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あの子が来るのはいつも午後二時ごろだった。へんな子だ、と思っていた。髪は真っ黒でおかっぱ。着物の丈は短くて、足首は丸見えだ。公園のフェンス越しに私たちをじっと見る。表情は、よくわからない。一緒に遊びたいのだろうか。でもここでは声をかけないのがルールだ。崩れそうな雑居ビルと排気ガスで覆われた街。見なくていいものは見ないでやり過ごすのが、ここで生き残るコツだ。私の足元で地面をひっかいている小さな男の子も、少し離れたところでボールをついている少女も、本当の名前やどこに住んでいるかなどは全く分からない。ただ毎日ここに集まり、たいくつな時間を過ごす。いつのまにか、新しい仲間が増えていることがある。私たちは暖かく彼らを迎える。仲間が来なくなることもある。私たちは彼らのことを既に忘れている。あの子の話だ。毎日顔を見せるうち、慣れたのだろうか。私たちのすぐそばまで近づいてくるようになった。私たちはいつも通り、仲間として受け入れた。じっと立っているだけなのだが、私たちは気にしなかった。話しかけると、たまに笑顔を見せるようにもなった。ただし声を聞いた人は誰もいなかった。あの子が不思議なのは、ふっと現れて、ふっと消えてしまうところだ。「やあ」も「ばいばい」もなく。午前二時に現れて、日が翳り始めると消えた。ある日の夕方、ユミが深刻な顔をして私のスカートをひっぱった。「あの子のことなんだけど」とうつむきながら言う。私は仲間の中では一番の年長だったので、お姉さんとして振舞わなければいけない。「どうしたの」とユミの頭を抱き寄せ、言った。ユミは訳の分からないことを言った。「あの子は人間じゃない」。目が、とユミは言った。そのまま黙ってしまった。ユミはもうしゃべらない。とてもおびえているようだった。あの子は帰った後だった。明日、確かめてみよう。でも何を?どうやって?次の日からユミの姿は見なくなった。あの子は変わらずに公園に現れる。毎日、私はあの子を観察した。特に異常なところは見えなかった。でも、何かある。あの子を覆う空気が、あまりにも濃い。観察し始めて4日目。私はベンチに寄りかかって、みんなの姿を何となく見ていた。遠くでシュンヤがボールを蹴っていた。将来はサッカー選手になりたいんだと言っていた。かわいい弟分。視線をそらそうとした瞬間、シュンヤの動きが止まった。硬直したからだがぶるぶると震えている。あの子を探す必要はなかった。シュンヤから5メートルほど離れたところで、シュンヤを見据えていた。目は青白く光り、体の周りで砂ぼこりが舞った。あ、と声をあげそうになり、慌てて息を飲んだ。一瞬の出来事だったらしい。次に見たときには異常な空気は消えていた。あの子だけが立っていて、シュンヤは消えていた。私はあの子から目をそらした。気づかれてはいけない、とだけ思った。あの子が帰ってから、私は仲間を集めた。あの子は危険だ、と私は話した。仲間は私の話を信じた。おかしいと思っていた、と一人の男の子が言った。公園に来るのを阻止しなければいけない、と別の男の子は言った。あの子が公園の西門からしか入ってこないのを私は気づいていた。もっと言えば、西門から公園の中心を結んだ線以外のところに、あの子が立っているのを見たことがなかった。そのルートをふさげばいいはずだ、と私は仲間に話した。次の日、私たちはあの子といつもどおりに遊んだ。あの子は何も異常を感じなかったようだ。いつもどおりあの子が消え、私たちは急いで作業に取り掛かった。レンガと漆喰を持ち込み、西門のある公園のフェンス全体を壁で固めてしまうことにしたのだ。一つずつレンガを積み上げ、丁寧に漆喰で塗り固めた。明日の午後2時までにふさいでしまわなければならない。壁はみるみるうちに高くなり、10メートルほどの高さまで積みあがった。私たちは手を握り合い、壁の下で待った。小さな女の子はほとんど泣きそうだった。男の子たちも不安げに壁を見上げた。私も怖かったけれど「大丈夫だよ」とみんなに声をかけた。近くにいた子の肩をぽんぽんと叩くと、彼は振り返って小さく笑った。その時、うおお、といううなり声が壁の向こうで聞こえた。あの子だ、と直感的に思った。でも大丈夫。これだけ高い壁があるのだから。でも震えは止まらない。お互いを握る手が強すぎて、痛いほどだ。どすん、と壁に何かが当たる音がした。そして上を向くと、あの子が落ちてくるところが見えた。5メートルの壁を飛び越えてきたのだった。「ギャーッ」という声にならない声を上げて、私たちは走り出した。細い路地を抜け、ビルの中を通り、私たちは走り続けた。7、8人の仲間がいることが分かった。しかしいくら走っても、青白い光が追いかけてくる。レンガ造りのビルの角を曲がったところで、一人の女の子が後ろで転ぶのが見えた。私は急いで戻った。彼女はなぜか赤ん坊を抱えていた。「いつのまにか抱いていたの」と彼女は泣きながら話した。私は赤ん坊を受け取って左手に抱き、右手で彼女の手を引っ張って走り出した。青白い光がまた、後ろに迫っていた。どれだけ走っても、地元の子供しか知らない穴に隠れても、必ず青白い光が追ってくる。私たちは疲れていた。周囲はすっかり夜になり、身を隠しやすくなったが、あの子がどこに潜んでいるかが分からないのだ。私たちは大きなビルを見つけ、駐車場から中に入った。走って逃げるのは限界だった。ゆっくりと身を隠せる場所が必要だった。でもだめだった。青白い光とうなり声が聞こえた瞬間、私たちはそのビルを飛び出した。別のビルでも同じだった。何回か同じようなことを繰り返した後、一緒に逃げていたミカが言った。「その赤ちゃんが原因なんじゃないかな」。「原因って?」「赤ちゃんが私たちの居場所をあの子に教えているのよ、きっと」。そんな馬鹿な、と思った。でも。赤ちゃんの服をそっとめくってみた。おなかがぼうっと青白く光るのがわかった。その瞬間「うおお」というあの子のうなり声が聞こえてきた。ミカが叫んだ。「この赤ちゃんがいけないんだわ」。私たちは赤ちゃんを置いてビルを出た。しばらく走った後、またビルの入り口を見つけた。今度こそ大丈夫だろう。地下の配電室らしきところに下り、壁に寄りかかる。その瞬間ミカが悲鳴を上げた。一緒に逃げていた女の子の腕の中で、あの赤ちゃんがすやすやと眠っていた。次に見つけたビルは、大きな研究所のようだった。広い敷地の中にいくつかの建物があり、いくつかの窓から光がこぼれていた。私たちは柵を乗り越え、茂みをかきわけて建物に近づいた。荷物搬入路が開いている場所を見つけた。私たちは身を潜めて建物の中に入った。もちろん、前のビルに赤ちゃんを置いてきていた。でも赤ちゃんの寝息が聞こえる。別の女の子が抱いていたのだ。私たちはもう驚かなかった。ひどく疲れていた。建物に入り、地下へ続く階段を下りていった。一番下まで下り、廊下に出た。冷たく白く光る廊下が長く伸び、両側には無数のドアが並んでいる。歩くとコツンコツンと音が響いた。壁を触りながら、私たちはゆっくりと進んだ。一つのドアから光が漏れていた。私は無意識にその部屋へ入った。みんなもついてきた。その部屋は向こうの壁が見えないほど広く、腰ぐらいの高さに無数の水槽が並んでいた。水槽は小さな冷蔵庫ほどの大きさで、大小のホースが刺さり、うねっていた。コポコポという水の音、ジーという電子音。それでも静かだった。私たちは一言も話さなかった。水槽を覗いてみた。赤ちゃんが入っていた。水にふやけて真っ白になった赤ちゃん。口や体から伸びる管が、水槽や機械につながっていた。水面ではコポコポと小さな泡が浮いた。この無数の水槽の中に、無数の赤ちゃんが入っている。ゆっくりと歩いていくと、一つの水槽は全く動いていなかった。空っぽの水槽に水だけが張ってあった。私は女の子から赤ちゃんを抱き上げた。どろりとなまあたたかい感触を手に感じた。私は赤ちゃんをそのまま水槽に入れ、ゆっくりと水の中に沈めた。赤ちゃんは私の手に身をゆだね、ぴくりとも動かなかった。ただ私のほうを見ていた。涙がぼろぼろと頬をつたった。「ごめんね」と小さな声で言った。手の中の物体が力をなくしていくのを、私はじっと待った。*************という夢を、10年前から5回ぐらい見ている。改めて、怖いし悲しい。
2004.10.31
ミュージカルが終わったので、日記に復活しようと思う。久々に自分の日記を見返してみる。この数ヶ月の自分を凝縮して眺める。人間が人間である所以は、記憶。この不完全な「言葉」という道具を味方にする。踊るという行為で自分を放出するのもわるくはない。ただ、個人的体験としての踊りをつかむには至ってないので、書くことに戻ってきたこと。単純に嬉しい。
2004.10.30
自分のためのことばを生み出す時間がすくない。力強い感じ、というのが身体にあるのに、うまくことばにならない。人に説明するのはわりにカンタンだ。そういう仕事してるからね。でも自分の感じたことを伝えようとすると、皆目見当がつかない。何人かから「おまえは自分の気持ちを全部言ってないだろう」と言われた。そんなつもりはないんだけど、そういうつもりもあるのかな。本当は何だって伝えたい。隠すことなんかないし。叫びたいのに、ことばが見つからない。
2004.10.12
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