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日本が先の大戦で敗北して、それ以降軍隊を持つことを放棄した経緯について、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、4月26日付同紙コラムに、次のように書いている; 小津安二郎監督の遺作「秋刀魚の味」(1962年)で、笠智衆演じる元駆逐艦艦長は、トリスバーのカウンターで威勢のいい元部下を穏やかに諭す。「けど負けてよかったじゃないか」 吉田茂は「負けっぷりをよくする」気で戦後外交をやった。証拠はないが、昭和天皇も「敗戦は悪くなかった」と思っていたフシがないわけではない気がする。 敗戦の決断が遅れたのは、連合国に国体維持を約束させようとあがいたからだ。そのための本土決戦・一億玉砕は本気だった。 米国の占領政策で国体すなわち天皇制は残った。条件として「元首ニシテ統治権ヲ総攬(そうらん)シ」「陸海軍ヲ統帥」していた天皇は、元首の地位と国政に関する権能を手放し、軍隊を解体して戦争する手段も権限も差し出した。 日本国憲法9条「戦争の放棄」は、第1章「天皇」規定とのバーターで成り立っている。 だが、元首から象徴になる憲法草案を、昭和天皇が進んで受容したと長く信じられてきた美談は、実は疑わしいようだ。 昨年出た小宮京著「昭和天皇の敗北」は、参議院に埋もれていた憲政資料の緻密な分析を通じ、昭和天皇が象徴制に納得せず、外交大権を持つ英国王のような「国家元首として君臨する天皇」になることを望みながら果たせなかった内幕を論証する問題作だ。 象徴になっても昭和天皇が、軍事・外交に戦前と変わらぬ意欲を持ち続けたのは周知の通り。 占領期に本土の安全と引き換えに、側近を介して連合国軍総司令部(GHQ)に沖縄の米軍統治と基地の長期使用を極秘に要請。朝鮮戦争が起きると再軍備のための憲法改正を唱え、独立後も占領期に続き米軍駐留を望んだ。 天皇制存続の証文である9条体制が、日米安保条約とセットでなければ成り立たない現実を吉田以上に確信し、旧軍を嫌悪しながらも国防強化とその中心となる元首の必要を疑わなかった。 私たちが9条を議論するには、天皇制と日米同盟についても意見を持たなければならない。 高市早苗政権が米国追従と武器輸出解禁を進め、現実離れした養子縁組で皇室を存続させるとする皇室典範改正を急ぎ、1年で憲法改正発議にめどをつけるのは、つながっている。(専門編集委員)2026年4月26日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-象徴天皇制と戦争放棄」から引用 この記事の冒頭に紹介されている小津映画の、元駆逐艦艦長の「けど負けてよかったじゃないか」というセリフは、戦後の多くの国民の「実感」がこもった言葉のように思います。もし負けていなくて、継戦中だったり勝利していたりすると、戦争のために駆り出された数百万人の日本人は、そのまま中国大陸や東南アジアに居残って、それらの地域を占領地として管理する仕事に従事させられて、そのうちに現地住民が武装して反乱に立ち上がるなど、様々な混乱がまだ続いた可能性があり、そういう「災い」から解放されたのは、良かったことだったと思います。昭和天皇は幼少のころから軍人として教育を受けて、地政学的なものの見方を習得した人物だったのに比べて、上皇と今上天皇は戦後の民主主義教育を受けたという事情もあり、特に上皇は子ども時代に戦争を体験しており、戦後はかつての戦場を訪れては戦争犠牲者を弔うということを熱心に実行した人だったので、おそらく日本が再軍備をして戦力を保持するような国になってほしいなどとは考えていないと思います。客観的に考えても、かつて日本軍に侵略された中国は、はじめは北京にあった政府を南京に移し、南京が攻略されると次は重慶に移すという具合に対応したので、終に日本は中国政府を降伏させることは出来なかった。広大な国土があってこその戦略であるが、日本のような狭い国土の場合は、いくら高市首相が「継戦能力」などと言って国家予算をつぎ込んでも「継戦」などは不可能なのであり、国家を発展させようと思えば、ただひたすら平和外交に徹するのみであり、武力で国を守るなどという「絵空事」は唾棄すべきものと知るべきです。
2026年05月07日
異教徒の宗教施設に酔っ払いが乱入して暴れた事件に心を痛めた少年が、その宗教施設に手作りのケーキを持って慰問に訪れたというイギリスのエピソードについて、文筆家の師岡カリーマ氏は、4月25日付東京新聞コラムに、次のように書いている; ヘイト(憎悪)でなくケイク(ケーキ)を。英国東部ピーターバラで、12歳の自閉症の少年ジョシュア・ハリスが父親と始めた運動だ。地元のモスクに酔った白人男性が乱入し、「白人がおまえたちを滅ぼす」と叫んで信者を襲った事件に心を痛めたジョシュアが、カップケーキを焼いてモスクで配ったのがきっかけ。「言葉でなく行動で連帯を」と父親のダンさん。 その後も父子は英国各地のモスクを訪問、投稿された画像の視聴数は100万を超える。言葉を話さないジョシュアは、通常どのモスクにもあるミンバル(階段状の説教壇)が大のお気に入り。初めて行くモスクでも、自ら扉を開けて、ミンバルめがけて一目散に走っていく。礼拝にも参加。排外思想や反イスラム主義が広がる中、心ないコメントも寄せられたが、父子は活動を続け、ジョシュアがモスクで歓迎されて楽しそうに過ごす動画を次々と発信、さらにユダヤ教やシーク教など他宗教の寺院も訪ねて、連帯の輪を広げていく。 ダンさんがテレビの取材で語ったように「私たちを繋ぐものは、隔てるものより多い」ことを、同じくムスリム男性が言ったように「分断を煽る人たちは実は少数派」だということを、そして何より、一市民の小さな行動の威力を、一言も語らずに示した少年の姿に、口先勝りの政治家の方がよほど、「ごっこ」に見えてくる。(文筆家)2026年4月25日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-C a k e No t Ha t e」から引用 日本のSNSは、自治体首長の疑惑を追及する百条委員会委員を務める議員を脅迫するような画像が投稿されて、なぜかそれが受けて、脅迫された議員は心身に異常をきたした挙句に自死するという事件にまでなったが、さすがに英国の場合は、日本よりは少し先進国であるせいか、異文化の外国人とも良好な関係を築いていこうという「前向き」な投稿が人々に支持と共感を得ているのは素晴らしいことと思います。遠からず、日本もそういう社会になってほしいものです。
2026年05月06日
わが国の売春防止法は「売春をしてはならない」と規定しておりながら、実際に「売春」が摘発されると売春をした女性側は処罰されるのに、売春の相手側の男性には何のお咎めもないのはおかしい、との声に押されて、法務省で売春防止法見直しの議論が始まったことについて、法政大学名誉教授で元総長の田中優子氏は、4月19日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 法務省は3月24日、売春防止法見直しの議論を開始した。従来は処罰がなかった買春者への処罰を検討するためだ。 売春防止法3条には「何人も、売春をし、又はその相手方となってはならない」とある。つまり買春も禁じている。しかし、5条では「公衆の目に触れるような方法で、人を売春の相手方となるように勧誘すること」「勧誘するため、道路その他公共の場所で、人の身辺に立ちふさがり、又はつきまとうこと」「公衆の目に触れるような方法で客待ちをし、又は広告その他これに類似する方法により人を売春の相手方となるように誘引すること」とある。これらの文言を読むと、売春する方が一方的に悪い、とはっきり言っている。そして「相手方」である買春者には、何の罰則もない。高市早苗首相が心変わりしなければ、ようやく罰則の検討に入るはずである。 2024年に施行された女性支援新法は、さまざまな事情により困難な問題を抱える女性の支援を目的にした。しかし状況は変わっていない。未成年との「せい行為」は犯罪であるにもかかわらず、依然として放置されている。12歳のタイ人女性の性的労働は加害者側が逮捕されたが、日本人女性は補導される。 上野千鶴子氏は3月31日の朝日新聞紙上のインタビユーで、「援助交際」という言葉で、売春が女性自身の選択や自己決定とされ、男性が免責されてきたことと、それが「資本主義市場では何もかもが商品になる」という考えに由来することを指摘した。臓器売買や人身売買は犯罪である。しかし、性売買は「誘惑」という名で責任転嫁がなされ、買う側の犯罪と認定されない。圧倒的に買う側が男性だからである。 ◇ ◆ ◇ この不均衡は至る所にある。強制的夫婦同姓制度のもとで約94%は女性が改姓する。不自然だ。「痴漢は犯罪です」は駅でよく見かけるようになったが、少し前までは犯罪だと思われていなかった。セクハラという言葉も存在せず、私の世代は多くの不快な思いをしながら、生きていくために口をつぐみ「自分に非がある」と思っていた。 性売買は、そういう女性の責任感や道徳観を利用して成り立ってきた。NHK大河ドラマ「べらぼう」に見えた公認遊郭の女性たちは、親兄弟、夫、子供の生活のために借金をし、返すために売春をした。ある戯作は「女は仁」、つまり人間性にあふれている、と書く。父母兄妹の貧を救うからである。おだてられ自らも信じ、しかし実際には多くの遊女が新たな借金を抱えて落ちてゆく。売春を仕事として認めるべきだという人々は、これを自ら望んだ選択だ、とでも言うのだろうか? ◇ ◆ ◇ 今年1月、「Colabo攻撃-暴走するネット社会とミソジニー」(地平社)という本が出た。私も執筆者の一人だ。編著者の仁藤夢乃さんは、一貫して「買春は性搾取だ」と声を上げてきた。「売る側と買う側を同じように罰すれば『平等』になるわけではない。買う側を罰すると同時に売る側は非処罰とし、性売買の権力構造を変える必要がある」と指摘する。仁藤さんのような主張は攻撃の対象になる。その攻撃と闘いの日々を、事実に沿って書いたのが前掲書だ。一般社団法人「Co1abo」の次の目標は、市民による女性人権センターの設立である。2026年4月19日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-性搾取は犯罪」から引用 この記事が紹介している市民団体「Colabo」は、生活苦のために風俗業に取り込まれる若い女性を救済する事業に取り組んでいる団体で、その活動の意義が認められて一時は東京都から助成金も支給されていたのであったが、それを快く思わない男たちが、「Colabo」の活動を妨害する事例が頻発したため、あろうことか東京都は助成を打ち切るという「本末転倒」の対応をして、現在は「Colabo」は自力で資金集めをして活動を継続している。「Colabo」に対するいやがらせ行為をする男たちの中には、埼玉県のとある自治体の市議会議員を務める者もいて、こんなことをする輩がなぜ市議会議員になれるのか、日本人社会の「レベル」が知れるというものであるが、多くの人々の善意と勇気を寄せ集めて、すべての人々の人権が尊重される社会を作り上げていきたいものでございます。
2026年05月05日
現職自衛官が自衛隊法を無視して自民党大会に出席し国歌斉唱した事件について、元文科官僚の前川喜平氏は4月19日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 12日の自民党大会で陸上自衛隊中央音楽隊の陸曹が、演奏服装を着用し「陸上自衛隊が誇るソプラノ歌手」と紹介されて登壇し、大会次第の「国歌斉唱」をリードした。 この行為は自衛隊法61条が禁じる政治的行為、具体的には同法施行令86条および87条に規定する「特定の政党を支持すること」のために「官職、職権その他公私の影響力を利用すること」および「国の資材を利用すること」に該当すると考えられる。政府は「私人としての行為」だと説明するが、もしそうならこの陸曹は自衛隊法46条1項により「職務上の義務に違反した」として懲戒処分にしなければならない。 しかし、演奏服装は陸上幕僚長の指示で着用するものだという。党大会には音楽隊の副隊長も同行していた。陸曹の出演については陸幕長も事前に了解していた。ならば陸上自衛隊は組織として自民党に奉仕したのではないか。処分すべきは陸幕長ではないのか。小泉進次郎防衛相も監督責任を免れない。 自民党の萩生田光一幹事長代行は、事前に防衛省に確認したら「問題ない」という回答だったと説明した。自民党も防衛省も問題意識が麻痺しているのだ。高市早苗総裁も「知らなかった」では済まない。ここには自民党と自衛隊の抜き差しならない癒着がある。自衛隊を自民党の私兵にしてはならない。(現代教育行政研究会代表)2026年4月19日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-自民党と自衛隊の癒着」から引用 この記事が述べるように、自民党の萩生田光一幹事長代行は現職自衛官の自民党大会出席について、自分も立法府の議員でありながら自衛官の政治的行為が違法かどうか、自分では判断しないで防衛省に確認したというのは、あまりにお粗末な話だ。おそらく内心では「違法性」を分かっていながら、責任を他者に転嫁する手段として「防衛省に確認したら、問題ないとのことだった」と一人芝居を打っているのかも知れないが、いずれにしても、「知らなかった」だの「あの人が問題ないと言った」だのと言ってごまかすのではなく、実際にあった「事実」を確認した上で、違法行為についてははっきりと当事者に責任を取らせるべきであり、幕僚長、防衛大臣、総理大臣の監督責任も、この際はっきりとさせておかなければ、この先の日本は戦前の過ちを再度繰り返す羽目になると思います。
2026年05月04日
アメリカでトランプが大統領になると、大統領権限ですべての輸入品に基本関税10%とそれにプラスして「相互関税」も課すということになり、日本などはその「相互関税」を少しでも下げてもらう代わりに「原発建設」や「メキシコ湾石油ターミナル建設」に巨額の投資をする約束をして、その一部が実行に移された本年2月に、アメリカ連邦最高裁は「トランプ大統領が議会の承認なしで勝手に始めた『相互関税』制度は憲法違反である」との裁定を下し、無効となったため、現在はトランプ大統領以前の、通常の関税にもどっている。ところが、それにも拘らず、日本政府は「相互関税」が消滅したにも関わらず、その「相互関税」を少し安くしてもらうための「条件」であった米国内に対する「巨額の投資」を断ることをせず、消滅した「約束」を守っていこうとしている。そのような日本政府の妙な「弱腰」を、明海大学准教授の宮崎礼二氏は、4月19日の「しんぶん赤旗」コラムで、次のように批判している; 米トランプ大統領が、全輸入品への一律10%の基本関税と「相互関税」を打ち出した2025年4月2日を「解放の日」と宣言してから1年。宣言は、一方的に貿易ルールを改変させ米国第一主義が支配する国際秩序の象徴となりました。 トランプ氏は相互関税で巨額の貿易赤字を解消し、製造業の雇用を国内に取り戻すといいました。関税を「交渉の武器」として振りかざし、不法移民対策や薬物密輸阻止といった要求をのませる強権的な「ディールの手段」としたのです。 ◆ ◇ ◆ しかし、現実は大統領の期待通りには進んでいません。25年の米国のモノの貿易赤字は1・24兆ドルと過去最高を更新し、輸入抑制の思惑は外れました。さらに、高関税は輸入コストを押し上げ、インフレ再燃で自国民の家計を直撃しています。25年の消費者物価指数(CPI)は一時3・0%まで上昇しました。部品や原材料を輸入に依存する製造業ではコスト増が収益を圧迫し、工場閉鎖やレイオフ(一時解雇)が相次いでいます。報復関税による農業などの輸出産業の市場喪失も深刻です。 こうした逆風の中、日本が関税引き下げの対価として約束した総額5500億ドル(約87兆円)の対米投資は、実行段階に入りました。2月には、オハイオ州の火力発電所やメキシコ湾の石油ターミナルなど、約360億ドルの「第1弾」案件が発表されました。3月には、高市・トランプ日米首脳会談に合わせて、テネシー州やアラバマ州での小型モジュール炉建設を含む、約730億ドルに及ぶ「第2弾」計画が具体化しています。投資先の地域は、中間選挙や大統領選挙での「激戦州」に加え、共和党の強固な支持基盤の「赤い州」にも集中しています。日本の富がトランプ氏の権力維持に動員されている形です。 しかし、2月に米最高裁が「相互関税は違憲」との判決を出し、日本が結んだ投資約束の前提は崩壊しました。日本は当初通告された「24%」の理不尽な高関税を免れるため、巨額投資を条件に15%への引き下げを「勝ち取った」はずでした。ところが、違憲判決で日米合意の枠組み自体が法的に消え去りました。現在は通商法122条に基づき、実効税率は11~13%程度で推移しています。日本が巨額投資の約束で「勝ち取った」15%の合意よりも低いという逆転現象が起きているのです。 ◇ ◆ ◇ 巨額の投資を継続する正当性は存在しません。投資の進ちょくに不満があれば課徴金を上限15%に引き上げるというトランプ氏の脅しは、関税を「人質」にした身代金要求に等しいといわざるをえません。 違憲判決で根拠を失ったディールに固執し、国民の血税や民間資金をトランプ氏の選挙対策へと献上し続ける日本の姿は、「対米従属」の極みです。国富を流出させるだけでなく、国際社会における日本の地位を「米国の属領」へと失墜させるものです。今こそ日本は、崩壊した合意の無効性を堂々と主張し、属国的な盲従から脱却する矜持(きょうじ)を示す時ではないでしょうか。(みやざき・れいじ 明海大学准教授)2026年4月19日 「しんぶん赤旗」 日曜版 24ページ 「経済これって何?-トランプ関税1年」から引用 だいたい、トランプは誰に吹き込まれて、アメリカは貿易赤字だからこれを黒字にすれば国としても強くなれるなどと思ったのか、あまりにも考えが足りない。関税を上げれば輸入量が減るから、その結果、貿易赤字も緩和される、という理屈も「勉強のできない子ども」が考えそうな理屈で、現実には、輸入品にとって代わりうる製品が、国内で生産されているのなら問題ないが、実際にはアメリカの国内産の日用品はあまりにもコストが高く、富裕層を除いた一般庶民の経済力では、輸入品なしでは生活が立ち行かないのが実情なのであって、少々値上がりしても庶民は生活のために輸入品を買わざるを得ない、そういう「現実」が、トランプの目には見えていないわけです。経済の理論も実社会の現実も知らない者が、生半可な知識で関税率をいじったりするから、世の中はますます困窮する人たちが増えている。これじゃあトランプ・共和党の支持率は上昇どころか、低下する一方だと思います。11月の連邦議会中間選挙は、民主党にとって有利な戦いになりそうだから、民主党としては周到に準備して、トランプの後半2年をレイムダックしてやるべきだと思います。
2026年05月03日
憲法改正を党是に掲げた自民党でも、なかなか実行できずに80年も経ってしまった日本国憲法について、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、4月18日付同紙コラムに、次のように書いている; 昨年まで駐日韓国大使だった朴喆熙(パクチョルヒ)氏が15日、日本記者クラブで印象的な話をした。韓国有数の日本政治専門の学者として安倍晋三元首相の側近に「安倍さんは憲法の何を変えたいのか」と尋ねたときの返答だ。 「憲法を変えられるということを見せたい」 中身は二の次で「改憲する感覚」を国民に味わってもらうのが本音だったという。得心がいく。 8年余の長期政権の間、安倍氏の改憲戦略は迷走した。憲法をいじるのが目的と誰にでも分かる。本人も自認していたのだ。 これは、日本国憲法を、占領期の連合国軍総司令部(GHQ)による「押し付け」だから、自主憲法に改めるといった古い議論とは、似ているようで違う。 「強い日本を取り戻す」の標語通り、安倍氏は「失われた30年」で低下した日本の存在感を高め、国際的プレーヤーとして輝きたいという願望が強かった。 それには軍事活動の質と範囲を拡大する必要がある。憲法9条改定が正攻法だが、安倍氏は内閣法制局長官をすげ替え、集団的自衛権行使を一部容認する解釈改憲のからめ手で安全保障関連法を作り、正面突破を避けた。 同法成立後「米国が改憲する必要はなくなったと言うんだよ」と評論家に漏らしている。 だが同法施行の翌2017年、憲法記念日に改憲派集会へのビデオメッセージで、9条の戦争放棄・戦力不保持・交戦権否定の規定は変えず、自衛隊の存在を明記する「9条の2」を追加する独自案を突然発表した。 安保法成立に尽力した高村正彦自民党副総裁(当時)も寝耳に水で「安倍改憲はこれでいいのか」と驚いたという。またしても正面突破回避だったからだ。 これをもとに自民党案4項目が作られ、与党が条文化を主張する緊急事態条項はその一つ。名称は大仰でも、緊急性は疑わしい。 「安倍後継」を名乗る高市早苗首相が12日、党大会で述べた。 「どのような国をつくりたいか。その理想を物語るのが憲法だ。私たちの物語を歴史という書物の新たなページに刻もう。立党70年、時は来た。改正発議にメドを立てて来年の党大会を迎えたい」 権力者が自作の憲法で権力を乱用するのを防ぐため、国民が国家権力(政府)を縛るルールを作る。それが立憲主義である。 その近代憲法原則を無視し、安倍・高市改憲は憲法の画布に自分たちの夢みる「強い日本」の自画像を上書きしたいらしい。どうせ改憲するなら、もっとましな絵にしてもらいたい。(専門編集委員) ◇ 4月18日に配信した記事に「安倍晋三元首相に『憲法の何を変えたいのか』と尋ねたときの返答だ」との記述がありました。しかし、朴喆熙氏は安倍氏から直接ではなく、周辺の関係者から話を聞いていましたので、訂正しました。2026年4月18日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-かわいそうな日本国憲法」から引用 安倍信三が憲法改正に前向きだったのは、多分、自民党政権として自分が長く担当していくための方便と考えていたのではないかと、私は思います。アメリカはアフガニスタンやイラクを侵略するに際して、日本にも自衛隊を派遣するように「圧力」をかけてきており、その都度日本は「憲法の制約」を口実に断ってきており、そのような日本の対応にアメリカ政府は大きな不満を持っており、そのことは安倍信三もひしひしと感じていて、しかし改憲は困難だから、憲法はそのままで、とりあえず自衛隊を米軍と一緒に戦闘参加できるように、高村正彦自民党副総裁(当時)に頼んで、それまでは「不可能」とされていた「(自衛隊の)集団的自衛権行使の戦闘行為も合憲である」という「こじつけ」の憲法解釈をでっち上げて、安全保障関連法を成立させたので、それでアメリカからは「改憲の必要はなくなったよ」と言われたのでした。それにしても、高市早苗が呪文のように唱えている「どのような国をつくりたいか、その理想を物語るのが憲法だ」との言説は、立憲主義に照らして見るに、ほとんと寝言のようなレベルであり、一度精神科を訪れて精神鑑定を受けるべき「容体」ではないかと思われます。こういう政治家に国政を任せるのは、実に危険な事態であると言わざるを得ません。
2026年05月02日
現役自衛官が自民党大会に出席してステージで国歌を斉唱した問題で、記者会見に応じた荒井正芳陸幕長の発言からどのような問題が明らかになったか、4月16日付け「しんぶん赤秦」は次のように報道している;◆政治的行為を禁止 12日の自民党大会で、陸上自衛隊中央音楽隊の現役女性自衛官が国歌を歌った問題を巡り、自衛隊施行令に反した利益提供にあたる可能性が浮上しました。 陸自トップの荒井正芳陸幕長は14日の記者会見で、「あくまで『私的行為』」であり自衛隊法の「政治的行為の制限」規定違反にあたらず「不適切だったとは考えていない」と述べました。その上で、当該自衛官が、大会を企画したイベント会社から謝礼や車代など金銭を受け取ったのか問われたのに対し、「受け取っていない」と答えました。 記者から、本来支払われるはずの歌手などへの出演への依頼料が今回かからなかったとすれば、イベント会社の利益になっていると指摘されたのに対して、荒井氏は「あくまで私人としての行為なので、詳細は差し控える」として明白な説明を拒否しました。 自衛隊法第61条1項は、投票行動を除いて隊員の政治的行為を禁じています。同法施行令87条は、自衛隊法61条で定める「政治的行為」の一つに、自衛官が「政治目的を持つ行為で利益を提供」することを挙げています。 また荒井氏は、自衛官が歌唱時に演奏用の制服を着用していたことについて、本来は自衛官服装規則第13条で陸幕長が必要と指示した場合に着用することができるとしたうえで、今回は私人としての行為で「私の指示を受けたものでない」と説明。職務外での着用は禁止されておらず、私的な場面での演奏服着用が「規則違反ではない」などと述べました。この見解通りであれば、陸幕長の指示に基づいて着用できる制服を、「私人」であれば好き勝手に着用できることになり、服装規則自体の意味がなくなってしまいます。 さらに、小泉進次郎防衛相が14日の記者会見で、「(制服は)常時着用義務がある」と述べましたが、「指示」に基づいて着用するという陸幕長の見解と真っ向から矛盾します。2026年4月16日 「しんぶん赤旗」 2ページ 「規定違反、利益提供の可能性」から引用 現役自衛官の自民党大会出席問題で記者会見に応じた陸幕長は、政府から「何が何でも、『私人だから違法性はない』で押し切れ」とでも言い含められていたのか、自民党大会に出席したのはこれはどこからどう見ても政治的行為に違いないので、これは「自衛隊員としてではなく、私人として出席した」というのは、選挙の際に「投票行為は私人としての行為」という文脈で、誰でもが認めるところですが、イベント会社が自民党から「大会運営」を請け負った際には当然の対価が請求されているわけで、その請求額には当該自衛官への国歌斉唱の謝礼も含まれていたはずで、それを自衛官が受け取らなかったのであれば、その分はイベント会社の「利益」となってしまっているわけで、君が代を歌って自民党大会を盛り上げて、その謝礼はイベント会社の利益になるという二重の自衛隊法違反が疑われます。また、演奏用の制服着用は陸幕長の「許可」が必要ということも自衛官服装規則第13条に規定されているのに、でも私人であれば勝手に着用しても別に問題はないなどと、まるで落語の台本のような話になってしまう。しかし、これは笑って済ませられる問題ではありません。非は非として、しっかりけじめをつけることが、自衛隊の組織としての健全性を確保する上で必要と思います。
2026年05月01日
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