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赤穂浪士の討ち入りを題材にした小説「いとまの雪」上下刊を発表した伊集院静氏について、16日の東京新聞は次のようなインタビュー記事を掲載している; 開口一番、「どうでしたか」と感想を求められた。面白く一気に読み終えたと伝えると、ほっとしたような笑顔を見せた。「失敗の可能性の方が高いかもしれないが、古希を前にやってみるかと思ったんです」 何十作も書いてきた大家とは思えない謙虚な姿勢だが、それもそのはず。今回挑んだのは「初めての時代小説」。しかも題材は「忠臣蔵」である。何度も歌舞伎や小説の題材となり、誰もが知る四十七士のあだ討ち物語を、中心人物の大石内蔵助の人生に添って描く。まさに直球勝負の高い障壁を自らに課した。 「自分はずっと時代小説の読者でしたが、いいと思うのは藤沢周平の『蝉せみしぐれ』にしても、山本周五郎の『樅もみノ木は残った』にしても、耐える男の物語だと気付いた。そして『忠臣蔵』こそ、じっと耐え抜く、気骨ある男の生き方が描けると思ったんです」 副題に「新説忠臣蔵」と銘打つ通り、新解釈も織り込んだ。「調べて感じたのは、討ち入りの成功は奇跡に近いということ。優れた経済官僚が背景にいたのでは」。その視点から、藩の財政を支えた「赤穂の塩」に注目。そこに四十八番目の浪士という謎も絡めた。「生きるお金とは何かということも伝えたかった」 実は近年、忠臣蔵を扱う小説は数えるほどしか出ていない。君主への忠義を美徳とする物語は、現代にはそぐわないのか――。しかし執筆するうち「浪士たちの根底に流れるものが、実は戦後の日本の経済力を支えたんじゃないか」との考えに至った。「それは忠誠心というより、耐える力だね。耐えると决めたら、とことん耐える。そういう人たちがいるのが日本の国だと分かってもらいたい」 執筆後の昨年一月、くも膜下出血で倒れたが、後遺症もなく回復。小説やエッセーの連載も順次再開させた。「たばこをやめ、お酒も十分の一に減らした。次の時代小説では誰を書こうかと考えています」 エッセー『大人の流儀』シリーズをはじめ、力強い言葉の数々で読者を励ましてきた。コロナ禍の困難な時代にこそ、その言葉を求める人は多いはず。そう伝えると、期待通りの答えが返ってきた。「人類が感染症に敗れたことは一度たりともない。必ず最後は彼らを追いやり、元の生活に戻った。なぜかというと耐えたからです。耐えるという精神を皆で共有すること。大事なのはこれですね」KADOKAWA・各1870円。(樋口薫)2021年1月16日 東京新聞朝刊 8ページ 「書く人-耐え抜く男の生き方」から引用 この記事にも書かれているように、忠臣蔵は実際に江戸時代にあった事件を題材にした物語で、江戸時代から今日に至るまで繰り返して歌舞伎や芝居、小説、映画、テレビドラマで語り継がれてきたもので、その「物語」が伊集院氏によって新たな小説になったことに、私は興味を感じます。ドナルド・キーン氏やサイデンステッカー氏のような熱心な日本文化研究者はいますが、「(何事にも耐える、)そういう人たちがいるのが日本の国だと分かってもらいたい」と、まるで日本人国粋主義者のような発言を聞けば、民族文化という「分類」は単に事務的な分類に過ぎず、民族の血が文化を体現するというのは「錯覚」であり、「民族文化」と言えども血縁に因らず、長くその社会で暮らせば身につくものだということを示唆しているように思います。
2021年01月31日
先日、当ブログに紹介した小田嶋隆著「日本語を、取り戻す」を読み進むと、次のような文章に遭遇した; 正直なところを告白するに、先月来、世間を騒がせている黒川弘務検事長の定年延長問題を、私は、見誤っていた。もう少し踏み込んだ説明をすれば、法律の専門家でもなければ、官僚人事についての「相場観」を身につけている人間でもないオダジマは、つい最近まで、安倍政権が、法改正を経ずに、閣議決定で検事の定年を延長する挙に出たことの意味を、理解できずにいたからだ。 いや、ひどい話なのだということはわかっている。なにしろ前例のないことではあるのだし、三権分立が大切だということは、中学校の社会の時間に習って以来よく知っている。ただ、どれほどひどいのかという「程度」の問題が、実は、わかっていなかった。多方面で身勝手な横紙破りをやらかしている安倍さんと、その周辺の人間たちが、例によって、身びいきの人事を敢行したのであるうと、そう考えていた。もちろん、検事長というポストが普通の公務員とは違うことはわかっていたし、そこに手を突っ込んだことについては、「しかしまあ、どこまで調子ぶっこいているのだろうか」くらいには思っていた。 でも、本当のところは、やはりわかっていなかった。思うに、今回の検事長の人事は、安倍さんにとって、単に調子ぶっこいている猿山人事の一環という程度のお話ではない。 おそらく、この検事長人事は、安倍さんにとって、絶対に譲ることのできない、政治生命にかかわる一大事なのだと思う。 最初に「あれっ?」と思っだのは、産経新聞がその社説の中で、正面からこの人事を批判してみせた時だった。 「おい、産経が社説で批判するのか?」 と、私はたいそう驚いた。というのも、第2次政権発足以来、産経新聞は、およそどんな局面でも安倍政権を擁護する田舎のおかあちゃんみたいな存在だったからだ。その身びいきの露骨さは、時に滑稽なほどだった。その産経新聞が批判にまわっているのは、これはよほどのことなのではあるまいか、と、この時、はじめて、私はこのたびの黒川人事の異常さを実感した。 自民党内でも、この人事については異論が多い。検察内部でも、現役の検事正が顔出しで真正面から批判の論陣を張っている。 してみると、これは、前代未聞の、全方向的にあり得ない卓袱台返しで、身内でさえ誰一人擁護できないほど筋の通らない、クソ人事なのであろうな、と、ようやく私は理解したのだが、この時の理解もまだまだ甘かった。というのも、私は、さすがの安倍さんも、ここまで四面楚歌の状況に陥った以上、いったんは検事長の定年延長事案をひっこめて、出直すだろうと考えていたからだ。 国会答弁でも、この件に関しては、ほとんどまったくマトモな回答ができていない。人事院のお役人も、森雅子法務大臣も、支離滅裂どころか、恥さらしとしか言いようのないデタラメな答弁を繰り返している。 で、つい昨日(というのは3月9日)、その森雅子法相が、9年前の東日本大震災の折、公務を投げ出して逃げた検事がいたことを、今回の定年延長の根拠のひとつとして掲げる、驚天動地のおとぎ話答弁をしているのを見て、ようやく私は悟った。つまり、安倍さんにとって、この人事は、どんな赤っ恥をかいても押し通さなければならない彼の生命線なのであるということを、だ。 つまり、安倍さんは、ガチで自分が逮捕される近未来を予測している。そして、その事態を心底から恐れている。だからこそ、なりふりかまわず、国会答弁を踏みにじる勢いで当該の人事を貫徹しにかかっているわけだ。 ところで、安倍さんが恐れている逮捕事案(検事総長の首を無理矢理にすげ替えてまで隠蔽しようとしているできごと)とは、いったい何だろう? この腐った人事の向こう側には、どんな犯罪が隠れているのだろう。 それを、今後半年ほどの間に見極めたいと思っている。楽しみがひとつできた。([GQ]2020年5月3日)小田嶋隆著「日本語を、取り戻す」(亜紀書房刊) 106ページ 「黒川弘務検事長の定年延長問題、トンデモ人事の裏のウラ」から引用 この文章も、ユーモアのセンスを滲ませながら鋭く「真相」に迫ろうとしていて面白い。検事長の定年を内閣の判断で延長するなどということは検察庁法に定めのない「違法な人事」であったが、安倍内閣では憲法も法律も無視して勝手に閣議決定するという無法行為が横行していたため、国民は黒川検事長に関わる「違法な人事」についてもあまり驚かなくなっていたが、小田嶋氏もついそういう雰囲気に慣れてしまっていたところ、辛うじて「これは、変だぞ」と気づいていくところが「面白さ」のポイントだと思います。この文章が書かれたのが2020年3月で、5月になると黒川氏の「賭けマージャン」事件が発覚し、8月の「安倍辞任」に至る。この一連の流れについて、小田嶋氏は「GQ」やその他の雑誌にどのような記事を書いていたのか、興味深々です。
2021年01月30日
就任以来めったに記者会見をしない菅首相は、今月に入って珍しく3回も記者会見を開いた。めったにない記者会見だから、この際いろいろ聞いて国民の期待に応えたい記者団は、官僚が用意した原稿を読み終わった菅首相に挙手をして質問の意思表示をしたのであったが、司会者が「この後の日程がありますので、こちらで結ばせていただきます」と強引に会見を打ち切ったのであった。3回の記者会見が同じパターンで終了したことについて、ライターの武田砂鉄氏は25日の「しんぶん赤旗」に、次のように書いている; 出版社の編集者と打ち合わせをする時にはなるべく何件か続けるようにしており、午後2時→4時→5時半、という具合に、これくらいかかりそうかなと予測した上でスケジュールを組んでいく。でも、予定通りにはいかない。4時からの打ち合わせがなかなかうまく進まず、ようやく5時すぎになって話が動き出したのに、次の予定が迫ってしまう。◇ ◆ ◇ 「申し訳ないんですが、次の予定が。OO社にも行かなきゃいけないんですよ」 「(少し残念そうな表情で)ああ、そうでしたか。じゃあ、今日出た話、メールでまとめて送っておくんで、もう一回話しませんか」 「そうですね。まったくすみません、次の予定なんか入れなきゃよかった」 次の打ち合わせを終えて家に帰るとメールが届いている。「次の打ち合わせ、間に合いましたか。こちらも、もうちょっと素早く色々とご提案できればよかったんですが……」などと書かれている。いやいや、こちらこそ、恐縮である。 さて、この場合の「次の予定」が、もし、「家に帰る」だったらどうだろう。「次の打ち合わせ、問に合いましたか」に対する返事が、「ええ、おかげさまで、5時24分の急行に乗れたんで、スムーズに家に帰れましたよ」だったら、編集者はバカにされた気持ちになるだろうし、こんな人とは仕事を続けられないと判断するはず。◇ ◆ ◇ さて、菅義偉首相の会見である。菅首相の会見を年始から3回立て続けに見た。1月4日、年頭会見。7日、―都3県に緊急事態宣言を発出する会見。13日、宣言を11都府県に拡大する会見。その3回とも、司会進行役の内閣広報官が「次の日程がございますので、会見はこちらで結ばせていただきます」と言い、記者たちがまだ挙手している中で会見を打ち切った。 今回の政府の判断によって、店を畳む人も出てくるだろうし、会社で解雇が横行するかもしれない。多くの人が心配しながら見守る会見で、まだ質問したがっている記者がたくさんいる。でも、次の日程があるから切り上げるという。 国家の危機の中にあって、国民に語りかける会見より大切な日程とはなんだろう。「首相動静」を調べてみる。4日(午前11時)の会見後は、15分ほどの打ち合わせを経て、その後5時間ほど予定なし。7日(午後6時)の会見後は、24分ほどの打ち合わせを経て、その後予定なし。13日(午後7時から)の会見後は、15分ほどの打ち合わせを経て、その後予定なし。なんと、次の日程、なかったのだ。 そこに来ていた首相補佐官らと軽い打ち合わせをした後、ただ、帰っただけなのだ。さすがにそのまま帰れば問題視されるから、20分前後打ち合わせをしておく。で、帰ってしまう。 先の例で言えば、「5時24分の急行に乗れたんで、スムーズに家に帰れました」って言っちゃうような人が首相をしているのだ。次の予定・日程がないのに、会見場を立ち去り続ける。信頼できるはずがない。(だけだ・さてつ ライター)2020年1月25日 「しんぶん赤旗」 7ページ 「武田砂鉄のいかがなものか-ただ家に帰っただけの人」から引用 「首相動静」はインターネットでも確認できる。菅首相が記者会見した日に、会見の直後に打ち合わせしたメンバーは次のとおり;藤井健志 官房副長官補和泉洋人 総理大臣補佐官(13日は不在だった)吉田学 感染症対策推進室長樽見英樹 厚労省事務次官福島靖正 医務技監毎回、会見が終わった1分後にこのメンバーで打ち合わせをしているから、多分会見場の隣の部屋でこれ見よがしに20分前後の打ち合わせらしき様子を見せた後、菅氏は首相官邸に移動し30分ほど時間をつぶして議員宿舎に戻っている。したがって、「次の打ち合わせ」のメンバーが隣室で待機しているんだから、記者団の追加質問で20分や30分遅れても何の問題もないはずであるが、どうしても「追加質問」は受けたくない「事情」があるのだと思います。こういうこと(事前に質問を集めて官僚が作文して、首相は読むだけ)が始まったのは、安倍前総理の時代からで、安倍氏も菅氏もその日その日にテーマになっている問題について、あまりよく理解が出来ていないのではないかと思います。だから、事前に記者団から質問を集めて、官僚に答えを作文させる。したがって、追加の質問となると適切な答えができない。答えられない質問を繰り返されると、安倍氏の場合はキレる。菅氏の場合は「文句があるなら国民皆保険なんざ、やめてもいいんだぜ」みたいに凄んで見せる。そうすると新たに余分な「問題」が持ち上がることになるので、もう「作文」にないことは一切発言しない、これにこしたことはないと菅氏は考えているのだと思います。つまり、総理の器ではない人材をムリに総理にしているから、こういう問題が生ずるのではないかと、つくづく考えてしまう今日この頃です。
2021年01月29日
昨年末に安倍前首相が記者会見をしたり国会の議院運営委員会で形ばかりの謝罪するなどを行い、「桜」問題の幕引きを図ったことについて、ジャーナリストの臺宏士氏は10日の「しんぶん赤旗」で次のよう批判している; 「桜を見る会」前夜祭をめぐる政治資金規正法違反事件で不起訴(嫌疑不十分)処分となった安倍晋三前首相は昨年12月24日に記者会見、25日には衆参の議院運営委員会で謝罪しました。 略式起訴され罰金刑(100万円)が確定した元公設第1秘書への事情聴取が11月に明らかになって以降、初めての説明です。しかし、疑問は払拭(ふっしょく)されないまま。報道キャスターらからは厳しいコメントが相次ぎました。 「時の総理大臣が事実と違う答弁を国会で繰り返していたことは大きな政治不信を招いたと言わざるを得ません。その不信感は払拭できないように思います」。NHKの有馬嘉男キャスターは24日の「ニュースウォッチ9」でこう批判し、25日にも「この問題、決着していないという声も根強くあります」と述べました。 テレビ朝日の「報道ステーション」(24日)でジャーナリストの後藤謙次氏は「(会見は)幕引きのための通過儀礼をこなした印象。ほとんど納得できなかった」。TBSの「NEWS23」(同)のコメンテーター、星浩氏も「権力が腐敗するとこういうことが起きるんだということを目に焼き付けておいた方が良いと思います」と批判しました。 安倍氏は補てんの事実を知った時期を、元秘書が認めたとの報道があった11月23日としました。この点に注目したのは、日本テレビの「news zero」(同)。小栗泉解説委員は官邸関係者の話として「補てんしていたという話が9月に表に出るはずだった。安倍総理はそれを知って心が折れた。辞任表明の引き金になった」と明かしました。 本当だとすれば、安倍氏は虚偽説明を重ねたことになります。「朝日」や「毎日」は社説(26日付)で偽証罪に問える証人喚問を求めました。そのとおりだと思います。(だい・ひろし=ジャーナリスト)2021年1月10日 「しんぶん赤旗」 35ページ 「メディアをよむ-『桜』幕引きに一斉批判」から引用 この記事では「本当だとすれば、安倍氏は虚偽説明を重ねたことになる」と、実に遠慮深い表現をしているが、実際にそれは本当だったのであり、だから病気を騙って総理大臣を辞任したのである。理由は何であれ、辞任しないようなら検察はホテルから入手した証拠に基いて「安倍事務所が『前夜祭』の費用を補填した」事実を公表し、強制捜査に乗り出す腹だったが、本人が辞任ならまあいいだろうと情状酌量したというのが真相で、年末の記者会見や議院運営委員会で安倍氏が「虚偽説明を重ねた」のは事実であると見て間違いないでしょう。
2021年01月28日
新型コロナウイルスの感染拡大という大事件に遭遇した現代人は、社会の仕組みをどう変えていくべきか。法政大学教授の水野和夫氏は、10日の毎日新聞で次のように述べている; 新型コロナウイルスの感染拡大で、サービス業を中心に仕事を失う人が増える一方、影響を受けず逆に収入を増やしている人々もいる。法政大の水野和夫教授(グローバル経済論)に、新型コロナがもたらす格差について聞いた。<聞き手・岡大介>◇「非正規」影響大――新型コロナによって格差は広かっていますか。 ◆どう考えても広がっている。人との接触を避けオンラインで業務ができる人々は、比較的打撃が小さい。それらの人々は元々正社員が多く、残業代などが多少減ってもそれほど影響はない。一方で、対面でサービスする飲食などの業種はもともと非正規社員が多く、新型コロナで職を失い収入がゼロになるケースもある。看護師も、最前線で頑張っているのにコロナで病院が経営難になりボーナスが減るという矛盾が起きている。格差自体は以前から存在していたが、コロナで拡大している。――日本で格差が広がり始めたのはいつごろからでしょう。 ◆1990年代以降だと考えている。特定の業種に限定されていた派遣労働が99年に原則自由化された。企業は、派遣労働者や非正規労働者を雇用の調整弁として使い、人件費を固定費から変動費に変えることに成功した。削減した人件費は株主への配当金の原資となった。同じ時期に「金融ビッグバン」と呼ばれる金融制度改革も行われ、国境を超えてお金が動くようになり株価が乱高下しやすくなった。普通の人々のほとんどは資産を預金という形で保有しており、低金利で増えない状況だ。だが、余裕のある富裕層は株の配当や株価上昇で資産を増やしている。 世界的に経済成長は止まりつつある。富を得るには誰かから奪わなければいけない。昔は南の途上国から石油や商品作物など資源を奪っていたが、途上国もそれを許さなくなり、先進国ではいわゆる「中間層」がターゲットになった。日本でそれを象徴するのが、派遣労働の解禁だ。――懸念される影響は。 ◆日本で格差拡大が顕著になり始めて、四半世紀たった。つまり1世代に相当する。それだけ格差拡大が続くと、教育格差も広がる。親の所得が子供世代に影響し、格差が再生産される。現在、生じている格差は競争の結果ではなく生まれた家で決まっており、身分制の時代に近い状況だ。アンケートをすれば、「中間層」と答える人々はまだ多いだろう。だが、物価上昇の影響を除いた実質賃金は長期的に下落傾向にあり、すでに中間層はかなり薄くなっている。――コロナ禍が社会に与える影響は。 ◆変革の機会になりうる。14世紀に西欧で黒死病(ペスト)が流行した際、当時権威を誇っていた教会は感染を収束させられず信頼が低下し、宗教改革の遠因になったとされる。代わって、人々が信じる対象は「数字」へと変わった。来世の良い生活を信じていた時代から、数字に利益を信じ現世が大事な時代になった。金をためれば生活が良くなると考えるようになり、資本家が利益を最優先する今につながる社会が出現した。 数字は資本とも言い換えられるが、この資本は今、世界中で余っている。2020年のオックスファムリポートなどによると、世界の10億ドル長者2153人分の富は下位46億人の合計より多く、8・7兆ドル(約900兆円)に達する。日本企業も、貯金にあたる「内部留保金」の合計額が19年度は475兆円ある。 企業の内部留保は人件費の抑制などでためてきたものだが、今使わずにいつ使うのか。今、日本全体が危機だ。個別企業に内部留保があるかないかを議論するのではなく、苦しむ企業と従業員に回すことを考えるべきだ。企業はこれまで、「いざという時のために」と説明し、内部留保を積み上げてきた。今使わなければ説明はウソだったということになり、ただ資本で資本を集めていただけということになる。ため込まれて使われない資本は、17世紀のフランスの詩人、ラ・フォンテーヌの「寓話(ぐうわ)」にある「財産を失った守銭奴」ではないが「石」と同じだ。ただの石であれば意味がないということになり、利益や資本、貨幣といった「数字」への信頼は、コロナ禍で変わる可能性がある。◇ゆとりある社会に――規模を追求する現代の資本主義を見直し、低成長を前提とした社会への転換を訴えていますね。 ◆コロナが動物と人間の境界を越えて感染しグローバルに拡大したのは、人間の経済活動が影響している。我々はこれまで、「より速く、より遠く」を追求してきた。しかし、環境破壊などが問題になっているように膨張は限界で、このような考え方は人間を苦しめるだけだ。今後は、「よりゆっくり、より近く」に転換すべきだ。東京で暮らし、働いていると通勤に年600~700時間使っているという試算もある。所得は多いのかもしれないが、時間に余裕は全くない。生活にゆとりを求めると、地方の方が豊かだということになる。企業が都市に集中しているので、飲食店も都市に集中している。企業が分散すれば、地方の雇用も増えるだろう。 生活も豊かになった現在、もうのんびりしてもよい段階に入った。企業も個人も「将来不安だから」と預金を増やし続けているが、ため込んでも使い道がないのだから取り崩してもよいはずだ。使われないなら、富裕層の相続税の税率を引き上げて、大学無償化の財源に充てるなど再分配に回せば格差縮小にもつながる。みんなで、余裕のある暮らしができる社会を目指すべきだ。<みずの・かずお> 1953年生まれ。経済学者。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミスト、内閣官房内閣審議官、日本大学国際関係学部教授を経て、法政大学法学部教授。2021年1月10日 毎日新聞朝刊 13版 6ページ 「コロナで変わる世界-内部留保今こそ還元」から引用 この記事は経済学者の目から見た人類の歴史を語っていて、真実を表現している。中世の頃は人類は宗教を信じていたから、教会が世の中を支配してローマ教皇がヨーロッパ中の国王を任命する権威ある立場であったが、ある日疫病が流行して、いくら神様を拝んでも疫病が終息しない事実をしって教会は権威を失墜する。その代わりに人類が目を付けたのが「カネ」で、植民地から富を奪う資本主義経済が発達したが、その経済も限界に達すると巨大資本家の金庫には莫大な「内部留保」が溜まりこんで、行き場を失っている。その「内部留保」を今こそ人類の「救世済民」に活用しなければ、せっかくの労働で得られた人類の「利益」が只の「石ころ」に成り下がってしまう。なかなか示唆に富んだ主張である。資本主義経済の枠組みで見れは、「内部留保」は私企業の私有財産ということになるが、経済学の立場から見れば、「利益」というものは「労働」によって生み出されるものであって、資本家が投資した結果が100%ではないのだから、企業が私有財産として「内部留保」を独占するのは不当というものであり、社会の中の「利益の不当な偏在」をバランス良く調整するのが政治の仕事である。自民党政権にはいささか荷の重い仕事かもしれないが、歴史の変化に順応する政権は繁栄し、旧体制に固執する政権は廃れる運命にあると思います。
2021年01月27日
昨年9月刊行のエッセイ集、小田島隆著「日本語を、取り戻す」の中に、安倍前政権最大の罪は「国の文化と社会を破壊したことだ」とする次のような文章がある; 安倍政権には言いたいことがいっぱいある。まず、対米追従&対露弱腰外交は「売国」という古い言葉を召喚してこないと形容しきれないと思っている。経済では、消費増税によって、アペノミクスの3本の矢を焚き付けの薪として炎上させてしまった。これだけでも退陣の理由としては十分だ。とはいえ、外交は相手あってのことだ。経済もまた、運不運の要素を含んでいる。なので、失策のすべてを安倍さんのせいにするつもりはない。ここは見逃してさしあげても良い。 政権の罪は、むしろ、彼らの日常動作の中にある。たとえば、行政文書を前例通りに記録・保存するという行政の担当者としてのあたりまえの習慣を、安倍晋三氏とその追随者たちは、政権を担当したこの8年の間に完膚なきまでに破壊した。それだけではない。彼らは、自分たちの政治資金の出納を真っ当に報告するという、政治家としての最も基本的な義務すら果たしていない。かてて加えて、安倍政権の中枢に連なるメンバーは、正確な日本語を使い、公の場でウソをつかないという、日本の大人として守るべき規範をさえきれいにかなぐり捨ててしまっている。おかげで、わたくしどものこの日本の社会では、日本語が意味を喪失し、行政文書が紙ゴミに変貌してしまっている。でもって、血統と人脈とおべっかと忖度ばかりがものを言う、寒々とした前近代がよみがえりつつある。 結論を述べる。安倍政権は外交と経済をしくじり、政治的に失敗しただけではない。より重要なのは、彼らがこの国の文化と社会を破壊したことだ。私はそう思っている。一刻も早くこの国から消えてもらいたいと思っている。(「日刊ゲンダイ」2020年2月23日)小田島隆著「日本語を、取り戻す」(亜紀書房刊) 12ページ「最大の罪は国の文化と社会を破壊したこと」から引用 確かに、安倍政権の8年間の国会審議は野党の質問に対して、わざと論点をずらして答えをはぐらかし、形だけ如何にも応答したかのような素振りを見せるだけで、野党が提起した疑問も質問も何も解決しないまま押し通すだけとなり、結果として国会審議が空洞化してしまった。本来であれば、そのような不誠実な国会対応をメディアがしっかり監視し批判するべきであったが、上層部が首相と会食を重ねるような体たらくではそれもなかなか難しく、前政権が破壊した文化と社会を立て直すのは、容易な作業ではないように思われる。
2021年01月26日
法律で定められた「国民の祝日」に対する認識や新聞の取り上げ方について、拓殖大学教授の丹羽文生氏が10日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 今や死語と化しているが、以前は祝日のことを「旗日」と呼んだ。子どもの頃は旗日になると祖母と一緒に物置から国旗を取り出し、「白地に赤く日の丸染めて」と、唱歌「日の丸の旗」を歌いながら玄関先に飾ったものである。 祝日は、正確には「国民の祝日」という。1948年7月に施行された国民の祝日に関する法律、いわゆる祝日法によって定められており、「自由と平和を求めてやまない日本国民」が「美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日」(第一条)としている。 ところが、大半の国民は、祝日といっても、単に休む日、遊楽する日と捉えてしまっている気がしてならない。官公庁は例外として、住宅地で国旗を見ることもなくなった。本紙を含め、祝日の主要な全国紙を開いてみても祝賀の気配は全く感じられない。 例えば昨年11月3日の「文化の日」である。「自由と平和を愛し、文化をすすめる」日だが、当日の本紙朝刊には何の言及もなかった。 同23日の「勤労感謝の日」の朝刊も同じだった。働き方改革やテレワークといった勤労に関するニュースが頻繁に報じられる昨今である。勤労感謝の日を前に「働くって?」と題する記事(昨年11月6日朝刊19面「くらしの中から考える」)は見かけたが、「勤労をたっとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」日である勤労感謝の日の由来や意味についての解説は見当たらなかった。 一方、1月1日の「元日」は、全体的に「年のはじめを祝う」日にふさわしい内容だった。ただ、元日は基本的に世界共通であり、祝賀行事も多いため他の祝日とは同列には論じられないだろう。 古来、祝日は休む日でもなければ、ましてや遊楽する日でもなかった。天下太平、万民安寧を祈る神祭りを執り行う日であり、そのために日常の労働が避けられ、必然的に体を休める機会になったのである。 そんなことを思えば、本来の趣旨を無視して、消費拡大のためだけに設けられたハッピーマンデーは、本末転倒と言えるだろう。祝日法に照らし合わせて、その日に何を祝い、何に感謝し、何を記念するのかを立ち止まって考えてみる必要があるのではないだろうか。新聞をはじめとするマスメディアにはニュース報道だけでなく、そういうムードづくりも担ってもらいたい。 明日、「成人の日」(11日)がやって来る。「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」日である。一体、どんな紙面になるのだろうか。(拓殖大教授)2020年1月10日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「新聞を読んで-祝日とは何か」 産経新聞ならまだしも、東京新聞でこのような虚偽と欺瞞に満ちた記事を見ることは滅多にない。「子どもの頃は旗日に祖母と物置から国旗を取り出して」飾ったとか「日の丸の旗」という唱歌を歌ったとか、あり得ない話だ。昭和20年代の日本の主要都市は米軍の空襲で焼け野原になり、必死で復興作業に取り掛かっていたのであって、旗日だからと言って「日の丸」を飾ったり唱歌を歌ったりしてる場合ではなかった。そもそも日の丸を飾ってめでたい気分になっていたのは、明治維新から敗戦までの大日本帝国下の臣民であって、戦後の日本人の多くは、戦中に町内会や国防婦人会が日の丸の小旗を振って多くの若者を戦場に送り戦死させたことに深刻なうしろめたさを感じていた。政府もそのことは肌身に感じて分かっていたから、「国旗国歌法」の制定は平成時代にまでずれ込んだのである。「文化の日」は「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」だとか、「勤労感謝の日」は「勤労をたっとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」だなどというのは、GHQの目を誤魔化すための美辞麗句であって、「文化の日」は実は明治天皇の誕生を祝う日、「勤労感謝の日」は実は「新嘗祭」と、どの祝日も国家神道イデオロギーを象徴する記念日だ。多分、このような記念日を考案した当事者は、GHQが引き上げた暁には大日本帝国を復活させる機会があるかも、と夢想したかも知れないが、そう簡単には行かなかったのは幸いである。「古来、祝日は休む日でもなければ、ましてや遊楽する日でもなかった」とも書いているが、それはあくまでも明治維新から敗戦までのことであって、江戸時代の農村では、それぞれの村ごとに、月に1度か2度「遊び日」を決めて村中一斉に仕事を休む日にしていたことも明らかになっており、現代市民の「祝日」理解は今のままで何の問題もないと思います。「勤労をたっとび、生産を祝う」のは企業経営者に求められるものであって、「国民たがいに感謝しあう」などと抽象的な表現よりも「経営者が労働者に感謝して、待遇改善に努める日」という風にするのが、国民にも好印象を与えることに繋がると思います。
2021年01月25日
社会正義を実現する道が閉ざされたかのような日本社会の行く末を憂慮する投書が、9日の東京新聞に掲載された; 「桜を見る会」前日の夕食会の費用補填(ほてん)問題は、安倍前首相の政治団体の代表を務めた公設秘書を略式起訴しただけで「一件落着」の様相です。 安倍氏がほっと胸をなでおろしているのか、ほくそ笑んでいるのか分かりません。昨年12月25日、衆参両院の議院運営委員会では「道義的責任を痛感している」と陳謝しましたが、そんな面持ちには見えませんでした。 夕食会の会計処理については「私が知らない中で行われていた」と言い、責任をすべて秘書に負わせています。良心のかけらも感じることはできません。こうなることは予期していたものの、暗澹たる気持ちになりました。 問題の核心は、桜を見る会という公的行事が、安倍氏の地元支持者の饗応(きょうおう)の場へと私物化されたことです。それを政治資金収支報告書の記載問題に矮小(わいしょう)化して終わらせてはならないと思います。森友学園、加計学園、そして桜を見る会という醜聞への捜査が尽くされないまま安倍氏は次期衆院選に立候補しようとしています。 政治家に反省と更生を求めても無駄だとすれば、国民は司法に期待するしかありません。しかし、検察は安倍氏側の言い分を追認しただけでした。検察の信頼も地に落ちたと言うべきです。 社会正義を実現する道が閉ざされたとき、社会がどのような道をたどるのか。実例は世界中にいやというほどあります。それでも私は司法に一縷(いちる)の望みをつないでいます。報道機関も政治家の悪事を追及する強い意志を持たなければなりません。日本社会の劣化につながる重大な問題だからです。2021年1月9日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「ミラー-安倍氏の追及を続けよ」から引用 安倍氏は史上最長の首相在任期間中に、これまた数えきれないほどの閣僚の不祥事が発覚し、何十回「責任を痛感」をしたことか。しかも、その「痛感した責任」をただの一度も取ったことがないという、これもまた史上まれに見る珍事でしたが、最後のとどめが公設秘書の「略式起訴」で終わりというのは、あまりにも中途半端ですから、ここはやはり「最後の締め」として本人が責任をとって議員辞職する、これが花道というものではないでしょうか。
2021年01月24日
感染者数が増える一方のコロナ禍で失業者も増える現状について、エッセイストの師岡カリーマ氏は、9日の東京新聞コラムに、次のように書いている; コロナ禍で困窮する人々を追ったNHKのリポートを見た。元エンジニアや工場職員など、つい最近まで貧困とは無縁たった人々が突然住居や職を失って、寒さと飢えに苦しみながらも生活保護などのセーフティーネットからこぼれ落ちている。「生活保護に申請するのは後ろめたい」とある男性は言った。「役所から娘に連絡が入るのは耐え難い」とも。生活を立て直すまで迷惑をかけたくないという。 あらためて、菅首相が掲げた「自助・共助・公助」という思想のなんと浮世離れしてタイミングの悪いことかと思う。この大変な時に、テレビを通じて「公助を受けるのは恥ずかしいこと」と説教したようなものだ。 生活保護は、施しでも贈り物でもない。国民を守るために国民の金を使うことだ。日本は「国民を守る」という名目で世界でも上位に入る莫大な防衛費に国民の金を充てている。ミサイルから守られる資格のない人などいないはずで、飢えと寒さから国民を守るお金も同じ発想であるべきだ。アベノマスクの無駄遣いの責任は誰も取らないのに、コロナ禍の失業が自己責任なわけがない。 自治体などは「生活保護はあなたの権利です」として支援を必要とする人々に積極的に働きかけていくという。でもネット発信は届きにくい。首相自ら市井を歩いて訴えてほしい。「あなたの権利です」と。(文筆家)2021年1月9日 東京新聞朝刊 11版 23ページ 「本音のコラム-施しではない」から引用 生活保護と聞くと「不正受給」と反応する世の中を変える必要があると思います。自治体の窓口も、申請に来る人の中にはいろいろな人がいるにしても、「クルマを処分してから来てください」とか「ペットを飼ってる人は資格ないです」という間違った対応を改める必要があり、また、申請者の親族に連絡をとって「本当に生活保護が必要なのか」と確認をとるなどという嫌がらせ行為はやめて、スムーズに申請を受理するべきです。何しろ、長年の役所の嫌がらせ行為は生活保護を必要とする人々の骨身にしみており、受給が必要と思われる人々の2割しか、実際には受給していないという統計が政府によって確認されているのですから、この状態は改められるべきです。支持率低迷に悩む菅首相も、たまには首相官邸から銀座通りまで「生活保護はあなたの権利です」と書いたプラカードでも持ってパレードをすれば、市民も意外な面を見たということで支持率回復に役に立つのではないでしょうか。
2021年01月23日
菅政権が学術会議が推薦した6名の学者を任命拒否するという違法行為が発覚したとき、ユニークな抗議声明を発表して話題になった慶応大学教授でイタリア学会会長の藤谷道夫氏は、安倍前政権から引き継がれた異常な事態について、7日の「しんぶん赤旗」で次のように述べている; 日本学術会議の会員任命拒否の問題は、安倍・菅両政権のさまざまな問題点を象徴的に示しています。 日本学術会議の問題から、民主主義と国民主権の破壊が、とうとうここまで来たかという感じがします。安倍・菅政権は、”選挙に勝てば、何をしてもいい”と、まるで独裁権を持ったかのような勘違いをしています。国会も法律も軽視してきました。国民があくまで主権者であるにもかかわらず、国民を下に見て、自分たちが上であり、政権に従えばいいというふるまいです。根本的に誤っています。◆法治主義の否定 ローマ時代も最初は法がなく、神官が「神のお告げ」として政治的な判断を行っていました。判断の基準は全く説明されません。 同じく、菅首相は任命拒否の理由を明らかにしません。学術会議からすれば、拒否された理由がわからなければ誰を推薦していいかわかりません。説明しない姿勢は、古代ローマの神官政治と同じで、基準は神=菅首相のみぞ知るです。現代でこんなことが許されてよいはずがありません。日本はいつから神官政治に逆戻りしたのでしょうか。ローマでは紀元前450年に法が成文化されたことで、神官の権力は無くなります。法は恣意的な判断を排していくためのルールです。菅政権の「説明しない」姿勢は学術会議法の基準を無視した法治主義の否定です。 任命拒否問題は、「学問の自由」にかかわる問題です。中世から近代への進歩の大きな特徴は権力と学問の分離です。西洋の場合は、時の権力である教会から学問が分離されたことで、一挙に科学が進展しました。菅政権の姿勢は、時の権力に学問を従わせようとする中世への時代の逆行です。こんなことをするようでは、日本は世界の進歩から取り残されてしまいます。多くの学界が反対の声明を出しているのはこの危機感からです。◆戦時中と同じ轍 日本は戦時中に、時の権力に迎合する人たち=「イエスマン」だけを集め、権力に反対する人たちを弾圧、排除した歴史を経験しています。そして、侵略戦争に突き進んだのです。菅政権は、同じ轍を踏もうとしています。(聞き手・若林 明)<ふじたに・みちお> 1958年広島県生まれ。慶応大学文学部教授。専門は西洋古典学、中世イタリア文学。著書に『ダンテ「神曲」における数的構成』、共訳『神曲地獄篇(第1歌~第17歌)』など。2021年1月7日 「しんぶん赤旗」 1ページ 「発言2021-神官政治に逆戻りか」から引用 この記事は「学問の自由」が如何に大事か、あまりよく分からない人たちにも分かるように丁寧に説明していると思います。学問が政治や宗教の支配から独立したときに、一気に発展したという実例は理解しやすいと思います。日本の場合は、20年ほど前から政府が大学の自治に介入し、教授会の決議権を禁止して今日に至っており、そのようにして国家権力が「学問の自由」を妨害してきたことと、近年の大学研究者が発表する論文の数において、日本はアメリカ、中国、韓国に追い抜かれてしまっていることが、大いに関係しているのではないかと、私は思います。
2021年01月22日
新型コロナウイルスに対する日本政府の取り組み姿勢は、世界の標準に比べてどうなのか。思想家の内田樹氏は、1月8日の「週刊金曜日」に、次のように書いている;「2020年を展望する」というような趣旨の原稿を去年も書いていたのではないかと思ってHDを探してみたが、それらしいものは書いていなかった。書かないでいてよかった。まさか「こんな1年」になるとは去年の暮れには思ってもいなかったからだ。 武漢の新型コロナウイルス感染のニュースが入ってきたのが1月。ダイヤモンドプリンセス号での感染者発見が2月。それから後、年末に至るまで、パンデミックは世界に拡大し、収束の気配がない。 このような事態を去年の暮れに私はもちろん「展望」していなかった。けれども、考えてみると、人獣共通感染症の蔓延はかなり蓋然性の高い出来事なのだった。2002年のSARS、2009年の新型インフルエンザ、2012年のMERSと10年間に3回アウトブレイクが起きている。だから、遠からず4回目が来ることは高い確率で予測されていたはずである。でも、どこの国もそのための十分な備えをしていなかった。私たちはそのことにもう少し驚いてよいと思う。 感染症専用病棟、人工呼吸器、防護服、検査キット、マスクなどの備蓄が十分だったのは中国くらいである(どこのメーカーも「世界の工場」中国にアウトソースしていたのである)。必要なものを、必要な時に、必要な量だけ供給して在庫を限りなくゼロに近づける「ジャスト・イン・タイム生産方式」の信奉者たちにとって、いつ来るかわからない感染症のために医療資源を備蓄することは全く非合理なふるまいに思えたのである。医療品の戦略的備蓄と「在庫ゼロ」とどちらが合理的であるのか今ごろになってわかっても死んだ人間は帰ってこない。アメリカは感染初期には医療資源の不足で苦しんだ。イタリアも早く医療崩壊したが、EUの盟邦はイタリアへの医療品の輸出を禁止した(イタリアを救ったのは中国だった)。日本も感染初期にはほとんど何の備えもなかった。それは他の国とそれほど変わらないから日本政府を責めることはできない。 けれども、「その後」がよくなかった。五輪開催のために感染症のリスクを過小評価し、感染規模を把握するための組織的な検査システムの設計を怠り、医療機関への支援を渋り、感染拡大期に国民に不要不急の移動を推奨した。それでも死者数がアメリカの100分の1にとどまっているのは(SARSの時に国内で感染者が一人も出なかったのと同様に)、理由不明の「天祐」という他ない。◆悲観的未来を考えない 2年前にこんな文章を書いた。キーワードを伏字にしてあるが、とりあえず読んで欲しい。=== わが国の指導層の人々は****がどういう「最悪の事態」をもたらすのか、その被害を最小化するためには今ここで何を始めればよいのかについては何も考えていません。悲観的な未来について考えると思考が停止するからです。(略)それよりは無根拠に多幸症的な妄想に耽っている方が「まだまし」だと判断している。 楽観的でいられる限りは、統計データを都合よく解釈したり、リスクを低く見積もったり、嘘をついたり、他人に罪をなすりつけたりする「知恵」だけはよく働くからです。そうやって適当な嘘や言い逃れを思いつく限りは、しばらくはおのれ一人については地位を保全できるし、自己利益を確保できる。でも、悲観的な未来を予測し、それを口にしたとたんに、これまでの失敗や無作為について責任を問われ、採るべき対策の起案を求められる。そんな責任を取りたくないし、そんなタスクを課せられたくない。だから、悲観的なことは考えないことにする。早めに失敗を認めて、被害がシステム全体には及ばないように気づかった人間がむしろ責任を問われる。非難の十字砲火を浴び、謝罪や釈明を求められ、けじめをつけろと脅される。それが日本社会のルールです。システム全体にとっては「よいこと」をしたのに、個人的には何一つ「よいこと」がない。だったら、失敗なんか認めず、「すべて絶好調です」と嘘を言い続けて、責任を先送りした方が「まだまし」だということになる。(略) どんな世の中にもそういう利己的な人間は一定数存在します。これをゼロにすることはできません。けれども「そういう人間」ばかりが統治機構の要路を占めるというシステムはあきらかに病んでいます。その意味で現代日本社会は深く病んでいます。=== これはアンソロジー『人口減少社会の未来学』(文芸春秋)の序論として書いたものの一部である。伏字にした****は「人口減少」である。 だが、****を「新型コロナウイルス」に置き換えても、ほぼそのまま文意が通る。ぜひもう一度頭から読み直して頂きたい。****には「赤字国債」でも「北方領土」でも「日韓関係」でも何でも代入することができる。だから、今パンデミックで起きているのと同じような政治の機能不全は他のどのようなリスクファクターによってもほぼ同型的に反復されることが知れる。われわれが今罹患しているのはウイルスがもたらす病ではなく、統治機構の機能不全がもたらす病なのである。 だから、私の描く2021年の展望もまったく楽観的なものになりそうもない。 パンデミックは収束の見通しが立たない。アメリカの感染者数は2000万人を超え、死者は35万人に達した。第二次世界大戦の死者数29万人を超える。ロンドンは変異したウイルスの感染が広がり、再びロックダウンに踏み切った。各国で開発が進んでいるワクチンが「ゲーム・チェンジャー」になる可能性はあるが、接種体制が整うまでには長い時間がかかるだろう。先進国から順に「鎖国解除」が進んでも、クロスボーダーで人と商品が超高速で行き交うあの「グローバル資本主義」の世界はもう戻ってこない。◆五輪中止のシナリオ 東京五輪も中止される。今でも開催できないことはみんなわかっている。けれども、ここで傷の浅いうちに撤収しようと提言する人間は失敗の全責任をおしつけられるリスクがある。だから誰も言い出さない。「すべて順調です」と嘘と知りながら言い続けて、ある日いきなり天変地異のようにして「五輪中止」のニュースが外から到来して、全員が被害者のような顔をする・・・というシナリオがもうできている。 丸山真男(まるやままさお)が大日本帝国戦争指導部を手厳しく批判した通り、「ここで『現実』というものは常に作り出されつつあるもの或は作り出され行くものと考えられないで、作り出されてしまったこと、いな、さらにはっきりいえばどこからか起こって来たものと考えられていることである」(『現代政治の思想と行動』未来社)。 自分の発意で始めたことなら止めることもできる。けれども、日本ではすべて巨大イベントは「いつのまにか、どこからか起って来たもの」なので、誰もその成否について責任を問われることがない。成功したら「私の力です」と手柄顔をするタイプの人間は、失敗する時にはいちはやく姿を消している。そういう「ろくでもない人間」が世の中に一定数いることは仕方がない。でも、そういう人間たちばかりが統治機構の要路を占め、莫大な税金をドブに捨てるように使っているのを見ると、日本社会の病はほんとうに深いと思う。 それ以外の国際関係についての未来予測については私の手に余る。わかるのは日本が国際社会でリーダーシップを執ったり、日本の掲げるヴィジョンに列国首脳が耳を傾けるというような場面は絶対に来ないだろうということくらいである。2021年も日本の衰運はまだ続く。<うちだ たつる・思想家>2021年1月8日 「週刊金曜日」 1311号 32ページ 「凱風快晴ときどき曇り-現代日本社会の深い病」から引用 「いつ来るかわからない感染症のために医療資源を備蓄することは全く非合理なふるまいに思えた」というのは、これまでの世界の常識だったが、この記事が指摘するように、過去の10年間に3回も未経験の感染症が発生したことを考えれば、今後も新しい感染症が次々と発生する危険があることを予め想定して、対応策をいつも準備しておくという方針を確立する必要があると思います。それでも、アメリカや中国は「後手」ではあったが、なんとか病院新設やPCR検査の拡充で対応して、中国はほぼ抑え込みに成功したと言えるのではないでしょうか。ところが、日本の場合は、オリンピック開催に支障がないようにする目的で感染の実態を過小に評価する必要があると、誰が考えたか知りませんが、いまだに十分にPCR検査を実施できておらず、したがって感染の実態把握もかなり曖昧で、無症状の感染者が今日もウイルスを町中に町散らしていると考えるのが妥当で、当分収束の目途は立ちません。それにしても、この記事はいろいろ面白いことを指摘しています。”成功したら「私の力です」と手柄顔をするタイプの人間は、失敗する時にはいちはやく姿を消している。” 思えば、リオデジャネイロで原発事故は「アンダー・コントロールだ」と前首相は明言したのであったが、今はその汚染水をこれ以上貯めておけないから海に流したいなどと言い出して、地元漁協と対立してるし、感染症が拡大する一方で五輪開催は怪しいとなったら、病気を理由にさっさと辞任している。私たちは、次の選挙ではもう少し誠意のある政治家を選ぶべきではないかと思います。
2021年01月21日

政府も東京都も、この期に及んで「オリンピックは新型コロナに打ち勝った証として実施する」などと、まるで寝言でも言ってるのかと思わされる現状について、先日は次のようなツイッターの投稿があった;このツイッターが言うように、「これは、7月五輪はムリだ」と判断したときの状況は東京都の感染者が200人を超え、全国の感染者が1000人を超えたのであった。それが、今は、東京都の感染者は10倍、全国の感染者数は6倍になっているのに、誰も「これはムリだ」とは言い出せない。このような状況は、太平洋戦争のときにもあったらしい。「この戦争は負ける」と誰もが感じていたが、しかし、誰も言い出せずに、ずるずると負け戦を続けて、一般国民の間に大きな無駄な犠牲を強いることになった。あの時の失敗を、また繰り返そうとしているのではないだろうか。
2021年01月20日
新型コロナウイルス感染拡大の第三波が始まっても政府がGoTo政策を継続したせいで、どこまで拡大すればピークになるのか、まったく見当がつかない状態になっているのだが、五輪関係者はそれでも7月には五輪を実施するという姿勢を変えないでいることについて、文芸評論家の斎藤美奈子氏は13日の東京新聞に、次のように書いている; 東京オリンピック・パラリンピックをめぐる関係者の談話は、先の戦争末期を連想させる。 「東京大会を開催することにゆるぎない決意を持っている」(山下泰裕JOC会長)。「人類がコロナに打ち勝って東京大会を実現することは組織委員会の使命」(森喜朗組織委会長)。「自民党として開催促進の決議をしてもいいくらいだ」(二階俊博自民党幹事長)。「ウイルスとの戦いに打ち勝つ証しを刻んでいきたい」(小池百合子都知事)。「人類がウイルスに打ち勝った証しとして東京で開催する決意だ」(菅義偉首相) 撃ちてし止まん。ウイルスに打ち勝つ。精神論が先行するのは負けが込んできた証拠である。 冷静なのはむしろ市民だ。9日・10日のJNNの世論調査では、東京五輪を開催できると思うかという問いに81%が「できるとは思わない」と答えた。同日の共同通信の調査でも「中止すべきだ」と「再延期すべきだ」の合計が80・1%だ。 昨年来の停滞ムードを払拭すべく、組織委は開催促進の宣伝を4日からはじめたが、気の毒なことに、このキャンペーンに起用されたバドミントンの桃田賢斗選手に陽性反応が出て、日本代表は遠征を断念した。 特攻精神で五輪に突入する気だろうか。ワクチンというカミカゼ頼みの五輪大本営。原爆が落ちる前に中止を決断すべきだよ。(文芸評論家)2021年1月13日 東京新聞朝刊 11版 23ページ 「本音のコラム-撃ちてし止まん」から引用 東京都墨田区ではPCR検査の結果陽性になっても、入院先の病院も都が用意した療養用のホテルも満杯でやむなく自宅療養になっている感染者が8千人を超えたと伝えられています。来月末からワクチン接種を開始する予定で準備は進めているものの、初めて扱うワクチンでどんな事態が起こり得るのか予測も難しく、ウイルスの感染スピードを超えて広く国民に接種するシステムを構築できているのかどうか、疑問もあり、7月までにウイルスに打ち勝つことを展望できる状況ではないように思われます。
2021年01月19日
昨年暮れに「桜」問題で公設秘書が略式起訴されたことについて自ら説明したいなどと言って、国会に出てきてはみたものの、実質何も説明しないで終わったことで、野党議員らは依然として明らかになっていない「疑惑」について書面で安倍事務所に問い合わせをしていたが、誠意ある回答は得られなかったと、13日の東京新聞が報道している; 安倍晋三前首相の政治団体が主催した「桜を見る会」前日の夕食会を巡り、立憲民主党などの野党は12日、安倍氏宛てに送った再質問状への書面回答を公表した。費用補填の原資の確認など3点の質問に対し、まとめて「既に回答している通り」として追加の説明はなく、野党側は「ゼロ回答以下だ」(立民・黒岩宇洋国対委員長代理)と反発している。 野党は昨年12月、安倍氏の記者会見や衆参両院の議院運営委員会の質疑で積み残された疑問に関し、質問状を送付した。今月5日に書面回答が寄せられたものの、内容に不明確な点などがあったため、再質問状を提出。費用補填の原資のほか、安倍氏が会場のホテル側に明細書や領収書の再発行を依頼したかどうかなどを重ねてただした。 書面回答は12日付で届き、国会や記者会見、1回目の書面で回答した通りという一文だけ。黒岩氏は国会内で記者団に「安倍氏は自ら説明したいと言ったのに、言葉と行動が全く異なっていることに非常に失望を覚えた」と批判。回答では、国会で説明した場が地方議会の名称である「議会運営委員会」と誤記されていたことも指摘し「立法府に対する無知としか言いようがない」と強調した。(横山大輔)2021年1月13日 東京新聞朝刊 12版 3ページ 「安倍氏 具体的回答せず」から引用 国会の会期には日数の限定があるため、書面で片付く問題は書面で処理するのが合理的であるが、安倍氏のように誠意のカケラもない対応をする議員に対しては、貴重な国会の会期の何日かを安倍議員に対する尋問に充てる以外に真相を究明する手立てはないと思われます。上に引用した記事では、安倍議員は言葉と行動が全く異なっているなどと野党議員が批判したとのことですが、そんなことは安倍議員については以前から分かっていたことであって、そういう不誠実な対応をするであろうことを予め計算に入れた上で、如何にして本当のことを言わせるか、戦略的な工夫が求められます。
2021年01月18日
安倍晋三議員が首相在任中に数年にわたって地元選挙区の有権者を政府主催の「桜を見る会」に招待し、一流ホテルで前夜祭を行いながら、会員から会費を集めるふりをして不足分を自分の財布から支払って、しかし国会では「会費で賄っており、安倍事務所としては一切支出はなかった」と虚偽の答弁をしていたことが検察の捜査で明るみにでた件で、安倍議員を不起訴にしたことに疑問を呈する投書が、13日の東京新聞に掲載された; 安倍晋三前首相が自身の金による「桜を見る会」夕食会の会費補填(ほてん)を「秘書がやったことで自分は知らなかった」と述べている。検察庁は「嫌疑不十分」だとして不起訴にしたが、それでは「しらを切ったが勝ち」ではないか。検察はなぜ、事務所や自宅の家宅捜索もせず、「嫌疑不十分」で済ませてしまったのか。疑問でならない。秘書も罰金刑で済ませたが、なぜ裁判で事件の詳細を国民の前に明らかにしないのか? 約900万円の補填は庶民感覚として多大な金額である。 安倍氏は首相として国会で118回もウソの答弁をして、国費で運営されている国民のための国会の審議時間、出席する公務員の給料などの経費、全てを無駄に費やした。そればかりか、今後も前代未聞の多量の虚偽答弁の議事録訂正をどう扱うかのために、本来やらなくていい仕事を公務員に強いることとなる。 それら全ての経費を考えれば、膨大な国費の無駄遣いを国民に強いており、決して見過ごせない重大な案件である。 「美しい国、日本。」というキャッチコピーを掲げた安倍氏のポスターは記憶に新しい。安倍氏は「教育基本法」を改正して道徳を教科化させた。この国の子どもたちの道徳を通知表で評価させることも熱心に推し進めた。「嫌疑不十分」となった後も改めないで「強気でしらを切った者が勝ち」という態度、それをまかり通らせてしまう周囲の大人たちの態度から、子どもたちは何を学ぶのだろうか? この国の大人の責任として、こんな醜いことをまかり通らせてはならないと思う。2021年1月13日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「ミラー-『桜』追及これでいいの?」から引用 メディアの報道によれば、東京地検は安倍議員を任意で事情聴取しただけで、事務所や自宅の家宅捜索をせず、「秘書がそんなことをしてたとは知らなかった」などと見え透いたウソを言わせて、「ああ、そうですか」と聞き流して「嫌疑不十分」にするのは、おかしいと思う国民は多いと思います。この投書が指摘するように、子どもの教育にも甚だよろしくない。次の国会ではこの問題を徹底追及する必要があると思います。
2021年01月17日
元旦の毎日新聞朝刊は一面トップで中国製の闇ワクチンが日本に流入していることを報じるもので、次のような内容だった; 中国で製造したとされる新型コロナウイルス感染症の未承認のワクチンが日本国内に持ち込まれ、日本を代表する企業の経営者など一部の富裕層が接種を受けていることが明らかになった。2020年11月以降、既に企業トップとその家族ら18人が接種を受けたという。ワクチンは、中国共産党幹部に近いコンサルタントの中国人が持ち込んでいる。個人が自分で使う以外の目的で海外からワクチンを持ち込むのは違法の可能性があるが、中国側がワクチンをテコに影響力拡大を狙っている姿が浮かんだ。 12月12日土曜日の午後6時半過ぎ、東京都品川区にあるクリニックを大手IT企業の社長と妻が訪れた。休診日の診察室で待っていたのは、院長と中国人男性。「本当に安全なんてすか」。初対面のあいさつもそぞろに、妻が不安そうに2人に尋ねた。背を向けたまま机上のパソコンのキーボードをたたき何も語らない院長に代わり、中国人男性がうなずきながらほほえんだ。 中国人男性は日中間を仕事で行き来しており、20年の付き合いがあるこの社長に新型コロナウイルスのワクチン接種を勧めた。 「副反応(副作用)なら安心してください。注射した部分のちょっとした筋肉痛とか、ワクチンを打った時によくあることです」。中国人男性はそう答えながら、社長夫妻にクリップボードに挟んだ「予防接種同意書」を示した。病歴やアレルギーの有無を確認する設問はなく、同意を得るだけの内容だ。社長に「大丈夫だから」となだめられた妻は、ボールペンでゆっくりと日付と名前、連絡先の携帯電話番号を書き込んだ。 中国人男性は、そんな様子に目もくれず隣の部屋に向かい、冷蔵庫からA4判程度のステンレス製の箱を取り出して院長に手渡した。中には、それぞれ袋に入った2本の注射器と5mlの容器1本。ラベルには、日付とともに「COVID-19」「新型冠状病毒滅活疫苗」と書き込まれていた。説明によると、中国の国有製薬会社、中国医薬集団(シノファーム)製という。 院長は医療用の手袋をはめ、注射器の針を容器に差し込んだ。容器の半分ほど入っていた透明の液体がみるみる減っていく。「久しぶりに電話をもらって驚いたけど、こんな話だったとはねえ」。院長は社長の左腕をアルコールで消毒しながら、そう漏らした。長年の友人である社長から接種に協力するよう頼み込まれ、やむなく応じたという。 ◎ ◎ クリニックに到着してから5分足らずのうちに、2人は接種を終えた。「ただのワクチンなのに怖がり過ぎたかな」。社長にそう笑いかけた妻は、バッグから財布を取り出し、1人あたり1回1万円のワクチン代を中国人男性に支払った。 匿名を条件に取材に応じた社長は、「新型コロナに感染するのが怖くて未承認のワクチンを探し回ったのではなく、ただ個人のつながりで紹介されただけ」と平然と語り、こう続けた。「ワクチンをいち早く経験しだのをきっかけに知見を深めれば、新しいビジネスを展開するヒントを得られるかもしれない」。次回の接種は3週間後の21年1月3日。自身も妻も初回の接種後、副反応などはないという。 なぜ、この社長にワクチン接種を持ちかけたのか。中国人男性はこう打ち明けた。「やみくもに手広く声をかけているのではなく、提供したい相手が決まっている」(鳴海崇)2021年1月1日 毎日新聞朝刊 14版 1ページ 「中国『闇』ワクチン流入、日本の富裕層 接種」から引用 ここに引用した記事は、読者をさらに3面、4面の記事へと誘うように、「闇」ワクチンを持ち込んだ中国人の発言を途中で終わらせているが、3面では「主に大企業経営者に限定してワクチン接種を進めている。その目的は、将来のビジネスをよりスムーズに進めることである」、また接種を受けた企業経営者は「仕事上、毎日いろいろな人と直接面談しなければならないため、マスクと手洗い・うがいだけでは心配なのでワクチン接種を決断した」というようなコメントが掲載されている。しかし、厚生労働省の認可を受けていないワクチンを一般人に接種するのは「違法行為」だから、この企業経営者にワクチンを接種した医師は薬事法違反や医師法違反の罪に問われるのではないかと思うが、今のところそのような観点からの報道はない。この件について、ツイッターでは「金持ちのわがままだな」というコメントを見かけたが、そういう認識で片づけてお仕舞という話でもないんじゃないかと思いました。
2021年01月16日
首相就任時に秘書に騙されて虚偽の答弁をしたので訂正したいなどと言って国会に出てきた安倍議員は、どのような発言をしたのか、12月26日の東京新聞は次のように報道している; 「桜を見る会」夕食会をめぐる政治資金規正法違反事件で、不起訴となった安倍晋三前首相が25日、国会で、「答弁を訂正する」との趣旨で、事件に関する説明を行った。証人喚問でもなく参考人招致でもなく、衆参両院の議院運営委員会という異例の場ながら、まるで首相時代に逆戻りしたかのような「逃げ」と「開き直り」の答弁ぶり。このまま疑惑の桜を散らせて、幕引きさせていいのか。(中山岳、榊原崇仁)◆「深い反省」浅い一礼 午後零時55分。衆院第一委員室の傍聴席は、50人ほどの報道陣でひしめいていた。「密になってきましたね」。そんな声が聞こえる。間もなくすると青いスーツ姿の安倍氏がSP(警護官)に囲まれながら委員室へ。一礼して委員長の右手側に座った。 午後1時、議院運営委員会が始まる。発言を求めて挙手した安倍氏は白いマスクを着けたままマイクの前に立ち、釈明の言葉を語り始めた。ただ視線を向けたのは手元の文書。「深くおわびする」と述べたが、体を深く折ることはなく、2秒ほど小さく頭を下げる程度だった。 続いて始まった質疑の時間。「ウソについて謝罪は」などとただされると、安倍氏は机に両手をつきながら「私の知らない中で・・・」「深い反省の上に信頼回復に努める」と繰り返した。 質問側の3人目となったのが辻元清美氏(立民)。「民間ならコンプライアンス失格。社長は辞職と思いますよ」と議員辞職を迫られたが、安倍氏は再び「信頼回復に努める」と語ってかわし、自らの椅子に戻ると足を組んで一息ついた。 言葉ばかりの反省に「何をしにここに来られた」「相変わらず変わっていない」といらだちをぶつけた辻元氏。対照的だったのが遠藤敬氏(維新)。「安倍先生」「大きな功績があった」「私は信じたい」と持ち上げ、「政治資金規正法の大改革に向け、安倍先生のリーダーシップを期待する」と謎のエール。 委員会は一時間ほどで終わった。「時間が短すぎ」。そう訴えたのは宮本徹氏(共産)。横に並んで取材対応した辻元氏は「虚偽答弁できない証人喚問を改めて求めていく」と語った。 参院で議院運営委員会が始まったのが午後3時15分。安倍氏が「結果として(過去の)答弁の中には事実と反するものがあった」と語りだすと、野党議員たちは「具体性に欠ける」と反発して委員長の周りに集まり、一時中断した。 再開後、最初に質問した高橋克法氏(自民)は24日の安倍氏の会見に触れ「丁寧な説明だった」と語った。野党席から「えーっ」という声が相次ぐ。それでも「説明責任を果たそうとしている」と露骨なヨイショを繰り返す高橋氏に、野党席から失笑が漏れた。 一転して安倍氏に切り込んだのが福山哲郎氏(立民)。「秘書に責任をなすり付けてはいけない」と迫り、安倍氏が「(ホテルに)立て替え払いしたのは地元の第一秘書ではなく、東京の責任者の秘書だ」とかみ合わない回答をすると、野党席から「何か言いたいんだよ」とヤジが飛んだ。 大トリの質問者は昨年の国会質問で桜疑惑に火を付けた田村智子氏(共産)。「夕食会は、参加者の個々人が契約主体ではなく、あなたの事務所側が契約主体ということでいいですね」と迫ったのに、ずれた答えをする安倍氏。田村氏は「答えていない!」と鋭く切り返し、さらに迫る。だが、あっという間に時間切れ。午後4時半、安倍氏は腕時計をちらりと見て、足早に去っていった。◆怒る市民「理屈通らない」 国会周辺にいた市民たちからは、この期に及んでまだ不可解な言い訳を繰り返す安倍氏に対し、怒りの声が相次いで聞こえた。 東京都大田区の無職加瀬朋子さん(73)は「結局はこれまでと同じですよね。安倍さんが首相の時に何人も閣僚が辞めたのに、安倍さんは『任命責任がある』と言うばかりで、なんの責任も取ってこなかった。今回もそう。もういいかげんにしてほしい」と訴える。練馬区の会社員守屋真実さん(62)は「『秘書のせい』って言われても信用できないし、百歩譲ってそうだったとしても、部下の不始末だから私は知らないという理屈は、普通は通らないでしよ。世間の感覚からかけ離れすぎている」と嘆いた。<デスクメモ> うそ答弁を118回も重ねたことを反省し、答弁訂正のために現れたというにしては、ずいぶん頭の高い態度だった。7年8ヵ月も居座り勝手知ったる予算委員会の答弁席が、首相時代の習い性を思い出させたのだとすれば深刻な後遺症だ。もう、その首相然とした釈明は通用しない。(歩)2020年12月26日 東京新聞朝刊 11版 24ページ 「逃げの一手変わらず」から引用 この記事が伝える様子から考えて、野党もメディアも国民もみんな安倍晋三議員のペテンに、またしても引っかかったのではないかと、私は思います。総理大臣が国会で118回も虚偽答弁を重ねたというのは前代未聞ですが、その答弁を訂正するなどと安倍議員が言い出したときに、我々は注意するべきだった。118回の虚偽答弁は、既に済んでしまった過去なのであって、今から訂正は不可能です。虚偽であった「ホテルからの領収書はない」という虚偽答弁を、今更「領収書はありました」と「訂正」したからと言って、虚偽答弁の「結果」も自動的に訂正されるわけではありませんから、「答弁の訂正」などという話は何の意味もない、それこそ「虚構」そのものです。したがって、今からこの問題を解決するためには、安倍議員に118回も虚偽答弁を重ねた責任を取らせることであって、それ以外にこの問題の解決方法はないということを、私たちは確認するべきだと思います。
2021年01月15日
トランプ氏はアメリカの大統領なのに、なぜか日本にもごく一部ではあるが熱烈な支持者がいるという不思議な現象について、医師でエッセイストの香山リカ氏が月刊「創」2月号に、次のように書いている;(前半は省略) 日本に限らず、アメリカでも同様のことが起きている。大統領選でバイデン氏に敗れたトランプ大統領は自身の負けを認めようとせず、逆に民主党側に大規模な不正があったと言い出し、各地の裁判所に告発を始めた。また、支持者たちは「不正の証拠」としてさまざまな情報をネットにあげ、動画で流した。支持者たちの中心はQアノンという「世界はティーブ・スデート(闇の国家)に支配されている」と真顔で主張する陰謀論者の集まりだが、アメリカではいまやそれが一大勢力となり、このたび1名の下院議員までが誕生する予定となっている。 Qアノンなどトランプ支持者がネットにアップする情報は、すぐに報道機関や有志によるファクト・チェックを受け、大部分がデマだと即座に特定されている。たとえば、「トランプ票がトラックで運ばれて大量に山に捨てられた」という動画がツイッターで拡散されたが、実際には「2016年のサウジアラビアの衛星放送局が放映した、期限切れの鶏肉を廃棄しているニュース動画」であった。しかし、日本のツイッターでそれを拡散させて間違いを指摘された人は、いっこうに謝ったり削除したりする様子はない。情報発信者も受け取る側も、その情報が正確かフェイクなのか、気にしていないのだ。それよりも重視されるのは、「やっぱり。そうだと思った」と腑に落ちたり膝を打ったりできるかどうか、つまり”納得感”なのだろう。 真実かどうかよりも納得感を重視する傾向は、当然のことながら容易に歴史修正主義にも結びつく。とくに日本では、GDPが中国に抜かれどんどん水を開けられ、科学技術力や学力なども国際的な順位が下がる一方というのは、いくら否定したくてもできない事実である。そうなると目を向けるのは、いくらでも改ざんのできる過去ということになり、太平洋戦争に関して「従軍慰安婦は捏造」「日本はアジアを占領したのではなく解放した」といった歴史修正が盛んになるのも必然的だ。また現在の問題でも、数値化されにくい差別問題などについては「そんなものはない」と主張され、被差別の経験を語る在日韓国人や外国人労働者に激しい敵意が向けられる。 驚くべきことに、アメリカ大統領選のあと、日本でもトランプ支持を表明し、アメリカの陰謀論者たちと同様に民主党の不正選挙工作を語る人たちが大量に現れた。その中には、安倍前総理と昵懇の仲である作家の百田尚樹氏、門田隆将氏、ジャーナリストの有本香氏などの著名人も含まれている。そして、同し安倍支持派でもトランプ勝利を消極的にながら認める評論家の上念司氏やユーチューバーのKAZUYA氏は、これまでのファンたちからも「失望しました」と激しく糾弾されているのである。 私か驚いたのは、当選が確定的となったためバイデン氏が勝利演説を行ったユーチューブの動画に、日本だけはどの放送局アカウントから発信されたものにも「高評価」の数倍程度の「低評価」がついたことだ。トランプ大統領寄りといわれているアメリカの放送局FOXニュースでさえ、高評価と低評価はほぼ同数であり、その他の英米仏などの局では高評価が何倍も多かった。これだけを見ると、世界でいちばんトランプ大統領の支持者の比率が高いのは日本ではないか、と思うほどだ。 アメリカの報道では、Qアノンなど陰謀論の支持者は「将来への不安や権力に対する不信感を持つ人」と分析されている。はたして日本のQアノン支持者、いわばJアノンとでもいうべき人たちも同じなのだろうか。 考えてみれば、12月半ばがすぎても「最後に勝つのはトランプ」などと言っている識者たちは、安倍前総理をただ支持していただけではなく、直接、会って食事をするような人たちだ。安倍氏と親しい櫻井よしこ氏は、『週刊新潮』の連載に『米新政権下、日本の気概が問われる』というタイトルをつけたが、本文の冒頭では「米国大統領選挙の結果はまだ正式には確定されていない」と未練たっぷりに書く。しかも、これが12月10日号の話なのである。そういう意味では、安倍総理という絶対的な後ろ盾を失った彼らは、まさに「将来への不安や権力に対する不信感を持つ人」なのかもしれない。 評論家の赤城智弘氏は、「トランプの逆転を諦めない一定数の日本人が主張する『陰謀論』と『仲間意識』の正体」(『現代ビジネス』11月18日掲載)というウェブ記事の中で、彼らの多くがSNSやユーチューブの情報を信頼していることを指摘し、その中核にあるのは「共にオールドメディアと戦う仲間意識」だと指摘している。たしかに「新聞やテレビはウソばかり。自分たちこそ真実にアクセスできている」という優越感や連帯感が、そこにはあるのだろう。だからこそ、百田氏はバイデン氏勝利を認めたKAZXUYA氏に激怒し、訴訟さえちらつかせているのである。 このように、長く続いた安倍政権が終わり、頼みの歴史修正ではどれくらいの本気度で臨んでくれるかいまひとつわからない菅総理を支持しきれない人たちにとっては、Qアノン的な陰謀論こそひととき現実を忘れ、”仲間との絆”を強めてくれるものだったことはたしかだ。 ただ、そこで残るのは、なぜそこで熱狂的に傾倒するのがトランプ大統領なのか、という疑問だ。トランプ氏は安倍氏とも何度もゴルフをするなどウマがあったとはいえ、格段の日本びいきとは思えない。それどころか、在日米軍駐留経費の日本側負担を現在の4倍以上に当たる年間80億ドルに増やすよう求めるなど、容赦ないところもある。 ウクライナ出身で英国で活躍するジャーナリストが書いた『嘘と拡散の世紀』(ピーター・ポメランツェフ著、築地誠子ら訳、原書房、2020)という抜群に面白い本の中で、著者は、トランプ氏は「事実の重みを放り投げて、辛気臭い現実にざまあみろと言ってやるという子供じみた喜び」を支持者に与えてくれた、と述べる。現実、事実、真実には認めがたいもの、辛いもの、苦しいものなどが含まれているが、トランプ氏はツイッターでそういうものすべてをひとことで「フェイクーニュースだ!」と切って捨てる。「そうか、それでいいんだ。自分に都合が悪いものや見たくないものを突き付けられたら、フェイクだと言えばそれですむんだ」と目からウロコが落ちる思いを昧わった人は、実は世界に無数にいるのではないだろうか。 そして、そういう人たちはとくに日本に多かった、ということだ。それはつまり、日本社会にはそれだけ、目を背けたくなる現実、認めるのがはばかれる真実がゴロゴロしているということに他ならない。言うまでもないが、それは経済の衰退に加えてコロナ対策の失敗、そしてその中で強行しようとしているオリンピックへの強い不安などである。 とくに安倍晋三氏が政権の座を去ってからは、現実から目を背けさせてくれる人がいなくなった。これまでのように「悪いのは朝日新聞だ、北朝鮮だ、日教組だ、悪夢の民主党政権だ」と外部に敵を作ってくれ、自分の生活や内面を直視せずにいさせてくれる安倍氏は、彼らにとってまさに夢のようなリーダーであっただろう。 トランプ氏を支持したくなる社会は不幸なるかな。クリスマスもあったせいか、そんなフレーズが頭に浮かんだのであった。いまは無事にバイデン新大統領の就任式が終わり、Jアノンたちも「それでも勝ったのはトランプだ」といった共同幻想から脱出できるように、と祈るばかりである。月刊「創」 2021年2月号 78ページ 「『こころの時代』解体新書-なぜ日本にはトランプ再選に執着する人たちが多いのか」から引用 安倍晋三やドナルド・トランプが何故人気があるのか、香山氏のこの考察は真実を言い当てているように思われます。かつては「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン」とまで言われた経済力も、韓国や中国に追い越された今は、現実を見ても救われず、どうにでも改ざんが可能な歴史修正主義に逃げ込む。なるほど、そういうカラクリだったのかと思いました。しかし、現実の世界で、トランプ氏も適当なところでバイデン氏の勝利を認めて、普通に引継ぎを行えば、4年後に再挑戦の目もあっただろうに、暴徒を扇動して死者まで出すような失態を演じてしまったのでは、「再挑戦の目」は完全に消滅したとみるのが妥当ではないかと思います。
2021年01月14日
首相在任中の国会答弁で事実と異なっていた答弁を訂正したいと本人が言って出てきた国会の議院運営委員会における安倍晋三議員と辻本清美議員のやり取りを、5日の「AERAdot.」は次のように報道している;「桜を見る会」問題で追及を受ける安倍晋三前首相が、自らの答弁について修正を求め、謝罪した。釈然としない部分が多い安倍前首相の答弁だが、その対応には側近も首をかしげている。AERA 2021年1月11日号では、同問題について取り上げた。* * * 7年8カ月もの長きにわたって、日本の政治権力の頂点に座り続けた最高権力者の目は、どこかおびえているようだった。ライフワークの憲法改正を高らかに主張する意気盛んさはもはや感じられなかった。白髪も増え、その表情は明らかにやつれていた。 昨年12月25日に行われた議院運営委員会。安倍晋三前首相が出席し、「桜を見る会」の前日にホテルで開催された夕食会費の補填(ほてん)問題をめぐり、首相在任中の自らの答弁について開口一番こう述べた。「結果として事実に反するものがあった。改めて事実関係を説明し、答弁を正したい」「改めて全ての国会議員に深く、心よりお詫びする」 首相経験者が自らの国会での答弁の修正を求めるのは、極めて異例な出来事と言える。神妙な面持ちで答弁に立った安倍前首相だったが、その表情が明らかに険しくなったのが、立憲民主党・辻元清美議員の質問時だった。■裏帳簿の存在を疑う「桜を見る会」問題が発覚後、辻元議員は何度も安倍前首相を問い詰めてきた、いわば「天敵」だ。辻元議員は、安倍前首相の事務所が訂正した政治資金収支報告書について、次のように問いただした。「この訂正された政治資金収支報告書には、3年間とも領収書をなくしたという亡失届が添付されている。領収書がないのに、どうやって細かい数字が出せるのか。この数字を出せるとしたら政治資金以外のお金の流れを記した帳簿があるから。これを出してください」「そんなものはない」と安倍前首相が否定すると、辻元議員は「そういうのを裏帳簿と言うんですよ」と言い放った。そして、領収書を出せない理由についてこう指摘した。「領収書を紛失した、再発行できないと言っているのは、その宛名が公表できないものだからではないですか。もし、宛名が安倍晋三後援会ではなく、あなたが代表である政治資金団体『晋和会』だったなら、(秘書ではなく)あなた自身が政治資金規正法第25条2項違反で刑事責任を問われる可能性があります」 質疑に立った辻元議員はこう振り返る。「安倍さんの態度は結局、何も変わっていない。領収書はないと言い、明細書についても同じ答弁を繰り返すだけ。この問題を明らかにするには、領収書、明細書、出納帳の3点を国会に提出するしかない。民間で社長が公に100回以上嘘の説明をし、部下に騙されたで通じるはずがありません」■側近も首をかしげる 安倍前首相の一連の対応については、安倍内閣で官房副長官や文部科学大臣を務めた側近も首をかしげる。萩生田光一文科相は、秘書が事実を伝えていなかったという一連の疑惑について同25日の閣議後の記者会見で、「自身でホテルへ調査し、確認すれば気づいたんじゃないかと思う」と述べ、安倍前首相の当時の対応を疑問視した。その上で、「これだけ国会で問題になったわけで、もう一度確認すれば、15年度までは負担していた会場費がなぜなくなったのかというのは気づいたのではないか」とした。(編集部・中原一歩)2021年1月5日 AERAdot. 「『桜を見る会』問題で安倍前首相が国会での答弁を修正し謝罪 当時の対応に首をかしげる側近も」から引用 この記事によれば、安倍晋三事務所は過去3年間の政治資金収支報告書を訂正して、正しい金額を記入したらしい。しかし、その金額を算出するのに参照した領収書には、他人に見られては不都合な「宛先」が書かれているため、公表すると「新たな問題」の種になるので、それらの領収書は紛失しました、という処理にしているらしい。そんなことが見てとれる収支報告書では、これは辻本議員でなくても「おかしい」と思うのは当然で、検察がお目こぼしをした不十分な捜査であったことは明白です。したがって、この問題は次の国会で解明されるべきであって、予算審議を人質に取ってでも、野党は自民党に対し安倍議員に「領収書」「見積書」「明細書」等々の文書を提出させるように要求するべきです。
2021年01月13日
「安倍議員、不起訴の見込み」のニュースが流れた昨年暮れ、弁護士グループが2回目の「桜」問題安倍議員告発を行ったと、12月22日の「しんぶん赤旗」が報道している;「『桜を見る会』を追及する法律家の会」に参加する法律家が21日、公職選挙法違反(寄付)や政治資金規正法違反(不記載)の容疑で、安倍晋三前首相と秘書の計4人に対する告発状を東京地検に提出しました。今年5月に続く第2次告発。地検に、公判が開かれない略式起訴ではなく正式裁判で真相を解明することなどを求めています。 今回は、報道で近く前首相の秘書が略式起訴され、安倍氏は事情聰取後に不起訴となるとされたことを受け、急きょ弁護士6人で告発。今後、告発人が増えると見込んでいます。 告発状は安倍晋三後援会について、2015年から19年に開いた「桜を見る会」前夜祭の▽参加者からの会費収入▽安倍氏の資金管理団体「晋和会」から受けた会費の一部負担分の収入-と、ホテル側に支払った支出を、政治資金収支報告書に記載しなかったと指摘します。 また晋和会について、会費一部負担分の支出とその原資について、やはり収支報告書に記載しなかったとしています。 特に19年分については、この問題が発覚した後に収支の記載のない収支報告書を提出したとして、安倍氏に「明確な犯罪の『故意』があった」と指摘しました。 公選法違反の寄付については18年と19年の前夜祭で、前首相の選挙区在住の参加者が払った会費との差額に相当する酒食を、参加者に無償で提供したとしています。 会見した米倉洋子弁護士は「告発対象は公訴時効の関係で限定したが、これらの犯罪は7年にわたって行われてきた。前首相は国会で虚偽答弁を続けた。悪質かつ重大な犯罪だ」と指摘。「秘書だけの処罰や略式起訴により、犯罪の全容が国民に公開されない処理で済ませるべきではない」と述べました。2020年12月22日 「しんぶん赤旗」 15ページ 「安倍前首相らを第2次刑事告発」から引用 前回の刑事告発のときは、ホテルから見積もりも明細も出てないと言われるし参加者名簿は捨てたと本人が言うから、半信半疑ではあるが、とにかく怪しいという認識でしたが、この度は捜査の結果、ホテルからは見積もりも明細も出ているし、参加者名簿もあることが判明し、しかも、2019年に「桜」問題が報道されても尚、安倍事務所は「桜」関係のカネの出入りを一切記入せずに収支報告書を出していることも判明したのですから、2回目の捜査は「半信半疑」からスタートではなく、安倍氏に明確な犯罪の「故意」があったという前提で調べなおすことが必要と思います。
2021年01月12日
作家の中村文則氏は、安倍晋三議員が病気を理由に首相を辞任したことに対する既視感について、7日の毎日新聞に次のように書いている; コロナ禍でほとんど家にいるため、これを機に断捨離をしたいと思った。一つの部屋が本で埋まっている。一部を寄付しようと考えた。 だがやってみると、いろいろ懐かしくて作業が進まない。「この本は現実から逃げるために読んだな」とか「この本は途中で読むのをやめたな」とか。とにかく懐かしい。たとえばこの「週刊現代」2007年9月29日号。これはかなり懐かしい。表紙には大きくこうある。「安倍晋三『相続税3億円脱税』疑惑」 実に懐かしい。「ああ、あれね……」と頷(うなず)いた人も多いだろうと思う。若い人は詳しく知らないかもしれないが、安倍前首相は約13年前、一度首相を辞任している。理由は体調不良だったが、ちょうどこの疑惑が騒がれていて、前首相側の説明は納得できるものではなかった。ちなみに疑惑はもし脱税でも当時すでに時効であり、刑事事件にはならない。脱税に時効があるのも驚くが、それはまた別の話だ。 だから安倍氏が首相に返り咲いた時、あの疑惑を覚えていて、説明の必要性を感じていた人たちは「ええ?」となった。そこで国会で質問を受けたのだが、安倍氏は激高した。週刊誌の記事にいちいち答えなければいけないのか、という安倍氏の考えには一理あり、質問した議員も詰めが甘かった。だが当時あれだけ疑われたのだから、時は経(た)ったけど説明するいい機会だったはず。支持者の方たちもすっきりしたかったのではないだろうか。 しかし改めて当時の国会映像を見ると、安倍氏は「捏造(ねつぞう)」と言い激高するだけで説明はしていない。その後に別の議員によって国会で取り上げられ、そこで一応説明はしたのだが、そもそも質問者の論点がずれていてどうもすっきりしない。脱税ではなく特殊な節税の範囲だったのか、それとも節税ですらなく、疑うこと自体がそもそもおかしく、政治家として何の問題もなかったことなのか。今からでも、改めて説明した方がいいのではないだろうか。 前首相の再びの辞任はデジャブ(既視感)のようだった。「桜を見る会」の前夜祭の説明は納得できるものではなかった。これだと国会で追及されている間、安倍氏も、内閣府の秘書官たちも、一度もホテルの明細書を確認しようと思わなかったことになる。これはさすがに通らない。ちなみにこういうことは、別に年が明けても終わることではない。 そして現在、同じように日本学術会議の任命問題を頑(かたく)なに説明しない菅氏が首相を務めており、国民がコロナ禍で疲弊している中であまり前に出ず、出てきたと思ったら「皆さんこんにちは、ガースーです」と挨拶(あいさつ)した(12月11日。ニコニコ生放送)。何と言うか、すごい時代になってきた。 コロナの被害は地域差があり、日本と同じ先進国・地域で近隣の島国の台湾とニュージーランドは抑え込んだが、日本は失敗しただけでなく、東アジア最大の(しかも断トツの)感染国になってしまった。あれだけ医療体制の逼迫(ひっぱく)が予想されていたのに、政府は医療機関に有効な援助もせず冬を迎え、今は医療崩壊の危機にある。このような政治を続けてきたら、こうなるだろう。アベノマスクもそうだったが、当然の帰結とも言えるのかもしれない。 そもそも納得できる説明をしない政治家に、いい政治など望めるだろうか。普通に考えれば無理だろう。今はただ、虚(むな)しい。■人物略歴中村文則(なかむら・ふみのり)氏 1977年愛知県東海市生まれ。福島大卒業後、フリーターに。2005年「土の中の子供」で芥川賞、10年「掏摸<スリ>」で大江健三郎賞など。作品は各国で翻訳され、米国デイビッド・グーティス賞を日本人で初めて受賞。この「書斎のつぶやき」も一部収録した初エッセー集「自由思考」を19年に刊行。20年4月、新作小説「逃亡者」を刊行。2021年1月7日 毎日新聞朝刊 愛知県版 「中村文則の書斎のつぶやき-納得できる説明をしない政治家」から引用 この記事は政治評論家やジャーナリストのものと違って、安倍晋三議員に対する鋭い追及がなく、どことなく温厚なムードの批判になっているが、「実は第一次安倍政権を彼が放り出したその裏には疑惑があった」という指摘は、驚きです。そんな疑惑があったとは、この記事を読むまでは私は知りませんでした。安倍氏が最初に総理の座を降りたときは、本人が言うところの「病気」が理由なのだろうと思って「根性のないヤツだ」くらいにしか思わなかった印象で、試しに当ブログの書き込みを見ると2007年9月19日の欄に朝日新聞の社説を引用しており、この社説を読んだ時点では、その後安倍氏が再度自民党総裁選に出るとは夢にも思いませんでした。そんなことなどを考えると、現時点では安倍氏は3回目の総理の座を狙っているであろうことは想像に難くありません。本来であれば、マージャン狂の黒川某を検事総長に抜擢して「桜」問題などの告発状は門前払いさせるはずだったところ、目論見が外れて「略式起訴」まで妥協せざるを得なくなったものの、まだまだ勝機は十分にあると踏んでいるとみて間違いないと思います。私たちは、これ以上の民主主義崩壊を防ぐためにも、「桜」疑惑やその他の「疑惑」を徹底追及する必要があります。
2021年01月11日
「桜」疑惑の問題で安倍前首相を事情聴取しておきながら、結局不起訴処分にした東京地検の対応について、12月25日の東京新聞は次のように書いている; 夕食会を巡る疑惑で、東京地検特捜部は安倍晋三前首相の辞任後、捜査を加速させていた。長年繰り返された政治資金収支報告書の不記載に検察内部にも「罰金刑で済ませる話なのか」と正式な裁判を求める声もあった。しかし、安倍氏は刑事責任を問われず、配川博之公設第一秘書が略式起訴されるにとどまった。 東京地検の山元裕史次席検事が略式起訴を発表した24日の記者会見。「国会で虚偽答弁を繰り返し、社会を混乱させた結果は考慮しないのか」と質問が飛んだが、山元次席は「証拠に基づき総合的に判断した」と答えるにとどめた。特捜部幹部は別の場で「安倍氏が共謀して不記載をしたと認めるに足りる証拠は得られなかった」と淡々と語った。 疑惑が持ち上がった昨年11月、市民団体らが安倍氏や秘書を刑事告発した。水面下で捜査を始めた特捜部は安倍氏側から参加者名簿などの提供を受け、今年春には夕食会の出席者らを任意聴取。ホテル側にも、見積書や明細書の提出を求めるなどしていた。 そのころ、法務・検察当局への国民の信頼は揺らいでいた。安倍政権が1月、政権に近いとされた黒川弘務・元東京高検検事長の定年を半年延長し、さらに5月には定年延長を後付けするような検察庁法改正案の実質審議が始まった。 黒川氏は賭けマージャン問題で辞職したが、「政権による検察支配」の懸念は残った。 特捜部が捜査を本格化させたのは、安倍氏が9月に辞任してから。ある検察幹部は「現役首相周辺への直接の捜査には慎重にならざるを得ない。辞任によりハードルが下がったのは事実」と話す。 不記載が2013年以降、毎年繰り返されていたことが捜査で判明し、検察幹部の一人は「政治資金の透明性を長年損ねてきたことは重い」と厳しく批判した。だが、特捜部は不記載額が巨額ではないなどとして略式起訴にとどめ、安倍氏本人は不問にした。 ある検察幹部は「安倍氏による具体的な指示があったという証拠がない以上、どうしようもない。政治とは一定の距離を保って捜査した」としつつ、「国民の理解が得られるかは別だが」と声を落とした。(山下葉月、小沢慧一)2020年12月25日 東京新聞朝刊 12版 3ページ 「罰金刑で済ませる話か」から引用 この記事にも書いてある通り、安倍議員が首相として国会で虚偽答弁を繰り返し、社会を混乱させた責任は大変重大です。彼は野党議員に質問されても、見積書も明細書もないし、参加者名簿は処分したと118回もウソの答弁を繰り返しながら、しかし検察庁から「ちょっと来い」と任意で呼ばれれば、見積書でも明細書でも何でも出すわけで、「あの、もし良かったら、これも」とか言ってのし袋に入った1万円札も取調官の胸ポケットにねじ込んだ可能性も否定はできません。不起訴処分になった「決め手」はそこではないかと思われます。だから、こういうことを防ぐのためにも、取調べの可視化は必要なのです。常時カメラが回ってると思えば、いくら安倍議員でも「やっぱり、マズイだろうな」と抑制が働くはずですから。いずれにしても、118回も否定した明細書や参加者名簿が存在することが判明したのですから、国会が始まったらさっそく安倍議員を証人喚問して、明細書・参加者名簿等を提出させて「何なんだっ、これは!」ということで疑惑を解明する必要があります。
2021年01月10日
「桜」疑惑で安倍前首相を事情聴取をして置きながら不起訴処分にした東京地検の対応について、12月25日の東京新聞は、次のように書いている; 東京地検特捜部が安倍晋三前首相を嫌疑不十分で不起訴とした。共謀した「証拠」が得られなかったというのが理由だが、証拠を得るための捜査が尽くされたとは言えない。 安倍氏は特搜部の任意の事情聴取に、夕食会の費用の不足分を秘書らが補填」(ほてん)していたことは知らず、「不記載への関与はない」と主張。秘書も任意聴取に、安倍氏には伝えず独断で不記載にしたとの趣旨を説明した。 だが、安倍氏は高級ホテルで開かれた夕食会に自らも参加していた。その場にいながら会費が1人5千円で足りると本当に信じていたのか。疑惑発覚後に提出された2019年分の政治資金収支報告書にすら、全く関与しようとしなかったのか。 共謀の立証に必要なのは聴取だけではない。メールや書類などに関与を裏付けるやりとりがないか疑うのが捜査の常道なのに、特捜部は事務所の家宅捜索に踏み切らず、安倍氏聴取から3日で捜査を終結させた。 略式起訴された配川博之公設第一秘書は「安倍氏と一体の金庫番」(地元関係者)だ。積極的な捜査をしていれば、共謀した「証拠」が得られた可能性があったのではないか。 正式な裁判を開かないことにした簡裁の判断も疑問だ。検察側の略式起訴を正式裁判に切り替えることもできたのに、書面審査だけで略式命令を言い渡した。なぜ安倍氏側は補填をしたのか、原資は何だったのか。公開の法廷で明らかにすべきだった。 刑事処分されるのは秘書だけで、議員は不問――。こんな結論が繰り返されるのは、議員立法である政治資金規正法が、不記載の主体を会計責任者と定めるからだ。 安倍氏が不起訴となったことに疑問を抱く国民は多いだろう。国民の負託に応えるためにも、議員らは自らに厳しい規定に改めるべきだ。(池田悌一)2020年12月25日 東京新聞朝刊 12版 3ページ 「正式な裁判、なぜ開かぬ」から引用一流ホテルで飲食することに慣れてる安倍晋三議員が、一人5千円でパーティは不可能であることを知らないわけがありませんから、この記事が述べているように、今回証拠を得るための捜査が尽くされたとは言い難いと思います。検察は共謀した証拠が得られなかったなどと言ってるようですが、それは「取り調べ」が生ぬるいからではないでしょうか。やはり、こういう大金が絡んだ事件は、被疑者を取調室に呼んだら昼メシ抜きで尋問を続け、午後3時頃になっていい加減空腹になったところで、取調官が近所のソバ屋からかつ丼などをとってあげたりすると、それを一口ほおばった被疑者が感極まって「すみません、刑事さん。本当のことを言います」というふうになるものです。したがって、今回の件はもう一度初心に立ち返って、捜査をやり直しするべきだと思います。
2021年01月09日
東京地検が「桜を見る会」疑惑について安倍晋三議員の公設秘書を略式起訴とする方針を決めた翌日の東京新聞は、政治部長・高山晶一氏の署名入りで次のような記事を掲載した; 「公私混淆(こんこう)を断ち、清廉を持し、かりそめにも国民の非難を受けないよう努めなければならない」 「言動のすべてが常に国民の注視の下にあることを銘記しなければならない」 ロッキード事件を機に1985年に議決された政治倫理綱領は、5項目の規範を国会議員に課している。国会でうそをついてはいけないとは書かれていない。明記するまでもなく、当然守らなければならないことだからだ。 「桜を見る会」前日の夕食会を巡り、不起訴となった安倍晋三前首相は、その当たり前のことを問われている。衆院調査では在任中、夕食会に関し計118回も虚偽の答弁をしていた。 安倍氏は、秘書が自分に真実を話さなかったため「結果として」事実に反する答弁があったと説明したが。 「(ホテル側との)契約主体は個々の参加者」など、おかしな理屈だと自分で思わなかったのかという疑問は解消されていない。一国の首相の立場にあっただけに、責任は重大だ。 国民の代表でつくる国会は、国権の最高機関と位置づけられ、法案審議などの国会論戦を通じ、政府を監視する役割を担う。首相の説明が正しいものでなければ、監視機能を果たしようがない。国民が国会を通して国の進路をコントロールするという、民主主義の土台が崩れる。 国会で虚偽説明をしないという最低限の規範を守れないなら、国会議員でいる資格はない。25日の国会招致で合理的な説明をできなかった場合、潔い決断が必要だ。2020年12月25日 東京新聞朝刊 12版S 1ページ 「民主主義崩す虚偽答弁」から引用 この事件が仮に安倍議員が供述したように、秘書に騙された結果起きたものであったとしても、安倍晋三事務所の責任者は安倍議員本人なのだから、安倍事務所として行政機関に提出した文書に虚偽記載があれば、その責任を問われるのは安倍議員本人である。しかも、騙されたのが一回であれば、それはそういうこともあるかも知れないと言えるが、数年に渡って繰り返しているということは、これは安倍議員本人と秘書が合意したか、安倍氏の指示でそうしたものであろうと考えるのが自然である。1個千円のお線香セットを知人の葬儀に届けただけで議員辞職した自民党議員のことを考えれば、数年間に渡って数千万円をかけて地元有権者をもてなした安倍議員が不起訴になるのは片手落ちというものであり、このままでは検察に対する国民の信頼が揺らぐ。
2021年01月08日

日本人社会の差別を論じた2冊の本について、12月20日の神奈川新聞は次のような書評を掲載している; 日本では、差別を禁じる法や反差別の規範を打ち立てる困難や責任を避け、被害者の告白や証言にのみ依存する傾向があると梁英聖(リャンリョンソン)著「レイシズムとは何か」(ちくま新書・1034円)はいう。日本には人種差別を禁止する法律がない。欧米諸国では1960年代以降、社会運動によって反レイシズム政策と規範が成立し、更新され続けている。 日本は反レイシズムが「ゼロ」の状況だと著者はいう。ヘイトスピーチが相次ぎ、極右候補が差別的な公約を掲げ地方議会に進出している。在日コリアンに対しては戦後、日本国籍から除外し、外国人として在留を認め、税金は徴収しながら選挙権も与えず日本語教育の機会も保障していない。 本書は在日コリアンヘの差別を題材としているが、欧米のレイシズムとそれに対抗する反レイシズムの歴史にページの多くを割き、その上で日本において反レイシズムがいかに「ない」かを説明している。 日々ネットで差別的な発言を目の当たりにする中でも、差別問題をどこか「他人事」とみなす日本社会に、欠落や空白といったものを感じるが、著者のいうゼロという客観的表現に、進むべき方向があるという強い意志を見た。また本書が、資本主義システムとの闘いでもある「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大事だ)」運動との連帯を呼びかけていることも書き加えておく。 申恵羊(シンヘボン)著「国際人権入門」(岩波新書・880円)は、人権に関する国際的なルールとシステムに照らして、日本のさまざまな人権問題について考える。特に、入管収容施設における外国人の人権問題は、在日コリアンの問題と同じく、入管難民法という国籍に基づく線引きが、差別による人権侵害を覆い隠しているといえるのではないか。ぜひ、2冊を合わせて読むことをお勧めする。2020年12月20日 神奈川新聞朝刊 11ページ 「今日のお薦め-線引きが覆い隠す差別」から引用 戦後の日本は国民主権とか基本的人権の尊重という理想を掲げた憲法の手前、当然のこととして「差別」はあってはならないものという「建前」が世の中にあったように思います。この「建前」が「建前」として通用しなくなるきっかけを作ったのは、保守本流になれずに総理大臣への道を諦めて東京都知事になった石原慎太郎で、自衛隊員の前で「大地震が起きれば三国人が暴動を起こす危険があるので、そのときは自衛隊に出動してもらいたい」などと発言したのでした。石原慎太郎のあの暴言を、当時しっかり批判し責任を取らせることを怠ったがために、今日のような在特会だの日本第一党だのというレイシストが大きな顔をする世の中になってしまったものと思います。このようになってしまった社会を、元の良識が通る社会にするのは、並大抵の苦労ではないと思いますが、悲観することなくチャレンジしていきたいと思います。
2021年01月07日
現代日本に「報道の自由」はあるのか。ニューヨーク・タイムズ元東京支局長、マーティン・ファクラー氏は、12月20日の「しんぶん赤旗」日曜版のインタビューに応えて、次のように述べている; 米紙ニューヨーク・タイムズ元東京支局長のマーティン・ファクラーさんが、新著『吠えない犬 安倍政権7年8ヵ月とメディア・コントロール』を出しました。ファクラーさんに聞きました。<田中倫夫記者>――米国出身のファクラーさんは、日本での大学院留学などを経て2009年から、ニューヨーク・タイムズ東京支局長を務めました。就任早々驚くべきことに直面したそうですね。◎ 首相官邸(麻生太郎政権)に支局長就任のあいさつに行ったとき、官邸の国際報道官(外務省からの出向)から、「前任者の(「慰安婦」などの)記事が政権に批判的にすぎる」「官邸からの取材協力が欲しければ、前任者の記事を批判し、『自分は違う報道をする』旨を文書で提出するように」と言われました。 驚きました。以前、中国で取材中、天安門広場前で警官に捕まり、「自己批判」を迫られたことを思い出しました。それで「日本の官邸は中国と同じことを私に頼んでいるのですか」と聞いたら、報道官は「違います、違います」と慌てました。 そんな「誓約書」を私は提出しませんでした。すると、私が支局長の間、首相にインタビューする機会は一度もありませんでした。――それはひどい話です。支局長としては大変だったのではありませんか。◎ 他の海外メディアの支局は、何度も当時の安倍(晋三)首相の単独インビューをしていました。私は本社から「安倍首相の単独インタビューをとってこい」と言われたことは一度もありません。 在ニューヨーク日本領事館が本社に、「東京のファクラー記者が日本政府に批判的な記事を書いた」と抗議したことがあります。私は本社から非難されるどころか、「プレッシャーに負けずによくやった」といわれました。◆会食繰り返す――日本とはまったく違いますね。あなたは安倍政権のメディアコントロールを批判し続けています。何が問題でしょうか。◎ 安倍氏の首相辞任表明会見(8月28日)でフリーランスの人から質問が出ました。「(官邸は)質問を事前に取りまとめていた。事前に質問を出した社にしか当てない。それは首相自身の指示なのか。仮に知らなかったとしても、問いと答えが目の前に置いてあるという状況に違和感を覚えなかったのか」。安倍氏はこの質問にまともに答えず、はぐらかしました。首相会見自体が、官邸によって操作されている、メディアコントロールの最たるものだと思います。 安倍政権下で、政権に批判的だったテレビキャスター、コメンテーターが次々と第一線から引いていきました。その一方で、テレビや新聞の幹部が安倍首相とさかんに夜の会食を繰り返していました。19年11月、「桜を見る会」問題が、「赤旗」の報道と共産党の追及で明るみに出ました。その後も安倍氏は連日のように、メディア幹部や記者クラブの記者らと会食していました。追及する側と追及される側か顔を突き合わせて食事をする必要がどこにあるのでしょうか。◆日本のメディア「吠えない犬」――政権側の問題と同時に、メディア側の問題もきびしく指摘していますね。◎ 日本はアクセスジャーナリズム(取材対象に気に入られて内部情報をもらうこと)に偏っています。たしかに、政府や権力内部から情報を得て、それを分析して伝えていくことも必要です。しかし、バランスが大事です。もっと政府のウソを暴くような調査報道に力を入れるべきでしょう。 しかし、日本のメディアは、政府や権力が伝えたい情報、ストーリーをうのみにしていることが多い。アクセス権を奪われる、締め出されることに恐怖を感じています。 ジャーナリズムというのは本来、権力者にほえる「Watch Dog」(番犬)のはずです。しかし日本では権力者を守る「ポチ」になってしまっている。ここが一番不思議ですね。――日本でもかなり昔の話ですが、佐藤栄作元首相が退陣会見で「新聞は嫌い、話したくない」と言って、新聞記者全員がボイコットしたことがありました。◎ 日本のメディアは太平洋戦争で戦争に協力するという大失敗をしたので、それを覚えている世代が元気なうちはまともだったと思います。その歴史を知らない世代が中心になると、「楽な」方向に行く。福島第1原発事故という「安全神話」の崩壊という大失敗から学ぶべきでしたが、そうなっていません。 アメリカのメディアには、ベトナム戦争、イラク戦争での失敗がまだ生々しく記憶されています。「イラクは大量破壊兵器を持っている」などの政府のウソを見抜けず、協力したことへの反省も強いです。◆「赤旗」の役割 インターネットのSNS上では、真実とフェイク(ウソ)が隣り合わせです。日本やアメリカでは政府が平気でフェイクを流している。だからこそ、「番犬」の役割を果たす健全なメディアが必要です。デマゴーグが横行する社会になってはいけない。そうしたことへ抵抗する役割を「しんぶん赤旗」にはお願いしたいです。Martin Fackler =1966年アメリカに生まれる。91年、東京大学大学院留学。96年再来日し、米国メディアの記者として活動。 2005年からニューヨーク・タイムズ東京支局員、09年から15年まで同支局長。著書に『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』など。2020年12月20日 「しんぶん赤旗」日曜版 35ページ 「驚き 官邸の報道支配」から引用 日本には言論・報道の自由を保障した憲法があるので、一党独裁の中国とは違って、わが国には「報道の自由」があるのだと、私は長年思いこんでいましたが、どもうもそれは私の勝手な思い込みに過ぎず、実際のところは、日本政府も中国政府もやってることはほとんど変わらないというのが現実であることを、この記事は伝えています。憲法に書いてあるからと言って油断せず、国家権力が憲法順守義務を誠実に果たしているかどうか、常に監視が必要で、憲法がめざす国家像の実現のために国民の不断の努力が必要であることを教える記事だと思いました。
2021年01月06日
7年8か月の安倍政権が日本の民主主義をどのように破壊したのか。文筆家の平川克美氏は、12月27日の毎日新聞で、次のように述べている; 日本人はもはや国会や民主主義は不要なのか? 「桜を見る会」を巡る政治資金規正法違反事件のことである。何にもまして衝撃的なのは、国家の最高指導者が国会を通じ、全国民に事実上「ウソ」をつき続けたことだ。民主主義を考察する著作も多い文筆家・平川克美さんが問う。「安倍晋三前首相は国家を溶解させた。私たちはこれから何を信じて生きていくのか」と。【吉井理記/統合デジタル取材センター】◎安倍政治の総決算「桜を見る会」――「桜を見る会」を巡る事件で、安倍前首相の公設第1秘書が、「前夜祭」の費用を政治資金収支報告書に収支を記載しなかった政治資金規正法違反(不記載)で略式起訴されました。安倍氏本人は不問です。◆安倍政権の7年8カ月、森友学園事件、加計学園問題をはじめ、安倍氏や閣僚にもさまざまな疑惑が噴出しました。その総決算が桜を見る会事件ということになります。民主党政権時代の「陸山会」事件でも、やはり収支報告書への虚偽記載や不記載が問われましたが、こちらは秘書が逮捕までされて裁判が行われました。それに比べて、今回の処分は公平とは思えないし、外形的事実を見れば公選法が禁じた寄付行為に当たるのは明らかだと思う。ですが、法的な問題はひとまずおいておく。僕が問いたいのは、もっと本質的なことです。国家としての日本、国家の諸制度が、安倍政権の7年あまりで溶解した、ということです。――溶解? どういう意味ですか?◆吉井さん、今、お金持ってる?――ええ。悲しいことに福沢諭吉はありませんが、何枚かは。あと硬貨も多少……。◆つまり、国家とは何かを考える場合、貨幣と非常によく似ているのです。その貨幣が貨幣として流通するのは、どこかの権力者が「流通させよ」と命じたからではないですよね。あなたも僕も、貨幣には貨幣としての価値があるから流通する、と信じているからです。それ以外に理由はない。お札には紙代とインク代など数円しかかけられていない。でも1万円の価値があるとみんな信じている。その信頼がなければ、紙くず同然です。物価が天文学的に高騰する「ハイパーインフレ」は、貨幣が貨幣としての信頼を失うために起きる現象です。国家や法も同じです。目に見えるような実体はないけれど、みんながこれらが正常に機能している、と信じているから成り立っている。◎菅首相も「同罪」――法律も、それ自体が力を持っているわけではなく、紙に書かれた言葉に過ぎませんよね。◆そうです。例えばヤクザ、アウトローと呼ばれる人たちの多くは法を信じてはいません。むしろ「組のおきて」といったものを信じているでしょう。法が法として、国家が国家として、あるいは民主主義が民主主義として成立して機能していくためには、人々がこれらを信頼し、「成立している」と考えることが不可欠です。その信頼を担保しているのが「事実」です。安倍氏は事実が事実として人々に共有され、人々の代表である政治家が事実に基づいて判断し、法と正義にのっとって、行政を動かしていく、というこの民主主義の根幹を破壊しました。――国会の安倍氏の答弁のことですね。前夜祭を巡って、衆院調査局の調査では、事実と異なる答弁は118回に及ぶ、といいます。◆法ばかりではなく、国家の諸制度は人々の信頼に基づいて成り立っているわけです。その信頼を支える「事実」が実はウソだった、ウソをついてもいいんだ、ということになれば、私たちは一体何を支えとして社会を成り立たせていくのか。これまでは私たちは、国は法と正義の下で運営されている、と信じてきました。その信頼が失われた。このことの重大さに、私たちは本当に気づいているでしょうか。司法の判断とは別に、安倍氏が制度への信頼を失わせた政治的・道義的責任は厳しく問われるべきです。――菅義偉首相も官房長官時代、前夜祭を巡る疑惑で事実をただされても「安倍氏の説明の通りだ」と繰り返してきました。◆何が事実かを決めるのは、権力者ではありません。権力者が事実を決めるとなれば、それは独裁政治です。その意味で、安倍氏のウソを追認してきた菅首相もほぼ同罪です。◎ウソは常にあるけれど…――そうはいっても、過去を振り返れば、国会でウソをついた政治家はこれまでもいたはずです。◆ウソは常にあるんです。人間は完全ではありませんから。弱点はたくさんある。ウソをつくこともそうです。でもそんな弱点を補うためのさまざまな制度や仕組みを、私たちは長い時間をかけて作り上げてきた。司法制度もそうですし、国会や国会の弾劾裁判もそう。広い意味では、権力の監視役としてのメディアも同じです。でもそれらの制度もまた、信頼で成り立っています。でも政府のトップ、制度の運用者自体が、事実や科学よりもウソやそんたくに基づいて運用すればどうなるか。制度そのものが成り立ち得ません。――確かに。しかしその安倍氏は、さまざまな疑惑にもかかわらず、常に40~50%程度の支持率に支えられてきました。辞任前の7月の毎日新聞の世論調査でも32%と一定の評価がある。特に若い世代ほど支持率が高いようです。菅政権も、日本学術会議問題などがありましたが、それでも最新の世論調査(12月12日)で40%です。◆民主主義は、多角的に事実を積み上げて物事を決めていくシステムです。権力者が何が事実かずばっと決める、あるいはウソでもいいからサクサク決める、ということであれば話はずっと早くなる。それでもいいんだ、という風潮が形作られてしまったように思います。そういう風潮の安倍政権時代に、青少年期を過ごし、そして社会に巣立った人も多いでしょう。安倍政権のやり方、価値観がスタンダードなのだ、という意識が根付いていないか、心配です。――安倍政権時代は就職率も良くなりました。それなりに豊かで、暮らしの不安もなければ、指導者がウソをつこうが政治から正しさや事実が失われようが困らない、極論すれば、別に「独裁政治」であってもいいじゃないか、というような?◆人間が積み重ねてきた「経験知」が教えるところによれは、人間は自分たちが生きている「目先の時間」だけで物事を考え、判断してはなりません。今、目の前で起きている事象について「最適解」だと思えることが、後から見ればとんでもない災厄の引き金になっていた、という可能性は常にあるんです。自分たちの狭い「経験知」で判断してはならないんです。 繰り返しますが、私たちの祖先が積み上げてきた制度への信頼を破壊した安倍氏やその一派の罪は本当に深いですよ。極端な話、私人ならウソはいくらついてもいいんです。誰もその人を信じなくなるだけでしょうから。でも安倍氏は公人です。しかも国家の指導者です。制度の運用者が、その制度の信頼を根底から破壊したのです。特効薬なんてありません。まずそれぞれの制度が、本来持っていた制度として機能を回復していくことしかないんじゃないですか。国会は国会、メディアはメディア、司法は司法、というふうに。――目先の解ではなく、長い時間軸で物事を考える。いわゆる正統的な保守の考えですね。安倍氏も著書で自らを「保守政治家」と位置づけていますが。◆あの人は保守政治家であるかどうか以前に、そもそも政治家になってはいけない人物だったのではないですか。<ひらかわ・かつみ> 1950年東京生まれ。早大卒業後の77年、親友の思想家、内田樹氏と翻訳会社を設立。インターネットラジオ局やウェブサイト制作会社の経営に携わる。2014年には東京・荏原に文化発信拠点を兼ねた喫茶店「隣町珈琲」をオープン。立教大客員教授も務める。「路地裏の資本主義」など著書多数。近著に「株式会社の世界史」(東洋経済新報社)。2020年12月27日 毎日新聞Web版 「桜を見る会『国家溶かした安倍氏、菅首相も同罪』文筆家・平川克美さんの問い」から引用 安倍政権が日本の民主主義を破壊したことに対する平川氏の危機感は、深刻です。安倍氏は自分を保守政治家だと思っているらしいが、これもやはりウソで、保守政治家であれば「憲法を変えよう」とか「世の中を変えよう」などとは言わずに、急激な変化を避けて、少しずつ社会を改善していこうというのが、本当の保守政治家の姿というものでしょう。完全な人間はいないのだから、人間誰しも時にはウソをつくもともある。しかし、そういう弱点を補う努力を払って今日の政治体制を築いてきたものを、頭のてっぺんから足のつま先までウソで固めたような人物が、祖先の代から営々と築いてきた民主主義を「溶解」させてしまった。この罪の重さを私たちは忘れてはならないと思います。
2021年01月05日
安倍晋三議員が山口県の有権者を東京に招待して一流ホテルで宴会を開き、参加者からは形ばかりの「会費」を集めたが不足分を安倍事務所の金庫から補填して、そのことを政治資金報告書に記載せずに誤魔化していた問題について、「安倍不起訴」を決めた東京地検を、刑法の専門家で立命館大学教授の松宮孝明氏が、12月24日の毎日新聞Web版で、次のように批判している; 安倍晋三前首相の後援会が開いた「桜を見る会」前夜祭を巡り、東京地検特捜部は24日、公職選挙法違反と政治資金規正法違反の両容疑で告発されていた安倍氏を不起訴処分(容疑不十分)とした。その一方で、公設第1秘書を前夜祭の収支計約3000万円を記載しなかったとして、政治資金規正法違反(不記載)の罪で略式起訴した。だがこの処分は妥当といえるのか。公選法の罰則規定に詳しい立命館大の松宮孝明教授(刑事法)は「略式起訴ではなく、起訴して裁判で実態解明を進めるべきだ」と指摘。検察の処分に疑問を投げかけた。松宮氏は今年9月、菅義偉首相から日本学術会議の会員任命を拒否された6人のうちの1人。【古川宗/統合デジタル取材センター】◎「高いハードル」立件してこなかっただけ――今回の東京地検の判断をどう考えますか。 ◆まず、告発されていた2つの容疑のうち、収支報告書に記載しなかったという政治資金規正法違反だけの立件になったことに疑問を感じます。公選法は選挙人らへの供応接待や寄付を禁じており、その意味で安倍氏を立件できたと思うからです。 前夜祭に招かれていた人の多くは安倍氏の後援会員であり、安倍氏の地盤培養行為に当たるのは明らかです。前夜祭が行われた時期が選挙間近ではないため、公選法が禁じる「買収」には当たらないという見方がありますが、実は、選挙が直近かどうかは本質的な問題ではないのです。安倍氏側から「支援をしてほしい」という意味で利益供与があれば、公選法違反になる可能性が高いはずで、これを不問に付してしまうのは許されないと思います。――公選法については、受け取った側に利益を受けた認識が必要など、立件のハードルが高いと言われます。 ◆検察側が慣例的に今まで適用してこなかったから、「ハードルが高い」と言っているだけだと考えます。前夜祭に参加したのは、後援会員であり、明らかに会費を超える豪華な会食だったのですから接待を受けているという認識はあったと思います。ましてや、政党の後援会ではなく、安倍前首相個人の地元の後援会ですから、誰に投票するのかは明白でしょう。検察がこれまで立件してこなかっただけで、検察の起訴基準などは公選法の条文には書かれていません。◎起訴して正式な裁判を求めるべきだった――政治資金規正法違反で秘書だけを略式起訴しましたが、妥当でしょうか。 ◆そこも問題だと思います。1992年に東京佐川急便側からの5億円裏献金事件で、金丸信・元自民党副総裁について、検察は略式起訴で済ませ、世論の大きな批判を浴びました。 今回は、安倍氏側が開催費約700万円を補填(ほてん)し、前夜祭の収支計約3000万円を記載していなかったようですが、これほど高額なのに略式起訴にしているのは解せません。略式起訴ならば正式な裁判が開かれず、実態が解明されません。 そもそも、安倍氏本人への捜査をきっちり行ったのかも疑問です。任意で事情聴取すれば捜査を尽くしたと言えるのでしょうか。安倍氏は「補填について知らなかった」と述べているようですが、本当にその通りなのか。補填の原資も分からないですし、どういう会計処理をされて出てきたお金かも解明が必要です。強制捜査をして正式裁判を求め、法廷で全容を解明すべきだったと思います。――安倍氏は国会で説明する予定になっています。 ◆政治資金の管理責任の問題があり、これまでの答弁との整合性も問われているわけで、当然国会できちんと説明しないといけないでしょう。補填の事実を知らなかったとしても、政治家としての資質が問われるわけで、その責任は免れません。政治家として、自らの政治資金の管理に不正があったことや自身が補填を知らなかったことに対して合理的な説明ができるかどうかが焦点になります。◎うそついた「前科」、証人喚問を――野党は、虚偽の答弁をすれば偽証罪に問われる証人喚問を求めていました。 ◆前夜祭について、衆院調査局によると、安倍氏が首相のときに事実と異なる国会答弁を118回していたという報道がありました。いわば、安倍前首相は、118回うそをついたという「前科」があるわけです。うそをついたら罰せられる証人喚問を行わなければ意味がないのは常識的なところでしょう。自民党側も証人喚問をしたくないなら、その理由を説明しなければなりません。――菅義偉首相の責任はどうでしょうか。 ◆2つの責任があります。1つは官房長官時代、安倍氏を擁護し、うそにお墨付きを与えていました。うそに気づいていたか否かに関わらず、調べなかった責任があります。もう1つは、菅首相は現在、自民党の総裁でもあるので、総裁としての責任があるわけです。自民党が証人喚問を拒んだことや、安倍氏という所属議員に対しての監督責任についても、しっかり説明をすべきだと思います。◎桜問題を「年越し」させるべきだ――政府や自民党は桜を見る会について、年内で幕引きを図ろうという意図が透けて見えます。 ◆この桜を見る会について最も大事なことは、この問題を年越しさせることです。桜を見る会自体についても、招待者の全容が分からないなど、解明しなければならない点があります。年内で終わりになんてできるわけがない。野党やメディアは新年最初の課題にして、前夜祭に対する政府と自民党の対応責任を問うべきです。年が明けて新年になった途端に、「昨年のことだから」と忘れ去られてしまうような雰囲気にしてはいけないと思います。<まつみや・たかあき> 1958年生まれ。立命館大法務研究科教授。京都大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学(博士)。専門は刑事法学。南山大専任講師、立命館大助教授などを経て2004年から現職。著書に「『共謀罪』を問う 法の解釈・運用をめぐる問題点」など。2020年12月24日 毎日新聞Web版 「安倍氏不起訴「公選法違反の不問は許されぬ」 任命拒否された松宮孝明教授」から引用 この記事で松宮氏が指摘する通り、誤魔化した金額が1億円以下だから不起訴などというルールが法律に書かれているわけではありませんから、検察がやる気を出せば「安倍議員起訴」も十分あり得る話で、総理大臣の座にありながら118回も虚偽答弁を重ねたという道義的責任の観点からも、この問題は徹底究明する必要があると思います。
2021年01月04日
長年にわたって自分の選挙区の有権者を政府主催の「桜を見る会」に不正に招待し、前夜祭と称して違法な接待をして公設秘書が略式起訴されたことについて国会で説明した安倍晋三議員の言動を、山口県の地元の有権者はどう見ているのか、12月25日の毎日新聞は次のよう報道している; 安倍晋三前首相の国会での説明には、地元・山口県下関市の市民からも不満の声が上がった。飲食店を経営する女性(75)は「地元選出の総理として誇りに思っていたが、あれだけ騒がれながら事実を知ったのは報道後というのにはあきれた。これで説明責任を果たして幕引きというのでは、誰も納得しないのでは」と話す。 「秘書が数百万円も勝手に使い、報告していないなんてあり得ない。このまま終わりにすべきではない」。そう語気を強めるのは「桜を見る会」に出席した経験のある元市議。市内の無職男性(80)は「安倍さんが知らなかった可能性もあるとは思うけれど、テレビを見ていても説明は分かりにくかったし、その場しのぎだよね」と語った。 一方で安倍氏の説明に理解を示す声も。支援者の男性(56)は「秘書の説明を信じたことは、問題があったと思う。だが、東京地検の捜査が尽くされた結果であり、国会の場に立ち、しっかり説明責任も果たした。もうこの問題は終わりにして、(国会は)新型コロナウイルス対策に集中してほしい」と注文を付けた。【佐藤緑平、部坂有香】2020年12月25日 毎日新聞Web版 「『あきれた』『その場しのぎ』 安倍氏地元・下関市民も不満 「桜」補填国会釈明」から引用 やはり、この記事に登場する市民が言うように、数百万円も勝手に使って、そのカネの所有者である安倍晋三議員に報告をしないなどということがあるわけがありません。それも、一度ならまだしも8年間繰り返していながら、気が付かないわけがないのであって、これは安倍本人と公設秘書が入念に打ち合わせをした上での計画的な犯行であるとみるのが自然というものでしょう。新型コロナウイルス対策も重要ですが、安倍議員にまつわる不正や疑惑も、民主政治の根幹を揺るがす不祥事として徹底究明が必要です。
2021年01月03日

暮れのある日、ツイッターを眺めたいたら津田大介氏の次のような投稿が目に留まった;小野寺議員も仙台地検の検察官も、「真面目」だから、例え千円の「お線香セット」でも、それを有権者に配れば「違反」は「違反」だと、ごく常識的な判断で行動したわけで、その結果、議員辞職・公民権停止になりました。片や山口選挙区選出の議員の場合は、総理大臣の立場にあぐらをかいて、118回もウソの答弁を続けてそれがバレても「自分は知らなかった。全部、秘書がやったこと」と涼しい顔。数千万円の事務所のカネで地元選挙区の有権者をもてなしたことは、今では誰も否定しない事実であるにも拘わらず、口では「責任を痛感」と言いはするが、どんな責任も自分が取る気はさらさらない。同じ自民党に所属しながら、正反対のこの事例はあまりにも極端です。それにしても、津田氏の指摘もなかなか面白い。安倍政権の「桜」問題をめぐる与野党の対立は、左右の対立ではないし、保守vsリベラルの対立でもない。これは確かに「卑怯」vs「真面目」の対立だというのは、まったくその通りと思います。「卑怯」の場合は、例の首相経験者のように、勝つためには何でもやる。しかし、一方の「真面目」は誰に言われるわけでもないのに「いくら何でも、これは常識的にマズイだろう」と勝手に自分の手足を縛ってしまうのですから、「敵に塩を送る」どころか「凶器を渡す」ようなことをしているようなもので、そういう戦い方をされて割を食うのは国民なのですから、もう少し戦略を考えてほしいと思います。
2021年01月02日
新年おめでとうございます。昨年、暮れも押し詰まった12月25日に公設秘書が「桜」問題で起訴されたことを受けて、安倍晋三衆議院議員は衆参両院の議員運営委員会に出席して、与野党議員の質問に答えるという一幕がありました。翌26日の毎日新聞は、次のように書いています; 実に残念な年の瀬である。今年こそ旧年中のモヤモヤを振り払い、さっぱりとした気分で新年を迎えたかったのに。昨年から追い続けている「桜を見る会」のことだ。安倍晋三前首相が25日、政治資金規正法違反で公設秘書が略式起訴された前夜祭について、国会で説明に臨んだのだ。もちろん記者も駆けつけたのだが、すっきりするどころか、モヤモヤばかりが膨らんでしまった。【吉井理記/統合デジタル取材センター】「なんで記者会見したんだろう?」 師走の寒風の中やってきた国会議事堂。国会議員や政治部記者にはなじみ深いだろうけど、私のような「部外者」の記者には迷路のよう。 というのも、国会中継でおなじみ、衆参両院の「本会議場」のほか、予算委員会が開かれる「第1委員会室」をはじめ、議事堂内には各党や各会派の部屋や控室、議長・副議長の部屋、はては「第3理事会室」「第8委員会室」「第17控室」といったナンバーだけが表示された部屋がごろごろしている。しかも、地下街によくあるような丁寧な案内表示はほぼ皆無。国民のための施設なのに、何だか不親切だなあ。 この日、安倍氏が釈明するのは衆参両院の議院運営委員会(各1時間)。同業者らしき人に道を尋ねつつ、会場の衆院第1委員室にたどり着いた時には早くもぐったり。半ば仕事を終えた気分である。 前日の24日、安倍氏は記者会見を開いたが、記者の脳裏の疑問は膨らむ一方だったのだ。 例えば――。(1)そもそもなぜ、桜を見る会前夜祭の収支を政治資金収支報告書に記載しなかったのか(2)前夜祭の費用が参加者の会費だけでは足りず、安倍氏側が補填(ほてん)しなければならないのに、なぜ「5000円」という格安の会費を設定し続けたのか(3)そもそも会費はだれが設定したのか(4)前夜祭会場となったホテルが保管している明細書を安倍氏らが確認していれば「補填」の事実はもっと早く判明していたのに、なぜしなかったのか――などなど。 何より「私の政治責任は極めて重い」(24日の記者会見)のなら、どう責任を取るというのだろうか? 国会での説明は衆参各1時間の計2時間。これだけ時間があるのだから、モヤモヤはかなり晴れるのでは? そう期待して記者席にどっかと腰を下ろし、安倍氏の登場を待ち構えていたのである。すると、近くにいたカメラマン同士がヒソヒソ小声で話し合っていた。 「今日国会で説明するのに、なんで昨日記者会見したんだろうね? まずは国会で説明するのが筋だろう」「きっと世間の反応を見てみよう、と思ったんじゃないか。会見を観測気球にしたんだな」 ふむふむ、なるほど。さもありなん、という気がしてきた。◆またも登場「責任を痛感」 さて、その安倍氏。定刻の午後1時直前、衛視やSPに囲まれて登場した。早く、さっそうとした足取りで、居並ぶ記者団には目もくれず委員室へ。安倍氏のための「釈明国会」の幕がついに開いた。 まず冒頭、約2分半の安倍氏の弁。24日の会見の言葉をほぼそのまま流用した。 「道義的責任を痛感」「深く深く反省し」と言いながら、「私が知らない中で行われていたこととはいえ」「結果的に」と、ホントは自分に責任はないんだけど、とでも言いたげなセリフを挟むのも同じ。「責任を痛感」という言い回し、首相時代から繰り返し使ってきたが、ここでも登場した。冒頭からイヤな予感がしてきた。 疑問を解明するための質疑が始まった。予感は的中した。 まず衆院の議運委。 立憲民主党の黒岩宇洋氏から「前夜祭は実際には1人あたりいくらかかったのか」と問われたのに、安倍氏は「収支報告書におきまして、会費収入が229万3000円、宴会費は355万1100円……」などと、なぜか各年の報告書の訂正金額を答える。何度かのやりとりの末、「一人頭いくらというのは質問通告を頂いてないので(不明だ)」。ここまでで黒岩氏の質問時間15分のうち、4分あまりを消費。「自分でホテルの明細書をなぜ確認しなかったのか」という問いにも、「(ホテル側が)公開前提では出せないと説明している」と正面から答えない。なんだか既視感がある。 その後同党の辻元清美氏は「民間企業なら社長辞職。議員辞職に値すると思わないか」というシンプルな問いをしたが、安倍氏は「初心に立ち返り努力していく」。明細書の提出を求められると、「明細書の中がどうあれ、検察の判断は変わらない」と、ついには国会での説明責任を放棄するかのような答弁まで登場した。 「なぜ不記載にしたのか。これは質問通告している」と核心に切り込む問いを投げたのは共産党の宮本徹氏。だが「当該秘書(今回、政治資金規正法違反罪で罰金刑を受けた公設第1秘書とは別に、最初に前夜祭の不記載の判断をした元秘書)は何年も前に高齢を理由に退職している。経緯を聞こうとしたが、元秘書の代理人弁護士から『答えられない』ということだった」。 ……一体、安倍氏は何をするためにここに来たのだろうか、と思ったのは記者だけではあるまい。 参院でも、安倍氏の姿勢は変わらない。最後に登場したのは、共産の田村智子氏だった。 昨年11月8日の参院予算委で、桜を見る会追及の火の手を上げた田村氏。もう一つの核心である「なぜ5000円という格安の設定で宴会を続けたのか。桜を見る会に地元有権者の参加者を広く募ったのはなぜか」と問うたのだが、安倍氏は「毎年過去長年にわたって慣行として行われてきた」と、文字通りのゼロ回答。 かくして「釈明国会」は幕を閉じた。 ここで筆をおいても良いのだが、やはり記しておかなければならないことがあった。◆「首相礼賛」する場なの? 桜を見る会や前夜祭を巡る数々の疑問を、安倍氏に直接質問できない国民に代わって、与野党議員が問いただしてくれるはず、と多くの国民が信じていたはずだ。 だが――。 参院の自民党・高橋克法氏の持ち時間は5分だった。 記者はあきれた。 のっけから「安倍総理が総理大臣として上げてきた成果は枚挙にいとまがない。各国首脳との信頼関係の外交、デフレ脱却のための経済政策、思い出深いのは徹夜国会、あの平和安全法制を安倍前総理がやられたからこそ、厳しい安全保障環境の中で日本の安全が保たれ……」と、3分あまりを費やして、どこかの国のような礼賛演説をぶったのである。 いや、礼賛したければどこか別のところで好きにすればいい。でも国会で安倍氏が釈明する場がようやく実現したのだから、疑問を一つでも晴らしてほしい、と国会議員に切に願っている国民に対して、一体どう考えているのだろう。 さらに首をひねるのは「(収支報告書への)計上についてはっきりしたガイドラインがない」などと述べ、今回の事件が政治資金規正法の「わかりにくさ」のせいで起きたかのような論理を展開したのだ。 この「政治資金規正法が分かりにくい論」は、衆院では日本維新の会の遠藤敬氏、参院では公明の竹谷とし子氏も唱えていた。今回の「不記載」がなぜ生じたのか、安倍氏ですら「(『不記載』を始めた)元秘書と接触できず、分からない」と首をひねっているのに、なぜ同法の問題に話が飛躍するのか。法律が分かりにくいというなら、国会議員が法改正なり何なりすればいいだけのことだ。安倍氏の答弁のあり方にも増して、国会議員のあり方そのものに、モヤモヤを感じてしまったのだ。 「釈明国会」を終えた田村氏に聞いてみた。「で、今日分かったことって、何かあるんですかね?」「何にも。こんなので納得できるわけがありませんよ。来年また徹底追及しなければ」 同感である。 ちなみに「責任を痛感」という言葉。安倍氏はこの日だけで、7回使っていた。2020年12月26日 毎日新聞Web版 「『桜を見る会』のモヤモヤまたも年越し・・・安倍前首相の『釈明国会』を見に行った」から引用産経新聞や読売新聞ならまだしも、毎日新聞がこんなとぼけた記事を書いているのでは、新年が来てもろくな一年にはならないな、ということが実感されます。記事の筆者は政治部の所属ではないとは言え、安倍政権の7年8か月を知らないわけではないのですから、この期に及んで>何より「私の政治責任は極めて重い」(24日の記者会見)のなら、どう責任を取るというのだろうか?という疑問はあり得ないでしょう。史上最長の安倍政権で「私の政治責任は極めて重い」というセリフを、国民は何十回聞いたことか。しかも、そういいながら、ただの一度も「責任を取った」ことはない。そのことを、私たちは忘れてはならない。新聞記者なら、安倍は口ではこう言っても、本音は全然違うのだということを念頭に、「彼は一度も責任をとったことがない」という事実を元に記事を書くべきでしょう。そもそも、記事の冒頭に>「なんで記者会見したんだろう?」などと書いてますが、安倍氏はこの一連の茶番劇を演ずることによって、立派に「アリバイ作り」に成功しています。共産党の田村議員が言うように、何一つ明らかにならない記者会見であり議院運営委員会であったにも関わらず、どの新聞もテレビも「安倍氏は説明した」と報道しているのですから、これで安倍氏は9月の自民党総裁選へのパスポートを手にしたと、今頃自信を深めており、総裁選が近づけば「桜問題については、私は逃げも隠れもせず、堂々と国会で説明をし、多くの国民の皆様のご理解をいただきました」と堂々と宣言することでしょう。実際は、共産党の田村議員が憤るとおり、何一つ明らかになっていない不誠実な釈明国会だったのに、そういうことにはほとんど神経を使わない、政治的な正義感には鈍感な民族性を、今年も引きづっていくことになりそうです。
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