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風邪がノドに来た。今、どんな状態かを表現するならば・森進一が音域を広げようとヨーデルの練習を始めた初日ニ時間後。・今更ながら変声期を迎えた長州力の声を電話越しに聞いた感じ。・風邪引いたもんたよしのりえーと。まぁ、風邪ひいてるとどうも考えることが面倒くさくなりがちですね(↑三番目)声が出なくなる風邪ってのも、もうトンと記憶にない。大抵の場合は、鼻水と発熱、咳の三点セットで済むのに今回は、ノドをやられた。夕べ酒を飲んだせいなんだろうな。んなわけで、おとなしく寝ます。ダシオールナイッ ひーとみほとじーてー(←もんたよしのり的エンディング)
2007年11月23日
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99 SHOPで「バターココナッツサンドチョコレート」を買ったんですよ。ね?さっそく箱を開けましたよ。腹減ってましたからね。したらさ、誰だよ「宮田」って。何か、まだ一口も食っちゃないのに誰かのバタココ勝手に開けちゃった気分だぞコラ。
2007年11月17日
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金曜の夜、仕事の追い込みでほぼ徹夜。その勢いで土曜を駆け抜け、命からがら名古屋から生還。帰りの新幹線の中で小一時間ほど、うたた寝をしつつ一週間ぶりの我が家に帰る。疲れてるし、なにしろほとんど寝ちゃいない。「こらぁ、すぐ寝ちゃうだろうなぁ」と、思ったんだが、これがまた眠れない。なんだかんだで午前3時くらいには布団に入ったんだがいつまで経ってもギンギンで(いや、眠さの話ね)。7時まで粘って寝るのを諦めた。腹が激減りになっちゃったから。「パンでも食うか」出張前に食品のほとんどを消費してしまっておいたので台所には食べるものがほとんどない。当然パンも。だので、近くのスーパーにエイヤッと出かけてしまう。山切り食パンをカゴに入れ、レジに向かおうとした時につい、目に入っちゃった。餅が。「俺は今、この瞬間に雑煮が食いたい」そんなこと少しも思ってなかったクセにこの思いつきは、なかなか魅力的で、つーかもはや「神の啓示」ではないかと思えるほど動かし難いのであった。あっと言う間に餅、小松菜、干し椎茸などがカゴに加わった。(俺が育った愛知・尾張地区の雑煮は、餅と小松菜だけのシンプルスタイル)そんなこんなで、家に戻ってさっそく雑煮をつくる。食べた餅の数、8個。朝っぱらからどうだ俺。この体調でどうなんだ俺。しばらくサンデージャポンなんぞ見てるうちに気を失い、次に目を覚ましたら午後四時。日曜ほぼ終了。腹が減っていることに気づく。誰か何とかしてくれ。
2007年11月12日
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「最後の詰めが甘い」と言われ続けた人生なのだがそうじゃないんだな。「最後の方になると、どうでもよくなっちゃう」のであります。「あ、もう出口見えた。やったも同然。エヘラエヘラ」となるワケで、甘いんじゃなくて「詰めない」どうだまいったかコノヤロウそんなデッパラさんですが、最後を詰めることもなく44年も生きてくると、その時々にやはり何度も痛い目に会うわけです。後悔はしませんが、やはり反省は必要です。「詰めたフリ」とか「詰めた気分」を醸し出すことくらいはできるようになりました。名古屋から戻るために新幹線に乗った時のこと。来年からいよいよ新幹線も全車両禁煙となるので最近は、喫煙車輌への乗車が何だか愛おしくなり気分的には、「もうじき別れが来ることを感じつつも言い出せない相手」な感じで、切々と乗車している(たぶん)。そんな思い入れタップリに、手にしたチケットの座席ナンバーを頼りに時分の席まで行くと、「ん?」オッサンが普通に雑誌を読んで座っている。こーゆーシチュエーションに出くわしても動揺してはイケマセン。何かの間違いに違いないのだ。何が間違っているかと言えば、相手に決まっているのだが「ここは、ちゃんと最後まで詰めねば」と、さすが44歳の大人らしく我が身を振り返るわけです。イキナリ相手にニジリ寄って「ウルァッ!なに人の席で呑気に座ってんのじゃワレェ」などと行動に移すのは、無礼ってモンです。バカってもんです。オモムロに我がチケットと席のナンバーを見比べるわけです。15-A(窓側)どうしたって同じです。俺の席です。当たり前だバカヤロウ。そのつもりで買ったんだから。喫煙席なんですから。窓側ですよ。自分の詰めの正確さに、つい、うっとりしてしまいましたが問題はここからです。この事態を収束させねばなりません。ほぼ、そのオッサンの真横まで移動してみました。あろうことか、そのオッサンは「ん?通路側の人?どぞどぞ」という感じでチョイと体をズラしはするものの、席をどく気配が皆無、と来た。幸いなことにワタクシ、デッパラさんの風貌はちょいとカタギじゃない感じにできていますからコッチを向かせれば態度を急変させやすいことを経験上知っています。「そこ、オタクの席かい?」「かい?」ですよ、かい?「カタギじゃない人が精一杯の「敬語らしい口調」で話しかけてみたけどほら言わんこっちゃない。全然敬語になっていませんよ」というニュアンスが溢れ出てしまう言い回しです。詰めは甘い人生ですが、こーゆー演出に磨きをかけることには随分と時間を費やしてきたのです。直接、俺に声をかけられたオッサンは、そこで初めて俺の方を向き視界に俺の顔が入った直後に直立不動となりゼンマイ仕掛けのロボットのようにギクシャクと立ち上がり通路側の席に移動したのでした。「やっこらしょ」と、荷物を網棚に乗せ、シートに体を預けたところで隣のオッサンが言うわけです。「私…も、その…席なん…ですけど…」カチーーーンもね、カチーーーンですよ。スイッチ入っちゃいますよ。こんな時のために、事前に詰めたって話ですもん。「あぁ?」洗濯して干したのに履いてみたら生乾きだった、みたいな不愉快全開の返事しか出てきませんよ、こんな時は。ここぞとばかりにポケットにしまってあったチケットを取り出し、オヤジのチケットと比べてみたわけです。どれどれ。…。……。………。一緒なのである。まったく同じ数字と記号が並んでいるじゃないの。あらま。えーーー!マジでーーー!信じらんなーーーい!てゆーか、ありえねーーー!ヤバいって!もうこうなったらJRの出番ですよ。車掌を呼ぼう。たぶん、最近の傾向だと若い女性のはずだ。二重発効にカコつけて、散々苛めてやろう。泣いたって許してやんないんだから。もうテッテ的に苛め抜いて、あんなことやこんなことをだな泣き叫ぶ彼女を強引にs「あ、ここ16」何だナンダ。人がせっかく妄想してる最中に。気づけばオッサンがチケットの車輌番号を指差している。なるほど、2つのチケットで唯一違う場所があった。オッサンのは16、俺のは15だ。「となり…ですね(俺が)」(←敬語)
2007年11月11日
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いまでこそ都内でヘラヘラ暮らしているが名古屋で生まれて、人生の多くを名古屋で過ごしたくせにいわゆる「名古屋弁」ってヤツが昔から嫌いで名古屋在住時代から名古屋弁を意識的に使ってこなかった。ちまたに溢れる名古屋弁は「尾張弁」であって「だがや言葉」なのだが俺が生まれ育った地域や、俺を育ててくれた祖母が使ってたのは「山の手言葉」で「なも言葉」だから、全然違うのだ。「キミ、よく来てくれたね」これを「尾張弁」で変換すると「おみゃー、よー来てくれたでかんわ」とか言うはずなんだが「山の手言葉」になるとニュアンスが一変する。「おみゃあさま、よう来てくれやーしたなも」となる(はず)。もう名古屋弁から遠く離れているから正しい名古屋弁を使ってるか自信がないから、つい「はず」とか書いてしまうが、まぁ、とにかくこれくら違うのだ。「なも言葉」を修得する前に祖母と離れて暮らすことになってしまい「なも文化圏」からすると「尾張弁」「だがや言葉」ははなはだ下品に聞こえてしまうものだからいつの頃からか、自分の言葉はイントネーションはともかく名古屋弁を禁じ手にするようになっていったのだ。そんなわけだし、今は名古屋から活動の拠点を関東に移したこともあって、バリバリの名古屋弁を目の当たりにすることも極めて少なくなってしまったんだが、それでも仕事の都合で、月に何度かは今でも名古屋に行くので、たまに出くわすことになる。たとえば、こんな垂れ幕に。イキナリ「こぎる」と来た。どうだ、この粘っこい語感は。「こぎる」とは「値切る」の意。いまじゃ、すっかり死語で、ほとんどの名古屋人が使わないだろうし、知らないんじゃないか。俺が子どもの頃にも大人が使ってるのは聞いたことがあっても俺ら子どもたちが使うことは無かったはずだ。「こぎる」には、何というか「意地汚いモノに対する侮蔑や不満」といったニュアンスさえ感じられる。当然、「どうかこぎらさせてください」とは使わない。「あんにゃろう。こぎりやがって!」だ。垂れ幕が目に入った途端に「うわっ!出たっ」と思ってしまったのだが、どうも、やはり俺は、郷土の言葉を愛せないらしい。それはちょっと残念な気もするのだが今となっては、それもしょうがないでかんわ。
2007年11月06日
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余計な事をしたがる性格がいつ頃できあがったのか今となってはわからないが。小学校4年と思われる幼いデッパラさんが人差し指と中指の間から親指を出した手をカメラに向かって突き出している白黒写真を見る限りずいぶんとご幼少の頃から「余計なコト」をしたがるクセがあったのではないかと思われる。本人がこんなですから余計なコト、余計なモノ、無駄なコト、意味の無い人についつい心を奪われてしまう。またまら文房具屋さんのペンコーナー。「あいうへお」スバラシイ。あなたの「へ」、私がしっかりと受け止めましたよ。(←それも余計)
2007年11月04日
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「カモン」と来たら「タツオ」と来るのが日本国民の義務とも言えるのだが朝っぱらから「鼻から牛乳♪」とかブログるつもりはない。(わかる人だけついてきたらええからね)かといって「カモン!エベバデ」などとロケンローなライブステージを繰り広げるつもりも毛頭ない。俺もたいがい毛頭ないがこれはファッションなので気にしないように。「本物ですか?」とか言うなバカ。カモンは「家紋」のカモンだ。ネットサーヒンしてたら、新発売のお茶「綾鷹(あやたか)」のサイトにたどり着いた。ら、【家紋ジェネレーター】なんてサービスを見つけた。必要事項を入力するとオリジナル家紋を作ってくれるというチョイとイカしたアレだ。ついでに壁紙まで生成してくれるスグレモノだ。で、これが俺の家紋らしい。家紋のタイトルは【桜】と来た。来たよ、おい。一応、説明があるので、堂々と無断転載してみよう。↓【桜】 細かいところまで行き届く小さな気遣い、ちょっとした優しさが意外なほど周囲を和ませる・・・。そんな癒し効果抜群のあなたは桜紋。その誇り高く美しい心を汚すことなく人生を歩めば、きっと多くの人々があなたの元に集まっり、平和で賑やかな人生を過ごす事が出来ることでしょう。と来たね。どうだい、聞いたか。周囲を和ませるってんだ。嬉しいじゃぁねえか。癒し効果だの何のと言ってやがる。泣かせるねぇ。ま、そんなわけで、興味のある人はレッツトライ。ところで、自分ちの家紋、知ってる?
2007年11月03日
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