジャイアンツ帽子60%」しか売っていないのです。まるで2球団しかないかのように・・・物心ついた昭和40年から48年は、苦難の時代でした。まるで、「プロ野球」っていうのは、恰も「読売」のためにある・・・かのような時代でした。特に、昭和48年は・・・最後の試合、高橋一三投手が、カークランドを三振に取って結局「9-0」で完敗・・・最後の最後に逆転優勝をかっさらわれたのです。今でも、この時のラジオ中継が耳にこびり付いています。・・・これ以上は、辛くて語れません。江夏がいて、田淵がいて、カークランド、そしてラインバック、ブリーデン、藤田平、遠井、江本、島野、古沢江川事件でトレードされてきた小林、西武からの、竹之内、真弓、若菜監督も、後藤、ブレイザー、中西、金田、安藤なんといっても、プレイイングマネージャーを勤めた村山監督は、かっこよかった。タイムをかけて、主審に歩み寄り・・・「ピッチャー交代。・・・ピッチャー “わし”」やられ続けて結局、読売はなんと、「V9」それ以降の、わが「阪神」は低迷の一途でした。「読売」が「V9」の頃は、まだ“ライバル視”されていて、「阪神ファン」というと、多少は身構えてくれました。低迷時は、「阪神ファン」というと、むしろ歓迎されていました。『おかげで、沢山貯金ができる。』とでも、思われていたのでしょう。そして、苦節21年・・・1985年 ついに「優勝」したのです。あの時の喜びは、格別でした。「もう、21世紀まで優勝はできないんじゃないか?」「PL学園の二軍より弱い」とまで言われて悔しい思いをしながら耐えてきな日々が報われた。そんな嬉しい瞬間を、車のラジオで聞いて、じっくりと噛み締めていました。当時大阪では、すごい騒ぎでした。「本当の阪神ファンは、ひっそりと喜びに浸るはず。」との信念で、反芻するように翌年春まで喜んでいました。21世紀に入ってからすでに2回も優勝しました。もう喜びのペースが速すぎるぐらいです。 若い阪神ファンよ! もっともっと味わって噛み締めて欲しい。本物の「阪神ファン」は、 「人の痛み、苦しみがわかる」 「じっと耐え忍ぶことができる」 「決して諦めずに、未来を信ずる」 ・・・ことができるのです。冒頭で、「今のうちに宣言・・」と書きましたが、ひょっとして、この後大逆転で 阪神が優勝してしまったりして、その時に「俺も阪神ファンです。」みたいな事になりたくないので、今だからこそ「宣言」した次第です。以前、テレビで笑福亭鶴瓶さん(だったと思う)が、「“阪神”ファン て言うのはニセモンや “タイガース”ファン って言わんかいな。」という事を仰っていました。確かにそうかもしれませんが、おそらくこれは、関西の人だからだと思うのです。実際に大阪などに行ってみるとよく解りますが、 「阪神百貨店」をはじめ 「阪神電鉄」 「阪神銀行」 「阪神不動産」とか 「喫茶 阪神」とかとにかく「阪神・・・」というのが多いんです。その街にいて「阪神ファン」と言うよりは「タイガースファン」と言った方が適格でしょう。ですが、私のような地方の者にとっては、「阪神」というのは、唯一「阪神タイガース」の事なのです。ですから、今でも胸を張って「阪神ファン」と言わせていただきます。
2007年06月18日
↑↑↑ 「宮内庁式部職」であられる「鵜匠」による鵜飼昨日と今日にかけて、母方の婆様の「17回忌法要」 に行って来ました。関東や関西から、母方の一族が終結するわけです。幸い、私の地元の寺での法要ですので、交通費などは、かからずに済みました。大半が、老人ですので、「次は、全員揃うかどうか、わからない」と各々が、毎回 「これが最後!」ぐらいの意気込みなので、変に気合が入っています。今回も、地元の 観光ホテル に宿泊して、「鵜飼見物」 まで企画していました。地元に長い事住んでいますが、この 「鵜飼見物」 は、初めての経験です。※※※どこでもそうだと思いますが、地元の「銘菓」とか「観光名物」って意外に、興味がないんじゃないですかね?※※※そもそも、岐阜県民(特に美濃地方の人)は、 「鮎(あゆ)」 「柿(かき)」 は、「タダ=無料」と思ってますから、あんまり有難みがないように思います。「鵜飼」 は、現在全国13箇所で行われているそうです。この内、岐阜県長良川の岐阜市と関市の2箇所は、 「御料鵜飼(ごりょううかい)」 に指定されていて、ここの鵜匠達(岐阜6人、関3人)は、 宮内庁式部職 という扱いだそうです。・・・なんだかスゲエんだ。で、この「御料鵜飼」で捕れた鮎を、 「皇居」 や 「明治神宮」 「伊勢神宮」 へ奉納するらしい。・・・・・・「岐阜県」ってそれほど有名人もいないし、「国体」は、だいたい47都道府県中、20位~25位ぐらいだし、人口は、17位(210万人程)らしい。(面積は、7位なのに・・・)「人口重心」ってのが、岐阜県に有るんですが、これも、拘ってるのは、多分「岐阜県民」だけだろうし、「首都機能移転」の話も、未だに県内では、燻っているし、いずれにしても、な~んか地味なイメージ・・・と言うか存在を知らない人も結構全国にはいるみたいです。 ※冗談ではなく、 「京都の辺でしょ?」とか、 「琵琶湖のあるとこ」とか・・・これぐらいは、まだマシで 「名古屋の中(???)でしょ?」みたいな人もいる。そういう人たちには、 「高橋尚子の出身地」とか、 (これも、そろそろ通用しなくなってる。) 「スーパーカミオカンデが有る」とか、 「信長、秀吉、家康 のとこ」 (愛知県の方には、異存が有るでしょうが、 愛知県は他に色々有名な事があるから、譲って下さい。) 「野口五郎、岡田奈々、あいざき信也・・・の出身地」とか、 「野麦峠」とか 「関が原の合戦があったとこ」とか・・・どれもこれも、「ふ~~~んん、そうなの?」程度の反応しかありません。最近は、結局 「県庁ぐるみで裏金を作ってたとこ」・・・が一番大きな反応をいただけるようです。がんばろうぜ!!!岐阜県民!!!
2007年06月17日
すんごい夕焼けが撮れたので、アップします。いつもここに載っける画像は携帯電話で撮影するのですが、以前購入したデジカメが出てきたので、喜んでいたのですが・・・このデジカメ、なんと 「130万画素」当時は、「清水の舞台から飛び降りる」つもりで購入したのに、今や、携帯電話のカメラよりも劣るとは・・・と言う事で、夕焼けも携帯画像です。夕焼け・・・と言えば梶原一騎、荘司としお の 「夕やけ番長」 (夕焼け ではない)を思い出しました。復刻版が、押入れにあるはずなので、探して読破しようと思います。 (ま~ったく、そんな事ば~っか・・・少しは勉強せ~よ!!!)テレビでも、半年ほど放映していたようです。断片的にしか覚えていません。しかし、主題歌と主人公「赤城忠治」の声は、なんとあの 「加藤みどり」・・・言わずと知れた「サザエさん」の声。です。・・・豆知識 豆知識。
2007年06月15日
車の荷物整理をしていたら、 ボイスレコーダー サングラス 「クレヨンしんちゃん」の子(ねずみ)年バージョン根付が出てきた。ボイスレコーダーは、運転中によく使っていました。適度な集中と、リラックス状態が、ほどよく混ざり合う時・・・それが、車の運転の時です。仕事上の 「Good Idea」 や、気に入らんヤツへの、絶妙な 「イヤミ」 など・・・結構、閃いたりするのです。その時に、すかさず、メモを取れれば良いのですが、運転中なので、それもままなりません。かと言って、どこか適当な所へ停車して・・・などと時間をかけると、「絶妙な言い回し」などは、すぐに忘れてしまいます。そこで、数年前に購入したのが、この「ボイスレコーダー」です。今では、もっと小型軽量大容量高性能多機能・・・なのですが、この「いかにも、ぼいすれこ~だ~」って感じが気に入っています。新車(???)も来た事だし、またこの「ぼいすれこ~だ~」で「Good Idea」 を量産しようと思っています。 一昔前(ふた昔?)に流行った「ツイン・ピークス」の デイル・クーパー(FBI特別捜査官)が、 テレコ(カセットテープレコーダー)に向かって 「ダイアン・・何たらかんたら・・・」 というのをイメージしながら使っています。サングラスは、当時 朝は、真東に向かって 夕は、真西に向かって、通勤していましたので、メガネの上に装着するゴーグルのようなのを購入しました。これでも、結構探し回って、ようやく見つけたものです。 (勿論、予算を気にしなければすぐに見つかるのでしょうが・・・)「クレヨンしんちゃん」の根付は、コンビニで見つけて、ついつい買ってしまいました。 (ペットボトルのお茶か何かのオマケだったと思います。)作者の、臼井儀人の作品は、初期の「だらくやストア物語」から単行本を購入し、以来売れない時代(失礼)の作品を愛読していました。 「ひらきなおっちゃうぞ」 「みっくす・こねくしょん」 「(株)くるぶし産業24時」 「おーえるグミ」 「しわよせ派遣会社(株)」 「スーパー主婦月美さん」 「すくらんぶるえっぐ」 などなど。たまに発見する、これらのコミックスを買いながら心から、「この人、いつか売れればいいのになぁ・・・無理だろうけど・・・」と思っていました。・・・ところが、「クレヨンしんちゃん」で、大ブレイク!!!これは、ビックリしました。中国では、パクリ商標が、勝手に登録されて、本家の「双葉社」の商標が「コピー」とされるなど、理不尽な目に遭っていますが、まあ、これだけ売れれば・・いいか。と勝手に納得しています。 「売れて良かった良かった」PS もう一人「売れて良かった」漫画家 中崎タツヤ も「良かった良かった」
2007年06月15日
6月8日に、住民票を持って行って、・・・今日、「せるぼ」が到着しました。昨年の事故以来、2台の車を人から借りて乗り継いできました。久しぶりに、「マイカー」が来たのです。歴代の私の車は、すべて「1Car(=約$1,000)」 ・・・「1Car=$1,000」については、6月7日の日記参照で、購入し車検が切れる毎に乗り換えてきました。 TOYOTAの「MR2」 (古い型で、角ばったヤツ・・・一番のお気に入りでした。) ローバーの「ミニクーパー」 日産の「キャラバン」 三菱の「ランサー」 TOYOTA 「カローラ」 「カリーナ マイロード」(灰皿が大きくて重宝しました。) 「コルサ」 SUZUKIの「LEPO」 「ALTO」などなど・・・それぞれに一長一短ありましたが、 (全部中古ですので、本来の性能としての採点はできませんが)満足して乗っていました。(値段が値段ですので、不満を言うべくもない。) これらの車すべてに、 「マドンナ」と命名しています。※※※これは、コアなファンは、ピン! ときたかもしれませんが、小林まこと作 「柔道部物語」の中の 「五十嵐監督」の愛車の名前から拝借したものです。 (彼の愛車は、ダイハツ・ミラですが・・・)この監督は、練習が嫌いで、それでも天才的な柔道家・・・という設定です。教える時にも、「練習を重ねて、自信をつけるよりも・・・ “俺って、ストロングだぜ~!!!” と自分に言い聞かせて、思い込む!」そういう発想で、選手を育てて(?)います。当時(30歳ぐらいの頃に初めて読みました)彼に触発された事も少なからずありました。 ↓↓「その気」になって強くなってしまう部員達 ↓↓気合だけ十分の五十嵐監督
2007年06月15日
6月5日に、「立原道造」と「中原中也」の事を書きましたが、今年は、中原中也の生誕100年だそうです。生きていたら、100歳・・・明治40年(1907年)の生まれです。同じ年に、あのノーベル物理学賞の 湯川秀樹博士水戸黄門さま役の 東野英治郎かの 淡谷のり子西部劇のヒーロー ジョン・ウェイン第66代内閣総理大臣 三木武夫(すべて敬称略)などの面々がいます。テレビで見たことがある人がほとんど・・・という中で中原中也は、まさしく「夭折」だったんですねえ。湯川秀樹と、中原中也が「同い年」と知って、ちょっとビックリしたので、書いてみました。 ↓↓↓ 写真は、ノーベル賞受賞の頃(1949年)
2007年06月14日
雨のせいか、どうにも気が入らない。得てして、ダメ人間は 雨が降ったら降ったで、 晴れたら晴れたで、 腹が減ったら減ったで、 食いすぎたら食いすぎたで、 やれクリスマスだの やれ誕生日だの 金がない 眠て~と、「出来ない理由」なら100でも1000でも即座に思い付く。そんな事を思い付く内に、ひとつでも、 「どうしたら出来るか?」を考えればいいんだが・・・なかなかそうは行かない。と、言ってる自分が一番わかっているんだけど・・・と、自己分析はいつでもできるので、この辺にして・・・そもそも、20代の頃に自分で仕事を始める時に 「ハインリッヒ・シュリーマン」と 「伊能忠敬(いのうただたか)」この二人の存在が頭に有りました。「将来、好きな事を存分にする為に、若いうちにたんまりと稼ぐ。」大雑把に言ってしまうと、こういうコンセプトです。シュリーマンは、“架空”とされていた、「トロイアの遺跡」を実際に発掘して、世界を驚かせたドイツ人です。夢を追いかけて、事業に没頭し、資金が出来たらさっさと事業をたたんで、夢に向かった・・・という定説でしたが、「教養ある妻に対しコンプレックスがあったことから、 トロイア遺跡発掘が子供のころからの夢であったと語ってしまい、 発掘に挑む羽目になってしまった。」というのが現在の通説のようです。実際のところは、どうであれ 当時は、「架空の話」とされていた遺跡を発掘しよう!というのですから相当なエネルギーを要した事でしょう。その夢の現実のために、若い頃はひたすら働いた・・・という事です。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3 ↑↑↑毎度お馴染み「Wikipedia」参照一方、「伊能忠敬」も18歳で、伊能家に養子に入ってから、酒、醤油の醸造など類稀な商才を発揮して、伊能家を再興させました。50歳になってから、家督を長男に譲り、51歳から測量を学んだ・・というのですから、天晴れです。当時の50歳と言えば、もう余命など勘定できない年齢です。56歳で、第1回の測量を開始して以来74歳で死ぬまで10回にわたる測量の旅を敢行しています。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%83%BD%E5%BF%A0%E6%95%AC ↑↑↑ 伊能忠敬のページです。(Wikipedia) 二人とも、すばらしい人生だと思います。・・・で、私もこの二人を見習うべく、若いうちに起業して、たんまり稼いで・・・と画策したのですが、・・・どこでどう狂ったのか?彼らとは違う方向へ進んでしまいました。彼らは、思惑どうりに 「資金を稼いで」 夢に向かいました。今となっては、彼らと同じルートには戻れないので、私は、「莫大な借金を」 「わざわざ作って」というルートで、夢に向かってみよう・・・と思っています。相変わらず、勉強せずにこんな事ばかり考えています。・・・あの頃、シュリーマンの事も、伊能忠敬の存在も知らなかったら・・・人生変わってたんだろうか?
2007年06月14日
5月26日に受験した「医科医療事務技能認定試験(医療事務管理士)」の結果通知書が届きました。「不合格」 ・・・でした。簿記検定などと同様に、暗記するのではなく、「ぷらくてぃす めいくす ぱーふぇくと」の言葉どおり、慣れる事が肝要な試験です。「舐めたら、アカン!」・・・7月に再々受験します。・・・また、ひとつ「受験票」のコレクションが増えてしもうた。受験票が何枚増えようが、最後に1枚「合格証」が有ればそれで良し!と考えていますが、最近受験票ばかりがどんどん増えているような気がします。・・・先日受験した「漢字検定:準1級」も、自己採点するまでもなし!過去に、「受験票」だけ持っていて(受験した・しなかった 問わず)「合格証」のないのを整理してみました。 「」マークは、「受験票」の枚数。「漢字検定:準1級」「建築物環境衛生管理技術者(ビル管理)」「宅地建物取引主任者」「社会保険労務士」「ビジネス実務法務検定:2級」「医療事務管理士」「行政書士」これらを、在学4年間で、何とかクリアしたい・・・と思っています。どんどん自分を追い詰めてしまう・・・この性格、何とかならんのか?
2007年06月14日
本日、建築物環境衛生管理技術者(ビル管理)の受験願書を郵送してきました。この試験は、最初に5年前に受けて以来、今回で4回目の受験です。もともとは、 「受験資格が有るから、受けなきゃソンソン・・」こんな感じで、受験したのですが、当然これで合格するほど甘くはありません。建築基準法から、ハエ・蚊・ゴキブリの生態まで・・・やたらと学習範囲が広い!それから、午前3時間、午後3時間という試験時間の長さ!!!ヘビースモーカーは、これだけでもう不合格は必至。あれから、5年・・・なんとか、午前2時間半、午後2時間15分・・・ぐらいは、耐えることができるようになりました。負けっぱなしで、「GIVE UP」は出来ません。なんとか今年で決着を付けないと、どんどん負担が増えてしまいます。 ※精神的にも・・・経済的にも・・・※なんせ、受験料が、「13,900円」もするんです。嫁からは、「“資格コレクター”かと思ってたのに、“受験票コレクター”だったの?」と言われ、「13、900円の“受験票”って、ビックリマンのプレミアカード並みねえ。」とまで言われっちまった。 今年は、絶対合格するぜ!!!
2007年06月13日
先日届いた教科書と、「学習の手引」なるものを参考に、今後1年間の「学習計画」を立てる。教科書が届いたばかり、とは言え 「4月入学生」の扱いなので、実質 10ヶ月弱 しかないわけです。早速「学習の手引」と「学習のしおり」を開けてみましたが・・・これを、読んで理解するだけで一仕事です。 (※携帯電話の説明書などもそうですが、 内容が多すぎて、どこから読めばいいのか さ~~っぱりわからん 頼むから、「説明書」の「説明書」を作って欲しい。)「さ~~っぱり、わからん!!!」と泣き言を言うてても、始まらないので、とりあえず最初に出てくる必修科目 「キリスト教概論」のとこを、読んでみる。テキスト・・・これは、購入した教科書だから、手元に有る・・・参考文献???「(1)については、是非読んでもらいたいものである。」 「(2)~(4)については、あくまで参考程度なので、時間に余裕が あれば活用してもらいたい。」 え?え?教科書以外に、4冊も参考文献が有る?他の科目もパラパラと見てみると、「課題作成時をはじめ、必要に応じ図書館等で参照して下さい。」などと書いてある・・・ そんなに、しょっちゅう図書館にいけるぐらいなら、 「通信制」なんか選択しないんじゃあ、ないのかなあ? 他の学生は、どうしてるんだろ? 第一、図書館へ行ったとして、同じ時期に同じ本を目的に 行くんだろうから・・絶対バッティングする、と思うんだが・・・かと言って、参考文献全部買ってたら、いくらかかるかわからないし、 ・・・計画を立てる前段階で、既に暗礁に乗り上げた感じ・・・きっと、若い衆は(この言い方が、既に敗者の言、か?)手引も、すんなり読み進めて、既に計画もバッチリ・・・なのか?こうして、一人で勝手にラビリンスに迷い込んで、脱落していくんだろうなあ・・脱落は許されないので、少しずつ「手引」を読み進んで、まずは、「計画」を策定!(俺って、計画立てるのが大好きだったはず・・・)
2007年06月13日
土曜日の晩から、体調を崩して、丸々3日間寝込んでいました。3日間・・・といえど、1年の1%ちかく寝こんでしまったわけです。40代後半から、野望を抱く者にとって、1年1年が貴重ですし、更には、1月1月・・1日1日が、現役学生に比べて貴重さが違うわけです。・・・その割には、貴重な日々を、結構無為に過ごしたりしてるわけですが・・・学生証が届き、教科書も揃ったので、事有る毎に、「えっへん。学生様だ。控えおろ~。」と紋所(学生証)をひけらかしていたら、「俺も・・学生」 「実は、・・俺も」と・・身近に二人も、40代の学生がいた。二人とも、二年前から、通信制大学の学生らしい・・・学校こそ違えど、「先輩」の話は貴重なので、いろいろと実態を聞いてみました。結論・・「あんたは、甘い!」 と言われました。普通に、単位を修得していくだけでも、大変なのに、「2ヶ月遅れで、しかも、W受験を目指す ・・・無茶やで、あんた。」と、懇々と諭されました。学習計画をじっくりと検討してみると・・・確かに大変そうですが、まだ何もしていない今の段階から「大変だ!」と刷り込んでしまうのも、どうだろ?って事で、実際に大変になって、右往左往するまでは、「大丈夫!」という事にしておきます。実際に大変になっても、なるべくそれに気づかないようにしながら何とか前に進んで行こう・・・と、わけのわからん事を考えています。
2007年06月12日
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バケツをひっくり返したような雨が、ようやくあがりました。さきほど、数年来恋焦がれていた お酒 が送られてきました。愛媛県にある、「亀岡酒造」という酒蔵のお酒です。 酒名 「銀河鉄道」私は、この蔵の大ファンなのですが、今回いただいたこのお酒は、始めて飲みました。・・・さきほど試飲しました。「う~~ん。旨い。」この「銀河鉄道」は、以前から飲んでみたかったので、嬉しさ100倍です。何故なら、このお酒 1800ml(1升瓶)で、21,000円 なのです。 720ml(4合瓶)で、10,500円ですから、ず~~っと、「どないしよう、欲しい・・・」と迷っていたのです。この蔵の他の酒は、いろいろ飲みましたが、どれも 「旨い」今年は、「お母さんのかくしさけ」を飲みましたが、これも 「絶品」この蔵は、時折少量品を作るようで、「あ、これは旨い!」と思うと、既に、完売・・・という事が良く有ります。定番商品は、大丈夫でしょうが、そうでない酒は、「とりあえず買う」事にしています。 (勿論、懐具合にもよりますが・・・)「銀河鉄道」を味わえたので、いよいよ気になるのが 「銀河の紙ふうせん」 この酒は、なんと! 500ml 31,500円 なのです。そして、 「賢治酵母 宮沢賢治」当面この2本を、虎視眈々と狙っている。この蔵の酒を始めて飲んだときは、「酒は、辛口!」 などと言っていたのが、見事に覆されました。始めて飲んだのは、たしか 「鼻白き猫の話」 (れっきとした、酒の名前です。)だったと思います。 (それ以来、この蔵の酒は総称して 「猫正宗(ねこまさむね)」 と読んでいます。)その時に、「甘い」とか「辛い」・・・じゃなくて、「旨い」と感じました。この時からは、「旨い酒」を常に求めています。あとは、地元の「山田商店」「小町酒造」のお酒もお気に入りです。また機会があれば、ご紹介します。※※※「旨い」は、あくまでも私個人の主観によるものです。※※※
2007年06月09日
昨日、教科書一式が届きました。一番上の左から・・・ 精神保険マニュアル 社会福祉原論 心理学 キング牧師における信仰のかたち 精神医学 児童福祉論 高齢者福祉学 English for Social Welfare 憲法 心理学マニュアル 研究法レッスンです。全部で、25,305円もしました。これから、具体的に「学習計画」をたてて勉強をすすめていかねばなりません。「4月入学生」ではありますが、募集時期が4期に分かれています。私は、第3期の募集で入学したので、2ヶ月ほどスタートが遅れています。ですから、12か月分を10ヶ月で学習しなければ追いつきません。その上、「社会福祉士」と「精神保健福祉士」のダブル受験を目指していますので、習得すべき単位数も、1.5倍ぐらい有ります。1.5×(12/10)=1.8人の1.8倍ぐらいのペースでこなさないと、あきません。年齢的なハンディキャップを考えると・・・2倍以上の気合で4年間過ごさなければなりません。気力も、体力も増強せねば・・・!!!と、昨日 久しぶりに「ビリーズブートキャンプ」で、ビリーの指導を受けました。ビリーは、相変わらずハイ・テンションです。昨日のメニューは、 「腹筋プログラム」かなり、腹筋が痛い・・・相当効いてるハズだ。
2007年06月09日
昨日、連絡があった中古車屋さんに、住民票を持っていった。来週から、マイカーになるセルボが居たので、写真を撮って来た。車検がまるまる2年付いた車は、初めてじゃないだろうか?常に、車検が切れる毎に、安い車を調達して乗り継いできたので・・・プロフィールの欄に画像を載せてみました。これは、「大塩平八郎」です。「大塩平八郎の乱」で、教科書にも載っている人です。誕生日が「1月22日」・・・という事で、勝手に載せました。(私と同じ誕生日なんです。)他にも、 星野仙一 中田英寿 鳳蘭 (元、宝塚の花形) 田山花袋 (文豪) 椋鳩十 (作家) 中西学 (プロレス) 岡部まり (「探偵ナイトスクープ」のお姉さん) ダイアン・レイン リンダ・ブレア スティーブ・ペリー (「ジャーニー」の人) フランシス・ベーコン (哲学者) ジョージ・バイロン (詩人) スタンダール (画家)などの方々がいます。(敬称略)他にも、出来事として、 1905年 1月22日。ロシア帝国で「血の日曜日」事件 1916年 1月22日。初の国産飛行船である陸軍の「雄飛号」が 所沢~大阪間で実験飛行を行った 1976年 1月22日。大久保清:元死刑囚、東京拘置所で死刑執行。 1978年 1月22日。「日経新春杯」で、66.5kgのハンデを背負った テンポイントが、レース中故障。 雪の降る日でした。見ていてビックリしたのを覚えています。 1993年 1月22日。最も「偉大な日本人作家」だと確信している 安部公房が、早朝に急性心不全により死去。 あんまり、良い出来事がないなあ・・・・・・他にも、「JAZZの日」「カレーの日」になっているようです。
2007年06月08日
車の予算が「1Car」という話をしましたが、さきほど、知り合いの中古車屋から、ついに予算内の車を1台発見・・との電話が有りました。“Car”のレート定義は、 これの前の「いざ・・・いよいよ学生らしくなってきました」を参照。スズキのセルボ っていう車だそうです。車を探してもらうにあたっての条件は3つ(1)エアコンが効くこと(2)カセットテープが聞けること(3)車両価格「$1000以下」(勿論車検が残っていること・・できれば1年以上)車検を2年付けて、エアコンその他を整備して・・・カーステレオが取り外してあるようなので、新たに中古品でも見繕って「完備」してもらう。2年以内に、どこか調子が悪くなったら、怒鳴り込む以上の条件で、「$1,000」=「1Car」で交渉成立。車に関しては、全くこだわりがないので、ホントに上の3つの条件さえ揃えば、色や形やメーカーやなんやかんや・・・は何でも良いんです。現に、人の車を見ても、それがどこのどういう名前の車なのか・・全然わかりません。車体のうしろに「COLLORA」(こんな綴りだったっけ?)とか「MIRA」とか「ALPHARD」とか付いているから、それを読んでるだけなんです。だから、12,000,000円の車と120,000円の車を並べてみてなんで、100倍も違うのか・・・さ~~っぱりわかりません。(勿論、120,000円は、中古としての値段で、新車価格はその10倍ぐらいはするのでしょうが・・・それにしても、10倍ぐらいの価格差が理解できません。)・・・以上。ご報告まで・・・
2007年06月07日
本日、「学生証」が届きました。はれて、20数年ぶりに「大学生」になりました。これで、いつ救急隊員に、「職業は?」と聞かれても「学生です!」と言って この紋所(もんどころ)を提示できる。 (※6月1日 「背水の陣」参照)あとは、発注済みの教科書類が届けば、いよいよこの先4年間の「勉強」がスタートです。ここ数年、資格試験などを受けてきているので、「勉強する」ということには、抵抗がないのですが、「持続的に」 (しかも4年間・・・更にはその先も有る。)となると、「大変だろうなあ・・」と漠然と感じています。・・・とか何とか書いているうちに、 あなたのホームページのアクセスカウンターが、 1000アクセスを超えました。というメールが来ました。昨日は、開設以来初めて 1日のアクセスが100を越えて喜んでいました。この日記を書く励みになっています。反面、これを書く為にだんだん多くの時間を割くようになっています。何と言っても、「学生」である前に、「失業者」である事をしっかりと認識し、「勉強」には、しっかりと励み、尚且つ「職探し or 起業」して“被扶養者”という立場から一日も早く脱却しなければなりません。今の、自分は人一倍の努力をして、ようやく「人並み」ぐらいなので 「一念発起」したからには、人様の三倍ぐらい気合入れてやらないとアカン・・・と思っています。いつまでも思ってばかりじゃ、埒があきません。そろそろ 本腰入れて毎日毎日24時間をキッチリと送って行かないとただの「大風呂敷野郎」になってしまいます。大風呂敷も、広げるだけなら誰でもできます。キッチリとたたんでこそ・・・!今日から、気合入れます。今日は、嫁さんに「お小遣い1000円」もらったので、ちょっと気持ちがリッチです。・・・リッチと言えば、昨日VIP(※5月30日 「やってもうた」参照)から「おぉすとリッチ」の鞄をもらった。今、私が探している車の予算の 3倍 の値段らしい・・・私は今、もうすぐ車検が切れる車を知人から借りているので、1台手ごろな中古車を探しています。その予算が、「$1000」なのです。 (※6月4日 「77777kmと777.○km」参照)VIPがくれた鞄は、およそ「$3000」・・・「おまえは、アホか? 何で鞄ごときに 車3台分も払うんじゃあ?」と私が言ったら、VIPは「何で鞄に3000万円も出すんですか?家一軒買えちゃうでしょ?」・・・??? 話がかみ合わないので、レートの統一をしました。私の会話の中でのレートは、「車1台=$1、000 およそ120、000円~130、000円」VIPのレートは、「車1台=$100、000 およそ12、000、000円~・・・」・・・う~~ん 「0(ゼロ)」が2つも違う。「これから、俺と話すときは、このレートで話すように!」ときつく言っておいた。要約すると、 (1)私の車の予算は、 120、000円 (これを基準の「1Car」とする 「1Car=120,000円=約1,000ドル」) VIPの車は、 12、000、000円 (=100Car) (2)VIPの鞄は、およそ 360、000円 (=3Car) (3)私の今日の小遣いは 1、000円 (心はリッチ)以上です。参考までに・・・↓↓↓色は違いますが、こんな感じのです。(これは、「4Car」ぐらい)
2007年06月07日
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「たった一つの命を捨てて、 生まれ変わった不死身の体。 鉄の悪魔を叩いて砕く、 キャシャーンがやらねば誰がやる!」このナレーションに武者震いをしながら、テレビ画面にしがみついていた人も多いと思います。ここのところ、70年代~80年代のマンガ(当時は、「アニメ」とは言わない)や、音楽、その当時に読んだ本・・・などを再読、再見、再聴しています。これは、単にノスタルジックな感傷に浸る為ではなく、「おそらく、この70年代~80年代が己の能力のピーク」だったと思うので、脳に与える刺激として、当時のものに触れているのです。音、映像、文字、それらに相俟って・・匂いや、風景も蘇る時が有ります。そんな時、自分の脳細胞から、潜在意識に向けて、当時のシナプスの構造過程や、増設過程・・・などなどをもう一度「我が頭脳」に思い出してもらって、少しでも有能な「アタマ」にするべく恰も、当時と同じような脳内環境を擬似的に設定しているわけなのです。「だ・か・ら・・・そんなヒマ有るんなら少しでも勉強せ~よ!」と、仰るのはごもっともです。逃げているのも自分で自覚しています。だけど、どうしようもなく「気が乗らない」時があるもんなんです。だから、せめて気が乗らないなりにも、脳細胞のドーピングや、潜在意識をだまくらかす・・・ぐらいしないと落ち着かないんです。そんな言い訳をしつつも、・・・「キャシャーン」の話ですが、アンドロイドとして、ロボットからも、人間からも、疎外されながら「人間」の平和を取り戻す為に、日夜“たった一人で”アンドロ軍団と戦うのです。・・・とは言え、「ルナ」というかわいい女の子と、「フレンダー」という万能ロボット犬も一緒ですが・・・これも、最終回を覚えていません。73年(昭和48年)テレビ放映ですから、この頃も、テレビがなかったかもしれません。 5月22日の日記参照いぜれにせよ、「たった一人で」戦う・・というのが、いかに辛いかという事をこの作品で擬似的に学んだような気がします。自分は、一人しかいないけど、敵は、やっつけても、やっつけてもロボットだから、どんどん増産されてくる・・・エンドレス どころか日毎に劣勢になるはずなんだが、キャシャーンは挫けないんだな、これが・・この作品は、じっくりとDVDを見ようと思っています。 「フレンダー」・・・こんな犬がいたら欲しいよねぇ~我が脳細胞の中には、 梶原一騎作品 石森章太郎 「サイボーグ009」もいずれ語らねば・・・ 手塚治虫 ・・・「おさむ」で変換すると「治虫」が出てくるからスゴイ! 藤子不二雄 などの巨匠作品が沢山記憶されています。 更に、これらの作品と並んで、 吉田竜夫 タツノコプロ を忘れるわけにはいかない。タツノコプロには、創設当時辻なおき(「タイガーマスク」の作画)、望月三起也(ご存知「ワイルドセブン」の作者)などがいた。当時のテレビからは、タツノコプロ作品が毎日のように流れていました。マンガ談義は、これぐらいにして・・・とりあえず目前に迫っている「漢字検定」の勉強でもします。先の目標を見据えるのも大切ですが、目の前の事を、ひとつづつ片付けていかないと、先に進みません。なんだか、勝手に焦っている毎日ですが、できる事から着実に、やっていこうと思います。「キャシャーンがやらねば誰がやる!」
2007年06月06日
今日、6月6日は、毎年 「臥薪嘗胆の日」と勝手に決めています。いつごろ自分で決めたかは、定かでは有りませんが、小学生の頃から、“6”という数字が好きだったので、いつの間にか自分の中で制定していたようです。臥薪嘗胆については、Wikipediaのhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%A5%E8%96%AA%E5%98%97%E8%83%86このページを参照下さい。↑↑↑「復讐」とか「仇討ち」のようなイメージが有りますが、自分としては、前向きな姿勢で「今に見とれよ!」と己を鼓舞する意味で使っています。山中鹿之助(本名は「幸盛:ゆきもり」らしい。「鹿介」とも書くようです。)という戦国時代の武将がいます。戦国大名尼子氏が毛利元就に攻められ、衰亡していく中、御家再興のため、鹿之助が「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った逸話が有名です。この逸話を読んだのも、何かのマンガに引用されてたのだと思いますが、自分も何故か、これを真似て 満月に向かい(勘違いしたのか、たまたまその日が満月だったかは、覚えていない。)「我に七難八苦を与えたまえ」と言ってしまったのです。満月様へのお願いは、すぐに叶うものなんでしょうか・・・その後、数年の内に(1)5月22日に書いたように、怖いお兄さんたちが連日訪れるようになりました。(2)両親が離婚しました。(3)大学受験失敗しました。(現役受験の頃)(4)高額の不渡り手形をいただきました。(5)自分の会社が倒産しました。(6)「糖尿病」という病名をいただきました。・・・と、満月様に「お願い」をしてから、かれこれ35年・・・ここまで大きく6つの大願が「成就」しています。満月様・・・律儀だから、あとひとつ何かしていただけるんでしょうかねえ?こんな事なら、せめて鹿之助のように 三日月にしておけばよかった。ところで、「七難八苦」って・・・「七難」の次に「八苦」 つまり、「七つの難」の次に「八つ目の苦」MAXで “8”なんでしょうか?それとも・・・まさかとは思うけど「七つの難」+(プラス)「八つの苦」 ??? 山中鹿之助については、Wikipediaのこのページ参照。 ↓↓↓http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%AD%E9%B9%BF%E4%B9%8B%E5%8A%A9
2007年06月06日
「文学」なんていうカテゴリを作ってしまったので、少しは、それらしくしようか・・・と思います。立原道造は、25年ぐらい前の「月刊 太陽」という雑誌の「手紙特集」ではじめて知りました。日本の文学史、スポーツ史などに残る著名な作家やアスリートたちが、「自己」を綴った生の手紙の特集です。◎東京オリンピックのマラソン銅メダリスト 円谷幸吉 の「遺書」 http://www004.upp.so-net.ne.jp/kuhiwo/dazai/tsumuraya.html (これには、便箋の上の方が円谷本人の血が付いています。)◎太宰治が、川端康成に宛てた「芥川賞を俺にくれ!」という直訴状 (これは、当時発見されたもので、新聞紙上でも話題でした。)・・・などなど、他にも、何人かの著名人の「手紙」「日記」などが掲載されていました。そんな中で、「立原道造」が「水戸部アサイ」に宛てた恋文が数点掲載されていました。道造の独特な言葉遣いや、感性が気に入って古本屋で、箱入りの全集を買いました。http://www.city.koga.ibaraki.jp/bungaku/tushin/9908.htm(水戸部アサイに関しては、↑↑↑ここ参照して下さい。)ソナチネ・・という14行詩も新鮮でした。(ヴィヴァルディの「四季」も14行詩が付されていたと思います。)当時のお気に入りがこれです。↓↓↓「優しき歌 I」 立原道造 浅き春に寄せて 今は 二月 たつたそれだけ あたりには もう春がきこえてゐる だけれども たつたそれだけ 昔むかしの 約束はもうのこらない 今は 二月 たつた一度だけ 夢のなかに ささやいて ひとはゐない だけれども たつた一度だけ そのひとは 私のために ほほゑんだ さう! 花は またひらくであらう さうして鳥は かはらずに啼いて 人びとは春のなかに笑みかはすであらう 今は 二月 雪に面(おも)につづいた 私の みだれた足跡……それだけ たつたそれだけ――私には……この頃、いろいろと詩人を発掘していたら、必然的に・・中原中也にも行き当たりまして、人並みに読みました。お気に入りは、「湖上」です。在りし日の歌 中原中也湖 上ポツカリ月が出ましたら、 舟を浮べて出掛けませう。 波はヒタヒタ打つでせう、 風も少しはあるでせう。 沖に出たらば暗いでせう、 櫂から滴垂(したゝ)る水の音は 昵懇(ちか)しいものに聞えませう、 ――あなたの言葉の杜切れ間を。 月は聽き耳立てるでせう、 すこしは降りても來るでせう、 われら接唇(くちづけ)する時に 月は頭上にあるでせう。 あなたはなほも、語るでせう、 よしないことや拗言(すねごと)や、 洩らさず私は聽くでせう、 ――けれど漕ぐ手はやめないで。 ポツカリ月が出ましたら、 舟を浮べて出掛けませう、 波はヒタヒタ打つでせう、 風も少しはあるでせう。
2007年06月05日
さきほどの、宮沢賢治:ますむらひろしも良い作品ですが、他にもパロル舎版で小林敏也さんの書いているシリーズもオススメです。特に「猫の事務所」のかまねこ君は良いですねえ。
2007年06月05日
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ますむらひろしこの人の本を最初に手にしたのは、もうかれこれ20年以上前のことです。「アタゴオル物語」というコミックス(たしか朝日ソノラマから出てたと思う。)でした。その後、この人の作品を買い集めて、読み漁っていました。ある時、テレビの画面(多分米沢の市役所)の端っこに、あの「毘沙門天」の前掛けをした ヒデヨシが映ったのです。早速翌日米沢市役所の電話をして、問い合わせたら、「そんなに欲しいのでしたら、1枚送りましょうか」と言うことで、本当に送っていただいたのが、このポスターです。(実際は、「米沢夢紀行」の所が、「米沢市制100年」という文字になっています。)当時飼っていた猫も、このヒデヨシと同じような柄で、丸々太っていました。名前も「秀吉」でした。(これは偶然です。)他の猫(外ネコ)にも「政宗」「信玄」「半平衛」「佐助」などと命名しておりました。その後、ますむらひろし氏は、宮沢賢治の作品をいくつか漫画化して発表しています。当初は、「賢治作品をネコで描く」事に反対の声も有ったようです。ますむらファンで有り、賢治ファンでも有る人には、私も含めてすんなりと受け入れられたと思うのですが、ますむらひろし を知らない 賢治ファンには、異質なものだったかもしれません。当時は、高価だったLD(レーザーディスク)版の「銀河鉄道の夜」も買いました。今でも大切に保存してありますが、先日、久しぶりに見てみたら・・・・・・画像が粗くて見るに堪えません。レーザーディスクは、何層もの材質を特殊な糊(のようなもの)で接着しているので、「高温多湿」になる場所では、年月の経過と共に、剥がれてくるようなのです。不安になって、「ウルトラマン」「ウルトラQ」「怪奇大作戦」・・・調べたら、ことごとく画像劣化確か・・レーザーディスクが誕生した頃の触れ込みで、「永遠に残る、高画質」みたいな事言ってた気がするんだが・・・レーザーディスクの「高温多湿」での保存には、充分注意しましょう。で、調べてみたらDVDが出ているようです。 (DVD!おまえは、大丈夫なんだろうな・・・? 思えば、メタルのカセットテープも、βビデオも、期待を裏切ってきた。)
2007年06月05日
さきほどの、「77777km」で思い出したので、探してみたら、去年の在りし日の愛車(件の正面衝突事故で大破)の記念すべき「100000km」の画像を発見。キリ番コレクター(・・っていう人がいるのか?)の皆さん、コメントお願いします。※さすがに、この時はトリップメーターまでは気が回りませんでした。
2007年06月04日
去年11月の交通事故(正面衝突!!)以来、知人に車を借りっ放しになっている。かれこれ半年になるのだが、昨日、走行距離積算計が77770kmになったので、さきほど、そ~っと走ってきた。実は、76999kmと300mの時点でトリップメーターもリセットしておいた。で、さきほど見事に「77777km」と「777.7km」・・・の予定だったのだが、メーター見ながら、前見ながら、後方確認しながら・・・しかも、停止できる場所を探して・・・で、結局50m程オーバーしてしまいました。それでも、なかなかここまで数字揃えたのも珍しいでしょ。ゾロ目コレクター(・・っていう人がいるのか?)の皆さん、コメントお願いします。この車ももうすぐ車検が切れるので、廃車になります。次の車を手配しているのですが、なかなか条件に叶う車がみつかりません。条件は、(1)エアコンが効くこと(2)カセットテープが聞けること(3)車両価格「$1000以下」(勿論車検が残っていること・・できれば1年以上)たったこれだけなのだが・・・(3)がなかなかクリアできないので(これでも、以前は「100000円以下」だったのを、予算アップしたんですが・・・)こうなったら、「1000ユーロ」まで上げるしかないか・・・
2007年06月04日
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作戦・・・というより今年の予定。資格検定・受験6月10日 漢字検定(準1級)7月15日 数学検定(2級)10月7日 建築物環境衛生管理技術者(ビル管理)10月14日 宅地建物取引主任者11月13日 ガンマ線透過写真撮影作業主任者11月18日 CAD利用技術者(2級)11月25日 福祉住環境コーディネーター(2級)12月2日 管理業務主任今のところこういうスケジュールを立てています。ただ、通信大学の「スクーリング」の予定がこの先入って来ますので、それとのかねあいで受験していこうと思います。こういう感じで「年間最低5つの資格を取る」という「資格取得20年計画」(4年前に策定済み)に沿って進行しています。この先4年間は、その計画にプラスして、「社会福祉士」「精神保健福祉士」の勉強をしつつ、4年後には「卒業」と同時にこの二つの資格の「受験→合格」が課されるわけです。更には、いよいよ本題の「医学部受験→合格」を経て、ようやくスタートラインに立つわけです。そのまんま東(現宮崎県知事:東国原英夫・・当初は、「東 国春」さんだと思ってた。)著の「60歳を人生ピークにもっていく方法」という本をゲット!まさに、今後の作戦を立案・遂行する上で参考になる本だろう。初版発行が、平成17年の12月ですから、プロフィールにも勿論「県知事」の文字はなく、発売当初は、あんまり売れてなかったんじゃないでしょうかね?・・・私自身も、彼が県知事になってなかったら、この本の存在もおそらく知らなかったでしょうし、知ってても、買わなかったと思います。「県知事」になった彼が、何を考えて行動してたか?に興味があるのですから・・・同じ世代としては、非常に興味がわく一冊です。
2007年06月03日
作戦と実践小学生の頃から「夏休みの計画」とか「読書計画」とかを立てるのが好きでした。あくまでも、「作戦立案」が好きなのです。「プロジェクト・イーグル」とか「勉強遅れ立て直し作戦」とか勝手に命名しては、作戦を練り直したりしていました。ここまで読んだ時点ですぐにお気づきとは思いますが、「そんなヒマ有るんなら勉強せ~よ!」と言うことなんです。言われるまでもなく自分でもわかっているんですが・・・そもそも、この先、“現役の時以上に気合い入れて勉強せねばならん!”という状況を作っておきながら、まずは、「背水の陣」とか抜かしてこういうブログを立ち上げてる・・・基本的に小学生の頃と何も変わっていない自分を再認識しています。武田信玄の軍師 山本勘助曰く 「一に計略 二に布陣 三に情報の見極め これらが揃えば勝利を収めることが出来ましょう。」勿論、この三つが揃った上で、 いざ行動を起こして初めて「勝利」の道が開けるわけで、その前の、「計略」「布陣」「情報」は、あくまでも「勝利の確率をあげる道具」なのです。そう、この内の、「計略」のみに固執して、その先がなけりゃ、勝利にはほど遠い。・・・という自己分析をしているようじゃ、まだまだアカンなぁ。「項羽と劉邦」「三国志」「水滸伝」「史記」をはじめ、日本の戦国時代の物語などを、読んだ。軍師の言動や作戦などに関わる部分は、とても興味深い物がある。・・・ほとんどが、横山光輝作品なんですが・・・今回の「10年計画」も何かかっこいい命名をしようと思っています。勿論、頭の中には 中島みゆきの「地上の星」が鳴り響いています。 最近は、こういうマンガもダウンロード購入ができるんですねえ。
2007年06月03日
5月31日に掲載した「ダイアン」 (ストレリチア・オーガスタ と言う南アフリカ原産の観葉植物)の開きかけた葉っぱが、一気に開いた。メリメリ・・・という感じで、上の方でまだ、巻いている部分から引きちぎるように開ききった。この調子で、これ以上葉っぱが増えるんだろうか?ちょっと心配になってきた。・・・どうやら、数年に一度でっかい花も咲く・・・らしい。http://www.yonemura.co.jp/zukan/zukan-k/naiyou/strelitzia-nicolai0.htmで、ダイアンの素性を調べたら、以下のようでした。正式名を「ストレリチア・ニコライ」というそうです。(ダイアン・・・ロシア系だったのか!?)学名 Strelitzia nicolai (ストレリチア・ニコライ)和名 ルリゴクラクチョウカ 英名 bird of paradise tree 流通名 ストレリチア・オーガスタ 科名 バショウ科 属名 ゴクラクチョウカ属 性状 常緑多年草 用途 中~大鉢 原産地 南アフリカ 特徴 ゴクラクチョウカよりはかなり大型で、特に花と仏炎苞は本属最大です。仏炎苞は長さ30~40cmにもなり 帯赤栗褐色、萼は白色、花被片は青~白色です。一般にはストレリチア・オーガスタの名で流通していますが、正しい名前ではありません。
2007年06月02日
注文しておいた本が届いた。と言っても、大学の教科書ではなく、「りなっくす でびあん さぁじ」~Debian GNU/Linux徹底入門第3版 Sargeってやつだ。えっへん!←何かよくわからないモンを買ってしまった時って・・「えっへん!」てな感じになりませんか?・・・俺だけ?か?そもそも何でまたLINUXかと言うと・・・さんざん語ってきたように、現在は「失業者」であります。5月30日に書いた二人の「VIP」の内の一人から、特定の職種に絞ったソフトの開発をやらんかね?との話が来た。 ◎「素人の私に何ができる!?」 △「そ~言わんと、素人の発想で何か作ってよ。」 ◎「百歩譲って、発想はええモンが出来たとして、それをどうやって商品にするのよ?」 △「だから、勉強して、やってちょうだい。」・・・結局、アウトラインはできあがってるので、(アウトライン・・・って翻訳すれば「絵に描いた餅」っていうんじゃねえのか?)気長に好きなようにやってくれ。・・・という話だ。多少なりとも、稼ぎになりそうな種を蒔いてくれてるのか・・・?意図が全然わからんままに、本だけは買ってみたが、何をどうすれば良いやら・・そもそも「りなっくす」って何よ?のレベルから始めなければならん。こんな事しててええんかいなあ?ついでに「医院開業ハンドブック」ってやつも買ってしまった。イメージトレーニングに良いのでは?と思い古本で購入した。この2冊を重ねると7cmにもなる。分厚いので得をした気分だ。件の「VIP」も、俺様の10年計画を水面下でサポートするために、「りなっくす でびあん さぁじ」などという呪文のような話を持ってきて、うまく出来ようが、出来まいが、何のかんの理由を付けては、経済的支援をしていこう・・・という魂胆なんだろう。気が付かないふりをして、話に乗っていこう。かの野口英世先生も、隣人知人からは、借金しまくっていたようだし、 (もっとも、本人は“借りた”という意識もないんじゃないか?)中原中也なんかも詩を書いてなかったら、ただの「やんちゃクソ坊主」だもんなあ・・昔の中国の「食客」と言われる方々にしたって、主がモトを取れたのはほんの一握りだろうし・・・などとわけのわからん事を考えながら、 (1)とにかく卑屈にならない! (2)120歳ぐらいまで生きるつもりをしてれば、10年後やっと人生の折り返し。 普通の感覚で、せいぜい35歳ぐらいだ。と言い聞かせる。 (3)今更迷わない兎に角まず、4年。やれるだけの事をやってみる。徹夜明けで、変にハイになってるようだ。「絵文字」とかの使い方が少しわかった途端に幼稚園児のように使いまくってしまった。
2007年06月02日
本日、今年度分の授業料を納付しました。入学金20,000円を含めて、276、000円です。今や国立大学の授業料ですら、 ◎入学金 :282,000円 ◎授業料 :535,800円(年間) ◎初年度計:817,800円これだけかかる事を考えれば約1/3で済むわけだから、仕方がないか・・・。これに伴って、教科書も発注しました。全部で25,305円。授業料と合わせて、30万円強。この先にも、実習費などがその都度発生します。これらの費用は、嫁にカードを作らせて、そこから引っ張ってきたお金です。つまり、破格の金利が付くお金ですので、実質は40万円ぐらいかかった・・と心得ておいた方が賢明でしょう。銀行の窓口で、「息子さんのですか?」と聞かれて「私のです。」と答えたら、「免許証か何か、お名前の確認できるものをお願いします。」と言われた。・・・何だ何だ?この歳で授業料振り込んじゃアカンのか?・・・何で免許証見せる必要があるんじゃあ?とアタフタしていた。・・・何の事はない。今年から「10万円以上の送金は本人確認」と法令改正された件だ。どうも、勝手に卑屈になったしまったようだ。汗びっしょりかいて、勝手にどんどん怪しくなっていく自分がいた。あとさき考えずに、お金を使っていますが、それもこれも、自らの環境を「背水の陣」とする意味でもあるのです。タイトルにも有るように、「中途半端」に生きてきてますので、要所要所も、期限ギリギリ・・・若しくは、やっつけ仕事・・・という事が多かった。この先は何事も真摯に取り組んで行こうと決意しています。嫁からは、「あんたの道楽も、だんだんエスカレートしてきたねぇ・・・」と言われてます。「資格コレクター」として、参考書数千円、受験料数千円・・・のうちは良いでしょうが、国立大学の1/3で済むとは言え、無職(「ニート」ではない→文末参照)の身で有りながら、嫁に借金させてまで大学で学ぶ必要が有るのか?という疑念が出てくるのは当然です。この先、シャカリキになって残りの借金を返していっても、その先には年齢だけ重ねて、手には何の技量も持たない自分がいるだけです。勿論、借金を踏み倒すつもりもありません。 (現に、1億円以上の負債を抱えたいた時点でも、自己破産などしなかったし、 保証人のハンコが有る借金が終わった時点でも、残りの借金は踏み倒していない。 月々3千円の返済のところも、5千円ずつのところも、まだ有る。)この先死ぬまで借金の返済が続くなら、それはそれで甘受していこう。ただ、それならそれで、自分の人生に「楽しみ」を見いだせる事を作らないと、何だか今回の人生(前回や次回があるかどうかは、別として)空しすぎる。かたや「借金返済の人生」・・・これが避けられないのであれば他方で「楽しみを見いだせる人生」を模索していかなけりゃやってられない。まわりの人間(私とのつきあいを避ける人も沢山いました)には、迷惑かけるだけかけて生きているのですが、「こんな生き方」をリアルタイムかつノンフィクションのドラマとして捉えて、実際に関わり合いながら、「観劇」してもらっている・・・というふうに考えています。私に手を差し伸べてくれてる人たち(嫁を含む)には、私の生き方が、よりよい「作品」、一緒に演じていて楽しい「ドラマ」となるよう演じていきたい。・・・こんな風に勝手に思っているんです。この年になって1から医者になるために勉強を始める。しかも、今無職で、借金抱えていて・・・これで、4年後ぐらいに本当に医学部に入ることができれば、少しは、まわりの人にも「一緒に演じる楽しみ」があるんじゃないでしょうかねえ?誤解されては困りますが、決して、伊達や酔狂で「医者になる」というのではなく、本当に、自分の幼い頃の思いを実現してみたい・・・たとえ今がどんな状況であれ、やらずに諦めることはできない。・・・思いは結構純粋なんです。「甘い事言ってるなあ」・・・そう言われるのも当然ですが、それでも「やってみる」やるだけやって、ダメだった時、初めて「無理でした」 (※・・・でした。であって「無理です」ではない。)と言います。 ☆☆☆ニートの定義☆☆☆NOT IN EDUCATION, EMPLOYMENT OR TRAININGの頭文字をとって、「NEET(ニート)」と言う。 この言葉は厚生労働省が2004年に発表した労働白書の中で、 「労働者・失業者・主婦・学生」のいずれにも該当しない 「その他」の人口から、「15歳~34歳」までの若年者のみを抽出した人口(若年無業者)が、 同年出版された玄田有史の著書において「ニート」と言い換えられ、 以後、マスメディア等を通じて一般にも知られるようになった新語である。 ・・・Wikipediaよりということで、47歳の私は、「ニートですらない」ただの「失業者」扱いなのです。「学生です」と胸を張っては、なかなか言えないし、銀行の窓口ですら勝手に卑屈になってしまうので、当面は、職業を聞かれるような場には行かないでおこう。余談だが、昨年11月の正面衝突の事故の際に、救急車が来て救急隊員が、「お名前は?」「住所を言えますか?」と意識がしっかりしているか、を兼ねて質問をしてきた。その後に「職業は?」と聞かれて「あ、・・う・・あぁ・・」って感じで口ごもってしまったので、救急隊員二人が、「頭を打ってるかもしれん・・・・」とヒソヒソ言っていた。その頃は失業したばかりで、「職業は?」という質問に対する答えを準備していなかった頃だ。今でも答えを準備できていないのだが・・・(TへT)「背水の陣」で知られる韓信(かんしん)については、⇒こちらを参照して下さい。韓信は、私が手本として仰ぐ武将の一人です。↓↓↓淮陰公韓信・『晩笑堂竹荘畫傳』より
2007年06月01日
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