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学校が春休みに入り、止まっていた電車が動き出して、勤め先の図書館もにわかに活気づいてきました。老若男女が切れ目なく訪れては、たくさんの本を借りてゆく。たぶん、これから、今まで以上に、本や花や音楽が必要とされる時期が来ると思う。ガソリンはないけど、わたしもてくてく歩いて、電車に乗って、図書館に通っている。みんな無理しなくていいと言ってくれるし、おなかの人が最優先なのはもちろんだけど、結局本のある場所にいるのが好きなんだろうなあ、わたし。神谷美恵子「生きがいについて」をこの機会にじっくり読みかえす。神谷美恵子は精神科医で、教師であり母でもあった。そしてすぐれた文筆家だったことは、この本をほんの1ページ読めばすぐにわかる。もともと英文学を学んでおり、ハンセン病の療養所を訪れたことが医学をこころざすきっかけになったという人だから、苦しむ人びとに寄り添うまなざしはどこまでもあたたかい。「いったい私たちの毎日の生活を生きるかいあるように感じさせているものは何であろうか。ひとたび生きがいをうしなったら、どんなふうにしてまた新しい生きがいを見いだすのだろうか。」(「はじめに」より)ハンセン病の患者たちと接するなかで、こんな疑問を心に抱くようになったことが、7年がかりで執筆されたという本書の出発点だ。著者も記しているとおり、「あるひとにとって何が生きがいになりうるかという問いに対しては、できあいの答はひとつもない」(「はじめに」)。この本にも、手っ取り早く生きがいを見つけて楽しく生きるための方法は書かれていない。けれど、悲しみや絶望のふちで「生きがい」をつかんでゆく人びととの、血のかよった交流から生まれた一行一行が、それぞれの不安や悩みを抱えた読者の心に、玉露のように染みこんでくる。たとえば、「新しい生きがいを求めて」と題された章では、アメリカの女性作家パール・バックが、自らの娘に精神障害があることを知ったときの悲しみと、「悲しみとの融和の道程」が紹介される。絶望のどん底にあったパール・バックは、ある日、「娘のためによい学校を探そうと決心」する。「私はそれまでのように、『なぜ』という疑問を次から次に持たなくなりました。しかしそうなった本当の秘密は、私が自分自身のことや悲しみのことを考えるのを止め、そして子供のことばかり考えるようになったからでした。…私が自分を中心にものごとを考えたり、したりしている限り、人生は私にとって耐えられないものでありました。そして私がその中心をほんの少しでも自分自身から外せることができるようになった時、悲しみはたとえ容易に耐えられるものではないにしても、耐えられる可能性のあるものだということを理解できるようになったのでありました。」 *わたしがこの本を買いもとめたのは震災の前で、心にある不安が巣食っている時期だった。かたわらに置き、たとえば上に引用したような文章をくり返し読んでは、心がおだやかに凪いでいくのを感じた。目の前の霧が晴れて、いますべきことが見えてきた。本書の付録に、小児がんで息子をなくした佐藤律子さんが「慈雨のような一冊」という一文を寄せているが、ほんとうに、かわいてひび割れた土地に降る恵みの雨のような本だと思う。巻末に添えられた「『生きがいについて』執筆日記」には、著者のこんな言葉が残されている。「どこでも一寸切れば私の生血がほとばしり出すような文字、そんな文字で書きたい、私の本は。」「体験からにじみ出た思想、生活と密着した思想、しかもその思想を結晶の形でとり出すこと。」「ああいっそ自分の血でかけたらいいものを!」神谷美恵子が文字どおり心血をそそいで書き記した言葉たちは、40年経っても古びるどころかいっそう光を増して、際限のないなやみと苦しみの中にいる人びとの、生きがいへの歩みを照らしている。
2011.03.24
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地震から8日間が過ぎました。何よりも、亡くなられた方のご冥福を心からお祈りすると共に、今も不自由な暮らしを余儀なくされる方々に心からお見舞い申し上げます。そして、不安な夜を過ごしているすべての皆さんに愛を。悲しみが癒され、苦しみが取り除かれ、不安から解き放たれる日が来ると信じて、毎日祈っています。こちらは最初の二日間、電気と水道が止まっていましたが、その後は比較的落ち着いた暮らしに戻っています。初めは一種の興奮状態で、入ってくる情報も冷静により分けることができず、恐怖と希望の間を、ジェットコースターで行き来するような数日間を過ごしました。判断力を取り戻すにつれ、心が揺れ動いても、針が極端に振り切れる前に中心へ戻れるようになりました。漠然とした不安や気だるさの中で、それでもつづいていく日常や、その中にあるささやかな光。思わず笑ってしまうようなこと。そういう地味な感覚が、いちばん本来の自分に近いのかも、と思います。気をつけているのは、ニュースを見すぎないこと。ちゃんと寝て、食べて、家事も無理のない程度にやり、ふつうの暮らしと心身の健康を維持すること。今はとりあえず最低限、と思っています。身を低くして力をたくわえる。専門的な技術のない、妊婦の自分には、今すぐにできることは節電と募金くらいしかない。その代わり、被災地で奮闘するくまが安心して働けるように、おなかの人と元気で過ごす。そうして万が一、もうひとつ山がきたときに越えられる体力と、長期的に助けを必要とする人に差しのべる手を、そのときがくるまでしっかり守る。ひどく落ちこんだり、妙に頭がさえてきたら、風呂に入ってさっさと寝る。本橋成一「アレクセイと泉のはなし」を読む。「アレクセイと泉」というドキュメンタリー映画の絵本版。映画のほうは、10年くらい前に公開されて話題になったから、ご存知の方も多いかもしれない。深い森をぬけたところにある、ベラルーシのちいさな村。ページをめくると、緑ゆたかな、おだやかで美しい村の風景の写真がつづく。人びとはそこで動物を飼い、作物を育て、泉の湧き水を飲んで暮らしている。昔ながらの、平凡で静かな暮らし。ただひとつ、昔と違うのは、この土地が、チェルノブイリの原発事故で、見えない放射能に汚染されているということ。たくさんの人が村を離れたけれど、主人公のアレクセイと55人の年寄りは村に残り、それまでと同じように、体を動かし命を育て、ほがらかに笑い、百年かかって地上に湧き出す泉の水と共に生きている。そう、泉。村の土からは、決して低くない濃度の放射能が検出されるけれど、泉の水からはまったく検出されない。村に残った人たちはみな、口をそろえて、「ここには奇跡の泉があるから」と言う。泉の水はひっそりと湧きつづけ、あらゆる生きものの命と、人びとの希望をつないでいる――。 *この時期に、この本のことを書くかどうか、ほんとうは少し迷った。原発の近くに家があり避難している方や、被ばくの危険にさらされながら働いている人たちにとっては、「それどころじゃない」だろう。「縁起でもない」と感じる人もいるかもしれない。不快な思いをされた方がいたら、心から申し訳ないと思う。ここで放射能の危険性や原発の是非について論じるつもりはないし、わたしにはその知識もない。ただ、わたしはこの素朴な写真絵本を読んで、ここ数日、未知の化学物質へのおそれでガチガチにこわばっていた心が、ほんの少しゆるむのを感じた。「放射能に汚染された村でも元気に暮らせるんだ、だいじょうぶ」という意味ではない。大きな不安やおそれがあるからと言って、それまで自分が生きてきた日常が価値を失うわけではないということ。遠い祖先から受け継ぎ、連綿とつづいてきた聖なる泉が自分の中にもたしかにあって、今度はわたしがそれをおなかの子に手わたし、おなかの子がその子どもにつないで、ひたすらにつづいてゆく。永遠に近いようなその大きな流れを、一瞬垣間見た気がしたのだ。この先何が起こるか、あるいは起こらないかは誰にもわからない。のんきにこんなことを書いているわたし自身、明日はパニックを起こすかもしれない。だけど、残りの人生があと50年でも1日でも、その時間の過ごし方、何を愛し守り信じるかということは、せめて自分で決めたいと思う。わたしの中の、透明な水の音に耳を澄ませ、その導く方へ行こう。アレクセイの村の汚されない泉は、世界中の人たち、生きとし生けるものすべての深いところに眠る水脈と、たしかにつながっているのだと思う。
2011.03.19
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電気がつきました。水道も復旧。一緒に暗く寒い夜を乗り切った近所の奥さんと、手を取り合って喜ぶ。とりあえずお風呂に入って、今日は休みます。心配してくださった皆さん、ありがとうございました。とりいそぎ、お知らせまで。
2011.03.12
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