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間もなく2008年が終わります。 年々1年が早く過ぎる感じがしています。 先ほど、ようやく"辛しれんこん”配りが終わりました。 何もわざわざやる必要はないのだけど、にこっとしてもらえることが嬉しくて続けている、続けられてきたのでした。 今年もやれたこと、もらっていただけたことに感謝! また、ダウン症の息子が初めて3日間ずっと付き添ってくれたことにも感謝です。 大忙しで、半月かかった1年間の締めくくりが終わりました。 みなさん、来年は政治を変える年です。 彼方に明かりを見つけましょう!
2008.12.31
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“辛しれんこん”配達 2。 いい天気でした。 自治会長のFさんちに行くと、 物置の屋根から暑さ50cmもある雪の雪崩が。 「ぼちぼち村」より標高が少し上がると雪の量がぐっと違うのです。 Fさんは、朝4時に起きて3時間かけて雪はきしたのに、気温が上がると屋根の雪で埋まってしまうと嘆いていました。 酪農家のTさんちの牛舎の入り口には、巨大ツララが倒れ掛かっていました。 みんな、急な雪の襲来にとまどっていました。
2008.12.30
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今日はおだやかなぽかぽか天気になりました。 午前10時に10℃。我家の周りは、晩秋の感じです。 昨日午後2時ころ、七ヶ宿町長老地区の2人に“辛しれんこん”を届けに行きました。 吹雪、視界不良でしたが、除雪がしっかりできていて問題なし。 一人は畜産業(昔なら“ばくろう”と呼ばれる仕事)をしているWさん。 奥さんはフィリピンの人。この豪雪地帯の山里で、地域にしっかり馴染んでおられた。 去年訪問した時、「あしたフィリピンに帰るよ。これ、うまいのね。」と言った。 その言葉が、ずっと引っかかっていたのです。 ひょっとしたら、お土産にしたかったのかな?と。 プレゼントした量は、二人分だからわずか。 それで今年は、お土産にできるくらいプレゼントしようと行ったのでした。 ところが、シャッターが閉まったまま。人の気配がない。 アレッと思いながら、向いのうちに訊ねると、7月ころから見かけなくなったとのこと。 何があったか分からないが、おだやかに過ごしてもらえればと願う。 郵便受けに2個入れて離れました。 手入れの行とどいたスギ林。近くに、南蔵王青少年旅行村が休村中。 少し上ると、先月完成した砂防ダムが雪の向こうに煙っていました。 午後1時すぎ。もう夕暮れの寒々とした雰囲気でした。 次に寄ったのは、町会議員をしている酪農家のSさん。 父親のじいちゃんは、満蒙開拓から引き上げてきた筋金入りの開拓者。 顔を見によるのです。 間もなく90才。話しているうちに眠くなってお昼寝になりましたが、来年もまだまだ元気。 吹雪の中、息子を迎えに大急ぎで施設に向いました。 山は本格的な雪降りになっていました。
2008.12.29
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「ぼちぼち村」へ上りました。 鎌先温泉から上は圧雪状態。標高が高くなるに従って雪の量が増える。 この雪景色は、4・5年前と同じくらい。一気に積もってしまったのです。 今日は「ぼち村」から運びたい物があって下まで下りたかったのですが、入り口でストップ。 親亀の上に乗った小亀の状態になって動けなくなってしまったのです。 4駆にしてふかして見ましたが、空回りするだけ。 仕方がないので、スコップを取りに「墓地村」まで下りました。 「ぼち村」は、すっかり雪に埋もれていました。 雪は、玄関前で計ると36cm。長靴が埋まりそうなくらいでした。 蓮おけも雪の帽子をかぶりました。 この前、湖底から連れてきた、 オオアリクイもアリクイらしくなってきました。 この雪は根雪になるでしょう。 これでスキー場は、年内稼動で一息ついたことでしょう。 やはり、冬は寒くなければ・・・
2008.12.28
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ただいま“辛しれんこん”製造真っ最中! 昨日から茹でたれんこんに“辛し味噌”を詰め始めました。 これだけのれんこんで、2kgの味噌が必要。 今年のは、小さいのが多くいつもより手間がかかります。 れんこんに付いた味噌を、割り箸で削り落とす作業は大も小も大して変わらないのです。 1kgの味噌で約4kg詰めます。詰めるのに要する時間は1時間程度。結構大変です。 ここまでが、小生の役割り。 練った粉をつけて揚げる最後の仕上げは妻の仕事となります。 妻は宮城の女性で初めてのことだから、衣がはがれたり凸凹になったりと大変でしたが、最近はだいぶうまくなってきました。文化の違いというのは大きいですね。 50kgの“辛しれんこん”を作るには、彼女の力なしにはできないのです。感謝! 午後、出来立てを合併反対の連絡会に持っていって食べてもらいました。初めて食べる人たちで、喜ぶ人あり?の人あり、中には持ち帰る人ありで複雑でした。 明日から、プレゼントに回ります。待っている人たち結構いるので大変です。 100人以上いるので4日がかりです。 喜んでもらうと嬉しいのですねぇ。自己満足。
2008.12.27
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宵の口の雨は遅く雪になり、東北南部の平野部にも朝までに2・3cm積もりました。 田も畑も、山すその屋根屋根も真っ白になりました。 頭の上には青空が広がってきましたが、時折り風花がちらほら。 今日の雪はさらさら。強い風が吹くと田んぼの雪が流れています。 この冬一番の冷え込みです。 追 ところが、西隣の大河原町に行ったら、ほとんど雪はありませんでした。 だから太平洋側に雪が多かったのかと思い、更に西よりの白石市の様子を訊いたら積雪あり、夕方吹雪いているとのこと。大川原町はポケット状態だったのかなぁ?
2008.12.26
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日中、ぽかぽか天気。 ○明日から寒くなるようなので、気になっていた落ち葉を近くの里山に拾いに行った。 来年、ムラサキシメジを栽培するためだ。 秋には、山の道端にいっぱい溜まっていたが、今は風に飛ばされて少なくなっていた。 それでも、たちまちいっぱい集めることができた。ビニール袋6つ分、軽トラいっぱいになった。 あと5・6袋集めると十分。年明けの晴天の日に行くことにしよう。 ○午後は、月末の支払いに銀行まわり。 ついでに、合併反対の看板を立てさせてくれたという町役場のわきの食堂兼飲み屋を見に行った。 場所としてはいいのだが、あと2枚くらい立てないと目立たないようだ。 推進派は、県から50万円を2年にわたってもらいたくさんの看板を立てたようだ。更に、推進派議員の視察費用まで出してもらったという疑惑も出てきて、県に質問状を提出中。 帰ってきたら、先月末から住み着いた野良猫が出迎えてくれた。 前からいたクロネコとトラネコの姿が見えないのが心配だが・・・ いよいよ今夜から、辛しレンコンの詰め方が始まる。 今年のれんこんは、小さいのが多いので大変になりそうだ。 いずれにせよ、年末格闘の始まりはじまり!
2008.12.25
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○スリップ事故多発 昨日の山麓の雪と平地の姉は、夜中の放射冷却で凍結。 今朝はスリップ事故が多発したようで、車屋のSさんは大忙しだったそうだ。 滑り出したらどうにも止まらない。 気をつけてはいるのだけれど、オーこわい こわい。 小生は、横倒しになったこと2回。幸いけがはなし。 冷や汗をかいたことは、10本指では間に合わない。 田舎にいると車なしでは生活ができない仕組み。解決できるといいけどなぁ。 高齢者のためにも。 ○「合併協議会」傍聴 午後、傍聴に行った。 今回の目玉は、新市の名称と議員の在任特例(合併しても現議員は、最大2年間継続できるというもの)。 いずれも小委員会で話し合われて提案。 ・新市の名前は「柴田市」。 3町とも柴田郡で、なじんでいるから。と5対1で決定。(1は公募だった) ・議員在任特例についての発言は、賛成・反対五分五分。 賛成意見も、さすがに2年間は受け入れられないと思ったのか報酬を下げて1年間を主張。 推進派は、合併こそ究極の財政削減とことあるごとに言いながら、在任特例にしがみつこうとしている。 彼らが議員を目指したのは、自分の名誉と利益のためであって、住民のためではないのだ。それを言葉で飾ってごまかそうとしているのが透けて見えてしまう。 ああ、なんと情けない姿だろう。
2008.12.24
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午前中は、すばらしい晴天。 日陰の霜が融けて、陽炎のような蒸気を上げていた。 上天気なので「ぼちぼち村」に“辛しれんこん”用のれんこんを茹でに行った。 昨日の雪が解け残る入り口の大根畑は、日差しを浴びて春を演出していた。 これでも少しずつ大きくなっている。 葉っぱの緑が、足を引き止める。 下に下りるとダムの水が更に増え、 新雪をバックに新しい水が輝いていた。 さあ、それから50kgのれんこん茹での大仕事。 今年は煙にむせないですむように、薪ストーブの上で茹でることにした。 ところが、1時間たいても沸騰しないのだ。 あの青空は、雲に覆われだした。 仕方がない、囲炉裏でやるしかないと切り替えた。1時間半のロス。 最初は、煙との格闘。沸騰するまで、涙と鼻水との闘いでもある。 涙をふきふき、鼻水をすするすすり、ようやく1回目を茹で上げる。 2回目からは、囲炉裏も温まって煙も少なくなる。 一息つきに外へ出ると、 すっかり白の世界になっていた。 やっぱり、昨日タイヤを交換しておいて正解だった。 それで、安心して茹で終わらせることができた。 終わったのは、6時半。 すっかり暗くなり、雪は5cmを超えるくらいになっていた。 フロントガラスの雪は、手で払うしかないと思ったが、まだ凍結していなかったのでワイパーを4・5回動かしたら、うまくはらうことができた。 この冬初の雪道をタイヤの効きを確かめながら下っていった。 空は、また星空に戻っていた。風花がちらちら舞っていた。 下は、時雨だった。 ああ、腰がいたい!
2008.12.23
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朝から冷たい小雨が降り続き、明け方のような薄暗い一日になった。 こんな日は、骨休み。午前中ゆっくり休んだ。 昼過ぎ、オーストラリアのすばらしい男性と結婚したM子さんからクリスマスメールが届いた。 開いて見ると、帰省中とのこと。折をみて会いに行こうと思う。 オーストラリアは、とても興味をそそる面白い大陸だ。何年もかけて隅々を見て歩きたい。 夕方、買い物の帰り、小雨に混じって白いものがライトを横切るようになった。 これはやばい。山では積もっているだろう。 明日は、レンコンを茹でに「ぼちぼち村」に上らなければならないのに、いよいよタイヤ交換だ。 できたら、年が明けてから交換してもいいかと思っていたが、無理しないことにした。 薄暗くなったけど、スタッドレスを摘んで車屋のSさんを訪問。 息子たちが、たちまち交換してくれた。 明日は晴れる予定。道路は凍りそうだ。
2008.12.22
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今日も暖かい。 12月も下旬に入るというのに、まだ冬タイヤに履き替えないで大丈夫。 例年寒さが増すこの時季に、畑の土手の陽だまりにオオイヌノフグリの花が群れ咲いていたのが、この暖かさに咲くものほとんどなし。 「ぼちぼち村」では、排水栓を閉めた川原子ダムの水がすこしづつ増えてきた。 できた水面には、アオサギや水鳥の群れがやってきている。 しかし、夕方になってもワカサギたちの跳ねる波紋は広がらず、生き物の気配を感じられない。 溜まり水を抜いてしまったので、魚たちの多くが流れ下ったのだろう。 この暖かさで思わぬことも。 巨大ナメコがぽつりぽつり。 とてもでかい。軸の長さが15cm、傘の大きさも10cm。 なにか心配だ。 今年はマイタケのできが悪かったので、ほ場にコナラなどの落ち葉をかけた。 この上に雪が積もると落ち葉はつぶれ、マイタケの布団となり雑草の芽吹きを抑えることになる。 来年はムラサキシメジを栽培する予定なので、落ち葉を大きなゴミ袋に10袋は集めたい。 明日から、“辛しれんこん”作りの本格的な準備に入る。
2008.12.21
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朝から合併反対の看板作り。 ようやく20枚できあがった。 年内に立てる予定。 今朝は冷え込んだが、日中は早春を思わせるぽかぽか天気。 この時季に、こんなことでいいの?と心配になるほど。 作業が終わって、テレビに浸っている息子を外に連れ出す。 「海に行く?」と訊くとすぐに「うん」と返事をする。なんとも、珍しいこと! それで荒浜・鳥の海に行く。 浜辺には、この頃としてはたくさんの人出。 サーファーが10人以上。子ども連れの釣り人たちに散策の人たちなど。 息子もいい気分になったのか、 砂の上に座り込んで砂山作りに熱中。 二十歳になったばかりだが、まだ2・3才くらいの精神年齢。 でも、彼にとっては欠かせない発達のための一過程になるのだろう。 やがて阿武隈山地に日が沈む。 残照が海に映え、 蔵王の連峰が澄み色に溶けていく。 (浜からは、北蔵王から南蔵王まで一望できる。)
2008.12.20
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3町合併問題で、障害者福祉はどうなるのか、どうしたらいいのか一緒に考えてもらおうと、障害者の団体に働きかけを始めた。 先ず、ろう者の「手話サークル」を訪問。 リーダーのTさんと通訳のOさんを通して話した。 驚いたことに、 この辺のろう者たちは、これまで一度もこういう話を聞く機会はなかったのだそうだ。 説明をしていくと、Tさんたちも聞いてみようということになり、日時まで設定。 それから、共同作業所を幾つも運営する「はらから会」の理事長とも話し合いを持ち、協力をしてもらうことになる。 そのほか視覚障害者などの障害者団体とも連絡を取りたいと、町役場や県の福祉事務所へ行って問い合わせたが、ほとんど把握していなかった。意欲も感じられなかった。 町長に連絡を取ると、「いきましょう」と積極的な返事。 この懇談会が実現すると、町作りに新しい展開が生まれそうな予感が。 この「3町合併問題」が、住みやすい町作りのきっかけになるといいなぁ・・・
2008.12.19
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一年の終わりに。 東北電力“女川原発”では、10月から11月にかけての2ヶ月で3件の火災事故! 大事には至っていないが、一人負傷。 事故が起きるたびに、県や女川町と石巻市は型通りの抗議をし、東北電力は型通りの謝罪を繰り返してきた。 “どこかが弛んでいる”と捉えるのが当たり前。 なのに、村井県知事は、 「前回(11月13日)の火災の反省を踏まえ、作業は改善されていた。一定の評価をしている」と電力を養護。 更に、「プルサーマルの事前了解については、別次元の問題」と電力への気配りを示す。 (以上、河北新報より) こんなことで原発の安全が確保できるのでしょうか。 国内だけでも、毎日いくつかの原発で事故が起きていると思われます。 青森・六ヶ所村の“使用済み核燃料再処理工場”は、今年1月1日から12月10日までに15回もトラブルを起こしているのです。(公表されていないのもあるかもしれません) もし、本格創業が始まったら、広範囲に放射能汚染が広がることのなるのです。 また、東海原発をはじめ、老朽化した原発の取り壊しもせまっています。大金の投入と国民の犠牲が強いられます。 原発に頼るのは、とっくに限界になっています。 原発に頼らない生き方を求めて行きましょう。
2008.12.18
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「白石スキー場」に行った。 レストハウス越しに見るコースは、だんだら模様。 サケの燻製を手土産に、場長のEさんに会いに行ったのだが仙台出張で留守。 “えんぺ”作りの達人のことを聞きに行ったのだ。 “えんぺ”って? 漢字で書くと“隠蔽”(いんぺい)だそうだ。政権の得意なものだ。 何を隠すのかが問題だが、作るというのだから??? 是非お会いして、教えを請いたいのだ。 仕方がない、出直すことにする。 帰りしな、元支配人のYさんに雪情報を訊くと「麻生さんと同じ。」という返事。年内は無理だと。とにかく雪が少ない。お天気頼みだ。 ピンチに追い込まれるかもしれない。 下りに、枯れ木の倒木を支える2本の枯れ木の姿をパチリ。 このポーズ、もう4・5年になる。 いずこも、支えがなくなったら大変だ。
2008.12.17
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今朝もストーブなしでPCが打てる暖かさ。 この前吊るした干し柿がとろ~りとしたあめ色になってきた。 もんでやったのでぶよぶよ。 鳥がついばんだのを食べてみた。とにかく甘い!甘ったるいほどに。 日がさすとハエも飛んでくる。甘い匂いがしているのかもしれない。 その隣では、10日ほど前からいわしの干物を作っている。 夜の会合の後、近くのヨークの灯りに引かれて入った。 去年、ここで“うるめいわし”の干物を置いていたのをおもいだしたからでもあった。 でも、いわゆる干物はなかった。 あったのは、めざし。指でつつくとぶよぶよ。うち2パックが半額。 底で考えた。この2パックを我家で干物にすればいい。 ということで、網の中に入れて干しているのだが、なかなか水分が抜けないのだ。 サケの切り身より渇きが悪い。 小生は、頭からかじれる干物が大好き。時々食べたくなる。 しかし、この辺では食習慣の違いだろうけど、魚屋にもスーパーにもめったに置いていない。 去年は、佐世保から取り寄せて更に干した。 うまいのになぁ~ 干物というと、我家の廊下のすみに見かけない干物あり。 コウガイビル! これは、石の下などの湿った所にいるのだけれど、なぜ? 誰か持ってきたのかと思ったが、へばりついている。 ということは、ここへ這って来たということ。でも、這った後はない。 壁を見て、天井を見たら、あった。ナメクジのように粘った足跡が光っている。 では、どこから? 分かった。天窓のすき間からだ。きっと雨がしとしと降って、どこもかしこも湿っぽい夜に入ってきて、体の水分が足りなくなったか?ポタッと落ちて乾いてしまったのだろう。 干物もいろいろだなあ・・・
2008.12.17
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今日はとても穏やかな一日だった。 昨日は4時前には薄暗くなったけれど、夕方晴れていると4時半ころまで明るいのだ! 「ぼちぼち村」では、昨夜小枝についた雪がとけかかって、 青空の中で花を咲かせ、 水玉になったものは、 宝石の光を放っていた。 この日が終わる前、不忘のお山が輝いた。 さりげなくマフラーをまとっていた。 間もなく今日が終わる。
2008.12.16
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風もない冬ばれの上天気。 陽だまりはポカポカ。 最近、お気に入りの眺望スポットになった近くの里山へ。 阿武隈の山並みがすっきり。 ここに小さな山小屋を建ててもいいなぁ~と思ったりしているが・・・ゆめ! ゆめ。ジャンボが当たれば、幾つも一気に解決するのだが? 実はこの前、連番で10枚買って仏壇にチーーン。 女房は、「欲が深いから外れだよ。300円ね。」と冷たい。 そうは思っているものの、買わなきゃ可能性はゼロだし・・・2,700円のプレゼント。ムダ! 周りを見渡すと、 木の枝に、白いボーブラ(かぼちゃ)がぶーらぶら・・・ 笑われているのかもね・・・ これから「ぼちぼち村」へ。
2008.12.16
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今朝は冷えこんだ。 犬(“ごん”)の水も氷が張っていた。 きのう、“辛しれんこん”用に同級生のE君のお世話で郷里熊本の“れんこん”50kgをれんこん農家から送ってもらった。 配達に来た宅急便の人は、「こんなにたくさんどうするんですか?」と驚いていたが、一般家庭で50kgといえばやむを得ないだろう。 これまでは、霞ヶ浦のれんこんを使ってきたが、中身の大きさにばらつきが多かったので、3月の同窓会で訊いたら、自転車屋のE君が紹介してくれたのだ。 入っていたのは、E君に頼んだのより小ぶりだったが、粒が揃っていて使えないようなものはなかった。ただ、皮に擦過傷のような色変わりが多く見られたのが残念だった。 でも硬くて中身は大丈夫なようだから、味さえよければ良しとしよう。 さて、熊本のれんこんは泥つきで販売されていたが、あらかた洗われていた。 しかし、このまま茹でられないようなので「ぼちぼち村」で洗った。 大鍋に水を張ってスポンジでこすると簡単に泥はとれた。 50kgというと、これだけの量だ。 ゴム手袋をして洗ったのだが、水がしみて指先が冷えきった。 薪ストーブの火が消えていたので、お湯に手を入れて温めた。しばらく しばらく痛かった。 これからの作業は、節ごとに切り、茹で、辛し味噌を詰め、揚げ、くるんで配達。と大仕事だ。 配り終わるのは、大晦日。これが30年以上続いている。 お世話になった人たち、気になっている人たちへのプレゼント。100を超える。 「今年も元気でよかったね。」と、年に一度の家庭訪問の所もある。 感謝で終わる一年は楽しい。それで、今日まで続いている。
2008.12.15
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この前の雪のとき、このゾウの鼻に見とれた。 素顔は木の根っこ。 雪が積もると楽しめそうなので、「ぼちぼち村」のオブジェにしようと考えた。 そこでスコッを持ってきて掘り起こにとりかかった。 根っこは深いと思ったが、腐葉土を少し掘ると簡単に出てきた。 思いがけなかったのが、しっぽに当たる幹(みき)が出てきた。 カラマツのようだ。 そういえば、去年まで無かった物だから、腐葉土に埋もれてまだ1年くらい? このままでは重くて運べないので、チェーンソーを持ってきてしっぽを切り取った。 そして鼻を持って引きずって湖底を脱出。 汗を流してようやくクレソン池の上まで運び、水洗い。 腐葉土を落として新しいゾウの鼻が生まれた。 雪が積もり、訪れた人が示す反応が楽しみだ。
2008.12.14
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こちらもころころ“変”わる仙台市長タクシー券(金権)問題。 市長が、行き先を記入しないで多額のタクシーチケットを使い、その中に第三者に渡したものが、市長が東京出張中に使われていたことが発覚して大騒ぎになっているのだ。その数50枚。 今月9日には、地元の河北新報の一面を飾りその後も一面扱いが2度3度。 最初は否定していたのだが、その後未記入チケットを認め、第三者譲渡を認め、市民からも多くの講義を受けて行き先不明分を返納することになる。 しかし、あくまでも不正使用を認めず、譲渡先は“相手のプライバシーを守るためにあきらかにできない”の一点張り。 そして11日、自らの給料二分の一2ヶ月カットを表明する。 政治家として権力の座に着くと、感覚が麻痺する者多い。情けない限りだ。 ここまで二転三転したら、顔を上げて歩けないと思うのだが・・・ 平気で歩けるのだから、“変”なのだろう。 来年8月、任期満了。
2008.12.14
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この前波トタンをもらった車屋のSさんから、また5mの波トタンと壁用の金属板をもらった。 いずれもホームセンターなどで扱っている物より厚いという。 しかも前回より量が多いので、かなりの重さになった。 軽トラの荷台に、ロープでしっかりと結わえてもらって出発。 カーブをスピードを落とさず曲がるとハンドルが取られそうになる。 慎重に走る。 ところが、これから山に上り始めるというころで風が出る。 斜め前方からの強めの風だ。カタカタと音がする。 要注意。と思って右を見たら、トサカを振り立てている陰が目に飛び込む。 ヤバイ!風であおられたのだ。 直ぐ道路わきに止めて点検するも手に負えず。 とにかく「ぼちぼち村」までこのままで行くしかないと覚悟を決める。 少し行くとまたバタバタという音、影を見ると2枚目も。 曲がったトタンは、伸ばして使えばいいと思いなおして山の中へ。 山の中は、風をよけるので問題は起きずやっと「ぼち村」に着く。 先ず、曲がったトタンは曲がり部分を上にして足で乗って直す。その上に曲がっていない物を重ねて置いた。 1時間ほどかかって荷下ろしを完了。いい汗をかいた。
2008.12.13
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今夜は満月。 仙台では今日から“光のページェント”が始まったが、満月の光の方がずっといい。 きのう、川崎市のHさんから嬉しいお歳暮が届いた! お礼の電話を入れる。 Hさんは子どもたちのことで、たくさんたくさん悩んできた。通風も患っていた。 その度に電話がかかってきた。1時間はざら、2時間を越えることも。 ただただ聞き役に。 昨日の電話は違っていた。 子どもの仕事のこと、食事のことと前向きな話が進んでいった。 その中で、春には土手山(この辺では多摩川の堤防を親しみをこめてこう呼ぶ)で“カラシナ”を摘んで子どもたちに食べさせているという話が出てきた。 Hさんの家の裏は、多摩川の土手。対岸は羽田の河岸。その隣は、羽田の空港。 その“カラシナ”は、5年くらい前、我家の周辺で採取した種を、二女と二人で大師橋の下から多摩川の最下流、元の“いすゞ自動車”の工場の外れまで、両側で約5km。こっそり蒔いたもの。 ホームレスの人たちに役立ててもらうことと、公害地帯に花の土手ができると楽しくなると思っていたのだ。(何度か部ログで紹介済み) それが、だんだんと定着して食べてもらえるようになったのだ。 (Hさんにも話をしておいたのだったが、経験がなかったので結びついていなかったようだ。) よかった、よかった! このことが、一番のお歳暮になった。
2008.12.12
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今日も暖かい一日となった。 12月も中旬に入ったというのに・・・ 気になるといえば“干上がった川原子ダム”も同じ。 水門正面。 排水口に流れ込む沢の水。 大きな沢は「大清水(おおしず)沢」。簡易上水道として取水されている。 アレッ!?小さな沢にアワが次々と流れてくる。 水の色も黒い。だから「どろ沢」と言うのかもしれないが、小さな湧水を幾つも合わせたものだ。 なにより気になるのがアワ。 何年前だったか、水ぬきをしていない夏の終わりころBODを調査したことがあったが、基準値をはるかに超える200・300PPmの数値を示したことを思い出す。 市内の高校の教師たちもサークルを作って数年間継続調査をしていたが、転勤等で消滅した。 この蔵王連峰の水は、縄文人も飲んできた水。 汚れてはならない。汚してはならない! そのためには、生活の作り変えを保障する力がいるのだろう。理屈をいくら並べても解決しない。 カラマツ箒に囲まれた「ぼちぼち村」。 この前は雪の中だったが、周りに雪はない。
2008.12.11
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「ぼちぼち村」の向こう側の湖底を散策しました。 先日、排水口前を大型ユンボで溝を掘ったため、溜まっていた水は魚たちを乗せて流れていった。 オーバーフローさせる水路の底は白く乾いている。 ここは、「みやぎ蔵王36景」の一つ。 すばらしい南蔵王の連峰を背後に控え、水があっての36景、水がなければ番外です。 ご覧のとおり、ただ沢が流れているだけ。 ついこの前までワカサギを釣っていた人たちの跡が無残。 又のある枝で釣り竿立て、周りにはタバコの吸殻(釣りの好きな人たちには愛煙家が多いようだ。)や空き缶にペットボトル、更にパイプ椅子の壊れた物も2脚まで置きっぱなし。 これでは、釣り人を援護してきたのが情けなくなってしまう。 自分だけ、その時だけ楽しめればいいという感覚では、釣りに来る資格なしだ! これで釣り人は居なくなったと思ったら、やっぱり居た!! 先ほどのオーバーフローの下の水溜まりの両岸に一人ずつ。 よーく見ないと分からないけれど。車も2台停めてあった。 かくかくかように、釣り人の衝動は抑えがたいものだから、マナーを持って安全に楽しんでもらう工夫はないものだろうか? 釣り愛好家よ、コメントせよ! 釣る人も釣らない人も、環境を守ってこそ楽しめるのだ。
2008.12.10
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「ぼちぼち村」の雪は、ほとんど融けてしまった。 スキー場の雪も溶け出していた 薪を下屋に入れ、杉の皮を片付けて“ほだ木”置き場を見て回った。 ヒラタケとナメコが数本出ていて、いよいよキノコのシーズンが終わるかとシイタケのほだ木(コナラ)を見に行くと、 シイタケが育っていた。 焼いて食べるとうまそうだ。 芽吹き始めたシイタケもちらほら。 この暖かさが続くと正月用に間に合うかもね。 夜は、合併反対連絡会の打ち合わせ。先ほど終わって帰ってきたところ。 夜も10時を過ぎたのに10℃もある。 暖冬か?
2008.12.09
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冷え込んだ。 車のフロントガラスに氷のバリア。犬の水も凍った。 見渡せるところに雲のかけらもなかった。 女房は、宮城県母親大会連絡会主催の「12・8 平和を守る女性・母親たちのピースウォーク」に参加するといって電車で出かけた。うきうきと勇んで・・・ 今日は12月8日。 旧日本軍は67年前の今日、イギリス領マレー半島のコタバルと真珠湾に奇襲攻撃をかけ、アジア太平洋戦争を始めた日。 この戦争で、アジアでは2千万人、日本で310万人もの命が奪われた。 「絶対、わすれてはならない!」と思い、デモ行進と赤紙配りに参加しようと愛車軽トラ号で出かけた。会場は仙台の勾当台公園。 少し余裕を持って出発。これがまずかった。途中、阿武隈山地の遠望を眺め、九二一っつあんの陶芸工房と仙台の古本屋に寄り道。 更に、軽トラ号の駐車場は“西友ザ・モール”。3F駐車場に入ったらは満杯。ちらっと眺めると真っ白な蔵王連峰の頭。 では、いつも止める屋上へ。と、出口を出て上へ少し進むと上階より下りてくる車あり! なんだ!おれは逆走しているのか?と慌ててセンターのポールのすき間から隣の車線へ入る。 頭の上で、異常を知らせるブザーのようなものが鳴っていた。 手を上げて頭を下げて、ゴメンナサイをして下る。迷惑をかけてしまった。 だが、ここに駐車して地下鉄で行く予定なので、駐車場に戻りたいが途中からは戻れない。 もう一度、大きな道路から入り直すしかないのだった。 再度、屋上を目指したが、屋上は閉鎖。仕方なく5階駐車場に入れて大急ぎで地下鉄へ向かった。 出発の余裕が仇となって?40分近く遅れて会場へ。 いつもの集会のパターンは、挨拶や決意表明などのセレモニーに3・40分はかかるのだが、もう集団の影はなかった。 デモのルートは決まっているので追いかけたが、間に合わなかった。 こんなことは初めてだった。 やはりボケたのだろう。しまった しまった。だから、小生の通称は“しまった”と呼ぶのだ。 久しぶりの仙台。手ぶらで帰ると女房に馬鹿にされるから、ぶらぶら歩きをした。 東北一の繁華街“一番町”。月曜日なので、人通りはまばら。 地下道に入ると、中央のロータリーのベンチには、こっちもあっちも ホームレスの人の荷物が山に積まれていた。 主の姿はなかったが、冷たい風から身を守るにはいい場所なのだろうが、震えながら過ごしておられるのだろう。思いやるとせつない。 我が身に置き換えながら仙台駅へ。 仙台駅名物の○○デッキ。LOFTへ続くデッキの中ほどに色紙を広げて販売している若者が。 足を止めて見ると、一つの漢字とその字を使った含蓄のある言葉が書いてある。 自己紹介を読んでいると、横に一人の男性が。何か小さな声で話しかけていた。 彼は箱のふたを開けて何かを言った。売上金でも見せたのか。何も入っていなかったようだ。 おかしい雰囲気で片付け始めた。立ち退きを迫られていたのだ。 しばらくすると、もう一人直ぐわきにやってきて指示をした。見ると警察官だ。 彼は、黙って残りの色紙を片付けだした。 “きりん”さんというらしい。話もできず去る。 権力は、、もっともな=もっともらしき決まりに従って取り締まる。そこには、庶民に対する遊び=余裕はない。冷たいNOだ。 若者の表現をしたい欲求と、それを実現するための生活の糧を得ようとする活動が認められない。 通行人の邪魔にはならない。きたなくもない。 社会が貧しくなり、ゆとりがなくなって、少しの“ずれ”も受け止められなくなったのだ。 これが、先ほどのホームレスの人たちにも及ばなければいいのだが・・・ 夜の風は、寒いぞ!冷たいのだぞ!
2008.12.08
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昨夜の晴天の雪は蔵王連峰から飛んできたもので、うっすら積もって朝には解けてしまいました。 昨日、太平洋岸に前線停滞?と書きましたが、浜に行ってみると晴れていました。 我家から見える雲は、蔵王や阿武隈山地を抜けてきた冷たいからっ風が太平洋の沖合いで雲を作っているようです。 今日も白い雲が連なっています。 座礁船「ジェーン号」のその後 昨日、浜の畑に行ったついでに磯浜に座礁した「ジェーン号」の様子を見てきました。 上部はすっかり撤去されていましたが、船底の方は残されたままでした。 現場に人気はなく、作業が続けられている雰囲気は感じられませんでした。 切り取られた鉄くずの中に、小生にとっては芸術品がありました。 この錆び加減は、なんとも言えない雰囲気をかもしていますねえ! できることなら買って「ぼちぼち村」のオブジェにしたいものです。 100年後200年後、土に戻っていけば完成です。 この日は波が荒く、波頭は白い旗を振りかざして押し寄せ、時折り大爆発をしていました。 「ジェーン号」が生き返ったように見えます。 すぐ近くに、目的地だった「相馬共同火力新地発電所」の石炭ヤードが見えます。 この火発、我が国の“大規模CO2排出事業所の中のナンバー13”です。(政府が隠すCO2データ非公開事業所から) 舳先には、名古屋?を目ざす大型の定期フェリー。ただ、見送るのみ。 もう、この浜にとけ込んでいるような感じさえします。 少なくなったとはいえ、今も立ち寄る人は絶えないのです。 廃物をただ邪魔者視するのではなく、生き返らせるアイディアとそれを受け入れる認識は生まれない物でしょうか・・・
2008.12.07
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天気予報、外れのち当たり。 上天気なので、息子を連れて久しぶりに“浜の畑”に行った。 着いたころには。北西の風が吹き出し、冷たく感じられた。 小生が大事にしている植物たちは、枯れ草に覆われていた。 ヤツデの花が枯れたチガヤに風を避けてもらって、やっと咲いていた。 背が伸びたクスノキは、頭に緑の葉を茂らせていた。 まだつやつやした緑を保っている。やはり、暖かいのだろう。 隣のハゼの木も、まだしっかりした紅葉を残している。 この時季は、熊本ですら葉を落としてしまっていたのに。 ハゼの木の下では、6年ほど前に宮崎と鹿児島の県境で採取して移植した サツマノギクが今を盛りに咲き乱れていた。 今、午後9時。 半月が輝き、星が瞬く中、細かな雪が降っている。 ただいまの気温1℃。うっすら白くなってきた。 天気予報「外れのち当たり!」
2008.12.06
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昨日の天気予報外れ、上天気。昼前の気温10℃。 こういう外れはありがたい。 ゆうべ息子とジャスコの宝くじ売り場に寄って「いつも外れるジャンボくじ10枚」を買う。これも外れてくれるとありがたいのだが、せめて100万国民の夢・・・アハハ これだけはうまくいかない。 陽だまりで、カリンが色づいた。 今年は3個だけ。 下では、スズメウリの実が、 すだれのようにぶら下がっている。 太平洋岸の上には、明け方からずっと雲に覆われている。前線でもかかっているのだろうか? 午後は気温が下がってくるのだろうか?
2008.12.06
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日中の風邪が止んで、雨が降り出した。 昼間より暖かくなって14℃。ストーブもいらない。 しかし、明日の最高気温は6℃の予報。10℃近く下がるようです。 ダウン症の息子は11月27日に二十歳になりました。 いろいろ いろいろあって、ここまできました。 “やっときた”というよりは、その時その時の流れに、周りの人たちの支援を受けながら流されてきたので、大変さを強調するような気にはなりません。 ところで、やっと障害者年金をもらえることになりますが、提出書類が大変です。 きょうは、診断書を書いてもらう医師から、本人と親と施設の担当者が呼ばれて日常の生活の様子などを聞かれました。 ありのままのことを伝えましたが、この書類で障害者としての級が決定されるので、とても大事な面接になるのです。 一旦決定されると、実態が重くても変更されなくなるのでとても大事な面接だったのです。 社会全体が不安定です。そんな社会の中では、障害者の存在は邪魔になります。 来年には、障害者自立支援法の見直しがなされることになっていますが、障害者も安心して生活できる社会にしていかねばなりません。 当面、今の自・公政治を、国民に目を向ける政治に変えるしかありません。
2008.12.05
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今日はうす曇り。強い北西風が唸っているが、外の方が暖かい。 庭先のアオギリの実が東を向いて飛び立とうとしている。 昨日もいだ柿は、女房殿めずらしく早速皮をむいてくれた。 小生はそれに応えて、むいた柿をひもに通し、軒下に吊るした。 いつもだと、数日後になるのだが、20個だから気楽になったのだろう。 それにしても、昨日の柿ももぎで硬くなった筋肉が、まだ元にもどらない。
2008.12.05
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「ぼちぼち村」の新しい“看板=メッセージ板”ができた。 先月、センスがよくて字がうまい“すし屋のKさん”にお願いしていたのが出来上がった。 彼女に頼んだ原稿は、 『 ようこそ ぼちぼち村へ 当村は お出でになられた方が主人公です。 “いいかげん・いいあんばいにいい”に 「遊行」(ゆぎょう=あそび)をしていただく所です。 ここの自然、山菜やキノコや野菜などは、 障害や悩みを持った人たちと育てている 「遊行」の一つです。 ぼちぼち村 こづかい しまった 』 というものでした。 これを、彼女は彼女なりの言葉に翻訳して書いてくれたのです。 唯一つ、『ブスも美人も・・・』という言葉が気になるところですが、女性としての感覚か?これを書くことによって「遊行」をしていたのでしょう。 まあー、これで反応を見ましょう。そこにも「遊行」。
2008.12.04
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快晴。 今日は「ぼちぼち村」に上らず、午前中,我家の柿もぎをしました。 品種は、干し柿用の渋柿“とやま”。 今年は、これまでにない不作。昨年の10分の1程度21個だけ。 だから、粒はどれも最大級。遅くもいだので、柔らかくなり始めていました。 10個くらいは鳥のご馳走。甘くなった物からつつかれていました。 届かない所は、ベランダと二階の屋根の上から5・6個もぎました。 昨年の干し柿が、まだ50 個も残っていて虫が食っていたので処分しました。 食べてくれる人が少ないのです。 屋根に上がったついでに、古いFMアンテナを撤去しました。 分解したいのですが、30年以上になるので鉄製のネジは錆びついて取れません。 たまに高い所に上ると、余分な力が入って疲れるものです。
2008.12.04
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今朝も冷えて、霜で真っ白になりました。 といっても、数年前までは普通のことだったのですが、とても冷え込んだ感じがするのです。 そういえば、思い出します。 40年くらい前のこと。今と同じように不景気で就職難でした。 卒業して1年は、不本意な仕事を点々としていました。 田舎のこと、やりたい仕事につくには強いコネと金がいりました。 大分の教員汚職と同じです。それが当たり前という意識でした。 「五木の子守唄」にあるように ♪・・・あん人たーちゃ よかし(いい身分の人・金持ちの人)・・・♪で、諦めていました。 同級生の中には、うまく狭い門をくぐり抜けて行くのもいましたが、“もっこす”を通しました。 しかし、親のすねをかじる余裕はなかったので、行き当りばったりに仕事を探していました。 その一つに、稲刈りがありました。 あれは、11月の中旬か下旬。仕事がなくて帰りにくく、あてもなく自転車で国鉄三角線(今は“みしみみかん”で名が売れていますが)に沿って走っていくと、不知火海の近くで稲刈りをしていました。そこに飛び込んだのです。 当時は、コンバインが入り始めたころでしたが、田植えや稲刈りの農繁期には集団で大きな農家を渡り歩く人たちがいました。 農家の主人は、その場で集団の人たちの中に入れてくれました。 稲刈りといっても、先輩の家で一二度手伝ったくらいでしたから、プロの稲刈り集団には足手惑いだったでしょう。 その日から、その農家に泊り込み。 早朝、稲は霜で真っ白でした。 朝飯は田んぼでした。夕方手元が見えなくなるころまで刈っていました。 みんなに遅れないように必死で刈っていたと思います。 3・4日たつと手のひらのマメ(大きくて強いマメでした)が、稲の葉のザラザラでマメの元から擦り切れたしまったのでした。 はがれたマメのあとは真っ赤で血が出ていました。朝一番につかむ稲の葉の痛かったこと! 飛び上がるほどでした。でも、30分も刈ると感じなくなっていました。 軍手などありませんでしたから、みなさんの手はすばらしい手だったのですねぇ。 仕事が終わって、門を入ると熟れた柿の実がきれいでした。 晩飯を食い終わると風呂。みなさんが上がって、最後に入る。 五右衛門風呂の湯の表面は、真っ白!垢が浮いて水の隙間がないのだった。 早朝から日暮れまで汗を流す重労働なのだからやむを得ない。 垢をてでかき分けながら湯につかる。その湯がすり切れたマメの跡にしみること! ウッと息を止めて耐えていると、間もなく感じなくなってくるのでした。 上がる時、また垢をかき分けて体につかないようにせねばなりませんでした。 十日くらい過ぎた午後、オヤジが川崎市の教採の知らせを持ってきてくれた。 ありがたかった。 次の日、そこの稲刈りは終わった。 稲刈り集団の人たちは、次の農家に移動して行きました。 その時の労賃は、みなさんの半分もらえればいいと思っていましたが、女性の賃金と同じにしてもらって、旅立ちの支度金に当てることができました。 強い霜の朝や苦しい時、なぜかこの時の稲刈りのことが詳しく思い出されるのです。 昔は、熊本の平野部でも、今小生が住んでいる東北難部より冷えていたようです。
2008.12.03
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一面真っ白な霜で夜が明けた。 この冬初めての強烈な霜だったが、気温が上がって7時半ころには解けてしまった。 薄い氷も張ったが、日中は暖かくなった。 「ぼちぼち村」も真っ白になったが、やはり直ぐ解けてしまったと近くの人が教えてくれた。 今朝は、合併協議会の会長(大河原町の推進派町長)に、議員の在任特例の件や視聴者の位置などもっと身長に話し合うように申し入れをした。 会長は、合併をする方向で進め、それをもとに町民が判断をして、住民投票で決定されるので協力をお願いしたいということで、お茶を濁されてしまった。
2008.12.02
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一日中快晴。 我家の前から見る“南蔵王連峰”。 きのうは、雲に覆われて見えなかったけれど、今朝はすっきり! 「ぼちぼち村」では、この前の雪がほとんど消えていました。 きょうは、懸案だったサケの燻製作りに挑戦だ。 なぜ懸案になったかというと、昨年の道具を前のところに置いてきたので迷っていたのだ。 そこで思いついたのが「ぼち村」にある上部を切り取ったドラム缶。 上部は鉄板でふさいで空気を調節するのだ。と、いたって簡単だが、思いついて材料を揃えるのに時間がかかったのだ。 だから、サケを干し過ぎて硬くなってしまったのだ。5日目くらいだとよかったのだが・・・ 燻製用の木はサクラ。水につけておいた径5cmくらいで長さ30cmほどのサクラの枝を、炭火の上に置いて燻ぶらせるのだが、吊るした場所によってはしっぽがこげてしまった。 網にのせた物は、吊るした物より色づきがよく早く取り込んだ。 試食すると塩加減はまずまず。(去年のは塩っぱくて、いまだにカビ一つ生えていない。) Kさんにも勧めたが、敬遠されてしまった。ザンネン。 吊るした物は、網に移してサクラが燃え尽きるまで入れておくことにした。 からからになっているかもしれないが、試してみるしかない。 あしたが楽しみだ。
2008.12.01
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