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小学校3年生から本格的に「実験」「観察」を行います。理科室で実験をしますが、うまくいかないことも多々あります。そんな時、「成功するとこんなだよ。」と黒板に書いたりしますが、子どもたちの頭の中には、やはり、ストンとは落ちません。また、「生き物嫌いなんだよ。」とか「実験面倒だなあ。」という子も当然います。そんな時役に立つのがこちらのサイトです。NHKデジタル教材学校放送内容は、クリックしてのぞいてみてください。なかなか面白いです。パソコン室で実験の補助資料としてよくみんなで見ています。学校での実験の確かめや学校ではできない実験を動画で見せてくれます。予習や復習にも役に立ちます。また、理科にあまり興味のない子でも見てみると、面白くてほとんどの子がはまってしまいます。でも、そうなると分かっていたとしても学校で実際に実験してみることに勝るものはないですね。(みんなで協力して、準備して行うことに 大いに意義がありますね。)*がんばり過ぎているお母さんと子どもたちのために 妻がこんな癒しの仕事をしています。 ぜひ、一度アクセスしてみてください。 楽天ブログ http://plaza.rakuten.co.jp/takatsu/
2007年02月27日

ゆとり教育の反動で、週5日制のことが問題になっています。保護者の方は、「また、土曜日が学校になるんですか?」なんて言ってこられる方もいます。結論としては、それはないと思います。(といっても、私は文部大臣ではないので、 偉そうなことは言えません。 しかも、国の方針は突然変わることがありますから。)では、授業時間の確保のために学校はどうしているかというと、まずは、夏休みの短縮です。東京都だと、7月21日から8月31日までというのが今までの夏休みのパターンでした。でも、最近は、最初の1週間と後の1週間を学校がある日にしているところも出てきました。それから、都民の日や開校記念日という休みだった日を学校のある日にして授業時間を確保します。さらには、5時間だった日を6時間授業にして授業の時間を増やします。そうなると、授業の時間は増えるけれど、子どもたちや教師のストレスはどんどんたまっていきます。子どもたちにとって1日に6時間勉強するというのは、相当疲れます。担任が6時間ずっと子どもたちと向き合っている日も当然あります。そして、6時間目が終わって3時30分ごろ子どもたちを帰すと、子どもたちのためにという名目の元、会議が始まります。東京都の教員の勤務時間は8時15分から17時までです。会議が終わったころには、勤務時間も終わっているということもよくあります。当たり前のことですが、テストの丸付けなどは、残業するか家での宿題になります。そんなの当たり前と言われてしまえばそれまでですが、これでいいのだろうか?というのが率直なところです。こうなってくると、土曜日を登校日にした方が楽なのではないかというご意見も「そうかもしれない。」と思ってしまいます。学校選択制がとられている今、それぞれの学校がいかに授業の時間を確保するかでしのぎを削っています。保護者の方も「たくさん授業をしてくれる学校はよい学校だ」というイメージがあります。(事実、今まで通りの夏休みを実施している学校は、 「怠けている」と叩かれています。)土・日をお休みにして家庭や地域でゆっくりしたり楽しんだりというのが最初の5日制の趣旨だった気がするのですが、もうそんなことはどこかへ吹っ飛んでしまいました。もっと、勉強しないと世の中通用しないよ!!勉強、勉強といった感じです。国や東京都がどんな方針を打ち出してくるのか、それとも区や市の教育委員会に任されるのかそれは分かりませんがよい方向へ行くとは思えない現実があります。*がんばり過ぎているお母さんと子どもたちのために 妻がこんな癒しの仕事をしています。 ぜひ、一度アクセスしてみてください。 rocoです。 子どもとママのためのなごみルームを始めました。 どうぞよろしくお願いします。 楽天ブログ http://plaza.rakuten.co.jp/takatsu/
2007年02月26日

あと1ヶ月で、小学生のみんなも新しい学年に進級です。学年によっては、新しく必要な物が出てきます。もちろん、兄や姉のお下がりという子もいるのでしょうが、兄弟のいない子や一番上の子は、準備しなくてはならないのです。3年生は、「習字セット」ですね。業者さんが学校に売りに来ることが多いです。新年度第1回目の保護者会でいくつかの道具が並び、その中から購入というパターンが多いです。(もちろん、文房具店で買ってもO.K.だと思います。でも、「みんなと同じがいい。」というのが、子どもたちのよくある意見です。5年生は、「裁縫セット」ですね。こちらも販売パターンは、習字セットと同じです。私は4年生の担任なので、ある業者さんは、もうすでに「よろしくお願いします。」と売り込みに来ました。もちろん、新5年生の担任が決まったらそのままお渡しします。子どもたちの考えもありますが、お母さんの使っていた裁縫道具なんていうのも味があって、使いやすくていいのかもと思うことがあります。そういう子に、一、二度出合ったことがあります。習字の筆もすごく上手にかけそうな高級そうな筆を持ってくる子もいます。「お兄ちゃんが使っていたんだよ!」なんて聞くと、それもまたいいなと思います。習字セットは、確実に4年間は使うのでしっかりしたものがいいと思います。
2007年02月26日
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「自己肯定感を高めよう!」という学級通信の前日の続きです。 * 「できていることをほめる・伝える」前にもお話しましたが、人間どうしても「欠けているところ」に目が行ってしまいます。そしてその部分を指摘してしまいます。テストであれば、80点取ったことでなく、20点なぜ取れなかったか。なぜ20点分失敗してしまったか。を見て注意してしまいます。しかし、まず80点も取れたことを言ってあげないといけないと思います。では、20点だったらどうするか。この場合でも、20点取れた。ここの部分はがんばれた。ということを誉めてあげるべきだと思います。(なかなかできないことかもしれませんが)過去を振り返って、つべこべ言っても結局どうにもなりません。「今からどうするか」を考えていかなければいけません。すぐにどんどんやる気が出るものではないかもしれませんが、少しの努力ややる気を見つけて誉めていかないと、逆に自己肯定感が下がってどんどん「自分はだめだ」ということになります。がんばっているのに「がんばれ」と言われると、がんばれなくなってしまいます。具体的にできていることを見つけて教えてあげてください。もちろん、いつも誉める必要はないと思います。事実を伝えることだけでも違ってくるのではないでしょうか。その際に「だからあなたはだめなんだ。」「また、○○○していてしょうがないはね。」という事実の伝え方はNGだとおもいます。褒める時に、「(あなたは)えらいね!」「(あなたは)いい子ね!」と言っていると、褒められないと分かると行動しなくなります。何かをしてくれた時にだけ褒めていると、自分で考えようとしません。自立できないということです。このようなパターンを続けて大きくなってくると、誉められない時にがっかりして自分はだめなんだということにもつながり、自己肯定感がどんどん下がっていきます。ではどうするかというと、何かをしてくれた時に「ありがとう(お父さんは)うれしい。」「してくれて(お母さんは)助かったわ。」というあなたはではなく私という立場からのメッセージで言うことです。 これを「Iメッセージ」と言います。これを繰り返していくと、評価に左右されるのではなく、人の役に立つ喜びが分かる人になります。役に立つことをたくさん学んでいけば、「自己肯定感が高まる」ということです。そうすれば、少しのことで切れたり、相手に依存したり、指示待ち人間になったりということも必ず少なくなると思います。もちろん、子どもだけでなく親自身のできていることを自分で誉めてあげなければいけません。「自分は親としてちゃんと子育てしていない。」とか「何をやってもだめだ。」とかだめなことだけに焦点が当たると、親の自己肯定感がどんどん下がります。そして、何とかしなければと子どもについついいろいろなことを言ったり、要求したりしてしまいます。また逆に、自分ができていないからと子どもにも言わない人になってしまう可能性もあります。親自身も「これはできている。」「今日はこれはできた。」という小さいことでもよいので、自分で自分を誉める機会を数多く持ったほうがよいと思います。もちろん、がんばったことを家族に投げかけて認めてもらうのもよい方法です。人は承認されればとてもうれしいものですから。 * 本の紹介です。 マンガでわかる 子どもの心のコーチング 実践編 菅原裕子監修 リヨン社(この本は、マンガで分かりやすくふだん起こりそうなことを解説してくれています。)
2007年02月26日

いよいよ3月も間近です。通知表をもらうのももうすぐです。子どもたちが気になるのが、評価が「よくできる・できる・もうすこし」だとすると、「よくできる」の数です。もらった瞬間に何個あるか数え始めます。そして、もらった子同士で「おいおい、どうだった!」とすごいことになります。もちろん「もう少しがなくてよかった~」という子もいます。「先生、よくできるが10個で、○○を買ってもらえる!!やったー!ありがとう」なんていう子もいたりします。私はどういう存在なんだ!?と思ったりもします。もちろん、子どもたちに罪はありませんが。教師が必ずすることですが、通知表を渡す時にコメントを言ってあげます。「がんばったところ」「もう少し頑張ってほしいところ」です。もちろん、通知表のコメント欄にも書きます。まず、その子の良さを褒めて、努力して欲しいところを書きます。それは、学習面に限りません。生活面で「友達と仲良くできたね。」とか「当番活動をいつも一生懸命やっていたね。」とか「きちんと人の話を聴けていたね。」とか、、、できるだけ、他の人との比較ではなく、その子なりの頑張りを評価してあげます。(そうしないと、「いつも100点じゃなきゃだめ!!」 みたいなことになってしまいます。)また、出席欄を見て、「休まず登校したね。」という言葉かけの時もあります。まずは、元気に学校に来ることができたことに感謝です。(いじめや不登校の問題が叫ばれる中、楽しく学校に来られるのは、基本ですね。)でも、時として家族で学校のある日に遊びに行ってもいいんだと思います。いろいろと家族の事情もあるし、「学校に是が非でも行くんだー!!!!!」というのもどうかと思います。(何のために、学校へ行っているのか? ということですね。)(教師がこんなこと言ってはいけなかったかな。)でも、無理して学校へ行くことで、逆に不登校の原因を作ってしまうこともあると思います。難しいですね。話がわき道にそれましたが、昔は、「直してほしいところ」だけをどんどん書いてそれでコメント欄が終わってしまうという子もいました。今思うと、本当に申し訳なかったと思います。そして、「よくできる」の○数だけではないということをいかに伝えるかが難しいと感じています。
2007年02月25日
学級通信とは別に、「自己肯定感を高めよう!」 という通信を1ヶ月に1回のペースで発行してきました。以下の文は、4月に発行したものですが、ふと、思い出し、「この1年間どうだったかな?」と振り返ってみました。担任として出来ていないこともありましたが、このようなことを発信したことは、決して無駄ではなかったし、自分の言葉にも意識して1年を過ごせたと思います。(また、親として言ってはいけない言葉かけを 自分の子どもにも言っているなあ、と反省しました。)以下、原文のまま載せます。 1. 今年度のクラスのめあては、「コミュニケーション能力を高める」ことを 中心にすえました。 子どもにとって学校とは、何のための場所か?*子ども自身が課題を見つけ、学び、考える場所である。(主体的に判断・行動し、よりスムーズに問題を解決していける力の源となる場所といえる。)*また、自律し、他人と協働できる力のほか、他人を思いやるこころや 感動する心を育む場所。(豊かな人間性やたくましく生きるための健康・体力を養う力も生まれる。) ↓これができれば、「生きる力」につながっていく。2. しかし、現代の子どもたちは、様々な問題を抱えています。 (学習、友達、家庭などのこと)そんな問題の中で、子どもたちの集中力やコミュニケーション力の低下も言われるようになってきました。 たとえば他人との衝突を避けるために、「問題を悟られないように抱え込んだり」、 上手く伝えられないからと「言いたいことを飲み込んでしまったり」 ということがよくあります。 これは、生きる力を育む上でも大きな壁となってしまいます。3. そのような問題を解決するためには、自分のことが好きであるという 「自己肯定感」をもつ子どもに育てることが大切です。*自己肯定感を育てるには、、、 子ども自身が長所もあり短所もある自分の存在を、 今あるがままの状態で肯定的に受け入れられること。 また、周りも子どもがそう実感できるような援助をすることです。自分を認めることができれば、失敗をおそれずに何事も前向きに取り組むことができると考えます。「自己肯定感」とは、 ↓自分自身を大切にできる。<自分の存在を認める>(安心感がもてる。余裕ができる。) ↓自分を大切にできれば、他人も大切にできる。<他人の存在も認められる>*子どもと子ども、子どもと教師のコミュニケーションも高まる。 *クラスでも、これまで「いいところ見つけ」などで、自分や友だちのよさを 見つける活動を行ってきています。 その他の活動も増やしながら、一年間を通して全教育活動で自己肯定感を高める 工夫をしていきたいと思います。4. 学習活動の中で、子どもの素直な思いや考えを肯定しながら受け止め、 引き出し、支持し、子どもの話の内容や気持ちを整理していくような 教師からの働きかけが大切であると考えます。 ↓具体的には、「こうしなさい!」ではなく、「どうすればいいと思う?」という言い方が大切になります。* 子どもたち自身が考え、気づき、行動する。自らの考えを選択する。→自発的に行動をする。→表面的ではない経験へとつながる。5. 家庭でも、どうすればよいか自分で考える時間を数多く作ってあげてください。まず、子どもたちの話を「聴く」そして、「承認」していくが大切だと思っています。 ☆以下の言葉は、ある学校の保護者の子どもへの口癖アンケートの結果です。 「お父さん、お母さん口癖アンケート」(全129名中)1.明日の用意したの?(105)2.早く寝なさい(95)3.早くしなさい(87)4.早くお風呂に入りなさい(85)5.どうして弟(妹)とケンカばかりするの?(82)6.こんなにちらかして、片付けなさい(81)7.早く終わらせなさい(76)8.外で遊びなさい(76)9.早く宿題をやりなさい(75)10.気をつけなさい(75)11.もうやめなさい(70)12.ドンドン音を立てるな!(70)13.だらしないんだから(68)14.早く起きなさい(68)15.さっさと勉強しなさい(67)16.目が悪くなるわよ(65)17.集中しなさい(65)私たち親は子供にどうなってほしいのでしょうか?朝は起こされずに、さっと起き、率先して顔や口を磨き遊ぶことなく朝食も済ませる。そして前日に用意したランドセル(時間割どおり)を持ちきちんと挨拶をして登校する。学校からまっすぐ帰ると、弟や妹の面倒を良く見て宿題も言われる前に済ませる。そして外遊びも怠らず、その後の片付けも完璧。家へ帰れば夕飯の手伝いをし、食後のTVは30分。お風呂に入って、予習、次の日の準備をしたら就寝。*こんな子どもになってほしいのでしょうか?*本当にこれが子どもらしいのでしょうか?*では、「どうしていったらよいのか」というのが、今年の課題です。
2007年02月24日

小学校で必ずあって、悩みが大きいものの一つに「作文」があると思います。たとえば、宿題で「読書感想文」を書く。まず、本を読まなければいけません。本屋さんへ行って、「課題図書」を探すことが多いようです。でも、自分の好きなジャンルでないと、関心もないのに「ヘレン・ケラー」と言われても感想文は書けません。サッカーが好きな子は、やっぱりサッカーとかスポーツの本がいいのだと思います。「これは自分と似ている!」「こんな考えを自分もしたことある!」「こんな考えもあったんだ!」なんて、心にストンと落ちる所のある本は読み進めやすいし、感想も多く書けるのではないでしょうか。それから、「行事」があった後に書く感想文。「運動会」「宿泊行事」「学芸会」思い出はあるはずなのに、なぜか、文はあまり進まない。もしくは、たくさん書いているのだけれども、内容がよく分からない、、、など。(出来事を順に書いているだけで紙面が過ぎていってしまう。)運動会であれば、まず、柱立てを考えます。1.運動会の練習2.家での練習や家の人と話したこと3.本番での様子4.終わった後のことそんな柱立てができると思います。さらに、1.であれば、どうしてその演技をやることになったのか?先生が決めたのか?みんなで相談したのか?決まった時の自分やみんなはどんな様子だったか?どのくらい練習したのか?など。そして、柱立てが4つあるとすると、それぞれの中で、心に残った場面はどこであるか思い出します。その時の情景を思い出します。「自分はどうしていたか。」「誰ががんばっていたか。」「先生は何て言っていたか。」「結果はどうだったか。」そして、大切なのは『自分の気持ち』です。「始まる前の気持ち」「やっている時の気持ち」「終わった時の気持ち」「家の人と話した時の気持ち」などなど、たくさんの思ったこと・考えたことがあると思います。それをストレートに書いていくのがよいと思います。(書いていく順番もあると思いますが、 まずは、自分の気持ちの表現が大切な気がします。)運動会では、徒競走をしたけれど、3位になってしまった。でも、帰ってから家の人に褒められたし、自分でもがんばったと思ったところが印象に残っている。もしそうであれば、帰ってからのことを詳しく書くことになるのだと思います。そして、本番についても振り返って書いてみる。自分の気持ちが中心となったいい作文が書けると思うのですが、、、
2007年02月24日

小学生は、文章読解が苦手な子が多いです。算数が得意で、計算はとても速いという子も文章問題をよく間違える子がいます。「答えを分数で表しなさい。」なんて書いてあるのに、「先生、答えは小数でもいいんですか?」と平気で聞いてくる子もいます。ここで、親切に「分数だよ。」と教えてもいいのですが、聞き癖がつくのも嫌なので「説明よく読んだ?」というようにしています。本当にちょっとしたことの場合が多いです。また、国語の場合、傍線部分の答えを探すような問題は、その前後に解答がある場合が多いのですが、この場合も、設問をよく読まないで、答えを書いてしまう子がいます。設問を分解して考えていくと、答えが見えてくるのですが、自分の勝手な解釈が入ってしまうことがあるのです。テストを返した時にみんなが間違えたところは、時々解説をしてあげて答えを言っているのですが、「なんだそんなことだったのか。」という問題が多いです。理科や社会での「正しいと思うもの2つに○を付けなさい。」にいたっては、1つしか○を付けていない子がいます。う~ん。こうなってしまうと、、、という感じです。この場合、問題に印をつけながら答えを考えるという方法がいいのではないでしょうか。また、高学年に(4年生ぐらいから)なってくると、学校の問題でも「ひっかけ問題」が出てきます。「大きいほうから順に並べよ」という問題の次に「小さいほうから順に並べよ」という問題が出ていて大きいほうから並べてしまう、とか。そういうわけで4年生ぐらいから国語の力がテストの答え方にもかなり反映されてきます。読書をたくさんするといった方法をとる人もいるようですが、短い文章の中で、「何を聞いているのか」『分解して噛み砕いて考える』ということも大切なのではないでしょうか。
2007年02月23日

主要教科の評価は、大体4つに分かれています。社会科は、以下の4つの項目で評価しています。1.関心・意欲・態度2.思考・判断3.観察・資料活用の技能・表現4.知識・理解ちょっともとの言葉は硬い表現ですが、自分では下に書いたように思っています。1は、関心があるといっても、手を挙げる回数だけではありません。関心を持ったことを態度で、つまりノートへ書こうという意欲も大切なわけです。時々、よく手を挙げるけど、ノートや新聞作りは面倒くさいという子がいます。こういう子は、残念ながら評価は、半分達成どまりになってしまいます。2は、社会科で学習したことを日常の生活で活かせているか。考えられているか。ということです。お店を見学したら、ふだんの買い物を工夫してみよう。とか、このお店は、こんなところに努力しているんだ!なんていうことに気づくことです。3は、観察してきたことの表現や資料集からの読み取りです。工場見学に行って、自分のメモから分かりやすい新聞作りをするなんていうことがこれに当てはまります。でも、見た目が上手、絵がきれい、というのはちょっと違います。中身が勝負です。4は、学習したことをどれだけ分かっているかです。簡単に言うと「テスト」がどれくらいできるか、になります。これは、ふだんの生活に活かせるかということはあまり関係がないと思います。(知識がどのくらいあるかということになりますね。)学校の通知表には、このような評価になっていないかもしれませんが、学校の金庫に保管されている「指導要録」には以上の4項目で成績が付けられています。(A、B、Cです。)その4項目の総合成績で社会科の評価がつきます。(3段階です。)つまり1がA、2がB、3がA、4がAという成績がついたとすると、社会科全体の評価は3(すばらしい)がつくと思います。他の教科も多少の差こそあれ、同じような評価がされています。*3年生(もしくは4年生)は、「昔の道具」調べをします。
2007年02月22日

各クラスでは、いろいろなものが掲示されています。まずは、学校だより・学年だより・学級通信担任としては、もちろん、「学級通信」に目を向けてほしいと思っています。ですので、私は写真を大きく載せています。それから「クラス写真」全員の集合写真やめあてカードに載せている一人ひとりの写真です。そして、「クラスの目標の掲示」どんなクラスにしたいか。子どもの希望が見え、教師の希望が見え、他のクラスに参観に行くと思わず目がいってしまいます。「習字」これも毛筆習字になるとどのクラスも掲示されています。たまに掲示する前に黒板に全作品を貼ってみんなで眺めることがあります。誰が上手か。上手とは言えないけど頑張った人は誰か。なんて、みんなで見合うと面白いです。「○○さん、今回頑張ったね!」と声を友達からかけられれば、相当うれしいものです。作品が斜めに貼られていたり、画びょうやのりが剥がれかかっていたりすると悲しい気持ちになりますね。「観察カード」これは、実験カードの場合もありますが、こちらもなかなか面白いです。ぱっと見ると、みんな同じように見えるのですが、予想や結果のまとめ方が実は様々です。自分の生活観から予想している子は、結果として間違っていてもいい考え方をしているなあ。と評価できます。学校は、塾ではないので間違っていいのだと思います。その代わり、今までに学習してきたことを今までに家庭で経験してきたことを応用して考えてほしいと思っています。そうすると、単なる知識ではなく「知恵」になっていくと思うのです。それから「作文」や「新聞」こちらは文章が長くなるので、上手な子と苦手な子の差が出やすいと思います。でも、たくさん書いている子が素晴らしいかというとそうとも言えません。本の丸写しや絵だけを上手に描こうとしてしまっているとなってしまうと子どもたちは、エネルギーを使った割には評価されません。こちらもやはり、分かったことから発展して「考えたことや疑問に思ったこと」を考えて次につなげていくことが大切です。そして、自分がみんなや先生にどんな思いを伝えたいのか、それが大切だと思います。また、子どもの作品ではありませんが遠足や社会科見学の様子を写真にして大きく引き伸ばして掲示されている場合もあります。保護者の方は当然行けないわけですから様子が分かって嬉しいようです。
2007年02月21日
約1年前に始めたブログですが、10000アクセスに到達しました。途中、冬眠状態がかなり長く先にどんどん進めていた妻は、もう「かなり遠くの人」って感じでした。最初は、自分の趣味的なことを書いていました。でも、何か違う。と思って、そして冬眠状態になってしまいました。時々書いてもアクセス数はかなり低く、何のためにブログを書いているんだろう?なんて感じでした。でも、12月になってから自分の小学校の現場のことを知ってもらおう。それが自分の得意技だし、自分も書きたいことはいくらでもある!と思ったら毎日のように書き連ねることができるようになりました。そして、皆さんのアクセスとコメントがさらにやる気をパワーアップさせてくれました。本当に感謝です。ありがとうございます。まだまだ、これからですがこれからも小学校のことをお知らせしていきたいと思いますので、どんどんコメントをいただければと思います。
2007年02月20日

図工の作品、観察カード、習字、新聞でのまとめ掲示板やロッカーの上には、子どもたちのいろいろな作品がいつもあると思います。図工の作品は、図工室の前や特設ルーム、教室の掲示板に張られたり置かれたりしていることが多いと思います。学校によっては、ミニギャラリーを作って常時どこかの学年の作品を展示しているところもあります。これは、ちょっとした美術館の雰囲気があってとてもいいと思います。学校の規模にもよりますが、全員の作品が展示されていてとても素晴らしい感じがします。(うちの息子たちの学校もそういうコーナーがあります。)展覧会では、習字が貼られることが多いです。体育館に全員の作品が掲示されると見ごたえがあります。教室前掲示という学校もありますが、雲華紙(緑色の紙)に作品が貼られるとどの子もなかなか立派に見えます。習字の掲示方法ですが、出席番号順に並べる場合もありますが、上手な子と苦手な子のようにあまり差が大きい場合は、離して並べる場合がよくあります。苦手な子にとっては、保護者の人が見に来た時に可哀想なことも起こってしまいますから、、、図工の絵の場合も同じような配慮がなされていることが多いです。そして見栄えという観点からいくと、同じ色使いの子を離して掲示します。青の色使いの子の隣の子が赤の色使いの子だとお互いに目立っていいです。展覧会の作品展示は、担任と図工の先生で相談して貼っていきます。やっぱり図工の専門家の知恵は素晴らしいです。そして、作品を貼りながら子どもたちの取り組みのことや人間関係に話が及ぶこともしばしばあります。他の人にはない素晴らしいタッチで描いているとか、なぜ、この子が暗い色使いをするのだろうか?描かれている人間がなぜ、棒人間ばかりなのだろうか?なんてことになることもあります。絵を描くというのは、その子の「その時の思いや人間性」がはっきりと表れてくるようです。たった一つの作品ではありますが、多くのことを考えるもとにもなります。(教室に担任が掲示する子どもの作品については、 また明日のブログで書こうと思っています。)
2007年02月20日

学級通信とは、字の通り、学級の様子をお知らせするお手紙です。先生によって、出し方は様々です。ふつうは、「学年便り」が月1回発行されるので、それを読むことで学年の行事などの予定が分かります。学級通信は、担任の『マイ・ワールドな世界』と言ってもよいのかもしれません。客観的というより主観的に見た自分のクラスの様子をお知らせしているのだと思います。私も、教師になってからずっと出し続けています。知り合いの先生では、毎日出しているという方にもお会いしたことがあります。(1年で200号以上出しているということですね。)内容は、昔は行事に関しての考えやクラスの様子、子どもたちへの要望、保護者への要望といったことが多かったです。書き方は、手書きで文字が異様に多かったです。読んでいる方としては、きっと読みづらかったのだと思います。最近では、もちろん、パソコンで打っています。それから写真をたくさん入れてふだんの授業の様子をどんどん紹介しています。字は、極力少なくして担任からの愚痴も少なくし、子どもたちの頑張った所やよかった点を前面に出すようにしています。また、子どもの作品やノートもコピーさせてもらって載せるようにしています。「こういう書き方がいいんだよ!!」という例として紹介させてもらっています。写真やコピーによる通信は、字がいっぱいのものより結局は、家で話題になりやすいようです。そして、家族で写真の内容について話し合ったり考えてみたりしてくれているようです。写真は、みんなを載せようとせず、一人を大きく何をしているところか分かるように載せた方が反響があります。理科の実験の様子や社会科見学、授業参観、係活動などなど。また、黒板に書いたものをそのまま写真にして載せることもあります。とにかく、「学校ではどんなことをしているのか?」ということが分かるような通信にしたいなあと思って作っています。
2007年02月19日

理科という教科は、3年生から始まります。実験らしい実験が始まるのは、4年生からです。教室で行うような実験はできなくなってきます。理科室で準備をきちんとして、安全にも気をつけて取り組むことになります。塾に行っている子達は、当然のことながら結果は知っています。でも、実験というのは、その通りにならないことがあるところが面白いところです。また、塾ではなかなか実験ができないと思います。ですので、結果が分かっているという子達も実際にそうなるのか真剣に実験に取り組むことが多いです。4年生では、アルコールランプを使った実験があります。アルコールランプなんてちょっと原始的ですが、これが見ていると面白いです。まず、マッチを使ってランプに火をつけなければなりません。ここで経験のない子は苦戦します。マッチの軸がやたら折れたり、自分の方向に向けてマッチをすったり危ない場面に遭遇します。でもこれもよい経験です。次に、ビーカーや試験管を温めたりします。理屈では分かっていても未経験である場合はうまくいかないことがあります。また、学校でグループになって行う時は、メンバーの分担と協力も必要です。自分が知っているからといって、全部やってしまったら文句が出ます。でも、協力して成功した場合は喜びも格別です。それから実験をするからには、「予想」と「結果」をまとめる必要があります。よい考えや分かったことをぜひ知りたいからです。もちろん、それが評価にもなります。1回目の実験の場合、予想は、難しいこともあります。でもそんな時は、ふだんの生活から考えてみるとよいと思います。たとえば、「金属は、どのように温まっていくのか?」という実験がありますが、実験をしたことがなくてもバーベキューを経験したことがある子なら、「火の近くから熱くなる。」ということを直感でひらめきます。それを観察カードやノートに書けばよいのです。さらに2回目、3回目の実験になると、今までの実験の応用ができているかが試されます。たとえば、1回目に金属を温める実験をして2回目に水を温める実験をした後で、「空気はどのように温まるか?」という実験があったら、「空気は水と同じように上から温まっていく」とか「空気は金属と同じように近いところから温まる」などと今までの経験を活かして予想することが重要です。初めて行うことなので、分からなくても当たり前なのですが、ヤマカン予想ではなく、経験を活かした予想が肝心なのです。当然、結果が予想と違っていてもダメ出しはしません。でも、合っていないからといって、バツを付けて終わりにするのではなく、振り返りを大切にしてほしいと思っています。見た目は、楽しい1つの実験ですが中身にはいろいろなことが含まれていると思います。*これがアルコールランプです。
2007年02月18日
小学校には長い休み時間が3つあります。一つ目は、「朝」これは、登校してきてから8時30分ぐらいまでの時間です。人によってまちまちなので、あまり長い時間は取れません。また、ランドセルから学習道具を出したりするので、余計に遊ぶ時間は短くなります。また、朝というのはどよ~ん、とした感じの子も多いのでこちらが「おはようございます!」と元気に声をかけても、し~~~ん。なんてこともよくあります。すると、睡眠不足か塾疲れかゲーム疲れか?なんて推測します。(朝、お母さんに怒られたのかも?)最近の傾向として、寝る時間が遅くなってきているせいか、遅刻してくる子も増えています。朝は、休み時間どころではありませんね。でも、一部元気にダッシュで外に出て鬼ごっこや縄跳び、ボール遊びをしている子を見ると、健康そうでしっかり学習にも取り組めそう、と思ってしまいます。さて、次は中休み(20分休み)です。ふつう、2時間目と3時間目の間にあります。子どもたちが一番勉強にのってくるのは、2時間目と3時間目と言われています。(1時間目はぼ~っとしている子が多いし、 4時間目になると「腹減った~」が始まります。 5時間目はお腹がいっぱいだし、 6時間目はエネルギーが切れかかっています。 ごめんなさい。いつ授業やるんだ! って感じですね。)ですので、遊びも20分休みが一番テンションが高いです。ここで大いに遊ぶと、ストレス解消や気分の切り替えもできて次の授業からどんどんいけるはずです。「はずです」という意味は、遊びと勉強は別問題という子も多いからです。まあふつうは、勉強好き好きこどもというのは、、、いないでしょうね。3番目は、「昼休み」です。これは給食が長引いたり掃除の後に昼休みがあったりすると、短くなってしまうことがあります。しかもお腹がいっぱいなので、まどろんでいたり、遊んでお腹が痛くなったりする子もいます。(まだ、給食食べてます。という子もいますね。)他に「放課後遊び」というのもありますが、子どもたちみんなに共通しているのは、この3つだと思います。休み時間は、リラックスタイムなので、授業中は「し~ん」としていた子が、急に活発になったり、話しかけてきたりというのはよくあることです。そんな場面を見ると、この子にもこんな面があるんだな!なんて思えて面白かったり安心したりします。やっぱり子どもたちにとって、長い休み時間はとても大切ですね。私としては、『1日に1回は30分休み』なんていうのがあってもいいと思っています。
2007年02月17日

小学校の体育の授業は、週に2~3時間の割り合いで行われます。当たり前のことですが、得意な子と不得意な子がいます。しかし、よく見ると、得意そうに見える子もある種目しか上手ではなかったりします。例えば、「サッカーが得意な子」サッカークラブに入っていて、サッカーはめちゃくちゃうまい!!クラスでダントツにうまい。そういう子に会ったことがあります。でも、その子が体育全般が上手かというと、そうではないのです。サッカーというのは、主に足を使う球技ですから上半身が結構鍛えられず弱かったりします。サッカーの上手なその子も鉄棒や跳び箱など器械体操系は苦手でした。種目によって得手不得手が激しい子は、体育の評価も「とてもよい」にはなりません。また、体育の評価というのは、能力的なことだけでなく、「みんなと協力して出来ているか?」(たとえば、跳び箱の準備や片付け。リレーをチームで考え協力して行う。など)「安全に気をつけて進めているか?」(マットをする時の手のつき方や 鉄棒での棒の握り方など)「楽しみながら取り組んでいるか?」などということでも評価されています。ですので、運動能力が低くても考えながら体育に臨んでいる子やみんなと楽しんで取り組んでいる子はよい評価が得られる場合があるわけです。小学校の時は、まだ体ができていませんからいろいろな運動をして体を鍛えるということが大切だと思います。今の季節だと「なわとび」というのがとてもいいのではないでしょうか。
2007年02月17日

小学校では、算数を習熟度別に教えるという方法をとっている学校があります。 たとえば、4年生が2クラスあるとすると、その2クラスを3つに分け、1.算数が得意な人たち2.まずまずできる人たち3.苦手な人たちというグループにします。教師は、担任プラス1の3人になり、それぞれのグループを指導するという形をとります。苦手な人のグループは、人数を減らし、行き届いた指導を心がけるようにします。教科書の内容も進むスピードや使うプリント、説明の方法にも違いをつけます。進んでいる子どもたちは、発展問題など難しい問題にもチャレンジさせます。苦手な子には、基本的な事項を繰り返し教えます。この学習方法の利点は、同じようなレベルの子たちが集まっているので、切磋琢磨できるということです。また、課題が終わってからの待ち時間も少なくなります。もちろん、、欠点もあります。「あのこは、算数ができない。」とか、「私は算数が苦手だ。」という意識を植え付けてしまう恐れがあります。また、隣のクラスと交流できるのはよいのですが、一つのクラスが分割されてしまうので、クラスの仲間で協力して教え合うということが難しくなります。ですので、学校によっては、ある時は「習熟度別」、また別の機会では「能力を考慮に入れずに3分割」という方法をとることもあります。とにかく算数は、進み具合が目に見えて分かりやすいので、このような学習方法がとりやすいのだと思います。話は変わりますが、2クラスあると、1組の先生が2組の理科の授業もして2組の先生が1組の社会の授業をする。といった交換授業というのもあります。自分の得意な科目を交換して教えるといった試みもされています。教科分担制と言えるかもしれませんね。(中学校の教え方に似ているのかもしれません。)こちらについては、また別の機会に書ければと思っています。
2007年02月16日

小学校には、校長先生・副校長先生・主幹という管理職の方々がいます。これは、地域によっても違うと思いますが、東京都では上のような名称が付いています。我々一般の教員とは給料も違いますし、責任も違ってきます。校長先生。昔のような名物校長はいなくなったようです。世間の目も厳しくなってきましたし、どうしても横並び的な考えになってしまうようです。子どもや教師のためと思っても教育委員会が認めなければいろいろな企画は実現しません。3~4年で異動してしまう場合も多いようです。些細なことにこだわって、規則規則、、、と言われる方もいらしゃいます。会議や研究発表ばかり、つまり体裁を気にする方にもお会いしたことがあります。学校の代表という立場になるとなかなか大変なものです。でも、会社と違って我々に給料を支払っている立場ではないというのが複雑な気持ちなのかもしれません。副校長先生。昔の教頭先生です。名前を変えることで権限を強くしたということらしいですが、どうなのでしょう。私にはよく分かりませんが、、、、「セブンイレブン」というあだ名が付いてしまうように朝早くから夜遅くまで働いています。(7時に来て11時に帰るという意味です。)校長先生から指示命令に従い、一般教員の相談にのり、愚痴を聞きそして書類の山と格闘し休みの日も地域の行事が学校であると準備したり参加したりと大忙しです。どの副校長先生も早く校長先生に昇格したいと思っていらっしゃると思います。主幹。これも東京都独自の役職なのかもしれません。担任を持ちながら、この仕事に就いている方が多いです。試験を受けてなるのですが、教務主任学校の行事の計画を中心に行う。生活指導主任生活面全般の仕事を行う。のどちらかの仕事を任されます。ですので、学校に2人いなければいけないのですが、なり手がそこまでいないのが現状です。東京都では、さらに主幹の下に違う管理職を設定するようです。そして、校長先生の人数も足りなくなってきているようです。教員というのは、60歳で退職になり、現場を離れるのですが、一般教員は65歳まで再雇用制度があり、現場のお手伝いをすることができます。(通常の場合、担任になることはなく、 給料も当然、下がります。)校長先生は、60歳で現場を離れると、今までは現場復帰はありませんでした。しかし、人数が足りなくなり、65歳までの再雇用制度ができるようです。管理職というのは、昔ほど魅力を感じない仕事になってしまったようです。もちろん、教育を変える、学校を変えるという決意で一生懸命仕事に取り組んでいらっしゃる方もいます。我々もそうですが、管理職の方々も、もっともっと保護者の方々と交流して話をして学校を変えていくべきなのでしょうね。
2007年02月15日

あと約1ヶ月で6年生は、卒業です。小学校では、卒業式に向けての準備が進んでいます。「卒業遠足」「6年生を送る会」「卒業を祝う会」という行事を経て、6年生も卒業へ向けての気持ちを高めていきます。卒業式は、6年生が主役のとても大きい行事です。ただ6年生が主役といっても式としての「礼儀、作法」は教えてあげて、練習しなくてはなりません。約2時間きちんとした姿勢で座っていること。証書を決められた通りにいただくことができること。門出の言葉をそれぞれがはっきりと言えること。堂々と入退場ができること。卒業式を通して、学びがたくさんあります。そして出席する在校生も緊張感や6年生の素晴らしさを知ります。私の学校では、6年生が卒業証書をいただく際壇上に上がるとすぐにフロアに向き「将来の夢」を述べます。それは、中学校での決意である子もいるし、大人になったらどんな仕事に就きたいかという子もいるし、自分の性格や気持ちをもっと向上させたいという子もいます。「自分の決意を表明する」今の世の中で、欠けていることではないでしょうか。安易に決めるのはよくないと思いますが、自分で目標を持ち、進んでいく。というのはとても大切なことだと思います。「サッカーのワールドカップに出場する!」そんな目標を言おうとしている我が子がいたらお父さんやお母さんは、どう思うでしょうか。「そんなの無理だから、もっと現実的なことにしなさい!」というでしょうか。それとも、「素晴らしい目標だね。堂々と言いなさい。」と承認して励ますでしょうか。私は、そのような目標を持った子どもが素晴らしいと思います。実際にやってみなければ分からないし、(サッカーがその時に上手にではなかったとしても)目標に向けて頑張る姿勢が大切なのだと思います。「どうせだめだよ。」そんな子どもにはなってほしくないです。親や教師の「どうせ無理」や「自分のレベルを考えろ」などという言葉が繰り返されれば子どもたちは、どんどん無気力になり今の世の中に希望を感じられなくなると思います。堂々と自分の思いを言っている子どもたちを見ると見て聞いている我々にとっては、一番感動する瞬間になります。担任の先生にとっては、忘れられない一瞬になります。我が子の言葉を聞いて泣いている親の方もたくさんいます。純粋な子どもたちの決意を知る瞬間です。この時に、ああ6年生の担任の先生はうらやましい、と思ってしまいます。(もちろん、いろいろと苦労もされていますが、 この瞬間に何もかも吹っ飛んだ記憶が 自分にはありました。)そして、「門出の言葉」「みんなで力を合わせることを知った 運動会」なんていう言葉を聞くと親も教師もじ~んときます。そんな6年生の様子を見て、在校生も「来年は自分たちが、、、」と感じてくれる成長があります。子どもたちの可能性と決意を感じる式それが卒業式だと思います。
2007年02月13日

同じ言葉を繰り返すことをオウム返しと言います。「オウム返し」とは、鳥のオウムのように同じ言葉を返していくことです。 こんな話を聞いたことがあります。ある6歳の女の子が、初めて入院することになりました。彼女はいやがり、「入院したくないよ!」「お家に帰りたいよ!!」と泣きわめいたそうです。お母さんは説得を試み、「一晩だけだから。」「恐くないのよ。」と最初は当然ながら、やさしく言っていたそうです。しかしながらいつまでも泣きやまないのを見ると、「言うことを聞きなさい!」「すぐ帰れるんだから我慢しなさい!」と声を荒げ始めたそうです。その女の子は、納得するどころかますますひどく泣き始めました。もうお手上げ状態です。そこで、このお母さんは、思いついたように女の子の言葉をただただ繰り返し始めたそうです。「入院するのはいやだよ。」「やだよね。」「お家に帰りたいよ。」「帰りたいよね。」それを2分ぐらい繰り返していると、女の子が、「お母さん、入院する。」と言ったそうです。相手に安心感を与える非常に強力な方法が「同じ言葉を繰り返す」です。語尾だけを繰り返してもいいし、「そうだよね。」などという言葉で置き換えをしても構いません。もちろん、相手の言っていることに賛成しているわけではありません。相手が今そういう状態にあることを認めているだけです。逆に同じ言葉が繰り返されない状態が長く続くと人はとても不安になるそうです。認めてもらっていないのではないかと思うそうです。学校でも体育の時間におなかが痛いと言って来た子に「おなかが痛いよ~。」「おなかが痛いんだね。」「休憩しようかな。」「休みたいんだね。」「どうしようかなあ。」「どちらにするか考えているんだね。」なんて会話をしていると、「やっぱり体育やる!!」という現象が往々にして起こります。これは、変に相手に同情した言葉をかけることではないようです。「宿題やんなきゃな~。」と言っている子に、「そうよ早く宿題しなきゃだめでしょ!」「困るから早くしなさい。」「大変だよね。宿題は。」などという言葉をかけることではないようです。「宿題をやろうと思っているんだ。」という返しがいいようです。子どもへの「安心感」は、オウム返しから。だまされたと思って試してみてはいかがですか。
2007年02月12日

「今の自分は何点か?」塾や学校のテストでは、「100点取ったよ!」とか「50点しか取れなかった~。」なんていうことを言います。しかしそれとは少し違ったある場面において、「自分自身が何点であるか」という意味です。たとえば、受験であれば、入試に向けて自分の今の努力状況は10点満点で言うと、何点を付けられるか。(点数の付け方は、深く考えずに 直感で付けた方がいいようです。)もし6点だとすると、出来ている6点はどんなことか。(たとえば、毎日塾の宿題はやっている。 分からない所は先生に聞いている。 落ち着いて問題に取り組んでいる。)あとの4点は何が足りないか。(さらに発展問題に取り組む。 もっとリラックスする時間を作る。)なんていうのを本人が出すことを言います。また「部屋の片付けの事に関して何点だい?」と聞けば、「3点ぐらいかな。」「なぜ3点になるの。」「そうだな~。たまにしかかたづけないから。」「たまにって、どのくらいだっけ。」「一週間に一回かな。」「でも一週間に一回はやっているんだ。」「そうそう」*(この3点というのを大いに認めて上げなければ進歩はないと思います。) (これは、別に「褒める」ということではありません。)「じゃあ、3点から何点ぐらいまでだったら上がりそうかな?」「う~ん。6点ぐらいかな。」「6点まで上がるんだ!!」「たぶんね。」「そのためには、どんなことができそうかな?」「そうだなあ。3日に1回は片づけをするとかかな。」こんな会話が続きます。この時も自分で考えるということがとても大切です。もちろん、最終目標は「10点にするには!」ということなのですが、元の点数が低い場合は、1点とか2点とかの積み上げから始めるとよいと思います。学校でも自分の現状を把握してもらって(他人との比較ではなく)点数の積み上げのためには何が出来るかを(また何を手伝ってほしいかを)引き出して実践させていくのがよいと思っています。もし、点数が0点だったらどうするか?「マイナスじゃなくてよかったね。」「まず1点になるには、どんなことができるかな?」なんていう質問になると思います。これは「スケーリング」というのですが、できていないことを漠然と思っているのではなく、具体的に数値にして具体的に出来ることはなんであるか考えていくという方法です。この方法は、結構面白く効果的だと思っています。
2007年02月12日

学校で新しいことを学ぼうとする時、「失敗する権利」をどのくらい与えられてきたでしょうか?現在小学校に通う子どもたちはもちろん、そのお父さんやお母さんの小学校時代はもっともっと「失敗はよくないこと!!」と言われ続けてきたのではないでしょうか?失敗とはよくないことだというイメージはかなり強いと思います。失敗すると「なぜ、~したんだ。」「どうして、~するんだ。」という責め句が待っていることが多いのではないでしょうか。「失敗は悪」として追及されすぐに結果を出せ!と言わんばかりの学習が展開されてきたと思います。失敗に対してじっと見守って本人が考えるのを待つということが疎かにされているような気がします。学校現場では、当然、時間が有り余っているわけではありません。でも、「急がば回れ」で『考えさせる・失敗を認める・失敗を活かす』を行うことで次のステップに大いに結びつくことが多いと思います。「成功しなければならない」(受験でもそういう考えばかりでいくと)「~ねばならない!!」の連続になり、自発性よりも義務感を助長することになります。それは当然やらされているという受身の態勢が強くなります。結論としては、指示待ち人間になってしまう可能性も高いと思います。間違った答えを言った時、間違った行動を取ってしまった時、それがわざとではないと判断した時は、「それは違うということを知る」よい機会だったと話すようにしています。(もちろん、「何しているんだ~!」なんて 言ってしまうこともありますが。)最近の小学校では、リーダーになる子、なろうとする子が少ないです。原因は他にもあるのかもしれませんが失敗を恐れるあまり腰が引けている子も少なからず存在すると思っています。子どもたちに失敗する権利を与えることで自己肯定感も高まり自発的にさらにたくさんのことにチャレンジすると思うのです。
2007年02月11日

個性を尊重することが大切だとよく言われます。でも、学校では集団活動があり協力も大切です。有名な話では、エジソンが先生に「なんで、どうして?」とばかり聞くので、「この子は、学校に適さない!」と言われお母さんが学校を辞めさせて家で勉強を教えたというのがあります。そして個性を伸ばしたエジソンが有名な発明家になったのはご承知のとおりです。ここまで、個性的な子がいるかどうかは分かりませんが、人間は、みんな個性的です。そして学校でも「一人ひとりの個性を大切にしよう」とよく言われます。学校現場にいる身として、現実はどうかと言うと、難しいところも多いです。なぜなら、集団で活動することも多いし、時間の制約もあるからです。素晴らしい作品が出来かかった時に、時間が来てしまって「そこまで」ということもよくあります。また、よいアイデアが集団で行うという中で、埋没してしまうこともあります。ではどうしたらいいのか。時間の制約は、どうしようもないことが多いので、最初に「○時間で考えよう!」とか「○じかんで仕上げよう!」と目標を提示しています。(もちろん、最初は本当に行う時間より 少な目の時間を言います。)そして、子どもたちが頑張って取り組んで時間が足りなかった時に、「あと1時間増やすからがんばれ!!」と言うようにしています。また、『自分たちで考え自分たちで進める』という方法を出来るだけ多く取り入れるようにしています。この方法は口で言うのは簡単なのですが、教師が口出しをせず我慢しなければなりません。(これがなかなか苦痛です。「もっと、こうやればいいのに。」 と言いたくなることがよくあります。)そして、子どもたちの失敗や時間のロスに対しても文句を言わずに我慢です。その中で、葛藤場面や協力場面がたくさん出てきます。うまくいかないこともたくさんありますが、一人のアイデア(個性)が生かされることもあるのです。そして、活かされた子どもはより個性を伸ばすきっかけになるし、みんなにも感謝して自分も人のアイデアに協力するのです。「物静かに人の話を聴いてくれる子」「リーダーとしてみんなを引っ張る子」「先頭には立たないが黙々と仕事をしてくれる子」「クラスを楽しく盛り上げる子」いろいろな子がいることで一つの社会がクラスの中で出来上がり、お互いに学び合っています。『答えは自分自身(本人)の中にある』コーチングでの基本的な考えです。これからも現場の教師として子どもたちに「自分自身の個性を活かして答えを見つける」という手助けをしていきたいと思います。
2007年02月10日

小学校では、よく席替えがあります。席替えの方法も様々です。1.自由席2.くじ引き3.先生が決めるどのやり方でも席替えというものは盛り上がります。たとえば、「自由席」子どもたちは嬉しいのですが、女子だけ、男子だけの班が出来てしまったり、いつも同じ人と隣同士になったりと困ったことも起きてしまいます。また、目が悪いのに後ろのほうに座ってしまったら学習がよく分かりません。(近くの友達同士、手紙を回したり なんてことも始まる場合もあります。)「くじ引き」はどうでしょう。完全くじ引き制にすると、目が悪い子が後ろになったり背の高い子が一番前の真ん中になったりしてやはり不都合なことが起きます。くじを引いてから先生が「1番の人はここに座ってください。」何ていう方法もあります。これは、くじを引いていながらも教師がちゃんと操作して座席を決めているというわけです。低学年のうちはいいのですが、高学年になると意図的に決めていることが分かってしまう場合もあります。また、こんな方法も試したことがあります。まず女子(男子)が、教室に入って自分の座席を決めます。その間男子(女子)は、廊下で待ちます。(その時に分散するように座る位置は先生があらかじめ指定します。)決まったら廊下の人たちと入れ替わって座席を決めます。最後に一斉に座るという方法です。しかしながらこれも仲良しの子が固まる傾向があるのでうまくいきませんでした。ということで私は「先生が決める」方式をよく採用します。いろいろな人と交流してほしいし、実際、となりの席になることでお互いのよさが見えてくるようです。よくもめる子同士は、同じ班ではないことが多くなりますが、でも、いろいろな活動の中で苦手な人同士もうまくやっていく術を見つけるように意図的に同じグループにすることもあります。今まで全然交流がなかった子同士が同じ班になったことでよく遊ぶようになることは少なくありません。最後に席替えをするペースですが、これは先生によっていろいろです。1ヶ月に1回という方もいれば、1学期に1回という方もいます。私のクラスの現在の席替えのサイクルは、給食当番が全員回ったらもしくは掃除当番を全ての場所を全員が行ったら。のどちらかにしています。子どもたちにとって、「席替え」とはうれしい行事でもあり緊張する一瞬でもあるようです。
2007年02月09日

友達との関係は、小学校の6年間で変わっていきます。まず、1年生。保育園や幼稚園が一緒だった子は、お母さん同士も知り合いなので、子どもたちも仲良しの場合が多いです。小学校入学当初は不安も多いので、お互いに情報交換をよくします。そして、近所に住んでいる子同士もよく遊びます。2年生になると、学校生活にも慣れてきて、友達との関係が変化してきます。友達の家に遊びに行ったり、友達が遊びに来たりするようになります。でもまだ公園で群れて遊ぶといった感じは少ないものです。3年生になると、いよいよギャング・エイジに突入です。いろいろなものに興味を持ち始め、頭で考えていることと行動が一致できるようになります。そうなると、行動範囲もかなり広くなります。公園に集合して遊んだり、校庭開放に集まって遊んだり、人数も増え始めます。こうなってくると、逆にその仲間に入れない(入らない)子も出てきます。一人遊びが好きな子。運動系が苦手な子。指示されて動くのが嫌な子。習い事で忙しい子。などです。この学年あたりになると、友達関係がより重要なポジションを占めるようになるので、(先生や親より、友達との関係が密になる)みんなと遊ぶことは、とても大切だと思います。習い事も大切かもしれませんが、友達との関係も大事にしたい時期です。4年生になると、自我が芽生え始め、自分を客観的に捉えられるようになってきます。特に、女子はそれが早いです。友達との関係もただの遊び友達ではなく、自分の考え方の近い子や一緒にいて落ち着く子何ていう友達関係になってきます。全員で遊ぶことよりも仲良し3人組や4人組なんていう感じで行動することが多くなります。(3人の場合、2対1になってもめたりすることもよくあります。)女子の場合、他のグループとの対立もよくある難しい時期です。5,6年生。「親友」といった関係が作られます。いつも一緒。そして楽しいことや悩みを共有できる友達が出来ることが多いです。逆に言うと、違うグループことには立ち入らないようになってきます。それが悪いほうに作用すると、クラスがまとまらないということも起きてきます。(たとえば、学芸会なのにクラスが一致団結できない。とか)また、学年が変わるだけの要素だけでなく、クラス替えがあると、新しい友達とめぐり合ったり、逆に仲良しだった子が違うクラスになって全然しゃべらなくなったりなどということも起きてきます。面白いのは、同じクラスの中でも席がとなりや近くになることで「この子こういう面があったんだ!!」ということに気がついて知らないうちに仲良しになっているなんていうこともあります。いろいろな子と交流するというのが理想だと思います。その中から「親友」も出てくるのではないでしょうか。
2007年02月08日

小学校4年生で学習しますが、体育の中の「保健」で、からだにとって大切なものを勉強します。それは、1.栄養2.睡眠3.運動の3つです。栄養をバランスよくとる。カルシウム、ミネラル、ビタミンを偏りなく取るということが大切です。スナック菓子ばかり食べていると、大変なことになります。睡眠をとる。塾で寝る時間も削っていることとは思いますが、ボ~っとした頭ではひらめきはありません。(本来なら、早寝早起きが一番いいのですが、 例えば、出来る限り早く寝て、早く起きて勉強をする)運動をする。これもなかなか時間がない。でも、学校での休み時間は目一杯遊ぶことは出来ます。また、運動はストレス解消にもとてもよいと思います。そして疲れた頭の切り替えにもなります。(その段階の前に勉強で疲れきっていたら遊ぶ気力も湧かないかもしれませんが、、、)結論としては、ただ勉強だけに集中していても結果的によい方向には出ないのではないかということです。保健の学習では、受験とは連動しているわけではありませんが、子どもたちもからだにとって3つの大切なことに気づくわけです。
2007年02月07日
小学校には、役員の中に「卒業対策委員」なるものがあります。(この名前でなくても、同じような活動をされている委員会が どこの学校でも存在すると思います。)この委員会は、小学校6年生になると特設され、子どもたちの卒業に向けていろいろな活動をします。たとえば、卒業するにあたって、・学校への記念品の選定と贈呈・6年生の先生との懇親会の準備・卒業を祝う会の準備などです。仕事としては、もちろん大変ですがメンバーの人数も多いのでみなさん、分担協力して進められているようです。その中で「卒業を祝う会」というものがあります。昔は「謝恩会」なんていう名前で呼ばれていました。もともとは、いろいろな人にお世話になった6年生が恩返しの意味を込めて会を催していました。お世話になった先生や主事さんや両親に「私たちは、こんなに立派になりました。それは、みなさんのおかげです。ありがとうございました。」という会でした。でも最近では、保護者の方が、全て準備をし6年生はお菓子を食べながら「何を祝ってくれるの?楽しみにしているよ。」なんていう会になってしまいました。何か違うような気がしてなりません。時代の流れといってしまえばそれまでですが、ささやかでもいいので、6年生の手作りの感謝の気持ちを表す会だと思うのですが。さて愚痴はさておき内容です。担任をしてくれた先生から1年生~5年生までのお話があります。これがなかなか面白いのです。「○○くんは、1年生の時こんな子だったのか。」なんていうエピソードも飛び出します。(同じ学校の先生も知らなかったことがたくさん出ます。)また、6年生の出し物もあります。合奏や合唱が多いのですが、真剣に演奏する姿を見ると、保護者教師とも子どもたちの成長を感じて感動します。私も6年生の担任をした時に涙が出たことを覚えています。お母さんたちも泣いている方がたくさんいます。子育ての大変さを垣間見た気がしました。そしてこんなに大きく心も身体も成長したことがとても嬉しいことなのだと思います。そして、保護者の方々や教師の出し物もあります。準備の時間のない関係上、合唱の場合が多いです。でも、こちらも一生懸命に歌う大人の姿を見て、泣いている子どもたちもいます。この様子を見ていると卒業を目前にしてみんなが一体となる大切さを教えてくれる会だと感じます。現在、時間がないということやお金をかけないということで、このような会を行わない学校が増えてきているようです。いわゆる学習も大切だと思いますが、形式的なことばかり優先する気がして残念に思います。
2007年02月06日

2月に入ると、6年生は卒業まであとわずかとなります。多くの学校で、「お別れ遠足」なる行事があります。6年生みんなで最後の思い出を作ろうという行事です。一昔前までは、「ディズニー・ランド」が定番だったのですが、最近はいろいろなところへ行くようです。私が教師になりたてのころ、(約20年前)ディズニー・ランドもできたばかりで、どの学校も行っていました。(そこで、知っている学校の先生とお会いすることも よくありました。)でも、ディズニー・ランドは、アトラクションの一つをするのに時間がかかること。クラス全体で楽しむというより仲良しグループで回っているだけ。到着後、1回解散するとみんなと会えないこと。お金がかかること。などなど不都合なことが多かったです。私も何度か行きましたが、自分のクラスの子どもで1度も会わない子もいて先生とのお別れはどうなったんだ~!なんて感じでした。子どもたちにとっては、現在でも人気が高いのですが、お別れという意味においては、違う場所がいいようです。(みんな、ディズニー・ランドへはよく行っていますしね。)では、どういうところがいいかというと、クラスや学年全体で楽しめるところです。たとえば、「さがみ湖ピクニックランド」「富士急ハイランド」全員で、スケートをするとか、バーベキューをするとか、みんなでわいわい言いながら楽しめる良さがあります。また「昭和記念公園」のような広いところでみんなでリクリエーションをして遊ぶ。何ていう企画もあります。「フィールドアスレチック」なんていうのも助け合いが見られたりして面白いです。蛇足ですが、卒業してから子どもたちが遠足を企画してその企画に私も混ぜてもらったことがあります。拘束がないので、とても面白かったのを覚えています。実は、その方が無茶をせず自分たちでルールを決め楽しく遊んで帰ってきたことを覚えています。(その時は、私も先生らしくせず一参加者として 楽しく参加させてもらいました。)
2007年02月06日

小学校の場合、一つの内容(単元)が終わると、テストがあります。もちろん、学期末テストや漢字のまとめのテストもあるのですが、基本的には、分数を勉強したら分数のテストがあります。多くの場合、業者テストを採用しています。これは、教科書に合わせてテスト会社がテストを作っているものです。自作のテストもたまにはありますが、知識を見るといった点では、業者テストがほとんどではないでしょうか。だんだん学年が上がるにつれて、求められる内容も高くなりますから答え方も複雑になってきます。基本的には、詳しく分かりやすく答えないと○にならなくなってきます。4年生くらいからテストの点数が悪くなってしまう子がいますが、内容を理解していても答え方がよくない場合があると思います。そうなると、国語の力「文章読解力」や「要点のまとめ方」というのが大切になってきます。この時期から進学・補習の塾に行く子も増えてきます。そして、テストの点数の幅もかなり開いてきてしまいます。私の場合、抜き打ちテストといったものはほとんどせずに、何日か前に予告をしてテストをします。その理由は、もちろん復習をしてほしいからです。よくある漢字50問テストなどは、突然行うと悲惨な結果が待っています。人間はすぐ忘れる動物ですから、復習は大切だと思います。また、突然テストをして点数が悪いと、「どうせ自分は頭が悪いんだ!!」なんて、思う子も少なくありません。そうではなくて、習ったことを振り返るのを忘れているだけだと思います。それからよくあるのが、「習っていないことが出ていま~す。」ということです。でも、それはよく考えると、習ったことを少しひねった応用問題であることがほとんどです。視点を少し変えてみるといったことが最近の子どもたちは苦手です。書いてある通りに思考も突っ込んでしまうことが多いです。ちなみにそういう問題のヒントや答えを言うと、「なんだ!そういうことか。知ってたのに!」ということがよくあります。テストの時だけでなく、臨機応変ということももっと教えてかなければと痛感する瞬間です。マニュアル人間にはなってほしくないです。そのためには、体験・経験をたくさんすることが必要なのだと思います。
2007年02月05日

小学校は、集団生活です。すると、人と接しなければいけません。人との交流で楽しいこともあれば、嫌なこともあります。自分が受け入れられないことが起こった時、そんな時、子どもたちはどんな反応をするんでしょうか。・がまんする。・暴れる。・その場を去る。・ありのままの自分を出す。・相手の考えを聞いてから自分のことを言う。いろいろとありますが、暴れるとなると、「問題児」というレッテルが貼られてしまうことが多いです。でも、意味なく暴れる子はいないので、何らかの理由が考えられます。・言葉でうまく自分の意志が伝えられない。・家でストレスがたまっている。・塾などの習い事でのストレス。・学校での人間関係。様子を見ていると、いろいろとあるようです。対処方法としては、意思の伝達方法を知らなければ、トレーニングをする必要があります。学校でもソーシャル・スキル・トレーニングという名前で、ワークをすることがあります。(「社会性を身につける」ということですね。知らないんだから知ればいいんじゃないか。ということです。)私がやったことがあるのは、クラス全体で行うグループワークです。問題を解いていて、クラスの友達から「それ違うんじゃない?」なんて言われたら、「うるせー!!」とか「黙れ!!」なんて言わずに、どう返したらよいかを考える。というようなワークです。その場では、文句の言い合いになってしまうこともよくありますが、そうではなくて、お互いに気持ちよくすごすにはどうしたらよいか?を考えることが大切だと思います。もちろん、このワークをしたからといっていつも優しい言葉かけがあって「その場がうまく流れていく。」なんていうことばかりではありません。ではどうするか、、、うまくいかない時は、「どうしてもめてしまったか。」をお互いに話し合ってもらいます。私は、見ていない揉め事には、その場で介入しないようにしています。(事なかれ主義というのではなく、 まず、お互いの気持ちを出すことにさせています。)それで、やってしまったことは仕方がないので、次からどうすればよいかを考えて言ってもらいます。そのように対処して次から揉め事がなくなるかというと、そんな簡単なものではありませんが、揉めた時の自分のことと友達のことを振り返ることにはなると思います。また、いらいらしたら「数をゆっくり数える」とか、その場を去って別室でクールダウンする。というのも一つの方法だと専門家の先生から聞きました。爆発している子にその場で怒っても指導しても何も入っていきませんし、余計に怒りを爆発させることが多いようです。(大泣きしてしまう子もいます。)もちろん、どんなことが得意なのか、どんな時に楽しそうにしているのか、よく観察してみることも大切だと思います。得意なことをクラスの中で認めていき「自分のよさ」(自己肯定感)を高めていけば、居心地もよくなると思います。学校でも家でもこれは同じことかなと考えています。
2007年02月04日

小学校では「授業参観」や「保護者会」がよくあります。私は、開催する側の教師ですからやっぱり参加された保護者の方々の人数は気になります。かといって、いつも土曜日や日曜日に授業参観を行うわけにもいきません。子どもたちも月曜日から土曜日まで授業があるとかなり疲れます。(教師もですが)対策としては、いろいろな曜日に行うとか、学級通信で様子を伝えるなどがあると思います。私の場合は、学級通信をこまめに出すことで様子をお伝えしています。もちろん、授業参観のときだけでなく、ふだんの授業の様子もお伝えしています。紙面は、写真や子どもたちの作品を大きく載せ、コメントも最小限の説明や子どもたちの感想にとどめるようにしています。あとは、家の帰ってからその通信を見てもらって、家族で会話してくれればありがたいなと思っています。(ちなみに私の子どもが写真や作品入りのおたよりを もらってくると家で盛り上がります。)(問題点としては、カラー印刷が予算の関係上 しょっちゅうできないということです。)また、授業参観では、後ろに立ってみていただくのではなく、できるだけ横や前の方に行くようにしていただいています。子どもたちは少し恥ずかしいみたいですが、そうしないと、実際にノートに何を書いているか、グループ活動では、何をしゃべっているか分かりません。せっかくお仕事を休んで来ているのですからどんどん入っていただきたいと思っています。(でも、「それ違うよ!」とか「何やってるの!」 なんていう言葉かけはやめてほしいですけれど。)まだまだ、オープンではありませんが小学校も朝ちょっと集会や朝会を見ていけるような雰囲気があればと思います。少しだけでも見ることができれば、親も子どもも嬉しいのではないでしょうか。何気なく見て、何気なく帰るそんな学校になればより楽しいかもしれません。
2007年02月03日

学級会これは、子どもたちにとって勉強の1つには入っていないようです。(実際は、大切な勉強です。)・学校行事のテーマなどを話し合う。・お楽しみ会などの内容を決める。・クラスでの困っていることやルール作りをする。大きく分けると上の3つぐらいかなと思います。学校行事では、運動会のスローガンを決めることがあります。自分のクラスで決めたスローガンが学校のスローガンに選ばれたりすると、それはもう、大いに盛り上がりみんなの自己肯定感が上がります。それを考えた子などは、すごい名誉なことですよね。お楽しみ会の内容これは、結構もめたりします。やりたいことが真っ二つに分かれることもありますから、下手をすると、クラスが2つに分裂して険悪な雰囲気が流れることもあります。でも、実際にみんなで遊んでみると、楽しく過ごしてしまうというのが多いものです。さらに、お楽しみ会を進める司会決め。やっぱり4年生ぐらいだとやりたがる子が多いです。(やる子がいない場合は、4年生として 大丈夫かなと思っていいかもしれません。)先生の代わりにみんなを仕切れる。これは、楽しいことです。クラスでの困っていることやルール決め例えば、「授業中にシャーペンを使っていいのか?」というのもあれば、「給食に出てくるゼリーは、先に食べてもよいのか?」なんてものもあります。そんなことは、話し合わなくてもよいのでは、、、確かにそれは今決めてしまおう。ということもありますが、話し合ってみると、子どもたちの意外な面が見えてくることもあります。それは、もっともらしい理屈を言ったりすることもあるからです。小学生なりの民主主義というのも絶対存在しますし、正義感の強い子や、ひらめきがとてもよい子もいます。そういう意味でも学級会は大切な勉強だと思っています。
2007年02月03日

私は、小学校の教師です。小学校の勉強というと、やはり「基礎」「基本」が頭に浮かぶと思います。漢字や計算は、その中でもさらに中核を成すものです。などと言っても、実際は苦痛でしかないという子もたくさんいます。漢字は1006字も習いますからそして、算数では掛け算ができなければ割り算も当然できないということになってしまいます。でも、漢字や計算の苦手な子も突然、開眼してバリバリ勉強をし始めるということもあります。それはやっぱり自分が必要性を感じたときです。自分の関心のあることをやっている時に字が読めない、買うものがいくらかかるか分からない何ていうことに陥ると、いきなり、漢字を調べたりします。その必要性が高ければ高いほど、本人が好きであればあるほど、あきらめたくないので調べます。ということで、基本的には、『関心を持たせる』というのが学習をする動機づけになります。でも、5年生になってから掛け算九九(2年生で習います。)に関心を持たれても手遅れではないのか?という場合もありますね。でも、現場の学校で言えばまだ間に合っています。と私は思います。人生長いですから5年生に来るまでは、困ることも多々あると思いますが、そこから頑張ればまだまだ先は長いです。やっぱり早めに関心を持たせておこう。というのも必要かもしれませんが、だからといって、いろいろな物を押し付けてしまうのはどうかと思います。本人が関心があれば、やらせてみて必要な限りの援助をする。けれども、今学校でやっている学習の復習も大切です。mlの勉強をしたら、「この牛乳パックは何ml入っているのかな?」と実感させることが大切だと思います。cmの勉強をしたら「この鉛筆は、何cmかな?」と興味を持たせてあげることが大切だと思います。小学校の学習も知識から役に立つ知恵になることが大切なのだと思います。
2007年02月02日
「いじめ」と「ケンカ」の違いについて道徳の授業でみんなに考えてもらいました。いじめと聞いて考えることは何。ケンカと聞いて考えることは何。思いついたことを紙に書き出してみよう、というやり方で進めました。小学校4年生なので、どのくらい考えられるかは、難しいところもあったのですが、チャレンジしてみました。方法は、班ごと(4名)です。全体で話し合うと、良い考えを持っている子も全体の勢いに飲まれて意見を言えない場合が多いのですが、グループにすると、ふだんあまり意見を言わない子も結構発言します。話し合いのルールは、「人の話を聴く」「相手の意見を否定しない」「順番に一人ずつ発表する」です。自分がすぐに言いたくなっても、相手のことを尊重して待つ。そして、違うと思ってもまず「受け入れる」実際は、うまくいかないこともありますが、繰り返し実践していくことが大切だと思っています。さて、いじめとケンカについてですが、「いじめ」・いじめられるのは、1人。・悲しい。・人には言えない。・されている理由が分からない。・解決しない。・言葉の暴力。・苦しい。・しつこい。・終わりがない。・心に傷を残す。・一方的などなど20個近くのことが出ました。(ちなみにケンカについては、7個ぐらいでした。)そして、どんな子がいじめられてしまうのかは、・目立つ子(動作が遅い、勉強ができる、リーダーによくなるなど)・わがままな子・転校生の子・自信のない子・一人でいる子などでした。ここまで来た時にチャイムが鳴ってしまい、続きは次回となりました。続きの内容は、「みんなはどの立場に立っていることが多いか?」・いじめる人・いじめられる人・傍観者*いじめている人何ていうところに手を挙げる子は いないとは思いますが、 考えてもらうことは大切だと思います。そして「いじめられている子にしてあげられることは何か?」ということをみんなで考えます。最終目標は、とにかく『何か行動を起こす!!』ということです。大げさに言えば、そのことによって一人の命が助かるかもしれませんから。
2007年02月01日
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