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そろそろ寒くなって来ましたね。スキーブログ再開です皆さんは、今シーズンの初すべり どこに行かれますか?又は、いつもどのゲレンデから始めておられますか?岐阜・ウィングヒルズ白鳥 岐阜・ダイナランド岐阜・めいほう早いオープンのゲレンデを検索してみました。早いよ岐阜!岐阜方面はアイスクラッシャー(雪造機)が、10月中旬から稼動していて、早いところでは、11月3日(文化の日)オープンだそうです。はや・・現在、アイスクラッシャーで雪を毎日作っておられますが、“煙ないところに火は立たず”…雪も降ってないのにどうやって雪を作り、定着させるのかは気になるところです。水を瞬間冷凍機(棒状)にかけて周りの水を氷化させます。棒アイスのようになった氷を砕氷機で砕いて噴霧、先ずはリフトすぐ下に横幅数メートルの雪道を作るのだそうです。一日にどれだけ出来るのかは不明ですが、根気のいる仕事でしょうね。面白いのは、ところどころ雪道を作らないところを残しておくことが重要だそう。理由は、盛った雪の向こう側に行かなくてはならないとき、非常にシンドイ&非効率ことになるからだそうです(想像中…確かに。笑)かなり幅狭いコースが出現するのですが、全てにおいて練習中の身にはかなり応えそうではあります。決まった幅でターンをし続けないと、両サイドの土さん、こんにちは!というか、板は土に向かって一直線に刺さり、リカバリーのしようもなく笑える状態になってしまう訳です。刺さったようすは、いろりに刺さったきりたんぽを想像して頂けるとわかりやすいかと思います。きりたんぽは美味しそうですが、板ぶっ刺さりは、かなり頂けません。では皆さんの、初すべり計画 書き込みをお待ちしながら(^^)
Oct 29, 2005
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縁あって、数年前から会社に来られる造園屋さんがおられる。ある時、構内のコンクリートをめくって、若木を植える事になった。木を中心として土を盛り、岩を効果的に配置して、大きな亀がそこに現れたような造形の庭を造る。庭造りとは面白いものだ。一本の木、一つの岩、砂利にコケ、どれを取っても人工のものはない。山や川、自然が生み出すものを集めて新しく一つの風景が造られる。70歳代庭師の社長を指示頭に、中堅、新人のチーム構成で庭造りが進められて行く。岩の配置の日、社長が来られて皆に指示を与えられた。一つの岩は50センチ四方はあるだろうか、ずっしり重量感が。岩は左右にずらされ、ひっくり返され、まるでパズルを合わすように組み上げられていく。一つの岩の持ち味を生かしながらも全体としてのバランスを配置する作業は真剣そのものだった。美しくなければ、単なる岩だ。長年の実績と経験を積んだ師匠が気に入るまで、皆は何度でも岩を持ち上げてやり直す。工事はほぼ一ヶ月程だったろうか、作業を終えて帰られた後は、チリひとつ落ちていなかった。作業前よりきれいになっていたことは自社社長もたいそう喜んでおられた。明日に続くための今日。仕事も商売も最も大切なことは当たり前の基本を押さえる事だが、それができない場合が多い。NHKの平成若者仕事図鑑という番組で、この造園さんに勤める若者のことが取り上げられた。同番組は、若者がそれぞれの仕事を極める事の大切さ、苦労の末に得られる充実感をもっと知ってもらいたいという番組だ。『来るものは拒まず 去るものは追わず』この造園会社さんが掲げる一つの理念に共感して入社、修行3年という若者の方は、言われる。『毎日が叱られる事の連続で、叱られない日はありません。ですが庭の持つ世界に同時にはまっていく自分がありました。思えばこれまで、普通の当たり前の事が何も出来ていなかった自分が恥ずかしく思えました。』中堅の方が若者に庭木の剪定を教える。『お前はセンスがない』手厳しい!山に自然に自生する木は、日当たりなどの立地環境に合わせて自然に枝を枯らせて落とすのだという。切れば良いというものではない、自然が落とした剪定のように見える剪定が庭師の仕事だと。剪定は入社後3年からさせてもらえるのだという。若者のメモには、色々な木が持つ性質と、元からある背景との調和の取り方、細かな工事の記録でびっしりと埋まっていた。葉っぱの絵がある。切り方の図解とコメントがある。自分なりに学んだノウハウ帳に人間味が見える。練習日、師匠が、庭石の配置を若者に実地指導される。師匠の置いた石は元からそこにあったかのように、決められた範囲に美しく収まる。石の角や流れ、次の石との連続性、始まりと終わり。石を知り尽くした配置は美しい。思わず上を歩きたくなる庭石。師匠直々の実習を聞き漏らすまいと若者は目を輝かせる。見目美しい庭、いやそれ以上に美しい師弟の姿だった。TVで見る若者は数年前に、自社にみえたときより、たくましい体付きになっておられた。大学を出たあと、したい仕事がわかならい。友人と飲み会の写真が映し出される。楽しそうな笑顔。だけどこのままでは夢のないフリーターになってしまうと思ったのだと、当時の自分を振り返る若者。当時写真の若者はもういない。外仕事は特に体力勝負だ。その道で毎日を重ねることで、業種にあった体つき、話しぶりに人は造られていくものだろう。よく40代は自分の顔に責任を持てといわれる根っこがここにあるのだろう。さて話しは自社の庭に戻って…。会社は、川から近い場所柄のせいか、掘り進むことで粘土層が姿を見せた。根を張るに難しい土質らしいが、数年経った今、若木だった桜は、少しづつ縦横に枝を広げつつある。頑張れ、若木と若者。志を継いで、大きな根を張れるように。
Oct 15, 2005
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よく行く家電店。ポイントを貯めるとおトクですということで会員カードを作っているお店だ。会社の近くにあるから帰りに寄れる。携帯を買ったこともある。その他家電ものもたいていここで。最近では、新しいパソコンもここで購入した。馴染み深いお店だが、よく考えたらいままで一度も足を向けたことのないエリアがあった。先日、ぐるっと廻るつもりで店内散歩。・・・一瞬足が止まった。目を奪われた先には、かなりの数のエアガンが埋め込み式ショーケースにディスプレイされていた。ここは普通の電気屋さんよね…。豊富な品揃えに目を疑う。売り場には、エアガンの扱い方を表示したポスターが張ってある。銃口は何時も覗いてはいけません。人や動物に当ててはいけません。ショーケースは当然、施錠されているのだが、一種異様な空気。エアガン売り場の向かい側には、電車の模型売り場が同列で並ぶ。裏は、新しくなったウォークマン売り場が。子供もこのエリアを普通に通る訳なのだ。エアガン売り場付近には、店の人の姿は特にない。エアガンは、こうも普通に、のんびりと販売されているものなのか…。一店舗でさえこのような品揃えということは、購買層の広さを意味するのだろうか。本体の他にも、色んな部品が並ぶ。私には何の部品かわからない。続いて、エアガン専門誌が置かれている。キレイな女性が、銃口を向けた形で雑誌の表紙を飾っていた。(雑誌にしろ、女性が銃を持つ姿は私は嫌いだ。そういう雑誌も)・・・安全用のマスクや、ゴーグル。ウェア。随分前に、アウトドアでエアガンを使ったスポーツがあると、ニュース等で見たことを思い出した。気を取り直したもの・・・。今、何かと話題のエアガン。高速道で先の車が遅いからと、改造したもので発砲、逃走などの事件が報じられたばかりだ。最近、何かと思うことの多い自分だが、なんとも後味の悪い、消化できない思いのまま、売り場をあとにした。
Oct 12, 2005
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求人広告を出していることから、自社には求職者の方から電話がある。先週、その大手求人雑誌を見たという求職者の電話が立て続けに3本入った。3人それぞれの面接希望時間、年齢、職歴などを簡単に伺い、上司に報告。さて約束の時間。一人目・来ない。二人目・来ない?三人目・来ない…。断りなしに、来ずじまい。いわゆるドタキャン面接だ。求職者と企業にとって先ずは一本の電話が互いにとってのファーストインプレッションとなる。電話での第一声『もうお決まりでしょうか』ある一定の確立でそう言う方がいる。『もうお決まりでしょうか』…?自社の募集人員が締め切られていないかを聞きたい人がいるのか。最初はあまり気に留めていなかったが、真剣に職を決めようと考えている方がそのような言い方をするものだろうか?求職者の多くは、言葉に詰まったり何かと緊張されるものだが、一定パターンの人に緊張らしいものはみられない。まるで流暢なテレアポトークを聞いているようである。いわばこなれた営業さんと話しているようなのである。明らかにどこかおかしい。しかしデータなしに物は言えない。ドタキャン面接者にみられるある一定のパターンがある事に気づくまでには、何年かの時間を要する事となった。話しが乗っていよいよ面接日を決定、電話を置こうとすると一定パターンの求職者さんは、電話を伸ばそうとする。『ところで場所はどこにあるんですかね。』(地図は広告欄に表示済)表示がわかりにくかったのかなと説明し、電話を切ろうとするとさらに質問。『業務内容ってどうでしたかね。』(広告内に表示済)所在と業務内容の確認。間違えまいとする為の質問は前向きだろう。しかし質問の意図を感じさせるようなやる気が伝わってこない。今回の3人とも、判を押したように一定パターンのトークを繰り返す。(上司に言わせると、電話の相手は事務椅子に腰掛けているのだろうか、受話器越しにギィという椅子を引く音が聞こえるのだそうだ。)有名な求人誌である。毎回、有名芸能人や文化人などが表紙を飾る。が、このような状態が続くことで、契約の見直しを告げた上司だった。ドタキャン電話は今に始まったことではないが、何らかの思惑があって起こっているのかもという確証は取れない。3人が3人とも、来ないのは偶然かも知れない。こういう状態を他と比較するとして、自社は職安にも広告を出しているので職安からの求職者との比較になるが、職安からの方にドタキャンは殆どない。程なく、担当さんが部長さんと連れ立って現われた。事の事情は説明してある。『そんな事ないですよ、絶対。』ずっと繰り返し言っていた営業さんだったが、事実の連続にあってはいつまでも同じことを言っていられない。企業側は、広告を出すことで人材を獲得し、求人広告社は広告を継続してもらう事で、需要と供給の生命線が保たれている。基盤は双方の信頼関係だろう。だが、求職者の状態に一種のパターン化が続き、不信が生まれれば、双方の関係は崩れる。部長としてどのような言をなさるか、立ち会ってお話しを伺った。『そんな事はあり得ません。という対応だけでは意味がないとわかっています』『ですが、30年、この本でやってます。会社立ち上げ当初は、なんで営業電話をくれないのかと顧客さんから苦言を頂くこともありましたが、今はそんな事も言っていられない程です』確かに母体は大きな会社である。昭和のある時期に当時の会長が国会で答弁されたことがあるが、これまでの会社の実績と社会的な信頼をおっしゃっておられるのだろう。当社に限ってそのような不測の事態は生じていませんとの言であろう。『ドタキャン面接の連続は、自社だけではないでしょう。同様の例が他にもないとは言えないと思いますが、会社さんとしての把握はいかがでしょうか。』質問する。『確かに他からも苦情はあります。今時の若いものは礼儀も知らぬのかと、広告依頼側の企業さんから苦情を頂くことはあります。』と部長さん。部長としては、ギリギリそう言うしかなかったかも知れない。社会的に存在する企業としての責任の所在は『読者が…』という所に落ちるのはありがちな責任の回避という感じがして疑問だが。クライアントとの信頼関係を保つためには、不測の事態が起こっている背景を会社レベルで調べてみる必要はあるだろう。。情報を制したものが勝つ。求人誌発行の母体であるこの企業さんは情報発信企業として長らく自負されて来た事だろう。誰しも自分の会社の足元に小さなほころびが生じている事は認めたくないだろう。企業や組織が大きくなればなるほど、フットワークの鈍さが足かせになる場合の一例を見た思いがした。一を聞いて十を知るではないが、同時に企業の理念がうかがい知れる一端だった。おそらく今回の3人は以前からよくある一定パターンの人と同列であろう。記録を取っている訳ではないが、これまでの実績から、一人や二人の行動とは思えない。効果はあまり望めないだろうが、ドタキャン防止用としてひとまずは相手の電話番号を聞く事にした。しかしこのような求職者さんは、誰に雇用されているのだろうか。流暢なしゃべり、使えそうな人材をアピールする電話。断りなしに来ない。これが何回か続くと、依頼側は契約を考え直さざる得ない。これは誰にとって利益が生じることなのだろう。思い違いであることを願いたいが、自社は情報戦の裏側を見ている事になるのかも知れない。
Oct 9, 2005
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先日、大阪に行ったときに、奇妙な建設物を発見した。海遊館マーケットプレイスのテラスから眺める対岸方面に何やら、アンコールワット風ともモスク風とも見える巨大なタワーのようなモニュメントが建っているのが見えた。タワーは二基。タワー部分の色あいは薄いブルー?てっぺんを飾るモスク部分は金色のようだった。街に全く溶け込んでいない風貌の建築物である。おとぎの国が唐突に現れたような風景だった。『あれは何だろう?』聞いても誰もわからない。気軽に見に行けるような距離でもなかった。眺めるにつれ、不安感にも似た気分になって来る。思わず周りを見渡すが、この建物に関連しそうな遊園地などの施設は見当たらない。インターネットで、何でも調べることが出来るようになった昨今、目前の情報がすぐに手に入らない事態にしばし混乱することがある。『ユニバーサルスタジオと同じ方角だから、多分ユニバーサルの続きなのやろなぁ、そやそやきっと。』・・・汗全く根拠のない理屈で納得させる。街に溶け込んでいない風貌の建築物が何なのかわからないまま、大阪のそのあたりを後にした。その後、普通の日常に戻って、建物のことはすっかり忘れていた。が、最近になりインターネットで、この奇妙な建物と再会する事になった。そして大阪の乱開発の事も同時に詳しく知ることとなろうとは。(大阪の箱もの乱開発については後日また)おとぎの国のような建物は、大阪舞州(まいはま)ごみ処理施設であった。デザインは、オーストリアの芸術家、フンデルトヴァッサー氏によるもの。芸術家は直線(人工の合理主義)を嫌い、全てを曲線(自然界が有する線)で表す。設計段階のデザイン画によると建物の天井部分に木が生えている。窓からも木が出ている。フンデルトヴァッサー氏はエコロジーデザインの大家で、フンデルトヴァッサーハウスと言われる自宅もエコロジカルな試みに溢れたウィーンの市営住宅であり、1985年の作品といわれている。ごみ処理施設と、下水処理施設だからといって、厳密にそれらしくする必要もないとは思うが、説明されないと何を目的とした建物なのか全くわからない(わからなさ過ぎ)の建物には違いない。外国から来た観光者が、この建物を見て、どう感じられるのだろうか?大坂のふところの深さといったものだけで片付けられない気がしないでもないのだが・・。大阪万博の太陽の塔も、今考えればかなり妙な形状だったように思う。大阪で見られる不思議な形状の建設は今始まったことでないにしても、どこか腑に落ちない気分だ。隣県の者が簡単に口を挟むことでないにしろ、同じ関西圏の者から見た率直な目線である。おとぎの国のような舞州工場だが、人が親しげに入って、お弁当を食べたり家族で出掛けてくつろぐような施設ではない。オリンピック招致ゆえに、開発された施設の見本のようなものなのかも知れないが、人気のないおとぎの国を眺めるにつれ、国民の血税の使われ方に気が及んで仕方なかった。
Oct 2, 2005
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