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未明に窓を叩く北風と雨の音で目が覚めたが、起きだすころには晴れ渡っていた。 午前中、リーダーのYさん家の庭で3町合併反対の看板作り。 まだ、わく作り。 取り仕切り役は、ヘルメットをかぶった米屋のSさん。 素人が7人、もたもたしていると、気をもんでいる。なかなかの凝り性だからみんな先が読めない。 みんなSさんには慣れているらしく、冗談を言いながら上手に右往左往。 それでも慣れてきて35枚作る。前回の分を合わせると60枚。 今日の作業は、これまで。あと40枚作って、100枚を町内に立てる予定だ。 来年の6月が住民投票なので気がもめるのが本音だが、資金もないのでやむを得ない。 推進派の看板はとっくに立ち並んでいるが、専門家が作った立派な物。 推進派には、自腹を切って看板を作るような者はいないから、県が支援しているとしか思えない。 推進派議員たちは、討論を呼びかけても応じようとはしない。 詰め寄られると、県に助けを求めているという。 残念ながら彼らには、町民のために働くという意識はないようだ。 終了後、Yさんが栽培した野菜料理で昼食をご馳走になって解散となった。 帰りしな、Yさん作の京菜と蕪をみんなでお土産にいただいた。、
2008.11.30
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午後、「3町合併について 町長と語ろう」の学習会を開きました。 わが町の滝口町長は、3町長の中では唯一反対派。 飼料を持ってきて、問題点を熱心に説明してくれました。 当初、2・30人の参加があればと思っていましたが、50人近くの人たちが2時間以上途中堆積者もなく真剣に聞いていました。 参加者の中には、20数年ぶりに会う人あり、地元チェーンストアのI会長の姿あり、心強い学習会になりました。 このような小さな集会をたくさん開いていければ、明るい光が射して来ること間違いなしです。 これを力に頑張って行きます。
2008.11.29
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快晴。気温12℃。暖かい。 こんな日、干上がった「川原子ダム」の湖底には切り株の群れが広がり、沈む前の様が偲ばれる。 かたい芯だけが残った切り株を、見てまわる。 一株ひと株趣があっておもしろい。 どの株もここで生きていた。 このケヤキ?の大木の根元から、今も湧き出す清水。 縄文の人たちも集まっていたのだろう。(この辺では、縄文早期の土器片や石器が多数出土) ダムの底には、底になった時間より、ずっとずーっと長い時代があったことを忘れてはならない。
2008.11.29
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薪ストーブの代金を振り込んでの帰り道、バックミラーの西の空が光った。 目の前は、灰色の雨雲。 夕暮れの輝きを見に、阿武隈川の土手に急ぐ。 間に合った。東の山陰に薄い虹。 雨雲を割ってさす黄金の光。お日様が眠るところ。 刻々と変わる形と色。 見とれていると、間もなく今日の日は終わる。 子どものときから、日が沈む荘厳さに魅かれていた。 60年を過ぎた今も同じ。 まるで彼岸を垣間見るような感じ。
2008.11.28
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昨夜からの雨が午後も降り続いている。 その雨の中、我家のアキレス腱の一つ、薪ストーブの煙突の修理。 薪ストーブを入れて20年近く。10数年前から漏りだし、気にはなっていたものの原因が分からず放っていました。 3・4年前ようやく煙突の上部に問題があることをつきとめたのです。 それでストーブを入れてもらった山形市の“ぜいたく屋”に来てもらっての修理になったのです。 雨の中、暴風警報も出されたので無理だと思っていましたが、彼らはプロ。 屋根に上って古い傘の部分を取り外し、 1時間ほどで新しい傘と交換完了。暴風にならなくて良かった。 取り外した傘は、鉄でできていて、錆びてボロボロ。 大きな穴があいていました。これじゃ漏るのが当たり前。 今度は厚めのステンレス製。当時はみんな鉄だったそうで、漏る所が多くなったのだそうです。 これは「ぼち村」に運んで“がらくたオブジェ”の材料に使いましょう。 もっと早く頼めば「古家のもり」の心配をしないで済んだのにぁ。 “ぜいたく屋”のお二人、雨の中お疲れ様でした。 (修理代16万8千円也。安心料だけど、イタイナあ~)
2008.11.28
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川原子(かわらご)ダムの水は、干せるだけ干されてしまいました。 きのう重機(ユンボ)で排水口近くの泥あげをしていました。 今日の午前中には引き上げてしまいました。 雪の上に2本のキャタピラの跡。(午後4時前) これだけのために水を抜くのであれば、もっと工夫の仕方があるのではないかと思います。 来村した2人の釣り人も首を傾げていました。 対岸では、4人の釣り人が糸を垂れていました。
2008.11.27
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きのう夕方、心筋梗塞で手術をしたSさんを見舞いました。 評判の良くない、大河原町(3町合併を積極的に勧めている町長のいる町)にある仙南中核病院。 教えられた病室を覗くと、入ってすぐのベッドにいつもの顔。 夕食前で、テレビを見ているところでした。 さほどやつれた様子もなく、 「あと2・3時間で線香あげられっとこだったやぁ。」 と、苦しい中で自分で救急車を呼んで運び込まれ、手術を受けて現在に至るまでを一息に話してくれた。 一人暮らしで、日ごろ二トロを常用していたので心配はしていたものの、突然発作が起きるとどうにもならないのです。 今回は、なんとか自分で電話をかけられたから助かったけれど、ホントに大変です。 娘さんが2人いるけれど、同居していなければ間に合いません。 それから、最初に救急車を呼んだけれど“自分で運転して行きなさい”という返事で取り合ってもらえず、かかりつけの医者を経由してやっと来てもらえたそうです。 いたずらなども多いようですが、適切な対応をどうしたらいいかも大きな問題ですね。 Sさんは、もう一箇所手術をせねばならないそうです。 彼の“あくたれ節”がでていたので、乗り越えられるでしょう。 帰り際「あんたも気をつけらいよ。」と、ほんとにそうです。なんてったって、健康が一番です。 弱者に優しい政治にしたいものですね。
2008.11.27
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すばらしい小春日和になりました。 鎌先温泉の入り口から見る不忘山と屏風岳。中央は白石スキー場のA・Bコース。 蔵王連峰は、標高800mより上は根雪になりそうです。 「ぼちぼち村」も10cmほどの雪に覆われていました。 できあがったばかりの下屋の横に、まだ緑の残った葉をつけたクリの木の枝が。 直径10cmくらいの枝がぼっきり折れて落ちていました。 風ではなくて、湿った重い雪のために折れたようです。 3年前には、20本ものクリの枝が折れました。そのときも思い雪のためでした。 クリの枝は、雪の重みには弱いようです。 トタン屋根の雪は、どんどん解けていました。 ダムの湖底も真っ白でした。 ハスの桶の氷は、解けきりませんでした。明日の朝には、もっと厚くなっているでしょう。 今日は、夜までよか天気です。 星が、冷たく光っています。 平地でも、間もなく0℃になりそうです。 室内に入れた九州の植物たちに、ビニールをかけました。 こんな夜は、ふろであったまって寝るに限ります。
2008.11.26
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我家の周りの里山では初積雪。 午前中には雑木の林が燃え解けてしまいました。 午後は晴れて、おだやかな夕暮れとなりました。 日が沈んだこの里山は“羽山”(はやま)。地元では“おはやまさん”と呼ばれています。 頂上の木立の中に“羽山神社”の社があるので敬って呼ばれているのです。 参道の上り口には、数本のユズがあり、元朝参りの人たちにユズ湯がふるまわれていたそうですが、遠い昔のことになってしまったようです。 お祭りも盛んだったのでしょうが、今や“おはやまさん”と耳にすることもめったにありません。 若いころは、意識することなくゆっくり過ぎていたと思った時間でしたが、振り返ってみると昔のにぎわいが遠くかすんでしまうのです。 住民の喜びも悲しみも苦しみも響きあっていたのが、自己(孤独)の中に包み込まれてしまったのです。 今、元ラーメン屋のSさんから 『おら、いま病院さいる。心筋梗塞で手術して、さっきチューブが外れたから電話したんだ。』 という電話。10日ほど前に会った時は、元気で冗談を言っていたのに・・・ 遠くかすまないでよかった。
2008.11.25
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昼から曇り、冷え込み和らぐ。 「ぼちぼち村」のヒラタケのほだ木に直径40cmほどのブナの木あって、この秋何度か出ては採られ、出ては採られしていたしていたのでしたが、今回の冷えこみで、また出てきました。 普通はほだ木の横から芽を出し、半円状に生長するのですが、ほだ木の真上から出てきたのがありました。 どういうふうに育つのか楽しみに観察していましたら、 円形に生長することが分かりました。 半円状になっていたのは、片側はほだ木に妨げられて伸びられなくなっていたのです。 当たり前のようなことですが、 ♪なんでだろ~、なんでかな~♪と、子どもっぽい疑問を持つと不思議なことばかりです。 そのバカバカしく、どうでもいいようなこと見つけた時は、自分だけの宝物を見つけたような感じになります。にこにこなのです。 息子が、3連休を終わって施設に戻って行った。
2008.11.24
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午後晴れた。 山里の初冬の風景。 コナラの紅葉と牧草地の緑が鮮やか。 「ぼちぼち村」の上では、うめんつあんが、伐った木をユニックで吊り上げて積み込んでいた。 パルプ材として出すのだそうだ。 周りには先日の雪が、落ち葉の上に点々と残っていた。 今日はKさんと、下屋の隙間ふさぎや棚作りをした。 帰り道、 東の空で夕日を浴びている雲に向かって下っていった。 あ~した天気にな~れぇ・・・
2008.11.23
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蔵王連峰は、麓まで白くなった。 気温が上がらなくても、日がさせば暖かく感じる。 午前中、合併反対の看板作りを手伝う。完成までには、時間がかかりそうだ。 住民投票まで、あと7か月。早いほうがいい。 この時季の夕暮れは、頬がぶるっとしまる。 息をひそめて稜線を眺める。 黄昏る直前の輝きが、 木々のシルエットを浮かび上がらせる。 夕暮れの魅惑。 身を硬くして、尾根の木の気持ちになろうとする。
2008.11.22
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午後、合併協議会を傍聴してきた。 全委員出席。傍聴者は60人くらい。 議長は、協議会会長で大河原町町長の斉氏。 議事を進め、答弁をしたり反対派委員の発言を押えたりと、一人で何役も果たすスーパーマン。 まるで、コントロールのきかない小学校の学級会みたいだった。 意義も出たが押し切って進めた。賛成派医院が圧倒的に多いのだ。 3回目の協議会だというのに、意見交流会。全委員に指名して発言させる。 圧倒的に多い推進派委員たちは、スタート時は痛みを伴うが10年後には、大きな企業を誘致できるようになり雇用も生まれる、などとバラ色を描く。なんの具体性も示さずに。 その間、なんと1時間半近く。 たまりかねた傍聴人からヤジが飛ぶ。みんな、いらいらしていた。 議題は、合併するとも決まらないのに、「新市の名称、市中者の位置、議員定数と任期、農業委員の定数と任期」など。 議員定数と任期では、大河原町の委員から、「来年4月に町議選、次の年はすぐ市議選となる。新市のスタートを円滑に切るには、議員特例で1・2年継続を」と本音が出され、数人が後に続いた。 これに対して反対派委員から、「合併こそ住民のための究極のサービスと言いながら自分の懐しか考えていない。それくらいの覚悟もできていなくて、何が合併か?それが嫌なら反対すべきだ。」と痛烈な批判が飛んだ。 当然一気に決められない。そこで、小委員会を作って次会の継続審議となる。メンバーは事前に決めていたようで、それぞれ2・3分で決まっていった。 外は、夕闇に包まれようとしていた。 この協議会の行く手は、ぱっと明るくあってほしいものだが、寒気を感じる。 2町は、推進の風を止められそうにないようだ。では、わが町で大きな動きを作り出すしかない。 明日は、「自立の町づくり」の看板作りだ!
2008.11.21
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いい天気になった。 Oさんがまたやってきた。 キノコ屋の“うめんつあん”からキノコを買いたいというので案内した。 “うめんつあん”夫婦は、仲良くシイタケのほだ木を水につける作業をしていた。 作業が終わってからの話だと思ったので、手伝うことにした。 Oさんは力持ちだから、ほだ木を積み込むのは軽々。 そしたら、 大きく育ったシイタケが次々と出てくる。 中には、 直径20cm近くあるシイタケも。肉厚でうまそうだ。 奥さんは、これらは大きすぎるし裏の色が変わっていて商品にならないから捨てるという。 それを聞いたOさんは、いただくことになって大喜び。 30分くらいで作業終了。 早く終わって助かったと喜ばれ、Oさんは大きな袋いっぱいにシイタケをもらってニコニコ。 おいしいお茶をごちそうになりました。 にこにこ・・・ 人手が倍になると、
2008.11.21
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旧厚生省の二人の元事務次官が、何者かに襲われた殺傷事件がトップニュースになっている。 恨みを買うような厚生行政を主導したからか?背筋が凍るような事件だ。 消えた年金問題や後期高齢者医療制度など許しがたいことはあるが、暴力は決して許されない。 殺された山口さんご夫妻のご冥福と重傷を負われた吉原さんの早い回復をお祈りします。 ところが、小生の周りの反応は、一通りの同情はあるものの、 『でもね、あの人たちが作った制度に不満を持っている人たちがたくさんいるんだろう。表立った悪事じゃないけど、自業自得という面もあるんじゃないの。』といった冷めた見方があるのだ。 これもまた恐い。 自分が立つ位置をどこに定めたらいいのか、焦点をさだめられなくなってきている。 それから、小生は些細なことに引っかかっている。 というのは、山口氏の現在の肩書き「全国生活協同組合連合会理事長」だ。 消費者のための民主的な革新を売りにしている生協の最高組織まで高級官僚の天下り先の一つになっていた?とはエッ!驚きだった。しかも、このような人材を生協のトップに据えるとは?! 事件とは直接関係のないところに驚きを感じていたのだった。 麻生太郎首相の迷走ぶりも目に余るが、我々国民も狂った社会を迷走させられているのだ。 それを正していくのは、迷走させられている我々国民なのだ。
2008.11.20
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今朝、平地でも雪がちらつき車の屋根が白くなりました。 仙台市でも、初雪を観測したそうです。 午後、晴れてきましたが、今日は、「ぼちぼち村」には上りません。多分、雪がが積もっていることでしょう。 ところで、我家の庭の片隅では、 3月の九州の旅で鹿児島と宮崎県境の海沿いの道端で採取し、植えておいた“ツワブキ”が、先月から黄色い花を咲かせています。これから開く蕾もあります。寒さに強いのですねぇ~! 寒さに強いといえば、これも 同じ場所から採取した“サツマノギク”もプランターの中で貴婦人のような花を咲かせています。 このノギクは5・6年前にも採取し、1年目は室内で大事に育て、翌年露地に移したら増えすぎたので浜の畑に移植。今では在来の植物に負けず群落を広げています。 キク科の植物は逞しいですね。 それから九州の旅では、これも。 5月、宮崎の海岸沿いで掃きだめの中から拾ったハマオモト(ハマユウ)の実が芽を出し始めた。 今では、 随分大きくなりました。 先ほど、気になっていたハウチワサボテン2種を、トゲに刺されながら移植し、部屋に取り込みました。 せっかくの暖かいところの植物。枯らさないように、部屋の中に囲うのが大変です。
2008.11.20
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♪・・・いーぬは よろこび にわかけまわり ねーこは こたつで・・・♪ 降りました!ふりました! 紅葉が盛りの里山の上が雪化粧。 雪が一気に里へ下りてきました。 鎌先温泉の入り口では、柿の実が赤さが映えていました。 標高400メートルを超える川原子地区もパッと明るくなっていました。 「ぼちぼち村」の落ち葉の道。 散り敷いたクリの葉の上にレールを敷き、 畑では大根の葉の上までおおっていました。 「ぼち村」に着くと、Kさんが下屋の戸を取り付けていました。 戸は、骨董屋のMさんからいただいたもの。 なんと、この戸、ボロ下屋に注文したかのようにぴったりではありませんか。 Kさんの感性もだんだん上がってきました。 去年より1日早い初雪でしたが、3・4年前までは10月の末には降りてきていたのです。 ずいぶん遅くなっている初雪。 全ての生き物を狂わせるのでしょうか・・・ そろそろ冬タイヤに履き替えです。
2008.11.19
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先週、下屋の建て増しの骨組みが完成し、トタンを葺くだけになっていたのでした。 トタンは、車屋の社長からもらっていましたが、長いので切る技術の問題が残っていました。 ところが、この土・日の間にKさんがやってくれていました。 白いトタンの部分です。 壁は製板ででたバタ(くず材)を活用し、「ぼち村」にふさわしい雰囲気に仕上げていたのです。 これでいつ雪が降っても大丈夫。 助かりました。 山沿いでは、今夜から明日にかけて雪になるという天気予報。
2008.11.18
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「ぼちぼち村」は落ち葉でいっぱい! 今日の天気は時々時雨。 弱い風が吹いても、カラマツやクリの落ち葉が吹雪のよう。 ほだ木置き場を見回っていたら、落ち葉の下からすばらしいナメコの塊が。 横から見ると、 童話の世界の建造物。 上から見ると、 花模様。 こちらの塊を上から見ると、 心わくわく。妖精が踊り出てきそう。 横から見ると、 アニメ映画のナメコ城。 落ち葉の下に、こんなすばらしい造形芸術が生まれていたとは、驚きでした。 土の上まで楽しい秋です。
2008.11.17
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先月の初め、突然弟からスイカが2個送られてきていました。 スイカの季節は、とうに過ぎたのにと思いながら電話で訊くと、 「『友だちが、秋のスイカば作ったけん、味みばしてみなっせ。』て言うけん、送ったつよ。直ぐ食べた方がうまかて言うとったよ。」という返事。 「今頃めずらしかねぇ。ありがとう。さっそく仏壇にあげといたけんね。」言ったものの、喜んでいたのはスイカ好きのあの世のオフクロぐらい? こちらは、もうスイカを食べる気分になれない肌寒さ。1個は、息子の施設にプレゼントしたものの、もう一つは仏壇にあげっぱなしでした。 11月も半ば、このままでは実がどろどろになってしまうので、息子が帰っている15日の土曜日、小春日和の暖かさにのっかって食べることにしました。 中心部が少しとろっとしてき始めていましたが、甘くてうまいスイカでした。 息子は喜んで食べていましたが、母親の方は2切れで終わり。半分は、この次に。 次の週末、暖かいといいのですが。帰省の息子が頼りです。 中玉だったから何とかなりそうですが、大玉だったらギブアップでした。
2008.11.17
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しっとりした秋雨の一日となりました。 玄関前の“ヤマコウバシ”は濡れて一そう艶やかな紅葉を見せています。 1.午前は、息子の施設も参加している「第1回 白石市健康福祉まつり」に顔を出しました。 昨年までは、「福祉まつり」だったのが、「健康」が入ったため、血圧や歯科などいろんな健康診断のほか禁煙コーナーもあり、相談に立ち寄っている人たちもいました。 昼食後、息子は会場で施設の職員に預けて別れました。 息子の顔は、がっかりモードでした。つらいですね。 2.午後は、“仙台フィル”の「弦楽四重奏」を聴きに、大急ぎで我が町に戻りました。 外はもみじを散らす秋雨、しずか。 久しぶりに聴く生の演奏は、しっとりと円やかで、いいひと時を過ごすことができました。 息子には「まつり」に行って、ただ昼飯を食わせるより、この演奏を聴かせた方がよかったなぁ。 無料演奏会なので、超満員になっているかと思いましたが、半分くらいの空席。 仙台と違って、こういう文化に恵まれないだけに、もったいない。 無料で年に2・3回、10年も続けてくれると、文化格差も少しは埋まると思うのだが・・・ 外は、まだ小雨が降り続き、駐車場の隣の生垣には、 濡れた“ざくろ”が口を開いていました。 それにしても、にっこりできる、質の高い演奏会でした。
2008.11.16
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先日、骨董屋のMさんの工房を訪問しました。 この前は、貫禄のあるドイツ製の古い写真機を見せてもらいましたが、今回は、 昭和10年台に作られたというオルガンを見せてもらいました。 巾1メートルくらいの、かわいいけれど重量感のあるオルガンです。 「MINAMI ORGAN」と記されています。 古色に包まれていましたが、中の鍵盤には汚れや色あせはほとんどありませんでした。 とても大事に使われていたのでしょう。 裏も見せてもらいました。 とても丁寧な仕上げになっていました。 でも現状では、音はでないのだそうです。ふいごの所に穴が開いているようだとのこと。 このオルガン、両側に、耳のような円い皿が付いているのです。 質問すると、教会で使われていたようで、円い皿に燭台を乗せて演奏していたそうです。 どんな教会で、どんな人が弾き、どんな人たちが歌い、どんな賛美歌の音色が響いていたのだろうと想像すると、オルガンの周りにあたたかい光景が浮かんでくるようでした。 今、学校などで使われているオルガンは、キーボードに取って代わっているのでしょうか。 いろんな音を出す機能は付いていますが、温かみのある音は期待できません。 作るのも人、弾くのも人、歌うのも人、聴くのも人、感動するのも人、この人の輪で、響き合うのですね。
2008.11.15
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「ぼちぼち村」の畑では、大根が育っている。 畑を作ったのが遅かったので、まだ小さい。 この1本だけが大根らしい形になった。 ほかのは、 まだ白い大根はでてこない。 間もなく雪の季節。今のままでは、大根になれずじまいか? 来春、雪がとけ、葉っぱを食べられたら御の字だ。 今日の作業予定は、燻製作り用のドラム缶の準備。 ドラム缶の口をふさぐ工夫をしていたら、1年半ぶりにじいちゃんと変な娘がやってきた。 なぜ変な娘かというと、じいちゃんは80歳前後。なのに、私の“旦那”と言いはるのだ。 お茶をだしてダムの水抜きなどを話してうちに、給付金のことになった。 二人とも、こんな給付金はいらないという。 わずかな金をもらって、消費税を上げるなんてとんでもないと“変な娘”。 ちゃんと政治を変えなければいけないと分かっていた。 ちっとも変ではなかった。 あめ玉を3個もらった。 お礼にヒラタケを少し差し上げた。
2008.11.14
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今朝もぽかぽかの小春日和。 昨日、車屋のSさんから「ぼちぼち村」用に、長さ5メートルの厚手のトタンを9枚いただく。 かなり重い。 大工さんにも手伝ってもらい、やっと軽トラに積みこむ。 「気をつけて、ゆっくり行かいよ。」と声をかけられたので、交通量の少ないコースを選ぶ。 村田町から蔵王町へ抜ける峠道で荷崩れしていないか確認。 異状なし。 峠に来ると、北蔵王の連峰が広がる。 北蔵王で人気があるのが、この雁戸山(がんとさん)。 南蔵王より早くできているので、違う植生を楽しむことができる。 連峰から少し北へとんで、 大東岳が背比べをしている。 のんびりできる一日になりそうだ。
2008.11.14
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「ぼちぼち村」は、カラマツ(落葉松)がいっぱい。 母家の裏のカラマツが黄金色に輝いていた。 帰ろうと腰を上げると、 葉を落とした木の枝の向こうに“大きな おおきな”お月様。 “まあるい まるい”お月様。 今夜は満月。 冷えこみが弱く、灯りを消して一人月見をしている。
2008.11.13
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11月12日の社会新報に麻生太郎を巡る闇(中)ホテルのバーは安いのか?が載っていましたので転載します。 昨日の社会新報に麻生太郎首相のホテルのバーのことが出ていました。面白いので転載しますよ。 「ゴールデンライオン」。麻生首相が総理就任以降も足げく通う帝国ホテル内の会員制バーである。東京・千代田区幸町の同ホテルの中2階にそのバーがある。看板が見えにくく、入り口がどこなのか分かりづらい。 帝国ホテル関係者は語る。「当ホテルにはバーが6店ありますが。そのうち会員制3店の中でもゴールデンライオンは各界のVIPクラスが集う憩いの場です」。 このバーの入会案内書によれば、入会金が52万5千円、年会費が12万6千円もする。しっかりと消費税も加えている。案内書には「メンバーをお迎えするのは世界の美味と銘酒、そして極上のおもてなし。優雅なピアノの調べに包まれた店内で、ごゆっくりおくつろぎください」・最高級の接待場である。 機密費で夜の会合 「ホテルのバーは安全で安いとこだ」 麻生首相は10月22日、『北海道新聞』女性記者らとのやりとりの中でこう述べ、その後この発言が物議を醸し出した。入会金だけで50数万円もするバーが「安い」と述べる感覚を疑わざるを得ない。首相就任以来、1ヶ月半の間に、有名ホテルのバーや高級飲食店での夜の会合は少なくとも50回を超える。官邸での執務を終えて首相公邸に直接帰る日は極めて少なく、連日夜の会合に繰り出し、官邸SP(警護警察)にとって警備上、頭の痛い日々が続いているとも言われる。支払はすべて官房機密費、正確には内閣官房報償費、つまり国民の税金から払われているのだ。 《ホテルのバーは安い》発言には、それなりの理由があった。他の店と比較で「安い」と言っているのだろう。普段通う神楽坂料亭の芸者をあげての飲食や銀座の高級クラブよりは確かに「安い」と言いたいのではないか。 今年9月中旬、総務省が公表した、首相が代表を務める資金管理団体「素淮会」の2007年収支報告書の写しを本紙は情報公開で入手した。これを読むと驚くべき豪遊の実態が浮かび上がる。 一晩で332万!? 別表を見ていただきたい。07年2月2日の一晩に使った飲食代金の一覧である。一晩で実に総額332万円余も費やしている。 2007年2月2日 山祥庵(ステーキ) 103,834円 かかしや(赤坂のクラブ)90,510円 次郎(銀座料理屋)130,700円 オフィス・ササベ(六本木のサロン) 1,230,000円 幸本(神楽坂の料亭)1,766,256円 合計 3,321,300円 「素淮会」収支報告書によれば、07年1年間だけで東京・銀座、赤坂、六本木、神楽坂の高級クラブ・料亭での飲食代などで120回、総額で約4000万円も支出していた。「組織活動費」「勉強会」「研修費」などの名目に分けて記されていた。神楽坂の料亭で芸者をあげての豪遊がどうして「組織活動」になるのか。 「幸本」。飯田橋駅を下車して神楽坂通りを上り、150メートルほどの道を右折し、風情ある石段の小道を歩くと数分の所に「幸本」があった。神楽坂料亭の中でも老舗級。 「素淮会」周氏報告書によれば、「幸本」への支出が群を抜いている。「幸本」への支出額を抜粋(1000円以下切り捨て)すると、2月2日=176万円、3月13日=71万円、4月24日=36万円、12月27日=74万円、合計357万円。 「幸本」をよく利用する人物はこう解説した。「4、5人で行って芸者さん2、3人呼んで遊ぶと、30万~40万かかります。一晩で176万?それはよっぽどドンちゃん騒ぎをしたんでしようね。 最も支出額が多いのが、「オフイス・ササベ」で、2月2日=123万円、4月24日=147万円、12月27日=103万円、合計で373万円も出している。 「ササベ」は正確に「雀部」でカムフラージュだった。事務所は六本木5丁目のビルの2階にあった。入り口には「BOVARY」の看板があった。店員の女性は「ここはクラブではありません。会員制のサロンです。麻生さん?来たかどうか分かりません」。1階の郵便受けを見てると。「BOVARY 有限会社オフィス雀部」とある。法人登記簿によると、代表者が雀部敏子氏で、銀座の高級クラブ「シュミネ」のママで首相と「深い仲だった」(政界関係者)といわれる。 「素淮会」の会計責任者の麻生逸雄氏にこの支出を質問してみると、「どんな店かって?何でいちいちあなたにそんなこと答えなければいけないの。こっちはね、法にのっとってやっているだけなんだから」と、ヒステリックな答えが返ってきた。 政治評論家で『東京タイムス』政治部長を長年務めた本澤二郎氏は次のとおりコメントを寄せた。 「麻生さんとは、彼が当選したころだと思うが、一度だけ大平派の懇親ゴルフで一緒になった記憶がある。吉田茂の孫はスポーツ好きという印象だけを受けた。将来、総理大臣になれるとは、とても思えなかった。吉田さんは戦後の破局的な日本経済を復興した実績のほかに、アジア重視のリベラル派の本尊だったので、少しはその影響を受けているものと信じていた。ところが、安倍―森路線だったことに、すなわち台湾派の代表格であったことに仰天したものである。そうだとすると、思いやり・寛容さがどうしても欠落することになろうか。庶民無縁の高級ホテルのバーが『安い』と言って、連日飲み歩いているのも理解できる。この政治感覚では、吉田のおじいさん墓の下で『お前、それでも正気か』と怒っているに違いない」 ムムム、こんなことずっとやってきているから、帝国ホテルのバーが「安い」なんて発言が出てくるのかー。こんな人に今の庶民の苦しみなんかわかるはずもないですねー。 (「じゅんぺい1960」さんのブログより転載させていただきました。) これが麻生太郎氏の実態でしょう。今日も国会でつつかれていましたね。
2008.11.13
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今日は小春日和の上天気。ぽかぽかと暖かい。 きのう午後、白石市役所に行ってきました。 目的は二つ。 先月の市長選で、前市長のえげつない妨害にめげず再選を果たしたK市長に面会の申し込み。 「ぼちぼち村」のある南蔵王の中山間地帯の集落は、限界集落になっているので市長の政策を訊きたかったのです。 川原子ダムや休・閉校した3分校の活用の仕方など的をしぼった話をしたいと思っているのです。 もう一つは、環境課で、 川原子ダムの水抜きと水質問題についての考えを訊くことでした。 これまでの担当者は、警戒してかバリアを張って知りたい情報を出してくれませんでした。 その担当者が、教育委員会にいた顔見知りのSさんになっていました。 ?と思いましたが、異動したばかりということで、小生の考えを伝えるだけにしました。 育てがいのある市長であればいいのですが・・・
2008.11.12
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夜、三町合併反対の学習会。 盛り上がった。 だんだん真剣になってきている。 帰りは月明かりの中。 今夜はうすいかすみがかかり、冷え込みは弱い。 柔らかな光が陰をつくっている。 学習会の興奮が鎮まる。
2008.11.12
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我が「ぼちぼち村」のトイレは昔のまま。昼間も暗く、あまり衛生的でなかったので大きな課題になっていました。 それで、車椅子でも入れる、明るいトイレを作りたいと協力を呼びかけていたのでした。 そしたら先日、去年から声をかけていた地元のE設備会社からプレゼントがありました。 コップいっぱいの水で流せる簡易水洗便器と、 1,000リットル入る便槽です。 営業所長のMさんの働きかけでした。 今の便槽は、なんともすばらしい形ですねぇ。オブジェにできそうです。 もちろん、これらは中古品。でもMさんが選んでくれたきれいなものです。 建設に取り掛かるのは来春になるかもしれませんが、これで材料はほぼ揃いました。 みなさんに、感謝!
2008.11.12
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夏のころから、隣の集落の隧道わきで何か工事をしていた。 これまで通りすがりに眺めてはいたが、シートがかけてあり???だった。 先日、シートが外された。 現れたのは、鳥居だった。 毎日わきを通っているのに、こんな所に神社があったなんて!驚きだった。 そこで、確かめに行った。 鳥居に「白鳥神社」とある。 くぐると直ぐに、急坂の参道。5・6段の新しい石段の次は雨や雪に洗われた真っすぐな参道。 周りは、ずっと杉木立。低い里山の天辺に 小さなほこら(祠)。ガランガランのわに口は、紐が切れて転がってている。 狭い境内のわきに “夫婦桜”の碑。 二本ともスギとの光採りに負けたのか、枯れかかっている。 その間には,苔むした石の神々。 下りは、斜めになりながら息をきらす。 先祖の方々の願いがつながれたのだ。
2008.11.11
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「ぼちぼち村」に手話サークルのOさんがやってきた。 1.Oさんとサケ 彼女はこの前、サケを30・40匹持っていったので、挨拶を交わすなり即座に訊くと、 『みーんな、その日のうちに配っちゃった。5匹・6匹ともらう人もいて、とっても喜ばれた。』 とニコニコだった。 サケは大きくて身が柔らかくヌルヌル滑るのでおろしにくい。 だから、嫌がる人も多い。 彼女は強引なところが多いが、よくぞもらってもらえたと感心するばかり。 採卵後は捨てられてしまうことが多いサケ。 それが喜んで食べてもらえるって、とっても嬉しいことだ。 川に入ったサケはマズイといわれるが、そんなにまずいいものではない。 我家でも、先日から塩焼きを食べているが、結構うまい。捨てたものではないのだ。 北海道育ちのOさんは、去年まで“ホッチャレ”と呼んでバカにしていたが、今年は違っていた。 この前、干したサケは十分乾いたので、そろそろ燻製に取りかかるとしよう。 2.Oさんと日本シリーズ サケの話が終わるなり、 『やったね!西部が巨人をやっつけた! わたし、巨人だいっきらい。金でいい選手を買って強くなるって当たり前。 原監督がどうしてWBCの監督なの?西部の渡辺監督にしたほうがいいんじゃない。 だから、巨人が負けるとすっきりするの・・・』 ひとしきり巨人批判が続いた後、MVPの岸投手に話題が変わる。 『ピッチャーの岸ってね、県立名取北高から東北学院大を出て2年目。この日本シリーズで2勝を上げたんだよ。一流でない選手を育てる監督、チームってすばらしいじゃないの。』(俺より詳しい) といった調子で、どんどんはずんだ。(このことでは、アンチ巨人の小生と一致する。) ヒラタケとクレソンを収穫して、元気いっぱい帰っていった。
2008.11.10
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午前中、車の整備工場のSさんの遊び場に、スギの皮むきの手伝いに行く。 彼は出張修理に出かけて留守。 若い大工さんが一人で仕事をしていた。 これが“太鼓引き”した丸太。左右を引いて上下を残した状態。 この皮を下にある鎌ではぎ、サンダーがけをする。 左はかけた後、つるつるしている。右側は、スギの薄皮が残る。 この美しい木肌は、表皮をはいで薄皮が乾く前にサンダーをかけないと出せないのだそうだ。 2時間近くかかって、1本完成。木屑が服にびっしりくっつく。 大工さんから、木材の見方のいろはを教えてもらう。 ○柱など立てて使う時は、本下に末を上に ・本(もとー根元の方)と末の見分け方 “ふし”(枝の後)のつき方に注目。枝は光を採るために上に伸びるのだから。 赤い中芯が三角形に入っている。広い方が本もと)、尖っている方が末(すえ)。 ○“おもて”は表面に、“うら”は裏向きに。 ※“うら”は乾燥してくると、表面がガサガサになってくる。 ・“おもて”と“うら”の見分け方 切り口の年輪を見る。中心より離れるに従って年輪は大きくなる。 大きいほうが“おもて”、小さい方が“うら”。 この年になって初めて知ることだった。 こんなことは、常識として知っておきたいことだった。 一つ賢くなった気がした。
2008.11.09
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神社の横の小さな公園。 イチョウの黄葉が散り敷く中で、男の子が3人遊んでいた。 最近、あまり見かけなくなった光景にホッとする。 公園の隅には、 いっぱいに大きくなったジョロウグモ(メス)が網の中で足を広げていた。 少し上に小さなオスぐもが、まだつきそっていた。 近くのフェンスには、 前足2本を失くしたメスぐももがんばっていた。 日に日に深まる寒さの中、いつまで足を広げて居れるやら。 間もなく、「さようなら」。 これで、いいのだ。
2008.11.08
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今日は立冬。 昼間の雨が上がり、晴れて気温が下がってきた。 夕方、近くの整備工場の社長の遊び場に寄った。 8mのスギ丸太を太鼓に引き、皮をむいてサンダーをかけて磨いていた。 そのスギ丸太で物置を作り始めたのだ。 スギ皮をはいで、乾く前にサンダーをかけるのがきれいに簡単に磨くコツなのだそうだ。 腰が痛いというので、サンダーかけを少し手伝った。薄皮が気持ちよくはがれた。 隣では、大工さんが作業をしていた。 終わってから、遊び場で温かいコーヒーをいただきながら、 『いやあ、仕事がない。もうどうしようもないほど冷えきっている。』といつもの挨拶。 「そうだね。アメリカでは、オバマ大統領の誕生で、希望の明かりが見えてくるような盛り上がりようだけど、日本では自公政府だけでなく民主も国民の苦しみを何とかしようという熱は感じられないよ。」というと、 『んだね。もうおしまいだ。俺たちだけの努力ではどうにもならないんだ。』と。 「社長は大丈夫。こうやって遊び場を作って遊んでいるのだから。』と慰めて帰る。 ところが、帰るとラジオから“2兆円の給付金は、国民一人につき1万2千円の給付”案というニュースが飛び込んできた。最初、よく理解できなくてテレビで確認。 またまた、選挙目当てのバラマキだ! 自公政府は、何を考えているんだ。 たったこれだけもらって、家計がどれだけ潤うって言うんだ。 ホームレスの人たちには、どうやって届ける? 9年前の“地域振興券”と同じ。なんの役にも立たない無駄遣いになってしまったじゃないか。 反省すらないのか! あれは、国民の税金。選挙のエサというのが本音だったのだろうが。 言いだしっぺの“公明党”よ!。“自民党”よ!。 そして、これでもこりないのか国民よ!! しかも、この給付金には、3年後に消費税10%の大増税のおまけつき。 4人家族で毎年16万円もの負担増になるのだぞ!(経済ジャーナリスト荻原博子氏試算) 一度っきりの1万2千円とずーっと続く16万円。 国民よ、今度は、もう少し賢くなろうよ。 さもなければ、生きていけなくなるゾ! 贅沢を望んでいるわけではないのだから・・・
2008.11.07
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涌谷町を訪問する途中、珍しい光景にであった。 米どころ、大崎平野の田んぼに、 丸い物が点々と並んで、刈田の中のアクセントになっている。 アレッ?少し小さいが、不忘地区の牧草地で作られる牧草ボールに似ている。 多分稲わらを包んだ物だろうが、用途は分からない。 ところが、隣のSさんが肩をつついて、指をさす。 白い煙の弧が上から下へ直に向かい、アッと息を呑んでいると下から上に向かって垂直の円が。 一息つく間もなく現れたのは、 下から垂直に上る煙の柱。そして上で5つに分かれる。(花をイメージか?) 隣に薄く残っているのは、先ほどの円。 これは航空自衛隊松島基地の「ブルー インパルス」の演習だそうだ。 何年か前、航空祭?の時、観衆の目の前で直下降?(スキーだと直滑降)に失敗してパイロットが死亡し、機体は全壊。という事故を思い出す。 テレビで見たことはあったが、目の前で見るのは初めてだった。 こんな訓練が、身近な所で日常的に行なわれているのでは、住民は安心して暮らせまい。 「ブルー インパルス」が町のカッコいいアクセントになるようでは、恐ろしい。
2008.11.07
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仙北(仙台市より北の地方)で、合併をしないで頑張っている涌谷町の体験を学習しに行った。 我々一行は、合併反対議員が4名と町民6人の計10人。 仙北は高速を使っても、片道1時間半。遠い。 ここ涌谷町は、その昔金の採掘が盛んに行なわれたことで有名だが、今は 「秋の山唄」全国大会をこの土日に控えて忙しそうだ。 涌谷町は、町長と議員など関係者7人で、合併をしない道を選んだいきさつとそれを町民に知らせていった経緯を話してもらった。 それは、どなたの話も自信と誇りに満ちていた。 今、合併しない町作りが町民のためになっているという実感が伝わってきた。 町長を先頭に、くりかえし町民に語りかける地道な努力を続けることこそ、一番の方法であることが、我が町の議員たちにも見えてきたようだ。 我々町民と一つになって行動できれば、すばらしい町作りが展開できるチャンスにもなる。 一同、大きな力を得て帰ることができた。 住民投票まで後7・8ヶ月しかない。すぐ行動に移さなければ間に合わないのだ。 さあ、動き出そう!
2008.11.06
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きのうの冷たい北西の風は止んで、おだやかな晩秋の陽光がさしている。 蔵王連峰に先日降った雪は、屏風岳の尾根にも残っている。 (手前は、不忘山中腹にある白石スキー場) 「ぼちぼち村」の周りは、もみじの季節。 コハウチワカエデは、黄色から赤に。周りを明るく変える。 となりでは、コナラも燃える。 川原子ダム湖畔では、夕日が 薄くすけてきたミズキの葉で踊りを輝かせ、 わずかに残った水を背に、カラマツの黄葉が燃えていた。 秋の日はつるべ落とし。 日没前のもみじは、より美しい。
2008.11.05
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昨日の夕方から吹きだした北西の強い風は、夜中には星が瞬きだし、今日は一日晴れ渡った。 晴れたら、サケを干しに「ぼちぼち村」へ、さあ急げ! 先週3枚におろし、 塩水につけ、3日間。 去年はつけすぎて塩っぱくなりすぎ、今もカビ一つ生えないでそのまんま。 それを反省して、再チャレンジ。 18枚を下げたが、去年使った番線が錆びていてうまくなかった。 乾いた冷たい西風が強く吹いていたので、うまく乾燥するだろう。 乾くまでに、付いた錆びの落とし方を見つけよう。 乾いたら、燻製にチャレンジだ。 中骨と白子は、 とりあえず冷蔵庫で保存。アイディアしだい。 寒かった!温まるのに車の中で小一時間もかかった。
2008.11.04
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今日は文化の日。 文化勲章の親授式がテレビニュースで流れた。 ノーベル賞受賞者3人に小澤征爾・田辺聖子・ドナルド・キーン氏ら8人。 そして、文化功労者に金子兜汰氏ら16人と秋の褒章には、あの西田敏行氏ら761人と28団体が選ばれて、オメデトウ! みなさん、すばらしい業績をあげた人たちだから賞されてごもっとも。 でもこの時期になると、いつも「でも・・・」と言いたくなるのだ。 科学も芸術も社会運動もスポーツも、天皇のためにやっているのではなかろう。 苦しんでいる人のため、楽しむ人のため、それが自分のためであれ他人のためであれ、特別な社会=政治の事情がなければ権力者=天皇のために活動するのではないと思うのだ。 人として、平等であってほしいのだ。 ノーベル文学賞を受賞した大江健三郎氏のように固辞されると“かっこいい”とおもう。 これだけの人たちだもの、一人や二人いても良さそうな気もするのだが・・・ 権力者から賞される勲章や褒章には、みなさん弱いらしい。 賞賛の仕方を変えたらどうなのだろう。位のない賞賛を(金・銀・銅などではない)など。 もしオレだったら、さりげなく断ろうと思うのだが、その機会はありえない。アハハハ・・・ これは、東北の肥後もっこすのひが目。 読み流していただきたい。
2008.11.03
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朝からどんより曇っている。 こんな日は、少し立ち止まってみる。 小生の周りには、国民健康保険料が払えなくて“短期保険証”や“資格証明書”を発行されている人たちがいる。 10月30日、保険証を取り上げられ「無保険」状態に置かれている中学生以下の子どもが、全国で3万2千9百3人もいると、厚生労働省の初めての全国調査で分かった。 “無保険”だと、子どもが病気やけがをして治療にいけば、窓口で一旦全額自己負担となる。 保険料が払えない家庭では、少々の風邪や腹痛では我慢させてしまう辛い選択に追い込まれるだろう。先日の夜、車に乗せたあの母親のことなどなど頭をよぎる。 保険料滞納世帯は約3百85万世帯(加入全世帯の18.5%にも上る)。 その中の約33万世帯が保険証を取り上げられ、うち約1万8千世帯に中学生以下の子どもがいるという。東北6件でも2千133人がいる。 (こんなに増えたのは、1997年の国保法改悪で発行が市区町村に義務づけられたため) ※この調査は18歳以下を対象にすべきだったと思う。 先日、麻生内閣は見えみえの選挙めあての「給付金」という餌をぶら下げてきた。 全世帯に一回きりの。 そして、3年後には消費税の増税というおまけ付き。 その「給付金」で、国保証の取り上げを止め、国保料を少しでも下げた方がよほど喜ばれよう。 9年前にも選挙めあてに公明主導で「地域振興券」を配られたが、地域の活性化には役に立たなかったのだ。 自公政権も“安心・安全”を謳い文句にしているが、実の伴わない文句だけでは国民の苦しみを拭い取ることはできない。 憲法25条には、生存権を保障すると謳ってある。その真の意味をしっかり捉えてほしいのだ。
2008.11.03
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朝から地区の子ども会の“芋ほり”のお手伝い。 掘ったサツマイモは、地区の65戸に分配されるのだ。 ある腰の曲がった老人は、分配されない小さな芋をもらいたいというので集めてやった。 我が地区では、こんなことは初めて。生活が苦しくなっているのだろう。 芋ほり終了後、若い親たちによる交流会=いも煮会となる。 3枚おろしのサケ2匹分を差し入れる。 子どもたちの参加は、未就学児が10人くらい。小学生以上は、スポ少などでこなくなっている。 OBの参加は6人だけ。 あの老人も加わった。見たことはあるけれど名前は知らない。 きっと勇気を出してこられたのだろう。何か事情がありそうだ。気になる。 小生は、ここで大事な情報を得た。 地元で教材会社を経営していたYさんが昨年末亡くなり、心配していたが、自己破産したという。 地域の小中学校に貢献してきただけに、残念で寂しい。 このように大事な交流の場になるのだが、参加者が少なくなっている。
2008.11.02
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先ほど、Sさんから 「昼間、白石川の歩道橋で大きなサケが2匹と小さいのが1匹泳いでいるのを見ました!」 という電話。 孵化場に運ばれてくるサケたちは、阿武隈川の支流の白石川が、阿武隈川に合流する辺りで捕獲されたもの。 きっと、捕獲の網の目をかいくぐって魚道を上って行ったものと思われる。 彼には先日、3枚おろしのサケをプレゼントしておいたので、よけい目についたのだろう。 みんなが、川=サケに目を向けるようになると、町作りの目も変わってくるというもの。
2008.11.01
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今日から11月。秋晴れの上天気。 ダウン症の息子と女房は、朝早く“歩け歩け”に出かけた。 息子は、リュックを背負ってルンルンで『うーん』(いってきます)とおじぎをして手を振った。 幸せなひと時。 小生は、サケの3枚おろしを、信楽焼きをしている“九二一っつあん”の工房へ差し入れに。 山間を上って行くと、 道路わきにヤギさんが繋がれていた。 毛色の違う大型のヤギさんだ。なつっこく近寄ってくる。 工房では、九二一っつあんがにこにこともらってくれた。 あと一日だと窯場へ。 この前の炎はブルーだったが、今日はオレンジ。窯の温度が上がってきたのだ。 ほかの2つの窯にも日が入っていた。 素焼き用と近くの小学校の作品を焼いているとのこと。 まだまだ元気だ。 短時間で失礼し、帰りは下り道。 上り道では見えなかったものが見えてくる。 ヤマツツジの狂い咲き。久しぶりに見た。 そういえば、昨年、この近くでシダレザクラの狂い咲きを見つけ、ブログに載せたっけ・・・ ヤマツツジの場から少し行くと、 思わず息を呑む、遠景! 盛りを過ぎた菊の畑の向こうに広がる阿武隈の山なみ。 我家の近くにも、素晴らしい所があったのだ。 これから「ぼちぼち村」へ。
2008.11.01
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