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息子、ちょっと目を離したすきにテーブルの陰で勝手にリンゴを丸かじりしていた。まだ前歯上4本下4本しかないので、ねずみがかじった状態になったかわいそうなリンゴ。 このリンゴ、ひっくり返したら、思った以上にものすごくかじられていた。 目撃した夫談。「しゃりしゃり音がするので、ふりかえると、息子がりんごをかじっていました。目がうつろでした。」そうだろう、無制限に食べ物を与えられたことがない息子にとって、まるごと1コのリンゴとは!!それは、気が遠くなるほどの歓喜であったに違いない。その証拠に、りんごを取り上げても、激しく満足していたらしい息子はちっとも怒らず、「ほーーー」っと老人のようなため息をひとつ、ついたのであった。
2003年01月19日
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今週は病院通いに明け暮れた。息子と私、恐らく同じ「ライノウイルス」にやられ、すごい鼻カゼにかかった。息子はまだ鼻がかめないが、鼻水を放置すると熱がでるらしいので、この鼻水の吸引をするための通院だ。「ママ鼻水とって」ではとりきれない鼻水をとってもらうには混んでる病院でじっと順番を待つしかない。忍耐。処置室でふと、隣に座ったパパ&おんなの子のおんなの子に見覚えがある。?、と思っていると、ママ登場。「あ、やっぱり、何度か会話したことがあるが苗字も名前も子供の名前もひとつも思い出せないが知っている人だ、すごくスリムでかっこいいおしゃれなママだった筈がどうしてそんなに太ったのだろう??」(チョロ☆の心の中)と思ったら、たぶん妊娠中。ふとったのではなく、マタニティだ!不自然に靴下はいてるし(妊婦のシルシ)。「こんにちわ。」と話し掛け、会話。やっぱり妊娠中とのこと。私がおなかの赤ちゃんの男女を聞いたわけではないのに、今回は、胎児の性別は聞いてないと教えてくれた。いつ生まれるの、とか、そういう有意義なことを聞けばよかったのに、えてしてそういう時、たわいもない会話になってしまう。「今日は何で来たの?」と尋ねると、「インフルエンザ」。「おだいじに」といって退散。インフルエンザが流行っている。診察室では、先生がカルテを書くのに「インフルエンザのはんこがない」と騒いでいたし、、ということは、院内は病原菌でいっぱい!免疫力を低下させないように、気をつけよう。しかし、もうふたり目を妊娠している人がいるのか。うちの場合、まだ全然考えられない。今日も夫、ほおずりを拒否されたといっては息子とかなり本気でケンカしている。こどもだ。子供は2人欲しいけど、うちの場合は、親がもうすこし、成長してからだなぁ、と思った。いや、その前に、夫婦別れの危機がこないよう、精進すべきかも。
2003年01月18日
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しばらく前まで、息子は本当ーに食いしん坊で何でも食べた。よその子が口から吐き出したビスコまでも拾って食べたこともある。(そのときは、初めて食べたビスコの美味さに気が変になっていた)好き嫌いはなさそうだ、と喜んでいたら、最近野菜を食べなくなってきた。がーん。しかも青いヤツは全部だめ。ほうれん草はスプーンにのっているだけで激しく首をふり、口に入れれば押し出す。今朝は、付け合わせのアスパラを床に投げ捨てていた。青汁は飲むくせに。なんとか野菜を食べて欲しい、というのは親の本能。そこで私が考えた秘策。1、お好み焼きにする2、ギョーザにする3、ハンバーグにする今夜は、1のお好み焼きを試そう。粉モノ+ゴハンは、大阪人のようだがいい。じつは、野菜嫌いは私の遺伝かもしれないと思っている。なぜなら、いまや青汁ごくごくの私だが、幼少時は、食べられる野菜はキャベツだけだった。ひどいね。母はそのレベルから約30年かけて、きゅうり以外の野菜嫌いを克服して来たのだよ。息子よ、道は険しいが、がんばろうではないか!
2003年01月16日
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息子、1歳4ヶ月でシールに目覚めた。ぺたんしておいで、と1枚はがして手渡すと嬉々として私が指定した段ボール箱のところに行き、ぺたん、と貼る。得意げ。ランダム、というか、前のやつに重ねて貼るのが面白い。さらに、シールをはがして食べている。困った。口をこじ開けて取っても、また同じことをする。観察すると、ぺたんするとき、はがしやすいようにシールの隅の一部を浮かせているではないか。この適性、テレビの小道具係になれそうだ。ふと、シールを貼るのがもったいなくて、大切にしていた昔を思い出し、しばしノスタルジーに。ま、息子の場合は、糊がおいしいからやってるんだろうけど。新しいページ、写真館に写真3枚ほどアップしました!気ままに、好きな写真を載せていく予定。
2003年01月15日
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今年の私の誕生日は、夫、息子、そして義母の4人で横浜みなとみらいへ。そのメンバー、おかしくないかぁ?と思いつつも、義母は私の30・・・歳を祝ってくれる気持ちでいっぱいだし、仕方ないか。夫に、今日だけは誕生日に免じて「いらち」をおこさないように、念を押して出発。情けない限りだが、ここまでは、普通だった。しかし、私が忘れ物し、桜木町の駅で電話帳を調べて、電話をかけなくてはらなくなった。7分ほどして用を済ませて電話ボックスを出ると、すでに夫、切れてる。「??」なぜ?「寒かったよっつ!!」はあ?コドモじゃあるまいし、寒いなら、近くの建物の影にでもいけばいいのに。しかもたった7分。でも、ほんとーーーに寒かったというだけでマジ切れてるのだ。そこから、夫、一言も私に口をきかず。義母に、「何が食べたい?」とか聞いている。義母は、なぜか私に向かって、「あのね、おそばで、冷たくて・・・」と言うもんだから、私、「冷やし中華ですか?」と、季節外れに絶望的になりつつ尋ねると、「そうじゃないの、あの、汁がないやつ・・」「焼きそばですね!!」それならいい。よしよし、ここは横浜、中華の店がないはずがないでしょう!クイーンズタワーのイーストまで歩くと、フードコートに中華のお店発見。席もある。息子はなぜか寝てる。こんな僥倖、めったにない。夫は相変わらず口をきかないが、気を取り直して注文し、義母相手に明るくはしゃいでみる。空しい。さて、焼きそばが来て食べ始めると、夫、まだ怒っていて、「謝れよ!」と私を罵り始めた。ぷちーーーん。いくらなんでも、たかだか少し寒かっただけで、ひどすぎる。こんな横浜、ちっともたのしくないからやめやめ。こんな誕生日なら、いらない。私は、焼きそばを食べるのを中止し、コートを着用、荷物をまとめ、ベビーカーを引いて席を立った。夫、走って追って来たが、振り払い、髪の毛をプロレス並に引っ張られたが、「離せ!」と怒鳴り返し、「●●は置いていけ」「いや!」という、怒号の応酬が展開、楽しく食事中の皆さん、ご迷惑様でした。息子よ、眠りつづけてくれてありがとう。私は息子と2人、とっとと帰ったのでした。さて、家で。夜になってやっと口をきいた夫が「実家に帰れ」と怒鳴るので、即実家に電話。これまで「実家に帰れ」と言われたこと数知れず、でもほんとに電話したのは初めてだ。そのくらい出て行きたかった。しかし、賢明な実母は、「あんたが帰ってきても仕方ない。落ち度がないならそこにいなさい」と、私の願いを一蹴したのである。・・そうだね、実家には弟夫婦もいるし、弟嫁と実母のの関係は最悪。陰で「修羅の家」と呼ばれている実家。(私がそう呼んでるだけだが)ふらっと行けるはずもないか。いまや私の家は、ここにしかないのであった。「女、三界に家なし」とても子育て系とは思えないネタ。その後、夫、ふつうになったが、謝罪の言葉はナシだった。義母が気を悪くしてるかもしれないからおまえから電話入れておいてと言われたが、それは勘弁してもらった。当然でしょう。
2003年01月13日
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夫がスーツを買うため、2人で銀座へ。やつは1人で服を買えない。自分のサイズを知らないからだ。いまだに、自分の足のサイズも知らない、仙人のようなやつ。ちょうど、好きなエッセイのなかに、「経済的な自立はできても、実生活的な自立ができない場合は精神の自立もはばむ」という一文があり、激しく肯定。そこで、私がつきそって行く。しかし、ビジネススーツのことなんて、私もよく知らん。そんな2人組みがまず、えDIFICEへ。いろいろ物色後、50というサイズの上着をはおったら、上半身デブの夫、ボタンが締まらない。そこで店員A、ひとこと「お客様のような体型の方に合うスーツはうちには・・」門前払いかい!「コナカなら5着は買えるね」という捨て台詞を残して(負けてる)次店Bームスへ。ここでは、夫、こういう日に限って、下着のシャツがぼろぼろということ発覚。セーターを脱いだ、そのボロシャツ姿の夫に店員Bひとこと「そのカットソーの上からおはおりくださいね」カットソー、カットソーだと!!!!けんそんでなく、ぞうきんのようなぼろシャツをカットソーと言い切る店員、セールで気が立っているなかで、天晴れである。(?馬鹿にされているのか?)結局UAでフツーの一着を買えたが、たかだか3時間なのに、とっても疲労が。考察。アパレルのお店の人には、スタイリスト的機能を求めたい。忙しいので、とても「BRIO(雑誌の)」とか読んでスーツ研究なんかしていられないし。魚の名前は知らなくても、寿司が食べられるように、初心者の我々のような小市民には、「最近はこういうスタイルが人気で、お客様にはこれがお似合いですよ」とか何とか言って、手ごろな一着をお勧めしてくれないかな、と、心から思った出来事だった。
2003年01月12日
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「ほお紅を買ってきてください」と、義母に頼まれた。明日、人に会うので欲しくなったという。先日、義母の家の机上にあったアレは・・?と思ったが、なくなったので買いたいと言い張るので引き受けた。1万円も預けてくれたから、シャネルで買うか。うそうそ、、ちゃんとおつり返しますよぉ。が、待てよ・・私とは色の好みが全然違うので、先日口紅を買ったときも、店頭で試し塗りして買ったのに、帰ってから「何だか色が薄いから返品できないかしら」と、騒いだ過去あり。やっぱり、うかつに引き受けると危険なので、、「それなら一緒に買い物へ行きましょう」と誘った。うちは、一人暮らしの義母が近くに住んでいて、ほとんど毎日うちに来る、という関係。(孫、溺愛中につき)害のない人なので、別にいいんですけど、つらいのは、外出は義母、夫、私、息子の4人で行くもの、となぜか決まってしまっていて、親子3人での外出はほとんどないこと。行く場合、かなり言い訳して行かねばならないこと。年末に行ったミレナリオなどは、「準備中でテスト点灯していた」ことになっているのだ。ああ、親子3人で買い物行きたかったよ。でも『親孝行、親孝行・・』と自分に言いきかせていると、「それなら、ファンデーションも買おうかしら」ときた。なにぃ??3ヶ月ほど前、私愛用のア●ニアのファンデーションを使って、「それいいわね」というのでわざわざ買ってあげたアレはどうしたの??(といっても通販ですが)つけてるの見たことないよ。私「この前買ったのはどうしました?」^^;義母「そんなのあったかしら?」(^_^)私「・・・かくかくしかじか説明・・・」(-_-;)義母「そうね、どこいったかな」(^_^)私「もしかして、買ってみたくなったんですか?」(T_T)義母「そうなのよ!!」(^_^)私「じゃあ、あれ、返してくださいよ。」・・・シーン・・・私の仮面がはがれた瞬間でした。もどせ、もどせ!!「もったいないですからねぇ、私と色、おんなじだしぃ」あ、大丈夫そう。空気がモトに戻った。義母と付き合うのはけっこムズイね。今も義母はそこのソファに寝転んでいる。私は、気晴らしにこの日記を書いたわけです。
2003年01月11日
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ここ1ヶ月で観たビデオの私的ランキング。「バニラ・スカイ」は、シナリオと、キャメロン・ディアスの演技がよかったよ(賛否あると思うが)。「蝶の舌」は、スペイン内戦時代に展開する少年の物語。最後のシーン、号泣。(涙腺弱いんで)「シッピング・ニュース」は、原作の方が絶対面白そう。「ユージャル・サスペクツ」以来、ケビン・スペイシー好きなので借りた一本だが、テーマに深みがない。しいていえば、自然がよいです。同じ監督モノでは、サイダーハウス・ルールの方が好き。「パニックルーム」・・・どうしてこうなるの??演出が変なのかなあ、パニックルームが活きていないよ~。つまらない。このタイプのサスペンスなら「CUBE」の方がまし、とは夫談、私はさらに「スクリーム」のほうがいいと思う。勝手なコメントを・・・子供が寝てからのお楽しみ。やる気があれば、週に1本見れるもんだなぁ。新生児期には、毎日眠くて人生終わったと思ったけど、、1歳すぎて母乳が終わると、子育て楽になったよ。
2003年01月09日
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さて、さて、3日の日記の続き。凍える一行、湯島から銀座へ移動。じぃじばぁばを、なんとかお茶でいっぷくさせねば。年寄りだから弱ってきているよ~。あわてて、銀座4丁目の「タリーズ」へ(スタバの後を追う野望のチェーン店)。奇跡的に空席があったので即、すわり、セルフでカフェラテ、コーヒーを運ぶ。喫茶店じゃないからケーキ類がなくて、ばぁばはがっかりしていたが、糖尿なんだからだめだめ。コーヒー(けっこうおいしかたよ(*^ ^*)もそこそこに、せっかちの夫が時間がないと騒ぎ始めて一行、あわてて三越へ。雪のため、歩行者天国を味わうどころか、早く屋内へ!というせわしなさで、銀座を堪能するひまなし。ああイメージと違う。さらに、セールが始まっていって、店内は大混雑・・。夫とじじの機嫌がみるみる悪くなり、地下食品売場ではじじが少し切れていた。が、対応は慣れたばぁばに任せて、急いで新橋演舞場で食べるお弁当を購入、混雑を離脱。新橋演舞場では、市川染五郎主演の時代劇「さぶ」上演中。今回の東京ツアーのメインは、じじ、ばば、私の3人での観劇で、久しぶりに「ぴあ」を買って、何とか2等席を確保した。息子抜きの大人の時間、一番楽しみにしてたのは私かも。息子は、殊勝な夫が連れて帰り、夜ご飯も食べさせてくれるという。いらちで私を苦しめた積年の恨みも水にながそう!ばいばい、いい子にしてろよ息子!時代劇でもいいじゃないか。ほんとは「ピルグリム」とか見たいけど、仕方ない!演舞場を堪能するぞ!さて、機嫌が悪いままのじぃじ、はしゃぐばぁばを引き連れて劇場内の席へ。がーーーん、2階席だから、花道が真下で見えないよ!!そう、演舞場は花道が下手寄りにあって、役者の顔がよく見えるかな、とわざわざ選んだ下手側2階からは、花道は真下すぎて見えないのだ。皆さん気をつけましょう。この失態も責められることなく、「のぞけば見える」と優しいかあちゃんありがと。しかし、着物で来ている人もいて、お正月気分は盛り上がり。年配の方が多いけど、10歳くらいの少年も見に来ていたので、息子ともあと10年でいちおう、芝居見れるんだ、と思ったら楽しみになったよ。最初はアンパンマンとかの映画鑑賞だろうけどね。芝居開幕。ジェームス三木脚本は、観劇初心者にも相当分かりやすい筋に改変されていて、「一晩だけ抱いて~」とかお決まりのクサイところもいっぱいだけど、主演の染五郎はもちろん、さぶ役の萩原聖人も熱演、原作ではほとんどでて来ない役の江守徹、波乃久里子などは重要な役まわりになっていて出番も多く、熟練(?)のせりふ回しは見ていて楽しかった。聞けば、じぃじも芝居好き(初めて知った)なので、ばぁばと2人して、芝居を堪能してくれた。2人とも、連ドラに出ていた染五郎ファンだったらしい。かなりミーハ-だけど、田舎にいると、生の役者を見る機会なんてほとんどないから、よかったね。芝居は4時半開園、8時半終了の長丁場、幕間は2回あって、1回はお弁当食べ、1回はばぁばと演舞場じゅうを探検。これもなかなか楽しいひとときだったよ。芝居が終わって、1日の企画も終了。明日には田舎に帰ってしまうんだなぁ、と3人3様の寂しさをかかえつつ、帰途についたのであった。70点、てとこですかね。
2003年01月08日
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品川駅で、先にホームで待っていた夫が、私に叫んだ。「キャサリーン、こっちだよぉ!」仕方なく近づいた私を見て、付近にいたカップル、大爆笑でした。恕。
2003年01月04日
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実父母(じじ、ばば)が東京に来て2日目。浅草~銀座~新橋演舞場という、はとパスもどきのスケジュールに則って、1日スタート。この素敵な(?)観光コースは、ワタシと夫が考えました。しかし、こんな日に限って雪なんである。寒い。雪国からやってきた2人、また雪に見舞われる・・。両親、夫、ベビーカーの息子で出発、都営浅草線でまず浅草下車。1月3日なので、そんなに混んでいないけど、ベビーカーをたたんで、息子は私が抱っこヒモへ。さて、浅草の雷門をくぐり、仲見世をひやかしつつ初詣の目的地、浅草寺へ。線香の煙をかけるイベントをクリアした辺りで激混みしはじめ、夫はお参りをやめて寺の外へ。父、母、私+息子で賽銭箱の方へ進む。息子が潰されないように、一番前まで進み、いろいろお祈りして外へでた。両親、後ろから飛んでくるお賽銭を見てご満悦でした。(田舎では、賽銭を投げるほど混雑することは決してないので・・)さて、昼食に「駒形どぜう」に移動。予約しててよかった!雪のなか、大行列だった。ずーっと雪が降っていて、すでにこごえていた私達、とても待てなかったと思う。半個室の席に就いて、やっとおちついたかと思えば、息子が煮えているどじょう料理に手を出す。はぁ~。誰かが相手をして、その隙にごはんをかきこむ、いつもどおりの外食光景が展開、子連れはやっぱりあわただしいのである。食事を終えて、時間は1時。予定より早いので、期間限定で公開中の近くの文化施設「岩崎邸庭園」見学を私が提案、これが大失敗だた。岩崎邸は屋外施設の、ふきっさらしの寒いところ(庭園って書いてあるでしょ!)で、こんな雪の日に来ているのは、ジョサイア・コンドル好きの建築好きだけでした。せっかく「どぜう」でほっこり温まった身体は、冷え冷え!みんな、ごめん。でも、夫以外は私を責めませんでした。身内はありがたいねぇ。時間切れなので、続きはまた。
2003年01月03日
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実父母が東京にやってきた。今年は帰省しない、と言ったら、孫の顔見たさに2日から2泊3日で。東京駅まで迎えに行ったら、すごい荷物で驚いた。全部おみやげで、結婚式の引き出物を入れる紙袋いっぱい。中身は近所の親戚から預かった菓子だとか、義妹からの絵本だとか、ヨックモックなんかもはるばる運んできた(東京へ逆輸入)。田舎の付き合いの広さをしばし感じる。さて、両親からの土産は、引っ越し祝いのご祝儀袋だった。引越しはまだ先だが、何かと物入りだろうから、と有難いことである。現金に感激したよっぱらい夫、ろれつが怪しくなりつつ、my父に礼の電話をかけた。「おとーさん、そんなに気を使わないでください!!●●(ちょろの本名)をいただいただけで、5億円の価値がありますから!!!」・・・・・・・(一同)。実家では「ほら吹き」とウワサされている夫の面目躍如たる誉めっぷり。本当に恥ずかしい男だ。翌朝、なぜ”5億円”なのか夫に聞いたら、「3億円だと、宝くじと一緒でまずいと思ったから足したんだよ」とのことである。そういうときは「お金に替えられない価値がある、とか何とか言うものだ」と、編集者の夫をきびしく教育した私だった。
2003年01月02日
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新年につきものの年賀状。出した人と来る人の一致率が低くて困る。私の場合、前々職の上司に、お世話になった人だからと、毎年律儀に出しつづけているが、その人から届くのはいつも4日か5日。それもメッセージなしである。今年も、来なかった。夫は、「だから書くのやめろっていっただろうが!」と新年早々語気荒く、私をいたく傷つけたが、反論するとうざいのでやめた。それでも来年も出してしまうだろう、それは私の彼への感謝のシルシ。というか、ちょっと若くて何も知らなくて(今よりさらにアホだった)無駄なチカラを発散させていた、なつかしい自分を知っている人への勝手なメッセージ(エラー気味)なんである。新年早々、ちょいほろにがになりました。今年もよろしく。
2003年01月01日
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