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ものすごい花粉症が出ているため薬を飲むのだけれどこの薬のせいで頭がガンガンする。まともに考えれないからただボーっとして水面のあたりの浅い思考しかできない。感情もすごく薄い。目がはれるし、顔はむくむし、早く過ぎ去ってほしい。春は出会いや別れの季節、環境が変わったりもする不安定な季節、そして暖かくなりウィルスも出始める、寒い季節が終わり気持ちがゆるみはじめる、そしてカッカと暑くなる夏がくる。年が明けて3ヶ月しか経ってないのに、なぜかもう1年くらい経った気がする。季節が変わろうと、気温が変わろうと自分の気持ちだけは常温でいたいもの。ざっくりとしたサマーセーターや、カーディガンが登場する季節、爽やかな風にまぎれてウィルスが入り込んでくる。(大学の時、この季節に目の上にヘルペスができたことがあるからとても神経質になっています)ずっと前になくなったおじいちゃん、そしておばあちゃんと最近よく夢の中で会う。夢の中で会える。亡くなってからのほうがずっと近くに感じる。もう何年も前なのに。もし今生きてたらなんて話そうかな、どんなこと話してくれるかな。私の友達紹介したいな、東京の甘いお菓子をお土産に持っていきたいな。それをこたつで一緒に食べたいな。話したいことがたくさんあるのに。また夢の中で会えるかな~。もしおじいちゃんのいる人、おばあちゃんのいる人は一緒に、たくさん話して楽しく笑って素敵なものを一緒に見て手を握ってほしい。
March 23, 2008
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昨日は休日出勤で成田空港へ行ってきました。空港からホテルまでのエスコートだったので、名前の書かれたカードを持ってゲートで待っていると、ふと思い出しました。ちょうど10年前、アメリカから帰ってきて母と1年ぶりの再会をしたのもここでした。16歳の時に留学し、鮮烈な1年の経験をして帰国。久しぶりに母の優しい笑顔を見て嬉しくて涙が出ました。10キロ太ってパンパンになった私を見て「気持ちいいくらい太ったねぇ」と言ってました。あれから10年だよ・・・まさか10年後同じ場所で仕事をしてるなんて想像してなかった。でも、将来「こんな感じでかっこよく働いてたらなぁ~」と、ふわ~っと描いてた自分の想像図にそうとう近いのは確か。かな。向かったホテルはシェラトン都ホテル。外資系のホテルは日本のホテルと違ってセンスがいい。ハイヤットよりもっとカジュアルで、落ち着いている。まずカウチ。シンプルでふかふか、色は勿論ベージュにオークブラウン。主張しまくるインテリアはなく、アメリカのどこかのロッジを思わせるような感じ。入り口には暖炉に焚き火がありました。仕事が終わって目黒駅までのリムジンバスを待っている間、その暖炉の前の大きなカウチで、ラウンジから流れるジャズの演奏を聴きながらひとときを満喫しました。こういうところにくると、これまでみてきたホテルや建物、場所やインテリア、趣味なんかの良さ、無さが感覚的に分かってくる。休日出勤だったけど、総合して◎。
March 16, 2008
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国内の事情:日本の国際援助について単純な疑問、なんで他の国に援助しなきゃいけないの、まわりみたら苦しんでる人たちたくさんいるのに。税金をばらまくな。そう疑問に思う人が日本でどのくらいいるんだろう。世界の事情:「日本て頭よくて金持ちだけど空気読めてなくね?ホント幸せだね~そんなやつ」(想定)そんなふうに世界から思われてもなお、何も知らず幸せに暮らしている。そこから考察--------------------------------ばら撒いてるわけない。じゃどうやったら苦しんでいる人を本当に助けられるのか知っているなら教えてほしい。お金か?食料か?薬か?病院か?家か?仕事か?それを誰がどうやって誰にどんな風にしたら助けられるのか?どうやったら無駄にせずにちゃんと援助できるのか。知っているなら教えてほしい。(それを財務省外務省JICA国連NGOいろんな人たちが模索しながらやっている)そして、この素直で単純な疑問は、普通の生活をおくれている証拠、そして「人の尊厳が軽んじられていること」に鈍感な証拠。鈍感・・・空気読めてないってことか・・?途上国では風邪になっても薬がない、病院がない、ご飯がない、水がない風邪なんて次元じゃない、明日死んでしまうかも。しかもそれが自分じゃなくて家族だったりもする。そもそも自分が苦しい人じゃないから、苦しんでいる人がどんな助けを必要としているのか、分からない。私の場合は、脳梗塞で倒れパーキンソン症候群になった父。その父の苦しみを私はわからない。でも耳と目しか機能していない父とは鉛筆と紙と病院とがあれば楽しい会話ができる。そしたら父は呼吸チューブにタンがはいり息が出来ず、全身をバタンバタンして苦しみもがきながらも笑う。そして泣いている。私もタンを拭いながら笑いそして泣く。苦しみを本当に感じる人は、わからないなりに、何かできないか自分で努力して行動して既に助けようとしている。普通の暮らしをしている人、ご飯を食べ洋服を買い、家族と話し、働き、時々ストレス解消して、こんなまともな普通の暮らしをしている人は、世界中でほんの一握りであることを知らず、おいしいものを食べ、わがままを言い、批判し、悩み、生活し、自らなるべく苦しみを避けて人生を全うしようとしている。税金は、まともな生活ができているお金だと思って、まともな生活ができず、さらに人の尊厳を軽んじられ苦しむ人たちを本当に助けようと頑張っている人たちに遣われていると思ってほしい。そんなこと思えないって人は、どうやって遣われているのか隅から隅まで知りつくしてからもう一度考えるしかない。それができなかったら、いつか自分が苦しくなった時、助けの手は差し伸べられないかもしれない。(↑それはちょっと分からないけど)そんなの自分には関係ないと思っているならそれなら自分の税金はばら撒きされているのを批判しながら許していることになるんじゃ・・・。私はどうやったらそういうことが実現できるのか民間の企業で働きながら、忙殺されながら考えている。そんなことできないかもしれないと不安になる。それでも考える。メモ:FPA所長を母校に呼ぶプロジェクト国際協力分野と平和教育をつなげて新しい平和教育(国際協力から自分の国の世界の国の平和について考える)援助される前の現場の写真を途上国のトイレを絵に描て展覧会に出す援助の地味な実態をビジュアルと解説で・・映画の脚本伝わる広報とは誰に伝えるかCSR経産省--------------------------------考察おわり
March 9, 2008
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考えていることを鉛筆で紙に書いたらそれまで思いつめて考えまくってたことがキレイに整理されて気持ちがおさまった。これで忘れないですむし。だれにもこのメモは盗めない。紙に書いて自分の部屋のテーブルに置いてるから。昨日は覚えてないけどいい夢を見た。誰かがいい顔して笑ってたような夢。失くしてた腕時計が見つかった。失くしたくないと思っていたものたちがいっぺんに全部自分の手元に戻ってきた。
March 4, 2008
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国際協力の分野からそうでない場所へ移動することに対して、自分の情熱を自分の足で踏んでいる気がする。。。とその気持ちをどうにかしようと、いろんな自分にできるアイデアを浮かべてはその逆説でもう一度実現するにはを考えたり、自分の中でどんどんいろんな意見が浮かび続けた。でもそれを寝ずに一日中やってたら家族から電話があって、「思いつめすぎ。少しは楽しいことしなさい」と言われた。あと少しで自分なりに結論出せそうだったけど、やめちゃった。それで町に出て巣鴨であんぱんを買って家で牛乳と一緒に食べた。やわらかくておいしかった。こうやって少しずつ自分の夢が消えていくのかなと思った。人にあげたくないものを、知らずに盗まれているような気持ちになった。悩むことをやめたら後悔しそうな気がした。もしこのままずっと水面に上がれなかったら、そのうち水面に上がらなくても暮らしていけるようになったら。仕事に忙殺されて楽しいことがないあんな人にはなりたくない。せっかく生き生きと咲いていたのに、腐れた水に入れられる気持ち。気づいたら誰もまわりにいなくなってた。難しい顔をして自分のことばかり考えている面白くない楽しくないやつになってた。でもそれでも考えたい。悩みをとめたくない。来月の自分はきっとあんぱんを食べたことを後悔する。
March 3, 2008
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