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東京ビックサイトで行われている大きな催しに行ってまいりました。大企業から大学のサークルまで、エコに関するものと本人が思うものなら何でも出展可能らしく、ほんといろんなブースがありました。大企業のブースはよその展示会と同じ感じで豪華はなやかおねえちゃんいっぱい、クイズに答えると景品がもらえる!って感じで客寄せしててその景品も無駄にが使われてたり、景品の入った袋たちがまったくエコじゃないやん、だったり。そんなことを言いつつもついつい景品(ノベルティグッズってやつですか)をいただきにせっせとアンケートに答えていた私。エコならぬエゴが・・・せめて「袋要りません」といって多少の抵抗を。小さいブースは、何をしているんですか?ときくと、丁寧にこたえてくれて、あったかみがあって、こっちの人たちの目はきらきらしてて、土を扱っている人たちはどっしりしてて。エコなんてかっこだけよ、と悲観的な人もいますが、環境環境とお題目でも唱えていたら、それだけでも代わってくると思います。私はイベントの仕事をしていたので、展示会を見ると後片付けのゴミの山をすぐ想像してしまいます。このイベントでは、年数を重ねて、ブースのごみの再生作業専門のプログラムなんかもできてきて、進化しているらしい。どこに向かうかの哲学がちがう大小のブースたちですが、毎年同じ空間を共有しているだけでも、いつか統合の道筋になるよすがになるのではないなあ。私達も「医療エコ」として出展しようかしら。
Dec 15, 2006
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ひさびさに小説読みました。っていっても鍼師物(そんなジャンルがあるのかhttp://www.amazon.co.jp/gp/product/4093876436主人公の鍼師おしゃあさんは魅力的です。江戸時代ですから、鍼師が頼りにされています。実力もあり人情もあるおしゃあさんにひかれ、じぶんの分かりにくいハンドルネームをこのさい「おしゃあ」に変えようかと思ったほど。作家さんは別名で映画の脚本も書かれているようで、せりふはいい感じ。一気に読み終えるくらいに面白かったですが、もう一度や二度書き直したらもっと面白いのでは?などと思いました。ちょっと、鍼に関する表現がこなれていないなあと思うところもあり。幕末と現代におけるテーマの共通性をもたせたところが無理やりな感もあり。鍼の治療は本格的で、でも自分の知っているのとは違うところもあったので、小説を読んでいると言うのに付箋のあらし。最近、本を読むときは、必要なところに付箋をして、後でメモをするようにしています。これ、パソコンにするか、手書きにするかが悩みどころ。手書きのほうが頭に入るが、パソコンは検索しやすい。いまのところ手書きにしています。千里の道も付箋から。めざせおしゃあさん、なのです。
Dec 12, 2006
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超然として 天にまかせ 悠然として 理知を楽しむ 厳然として 自らを慎み 靄然として 人に接す 毅然として 節を持し 泰然として 難に処す 良寛 「六然観」 自処超然<自ら処することちょう然> 自分自信に関してはいっこう物にとらわれないようにする。 処人藹然<人に処することあい然> 人に接して相手を楽しませ心地良くさせる。 有事斬然<有事にはざん然> 事があるときはぐずぐすしないで活発にやる。 無事澄然<無事にはちょう然> 事なきときは水のように澄んだ気でおる。 得意澹然<得意にはたん然> 得意なときは淡々とあっさりしておる。 失意泰然<失意にはたい然> 失意のときは泰然自若としておる。 明・崔後渠<さいこうきょ>
Dec 11, 2006
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ちょっと忘れないように貼付・・・「六然」 ●処自超然(ミズカラ ショスルニ チョーゼン) 自分自身に関しては物事にとらわれず 自分を高いところから見るように。●処人藹然(ヒトニ ショスルニ アイゼン) 他人には なごやかに。●有事斬然(コト アルニ ザンゼン) 事あればきっぱり勇断。●無事澄然(コト ナキニ チョーゼン) 事が収まれば清く澄みきって。●得意澹然(イヲ ウルモ タンゼン) うまくいっているときはあっさり。●失意泰然(イヲ ウシナウモ タイゼン) 失意のときでも落ち着いてゆったり。明の時代の崔 後渠(サイ コーキョ)さん
Dec 11, 2006
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今日は、学校の講師の先生のお宅でお食事会でした。中国人の先生が用意してくれたお食事は、なんと18品目。それもひとつひとつがすごい量でした。サントリーは黒ウーロン茶のCMで、「中性脂肪に告ぐ」という文字とともに、中華料理の赤いテーブルを囲みながら、年配の男性たちが、「ウォイーシャン シーアイチー ヨウニーシーウー(僕は脂っこいものがすきだった)」と歌うものがあります。イメージとして、なかなかかっこいいものだと思います。サントリーのサイトに、歌詞の日本語バージョンがあるのですが、よくありません。大人になりきれないとっちゃんぼうやの歌、って感じで情けないのです。今日は、先生が、うれしそうに、もう食べられないでしょう、という顔でにこにこしながら、どんどんおいしい料理を出してきます。もうみんな苦しくて、前かがみになってうめきながら、一口食べるとやはりうまい。なぜここまで作るのか?一人がすることが全てではないと思いますが、中国でのおもてなしのひとつの形なのだ、これが中国の文化のひとつなのだ、とかんじました。大陸で生き抜くために、培われた身体を作るために食べられてきた料理。エネルギッシュでパワフルな先生は、一対一で向かい合うと日本人の私たちにはちょっときつい。食べられてしまいそうな。でも、そこが先生の魅力です。サントリーのCMソングは、TVに流れる中国語とNET用の日本語で、作り手の力の入れ加減などもあるのでしょうが、大食の文明が受け継がれてきた上の人々での風格が、できの違いに現れているように思いました。今日のお食事会で、今までより中国の一部を知ることができました。自分が今学んでいる中国を祖にしている医学。その根本は、インドであるという説もあります。日本に伝わって独自の形で発展してきました。中国についてもっと知りたいと思います。またほんとうに源流がインドなのであればもともとのインド好きもありアーユルヴェーダについても学びたいと思い、結局日本人なのだから、日本でなされていることをしっかりと、とも思い、まあ、興味ははてしないのです。果てしなすぎて、漠然として、どうしていいのかって思い、そのあげくぼーっとテレビなんかみてしまうわけですが。
Dec 10, 2006
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玄米ごはんは、少しずつ理想の炊きかげんに近づいてきました。拝み洗い、振り洗い、おいしくなれと思いながら・・・私は料理があまり上手ではないので、まずこのご飯をマスターしようと思っています。グッチ裕三さんが、「人のレシビを見て、これはあれで代用できる、なんていうのはよくないと思うんだよね。 作っている人がいろいろ試行錯誤して、これだ!といって作ったのがレシピなんだから」みたいなことをテレビでいっていました。私は今までこんな感じかなぁって適当に料理してきました。それはそれで、私の味だし、臨機応変できる長所です。でも、味見をちゃんとしないせいもあり、味が不安定で、食べたいものが作れていないことが多いです。玄米ご飯には、この味にしたい、という理想が今あって、それに近づけるように少しずつ工夫しています。シンプルなものだから、すぐ結果に出るし、玄米と鍋に正対して関わると、ご飯を食べることそのものが、違ってくるようです。そんなことをいいつつ、別のことに夢中になると、腹が減った、と思ったときは無造作に、食パンに市販のジャムを塗って食べているのですが。本日ブックオフで「正しい食卓」というポカラ出版の雑誌を数冊買いました。出てすぐに休刊になってしまったものですが、たいへんよい本です。常に食事に正対している人々の話が詰まっています。それをキッチンに置いているだけで、ご飯のエネルギーが変わってくる気がします。正しい食卓とは、人によって違う、とその編集長も書いています。何を食べるのか、今までも考えて生きてはきましたが、私の正しい食卓探しは、玄米と平和の鍋からもう一度始まっています。
Dec 9, 2006
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タイトルは、NHK「今日の健康」の中で出ていた質問です。西洋医学は病気をみる、東洋医学は人をみる。その観点から言えば、この質問はすでに漢方から離れています。漢方で解くとすれば、こんなかんじでしょうか。「わたしにあう漢方薬はありますか?わたしはこんな人で、こんな症状があります」最近リンクをしてくださった方のブログに、小児のおなかのかぜの吐き気止めに、五苓散を注腸した、というお話がありました。処方が効いたそうで、とてもよかったと思います。その上で思うことは、これは漢方治療では無いと思います。たまたま漢方の処方を利用した、西洋医学的に診断したものです。統合治療とは、あくまで西洋医師の基準にかなうかどうかが基準です。それでよくなる人がいるのは、喜ばしいことです。人をみる、という東洋医学の基本が、この取り入れ方では反映されないのではないかということが気がかりです。漢方薬という言葉の意味について、もっと深めたいと思っています。
Dec 8, 2006
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プロフェッショナル~仕事の流儀~で、農家 木村秋則さんを見ました。自然農法でリンゴを作っている方。リンゴは育てない、手助けをするだけ。身体を治すのは治療家ではなく、本人の自然治癒力、ということと重なります。木村さんの作ったリンゴは一年たっても腐らず、ただ乾燥して縮んでいました。その状態で、よい香りがするようです。人の体が腐った状態が病気で、人間も健康であれば、このリンゴのように干からびていくのが自然。あのリンゴのようになることを、ただ受け入れるのは難しいです。人間とは、自然のままをもっとも嫌う動物だといいます。髪を切る、服を着る、料理をする、家を建てる。そんな風にしていくことが人間にとってあたりまえ。自ずから然る。人間にとって自然って何か。もし自然にそのままで生きれば、老いたときに乾燥リンゴみたいないい香りがするのかな。
Dec 7, 2006
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圧力鍋の話しです。先日オークションで落としました平和のなべ。届きました。一人の人と争ったので、ああ、この人がいなかったらもっと安く手に入ったのに・・・なんて少しばかり思っていましたが、出品者の方の丁寧な対応と心のこもった梱包に、ありがとうございます、お金を払ってよかった、という気持ちになりました。何しろ市価の1/5のお値段ですし。これでもちもち玄米が食べられる!とさっそく炊いてみました。手順どおりに炊いたつもりで、さて錘を斜めにして蒸気を抜こう・・としたら、蒸気が出ない。うちのクラスの玄米マスターは、ここで蒸気が出るかどうかが運命の分かれ道と言っていた。どこがいけなかったのか?と思いつつふたを開けると、かに穴ができて、炊き上がっては、いました。いつもの土鍋で炊くよりは、びみょーーにもちもちしているような・・・強火でしゅんしゅん言わせる時間が短かったかなぁ。玄米マスターに聞いてみないと!
Dec 6, 2006
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洗濯機置場の無いせまいキッチンから、ベランダに洗濯機を追い出した。排水口が無いのだが、水道局の人に「雨どいに排水して良いのか」きいたところ、「お勧めするわけではないが、東京ではけっこうやられているのが実情。排水先は同じですから。」というわけで、排水パイプの延長を買ってきて、夫が雨どいにつなぐことに。屋根の上や、ベランダの外側を器用にわたる。最初ねらっていた雨どいは、うまく入らず断念。違うところにいれたら、すっぽりばっちり、音も余り響かない。家の下の人は、ほとんど家にいない人なので、これなら大丈夫だろう。しかし、屋根から屋根へと移る夫の姿を見ていると、泥棒なんて簡単だなあと思う。戸締り用心火の用心。
Dec 3, 2006
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友人から、かのmixiに招待してもらった。その子のページに行くと、知り合いらしき人がずらり。そこを尋ねると、また知り合いが。。。せっかく招待してもらったんだから、ちょっとだけのつもりが・・・くんくん、こげくさいぞ。あっ、シチュー!間一髪のところで、なべ底が焦げただけですが、鍋を移してもなんだか焦げた匂いがする・・mixiに はまるな! とシチューが教えてくれたのでしょう。
Dec 1, 2006
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